あぁ、考えただけで憂鬱……。
『S・B・F決勝トーナメント』一回戦もいよいよ大詰め。A・B・Cブロックの試合が終了し、残るはDブロックの四試合となった。Dブロック第一試合の対戦カードは島田美波vs橘飛鳥。
明久(イケメンで胸が可哀想な女の子同士の闘いか……)
美波(……何故かしらね、アキの全身の骨を折り畳んでやりたくなったわ)
飛鳥(す、すごい殺気ね…私も負けてられない-って、アレ?どこ見て…控えスペースの吉井君の方角……。この殺気を向けられているの、私にじゃなくて吉井君に?この子、いったい何に対して怒ってるの……?)
胸が貧しかったり異性より同性にモテるタイプであったりと何かと共通点が多い二人だが、飛鳥は美波と違って自らの体型に劣等感を持っていないため、美波が何に対して怒っているのかいまいち理解できなかった。
綾倉「それでは橘さんと島田さん、希望する科目を選択してください」
二人が選択した科目はどちらも外国語。よってフィールド科目は自動的に外国語に決定する。
飛鳥「え?美波も外国語?てっきり数学を選択するとばかり……」
美波「ふふふ……
不敵に笑う美波の呼びかけに応じるように、幾何学模様から西洋騎士風の召喚獣が出現した。
《外国語》
『二年Fクラス 島田美波 482点』
飛鳥「っ!その点数……」
美波「センター試験の外国語選択には、ドイツ語があるのよ。この勝負貰ったわ!」
飛鳥「なるほど……うん、ホント似た者同士ね私達」
美波「……え?」
飛鳥「
美波に続き飛鳥もキーワードを唱え、忍装束を身に纏った召喚獣を喚び出す。
《外国語》
『二年Fクラス 島田美波 482点
vs
二年Aクラス 橘飛鳥 428点』
美波「えぇっ!?」
飛鳥「貴女がドイツ語を得意としているように、私も英語よりフランス語の方が得意なのよ」
美波「うぅ……絶対勝てると思ったのに……」
目論見が見事に失敗してがっくりと肩を落とす美波だったが、あまり引きずってもしょうがないのですぐに気持ちを切り替える。『召喚獣視覚リンクシステム』により召喚獣と視界を結合させて準備完了。
綾倉「それでは……試合開始!」
美波「予定とはちょっと違ったけど……それでもウチの方が点数が高い!絶対に負けないわよ飛鳥!『ヴァルキリー・ウィング』」
飛鳥「上等!どこからでもかかってきなさい!『黒羽』!」
初手の行動は両者共に先手必勝の腕輪発動、〈美波〉の背からは天使のような白い翼が、〈飛鳥〉の背からは烏のような黒い翼が出現し、二体の召喚獣は飛翔する。
《外国語》
『二年Fクラス 島田美波 432点
vs
二年Aクラス 橘飛鳥 328点』
和真(ほー、面白ぇ偶然だなこりゃ。アイツら腕輪能力まで似通ってんのかよ)
蒼介(厳密には別能力のようだが、どちらも飛行を可能とする能力。となれば必然的に、戦闘は空中戦となる)
美波「うっ……距離感がうまく掴めない」
飛鳥「……あ、しまっ…飛び過ぎた!?」
蒼介の読み通り、二体の召喚獣は空中で激しくぶつかり合う。しかし当たり前だが二人とも空中戦など始めての経験のため、しばらくはぎこちない動きでやみくもに動き回る不格好な闘いになる。
飛鳥「……うん、大分慣れてきたわ」
美波「えぇっ、もう!?」
操作技術で勝る〈飛鳥〉がいち早く空中戦に対応し(それでも普段よりおぼつかないのは否めないが)、〈美波〉に向かって飛行能力の強みを活かした多角的な攻撃を仕掛け、〈美波〉の点数をジワジワと削っていくていく。
《外国語》
『二年Fクラス 島田美波 304点
vs
二年Aクラス 橘飛鳥 288点』
飛鳥(多角攻撃で妨害して美波に空中戦に対応させず、このまま主導権を握り続ける!)
