・徐かなること、凪の如く
・侵し掠めること、渦の如く
・知りがたきこと、霧の如く
・動かざること、海の如く
・動くこと、波の如し
蒼介「……以上が鳳家に伝わる心得だ」
和真「どんだけ“水”推しなんだよ……」
徹・佐藤ペアはAクラス教室内の複雑な迷路を突破し、最終チェックポイントに到達した。
高城「お久しぶりですね大門君」
梓「あれから一回も来なくなったもんなアンタ」
徹「役員から降りた僕が生徒会室に入り浸るのもどうかと思いますからね。……それより早く始めましょうか」
梓「せっかちやね、まあええけど……試獣召喚(サモン)!」
「「「サモン!」」」
《総合科目》
『Aクラス 大門徹 3919点
Aクラス 佐藤美穂 3392点
VS
Aクラス 高城雅春 4306点
Aクラス 佐伯梓 4578点』
徹の総合点は4000点を越えているものの先ほど小暮達との闘いで多少消耗している。しかし固有能力はちゃんと使えるようで一寸法師の左手には、先ほど所持していなかった打出の小槌を握りしめられている。
梓「さぁ、まずは狐火で景気良くいくで」
玉藻の九本の尾が青白く光り、相手を焼き尽くさんと発射される。一寸法師は妖精を庇うように前に出て、打出の小槌を構える。
徹「小さく……なれ!」
一寸法師が打出の小槌を振ると、迫り来る九つの狐火がみるみるうちに小さくなっていく。四方八方から襲い来る狐火もマッチの火レベルまで縮小されれば当たってもどうということはなく、それどころか縮小された狐火は形を維持できずにアッサリと消滅してしまった。
梓「……ほー、やるやないか」
徹「打出の小槌が一度の使用でサイズを変更できるのは1つまでなんですけど、どうやら予想通り先輩の狐火は9つまとめて1つと扱われるようですね……佐藤さん!」
佐藤「わかってる!」
ようやくできた隙を逃がすまいと、佐藤は妖精を玉藻へ突撃させる。どうやら狐火は連続して撃つことができずある程度のインターバルを必要とするらしく、玉藻は向かってくる妖精に応戦しようとしなかった。
徹(まあどれだけ撃とうと、僕が一つ残らず残らず消してやるつもりなんだけどね)
梓「ふむふむ、なかなかええ作戦やな二人とも……せやけど、」
高城「この私をお忘れですか?」
佐藤「くっ……!?仕方ない!」
玉藻を射程圏に入れる前に酒呑童子が立ち塞がる。やむおえず妖精は酒呑童子に殴りかかるもまるで動じた様子もなく、酒呑童子は返す刀で妖精を殴り倒した。妖精は死に物狂いで起き上がって拳を叩き込むも、やはり酒呑童子はまるでびくともしない。よく見ると酒呑童子の全身が金色に発光している。
徹「まさか……酒呑童子の固有能力ですか?」
高城「ご名答。私の召喚獣の固有能力は耐久力を増大させるという、シンプルながらも強力なものです」
《総合科目》
『Aクラス 大門徹 3919点
Aクラス 佐藤美穂 2926点
VS
Aクラス 高城雅春 4262点
Aクラス 佐伯梓 4578点』
高城の説明通り圧倒的な耐久力であることをを点数の消耗具合が裏付けている。3000点オーバーの召喚獣の攻撃を2度もまともに喰らったのにもかかわらず、削れた点数はほんの微々たるものであった。
徹「佐藤さん!加勢に…」
梓「行かせるわけないやろ」
徹「くそぉっ……!」
再び九本の尾から狐火が発射され、徹はやむおえず打出の小槌でそれらを無力化する。なんとか梓は小槌の力で封じ込めるものの、一度でもタイミングを間違えれば焼き払われてしまうことは確実なので、徹は梓の一挙一動に全神経を集中する必要がある。
結果、佐藤を援護することは不可能であり、徹は二人の一騎討ちを指を加えて見ていることしかできないでいた。
《総合科目》
『Aクラス 大門徹 3919点
Aクラス 佐藤美穂 1921点
VS
Aクラス 高城雅春 4262点
Aクラス 佐伯梓 4578点』
二人の闘いは高城が固有能力を使用していることを差し引いても、あまりに一方的な展開となっていた。頑丈さ云々以前に、妖精の繰り出す攻撃がまるで当たらない。
高城「佐藤嬢、まだまだ操作に粗が目立ちますね」
佐藤「……レベルが……違いすぎる……っ!」
徹「なんなんだあの操作技術の精密さは……!?吉井や佐伯先輩と同等じゃないか……!?」
高城「あなた方は何もわかっていないのですね」
妖精への猛攻を一旦止め、高城が髪を優雅に掻き上げながら何故か得意気に小さく笑った。
佐藤「ど、どういうことですか……?」
高城「《観察処分者》が出てくるまでの間、私がどれほど佐伯嬢に騙されて雑用を押しつけられていたか、教えて差し上げましょうか?」
「「…………」」
梓「♪~(・ε・ )」
