和真「というわけで、学年屈指の高得点保持者にもかかわらず野球をほとんど知らないせいでクソの役にも立たない姫路に、簡単に野球のルールについて説明しようと思う」
明久「そんな言い方しなくても良いじゃないか……まあでも、和真はともかく僕が姫路さんに教えるなんていつもとは逆の立場だね」
姫路「よ、宜しくお願いします」
和真「今回は“ボーク”などの反則行為についてだ」
姫路「ボーク、ですか」
和真「ああ。これはピッチャーの投球及び送球における反則行為の一つなんだが……」
姫路「反則行為ですか。具体的にはどういうものなんですか?」
明久「例えば、プレートに足を着けた状態で一類に牽制球を投げるフリをして、実際には投げないとか」
和真「つま先を打者方向に向けたままでの牽制球とかだな」
明久「あとは、二段モーションっと言って……投球動作中に少しでも全身の動きが止まったりするのも反則になるんだよ」
姫路「ええと、つま先を打者に向けての牽制球に、二段モーション……」
和真「あー、要はピッチャーは投球時にバッターが誤解しやすい、思わせぶりな行動をしてはいけないっつうことだ」
明久「バッターが『来る!』と思っていたら牽制球だったり、『来ない』お思っていたらいきなり投げてこられたり、なんてされたら大変だからね」
姫路「なるほど……。思わせぶりな行動はボーク、ですか」
和真「そうだ。分かりやすい例を挙げると、そうだな……明久がこれにあたるな」
明久「え?何で僕?」
姫路「そうですね。明久は、ボークです」
明久「姫路さんまで!?」
3-C対3-Dの試合は結局勝負がつかなかったため、二回戦は不戦勝で勝ち上がった。そしていよいよ和真が参戦する(野球大会に出場している間は基本種目に出ることはできないが、種目に出場する予定のクラスメイト全員に「テメーらもし俺が参加していない種目であんまり不甲斐ない結果出しやがったら……フハハハハハハハ!」と、和真を知る人間にとってはとてつもない恐怖に駆られる激励という名の脅迫をしていたので多分大丈夫だろう)準決勝、対戦相手は色々と因縁のある3年Aクラスである。
『両チームキャプテン、握手』
審判に促され、Fクラスキャプテンの雄二とAクラスキャプテンの金田一が握手をする。念のため言っておくが、お互いを握りつぶさんとする殺伐としたものではなく普通の握手である。
金田一「ホントお前らとは何かと縁があるな。特に恨んではいねーけどよ、胆試しのリベンジマッチといかせてもらうぜ」
雄二「そいつは無理だなセンパイ。アンタ達三年と俺達二年じゃ、この大会にかける熱意が違う」
金田一「そうかい。だったら見せて貰おうじゃねーか、熱意の違いって奴をよ」
先攻はFクラスチーム。Aクラスチームは守備位置につき、先頭打者である秀吉がバッターボックスに、次の打者である明久がネクストバッターズサークルに入る。
『プレイボール!』
審判の宣言とともに、電光掲示板に両チームの打順と守備位置が表示される。
【チーム2-F】
①ファースト・木下秀吉
②ピッチャー・吉井明久
③センター・霧島翔子
④ショート・柊和真
⑤キャッチャー・坂本雄二
⑥セカンド・土屋康太
⑦レフト・須川亮
⑧ライト・福村幸平
⑨サード・島田美波
【チーム3-A】
①サード・堀田雅俊
②ファースト・小村一郎
③キャッチャー・常村勇作
④センター・金田一真之介
⑤ピッチャー・夏川俊平
⑥ライト・名波健一
⑦レフト・近藤良文
⑧ショート・兼藤飛鳥
⑨セカンド・市原両次郎
電光掲示板に表示された生徒名を見て和真は少々拍子抜けする。先日の肝試しで猛威を奮った梓はもとより、他の主戦力の大半が参加していないではないか。
和真(……まあ、よくよく考えてみりゃ野球に精通してそうな人少ねぇな。姫路と同じく宝の持ち腐れってわけか。……いや、やはり油断できる相手ではないな)
『トライッ!バッターアウッ!』
審判のやけに元気の良いコールが鳴り渡り、一番打者の秀吉が戻ってくる。流石は三年Aクラスと言うべきか、和真基準で考えても速度とコントロールを兼ね揃えた素晴らしい投球内容であった。
秀吉「すまんのう、手も足も出せんかったのじゃ……」
雄二「気にするな秀吉。あのレベルは一打席目では早々打てる奴いないだろうしな」
和真「運動神経あんま良くねぇしな、お前」
秀吉「お主の基準で考えないでくれんかの……」
ちなみにこの回の科目は古典。点数的にはそこまで差が無いのだが秀吉の運動神経はFクラスの中では姫路に次いで悪いため、初見であのレベルのピッチングには対応しろというのは無茶であろう。
明久「よし、次は僕の番だ!試獣召喚(サモン)!」
二番打者の明久が召喚獣を喚び出し、バッターボックスに入る。
《古典》
『二年Fクラス 吉井明久 89点
VS
三年Aクラス 夏川俊平 258点
三年Aクラス 常村勇作 266点』
常村「……士気が上がってるところ水差すようで悪いけどよ、その点数で何ができる?」
明久「ふっ……点数の差が実力の差だと思っていると痛い目に遭いますよ?」
夏川「おもしれぇじゃねぇか、それじゃ遠慮なくいくぜ吉井……オラァッ!」
明久「見切ったァァァ!」
「「なにィッ!?」」
カキィン!
