辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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7話:一方通行の仲間関係

チクチクと病室内に音が響く。

無論実際はこんな音はしない。

だが針でボタンなどを縫い付ける時に聞こえる音を言葉で表すのならこの擬音以外はそうないだろう。

 

「長谷センパイって主婦みたいですよね」

「まあ実際家でも家事全般やってるしね、学生件主夫でも間違いはないよ」

 

縫っているのは自分のボタンではなく、乾さんの制服のである。

先日マキさんとの喧嘩でどうやら引きちぎれたらしく、今日外出する時に気づいたようだ。

 

彼女自身は裁縫は余りした事がない上にソーイングセットも持ってきていないらしいので俺が縫い付けることになった。

たまたま彼女の制服のボタンと似たものがあって良かったと思う。

 

「でもそんなに裁縫は手際よくない様子っすね」

「まあね。姉ちゃんはぬいぐるみを編んだりするけど俺は簡単なマフラーでも手一杯」

 

俺はどうも手先が器用な方ではない。

容量もそれほどいいとは思えないし、ヴァンの言うとおり十人並みな人間なのだろう。

 

黙々と彼女に声をかけられた時以外には口を開かず裁縫をする。

そんな空気が好みではなかった様子で、乾さんは手持ち無沙汰だ。

 

「暇じゃないですか?」

「そうでもないよ」

 

病室の中は暖房が効いていて暖かい。

更に部屋にはいい角度で日光も入りポカポカしている。

この裁縫が終われば昼寝でもしようか。

 

「ん~・・・・・・」

 

乾さんは退屈なのだろうか、俺のベッドに腰掛けて背伸びする。

やれやれ、そんなに退屈なら外に出ればいいのに。

 

「俺の事は気にせず外出しておいでよ」

 

そう言うと乾さんは背伸びの姿勢のまま俺のベッドにバタンとゆっくり倒れる。

 

「長谷センパイは今日予定とかあるんですか?」

 

仰向けでこちらを見る。

 

「俺は今日も愛さんが来てくれるから待ってる」

 

退屈な病院生活でも愛さんが来てくれるならそこは天国だ。

俺にとって病院内の天使は看護師さんなどでは断じてない。

愛さんこそがマイエンジェル。

 

「え~、またっすか。もういい加減外で待つのは寒いし暇なんですけど」

「別にここにいればいいじゃない」

「いやっすよー」

 

まあ、こんな密室で人が彼女とイチャチャするのを見せ付けられるのはたまった物ではないだろう。

乾さんが嫌がるのも仕方がない。

 

「ほら、終わり」

 

手早く縫い終わった制服を乾さんに渡す。

遠目で見てもほつれもないし、ボタンのデザインも違和感がない。

余程意識して見ないと別のものとは思わないだろう。

 

制服を両手で丁寧に受け取ると乾さんはそれを胸に抱き込む。

 

「ん~、何か暖かい気持ちっすね」

 

緩い笑顔を浮かべる乾さん。

何に対してそんな気持ちを抱いてるのかはわからないが、まあ喜んでくれたのならありがたい。

 

「ありがとうございました、長谷センパイ」

 

そう言って制服をハンガーにかけて吊るす。

 

「ところで辻堂センパイが来るのって何時からなんですか?」

「確か、昼の2時くらいだっけかな」

 

今の時刻はまだ朝の9時。

見れば外はかなり冷えているのか、温度差で窓が曇っている。

今外出した所で外の寒さに辟易して対して楽しくもないだろう。

 

「それじゃあ長谷センパイ、自分と買い物いきませんか?」

「え~・・・・・・?」

「露骨に嫌な顔しないでくださいよぉ~」

 

だって俺こんな怪我じゃ余り外歩くことできないし、何より寒い。

それに行きたいところがあるわけでもなく、何より愛さん以外の女の子とショッピングというのも愛さんを裏切った感じがして嫌だ。

 

「別に乾さんと外出するのが嫌なわけじゃなくて、単純に色々な意味で外出たくないんだ」

「いいじゃないっすか、リハビリとでも思えば」

 

簡単に言ってくれる。

 

「じゃあ聞くけど、どこ行くの?」

「え? うーん、そっすねぇ」

 

どうやら乾さんも決めてはいなかったのだろう。

あさっての方向を見ている。

 

「じ、自分は長谷センパイと買い物がしたいだけっすよ」

 

と言われても。

どうやって断ったものか少し思案する。

だが思えば今まで一度も彼女のお願いなど聞いたことないし、たまには良いかもしれないと少し思う。

 

「そこまで言ってくれるなら、一緒に行こうか」

「マジっすか! やりぃー!」

 

存外に嬉しかったのだろう、自分の両手を結んで一人でぴょんぴょん跳ねる。

やだ、可愛いじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、辻堂愛は腰越マキの元へ訪れていた。

恋奈でも良かった用事だったのだが、あっちだと喧嘩から抗争へ発展しかねない。

やたら大が恋奈を庇うため、それは避けることにした。

 

