徹「刮目して見よ……僕の一世一代の芸術、『ザッハトルテ・タワー』だぁぁぁ……!」
源太「いぇぇえええい……!」
優子「ちょうど糖分補給したいところだったから助かるわ……」
和真(皆良い感じに疲弊してんなぁ、感心感心♪……俺も流石に少し疲れたな……)
※本来なら一口食べただけで胸焼け間違いなしの徹の『過糖スイーツ』を苦もなく食せるほど疲労困憊の『アクティブ』一同。無限地獄はまだまだ続く……。
蒼介「ふぅ……」
入浴を済ませた蒼介は更衣室で浴衣に着替えている。持参した浴衣は着流しと同じく鳳家の家紋『鳳仙花』の刺繍が施された逸品であり、明久の生活費数十年分もの価値のおおよそ友人のお泊まり勉強会で着るようなものではない代物だったりする。
秀吉「む、鳳か。その様子だと入れ違いになってもうたのう……」
蒼介「木下か。お前一人であることを察するに、どうやら目論見は失敗したようだな」
着替えを済ませて更衣室から出ると秀吉とばったり会う。ややがっかりした表情を見るに、よほど男同士の裸の付き合いとやらに憧れていたらしい。
余談だが、たとえ一緒に入ってほしいと秀吉に頼まれていたとしても蒼介は拒否していただろう。蒼介は明久達と違って秀吉を女扱いしている訳ではないが、問題なのは周りにどう思われるかである。生徒会長、そして“鳳”時期後継者という立場上、余計なゴシップネタを作るわけにはいかない。
秀吉「いや、確かにワシ以外は全滅したがテスト問題はワシが軒並み解放しておいたぞい」
蒼介「そうなると、予定していたテスト対決は中止か。……それにしても今考えてみれば、あのルールはお前にとって割に合わなさ過ぎるな」
秀吉「うむ……。女子と同衾して、何も無くばワシは今度こそ完全に女子扱いされるじゃろうし、何かあれば問題になるのじゃからのう……ワシは男じゃと言うとるのに……」
蒼介「そんなお前に一つ助言しておこう。大切なのは周りが何と言おうと確固たる意思を持つことだ。お前の芯が揺らいでしまえば、状況は決してお前が望む方向には傾かない」
秀吉「……そうか……そうじゃな!誰が何と言おうとワシは男じゃ!それは絶対に揺らいではならんのじゃ!」
蒼介「その意気だ。では私は先に失礼する」
秀吉「うむ、相談に乗ってくれてありがとうなのじゃ!」
晴れやかな表情になった秀吉と別れ、蒼介は男子部屋に戻る。途中で雄二が翔子に、ムッツリーニが愛子に、明久が姫路と美波にそれぞれ死地に追い込まれていたが、蒼介はそれら全てを問答無用でやめさせる。女子陣はそれぞれ文句を言っていたが威圧感たっぷりの鋭い眼光と迫力満点の一喝で無理矢理黙らせた。流石人の上に立つ者として生まれ育てられただけのことはある。無条件で人を従わせる高いカリスマ性、そして覇者としての資質はあの和真ですら足下にも及ばない。
結局秀吉の活躍のおかげでテストは中止になり、再び勉強の続きをすること数時間、日付が変わったところでそろそろ就寝という流れになった。
姫路「木下君。何かあったら大声で叫んで下さいね」
翔子「……これ、防犯ブザーとスタンガン。雄二が何かしそうになったら使って」
秀吉「むぅ……もはやワシの性別を正しく認識しているのは和真と鳳、明久の姉上だけということなのじゃろうか……?」
美波「アキ。わかってるとは思うけど、万が一にも何かあったら……」
明久「わ、わかってる!何もしないよ!」
本人の強い希望により、秀吉も男子部屋で寝ることになった。一応は前の強化合宿で何もなかったと言う実績を考慮して許可がおりたようだが、スタンガンや防犯ブザーを渡すあたりあまり信用されていないようだ。
蒼介「そもそもだな、私の目と鼻の先で不埒な真似など断じてさせんよ」
