【その頃の和真達】
和真「よし、採点終了。英数国合計点数ランキング結果発表~!」
「「「「いぇぇえええい!」」」」
和真「んじゃ第一位は……この俺、和真様だ!得点は1232点」
愛子「まあ、そうだよね」
和真「第二位は優子。得点は1189点」
優子「初めて英語で400点越えたけど、負けたのはやっぱり悔しいわね……」
和真「第三位は徹で、1134点だ。数学は496点で見事トップだ」
徹「まあ、この辺りだろうね」
和真「そして、残りの二人の順位は~……」
源太「……(ゴクッ)」
愛子「……(ゴクッ)」
和真「源太、912点。愛子……
946点!」
愛子「やった~!!!」
源太「チクショォォォオオオ!!!」
優子(まあ予想通りね)
徹(流石アクティブ貧乏クジ担当)
和真「英語は536点とダントツトップだが他の科目で足を引っ張られたな。……つうわけで、罰ゲームとしてさっさと飯作れや負け犬野郎」
源太「覚えてろよ和真テメェ……」
和真(計画通り)
※源太はこう見えて『アクティブ』の中では蒼介に次いで料理が得意です。
蒼介の提案で途中夕食の買い物(“鳳”系列の店から無料で譲ってもらったため厳密には買い物ではない)を済ませてから明久達は美波の家にたどり着いた。
美波「ただいまー。葉月、いる?」
葉月「わわっ、お姉ちゃんですかっ。お、お帰りなさいですっ」
玄関の扉を開けて美波が呼びかけると、廊下に面した部屋から葉月が勢い良く飛び出してきた。
美波「あれ?葉月、今お姉ちゃんの部屋から出てこなかった?」
葉月「あ、あぅ……。実はその……一人で寂しかったから、お姉ちゃんの部屋に行って……」
何やら言い難そうにしながらパーカーの大きなポケットに何かを隠す葉月。
美波「ぬいぐるみでも取ってこようと思ったの?それくらい、お姉ちゃんは別に怒らないのに」
葉月「そ、そうですか?お姉ちゃん、ありがとですっ」
よしよしと葉月の頭を撫でる美波。二人の会話が落ち着いたのを見計らって明久が葉月に挨拶をする。
明久「葉月ちゃん、こんにちは」
葉月「あっ!バカなお兄ちゃんっ!」
明久が姿を見せるなり、葉月は満面の笑みを浮かべて勢いよく腰にしがみつき、そのまま額をぐりぐりと明久の腹に当てていた。
明久(うんうん、流石は美波の妹だ。……おでこが的確に鳩尾に食い込んでいる)
姫路「こんにちわ、葉月ちゃん。お邪魔しますね」
葉月「わぁっ。綺麗なお姉ちゃん達まで。今日はお客さんがいっぱいですっ。……あれ?お兄ちゃんは誰ですか?」
蒼介「初めまして、私は鳳蒼介。吉井達とはクラスが違うのだが、カズマから勉強を見てやってくれと頼まれて同行している」
蒼介は警戒心を与えないように、膝をついて同じ目線かついつもよりやや優しげな表情で自己紹介をする。もっとも葉月はあの源太にすら恐がらずに普通に会話できるほど胆力があるので無駄な配慮なのだが。
葉月「強いお兄ちゃんのお友達さんですか?よろしくですっ。でも、勉強会ですか……それじゃあ、葉月は自分のお部屋でおとなしくしているです……」
葉月が勉強の邪魔になるまいと自分の部屋に戻ろうとするが、寂しそうな表情をしているのを察した明久が葉月を引き留める。
明久「待って葉月ちゃん。良かったら、僕らと一緒にお勉強しよっか?学校の問題とか、予習とかはないかな?」
葉月「えっ?葉月も一緒にお勉強していいですかっ?」
雄二「ああ。どうせ一人に教えるのも二人に教えるのも変わらないからな」
明久「雄二。それは僕が小学校五年生レベルだと言っているのかな?」
蒼介「察しの良いことや気配りができることは君の美点なのだろうが……ときには年上に甘えることも覚えておいた方が良いぞ」
もっともらしいことを述べているが、生まれてから現在まで年上に甘えたことなどほとんど無さそうな蒼介が言ってもまるで説得力がないのはご愛敬だ。
葉月「葉月、一緒にお勉強をしたいですっ」
雄二「おう。それなら勉強道具を持ってくるといい」
美波「リビングで待ってるから」