「で、昨日言ってたアイツってだれだよ」

「朝の挨拶はお早う御座いますだろうが、ダイを見習え」

「・・・・・・オハヨウゴザイマス」

 

我慢しろ、今ここで腰越を殴り倒したら答えが聞けなくなる。

怒りで燃え上がる心を大へのラブパワーで抑える。

 

「で、誰なんだよ」

「教えない」

「大概にしとけよこのクソアマ」

 

即座にブチ切れて問答無用で腰越マキの胸ぐらを掴む。

 

「あぁ? やるってのか?」

 

喧嘩っぱやい二人はそのまま火花を散らし合う。

そしてその二人を止める者がいなければここら一帯は更地となってもおかしくないのだが

 

「げ、腰越と辻堂・・・・・・」

「「あぁ!?」」

 

どういうわけか二人の喧嘩は本番へ入る前に誰かの妨害が入るのが常だった。

今回もその例に漏れず、二人のいた沿岸沿いに片瀬恋奈が訪れることになった。

 

水をさされた二人は凄まじい形相で恋奈を睨みつけるが、恋奈はそれを軽くいなす。

 

「あんたら、長谷が入院中だってのに前と変わらず元気ね」

 

ため息を吐く恋奈。

実の所彼女は自分が今回の江乃死魔の問題に関わらせたせいで大が怪我をしたと責任を感じている。

その為、昨日は行けなかったが今日こそはと今からお見舞いの品を買いに行っている途中だった。

 

しかもばっちり化粧をして服装も大が好みであろうものをチョイスしている。

その気持ちが恋心なのかは本人以外が知る由もない。

 

「うっせぇ! ダイが入院したせいでこっちは優秀なシェフがいなくなって腹減ってんだよボケェ!」

 

普段から大の作ったご飯を冴子に内緒でもらってたマキは彼が入院してからまともな食事をしていない。

相変わらず彼の住居の近くにある道祖神のお供え物で飢えは凌いでいるもの、それでもやはりキュウリ生活は厳しい。

 

「腰越! テメェアタシの彼氏を自分のシェフ扱いしてんじゃねぇよボケェ!」

「アンタも大概だと思うけどね。聞いたわよ辻堂。

 アンタ昨日面会時間過ぎても帰らなかったから後で長谷が婦長に代わりに怒られたんだってさ」

「ばっかでー、彼氏に迷惑かけてんじゃんお前」

「んだとこのタコ!」

 

何が何やら。誰かが口を開けばそれが火種となって他二人のボルテージを上げる。

一人で破壊力を増し続ける爆弾のようだ。

 

「いや、でもちゃんと長谷に謝っときなさいよ。

 あそこの婦長はまじで陰険だから長谷も結構嫌な思いしただろうし」

「え」

 

恋奈の言葉に愛は固まる。

 

「あの病院ってそんなウザイやついるのか?」

「えぇ、まあ長谷なら上手いこと取り入れるかもしれないけど」

「あわわわわ、心配だ。大がそんな嫌な所に一人ぼっちで・・・・・・可哀想に、すぐ行くからな大!」

「は? ちょま」

 

恋奈の静止を振り切って猛ダッシュで走り去る愛。

残された二人はぽかーんとした顔で離れゆく彼女の背中を見る。

 

「辻堂ってあんなキャラだっけか」

「・・・・・・これはやばいかも」

 

マキは呆れたようにしているが、恋奈はこれから起こるであろう事態を想像して一人慌てた。

 

 

 

 

 

「センパイ、これなんてどうっすか?」

「どんなって、それで外出たら寒いでしょ」

 

俺達は外出するにあたって着替えることにした。

俺の方はいつも通りのジーンズに分厚いジャケットと無難な選択をした。

だが女の子している乾さんはそんなわけにもいかず、

 

「女子力ある服とはァー! 機能性よりもオシャレっす!」

 

と、ファッションショーが始まった。

今来ている服もこのクソ寒い真冬にも関わらず思い切り生足晒していて見ただけでこっちが寒くなる。

 

「レギンスやタイツでも履いたらいいんじゃないかな?」

「嫌っす、この服にそれは合わないんで」

 

メンドくせぇ。

何で女の子ってただ買い物行くだけでこんなに気合いれてるの?