有言実行とばかりに〈明久〉は〈夏川〉が投げた速球を正確に捕らえた。打球はそのまま夏川の召喚獣の頭上を越えて伸びていき……
金田一「よっと(パシィ)」
……最終的にセンターのグローブに収まった。意気揚々に啖呵を切ったものの結果はセンターフライ、これは結構心にクる。
夏川「…………その、なんだ」
常村「…………ドンマイ」
明久「…………穴があったら入りたい」
敵である常夏コンビに慰められつつ、明久は意気消沈しながらべンチに戻っていった。
雄二「んだよセンターフライかよ、ホント役に立たねぇなこのクズ野郎」
和真「ふっ、点数の差が実力の差だと思っていると痛い目に遭いますよ?(キリッ)……ぶはっ!ダハハハハハハ!!!」
明久「君達に人としての情は無いのか!?」
落ち込んだ明久が外道コンビに容赦なく追い討ちをかけられている中、翔子が召喚獣を喚び出しつつバッターボックスに入る。
《古典》
『二年Fクラス 霧島翔子 462点
VS
三年Aクラス 夏川俊平 258点
三年Aクラス 常村勇作 266点』
夏川「げっ!なんつう点数だよ!?」
常村「佐伯や高城でもこんなは点数出せないな……」
翔子の点数を見て戦く常夏コンビ。三年首席でも取れないような点数を平然と叩き出す翔子が万年次席に甘んじているのだから、つくづく第二学年は成績だけなら文月史上(といってもまだ創立四年目のあっさい歴史ではあるが)最高レベルである。
常村(夏川、ここは勝負を避けよう)
夏川(だな……)
〈常村〉はキャッチーミットをストライクゾーンから大きく離れた場所に構え、敬遠の構えを取る。
和真(む……)
ネクストバッターズサークルで和真があることに気づく中、〈翔子〉は四球を受けて一塁にテクテクと歩いていく。点数を考えると盗塁で翻弄するのも悪くない作戦だが、多分そんなことは必要無いため和真は翔子に盗塁しないようサインを送りつつバッターに向かう。
《古典》
『二年Fクラス 柊和真 511点
VS
三年Aクラス 夏川俊平 258点
三年Aクラス 常村勇作 266点』
常村(……こいつも敬遠)
夏川(言われなくとも……)
翔子よりも一回り高い点数の上、操作しているのは運動神経お化けの和真。こんな化け物に真っ向勝負などバカの所業である。〈常村〉は先ほどのようにキャッチャーミットをストライクゾーンから離れた場所に構える。〈夏川〉の投げたボールはその構えられた場所に吸い込まれるように収まる……
和真「甘ぇんだよ!」
カキィィィィイイイイイイン!
