よし。
Dブロック二回戦第一試合、吉井明久vs橘飛鳥。
実力云々は一先ず置いておいて、随分と対照的な者同士の対決である。
片や学年の頂点Aクラスでも十指に入る秀才であり、生徒会副会長にして柔道インターハイチャンピオンと、まさに絵に描いたような模範生であり男女問わず慕われている飛鳥。
片や学年の底辺Fクラスでも郡を抜いたバカ(
極論を言えば最も人気な女子と、最も不人気な男子の対決。となれば…
『橘先輩頑張れー!』
『飛鳥ファイト!』
『吉井なんか瞬殺してしまえ!』
『吉井引っ込めー!』
『場違いなんだよお前!』
『お前みたいなバカが橘に勝てるわけないだろ!』
観客の大半が飛鳥の味方になるのは必然である。おそらくは生徒だけでなく教師達も、声には出さずとも飛鳥を応援していることだろう。
和真「うっわ超アウェーだなー。こりゃ明久にとって厳しい闘いになりそうだなー」
蒼介「わざとらし過ぎるぞカズマ……。飛鳥の性格を考えれば、そうならないことくらい容易に予想できるだろう」
明久(ある程度は覚悟してたけど、僕ってここまで嫌われてるのかぁ……)
常在戦場の如く命の危機がそこら中にある学園生活を常日頃送っている明久にとって、多少のアウェー程度の迫力に萎縮するなど万に一つもあり得ない。……が、モチベーションを保てるかどうかは別問題だ。
和真や蒼介や梓が出場している以上、自身が優勝する確率はぶっちゃけ無いも同然。それどころかオーバークロックやランクアップ能力を喰らったら、冗談抜きでフィードバックで死ぬかもしれない。さらに自分が負けたからと言ってクラスの設備が落ちるなどのリスクがあるわけでもない……など、それだけでも闘う気があまり起きない理由が揃っている上に、観客の誰もが自分の敗北を望んでいるとなれば、モチベーションを保てという方が無茶である。姫路や秀吉など明久の勝利を望んでいる者も僅かながら存在するが、流石に少数派過ぎて声援を贈っても明久には届かないだろう。
明久(はぁ…僕も大門君みたいに棄権すれば良かったかな……)
飛鳥(あ、吉井君が落ち込んでる……。うん、そうよね……吉井君だってこんな状況じゃ傷ついても不思議じゃないわ。……うん、ここは私が…)
明久(…え?橘さん何を…)
どんどん戦意が薄れていく明久に気づいた飛鳥はおもむろに観客席の方を向き、パーにした両手を口元に当て簡易メガホンを作ると…
飛鳥「はいみんな、一旦ストーップ!!」
会場全体に聞こえるような声量で静寂を要求した。
『え……?』
『何だ何だ?』
『飛鳥ちゃん、急にどうしたの?』
観客席の生徒達はやや戸惑いを見せつつも、飛鳥の言葉に従い次第に沈静化する。やがて全体が静まり返ると飛鳥は満足そうに頷き、そして再び口を開く。
飛鳥「みんな少し自重しなさい。私を応援してくれるのは嬉しいけど、この祭典はあくまで学校行事よ。一方の生徒が闘いにくくなるほどもう一方に肩入れするのは良くないし、ましてや相手を貶めるような野次なんて以ての外よ。先生方も今のは明らかに生徒を諌めるべきでしょう?しっかりしてください」
『『『す、すみませんでした……』』』
間違ったことを間違ったままにしておくことを嫌う飛鳥に、観客席の先輩後輩同級生挙げ句の果てには教師までもまとめて説教されたのであった。
和真「おーおー飛鳥の奴、予想通りみすみす自分に有利な状況をフイにしやがったぜ」
蒼介「……それでこそ飛鳥だ」
飛鳥「ごめんなさいね吉井君。彼等も決して悪気があるわけじゃないんだろうけど…」
明久「い、いや別にそこまで気にしてないよ。……でも良かったの?あのままだったら橘さんが有利だったのに」
飛鳥「さっき言った通りこれは学校行事だしね。……それに勝負はやっぱり、お互いがベストを尽くしてこそ意義があると私は思っているから。自分自身でも甘い考えだと思うけどね」
明久(イ……イケメンだこの人!何このさわやかさ!?さわやか過ぎて直視できないよ!そりゃバカスカ同性にモテるわけだよ!)