美波(マズい、点差がもうほとんどなくなっちゃった……これじゃ空中での動きに慣れても操作技術の差で負ける……
いや落ち着くのよ、まだ負けたわけじゃないわ!こうなったらさっき柊に言われた通り-)
時は一旦試合直前に遡る。
和真「あん?格上相手にどうやって闘えばいいかって?さっきの予選で黒木にボコられたこと、まだ引きずってんのか?」
美波「う、うん。まあそんなところかな……」
和真「んー、そうだなぁ……そもそも俺みたいに戦闘自体が好きでもねぇ限り、闘わないに越したことはないんだがな」
美波「……え?そうなの?」
和真「そりゃそうだろ、勝ち目が薄いからこそ格上なんだからよ。……ただまぁ、このトーナメント戦みてぇに避けられない闘いってもんはある。そのとき『相手は格上で勝てそうもない。だから諦めます』じゃ情けねぇよな。かと言って無策でただ突っ込むだけは論外、それはもう動物以下だ」
美波「じ、じゃあどうすれば良いのよ……?」
和真「んなもん自分で考えろ……と言いてぇが、考えてる時間なんざもう無ぇか。なんせ一回戦の相手はあの飛鳥だしな」
美波「……うん。運良く外国語が選ばれてくれれば大丈夫だと思うけど、それ以外の科目だと飛鳥には……たとえ数学でも多分負けると思う」
和真「ソウスケが馬鹿げた点数を乱発するせいで感覚麻痺りがちだが、飛鳥の成績は十分高水準かつバランス良くまとまってるからな。それに優子とコンビ組んで鍛練を積んでるおかげか、操作技術も三年レベルときた。夏川先輩にボロ負けしたお前程度じゃ勝ち目薄いよな」
美波(それはそうなんだろうけど、そこまではっきり断言されるとムカつくわね……)
和真「そうだな、アドバイスするなら-」
美波(-勝てない部分で張り合わず、自分が勝てるポイントに上手く誘導する。……今、ウチが飛鳥に勝ってるポイントは……)
不意に〈美波〉は応戦することを中断し、動きをピタリと止めた。
飛鳥(……?あきらめた……わけないわよね、この子の性格からして。うん、一応念には念をいれて……真横から!)
〈飛鳥〉はそれを警戒し最短距離ではなく、迂回を織り混ぜて〈美波〉に接近しようとする。
……が、
飛鳥「っ!?」
美波「武器のリーチってわけね!」
直前で〈美波〉のランスに阻まれて失敗する。
どうやらまともに空中戦を行えば確実に競り負けると判断したのか、〈美波〉は空中でトンボのように制止して待ちの体勢に入った。
飛鳥「このっ……!」
美波「おっと!そう簡単には近づかせないわ!」
〈飛鳥〉も負けじと果敢に攻めるが、どの方向から攻めてもランスに弾かれ間合いを詰められない。
長物を扱う〈美波〉に対し〈飛鳥〉の武器は鉤爪。その圧倒的なリーチの差は、飛鳥と美波の実力差を埋める大きな武器へと成り得た。
姫路「美波ちゃんその調子です!」
明久「う、うん…そうだね姫路さん」
和真「余計な期待させてんじゃねぇよ明久。お前はホント姫路に甘いなオイ」
一見美波有利の戦況に姫路は綻ぶが、明久と和真の表情は芳しくない。ちなみに向こうにいる雄二や翔子も、似たような反応をしている。
姫路「えっと柊君……余計な期待って、どういうことですか?」
和真「十中八九、島田の負けだ」
姫路「えぇっ!?」
明久「ちょ、ちょっと和真!?確かにこのままじゃダメだと思うけど、まだ負けが決まったわけじゃ-」
和真「そう思うならお前の読みが浅いんだよ」
姫路「あ、明久君…このままじゃダメって……」
明久「あー、それは…えっと、確かに橘さんに間合いに入らせない闘い方は上手く機能してるんだけど……」
和真「問題は島田に攻める手だてが無いことだな」
そこまで言われて姫路はようやく理解する。試験召喚戦争の勝利条件はたった一つ、相手の点数を削り切ること。たとえどれだけ防御が上手かろうが、それだけでは勝ちには結びつかないのだ。今のままじゃお互い千日手で決着がいつまでたっても着かないであろう。
明久「で、でもさ和真……橘さんだって攻めあぐねてるじゃないか」
姫路「そうですよ柊君。まだ美波の負けが決まったわけじゃ…」
和真「気が短い島田が根比べで飛鳥に勝てるとは思えねぇな、あいつは俺の知る限り一番我慢強い女だぞ。それに長々と続けば痺れを切らしたギャラリーは、多分守ってばっかの島田を非難し始めるだろうよ。そうなれば意外と打たれ弱い島田がボロを出さないとは思えねぇ」
姫路「そ、そんな……」
和真「それから飛鳥の腕輪能力だが、島田の2倍の点数を消費するからには……ただ飛ぶだけの能力では無いはずだぜ」
和真の推測した通り、飛鳥は奥の手を隠し持っていた。背中の黒い翼から沢山の羽を〈美波〉目掛けて放つ。
美波「ちょ、何よそれっ!?」
飛鳥「実は私の『黒羽』は遠距離攻撃もできるのよ。威力は大したことないけどね」
美波「威力は弱いと言ってもこのまま喰らい続けたら……こうなったらランスで全部叩き落とす!」
飛鳥(うん、かかった!)
