和真「いや、俺が攻撃側だからな?」
時は数日前…Aクラスが野球大会に狙いを絞った日の翌日にまでさかのぼる。
学園長から提示されたルールから、おそらく決勝まで勝ち上がってくるであろうFクラスが取るであろう作戦…リアル野球へ切り替えようとしていることを見抜いた蒼介は、チームメンバーにバッティングセンターでの速球打ちを指示(おそらくマウンドに上るのは140㎞オーバーのツーシーム主体の和真であるため、あらかじめ慣らさしておくべきとの判断。もっとも、結果だけ見ればあまり役に立たなかったようだが)する傍ら、蒼介は『アクティブ』でバッテリーを組む徹と河原で新投法“トルネードサイドスロー”の調整をしていた。
蒼介「…………はぁっ!(ビシュッ!)」
ギュルルルルルルルルルルルルルルル……
徹「……っ!(ズバァァアアアン!!)……これが“ジャイロボール”か。球速そのものはおそらく和真の方が上だけど、球威とノビは間違いなく和真以上だね。まったく、浮き上がって見えるストレートなんてキャッチャー泣かせにもほどがあるよ」
蒼介「平然と捕球しているお前が言っても、説得力があまり無いな」
徹「捕りにくい球は和真のムービングで慣れているからね……まあそれはともかく、仕上がりとしては上々じゃないかい?」
蒼介「……そうだな、制球にはやや不安があるが致命的というほどではない。協力感謝する、もう上がっても構わないぞ」
徹「その様子だと君はまだ練習するつもりなんだろうね。けどホドホドにしておきなよ?そんなに根詰めてやらなくても、二つの“サイドワインダー”と“ジャイロボール”を織り混ぜたその投法に初見で太刀打ちできる奴なんて…精々和真くらいなんだからさ」
そう言って帰宅する徹を見届けた後、蒼介は唯一の懸念事項に思考を巡らせる。
蒼介(楽観的な考えの割にわかってるじゃないか大門……カズマなら一打席目で対応してきてもおかしくないということに。“ジャイロボール”に頼らず二つの“サイドワインダー”主体で攻めればヒット性の当たりを打たれることはそうそう無いだろう……だがこの変化球は体への負担が大きすぎる。シュート方向の“サイドワインダー”に至っては一試合に……多くても3球が限度と言ったところか。もしカズマが大門のようなボールカットという手段を取ってきた場合、どのみち直球で勝負せねばならない。しかし…)
手に持ったボールを強く握りしめる。
蒼介(いかに“ジャイロボール”とて一球目ならともかく二球目、三球目となれば……奴なら必ず食らいついてくるだろう)
蒼介の懸念通り、今のままでは和真を確実に抑える手段は無い。かといって敬遠という手段は愚策である。和真の脚力は防ぎようがないという点で考えればバッティングセンス以上に厄介であり、乱打戦ならともかく一点を争うロースコアゲームでは和真に出塁を許す=敗北になりかねない。
そして、蒼介と和真が投げ合う以上まず間違いなくロースコアゲームになるだろう(そして実際そうなった)。
何より…普段が冷静沈着でクールな性格のため誤解されがちだが、蒼介は和真同様筋金入りの負けず嫌いである。敬遠という手段はできる限り選びたくない。
蒼介(ならば答えは一つ……さらにもう一段階上のストレートで奴を捩じ伏せるのみ!)
覚悟を決めた蒼介は大きく振りかぶり身体を捻り、投球モーションに入る。
蒼介(トルネード投法……その原理は我が鳳家に伝わる水嶺流肆の型に酷似している。そのため私はこれをピッチングフォームに組み込むことに思い至った……だが、肆の型をそのまま組み込むことは制球を乱しすぎるため一部を改良した)
水嶺流肆の型・大渦……トルネード投法と同じく延ばした筋肉が戻ろうとする反発作用、回転による遠心力を利用して剣撃のパワー・スピードを格段に引き上げる技である。しかし遠心力までボールに上乗せしようとすれば流石の蒼介とて制球を著しく乱してしまい、ピッチャーとして使い物にならなくなる。そのため蒼介は大渦に枷を嵌めた状態でピッチングフォームと融合させることでトルネードサイドスローを完成させた。
そして今…蒼介はその枷を外そうとしているのだ。
蒼介(そしてさらにもう一つ……我ながらクレイジーな試みだとは思うが……枷を外した状態で放つジャイロボールで……クロスファイヤーを狙う!)
それはもはや無茶を通り越して無謀としか言い様の無い発想である。サイドスロー最大の武器“クロスファイヤー”、それに求められるのは卓越したコントロールである。普段の蒼介なら造作もないことだが、こんなコントロール度外視の投球フォーム(しかも球種は幻の“ジャイロボール”)で内角ギリギリを狙い打つなど正気の沙汰ではない。
しかし……もしそれを成し遂げたとしたら、和真を捩じ伏せられる必殺技になるだろう。
蒼介(“大渦”による筋肉の反発力と腕の回転の遠心力、クロスファイヤーの鋭い角度、そしてジャイロボールの威力……4つの力が一つになる時、ボールは無敵の力を秘めた“サイクロン”となる……!)