クラスメイトの美波をも凌駕しかねない男前さ、そしてトップアスリート特有の爽やかオーラに圧倒される明久であった。
和真「-とか思ってんだろうなぁ明久の奴」
蒼介「……無理もない。飛鳥がどれほど壮絶な人生を歩んできたかは、事情を知らない者には知る由もないことだ」
和真「もしもアイツが日本有数の名家じゃなく、ごく普通の一般家庭に生まれていたなら……どれほど順風満帆な人生だっただろうな」
蒼介「……タラレバを考えるのはあまり好まないが、確かにそうだな」
飛鳥は才能が無いわけではない。むしろ大半の者よりは恵まれている方であろう。……しかし彼女を取り巻く環境を考えれば、悲しいことにその資質は凡庸の烙印を押されるものであった。
蒼介「いったいどれぼどの挫折と苦悩があったか、私でさえ検討もつかないほどだ」
和真「いやいやいや、お前がそれ言っちゃうの?初対面の飛鳥によりにもよって柔道で完勝しちゃったソウスケ君よ」
蒼介「お前にだけはとやかく言われる筋合いは無い。そうだろう?初対面の飛鳥に柔道で片袖を掴んでそのまま場外まで力ずくで強引にぶん投げるという、非常識極まりない勝ち方をしたカズマ君よ」
そして彼女と最も親しい二人……そしてついでに実の兄は、恐ろしいほどまでに才能に恵まれていた。彼女が自身の凡庸さを自覚した時期は、決して遅くなかったに違いない。
閑話休題。視覚リンクシステムを起動させ、対戦科目が決定する。ちなみに今回選ばれた科目は『理科』。両者とも特別得意でも苦手でもない教科だが…
明久・飛鳥「「
《理科》
『二年Fクラス 吉井明久 106点
vs
二年Aクラス 橘飛鳥 302点』
多少向上したとはいえ社会以外は精々Eクラスレベルの明久と、Aクラスでも上位の成績の飛鳥では、哀れなほど圧倒的な開きがある。
しかし明久にしてもそんなことは当然折り込み済み。操作技術と経験では確実に明久に分があるので、それらで如何に点数差をカバーできるかが勝敗の分かれ目になる。
飛鳥(さてと……さっき蒼介が言っていたことが当たっているなら、のんびり闘っていたら多分勝てないでしょうね。ここはやっぱり-
綾倉「それでは……試合開始!」
速攻!)
綾倉先生が試合開始を宣言すると同時に、〈飛鳥〉はすかさず〈明久〉との距離を詰めるべく急加速した。
明久(やっぱり近づいてきた!柔道インターハイチャンピオンの橘さんと組み合うのはマズい、ここは木刀で牽制しつつ距離を-)
飛鳥「やぁっ!」
明久(普通に爪で攻撃!?くっ…!)
袖や襟を取りに来ることを警戒していた〈明久〉を嘲笑うかのような、武器によるいたって普通の攻撃。裏をかかれたことで反応が遅れたものの、〈明久〉はすぐさま自分に迫り来る爪と自身の間に木刀を滑り込ませて〈飛鳥〉の奇襲を受け止める。
飛鳥「やぁ…ぁああ!」
明久(ダメだ、受け止め切れない…こうなったら……)
しかし両者の召喚獣のパワーは一目瞭然。〈飛鳥〉は爪に力を込め木刀ごと〈明久〉を撥ね飛ばした。
飛鳥(……吹っ飛んだ?隙を作るためかち上げる程度の力でやったのに、あんなに豪快に吹っ飛ぶはずが……なるほど、自分から飛んだのね)
明久(一旦距離を取って仕切り直す!もし着地を失敗すれば橘さんは容赦なく追撃して来るだろうけど……問題ない、僕なら上手く着地できる筈、自分を信じるんだ…集中、集中……集中!)
極限まで自分を信じたおかげか、〈明久〉は空中で体勢を作り直し、タイミングを合わせて無傷で着地することに成功した。間髪入れずに〈飛鳥〉が接近して来るとほぼ同時に、〈明久〉は取って置きの切り札を使う。
明久「
〈明久〉の体から瓜二つの召喚獣が飛び出し、二体の召喚獣は木刀を構えて迎撃体勢を作る。
《理科》
『二年Fクラス 吉井明久 53点/53点
vs
二年Aクラス 橘飛鳥 302点』
飛鳥(これが吉井君の白金の腕輪の能力……大丈夫、問題ないわ。二体の召喚獣を自由自在に使いこなす吉井君の技量には舌を巻くけど……付け入る隙や弱点は、ある!)
それに対して〈飛鳥〉は臆することなく鉤爪を構えて突撃する。果たして『二重召喚』の弱点とは……?
飛鳥さんの過去も番外編で書きたいですね。