ガチャッ
『……何の真似だい?』
ゴライアスを撃破した御門はすぐさま獣化を解除、普段のだらけようからは想像もできない俊敏さで『ファントム』に接近し、懐から拳銃を取りだし『ファントム』の額につきつけた。
御門「わざわざ言わなくてもわかるだろ?てめーを仕留めるチャンスを俺が見逃す筈がねーことぐらいは」
『へぇ?それは随分おかしな話だね。下っ端に用は無いんじゃなかったのかい?』
御門「あくまで惚けるつもりなら俺の口から言ってやるよ。仮面や服装こそ揃えちゃいるが、てめーはあの下っ端ヤローなんかじゃねー。そうだろ?
……ラプラス」
ラプラス。
財界に関わりがある者なら一度は耳にしたことがある、日本経済の影の管理者の通り名。
一企業に過ぎなかった“桐谷”が僅か数年でかの“鳳”を凌駕するほどの大企業へと成長したことも、“桐谷”がラプラスの助力を得ていたのではないかと噂されている。
『……ふふふ、半分正解かな?』
御門(半分だと……?それに銃口向けられてんのに、こいつのこの落ち着きようはなんだ……?)
意味深な台詞はもとより、銃をつきつけられた状態だというのに顔色も声色も平然としている(仮面を被っている上にボイスチェンジャー越しの声であるためあくまで推測だが)『ラプラス?』に御門は訝しむ。
『でもここで僕を殺しても良いのかい?君には僕に聞きたいことが山ほどある筈だろう?例えばダゴン君が桐生舞にかけた洗脳を-』
ダダダダダァアンッ!!!
『桐生舞』『洗脳』というワードを耳にした瞬間、御門は躊躇なく拳銃の引き金を五回ほど引いた。大広間に銃声が鳴り響き、拳銃から放たれた弾丸は『ラプラス?』の両手両足、そして仮面の額部分に直撃する。
御門「心配せずともまだ殺しゃしねーよ。ここから脱出したら洗いざらいぶちまけさせてやるから、今はおとなしく眠って-」
『……ふむふむなるほど、麻酔弾か』
御門「っ!?」
『ラプラス?』に命中した五つの弾丸は、まるで見えない何かに阻まれたかのように真下に自然落下した。
『ラプラス?』は何事もなかったかのように足下に転がった弾丸を拾い上げ、驚愕する御門に構うことなくそれを観察する。
『極限まで殺傷力を抑えたゴム弾に、象だろうと昏倒するほどの強力な麻酔が仕込まれているね。さっきの挑発染みた発言に激昂して発砲したわけじゃないようだけど、怒っていないわけではないようだねぇ。こんな弾、生きてさえいれば相手の肉体へ後遺症が残ろうが構わないと考えてなきゃ撃ち込めないからねぇ……怖い怖い』
御門(無傷、だと……!?ありえねぇ!たとえゴム弾だろうがこの距離じゃ骨に皹入ってもおかしくねーし……ましてや無傷どころかあのふざけた仮面にすら傷一つつかねーなんて……!?)
『……ん?あぁ、驚かせてごめんね。種明かしをすると、どんな武器を用意しようが無駄だよ。物質世界の住人である君と武器では、デジタル世界を生きる僕には傷一つつけられないんだよ』
映像に写る炎に触れても決して焼け焦げたりはしないように、映像の炎に水をかけても決して消えないように、二つの世界はお互いの世界に干渉することができない。
御門「……お前が、デジタルだと?」
『ふふふ、僕だけじゃないさ。君と君の召喚獣……そしてさっきのゴライアスを除いた全てがデジタルさ。何も不思議なことじゃないよ。だってここは言うなれば……
携帯画面の中なんだから』
御門「っ!……そういうことかよ……!」
御門はずっと疑問を抱いていた。つい先ほどまで携帯電話を調べていた自分がどうしてこんな場所にいたのか?そしてこの場所はいったいどこなのか?
ここが携帯画面の中の世界、そして御門が携帯の画面に吸い込まれてここへ来たというならその疑問は解ける。
荒唐無稽極まりない仮説だが、アドラメレクが二つの世界を行き来できることを知っており、四年前アドラメレクが取り込んだ同級生達と共にパソコン画面へと消えていく光景を目の当たりにした御門にとってはそれほど驚愕する事実ではない。
『自己紹介をしようか。
僕の名はアバター……君が目の色を変えて追っているアドラメレクの制作者・ラプラスの、大脳新皮質の欠片をもとに作成された人工知能さ。……いや、住む世界の違うクローンと言った方が正しいかな?』
御門「クローンだと……?」
『そうだよ♪ま、完成度は決して高くないけどね。最新技術を駆使しても、オリジナルの底無しの悪意と狂気は大分薄れてしまってるらしいからさ』
御門(っ!?!?……薄まってるだと……!?それでか!?)