蒼介はそのまま引き延ばした筋肉が戻ろうとする反発作用、サイドスローにより生じる遠心力を100%ボール込めて、内角を抉るようにジャイロボールを投げた。
ドギュルルルルルルルルルルルルルルル!!!
蒼介(………………が、)
ボチャン……
投じられたボールは、18メートル先の蒼介が狙っていたポイントから大きくはずれて、そのまま川に落ちてしまった。幸い硬球は水よりも密度が小さいため沈むことなくそのまま浮かび上がってきたため、蒼介はボールを回収しながら思考を再開する。
蒼介(やはり暴投してしまうか。かといって力を抜けばただの棒球になるだろう。結論として、“サイクロン”を完成させるためには……
私が“明鏡止水の境地”に足を踏み入れるしかない)
徹「!?…くっ……!」
ズバァァァアアアアアン!!!
御門「ボール」
時は戻って七回表和真の打席。ツーストライクの状態で蒼介は“サイクロン”を投げたが、これまでのピッチングからは考えられるような暴投になる。危うく取りこぼしそうになったが、徹はどうにかキャッチすることに成功する。
和真(今の軌道…………なるほどな、クロスファイヤーでフルパワーの“ジャイロボール”を投げようとしてんのか。中々面白ぇこと考えんじゃねぇか。……だがなソウスケ、いくらお前でもそれは無謀じゃねぇのか?)
徹(鳳の馬鹿野郎!危うく振り逃げになるところだったじゃないか……!)
マウンドに抗議の視線を送るも蒼介は取り合わず、再び内角ギリギリにフルパワーの“ジャイロボール”を投げ込んできた。
ズバァァァアアアアアン!!!
御門「ボール・ツー」
和真(さっきより狙いが安定したな。さて、間に合うかねぇ……?)
蒼介の予想外の乱調にAクラスの生徒達はやや困惑の表情を浮かべてざわめくも、皆それほど動揺していなかった。それは一重に蒼介への信頼があってこそ。今自分達にできることは、蒼介と徹を信じて守備につくことだけだと判断したからである。
一方、扇の要である徹だけは蒼介にやや呆れた表情を向けつつ溜め息をつく。
徹(確かにコイツは厄介極まりないバッターだけど……ムチャクチャするよなぁ、博打打ちにもほどがあるよ。いったい何考えてるんだ鳳らしくない…………こともない、けどね……)
そこそこ長い付き合いになるため、蒼介と和真の関係はよく知っている。
お互いがお互いを最も仲の良い友人と位置付けていながら、その一方でお互いがお互いを絶対に負けたくないライバルに定めている。無二の親友にして不倶戴天の宿敵と、傍から見れば歪でちぐはぐこの上ない関係なのだ。
徹(まあ確かに、どういう形であれこいつに出塁された時点で敗色濃厚なんだ。……ここは一つ、エース様を信じてみようかねぇ)
蒼介(……すまんな大門、私のエゴに付き合わせて)
徹が蒼介が投げようとしている場所にミットを固定させるのを見届けると、蒼介は再びトルネードの体制に入る。
蒼介(……負けられない。自分のプライドのためにも……そして私とともに闘うチームのためにも、負けるわけには……いかない!)
ズバァァァアアアアアン!!!
御門「……スリーボール」
和真(三球目もボール……しかしあとボール二個分ずれてたら入ってたな。さて、次はどうするソウス-)
ぴちょん……………………ヒィィィイイイイイン………
和真(…っ!?これは…この気配は、まさか!?)
御門(へぇ……この土壇場で至ったってのか)
見に覚えのある感覚に和真は驚愕し、今日ずっとテンションの低い御門先生も興味深そうに眉をつり上げる。二人の視線のはマウンド上……
蒼介「………………」ヒィィィイイイイイン…
極限の集中状態に入った蒼介に注がれた。
その集中状態の名を“明鏡止水の境地“。
鳳家に受け継がれし剣術流派“水嶺流”の奥義である。
御門(聞いた話だと鳳のおっさんがあの境地に至ったのって20代後半だっけか。それでもかなり早いってんだから、とんでもねぇなあのガキ……)
和真(この気配からすると…流石に秀介さんに比べれば完成度はまだまだみてぇだが、厄介なことには変わりはねぇ……)
和真の脳裏に浮かぶのは以前蒼介の父・秀介と手合わせしたときの記憶。竹刀対丸腰という圧倒的リーチ差があったものの、身体能力で勝る秀介相手に敗れた苦い記憶。
しかしゆっくり回想する暇も無く蒼介が投球モーションに入る。先ほどまでと同様……いや、先ほどまでよりもひねりを大きくしたようにさえ思える。
和真(……失敗なんざ期待すんな。入れてくると考えろ。砂粒ほどの可能性さえありゃあ成功させる……“明鏡止水”ってのははそういうもんだ)
蒼介は徹のミット目掛けて、120%の力が込められた渾身のジャイロボールを……否、
ドギュルルルルルルルルルルルルルルル!!!