先程までのとてつもなく緊迫した状況から一転、その場をなんとも言えない気の抜けた雰囲気が支配する。確かに可哀想ではあるが緊張感の漂う戦場でそんなこと言わなくても良いではないだろうか。
ちなみに元凶である梓は明後日の方向に目を反らしてわざとらしく口笛を吹いて誤魔化している。本質が「嘘つき」なだけあって一切悪びれた様子は見られない。
徹「……そういえば高城先輩は極端に騙されやすかったっけ……それなら、もしかして……佐藤さん……ボソボソ……ダメもとでやってみて」
佐藤「………………わ、わかったわ……気が進まないけど……背に腹は代えられないものね……」
脱力した空気の中、ふと高城への対抗策を思いついた徹は梓が別の方向を向いている内に佐藤へ作戦を耳打ちする。佐藤はそれを聞いてやや低めのテンションになりつつも一応了承する。
梓「ま…まあ今は戦争中や、余計なこと考えんと闘うべきやろ」
高城「やや腑に落ちませんが……確かにそうですね。では闘いを再開しましょうか」
玉藻の尾から三たび火球が放たれるが、当然の如く打出の小槌に無力化される。しかしそれを見た梓は呆れたような表情になる。
梓「アンタもわからんやっちゃなぁ……確かにその小槌使えばウチを封じれるかもしれんけど、それじゃあアンタも身動きとれへんやろ?あのお嬢ちゃんが高城に勝てん以上、一か八かで博打に出るべきとちゃうんか?」
徹「フフ、随分とナンセンスなことを言いますね。……アンタらは僕達を舐めすぎだ。試召戦争は、点数や操作技術だけで勝敗が決まるものじゃないんですよ」
梓「はぁ?………………っ!?まさか!?」
徹が何故こんなにも自信満々なのか理解不能であった梓だが、しばらく考えを巡らせるとふと去年試召戦争で高城に苦労させられた色々なこと、そして何故自分が高城よりも強いと断言できるのかを思い出す。
まさか徹は、高城の唯一にして致命的な弱点を狙っているのだろうか?
そこまで考えが及んだ梓は慌てて高城達の方に視線を映す。そこには梓が懸念した通りの展開となっていた。
佐藤「高城先輩、私は右から攻撃しますよ」
高城「おや、わざわざ教えて頂いてどうもありが-」
佐藤「やあぁっ!(ドゴォッ!)」
高城「なっ!?左じゃないですか!?」
佐藤「私から見て右という意味です」
高城「な、なるほど……騙されたわけではなく、私の早合点だったというわけですね」
佐藤「次は左から行きますよ」
高城「となると、私から見て右というわけですね。次は間違えないように-」
佐藤「えぇいっ!(ドゴォッ!)」
高城「!?!?ど、どういうことですか佐藤嬢!?」
佐藤「い、いや……紛らわしいかと思って先輩から見た方に修正したのですけど……すみません……」
高城「な…なるほど、わざわざ気遣って頂いたのに疑ってすみませんでした」
佐藤「……あ。高城先輩、靴紐がほどけて…」
高城「およ、それはありがとうござ-」
佐藤「ませんでしたごめんなさい!(ドゴォッ!)」
高城「……もう少し早く言ってください!」
佐藤「わかりました。では…高城先輩、制服にボタンがついています!」
高城「なるほど、どれどれ……あ!」
佐藤「えい!(ドゴォ!)」
高城「ありました!ありましたよ佐藤嬢!」
佐藤「それは良かったですね!(ドコバキドカッ…)」
高城「……って、制服にボタンが付いているのは当たり前ではないですか!」
佐藤「ところで高城先輩、もう一つ伝えたいことが……」
梓「あぁもうっ!予想通りエエように手玉にとられてるやんあのボケ!」
徹「指示した僕が言うのも何ですが、いくらなんでもチョロすぎませんか……?」
梓「高城の騙されやすさを甘く見たらアカン!アイツは他人に言われたことを何の疑いもせず真に受ける鵜呑み野郎なんや!」
ちなみにご存じの通りこの闘いはカメラによってモニターされている。つまり高城の度を越えた騙されやすさは二・三年の全員に知れ渡ったことになる。今頃三年生サイドでは小暮辺りが頭を抱えている頃だろうと梓は内心申し訳なく思う。
梓「……チッ……しゃあないか、援護に向かうしかあらへんな!」
徹「……ここだ、ここで決めるんだ!オラァッ!」
梓(……やっぱそうくるやろな)
玉藻がボコられている酒呑童子へ加勢に向かう。狐火ではまた小槌で無力化されるのがオチだろうから、援護するにはどうしても接近しなくてはならない。つまり玉藻が二人の召喚獣との距離をつめている間一寸法師はフリーになり、徹はその一瞬の隙を逃さず一寸法師に右手の針を投擲させる。投擲先は酒呑童子だが、高城の操作技術なら避けるだけならなんら難しくないことであろう。