 

愛さんもやっぱりこんなかんじなのだろうかと一瞬考える。

・・・・・・そんな愛さんも可愛いなぁ。

 

「チェストォ!」

「痛い!」

 

不意に脳天に強烈なチョップを喰らう。

 

「何すんのさ」

「今は辻堂センパイより自分だけをみてくださいよ!」

 

こいつニュータイプか。

引くわ。

 

ヤケにハイテンションなまま再びカーテンを閉めて着替え出す乾さん。

さっきから服を見せては俺の感想を聞いて、再び着替えなおすというループだ。

もう何やらカーテン閉めている間はドラムロールが聞こえてきそうだ。

 

ふと、扉が開いた。

 

はて、誰か来たのかと扉を見つめ続けるとオズオズとした感じで顔だけ覗かせてくる。

誰かと思えば、

 

「愛さん?」

「ビンゴ、約束よりちょっと早いけどいいか?」

「うん。どうぞ」

 

俺も早く愛さんが来ないかと待ちわびていたのだ。

 

「ジャーン! こんなんどうっすか!?」

「あぁ?」

「うわああぁぁぁぁあぁぁぁああ!」」

 

元気よくカーテンを開けた乾さんが凄まじい露出のミニスカを履いて現れた。

乾さんは開けた瞬間は凄い生き生きした顔だったのだが、いつの間にか俺のベッドに腰掛けていた愛さんを視認した瞬間叫んだ。

 

そして不意に声を止めて。

 

「幻覚っす」

 

そして真顔のままカーテンを閉めて布団にくるまった。

 

「おい、大」

「ん?」

 

愛さんは凄い困ったような顔をして俺を見る。

 

「もしかしてお前ってアイツと同室なの?」

「うん。片瀬さんが権力の力でそうしたみたい」

「へぇ・・・・・・」

 

そう呟いて立ち上がり、乾さんと自分の間にあるカーテンをあっさり開け、そのまま乾さんが入っているであろう布団を掴む。

 

「なんでテメェがここにいる!?」

「あずも恋奈様にハメられたんですよ! どちらかというと被害者っす!」

 

ぐいぐい引っ張って引き剥がそうとする愛さんに負けじと布団にしがみつく乾さん。

 

「何で江乃死魔のお前が恋奈にハメられることがある!?」

「自分もう江乃死魔関係ないんで!」

「はぁ? じゃあお前江乃死魔抜けたのか?」

「そうっす! あずは今は一人の普通の女の子っす!」

 

器用にもすごい力で引っ張る愛さんに抵抗しきっている乾さん。

傍から見ていると面白いなぁ。

 

「じゃあなんでここに入院してんだよ」

「それは・・・・・・皆殺しセンパイにやられたからで・・・・・・」

「なに? じゃあ腰越が言ってた大を骨折させた奴ってテメェか?」

 

一瞬、愛さんの動きが止まった。

あ、これやばい流れだ。

明らかに愛さんの纏うオーラが変わった。

 

「あれ、もしかして自分墓穴掘りました?」

 

亀のように布団から頭だけ出してこっちに質問する。

 

「うん。掘った墓穴に片足突っ込んでるね」

 

そう言うと、乾さんが顔を真っ青にして愛さんの方を見上げた。

 

「オラァ!」

「ひぃっ?」

 

ズドンとベッドが軋む。

なんて事はない、愛さんが今まで乾さんの入っていた布団に拳を叩き落としたのだ。

だが乾さんは間一髪、布団から緊急脱出して事なきを得る。

 

「テメェ・・・・・・人の大切な彼氏に手を出して無事で済むと思うなよ」

「ややややややるってんですか!? 容赦しないっすよ!?」

「いやいや、俺を盾にしないで」

 

乾さんは布団から脱出するとそのまま俺のベッドの上に飛び乗って速攻俺の背中にしがみついた。

威勢だけは大したもので、ガオー、と愛さんを威嚇する。

だが手足は震えているし涙目だ、とてもじゃないが今の乾さんじゃ愛さんとまともに戦うこともできないだろう。

 

仕方ないな。

 

「愛さん、俺と約束してくれたよね。手を出さないって」

「う、それは・・・・・・そうだけど」

 

そうだ、俺達は昨日約束していた。

俺に怪我を負わせた人にはもう手を出さないと。

 

「でもやっぱり、大をこんな目にあわせた奴なんて許せねぇよ」

 

歯を食いしばって乾さんを睨む。

可哀想に乾さんはビクビクと震えている。

 

「愛さんのその気持ちは嬉しい。けど、いいんだよ。もう解決したことだから」

 

もともと愛さんには喧嘩して欲しくないし、何より弱っている乾さんを愛さんが叩きのめすってのは弱いものイジメみたいだ。

それは愛さんも望むところではないだろうし、俺も少し身近になった乾さんが大好きな愛さんに殴られるのは見たくない。

 

「で、でも。でもぉ・・・・・・」

 

拳を震わせながら涙目で訴えてくる。

その余りにも彼女らしくない弱々しい態度に体が勝手に動いた。

 

無意識に立ち上がってそのまま愛さんを抱きしめる。

 

「心配してくれたのに裏切ってごめんね」

 

既に昨日も謝り通したことだが、今日ももう一度謝る。

同時にあやす様に空いた手で愛さんの頭を撫でる。

 

