バカとテストとスポンサー   作:アスランLS

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そろそろ「インフレ」タグを追加しましょうかね……。


期末テスト

いよいよテスト当日。余計な詰め込みは自分にとって蛇足と考え十分な睡眠をとっていたため、今日の和真は文句のつけようの無いベストコンディションである。Fクラス教室に入ると既に登校している生徒が何人かいたが、その中でも鬼気迫る表情で世界史の教科書をかじりつくように見入っている明久が嫌でも和真の目につく。

 

和真「よう、明久」

明久「ああ、和真。おはよう……」

和真「まだ一日目だってのに消耗しきってんなぁ……そんなんで大丈夫かよ?」

明久「大丈夫、大丈夫……。ただ、できればあまり話しかけないで。昨日必死で詰め込んだものが出ていっちゃうから」 

和真「……お前がそう言うなら良いけどよ」

 

昨日何が会ったのかは和真は知るよしもないが、持ち前の観察力と洞察力でまた姉と何かあったことを大まかに察した。

和真の予想通り、昨日のやり取りで姉に心底失望した明久は昨夜寝る間も惜しんで夜通しで暗記物を勉強した。全ては忌々しい姉を追い出すためである。

再び復習に没頭した明久のもとから少し離れ、和真は雄二の席の左上の卓袱台に鞄を置く。自由に席を決められるのはFクラスの数少ない利点だ。隣には秀吉、後ろには翔子が座っていて、さらに雄二を加えた三人はのんびりと寛いでいた。どうやらこの三人は和真と同じくコンディションを重視しているようだ。

 

和真「よう、お前ら。調子はどうだ?」

翔子「……バッチリ」

雄二「全く問題はねぇ」

秀吉「今までのワシとは一味違うぞい」

和真「自信満々なようで何よりだ」

 

それから他愛のない会話をしている内にホームルームを告げるチャイムが鳴る。それと同時に教室に鉄人が入ってきて簡単な連絡事項を告げ、特に大した話もしなかったため五分もせずにホームルームが終了した。ちなみに今日の科目は現代国語・英語(リーディング)・世界史・数学Ⅱ・化学・保健体育というラインナップで、残りの科目は明日の二日目となっている。

明久を含むFクラス生徒のほとんどが必死になって最後の詰め込みに没頭していると、ようやく試験監督の布施先生が教室に入ってきた。

 

布施「はい、勉強道具をしまって下さい。一時間目のテストを始めますよ」

 

全員言われたとおりに勉強道具をしまってテストの解答用紙が回されるのを待つ。

 

布施「毎度のことですが、注意事項です。机の上には筆記用具以外は置かないこと。また、机に何かが書かれている場合はカンニングと見なされることがありますので、自分で書いた覚えがなくても確認するようにして下さい。それと、途中退席は無得点扱いとなりますので、よほどのことが無い限りは……」

 

お決まりの常套句を聞き流しながら秀吉は回ってきたテスト用紙を受け取り、一枚を残して後ろの雄二に回す。

 

秀吉(………………)

 

試験開始まで後少し、秀吉は精神を落ち着かせるため眼を閉じて瞑想をしていた。これから自分がやろうとしている技はこれまで秀吉の培ってきた演技力の極致ともいえる御業、生半可な集中力では決して成功することのない高等テクニックである。

 

秀吉(……………………よし!)

 

己の精神の落ち着きが最高潮に達した実感した秀吉は、心の中で己の姉を思い浮かべながらとある自己暗示をし始める。

 

 

 

秀吉(……は……こ。

 

 

……しは……うこ。

 

 

わ…しは…た…うこ。

 

 

私は木下優子。

 

 

 

 

アタシは……木下優子!)

 

直後に布施先生が試験開始を言い渡し、秀吉(?)はペンを掴み問題用紙を表に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄二(おいおい……どうなってんだこりゃ……?)

 

現代文の問題を解きつつも、自分の周囲で発生しているありえない状況に心の底から困惑する。カンニングを疑われては堪ったものではないので、視線はテスト用紙に向けたまま意識だけを周りに張り巡らす。まず最初に目に止まったのはすさまじいスピードで問題を解き進めている二人。確かにとんでもない芸当だが、これに関しては別にありえないという程でもない。

 

雄二(なんせ和真と翔子だからな、それぐらいやっても別段不可解でもないな。それより俺が気になっているのは……お前だ秀吉!)