驚愕するのも無理はない。今思い返してみれば、ゴライアスと闘う前にアバターが自身に叩きつけた謎の威圧感は、高密度の悪意と狂気の塊だった筈なのだ。だとすればオリジナルのラプラスにはいったいどれほどの狂気と悪意が宿っているのだろうか。
『アビリティこそ複製できたけど、それもオリジナルと比べれば小規模だし……遺憾ながら劣化コピーの謗りは免れないかな?』
御門「アビリティ……俺をこんなところに引きずり込んだ力か?」
『ご名答。アドラメレクのバグを完全にコントロールできるのは“玉”の資質を持つもの……そうだな、簡単に言えばとても強靭な脳と魂を持つ者のみ。そして汚染を100%コントロールした者は人智を超越した力・アビリティを宿す。君にアドラメレクの汚染を含めたあらゆる身体異常を消し去る力“ワクチン”が宿ったように、オリジナルにもまたアビリティが宿っているのさ』
御門「!……」
アバターの台詞の一部に違和感を覚えたが、それ以上に腑に落ちない点が一つ。
御門(こっちとしちゃ願ったり叶ったりだが、なんでこいつはこうも簡単に-)
『ベラベラと情報を漏らすのかって?』
御門「っ……!?」
アバターは仮面に手をかけながら、御門の心情を見透かしたかのように訪ねる。
『理由は主に二つかな。一つはゴライアスを打ち倒した君への敬意を評して。そしてもう一つは……』
一旦そこで言葉を切り、アバターは無造作に仮面を剥がしてその辺に投げ捨てた。
露見したアバターの素顔を見た御門の表情が、
御門「………………………………え?」
思わず惚けた声が漏れてしまうほど、御門の脳内は未だかつて無いほどの驚愕と混乱に染まる。疑いようもない天才である優れた思考回路が完全に停止した御門を満足そうに眺めながら、アバターはボイスチェンジャー越しではない、
アバター「もう隠す必要も無いからさ。A.D計画の始動はもうすぐだからね。……元の世界に帰りオリジナルを止めたければ先に進むといいよ、ゴールに到達すれば出してあげるからさ。この先は複雑な迷路になっているけど、順調に進めばそうだな……1週間もかからないんじゃないかなぁ♪」
そしてアバターは煙のように姿を消し、大広間には御門一人が残された。
御門「……ハハッ…………ははは……………………
ははははははははははははははははは……
何から何まで全部……テメーの手のひらの上だったってことかよ俺は……
ふざけやがって…………
ふざけやがってぇぇえええぇぇぇえええええええぇぇぇぇぇえええええっっっ!!!」
御門の悲痛な絶叫に応える者は、誰もいなかった。
綾倉「さあ皆様、準決勝第二試合が始まります!既に決勝へと駒を進めた和真君と闘うのは果たしてどちらか?
まず、Cブロックを勝ち上がったのは文月学園が誇る完全無欠の生徒会長……二年Aクラス鳳蒼介君!」
紹介が終わると同時に蒼介が観客達の大歓声をその身に受けながら、堂々たる足取りでフィールド内に入場した。ステージの上に設置されたオーロラビジョンにはこれまでの蒼介の試合がプレイバックされ、綾倉先生はそれらを振り替える。
綾倉「三回戦が不戦勝になったとはいえ、鳳君はここまで一度もダメージを負うことなく勝ち上がってきました。これ以上詳しく語れないほどの圧勝劇で勝利を収めてきた蒼の英雄は優勝候補No.1の下馬評通り、このまま頂点の座を掴みとるのか?!」
蒼介「……」
和真(…………ん?)
綾倉「続いてDブロックの覇者は今大会きってのダークホース……一年Dクラス綾倉詩織さん!」
詩織「ったく、仰々しいったらないね……」
極限までエキサイトした観客達に呆れつつ、詩織も蒼介同様堂々たる足取りでフィールドに入場した。やはりオーロラビジョンにこれまでの闘いがプレイバックされ、綾倉先生が一試合ずつ振り替える。
綾倉「三年のトップ高城君や三位の金田一君、意外性No.1の吉井君といったそうそうたる面子を、鳳君にも引けを取らない圧倒的なワンサイドゲームで勝利を収めて来ました。一年生は不利という教師陣の見解をはねのけ、一年のトップは栄光を手にすることができるのか!?」
対峙した両者は無言でお互いを見据える。
その様子を遠目から見ていた和真はその光景……というより蒼介に何故か違和感を覚えた。
和真(……気のせいか?なんつぅか、いつものソウスケらしくねぇような……)
ワクチン……アドラメレクのバグを完全に使いこなした御門に宿った超常的な力。いかなる身体異常もすぐさま消し去ることができる。かつて翔子をアドラメレクの汚染から救ったのもこの力である。
ホイミではなく光のはどう。例えばなかなか風邪が人にこの力を使えば風邪自体は治るが、それまでに消耗した体力は戻ってこない。
また、アドラメレクのバグは現在進行形で汚染中なら跡形もなく消し去れるが、適合してしまえばバグは異常とは認められず消すことができなくなってしまう。