愛さんもそれに気をよくしてくれたのか、甘えるような顔で俺を見つめた。

愛さんの純粋さを表す瞳に吸い込まれそうになる。

 

「愛さん・・・・・・」

「大・・・・・・」

「はいはーい、そういうのは他所でやってくださーい」

 

いかんいかん、また無意識に愛さんと二人だけの空間を作ったようだ。

見れば乾さんは凄まじく忌々しそうな顔をしてこちらを見ている。

そりゃ他人のバカップル振りなど傍から見ているだけではウザイだけである。

 

「邪魔すんじゃねぇ、潰すぞ」

「うぐ、ただのバカップルならまだしも最強のヤンキーが片割れだと始末に終えないっす」

 

何か訴えかけるように乾さんはこちらを見た。

まあ考えなくても何を言いたいのかは理解できるけど。

 

「愛さん、今のは俺たちが悪いよ」

「そりゃそうだけど、コイツに言われると何かムカつくんだよ」

「ふざけんなー! 自分が何したっていうんすか!?

 むしろアンタらのバカ空間に巻き込まれた被害者ですよ!?」

 

どの口がほざく。

 

「相変わらず馬鹿やってるわね~」

「邪魔するぞ」

 

二人が取っ組み合いの喧嘩を始めたのでそれを一歩引いたところから見ていたら思わぬ客が現れた。

 

「あれ、リョウさんもう怪我大丈夫なんですか?」

 

片瀬さんは前回特に喧嘩には参加しなかったため無傷だが一緒に来たリョウさんは乾さんと死闘を繰り広げた。

あの時のことを思い出せばとても無傷で済むはずはないのだけど。

 

「お前が庇ってくれたからな、大きな怪我はない。

 一応最後にアイツに殴られた所は痣にはなっているが」

 

そう言って俺の頭を撫でてくる。

心なしか今日のリョウさんは上機嫌だ。

 

「本来ならば昨日のうちに礼を言っておくべきだったな。

 長谷大、お前のおかげで助かった」

「いや、そんな」

 

改めて感謝されるとこっちも困る。

 

「だって、リョウさんは仲間じゃないですか。ね、片瀬さん」

「ん、まぁね」

 

はっきりと仲間だとリョウさんに言うのは恥ずかしいらしく、片瀬さんは歯切れ悪くそっぽむく。

だがリョウさんもその言葉に少々口を閉ざした。

しかしそれも僅かな間で、一瞬難しい顔をしたあとふと表情を和らげた。

そして再び俺の頭を優しく撫でる。

 

「お前には不良など向いていないと言った筈だがな」

「そうですね、俺は不良にはなれないと思います」

 

互いに笑顔のまま笑い合う。

リョウさんの表情はマスクのせいで伺い知れないけれど、それでも目や雰囲気できっと笑ってるはずだ。

 

「不良の仲間にはなれなくても、友人としての仲間ならありですよね」

「そうだな」

 

伝えたいことは既に彼女に届いていたようだ。

まるで小さい頃から一緒に育ったかのように互いの意思が通じ合える。

 

「不思議ですね。リョウさんとはずっと前から会ってた気がしますよ」

「なにぃっ?」

 

ここにきてリョウさん、意外にもオーバーリアクション。

 

「そそそそんなことはないぞ、お前の勘違いだ直ちに考えを改めろ」

 

通じ合えたと思ったのにまさかの拒絶。

一瞬自分とリョウさんは相性がいいのかもと期待した分余計にショックがでかかった。

 

「あぁいや、別にお前の事は嫌いではなくてだな!」

 

落ち込んだ俺を何故かフォローしようとするリョウさん。

やっぱり優しい人じゃないか、現金なもので彼女の人柄に触れてすぐさま機嫌が治る。

 

「あの、私もいいかしら」

 

横から居心地が悪そうに片瀬さんが軽く挙手をして会話に入ってきた。

 

「それで聞くけど、長谷。怪我の調子はどうなの」

「うん、肋骨が4本へし折れてるけど折れた骨が内臓に刺さることは無かったみたい。

 おかげで快適な健康ライフだよ」

 

毎日味気ない病院食を食べさせられて、娯楽ないから早寝早起きせざるを得ない生活なんてしてたら体は健康まっしぐら。

精神面も愛さんにさえ会えれば異常をきたすこともないし。

 

「ふ~ん。心配して損した」

「心配してくれたんだ」

 

揚げ足をとった瞬間片瀬さんが少し頬を赤くして目をそらした。

否定はしないんだ。

 

「ほら、お土産。とっておきなさいよ」

「ありがとう」

 

なんだろうと受け取れば、それはメロンだった。

というかこれ前に乾さんが買ってきたのと同じやつだ。

シールにも見覚えがある。

 

「美味しそうだねこれ。今から切るから一緒に食べようよ」

 

そう言って立ち上がると、一瞬ふらつく。

 