一か八かの賭けに飛鳥は勝利した。
実を言うと、ここで無視されれば不利になっていたのは飛鳥の方である。この遠隔攻撃は使い続ければ『黒羽』の効果が切れるというデメリットが存在する。この攻撃だけで倒そうとすれば、〈美波〉の点数を削り切る前に〈飛鳥〉が先にガス欠してしまうほどのコストパフォーマンスの悪さだ(そうでもなければハメ技が容易にできてしまうので致し方ないのだが)。
羽を飛ばしながら〈飛鳥〉は接近し、〈美波〉がランスで羽を弾き飛ばす合間を縫って掴みかかる。
美波「あっ、しまっ…え?爪で引っ掻くんじゃなくて、ウチの召喚獣を掴んだ?なんでそんなこと……」
和真(あのバカ、何ボケッとしてやがる……)
〈飛鳥〉の思いもよらぬ行動に、戦闘中にもかかわらず美波は思考を停止してしまう。
飛鳥「あら美波、忘れちゃったの?
私が柔道家だってことを!」
美波「っ!?」
言われて思い出したのか、慌てて引き剥がそうとするがもう遅い。左手で肘を掴んだ状態で斜め上に引きあげ、
和真(あーあ、よりにもよってアレかよ…こりゃ終わったな……)
前回りさばきで相手の懐に踏み込み、体を沈めつつ右手で相手の上腕を挟み込み固定し、
蒼介(飛鳥の最も得意とする技……『一本背負い』。凡夫と蔑まれても決して折れることなく、明けても暮れても柔道に打ち込み練り上げたその技の流麗さ、そして技を受けた相手が見事な弧を描き叩きつけられる光景から、とあるメディアに名付けられた別名は……)
相手を背負い上げつつそのまま左手で引いて、
蒼介(……上弦の月)
飛鳥「やぁぁあああっ!」
美波「きゃぁぁあああっ!?」
遥か下の地面に向かってブン投げた。回転しながら猛スピードで弧を描きつつ落下していく〈美波〉、そして視界をリンクさせていたせいで思わぬダメージを負った本体。地面に激突しても辛うじて生きてはいたが、完全に目を回してしまった美波にまともな操作などできる筈もなく、容赦なく追撃をしかけてきた〈飛鳥〉にアッサリと討ち取られてしまった。
《外国語》
『二年Fクラス 島田美波 戦死
vs
二年Aクラス 橘飛鳥 288点』
美波「うぅ、頭グラグラする……」
飛鳥「ごめんごめん。でもこっちもギリギリで手心加える余裕なんて無かったから、悪く思わないでね?」
三半規管が狂いその場に倒れ込んだままの美波に、飛鳥は歩み寄り手を貸して助け起こす。
美波「うぅ……終わってみれば完敗だったわね……ま、ウチに勝ったからには簡単に負けちゃダメだからね。目指すは当然優勝よ」
飛鳥「もちろん頑張るつもりだけど……私が優勝しちゃったら、Fクラスにとって不都合になるんじゃないかしら?」
美波「あ、そうだった。じゃあ決勝まで勝ち進んで負けてね♪」
飛鳥「けっこう無茶苦茶言うわね貴女……」
雄二「結局島田の完敗か……順当な結果と言えばそれまでだが」
和真「……なあ雄二、これマズくねぇか?」
雄二「何が言いたいのかはおおよそ見当がついているが、一応聞いておく……何がだ?」
和真「このままじゃAクラスと戦っても多分勝ち目無ぇぞ。どいつもこいつも弛み過ぎだろ……Bクラスの設備ぶんどったりしたのは失敗だったんじゃねぇか?」
雄二「そうかもな。……ここは一つ、Aクラスと闘う前に何か手を打つか」
和真(……果たしてお前も、他人事で済むのかねぇ)
死に設定になりつつあった飛鳥さんの柔道スキルがようやく生かされました……。試召戦争に組み込みやすそうな空手とかにしとけば良かったと若干後悔しています。
ヴァルキリー・ウィング……消費50。翼が生え、召喚獣が飛行可能に。
黒羽……消費100。大体ヴァルキリー・ウィングと同じ性能だが、羽を飛ばして遠隔攻撃が可能。