「「「まあ、そうだろうね」」」
秀吉「な、なんじゃお主ら……?全員納得したように頷いて……」
蒼介とさっき蚊帳の外であった秀吉以外の全員の心が一つになった。この化物の目を盗んで秀吉に良からぬことをすることなど天文学的確率に等しいことをさっきのやり取りで皆理解したようだ。
そんなワケで就寝時間。
~~女子部屋での会話~~
姫路「あれ?私の髪留め、どこにいったんでしょう?ここに置いておいたはずなのに」
美波「なくしちゃったの?」
姫路「そうかもしれません」
翔子「……探すの、手伝う」
姫路「あ、いえ。また明日の朝にお布団を片付ける時にでも探すから大丈夫です」
翔子「……わかった」
美波「そう言えば瑞希っていつもあの髪留めをしてるわよね」
翔子「……思い出の品、だとか?」
愛子「んっふっふ~。ボクの予想だと、好きな人からの贈り物って感じだケド?」
姫路「いえ。あれ自体は自分で買ってきた普通の髪留めなんです」
愛子「あらら……予想がハズレちゃった」
姫路「確かに、思い入れはありましたから」
愛子「え?なになに?面白そう」
姫路「残念ながらそれはヒミツ、です。それより、私は工藤さんのお話が気になります」
愛子「え?ボク?」
美波「そうね。ウチも気になるわ」
愛子「ふふっ。二人とも、そんなにボクのHな話が聞きたいのかな?」
美波「違うわ。そっちじゃなくて」
姫路「土屋君との関係、の方です」
愛子「ふぇっ!?」
翔子「……それは私も気になる」
愛子「な、何を言ってるのさ三人ともっ。ボクとムッツリーニ君がどうこうだなんて、そんなことあるわけないじゃないっ」
姫路「そうやって否定するところが怪しいですね」
翔子「……いつもの愛子なら笑って受け流すはず」
愛子「ち、違うってば!ボクもムッツリーニ君もそんな気は全然ないよっ」
美波「それはどうかしらね?意外と男子部屋でも、土屋が似たようなことを言ってるかもしれないわよ?」
翔子「……お泊り会の定番の会話」
姫路「そうですね。きっと向こうの部屋でもこんな会話をしているんでしょうね」
美波「ほらほら、きっと向こうで土屋も尋問されているだろうし、素直に言っちゃいなさい」
翔子「……言えば楽になる」
姫路「話しちゃいましょうよ。ね?」
愛子「だからあんな頭でっかち、ボクは全く興味がないって言ってるのに!」
~~同時刻、男子部屋~~
雄二「坂本雄二から始まるっ」
「「「「イェーッ!」」」」(明久と秀吉とムッツリーニと、意外にも蒼介のノリノリの合いの手)
雄二「古今東西っ」
「「「「イェーッ!」」」」(どうやら和真とつるんでいる内に自然と染み付いたようだ)
雄二「一部の生徒の間で噂になっている明久の恋人の名前っ」
明久(え?)
パンパン(手拍子)→雄二の番
雄二「【久保利光】!」
明久「ダウト!それダウト!久保君は男だから!」
蒼介(吉井、やはり気づいていないのか……。それにしても、合宿中いったい久保に何があったんだ……?)
パンパン(手拍子)→ムッツリーニの番
ムッツリーニ「……【坂本雄二】」
明久「嫌だぁっ!それはなんとなく知っていたけど改めて言われると凄く嫌だぁっ!」
雄二「俺だって嫌だボケ!」
パンパン(手拍子)→秀吉の番
秀吉「え、えっとえっと……ワシじゃ!」
明久「…………」
秀吉「あ、明久!?そこで黙り込んで頬を染められるとワシも困るのじゃが!?」
パンパン(手拍子)→蒼介の番
蒼介「……【柊和真】」
明久「鳳君、キサマもか!?というかこの人、罰ゲーム逃れるために彼女持ちの友人を売ったよ!」
蒼介(許せカズマ、こんな余興でも私は負けたくないのだ……。というかこのテーマ、明らかに私に不利過ぎないか……?)