「おっと」

「あ、すいませんリョウさん」

「気にするな。というより病人が無理するんじゃない、俺が切ろう」

 

リョウさんは俺を優しくベッドへ戻した後、洗面台で包丁を握って流暢にメロンを人数分切り始める。

あの後ろ姿、どっかで見たことがあるんだよな。

 

「あ~! それ昨日自分があげたときは断ったメロンじゃないですか!?」

 

乾さんが突然会話に割り込んできた。

愛さんはどうしたのかと確認すれば、乾さんのベッドで何やら写真を眺めていた。

 

「愛さんに何したの?」

「ちょっと賄賂を送って見逃してもらいました。

 それよりどういう事っすか!?」

 

どういうこととはメロンを食べるという事の話だろうか。

だったら単純な事。

 

「だって片瀬さんの贈り物だもん、食べたいじゃん」

「自分のは食べてくれなかったじゃないですか!」

「いや、だって乾さんの場合買った経緯がアレだったし・・・・・・」

 

そう言うと乾さんは悔しそうに口を閉ざす。

 

「どうせお礼参りに来た馬鹿からぶんどった金で買ったとかそう言う所でしょ」

「ん、まぁ。そうだね」

 

俺が肯定すると片瀬さんは大きくため息を吐く。

そしてジロっと乾さんを睨んだ。

 

「江乃死魔抜けてもまだそういう事やめてないのね」

 

明らかに失望感を含んだ声質だった。

それを向けられた乾さんは少し申し訳なさそうにした後、思いついたように言い返す。

 

「自分もう江乃死魔関係ないんですから文句ないでしょう?」

「そうね、でも今の反応を見たところなんとなく何か考え方が変わってきたのかしら?」

 

試すように言う。

乾さんはそれには言い返す言葉がないらしく悔しそうにうつむいた。

 

「金絡みで汚いことをすれば失うものは他の比較じゃない」

 

憮然として言い放つ。

 

「信用、尊厳、権威なんて全て形だけのハリボテに変わるしまるで良い事がない。

 得るものといえばそうね・・・・・・恨みくらいかしら?」

 

こと金に関しては大富豪である片瀬さんの言葉が重い。

実際に金を持つものだからこそ説得力がある。

 

「梓の贈り物だってそう。長谷がそんな汚い金で買ったものを送られて本気で喜ぶと思ったの?

 実際にそれを長谷に上げてアンタは長谷の信用をまた失ったりしなかった?」

 

ひと呼吸空けて再び口を開く。

 

「そんな汚い物と私が送った物を同列にするな、不愉快よ」

「・・・・・・片瀬さん」

 

言い過ぎだと止めようとするが、乾さんの表情を見て踏みとどまる。

今までの乾さんだったらここで開き直っただろう。

だが何故か、彼女は今回に限って口を開かずただ黙って片瀬さんの目を見ていた。

 

「わかってますよ・・・・・・」

 

不意に乾さんが口を開く。

 

「わかってますよ! 反省してますよ!」

 

しかしここにきて打たれ弱い乾さんは切れた。

顔を赤くして片瀬さんに詰め寄る。

 

「そうですね、今まで得た金は全部恋奈様に没収。

 残ったのは今まで潰したやつの恨みだけ。身にしみましたよ!

 だからどうしろってんですか!?」

 

口を開かず黙って乾さんを睨む片瀬さん。

しかしその目は俺には・・・・・・とても他人を見ているものには見えない。

 

「これだけ痛い目みて、信用も失って、それを代償に得た金もなくなって

 なのにどうしてあずはまだこんな泣きたい気持ちにならなきゃいけないんですか!?」

 

泣きたい気持ち。

その言葉に俺は引っかかった。

 

「その気持ちは、失ったものに対する後悔じゃないのかな」

「何ですかそれ、そんなのに後悔なんてあるわけないじゃないですか」

「そうかな。俺が思うに君が失ったのは人にとって何より掛け替えのないものの筈だけど」

 

信頼、それを失うということは人と人との繋がりを断つ事だ。

 

「仲間を失ったことに今の君は後悔してるんじゃないのかと俺は思う」

「何をいってるんですか、あずは一人でなんだって出来るんですよ。

 足ばかり引っ張る仲間なんて初めからいらなかった!」

 

それがそもそもおかしいんだ。

 

「そこまでだ、余り大きな声をだすと外に聞こえるぞ」

 

リョウさんが片瀬さんと乾さんを仲裁する。

だが乾さんは苛立つようにリョウさんを睨む。

 

「総災天センパイだって最初は乗り気じゃなかったくせに今じゃ江乃死魔の仲間気取りですか?

