辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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6話:タフな奴ら

「あ~あ、だからコイツには関わるなって言ったのに」

 

乾さんの腕を掴んだままマキさんは呆れたようにその近くで倒れている俺に声をかける。

一見油断しているような態度だが、彼女の存在感は軽口を叩いている人の纏う雰囲気じゃない。

 

現に腕を握られている乾さんは一切身動きをしない上に、凄まじい握力で掴まれているのか苦悶の表情を浮かべている。

それに気づいたマキさんはまるで馬鹿にするかのようにゴミを投げ捨てる感じで手を離した。

 

「わりぃわりぃ。せっかく残してやった方の腕まで台無しにするところだったな」

 

そう言って自分がへし折った乾さんの左腕を舐めるように見る。

 

「それにしてもお前は私が思ってたより馬鹿だったみたいだな」

 

依然として軽口を叩きながらマキさんは乾さんやリョウさんのそばから離れて倒れている俺の前へ立つ。

そのまましゃがみ込み、首しか動かせない俺と目の高さを合わせた。

 

「ってい」

「あ・・・・・・ぅ」

 

目がチカチカするレベルの痛みが襲う。

あまりの痛みに歯を食いしばって目を閉じる。

マキさんがしたことはうつ伏せで倒れた俺をひっくり返しただけだ。

だがそれだけでも激痛になるほど今のコンディションは最悪だ。

 

「あちゃ、こりゃ数本イってるぞ」

 

マキさんは俺の折れたであろう肋骨を指先でなぞる。

案の定やはり折れているとの事だ。

 

当然だ、乾さんに打ち抜かれた瞬間明らかに自分の耳に骨がへし折れる音がしたんだ。

無事なわけがない。

 

あまりの痛みに脂汗が吹き出る。

気絶せまいと無理やり薄く目を開くと目の前のマキさんがさっきよりも近づいていた。

俺に跨る形になったままマキさんは俺の頬に手を添えると

 

「んむ!?」

 

強烈なキスをお見舞いされた。

一瞬痛みを忘れて別の意味で頭がスパークする。

 

そのまま唇を何秒かくっつけ、余韻を楽しむように一度俺の唇をペロリと舐めた後離れた。

 

「な、何を?」

 

しゃべるだけで胸がかなり痛いので酷いかすれ声になる。

だがそんな情けない俺をマキさんは満足気な顔で見下ろしたままつぶやいた。

 

「今のは男を見せたダイへのご褒美だ」

 

マキさんはしてやったりな顔をしたまま俺から離れた。

そして今さっきまでの優しい表情を一変、再び殺意をむき出しにする。

 

「・・・・・・最悪、よりによってここで皆殺しセンパイかよ」

 

まともにそれを受けた乾さんは冷や汗を流しながら一歩下がる。

 

「おいおい、また逃げるつもりか?」

 

逃がすまいと乾さんが下がった距離以上に乾さんに詰め寄る。

 

「腹黒いお前だ。私がダイとどういう関係だったかくらい知ってんだろ?」

 

凄まじい目つきでゆっくりと乾さんとの距離を減らす。

一歩踏み出すたびにそのまま襲いかかるイメージが目に浮かぶほどのプレッシャーだ。

 

「知ってますよ。辻堂センパイから奪いそこねたお気に入りでしょう?」

「ははっ。そうだ、それで間違いはない」

 

乾さんの馬鹿にするような一言にマキさんは動じることなく普通に返答する。

 

「人のお気に入りに手を出したんだ。今度こそ潰されても仕方ないよな?」

「え、うわ!?」

 

言った瞬間いきなりマキさんの姿は掻き消えて、消えたタイミングと同時に乾さんの目前にマキさんは現れた。

そしてそのままガラ空きの体に密着。

突然の事態に乾さんは反応すらできずまともにマキさんの拳を喰らう。

 

「ぐぅっ!」

 

リョウさんが乾さんに殴られた箇所と寸分違わないところに拳で打ち抜く。

急所に直撃をもらった乾さんはやはりリョウさんと同じように崩れ落ちた。

酸素すらまともに吸えなくなる重い一撃なのか、目を見開いて痛みを堪える。

 

だがこれでも許す気はないマキさんは座り込んで痛みに震える乾さんの右腕を再びつかみ引っ張り上げた。

 