パンパン(手拍子)→明久の番
明久「し、【島田美波】!」
「「「罰ゲーム決定っ!」」」
明久「どうして!?」
蒼介(なるほど、始めから吉井を嵌めることが目的だったのか……)
秀吉「さぁ明久。くじを引くのじゃ」
明久「うぅ……なんだか納得いかない……」
雄二「安心しろ。お前以外の全員は納得している」
観念したのか、明久は雄二が突き付けた袋の中に手を突っ込んで紙を一枚取り出す。
明久「『女子部屋に行って姫路さんの髪留めを戻してくる』……ってこれ、僕の書いた罰じゃないか」
どうやら明久はさっきのカンニング作戦の最中に、手違いで姫路の髪留めを持ってきてしまったらしい。
雄二「なんだ明久、お前は随分とヌルい罰ゲームを書いたもんだな」
明久「え?そう?でも、女子部屋に侵入だよ?」
蒼介(危険でないと断言できないあたり、あの連中の血の気の多さは相当なものだな……)
明久「ところで、皆はどんな罰ゲームを書いたの?」
雄二「俺は『翔子の部屋から婚姻届を奪取してくる』だな。当然、盗ってこれるまで何度もトライしてもらう」
秀吉「ワシは『本気女装写真集の撮影』じゃな。ワシの苦しみを皆も味わうべきじゃ」
ムッツリーニ「……『各グッズ用写真の撮影』。ポーズを決めている写真はなかなか撮れない」
蒼介「『昨日カズマに強引に持たされた綾倉先生特製ドリンクを飲み干す』だな。いまいち罰ゲームが思い付かなかったのでな」
蒼介の罰ゲームを聞いた四人は顔から血の気が引いていくのを感じた。そして同時に気付いた。
((((あのサディスト……こうなることをわかっていて、トラップを仕掛けてきやがったな……))))
おそらく和真は雄二達が罰ゲーム付きのゲームに興じることを予測していて、それを見計らって蒼介に殺戮アイテムを持たせたのだろう。参加すらしていないというのに油断も隙もあったものではない。
蒼介「それにしても坂本、なぜそんな罰ゲームを選んだのだ?霧島はお前の婚約者ではなかったのか?」
雄二「そいつは否定しねぇけどよ、俺はもっと気楽に人生を送りたいんだよ。このままだと高校卒業と同時に入籍なんて事態になりかねないからな」
蒼介「……なるほど、確かにそれは時期尚早かもしれん。私とて大学を卒業し“鳳”を継ぐまでは飛鳥と婚姻を結ぶつもりはないからな」
雄二「わかってくれてなによりだ」
婚約者がいる者同士で会話が弾んでいる横で、明久は殺気を滲ませながらムッツリーニにアイコンタクトを飛ばす。
明久(ねえムッツリーニ、僕としてはあの二人をすぐさま処刑したいんだけど)
ムッツリーニ(……やめておけ明久。確かに殺したいほど妬ましいが相手が悪過ぎる)
秀吉(以前姉上に聞いた話じゃが……得物を持った鳳の強さは、あの和真に匹敵するそうじゃ……)
明久(……マジで?)
