笑いあり涙あり停学ありの合宿も無事終了し、二年一同は再び通常授業となる。姫路瑞希は校門で鉄人に挨拶を済ませた後、慣れ親しんだオンボロ教室を目指して校舎を歩いている。その途中に見知った後ろ姿が見えたので、姫路は早足で駆け寄り声をかける。
姫路「美波ちゃん、おはようございます」
美波「あ、瑞希。おはよ……」
声をかけた相手は心を許せる親友であり、ライバルでもある島田美波。いつもは男勝りと呼ばれるほど勝ち気な性格をしているのだが、今日はどこか浮かない表情をしている。
姫路「どうしたんですか?元気がないみたいですけど、何か悩みでも?」
美波「う、ううん!そんなことないわ!ちょっと疲れてるだけ!」
姫路「そうですか。確かに先週の強化合宿は大変でしたからね。疲れが残っちゃっても仕方がないですよね」
美波「あ、うん。確かに色々と大変だったわね」
我ながら苦しい誤魔化しだとは思いつつも、あっさりと信用されたようで美波は胸を撫で下ろす。まあ確かに色々あったのは事実だが、もう少し疑っても良いのではないだろうかと、美波は少し姫路の将来が心配になった。
姫路「最後は坂本君、柊君、久保君、五十嵐君以外の男子が皆真っ白になってましたけど、何があったんでしょうか?」
美波「柊はあいつらはこの世で最も恐ろしいものを目の当たりにした、って言ってたけど……何かしらね?」
姫路「知りたいような……知りたくないような……」
美波「様子を見に来た学園長もビックリしたでしょうね。学力強化合宿があんなことになったなんて」
姫路「学年全員での覗き騒ぎですからね……。最初は明久君たちだけだったのに気がついたら凄いことになっていましたよね」
美波「そうね……。ところで覗きと言えば、例の初日に脱衣所にカメラを設置した真犯人なんだけど」
姫路「え?真犯人?カメラって、明久君たちがやったんじゃないんですか?」
美波「ううん。それが、美春が本当の犯人だったみたい」
姫路「美春って、清水美春さんですか?」
美波「うん。最後の日に脱衣所からカメラを持って出てくるのを偶然見かけたの。それで問い詰めたら、『お姉さまの姿を残したかったんです』って盗撮を認めたわ」
姫路「ええっ!?それじゃ明久君たちは……」
美波「誤解だったみたいね。ま、最後には結局あいつらも覗き魔になったから、今更謝るのもちょっと、って感じだけどね」
姫路「あ、あはは……」
蒼介「姫路に島田、すまないがその件について詳しく聞かせてもらえるだろうか」
他愛ない雑談をしている二人に、ちょうど登校してきたAクラス代表の鳳蒼介が声をかけてきた。
姫路「あ、鳳君。おはようございます」
蒼介「おはよう。……合宿先でのことは概ね聞いている。随分と大変だったようだな」
姫路「あはは……。まあ明久君達らしいと言えばらしいですけどね」
美波「ねぇねぇ瑞希。随分親しげだけど、アンタ鳳と仲良かったっけ?」
姫路「美波ちゃん、私は鳳君の実家の料亭『赤羽』で、鳳君のお母さんに料理を教えてもらっていることは知っていますよね?」
美波「え、ええ」
以前はまさに殺人兵器製造マシーンであった姫路だが、和真の紹介で蒼介の母・藍華の指導と言う名のシゴキによって、目覚ましい進歩を遂げているそうな。しかしよほど過酷なシゴキなのか、美波が聞き出そうとしても姫路は詳細について何一つ語ろうとはしない。
蒼介「母様は料理長として多忙を極める身でな。姫路の指導のために時間を空ける努力はしているが、どうしても都合がつかないときには代わりに私が代役を勤めている」
美波「え、アンタそんなに料理上手なの?」
姫路「とってもお上手ですよ。……私のプライドが粉々に砕け散るくらいには」