葉月「はいですっ」
軽い足音を立てて自室に向かう葉月。ただ一緒に勉強するだけだが、本人は随分と嬉しそうだった。それを見届けて美波は一同をリビングに案内する。蒼介は時間を確認すると現在の時刻は五時。
蒼介「さて、私は料理に取り掛かるとしようか。島田、キッチンを借りるぞ」
美波「あ、うん。案内するわ」
翔子「……私も手伝う」
蒼介「……気持ちは有り難いが、今回は吉井達の勉強会の方を優先してくれ。もし『赤羽流』に興味があるなら母様に口添えをしておく」
翔子「……わかった」
余談だが、この後蒼介の振る舞ったお手軽な懐石料理は男女問わず参加したメンバー全員を驚愕させたが、昨日のように女性陣のプライドが打ち砕かれることはなかった。なぜなら蒼介の料理の腕はその場にいた誰よりも遥か高みにあったからだ。人は圧倒的に格上と相対したとき、悔しいという感情は抱けないのである。
食事を堪能した後、勉強会は加入した蒼介によってとてつもなく質の高いものとなった。蒼介の教え方は非常にうまく、明久達は通常の数倍の能率で学習を行うことができた。特に伸びしろが目立った美波である。蒼介がドイツ語も非常に堪能であったことや、蒼介が漢字を完璧に覚えるより問題に慣れることを美波に重視させたお陰で、個人ではどうしようもなかった壁をいくつも飛び越えられたことを美波は実感したという。
そんな蒼介に雄二は頼もしさを覚えつつも、同時に危機感も覚えることになる。
久保を始めとしてAクラスの生徒達の成績が振り分け試験の頃より向上している理由がはっきりしたからだ。
こんな化け物がAクラスにいては、日を追うごとにAクラスとFクラスの実力差がどんどん広がっていってしまうというのが雄二の抱いた懸念だ。
ちなみに蒼介の葉月からの呼び名は「万能なお兄ちゃん」に決まった。
蒼介「……もう九時半か。そろそろ今日はこの辺りで切り上げるとするか」
秀吉「なんじゃ。あっという間じゃったな」
ムッツリーニ「……集中していた」
翔子「……もうすっかり暗くなってる」
雄二「あとはまた今度にするとして、今日は帰ろうぜ」
姫路「そうですね。美波ちゃん、今日はありがとうございました」
美波「あ、ううん。こっちこそ色々とありがと。ほら葉月、お礼を言いなさ……葉月?」
葉月「Zzzz……」
蒼介「どうやら疲れて眠っているようだな」
明久の膝の上で勉強をしていた葉月はいつの間にか眠ってしまったようだ。
美波「もう、葉月ってば……アキ、悪いけどこっちにきてもらえる?」
明久「あ、うん。そうしたいんだけど……」
ソファーの上に寝かせようとする明久だが、葉月が明久のシャツを握りしめて寝ているため離れない。
美波「こら葉月、起きなさい。アキが帰れないでしょ?」
葉月「んぅ……帰っちゃ、嫌です……」
美波に肩を揺すられて葉月は僅かに目を開けるが、明久のシャツを更に握りしめて離そうとしない。
美波「葉月。あんまり我が儘言うとお姉ちゃん怒るからね」
葉月「……お姉ちゃんには、わからないです……」
美波「え?何が?」
葉月「……お姉ちゃんは、いつも一緒にいられるからいいです……。でも、葉月はこういう時しか、バカなお兄ちゃんと一緒にいられないです……」
「「…………」」
寝ぼけているからこそ聞けた葉月の本音に、明久や美波は顔を見合わせる。蒼介は葉月がどれだけ明久を慕っているのか理解したので、いつも通り冷静沈着の表情のままであるが、心なしかいつもより優しげな声音で明久にある提案をする。
蒼介「吉井、お前はもう少し残ってやれ。我が儘は子どもの特権であり、それを聞いてやるのは大人の義務、そして矜持というものだ」
明久「うん、わかってるよ鳳君」
翔子「……それが良いと思う」
雄二「だな。今のチビッ子の台詞を聞いたら、明久は残るべきだよな」
秀吉「そうじゃな。明久よ、モテる男は辛いのう」
ムッツリーニ「……人気者」
皆は口々に明久をからかうが明久も別に嫌そうには見えなかった。最近は常軌を逸した姉を筆頭に攻撃的な人とばかり接していたので、どうやら気分を和ませてくれる葉月の好意は純粋に嬉しかったようだ。