ムッツリーニ(……確かな情報)
明久達の脳裏に浮かぶのは先日の事件、優子と結ばれたことで嫉妬に狂って襲いかかる異端審問会が、和真たった一人に次々と地に沈められていく凄惨な光景。
明久とムッツリーニは蒼介には今後も一切手を出さないことと、雄二の処刑も延期することをアイコンタクトで決定した。今ここで雄二に襲いかかれば同時にこの化け物じみた強さの堅物を敵に回すことになるだろうから。
雄二「さて、それじゃあアイツらが寝静まる前に適当にダベるか」
秀吉「そうじゃな。疲れておるじゃろうし、小一時間もしたら眠っておるじゃろ」
ムッツリーニ「……お題は?」
雄二「そうだな。まずは『今までの人生で一番恥ずかしかったこと』からいくか。そこにトランプがあることだし……ハートが出たら俺と秀吉、クラブが出たらムッツリーニと鳳、1の倍数が出たら明久って感じでどうだ?」
「「「オッケー」」」
蒼介「いや流石にそれはムグッ」
秀吉「余計なことを言うでない」
先ほどの古今東西では蒼介自身が明久と噂になっている生徒に詳しくなかったため流したが、今回は明らかに不公平だと誰でもわかる。そんなわけで公平性を重んじる蒼介が口を挟もうとするも、明久以外には今のままの方が都合が良いため近くにいた秀吉が即座に口を塞いだ。
雄二「スペードの4か。1の倍数だから明久だな」
明久「それおかしいって!その条件だと何を引いても僕になるじゃないか!」
雄二「いや、ジョーカーを引けば大丈夫だ」
明久「高っ!僕だけ確率異様に高っ!」
ムッツリーニ「……53分の52の確率」
蒼介「いい加減にしろお前達。私の目が黒いうちはこのような公平性を欠くルール、断じて見過ごすわけにはいかない」
秀吉(むぅ……。こやつ、Fクラスでは周知である暗黙のルールが一切通用しないぞい……)
ムッツリーニ(……和真がキングオブ堅物と称するだけのことはある)
雄二「仕方ねぇな……。じゃあハートが出たら俺と秀吉、クラブが出たらムッツリーニ、ダイヤが出たら鳳、スペードが出たら明久で構わねぇよな、明久?」
蒼介(ん?その条件だと……)
明久「うん、それならちゃんと公平だね」
雄二「というわけでスペードだったから明久だな」
明久「あ……しまったぁぁぁ!?」
蒼介(……これは確認を怠った吉井のミスだな)
秀吉「ほれ、諦めて話すのじゃ」
明久「ぐ……。わかったよ。えっと、アレは僕が中学一年の頃なんだけど」
「「「「ふむふむ」」」」
…………
………
……
秀吉「さて、そろそろ良い時間じゃぞ、明久」
明久「そうはいかないよ!僕は『人生で16番目に恥ずかしかった話』までさせられてるのに、皆は何も話していないなんて不公平だ!」
雄二「それはお前のヒキが弱すぎるから悪いんだろ」
ムッツリーニ「……驚異的弱さ」
蒼介「多少は同情している……」
最初カードを引いていたのは雄二で、あまりにもスペードしか出ないので明久はイカサマだと疑って途中から自分でカードを引き始めたが、それでもスペードしか出なかった。途中蒼介がカード事態に細工をしたのではと確認をしたが、4つのマークのカード13枚ずつと2枚のジョーカーで構成された至極普通のトランプであったため、よほど明久の引きもしくは日頃の行いが悪いのであろう。
雄二「ゴチャゴチャ言ってないで、いいから行くぞ明久」
明久「うぅ……わかったよ……って、雄二も行くの?」
雄二「ああ。俺は俺でやることがあるからな」
ムッツリーニから借りたガラス用のカッターが雄二の手にあった。どうやら件の婚姻届は余程厳重に保管されているらしい。
秀吉「ならば、ワシとムッツリーニと鳳は廊下から見ておるかの」
蒼介「健闘を祈る」
ムッツリーニ「……面白いハプニングを期待してる」
明久「ハプニングなんて、冗談じゃないよ」
雄二達はトランプを置いて立ち上がり、音を立てないように注意しながらドアを開けて部屋から出ていった。
蒼介(吉井はともかく……何故だか坂本の方は確実に失敗する気がする。私はカズマのような天性の直感は持ち合わせていないのだがな……)
この後明久は何とかミッションを達成したものの、蒼介の懸念通り雄二は途中で上に見つかり、無事処刑されたようだ。
そんなこんなで、霧島家での勉強会は終わりを迎えた。
和真「さて、今話でソウスケの主人公代役回は一旦見納めだ。お疲れソウスケ」
蒼介「確かに少し疲れたな……主に精神面が」
和真「お前明らかにあのメンバーと波長が合ってねぇもんな。せめて飛鳥も入れば多少負担が減ったんだろうが……」
蒼介「飛鳥は間近にインターハイに向けてテスト期間中も柔道に打ち込んでいるという設定だ」
和真「飛鳥のインターハイの結果についてはこの巻のラストに語るつもりだぜ」