美波「そ、そうなんだ……」
料理は女子の仕事、なんて意見は時代遅れになりつつあるものの、それでも男子相手に料理で負けると女子としては心にクるものがあるらしい。
蒼介「話を戻すが島田、少々興味深いことを言っていたな。Dクラスの清水が……どうとかな」
美波「う…。そ、それは……」
蒼介「案ずるな。被害者であるお前が気にしていないのなら、私も奴をどうこうするつもりはない」
美波「じゃ、じゃあどうして聞きたがるのよ?」
蒼介「カズマとは長い付き合いだ、要領の良いあいつが理由もなく覗きに参加するとは思えん。となると、覗き騒動の裏に何かがあったと考えられる。生徒会長として私はそれを正しく知っておく必要がある」
どうやっても逃げられそうになかったので、美波は観念して清水の所業及びそれによって起きた騒動の全容を洗いざらいぶちまけた。
蒼介「……なるほど、清水の盗撮行動がきっかけとなり、学年全体を巻き込んだ覗き騒動に発展したのか。正直どちらにも情状酌量の余地は無いが、学園が停学という罰を下した以上、合宿に参加していない私が口を挟むことは特に無いな。……小言の一つ二つは言わせてもらうつもりだが。
ご協力感謝する」
美波「別に良いけど、生徒会長って随分大変ね。参加してもいない合宿で起きた騒動まで詳しく知っておかないといけないなんて」
蒼介「まあ確かに大変なのは事実だが、不本意ながらそれも今日までだ」
姫路「えっ?それってどういうことですか?」
蒼介「それはだな……丁度よかった。霧島、伝えたいことがあるんだが」
翔子「……何?」
「「ひゃあ!?」」
いつの間にか音も立てずに接近していた翔子。武道の達人である蒼介はすぐに知覚していたが、美波と姫路は全く気付かなかったため思わず悲鳴を上げる。
美波「翔子!ビックリしたじゃない!」
姫路「気配を消して近くに来るのやめてください!」
翔子「……ごめん、次からは善処する」
と言いつつ内心では改める気など更々ない、以外と悪戯好きな一面を持つ翔子であった。それとも和真による悪影響だろうか?
翔子「……それで鳳、話って何?」
蒼介「私は本日をもって生徒会長を辞任するつもりなのだが、後任にはお前を推薦したい」
「「!?」」
翔子「……ごめんなさい、私は雄二と可能な限り一緒にいたいから引き受けられない」
蒼介「そうか、こちらも無理強いするつもりは無いので気にする必要はない。そうだ、姫路はどうだ?」
姫路「ちょっと待ってください!?
どうして辞任するんですか?」
蒼介「覗き騒動の責任を取るためだ」
美波「アンタ合宿に参加してないじゃない。何でアンタが責任を被る必要があるのよ?」
翔子「……鳳は何も悪くない」
姫路「そうですよ。鳳君に落ち度はありません」
自分達は被害者側ではあるが、自分達が起こした騒動で蒼介が生徒会長を辞めるのは少々罪悪感があるので、何とか考え直すよう蒼介を説得しようとする三人。しかし蒼介は意思を変えるつもりはない。
蒼介「私自体に落ち度が無くても、全体を代表して責任を取る必要がある。それが人の上に立つ者の責務というものだ。それで姫路、頼まれてくれるか?」
姫路「わ、私は体が弱いし、やらなければいけないことが色々ありますので……」
蒼介「残念だが、そういう理由なら仕方がないな。……となると、木下に頼むか……」
美波「あれ?久保は?」
実践主義の文月学園では、生徒会長は出来る限り成績優秀な生徒が望ましいとされるため、Aクラス次席の久保を飛ばして優子を推薦するのは少々違和感がある。
蒼介「久保は成績以前の問題だ」
姫路「え?どういうことですか?」