 落ちたもんですね、今じゃ辻堂センパイや皆殺しセンパイに負け越し、

 終いにはあずにすら敗れる始末。悔しくないんすか?」

 

露骨な挑発をする。

だがリョウさんは少し目を閉じる。

 

「悔しくても俺は守るべき部下がいる身だ、感情に任せた真似はできん。

 だから江乃死魔の与するし、危険を顧みずお前達に喧嘩を売らない」

 

完全に割り切っている。それが彼女の答えなのだ。

大切な仲間を無闇に傷つけさせないために江乃死魔に下った。

一時の屈辱から逃れるために仲間を見捨てる真似は絶対にしない。

余りにも合理的で、人情に溢れた考えだ。

 

「そんな足手纏いなんて本当に味方なんて言えるんですか?

 どう見ても総災天センパイは仲間のせいで自分のしたい事を縛られてるだけじゃないですか」

「お前は何も俺の事を知らないのに知ったような事を言う」

 

不意にリョウさんの殺気が増す。

だがそれも一瞬の事だ。

その雰囲気は僅かな間で消え去る。

 

「俺にとってしたい事は部下を守りながら湘南の頂点を取ることだ。

 そして一度はその目的も達成した」

 

故に今の現状には後悔もないと付け足す。

だがその答えに乾さんは納得がいかないのか、歯噛みする。

 

「お前と俺とでは価値観が余りにも違う。話すだけ無駄だ」

 

ばっさりと切り捨て、乾さんを除く全員に小皿に取り分けたメロンを配る。

 

だが何故乾さんにだけ配らないのか気にしていると、リョウさんが冷蔵庫を空けて先日乾さんが買ったメロンを出し、それを彼女に突きつけた。

 

「わかるか、これはお前が処分すべきものだ。

 お前がしたいようにして手に入れたものだ。

 自分で選んだものを他人に後始末させようとするな。責任を持ってお前が片付けろ」

 

つまり、自分の罪に他人まで巻き込むなということだろう。

彼女が望んで選択した結果、それがどんな結末を招こうとも他人を理由にするな。

その選択を選んだのならその代償も受け入れろと、リョウさんは言っている。

 

「もう一度言う。これはお前が処分しろ。

 お前のして来た事は俺達にとって道に外れた行為だ。

 その事に理解を求めようとするな、後始末に巻き込むな。迷惑でしかない」

 

乾さんの分のメロンを押し付ける。

そしてリョウさんの気迫に飲まれた乾さんは怯えながらもそれを受けとった。

確かに喧嘩の実力では大幅に乾さんがリョウさんを上回っている。

だがリョウさんの言葉には片瀬さんに次ぐカリスマ性がある。

 

彼女の言葉に誰も反論はできない。

乾さんは返す言葉もなく、ただただ肩を震わせる。

 

「なんだよ・・・・・・ワケわかんねぇよ」

 

そう呟いて一人病室から飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

病室を飛び出した乾梓は混乱していた。

 

はっきり言えば彼女にも理解していたのだ。

汚い行為を繰り返してきた自分にはもう仲間などいないと。

そしてこうも思っていた。

 

仲間など自分には不要だと。

何でも器用に立ち回れる自分には足を引っ張るだけの味方など必要ない。

だったら全てを失った今、完全にしがらみから解放されて気分がよかったハズなのだ。

なのにどうして、どうしてここまで胸が痛いのか。

 

病院から飛び出して、近場の公園へ走る。

そしてそこのゴミ捨て場に持っていたメロンを皿ごと投げ捨てた。

 

長谷大のために買ってきたメロンだ。

だというのにその気持ちは伝わらず、過程にあった悪意だけが伝わった。

 

わかっていた。当然だ。

あの人のいい長谷大にとってそんな金で買ったものに価値はない。受け取るはずがない。

だがそれは彼だからだ。

世の中の人間なんて即物的な奴らばかりだ。

 

欲しい物がタダで手に入るなら平気で媚びへつらう。

欲しいものを買うために自分のように悪事に手を染める人種だって沢山いる。

そんな人間なんて自分を含めて信用なんてできるはずがない。

奴らは保身のために平気で仲間を裏切って、それでいて普通のことも手を抜くような足手纏いばかりだ。

 

だったら自分の答えの何がいけなかったのか。

仲間を足手纏いと切って捨てて、必要としない自分の何がいけないのか。

 

考えても答えは出ない。

ただ一つ、わかっている事はある。

誤った答えを出し続けて、好きなことばかりをして、嫌なことから逃げ続けていた自分だ、

だからきっと今出している自分の答えも誤りなのだ。

 

最早自分すら信じられない。

 

途方に暮れて一人歩き始める。

 

「お久しぶりです、先輩」

 

聞き覚えのある声に振り返る。

 

「ナハ、久しぶり」

「お元気そうでは・・・・・・なさそうですね」

 

乾梓の背後には巨漢の女性、我那覇葉が立っていた。

その存在感は凄まじく、行き交う人が通りすがるたびに彼女を振り返るほどだ。

だがその女性に敬語を使わせた乾梓は乗り気じゃないとばかりに適当にあしらう。

 