「何で私が一昨日テメェを潰そうとしたとき左腕だけで許したかわかるか?」

 

気絶しなかったのが奇跡なのだろう。

未だ視線が定まらない乾さんにマキさんは声をかける。

 

「今日のように立場を失ったテメェが最低限生き残れるように考えてやったからだ。

 だがなぁ・・・・・・」

 

ふぅ、とマキさんはため息を吐く。

そして冷めた目でもう一度乾さんを見下ろし、

 

「自分の身を守るならまだしも、調子に乗って誰構わず牙を向きやがって。

 馬鹿が、江乃死魔を潰すだけなら見逃しても良かったが――――」

 

ぐっと一気に手に力を込める。

 

「ダイが自ら負った怪我とはいえそれでもテメェが負わせた事実はかわらねぇ。

 落とし前はつけさせてもらうぜ」

 

つまりは残る右腕も折るという事か。

 

「くそ、舐めんな!」

 

何時までも押されている乾さんではなかった。

先程まで怯えていたのが嘘のように逆上する。

 

右腕まで折られるわけにはないのだろう、必死の形相でマキさんに凄まじい蹴りを放つ。

この無理な姿勢で放った蹴りですら並みの不良ならまるで見えない速度だし、喰らえば一撃でダウンするレベルだ。

だが相手はそんな不良とは比較にならない存在である。

 

「いいねぇ。やっぱ獲物は暴れてこそだ」

 

空いた手で容易く受け止めて逆に乾さんの腹にマキさんの膝が入る。

 

「がっ・・・・・・!」

 

ケリ自体は見えていたのか急所に入る前に乾さんは慌てて喰らうポイントをずらした。

だがそれでもコンクリートすら蹴り砕く威力の攻撃を受けたのだ、乾さんの体から一気に力が失せる。

 

「さっきのリョウとの喧嘩みてたが、両手が使えなきゃお得意の関節技も精度が低い。

 だから足で攪乱しようにもギプスが邪魔で僅かだが速度も下がってる。

 前と比べて見る影ないぞお前」

 

今ので失望したのか、マキさんはため息を吐く。

 

「もういいや、潰れちまえ」

 

まるで虫を踏み潰すかのように乾さんの右手を膝で砕こうとする瞬間

 

「そこまでよ、腰越」

「あぁ?」

 

不意の声でマキさんが動きを止めた。

声の主は先程まで沈黙を守っていた片瀬さんだ。

 

だがマキさんはそれが気に食わなかったのか、片瀬さんを睨みつける。

 

「おいおい、私はお前の敵を潰してやってんだぜ。何で止める必要がある?」

「梓は、私が落とし前をつけなきゃ気がすまないからよ」

 

そういって俺とリョウさんを順に見る。

肋骨を数本砕かれた俺と、急所を打ち抜かれて未だダメージが回復せず立ち上がれないリョウさん。

その姿は彼女から見ればどう映ったのか。

 

「少なくとも、私の仲間がこんな姿になったのに私が大人しくお前にその獲物を譲る理由はない」

 

その仲間には俺も含まれているのか。

片瀬さんの目を見れば再び彼女と目が合う。

それが余りにもおかしくて、俺達は互いに微笑んだ。

 

「・・・・・・つってもな」

 

今まで掴んでいた乾さんの手を離し、頭をガシガシとかく。

 

「今お前が手を出したところで遅すぎる。漁夫の利を狙いたいってわけじゃないだろ?」

「ええ、手負いの梓をヤキ入れしたところでまるで私の気は晴れない。

 それに組織に対するしまりもないわ」

 

だから、と言葉を続ける

 

「今日の所は引きなさい、腰越」

 

憮然とした態度でそう言った片瀬さん。

その態度を心底気にらないような顔をする。

 

「断る。私は誰の指図もうけない」

 

話は終わりだ、と再び視線を乾さんに移した。

だが片瀬さんはさせまいとマキさんに詰め寄り服を掴む。

 

「いい加減にしとけよ、お前も今日潰されたいか」

 

既にイラつきは限界値まできていたのか。

今にも巻き込まんとばかりに片瀬さんを威嚇する。

しかしそれでも彼女は一歩も引かない。

 

だが、これは拙い。

このままじゃあマキさんが乾さんや片瀬さんを壊してしまう。

 