“ジャイロボール”を越えたボール……“サイクロン”を放った。和真も負けじとタイミングを合わせてフルスイングする。さきほどまでの三球でおおよそのスピードとノビはタ把握できているのでイミングは完璧
…だったのだが、
和真(…っ!?ボールが消え-)
バンッ…バシィィイイッ!!!
蒼介「…………“サイクロン”、ここにて完成」
ボールはバッターボックス直前で急激に落下し、ワンバウンドしてから徹のキャッチャーミットに収まった。
御門「……ストライク、バッターアウト」
和真「……今のは……まさか、ジャイロフォーク!?…………チッあの野郎、味な真似を……」
徹(あ…あ…あぶなぁぁあああっ!?マジで取り損ねること思った!鳳の奴めぇぇぇ……確かに信じて任せたのは僕だけどさ、限度ってものを知らんのかアイツは!?)
ジャイロフォーク……ナイアガラフォーク、レジスタンスフォークとも呼ばれるこの球種はその名の通りジャイロ回転しながら凄まじい変化量とキレで落ちるフォークの一種である。ジャイロボールの浮き上がる軌道を意識していたバッターが急激に落下するこの球に直面したとき、錯覚現象であたかも消えたように感じてしまう。和真がボールを見失ってしまったのも無理はない。
うけあがって見える球と急激に落下する球、この二つが揃って始めて“サイクロン”が完成した。
蒼介「(ヒィィィィン……フッ…)……むぅ、今の私ではまだ“明鏡止水”を維持できないようだな、雑念が出たからだろうか。渾身の球が和真のバッティングを上回ったことに……喜びを抑えられそうにない」
間違いなく今大会で最初で最後になるであろう……バッティングで柊和真が抑えられたのは。
パパパパーン!蒼介君が“明鏡止水”の境地に踏み込んだ。今後の試召戦争でAクラス打倒の無理ゲー感が格段にupした。
“サイクロン”の元ネタは「キャプテン翼」の主人公、翼くんのゲーム版オリジナル必殺技です。名前から習得シーンまでほとんどパク……オマージュさせていただきました。
鳳蒼介②
ポジション:投手
左投げ右打ち
トルネードサイドスロー
球速140㎞
スタミナ……35(F)
コントロール……60(C)
サイクロン(ジャイロボール)
サイクロン(ジャイロフォーク)④
サイドワインダー(スライダー変化)⑦
サイドワインダー(シュート変化)⑦
高速シンカー⑤
スローカーブ⑤
特殊能力……明鏡止水、怪童、怪物球威、ハイスピンジャイロ、クロスキャノン、驚異の切れ味、変幻自在、不屈の魂、強心臓、ドクターK、ディレイドアーム、打球反応○、牽制○、ポーカーフェイス、球持ち○、リリース○、バント封じ、威圧感、荒れ球、対強打者○、内角○、要所○、クイック△、調子極端、人気者
弾道③
ミート95(S)
パワー65(C)
走力85(A)
肩力70(B)
守備85(A)
捕球80(A)
特殊能力……明鏡止水、安打製造機、ストライク送球、魔術師、ローリング打法、司令塔、読心術、内野安打○、走塁◎、盗塁◎、流し打ち、バント職人、チャンス○、チャンスメーカー、いぶし銀、ささやき破り、ゲッツー崩し、盗塁アシスト、リベンジ、競争心、積極守備、選球眼、調子安定、人気者、チームプレイ○
・オリジナル特殊能力「明鏡止水」
投手……発動中コントロールを100として扱い、球速+3、スタミナ+10
野手……発動中ミート、守備、捕球を100として扱う
サイドスローにトルネードを組み込むことで、コントロールを犠牲に球速、球威を格段にアップさせた。左右に鋭く曲がるサイドワインダーと手元で浮き上がって見えるほどのノビを持つジャイロボールは極めて強力。
しかし実は欠点もかなり多い。一つ目はサイドスロー最大の利点である制球力を完全に殺していること(明鏡止水中はこの弱点は無くなる)。二つ目は本来の投げ方に比べて消耗が格段に激しいため完投は期待できないこと。三つ目はただでさえ大きかったサイドワインダーの肉体への負担がより深刻なものになったことである。
また、和真をも捩じ伏せた蒼介の切り札“サイクロン”は明鏡止水の境地に至っていなければ間違いなく暴投してしまう上、現段階の蒼介では明鏡止水を維持できるのは精々一打席分が限度である。