「みりゃわかるっしょ。見てよこれ。

 左腕はダッセェアクセつけさせられて、腹なんて皆殺しセンパイに蹴られて真っ黒。

 はは、腹黒いのは元からか」

 

自嘲気味に笑う。

だが目は一切感情が篭っていない。

 

「先輩。今日はお話があってきました」

「手早く済ませて」

「はい」

 

場所を移そうかと思ったがそれすら面倒くさい。

 

「暴走王国総長、乾梓先輩に聞きます。

 今後どうなされるおつもりでしょうか?」

 

それはつまり、今後の湘南をどうするかということだろう。

 

「既に各地の名うての喧嘩屋は30人、命令通りに集めています。

 また、これから江乃死魔を壊滅させるのであれば今回の件で江乃死魔を離れた与太者共を吸収すれば数は揃えられるでしょう」

 

既には我那覇は数ヶ月前に梓に指示されていた命令を忠実にこなした後だった。

その手回しの良さに梓は困った。

 

「もういいよ」

「もういいとは?」

 

理解の悪い我那覇に梓は苛立つ。

 

「その喧嘩屋共は用無しってこと。

 江乃死魔ももうどうでもいい、暴走王国はナハの好きにしな」

 

梓の投げやりな指示に葉は肯定の言葉を返さない。

 

「それは無理です。

 奴らも何もせずただいきなり帰れと命令されて大人しく引き下がるような人種ではありません」

 

きっぱりと言い放った。

例え尊敬する先輩であろうと真実は伝えなければならない。

 

「だったらナハがそいつら蹴散らして無理やり追い返せばいいじゃない」

「我一人では無理です。

 無論一人一人ならば容易な事ですが、組まれると流石に分が悪い」

 

使えない。

内心毒づく。

 

「どうして、どいつもこいつも・・・・・・」

 

吐き気がする。

どいつもこいつも綺麗事ばかり。

自分の事すらまともにこなせない癖に他人のすることには文句ばかり垂れる。

 

「いいよ。だったらあずが全員潰して追い返せばいいんだろ?」

「先輩を侮るわけでは決してありませんが、五体満足ではない今の先輩では少々危険では?」

「余裕だよ、ナハが今言ったように各個に潰してしばらく喧嘩できない体にすればいい話でしょ。

 そういう汚い手段はあずの得意分野だし」

 

我那覇は何も言えない。

先輩がイエスといえばどんなことであろうと自分も肯定する。

同じように今回も先輩がこれまで自分が苦労して揃えた戦力を潰すのならそれも仕方がない。

 

「我もお手伝いします」

 

元々我那覇自身も今の暴走王国は好きではない。

あまりにも実直すぎるほどの彼女だ。

カツアゲなどする気もないし、弱い者を一方的に叩きのめす事も興味ない。

単純に先輩がそうしろというから仕方なくしていただけだ。

 

「いいよ、もうあずは誰も頼らないから。

 喧嘩屋共を呼び出ししてくれるだけでいいよ」

「・・・・・・わかりました」

 

自分の助力すら拒否された我那覇は釈然としないまま引き下がる。

だが今の彼女からは嫌な予感しかしなかった。

まるで何もかもに嫌気がさして、破滅願望を顕にしているようにしか見えなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

梓は今後の方針を考えていた。

 

自分は江乃死魔を抜けて完全に孤立している。

故にお礼参りに来る輩が後を絶たず、今日も我那覇と別れたあとに10人単位で返り討ちにしたところだ。

 

無論このような雑魚どもなら梓の敵になる訳もなく、何の驚異もない。

だが暴走王国の喧嘩屋どもはそうはいかないだろう。

万全な自分ならば20人まとめてかかってきても蹴散らせる自信はある。

流石に30人全員となると無理だが。

 

しかし今は片腕が使えない上に体が重い。

前に腰越マキが言った通り速度は出ないし、関節技もまともに使えない。

こんな様では5人同時でも手こずるだろう。

 

そして喧嘩には予想外な展開が当たり前のように起こるものだ。

最悪の展開を考えないといけない。

 

「何か難しい顔してるね」

「別に、そんなことないっすよ」

 

顔に出ていたらしい。

カーテンを閉めておくべきだったと後悔する。

 

「乾さん」

「なんですか、今考え事をしているんですけど」

 

考えを中断されるのは不愉快なはずなのに、何故か人の良さそうな彼には不思議とそんな気持ちにならなかった。

むしろ行き詰まった思考を優しくほぐしてくれそうな、そんな期待すら抱く。

 

「ちょっとこっち来てくれるかな?」

 

ちょいちょいと手招きする彼に応じて足を動かす。

そしてスリッパを脱いで彼のベッドに腰掛ける。

 

何の用事だろうと首をかしげていると、大はゆっくりと梓の背後に回って肩に手をかけた。

そして労わるように肩を揉む。

 