「あ、う・・・・・・マキ、さん」

 

自分の想像より圧倒的に低いボリュームで声が出た。

これじゃあマキさんに届くのも怪しい。

だが、マキさんはそれでも俺の声を確認してくれたようで訝しげに俺に視線を送った。

 

「痛いんだろ、無理して喋るな。

 私はさっさとこいつ等を潰してお前を病院へ送りたいんだ」

 

そうだ、多分この現状はマキさんが俺を気にしての結果なんだろう。

だとするのなら、俺ならマキさんを止めれるかもしれない。

 

何とか、マキさんへ伝えたいことを口にしようとする。

だが想像以上に声が出ない。

痛みは大分慣れてきたとはいえ呼吸がままならない。

 

口を開こうとすれば痛みに襲われて、吸った空気が漏れる。

何故、今こんなに痛くて苦しいのにまだ無理をするのだろう。

そういった考えが自分の頭によぎる。

だがそれには既に答えがある。

 

苦しくてもここで伝えなければならない言葉がある。

 

「ごめん、マキさん」

 

ただ、謝った。

第三者から聞けば何に謝罪しているのかすらわからないだろう。

だが、今の言葉には意味がある。

 

あれほど気をつけろと言われたのに、それを聞かなかったこと。

危なくなった時に助けを呼べと言われたのにこんな様になるまでそれを求めなかったこと。

怪我をした俺のために振るう拳を今、止めて欲しいと願ったこと。

 

俺を心配してくれた彼女へ、俺は謝るしかない。

 

「・・・・・・わかってんじゃねえか」

 

その気持ちが届いたのか、マキさんは今までまとっていた空気を霧散させた。

つまりは引いてくれるというのだろう。

一度倒れている乾さんと敵意をむき出しにしている片瀬さんを見るが、もう興味を失ったように再び視線を外す。

そして俺の方へ振り向いて歩み寄る。

 

「無茶しやがって」

 

そうつぶやきながら俺の元へきてそのまま俺をお姫様抱っこの形で抱きかかえた。

少し恥ずかしいが、まさか病院へ連れて行ってくれる人に文句は言えない。

 

「やっぱ良いなぁ、お前」

 

そのまま俺を頬ずりしながらダッシュで拠点から飛び出す。

それは凄まじい勢いで、思い切り俺の体に衝撃が来るのだが不思議と痛くない。

 

まぁ何というか、マキさんのフロント部分には二つの高性能クッションがあるわけで。

 

「あの、マキさん」

「ん?」

 

どうやら本人は気づいていないようだ。

ならば紳士として指摘せねばなるまいて。

 

「その、あたってます」

 

何を、という顔をする。

だが俺が顔を赤くしているのを見て気がついたらしい。

 

「ダイなら許す」

 

ぶっきらぼうにそう言ってむしろ俺の顔に胸を押し付けてきた。

息が凄まじくしづらい代わりに幸せな感触といい香りが広がる。

 

愛さんに見られたら確実に殺される。

本当に今日は色々な意味でゾッとした一日だった。

 

 

 

 

 

 

「「・・・・・・」」

 

病院へ運ばれてそのまま俺は気絶するように眠った。

どうやらその日のうちに手術があったらしいが幸いか目が覚めることもなかった。

 

手術で使われた麻酔の効果も抜けてようやく目が覚めた時には俺は見覚えのない天井を最初に視界に入れた。

まあ単純に考えてここは病院だろう。

 

「「・・・・・・」」

 

目が覚めてまず俺がしたことは自分の体のコンディション。

未だ動けば結構な鈍痛があるものの、何もしてなかったら特に痛みはない。

 

そして次の確認が病室の把握である。

 

で、だ。

何で。

 

「何で長谷センパイがここにいるんっすか」

「俺の台詞だよ」

 

何で乾さんと同室なんだよ。

普通病院って同性の人としか相部屋ならないんじゃなかったか。

 

「乾さん、別に骨も折られなかったし入院する理由ないんじゃ」

「コンクリートぶち壊す人に蹴り入れられて痛くないで済むほどあずは人間やめてないっす」

 

そう言いながら隣のベッドに座っている乾さんは服を少し捲り上げる。

見ればそこには痛々しくもぐるぐる巻きにされた包帯が。

 

