蒼介との模擬戦後、姫路と美波はそのままフリスペで操作の練習する一方、雄二と翔子は教師達に説教のフルコースを味わった明久を回収(このときいつもの不毛なやり取りが行われたが、ワンパターンなので割愛)し、テストを終えた和真と合流し臨時ミーティングを開くことに。
和真「…妙な抜刀術、か……」
翔子「……うん。なんというか、間合いに入ったときにはもう斬られてたみたいな感覚だった」
雄二「和真、お前アイツと幼馴染みで水嶺流にも詳しかったよな。何か心当たりがあるか?」
和真「…………ハッ!心当たりも何も……あのヤロー、味な真似しやがる。間違いなく俺への挑発だなそいつはよ」
雄二達からことのあらましを聞き終えた和真は、雄二のその質問に肩を竦めつつもどこか苦々しげな表情で肯定の意を示す。
明久「え?どういうことなの和真?」
和真「その技は間違いなく“海角天涯”。水嶺流の拾、つまり最後の型にあたる抜刀術であり……かつて俺がソウスケの父・秀介さんと手合わせを行った際、秀介さんの勝利の決め手になった技だ」
明久「え……えぇえぇぇぇええっ!?」
雄二「ま、マジかよ!?」
翔子「……正直予想外」
三者三様に驚愕を隠せないのも無理もない。最近では試召戦争の強さも大概だが、和真のリアルファイトの実力は人類の領域から完全にはみ出でているレベル……というのが第二学年の総意だ。その和真を打ち破れる技などハッキリ言って想像もつかないだろう。
明久「ねぇ和真、鳳君のお父さんって……もしかして鉄人みたいな人?」
和真「んなわけねぇだろ。むしろフィジカルだけで判断すりゃソウスケより華奢な人だぜ」
呆れるように否定する和真だが、新たな情報に三人は再び驚愕する。そしてかつて神童と謳われた雄二の頭脳はもう一つ、恐ろしい疑問を思い浮かばせてしまう。
雄二「和真、抜刀術でお前に勝ったっつうことは……あの技はお前より速いのか?」
和真「良いところに気がついたな雄二。喰らったのは結構前だから正確には不明だが……今の俺のスピードとも互角かそれ以上だと思うぜ」
雄二「嘘だろオイ……」
止めどなく浮かび上がってくる情報に雄二は開いた口が塞がらない。並外れた反射神経とスプリンター顔負けの瞬発力を持つ和真は名実ともに日本最速と言っても過言ではない。その和真と同等以上のスピードの居合など想像するだけで厄介なことこの上ない。呆然とする雄二をよそに、和真は説明を再開する。
和真「水嶺流は門外不出だから俺も詳しい原理は知らねぇけどよ、あの技は“明鏡止水”に至った者にしかできない芸当らしい。……なあ翔子、『海角天涯』の意味はわかるよな」
翔子「……天の果てと海の角のように、二つのものがとんでもなく離れているという意味の四字熟語」
和真「大正解♪まあ天に果てなんか無ぇし、海にも角なんざ無ぇけどよ。……それはともかくだ、かつてあの技によって何人もの戦士の上半身と下半身を熟語の通りおさらばさせたっつう、いわく付きの抜刀術だ」
明久「…………またまたぁ~。いくら僕でも流石に騙されないよ。シリアルキラーじゃあるまいしそんな物騒な…」
和真「は?何言ってんだお前?」
いつもの冗談かと思い笑い飛ばす明久を和真はきょとんとした表情で見る。
明久「…………え?ジョークじゃないの?」
和真「あのな明久……水嶺流は鳳家に代々受け継がれてきた古流剣術だぞ?」
明久「えぇと……もっとわかりやすく-」
和真「つまりだ、水嶺流は剣道みてぇなお行儀の良いスポーツなんかじゃ断じてねぇ。あの流派相手を殺すことに特化して発展した正真正銘の……殺人剣だ」
完全に寝耳に水の明久は勿論、薄々理解していた雄二や翔子もそれを聞いて背中辺りがゾクッとする。もっとも、恐怖を抱いた対象が殺人剣に対してなのか、もしくは木刀とはいえそんな代物を護身術としてバンバン使っているであろう蒼介に対してなのかは定かではないが。
和真「それはともかく……“海角天涯”を使ったってことは、アイツはもう“明鏡止水の境地”に自力で入れるっつうことか……」
雄二「対抗手段があるって言ってたが、大丈夫なのか?現状、Aクラス打倒の作戦はお前が鳳を倒す前提で組むしか無いんだが……」
和真「心配すんな雄二。俺はハナから、決戦のときまでにアイツが“明鏡止水”を完全にものにしてくる前提で考えてるからよ」
翔子「……でも、一度“明鏡止水”に踏み入れても、完全に使いこなすにはさらに年月がかかるってこの前-」
和真「そんなもん前例に基づいた建前だ。そもそもあの境地に十代で到達するって時点で前代未聞なんだ、前例なんざあてになんねぇよ」