 

今度は意識を目の前の席に向ける。

目の前の席に座っている秀吉は……流石に和真や翔子に比べれば僅かに劣っているはものの、それでもとんでもないスピードで問題を解き進めている。あの秀吉が自分を遥かに凌駕するほどの速さで問題を解いていることに雄二は驚愕を隠せなかった。

 

雄二(なんでお前そんなズバズバ問題解けてんだよ!?お前そんなキャラじゃなかっただろうが!どっちかっていうとそういうのはお前の姉の……!?)

 

そこまで考えて、雄二の脳裏にはある一つの仮説が思い浮かんだ。その仮説は普通に考えれば……いや、どのような考え方をしようが極めて荒唐無稽かつ失笑ものの内容である。もし雄二が目の前の光景を見ていなくて、かつ明久あたりが自分に言ってきたとすれば「漫画の読みすぎだバカ」と一蹴していることだろう。

 

しかし、だ。……もしその仮説が正しいのなら、目の前の異常現象を全て説明できてしまうのもまた事実。

 

雄二は現代文の問題を解きつつも意識を秀吉から外せないでいた。時間はもうすぐ折り返しになるというのに、秀吉のペースは一向に落ちない。いくら勉強会で必死に頑張ったからといって、昨日今日でこんな芸当ができるようになるなど明らかにおかしい。雄二の脳裏には先程自分の立てた馬鹿げた仮説がどうしてもちらついて無くならない。

 

雄二(秀吉の……あいつの演技力は、ついに……

 

 

 

思考回路までトレースできるようになったとでも言うのかよ……)

 

もしその仮説が当たっているという前提で考えれば……今の秀吉は理論上、学年首席と同等の点数を叩き出せるということになる。しかし所詮理論はあくまで理論、和真や翔子にスピード負けしている以上、何らかの制約があるのは間違いないだろう。

たとえその仮説が外れていたとしても、秀吉が次々と問題を解き進めていることは紛れもない現実である。

 

雄二(そうだ、そんなことはどうだっていい……重要なのは秀吉が、打倒Aクラスへの大きな戦力になるってことだ!)

 

そこまでて雄二がほくそ笑んだとき、布施先生が残り三十分だと告げる。すると秀吉は猛スピードで走らせていたペンを止め、

 

 

 

 

卓袱台に突っ伏して眠り出した。

 

雄二(………………ゑ?)

 

思わず目を点にして驚く雄二をよそに、秀吉は深い深い眠りに入る。その後も問題を解きつつ秀吉の方に注意を向け続けるもまるで起きる気配はなく、布施先生が試験終了を告げたころにようやく起き上がった。

雄二は布施先生がクラス中のプリントを回収して教室を出ていってから席を立ち、いったい秀吉に何があったのかを根掘り葉掘り問い詰めた。当の秀吉は昨日の時点で既に迷いを断ち切っていたため、雄二だけでなく近くにいた和真や翔子にも声をかけて洗いざらい全てを話した。

結論から言うと、雄二の仮説は驚くことにドンピシャで当たっていた。秀吉は綾倉先生のアドバイスを受け、他人の思考回路までも演じきれるよう努力を重ねた。普通の感性を持っているならばそんなことできるわけないと挑戦すらしなかっただろうが、そこは演劇に青春の大半を注ぎ込んできた自他共に認める演劇バカの秀吉、さらに演劇に集中して成績が疎かになっていることを密かに気にしていたこともあって、なんとしても習得しようと全身全霊で打ち込み、そして習得してしまったようだ。

だがこのスキル、一見するとチートだが2つほど弱点がある。一つはトレースする相手の人となりを十全に知り尽くしておかなければならない。和真と同等以上の観察力を持った秀吉ですら、現在のレパートリーは17年もの付き合いになる実姉の優子のみであることから、この条件をパスするのは相当なハードルの高さのようだ。