美波「そ、それじゃあ、悪いけどもう少し葉月に付き合ってもらえる?」
明久「うん」
姫路「あ、あのっ、それなら私も……っ!」
明久「え?姫路さんはダメだよ。女の子があまり遅い時間に出歩いちゃ危ないからね。雄二か鳳君にでも送ってもらって早く帰らないと」
姫路「でも、心配なんです。その、イロイロと……」
明久「心配なのはわかるけど」
姫路「いいえっ。明久君は私が何を心配しているのか全然わかっていませんっ」
明久「???」
予想通り明久は、姫路が懸念していることについて何一つわかっていなかった。蒼介は若干呆れつつもこれは自分がしゃしゃり出ていい話ではないと判断し黙っていることにする。
雄二「翔子は俺が送るとして、ムッツリーニが秀吉、鳳が姫路を送るってことでいいか?」
蒼介「構わんよ」
ムッツリーニ「……引き受けた」
秀吉「ワシはいまいち釈然とせんが、致し方あるまい……」
このとき雄二は適当に決めたように見えて、姫路に蒼介をあてがったのにちゃんとした理由がある。
姫路「あの、やっぱり私も……っ!」
明久「いくら言っても、ダメなものはダメだからね姫路さん。最近各地で謎の失踪事件が多いって聞くし、こういったことはきちんとしないと」
雄二「諦めろ姫路。こうなると明久は考えを曲げないぞ」
姫路「……うぅ……。そんなぁ……」
翔子「……美波、今日はありがとう」
秀吉「大勢で押しかけてすまんかったのう」
ムッツリーニ「……ありがとう」
蒼介「世話になったな、感謝する」
姫路「美波ちゃん、ありがとうございました……」
いまだどこか納得のできてない様子の姫路を含めて、皆がお礼の挨拶をして玄関に向かう。
蒼介は帰路で姫路に対して頭を悩ませていた。というのも、美波の家を出てしばらく経つもののほとんど前に進んでいなかった。
姫路「あ、あのっ鳳君。そう言えば私、美波ちゃんのお家に忘れ物を……っ!」
蒼介「していないはずだろう。島田の家を出るときに私が確認しておいた」
姫路「あぅ……。そうじゃなくて、えっと……。じ、実は私、寄って帰るところが」
蒼介「この時間帯では流石に生徒会長として認めるわけにはいかん、明日にしろ」
姫路「はぅ……で、でも、美波ちゃんにお話しなくちゃいけないことが」
蒼介「……いい加減にしろ姫路。これではいつまで経っても帰れないではないか」
姫路「だ、だって……」
雄二が蒼介を姫路に当てた理由は、この通り姫路がゴネのゴネまくって美波の家に引き返るそうとするのを予想していたからだ。仮に姫路を送る役目がムッツリーニだった場合もしかしたら強引に押しきられていたかもしれないが、蒼介は学年NO.1堅物と(主に和真に)呼ばれているだけあって頑として許可しなかった。そんな風に膠着状態に入ってしまっている二人を、なぜか放心した表情の明久が視界に収める。
明久「あれ?二人とも何の話をしているの?」
姫路「きゃっ!?あ、明久君!?」
蒼介「吉井か、随分早く終わったようだな」
明久「うん。それで、何の話をしてたの?」
蒼介「大層なことではない。単に姫路が島田の家に戻ると先程から駄々をこねて-」
姫路「そ、それより!!明久君は美波ちゃんと二人で、どんなお話をしていたのですか?」
明久「えっ!?」
蒼介の暴露を強引に遮ってした姫路の質問に不自然なほど狼狽える明久。どうやら何かあったことは確かなようである。
姫路「もしかして……好きな人の話とか……ですか?」
明久「ぅぐっ」
この反応を見るにどうやら図星のようだ。
今の姫路は何故かやたらと勘が鋭い。
姫路「お話しして、もらえませんか……?」
明久「うぅ……ごめん、言えないんだ、姫路さん……」
姫路「そう、ですか……」
すがるような目をされてもどうにか耐えきって断る明久に、姫路は辛そうに俯く。
明久(出来ることなら話してあげたいけど、美波のオランウータンへの恋心は人類として前衛的すぎるからなぁ……)