「マッサージだなんて、どういうつもりですか?」

「ん~、肩がこってそうだなそうだなと思って」

 

曖昧な答えで濁しながら大は続けて梓の肩を揉み続ける。

 

「相変わらずテクニシャンっすね。凄く気持ちいいです」

「テクニシャンって・・・・・・ちょっといかがわしくない?」

「そういうつもりで言ったわけじゃないですよ。長谷センパイはスケベっすね」

 

なんていつも通りの会話を楽しみながら梓は再び思考を始める。

だが今、背後にいる彼の存在を意識してしまってまともに考えが纏まらない。

 

それでも考えようとするもののやはりダメだ。

諦めた梓は別の事を考える事にする。

 

自分は何に今日はムキになったのか。

少なくとも自分は割り切った考え方をしていたはず。

なのに何故あそこまで感情的になってしまったのか。

 

思い出せば、その引っかかったフレーズは『仲間』だった。

 

「ねぇ、長谷センパイ」

「うん?」

 

誰よりもお人好しで。

友達も沢山いて、それでいて誰からも嫌われない彼ならば仲間なんて捨てるほどいるだろう。

そんな彼にこそ質問したいことがあった。

 

「長谷センパイは仲間ってなんだと思います?」

 

彼はこの問いに何と答えるのだろうか。

真面目に丁寧に、既に聞き飽きた味方の定義を教えてくれるかもしれない

答えるのが面倒だから曖昧な返答かもしれない。

どんな答えになるか、それが確認したかった。

 

そしてその質問に長谷大は僅かに考えたあと答えを出した。

 

「体を張れる人が仲間かな」

 

よくわからない。

 

「ほら、俺がリョウさんを庇った時みたく。

 あんなふうに身代わりになりたいと思える人こそ仲間じゃないのかな?」

 

それはつまり

 

「それって、自分が対象相手の事を一方的に仲間と思ってるだけで相手は自分を仲間と思っていないこともあるのでは?」

 

そう。つまり完全な一方通行の感情となってしまう。

しかしその質問に大は笑って答える。

 

「そうかもね。でも、俺がイメージする仲間ってのはそういうものだよ。

 それに、互いが共にそう思い合っていればそれは素敵な事じゃない?」

 

綺麗事だ。

だが、彼は現に良子の身代わりとなって現在入院するハメになっている。

つまり彼は良子の事を仲間だと思っている。

そして良子も彼が倒れたあと豹変してダメージ関係なしに梓に襲いかかった。

互いが互いを仲間だと思いあった結果あのような展開になったのだ。

 

「あずにはそんな人いませんよ」

 

自分が誰かの為に身代わりになるなんて考えられないし、自分になにかあったとしてそれを庇ってくれる人もいないだろう。

そういう生き方をしてきたのだ。

やりたいことをして、嫌なことから逃げ続けた結果性格は歪み、人間関係は破綻した。

ならば自分には長谷大の言う仲間などいないことになる。

 

「そんな事はないよ。

 片瀬さんはマキさんに喧嘩を売ってまで乾さんを守ろうとしたじゃない」

「あれは恋奈様が自らあずをシメたいだけで」

「そんな事で片瀬さんは危険な真似を犯せる立場じゃない。

 彼女だって江乃死魔のリーダーって立場があるんだ」

 

恋奈を仲間と思う大は乾梓の曲がった解釈を訂正する。

 

「乾さんを守るために江乃死魔を潰す覚悟があったからこそ、あそこで片瀬さんはマキさんに喧嘩を売った。

 それだけは乾さんに誤解して欲しくない」

 

どこまでもお人好しな長谷大はそうやっていつも他人の行為を好意的に解釈する。

だが、その恋奈の真意に気づいた梓は何故か、先程まで痛かったはずの胸が今は痛くないことに気づく。

 

何故か、答えが少しだが見えそうだった。

 

「長谷センパイは自分の事を仲間だと思ってくれますか?」

 

聞かずにはいられなかった。

勿論否定されるだろう。

それだけの嫌われる事をした自覚がある。

だがそれでも知りたかった。

 

長谷大は直ぐには答えず、僅かに考える。

だが結局良い言葉が見つからなかったのか

 

「その時にならないと何とも言えないよ」

 

そう言って曖昧な答えを返す大。

しかし今回ばかりは梓でも気づくことができた。

 

彼が曖昧な事を言うのは照れて言いたいことを言えない時だ。

つまり、彼の真意はきっと――――――

 

「長谷センパイ・・・・・・お人好しすぎますよ」

「そんな事はないよ」

 

まだ時刻は21時を回ったばかり。

胸のつっかえが殆ど取れた梓は彼のマッサージを喜んで受け入れ続けた。

 

身体以上に、心がほぐされた、

まだ曖昧な感じでしかないけれど、自分の進むべき道が見えてきた気がする夜だった。


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