そしてもう一つ……このスキルは凄まじい精神力を必要とするので30分しか続かないのだ。おまけに30分トレースするたびに同じく30分の休養をとらなければ、連続して使用することができないどころか激しい頭痛に襲われて何をすることもままならなくなる。つまりこの期末テストだけでなく試召戦争中も、トレースを使う際秀吉に与えられた持ち時間は30分だけとなる。その上補充試験を受けるとき、途中で切り上げて戦線復帰という戦法も秀吉は使えなくなった。

まあそれらもメリットを考えると安い代償なのだが。文月学園の試験時間は一律1時間のため、単純計算で秀吉は優子の1/2の成績をとることができる。もっとも文月学園のテストは後半に進むにつれて難しくなり前半に比べて問題を解くスピードが落ちるという傾向があるため、厳密には優子の60%程度の学力になると予想される。

 

秀吉「……と、こんなところじゃ」 

和真「つまり、今のままじゃどうあがいてもお前は優子を越えられねぇのか……」

翔子「……でもそれは以前と大して変わってない」

秀吉「自力では逆立ちしても姉上のような点数は取れそうにないからのう……。そう考えると2つ目はほとんどノーリスクじゃな」

雄二「まあなんにせよ、木下姉の6割ほどの点数を期待できるならAクラスレベルは確実だな。これは思わぬ収穫だぜ」

秀吉「うむ。2学期からはワシも率先して闘うことになるじゃろうな」

 

心なしか誇らしそうにしている秀吉を三人が暖かい目で見守っていると、二時間目の試験監督の大島先生が全体に着席するよう呼び掛けたため、四人はそれぞれの席に着く。

そんな感じで順調にテストは進み……とうとう明久の最大の山場である世界史の時間が来た。

 

鉄人「よしお前ら。テストを始めるぞ。筆記用具以外は全部しまうように」

 

試験監督の鉄人が野太い声で全体に指示をした。

 

鉄人「一枚ずつ取って後ろに回すように。問題用紙はチャイムが鳴るまで伏せておくこと。いいな?」

 

前の席から問題用紙と解答用紙が回ってくる。明久は言われたとおりにそれぞれ一枚ずつとって、残りの紙の束を後ろの生徒に手渡した。

 

キーンコーンカーンコーン

 

鉄人「始めなさい」

 

合図と同時に明久はシャープペンを手に取り解答用紙に手をかける。まず最初に頭に詰め込んだ内容を忘れないように解答用紙にメモをしてから明久は問題を解き進める。死力を尽くした努力は裏切らず、今までとは比べ物にならない手応えを感じながら問題を解き進めていく。

ちなみに事前に雄二と姫路は明久にある戦略を伝授していた。それは解けない問題が目立ち始めたら最初に戻ってじっくりと考えることだ。

これは問題数が無制限かつ先に進むにつれて難易度が高くなる文月学園のテストならではの解き方で、解けない問題が目立ち始めたらそこから先は殆ど解けない問題ばかりだと思って見て間違いない。そうなると問題文を読む時間が無駄なので、考えたら解りそうな最初の問題の方に戻って解いていくというものだ。

しかしこの世界史に限っては、その作戦はどうやら教えるだけ無駄だったらしい。何故なら明久は制限時間いっぱいまで解けない問題が目立ち始めることが無かったからだ。

 

キーンコーンカーンコーン

 

鉄人「よし。ペンを置け。解答用紙を後ろの生徒が集めてくるように」

 

クラスの皆が大きく息を吐く音が響き、鉄人に言われたとおり一番後ろに座っている人が解答用紙を回収していく。

 

『おい朝倉。往生際が悪いぞ。早く渡せよ』

『ま、待ってくれ!ここだけ直してから』

鉄人「朝倉!チャイムは鳴ったぞ!諦めてペンを置け!」

 

チャイムが鳴っている間に間違いを見つけたのか、朝倉が解答用紙を渡さずに粘って鉄人に怒鳴られていた。

 

明久(バカだなぁ。もうチャイムは鳴っちゃったんだから、間違いなんて探すだけ無駄なのに)

 

と言いつつ気がつけば明久も回収寸前の解答用紙を見直してしまっていた。特にミスらしいミスが見当たらなかったので安心したところで、

 