どうしてそんな認識になったのかは皆目検討がつかないが、大方また明久お馴染みののファンタジスタぶりが猛威を奮ったのだろう。そんな風に明久が見当違いなことを考えていると、姫路は思いきったように顔を上げた。
姫路「明久君っ!」
明久「は、はいっ!?」
姫路「美波ちゃんの気持ち、私にもよくわかりますっ!」
明久「なんだって!?」
姫路「でも、私の気持ちも聞いてもらいたいんです!」
明久「そ、そんな!急にそんなことを言われても困るよっ!」
会話だけを見れば噛み合っているように見えるが、全く噛み合っていないことは説明するまでもないだろう。
姫路「困るとは思います!でも、真剣に考えて欲しいんですっ!」
明久「し、真剣に…………」
蒼介「………ハァ……姫路、水を差すようで悪いが……お前の言いたいことはおそらく吉井に正しく伝わっていない」
姫路「え?」
明久「……ええと、ニホンザルならまだ紹介できるよ……いや、違うな。チンパンジーはタレント業だから一緒になると大変かも、と言うべきか……」
姫路「……明久君……。私は必死に勇気を出したのに、どうして動物のお話を……?」
蒼介「さあな。この場にカズマがいれば話は別だったのだろうが…」
明久「………………はっ!?ごめん、二人とも。何の話をしてたっけ?」
蒼介「……他愛ない世間話だ」
キャパシティの限界を超えたのか、明久はここ数分の出来事を脳内から忘却したらしい。蒼介も流石に面倒になったのか適当に対応する。
蒼介「………………むっ……!」
ふと何かを察知したのか、蒼介の片眉がつり上がる。
明久「どうしたの鳳君?」
姫路「何か気になることでもあるんですか?」
蒼介「……いや、お前達が気にする必要は無い。それよりも吉井、姫路を送る役目を任せて良いか?姫路にとっても私よりお前の方が気心が知れているだろう」
明久「あ、うん。任せてよ。姫路さん、それで良い?」
姫路「は、はいっ!」
蒼介「一応釘を刺しておくが、夜道で公序良俗に反することはするなよ?」
明久「了解。なんとか我慢するよ」
蒼介「吉井、その返事はどうかと思うぞ……」
姫路「わ、私も我慢します」
蒼介「姫路、お前もか……。まあいい、それでは私は失礼させてもらう」
明久「あ、うん。今日は色々ありがとう鳳君」
姫路「鳳君、ありがかとうございました」
蒼介「ああ、テストのことで私の力が必要ならまた呼ぶといい。引き受けたからには最後までやり遂げよう」
二人に別れの挨拶を済ませて歩くこと数分、蒼介は一人帰路を歩きつつ独り言を漏らす。
蒼介「彼等がカズマの仲間達か。なるほど、お前が肩入れしたくなるのも頷けるな。色々と騒がしい連中だったが、皆活気に満ち溢れていた。……いや、それともカズマ、お前の影響なのか?」
そんな感想を抱きつつ歩く蒼介の周りには、数十人ものゴロツキ達が死屍累々となって倒れ伏している。夜道に一人でいるときにこの手の輩に襲われるなど、世界的大企業の蒼介にとっては日常茶飯事のことである。身代金目当てか、敵対企業の回し者か、一々問い詰めていてはキリが無い。
蒼介「……これだから護身刀が手放せないんだ」
木刀にこびりついた下賎な血を布巾で拭いながらゴロツキ共の回収依頼を“橘”に連絡しつつ、蒼介は珍しく愚痴をこぼした。
和真「ソウスケが八面六臂に活躍したことはさておき、島田に強化フラグが立ったな」
蒼介「彼女は数学バカではなく、もともと高い学力を有しているのに日本語を不得手としているがためにハンデを背負っているだけだ。それを取り払うことができれば、具体的に言えば漢字さえ克服できれば、自ずと成績は伸びていくだろう」
和真「それにしても……良いのかよ?俺が頼んでおいて何だけどよー、二学期攻めてくることが確定している連中に塩を送って」
蒼介「多少成績が向上したところで私の首は取れんよ」
和真「自信満々なようで何よりだ。……まあ確かに、俺が倒す前に他の誰かにやられるのは癪だしな」
蒼介「私はお前にも負けるつもりはないさ」