雄二「なんでちょっと嬉しそうなんだよ……」
どことなく面白そうに好戦的な笑みを浮かべている和真に、雄二は思わず嘆息する。どうやら蒼介は知らず知らず和真の戦闘狂スイッチを押してしまったらしい。
和真「というか雄二、今はAクラスよりも明後日戦う予定のクラスのことだ。例のプランで行くつもりだから大した勝負にはならねぇとは思うがな」
雄二「……なるほど。ということはうまくいったんだな」
和真「ま、そゆこと♪それから雄二、ついさっき接触してきたぜ」
雄二「もしかしたらと思ってたが、来たのか……なるほど。確かに意外と頭が回るみたいだな」
和真「だな。といっても明後日の内容次第じゃ決裂するかもしれないから、なおさら出し惜しみはダメだ」
雄二「そうだな、余計な手間は省けるに越したことはない」
明久「???」
翔子「……」
お互い不敵な笑みを浮かべながらよくわからない問答を繰り広げている二人を、明久は心底不思議そうに、翔子は黙って見守るばかりであった。
そして明後日の早朝、Cクラス代表の小山優香は教卓の前に立ち闘志を燃やしていた。
小山「とうとうこの日が来たわ……見てなさい柊和真!今日までにアンタに受けた屈辱……1000倍にして返してやるわ!」
この大層恨みのこもった台詞からわかる通り、試召戦争が解禁される今日の朝HRにでもFクラスに宣戦布告するつもりでいた。先日の協定から得た情報によるとFクラスは標的であるAクラスへ攻め込む目処はまだ立っていない、つまり試召戦争の準備もおそらくできていないだろう。そこを自分達が奇襲のごとく宣戦布告し、戦う準備ができていないFクラスを一網打尽にする、というのが小山一人が考えた作戦である。ちなみにCクラスのほとんどが反対したのだが小山は力づくで黙らせた。権力を一人に集中させるとこのような暴走を止められないリスクを招くのだ。
小山「ふふふ、我ながらなんて完璧な作戦……やっぱりFクラスのバカどもなんて、ブタ小屋にミカン箱がお似合いなんだわ」
和真「楽しそうなとこわりぃけどよ、そのブタ小屋からの刺客のお出ましだぜ?」
小山「…っ!?ひ、柊和真!?なんの用よ!?」
先程の作戦を聞かれたのではないかと露骨に狼狽えるが、和真達の手の平で踊っていたことにまだ気づかない小山。それを嘲笑うかのような笑みを浮かべながら和真は告げる。
和真「用事だぁ?決まってんだろ?
俺達Fクラスは、Cクラスに試召戦争を申し込む」
小山「え?…………っ!?!?!?」
和真が何を言ったのか一瞬理解できなかったが、すぐに正気に戻りとてつもなく狼狽する小山。
小山「な、なんで……!?どうして!?」
和真「確かにAクラスに攻め込む予定は無ぇけどよ……お前らに攻め込む予定が無いと言った覚えは無いぜ?」
小山「そ、それは……ッ!?」
和真「あん?なんだよ小山、まるで自分がしようとしていた作戦をそっくりそのまま俺達にやられた……みたいな顔してよ」
小山「どうしてそれを!?……まさかアンタ達、盗聴でもしたの!?」
憎々しげな表情で睨めつけてくる小山に、呆れたように肩を竦めながら和真が種明かしする。
和真「バレバレ過ぎてんな小細工使うまでも無ぇよ……一昨日俺が執拗に挑発した意味をまるでわかっちゃいねぇ」
小山「挑……発……!?」
和真「短気かつ典型的直情型のお前が俺の暴言に耐えきれたのは、あのときには既に今日俺達をぶっ潰す腹積もりで、それまでに余計な小競り合いを起こして感付かれたくなかったから……だろ?」
小山「……っ!」
より憎々しげな表情になる小山。否定の言葉が出てこないところを見ると、どうやら図星を突かれたらしい。
和真「さて、そろそろホームルームだしそろそろ帰るわ。後で遊んでやるから、楽しみにしてろよ?」
いつもの不敵な笑みを浮かべつつCクラス教室から和真が悠然と立ち去ると、小山は溜め込んだ憎しみを教室中に爆発させた。
小山「あぁぁあぁぁぁああぁあああ!!!ムカつくぅぅうううぅぅ!!!上等よ、返り討ちにしてやるわ!ふん、強がっていたようだけどそっちの戦争準備は不十分だって調べはついてるのよ!容赦なくボコボコにしてやるわ!」
烈火の如く怒りまくり闘志を燃やす小山だが、その一方でその他のCクラス生徒達のモチベーションは音速のスピードで下がっていく。
(((代表……それ死亡フラグ……)))
蒼介「さて、そういうわけで次回からはCクラス戦だ」
和真「違うぞソウスケ。次回“は”Cクラス戦、だ。速攻でケリつけてやる」
蒼介「……まあ、この章におけるCクラスはボスどころか中ボスですらないからな」