蒼介「理由はどうであれ、奴はAクラスを先導して覗きに加担した。それは私にとって許されざる裏切り行為だ。会長に推薦するつもりはない」
美波「き、厳しいわね……」
合宿前、蒼介は参加できない自分の代わりにAクラスをまとめあげる立場に久保を抜擢した。覗きに協力するよう男子生徒を先導した久保の行いは蒼介の信頼に対する明確な裏切り行為に他ならない。それを野放しにするほど蒼介は甘い人間ではない。そして蒼介は徹に対しても、問答無用で書記職を辞任させるつもりでいた。自分にも他人にも厳しい蒼介らしい判断である。
蒼介「そろそろ朝のHRの時間だな、私はここら辺で失礼する。それと……お前達が私に対して負い目を感じる必要はないぞ」
三人の心情を見透かしたような忠告をしつつ、蒼介は去っていった。残された三人も遅刻はしたくないのでFクラス教室へ向かって歩き出す。
美波「気にするな、て言われてもねぇ……」
姫路「どうしても気にしちゃいますよね……」
翔子「……多分大丈夫だと思う」
姫路「え?翔子ちゃん、どういうことですか?」
翔子「……教師達も生徒会も思っているはずだから。
会長は鳳が適任だって」
放課後、学園長室にて……。
蒼介「ーという訳で、今回の騒動の責任を取って生徒会長を辞任しようと考えてます」
学園長「アンタはホント真面目だねぇ……。あのバカどもに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ。
でも残念ながら、却下だね」
蒼介「……理由を聞いてもよろしいですか?」
学園長「それについてはあいつらから聞かせてもらうといいさね。……入ってきな」
学園長の呼び掛けとともに、数人の生徒が学園長室に入ってきた。橘飛鳥、佐伯梓、高城雅春、小暮葵、そして常夏コンビの、徹を除く現生徒会役員達だ。
飛鳥「ごめん蒼介、私が先輩達に掛け合ったの」
蒼介「……それは何のためにだ?」
佐伯「んなもん、アンタを辞めさせんために決まっとるやろがい」
高城「生徒会長だからと言って、参加してもいない合宿で起きた騒動の責任までとらされるのはおかしいと思いますよ」
小暮「珍しく高城君の言う通りですわ。それに、二年にあなた以上の適任はいませんでしょうし」
蒼介「……しかし、」
夏川「もうお前の意見は却下されたんだから、ごちゃごちゃ言うなよ」
常村「辞めることで責任を取るのではなく、今後の活動で責任を取ればいいだけの話だろうが」
食い下がる蒼介の意見を、常夏コンビはバッサリと切り捨てる。召喚大会以降人が変わったように真面目になった二人だからこそ、その言葉には説得力があった。
学園長「それで、どうするんだい鳳。会長たるもの、役員の意見は尊重してやらないとねぇ」
ここまで言われては蒼介と言えども引き下がるしかない。と言うより、ここで辞任を固持すれば逆に責任から逃げたことになるだろう。人生ままならないものだと、蒼介は肩をすくめる。
蒼介「…………わかりました。今回の騒動で下がったイメージは、生徒会長として、責任を持って改善して行こうと思います」
蒼介はどことなくスッキリした表情で学園長に、当初の予定とは異なるが、学園を代表するものとして責務は必ず果たすと力強く宣言した。
綾倉「鳳君の人望が伺える話でしたね」
和真「ちなみに徹はこの後本人の承諾なしに書記職を降ろされた。あいつの人望の無さが伺えるな」
綾倉「人望と言うより、覗きに加担した生徒を学園を代表する生徒会に所属させておくのは色々とまずい、と判断されたのでしょう」
和真「ちなみに久保は代表代理続投だ。まあ発言権は名誉挽回するまで与えられないだろうから、しばらくは実質優子がAクラスの副官扱いになる」
綾倉「次回は私がメインの話になります」