とある一つの箇所が目に留まってしまった。

 

『吉井。回収していくぞ』

明久「あ」

 

修正どころか、懇願する暇さえなく解答用紙が回収されていく。壇上に集められた解答用紙は鉄人の手で一つにまとめられ、専用の袋に詰められて教室から姿を消した。

 

明久「…………」

雄二「おう明久。勝負の世界史はどうだった?きちんと解けたのか?」

和真「まあ暗記科目であれだけやりゃあ…………」

 

為す術もなく去りゆく鉄人の背中を見送る明久のところへ、雄二と和真がやって来た。軽口を言い終える前に突然和真は口を紡ぐ。

 

明久「ああ、うん。ちょっと間違えちゃったけど、今までで一番良く出来たよ」

雄二「そうか、それはつまらんな。折角お前が真っ青になって今後の対策を考える姿を笑いに来たってのに」

明久「何言ってるのさ雄二。まったく洒落にならないよ」

和真(……洒落にならんミスだったようだな)

 

例のごとく並外れた観察力と洞察力で概ね全てを察した和真は、心なしか同情の眼差しを明久に向ける。

 

雄二「まあ、元々最底辺だった上にあれだけ勉強したもんな。点数が下がるわけがないよな」

明久「まったくだよ。やだなぁ。あはははっ」

雄二「ははっ。そうだよな」

 

そんな和真とは対照的に明久と雄二は二人で朗らかに笑い会っていた。もっとも、明久は内心全く笑えていなかったのだが。

 

明久(あのミス、やっちゃったなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界史 一学期期末試験

 

クラス 紀元前

学生番号 334年

氏名 アレクサンドロス大王

 

 

明久(さようなら、僕の一人暮らし……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、教師達の採点も終わりテストが一斉に返却された。Fクラスではそれぞれ結果に一喜一憂(圧倒的に憂の割合が多いのは言うまでもない)している傍ら、和真と翔子はお互いの総合成績を確認し合っていた。

 

和真「…………」

翔子「…………」

和真「……引き分け、だな」

翔子「……うん」

 

 

柊和真  5067点(2/300)

霧島翔子 5067点(2/300)

 

 

総合科目の点数は二人とも半端じゃなく高いものの、寸分の狂いも無く全くの同点。教科別に見ていくと優劣はあるのだが、最終的には0点差、学年次席に同席という形で二人が火花を散らした期末試験は終結した。

 

和真「…………楽しかったな翔子、またやろうぜ!」

翔子「…………うん。次は、私が完全勝利する」

和真「はっ、言ってろ!そもそも次席なんてセコい立ち位置はあくまで通過点だ。狙うなら当然トップしかねぇよ」

翔子「……それは私も同じこと。先に鳳を首位から引きずり落とすのは私」 

和真「そうはいかねぇよ。お前には二番目で我慢してもらうことにはるぜ、順番も順位もな」

翔子「…………ふふふ…」

和真「…………はっ、ははは…」

 

 

ガシッ!

 

「「あははははは!あーっはっはっはっはっは!!!」」

 

固く握手して笑い合う二人の間には、決して砕けない確かな絆が存在していた。

 

 

 

 

 




綾倉「おめでとう!木下君はモシャスを覚えました」

和真「すげぇとんでもない能力なのは確かなんだが、現状はただの劣化優子モードだな」

蒼介「見も蓋も無いことを言うな……」

綾倉「まあそれはおいといて、柊君も学年次席(霧島さんもですが)昇格おめでとうございます」

和真「サンキューっす。ただ作中でもいった通り、俺達の目標はこのソウスケを首席の座引きずり落とすことなんで、今回のはまだ通過点に過ぎねぇんすよ」

蒼介「フッ、挑むところだ……だが私は待ってやるつもりはないぞ。お前達がようやく5000点台に上りつめたところ申し訳ないが、私はもう次の段階に進んでしまったよ」(←6000点オーバー)

和真「ハッ、上等だ!山は高いからこそ登る価値があるんだよ!」

綾倉「いやぁ、青春ですねぇ。その調子で私の領域まで上がってきてくださいよ?」(←15000点オーバー)

「「できるかぁぁぁぁぁ!!!」」


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