「「「……え?」」」
……ことなく〈和真〉のフルスイングによって地平の彼方まで飛ばされてしまった。
『ホ……ホームラン!』
審判は一瞬呆気に取られたものの本塁打であると判断する。明らかなクソボールを遥か彼方に飛ばしてやりきった表情で召喚獣と共にベースランニングを終えた和真は常村に一言忠告をした。
和真「常村先輩よぉ、敬遠は例え面倒臭くてもちゃんと立ってバットが絶対届かない位置に投げるべきだぜ」
そう言ってから和真はベンチに戻り、仲間達とハイタッチをかわす。
常村(……ったく、情けねぇな。どんだけ後輩からアドバイス貰えば気がすむんだよ俺は)
気を引き締め直すように両頬を掌でぶっ叩いてから、常村は夏川にも激を飛ばす。
常村「気を抜かずいくぞ夏川!もうアイツらには一点もやらん!」
夏川「当たり前だ!そうポコポコ打たれてたまるかってんだ!」
その宣言の通り、次のバッターである雄二を万全を期すために敬遠し、点数の低いムッツリーニを手堅く仕留めて一回表が終了した。
《一回表終了。現在2-0》
続いて3-Aの攻撃。一番の堀田は平凡なセンターフライに倒れ、二番の小村はヒット性の当たりを出したものの和真の並外れた反射神経を活かしたファインプレーによって封殺されてしまった。
常村「よっしゃあいくぜ!」
三番バッターの常村が召喚獣をバッターボックスに立たせる。
《古典》
『二年Fクラス 吉井明久 89点
二年Fクラス 坂本雄二 288点
VS
三年Aクラス 常村勇作 266点』
ピッチャーとバッターの点数差は三倍近くとひどいものだが、さっき打ち取った二人も似たような差だったため雄二は勝負に出る。一球目のコースは手堅くアウトローに投げられる。球速はそれほどではないもののストライクゾーンギリギリのかなり打ちづらいストレートである。
常村「何だこりゃ!?止まって見えるぜ!(キィン!)」
しかし〈常村〉は何なくボールを捉えた。さきほどの好投から予想できることであるが、常夏コンビは姫路と違って点数だけではなく野球センスも申し分無いようだ。
強打された打球はピッチャーとセンターの間に落下し、〈常村〉は堅実にセンター前ヒットを成功させた。
雄二「くっ、やってくれるじゃねぇか……!」
金田一「坂本よ、お前らに悔しがっている暇なんか無いんだぜ?」
《古典》
『二年Fクラス 吉井明久 89点
二年Fクラス 坂本雄二 288点
VS
三年Aクラス 金田一真之助 417点』
次のバッターはNo.3の金田一。その恐るべき点数もさることながら、運動部キャプテンだっただけあって運動神経も半端ではない。
『ボール。フォアボール』
金田一「まあ、賢明な選択だな」
流石に彼相手に真っ向勝負は無謀極まりないので、雄二は渋々敬遠を選択した。これで2アウト一、二塁と失点のピンチを迎えてしまう。そして次のバッターは常夏コンビの片割れ、夏川。
《古典》
『二年Fクラス 吉井明久 89点
二年Fクラス 坂本雄二 288点
VS
三年Aクラス 夏川俊平 258点』
明久(雄二、どうする?)
雄二(流石に満塁は避けたい。ここは勝負だ)
〈雄二〉がキャッチャーミットを構えた場所はストライクゾーンギリギリのアウトハイ。明久は並外れた操作技術を駆使して正確にその場所にボールを投げ込む。
しかし二人はさっきの常村の打席後すぐに気づくべきだった。少なくとも金田一、そして常夏コンビには……明久のピッチングが通用しないことを。
夏川「これで、逆転だぁぁあああ!!!」
キィィイイイン!
〈夏川〉にフルスイングされたボールは、当然のごとく召喚フィールド外に出てしまった。
『ホームラン!』
常村、金田一、夏川のAクラス主軸の三人が悠々とベースを回る中、審判によって本塁打であると告げられる。Fクラスの反応はというと……悔しそうな表情を浮かべているのは明久のみで、残りのメンバーは不自然なほど平然としていた。
金田一(あの表情……やせ我慢ってわけでもねーな。ここまでは予定通りってことか?……まあいいか)
金田一がキナ臭い気配を感じ取ったものの、あまり相手の策に一喜一憂する性分ではないためすぐに興味を無くした。その後六番バッターの名波がヒット性の当たりを飛ばすものの、再び和真の恐るべきゾーン守備に阻まれてショートフライでチェンジとなった。つくづく攻守ともに隙の無いスペックである。
《一回裏終了。現在2-3》
梓「野球?ルールもロクに知らんし覚えんのも面倒やからパスや」
小暮「私もあまり精通していませんし、運動神経に自信があるわけでもないので辞退させて頂きます」
杏里「腕力には自信あるけど運動神経はあまり……」
高城「常村君と夏川君に、『お前が出ても良いように騙されて利用されるだろうから参加するな』と言われまして……」
和真(うわぁ……高得点者の大半が野球向きの人材じゃないんだな、三年……)