一見血迷ったようにしか思えない徹のこの行動を梓は予想していた。そしてこの後の展開もだいたい予測できるものの、玉藻と針との距離的に打つ手がなかったのでこのまま見送らざるを得なかった。
徹「高城先輩!もし先輩がその針を避けて地面に落ちたら……ええと、校舎が崩れます!どうか受け止めて下さい!」
梓(まあそんな感じのでまかせを言うやろな……そしてこんなことを聞いたらあのアホは……)
高城「なんですって!?わかりました、私に任せてください!」
梓(信じるやろな……ハァ……)
飛来する針を受け止めようと酒呑童子は構えを取る。それを見計らって一寸法師は打出の小槌を、玉藻の炎を封じていたときとは逆の方向に振った。
徹「まあ嘘ですが」
高城「…………」
巨大化した針に貫かれる酒呑童子。耐久力が大幅に強化されてるため戦死には至らないがダメージは決して少なくない。そして高城本人が負った精神的ダメージは酒呑童子の比ではない。
《総合科目》
『Aクラス 大門徹 3919点
Aクラス 佐藤美穂 戦死
VS
Aクラス 高城雅春 2256点
Aクラス 佐伯梓 4578点』
梓「……まあ、ウチをフリーにした代償はしっかり払ってもろたけどな」
佐藤「ごめんなさい大門君……」
徹「……気にしなくていい。概ね予想通りだ」
一方妖精は玉藻の蒼い業火に為す術もなく焼き尽くされていた。ある程度予想していたとはいえ、狐火は妖精と交戦していた酒呑童子には一切当たることなく妖精だけを確実に飲み込んだ。つくづく恐ろしいまでの精密さである。
梓「これで2対1や。高城、さっさと片付けるで…………高城?」
高城「…………世界中の全員が……私よりも騙されやすくなればいいのに……」
梓「そんなことになったら人類オシマイやから不吉なこと言うなや……ああ、こうなるとしばらく使い物になれへんな。しゃあない、ウチ一人で相手したるわ」
徹「……しめた!これなら一矢報いれるかもしれない!」
思わぬ収穫に徹は歓喜し、一寸法師は打出の小槌を構えて玉藻へ突撃する。……しかしその判断ははっきりいって甘過ぎる。佐伯梓はかつて召喚大会で何の能力にも頼らずに、
梓「ウチが接近戦苦手やと誰か言ったか?アンタ、ちぃとばかし見通しが甘いわ」
徹「ば…バカな!?それが二つ目の能力か!?」
梓「ちゃうわ。こんなもん……ただの技術や」
ふざけるな、と徹は叫びたかった。
一寸法師は玉藻が繰り出す9本の尾に翻弄されている。1本1本が別の生き物のような不規則な動きで確実に一寸法師を追い詰めていく。小槌の能力は使った途端にあの狐火が飛んでくるだろうから温存しなければならず、徹は梓相手に何の小細工も介入できないガチンコ勝負を挑まざるを得なかった。強いことは承知していたつもりであったが、いざ直接戦ってみると驚愕せざるを得ない。この敵はかつて辛酸を舐めさせられた小暮が雑魚に思えるほど化け物染みている。
針を酒呑童子に投擲したときから勝つことは諦めていたが、ここまで力の差があるとは流石に夢にも思わなかった。
徹(…………遠い…………遠すぎる…………!)
結局一寸法師は玉藻に攻撃をかすらせることすらできずに尻尾に殴り殺された。
《総合科目》
『Aクラス 大門徹 戦死
Aクラス 佐藤美穂 戦死
VS
Aクラス 高城雅春 2256点
Aクラス 佐伯梓 4578点』
佐藤は放心した徹を引き連れて教室へ戻っていった。徹に完勝した梓だが、その表情は晴れやかではなかった。
梓(……ここまで高城が削られるとは思わんかった……って考えてしまうんは、大門の言った通り心のどっかで油断があったんかもしれへんな。……大門は一か八かみたいやったけど、高城の弱点をつかれることはあらかじめ危惧しとくべきやった)
自分の両頬を手のひらで叩いて、精神を引き締め直す梓。自分の揺るぎ無い自信は長所であるとともに、一歩間違えれば慢心に繋がることを梓は知っている。
梓「この後和真へのリベンジが控えてる言うのに、気ぃ緩んでたらアカンよね。……というか高城も、いい加減立ち直りぃや!」
高城「ええ……もう大丈夫です……」
梓「そうはまったく見えへんけど、まあエエわ……あの娘らは大門達とも格が違うから、気ぃ引き締めていくで」
チェックポイントにやってきた姫路と翔子を見据えつつ、梓は高城を鼓舞する。
姫路「い、いきますっ!」
翔子「……雄二達の仇は、私達が取る」
梓「なるほど、坂本君達の仇討ちか。そういうの嫌いやないよ……負けてあげる気はこれっぽっちもあらへんけどなァッ!」
蒼介「点数、操作技術ともにトップクラスなのに微妙な活躍だったな高城先輩……」
和真「宝の持ち腐れってあの人のためにあるようなものだなオイ……まあ原作と違って姫路という原動力が無かったらあんなもんか」