「内臓痛めたらしいっす。包帯とったら内出血で腹とかどす黒くなってますよ」

 

不貞腐れたように呟く。

ふむ。なるほど。

 

「自業自得だね」

「少しはオブラートに包んでくださいよぉ~」

 

知ったことではない。

 

互いにもう話すことはないのか、俺と彼女の間にあるカーテンを閉められた。

まあ俺自身も疑問はあるが彼女と話したいテンションではない。

時刻もまだ朝4時。

 

俺はもう眠いことはないが、乾さんはそうじゃないかもしれない。

 

「おやすみ」

 

正直乾さんのことは好きじゃない。

昔、愛さんに感じた『相性がわるい』とかそういう次元じゃない。

本当に単純明快に考えが合わないのだ。相性以前の問題である。

 

「・・・・・・おやすみっす」

 

だが、それでも彼女を嫌いには慣れない自分がいた。

 

 

 

 

 

余談だが、この悪意に満ちた部屋割りは片瀬さんの思惑だった。

どうやら俺がいればマキさんや愛さんのプレッシャーに押されて乾さんは悪いことできないし

俺で同室に乾さんがいれば彼女が何かした際に俺の方から片瀬さんに連絡する事になっているんだろう。

片瀬さんのその権力を使った手法には恐れ入った。

ただこれ間違いなく俺の感情は蔑ろにしてるよね。

 

 

 

 

 

 

 

辻堂愛は激怒した。

かの皆殺し腰越マキを問い詰めなければならないと決意した。

 

「何でアタシが1日留守にしてる間に大が入院するハメになってんだよ!」

 

家族旅行中、余りにも大が心配になった愛は残り2日あったはずの予定を全て無視して親を置いて先に帰った。

無論両親が愛の前でいちゃついてばかりでウザかったからというのもあるが。

何にせよ愛は湘南へ戻ったのだ。

 

戻ったのだが。

 

「仕方ねーだろ。いくら私でもリョウとあいつの喧嘩にダイが割り込むとは思ってなかったんだよ」

 

めんどくさいとばかりに言い訳するマキ。

だが許さんとばかりに目つきを鋭くしてマキに愛は詰め寄る。

 

「あいつって誰だよ!? つうかどこの病院だ! 今すぐ行く!」

「え~、お前、行くの?」

「彼女が彼氏に会いにいくのは当然だろうが!」

「そりゃそうだけど」

 

流石に約束やぶった負い目があるのか今日のマキはあまり愛に反論しない。

お土産も既にもらったあとだからというのもあるが。

 

 

 

 

 

 

「自分がいうのもなんですけど、骨を折った張本人と一緒の部屋に入院させられるってどんな気持ちっすか?」

「いいから自分のベッド戻ってよ」

 

今日目が覚めた時からやたら乾さんが張り付いてきて正直対応に困る。

まあ病院は余りにもすることがないっていうのが原因だと思う。

 

テレビを見るには受付で有料チケットを買わないと見ることができない。

更には俺も乾さんも別に読書趣味もあるわけじゃない。

有り体に言えばぶっちゃけ暇なのだ。

 

「何かセンパイ冷たくないっすか?」

「そりゃ骨へし折った張本人を暖かく迎えることはできないよ」

 

そもそも今俺が座っているベッドが実は乾さんのベッドだったりする。

しかし、どうやら俺が使っていたところが窓際で、自分のが壁際なのが気に入らなかったらしくゴネられた。

終いには色仕掛けまでしてくる始末だったので、交換は受け入れたが。

 

「ですよねー」

「じゃあ聞くなや」

 

マキさん、愛さん、片瀬さんとも明らかに違うタイプの彼女には少し辟易する。

この構ってほしがり症はどちらこと言うと姉ちゃんに近い。

 

「逆に聞くけどさ、片瀬さんにチクった俺と一緒の部屋になって不愉快じゃないの?」

「別にセンパイが来る前から恋奈様には気づかれてたっぽいしどうでもいいっす」

 

やけにあっさりだ。

根に持たれたかと思ったが。

 

「江乃死魔からも追い出されて、自分に恨み持った奴らに襲われる危険もあるのにこのコンディション

 更にはどうやら自分の通帳まで恋奈様には抑えられたし」

 

どうやら色々と今までの悪事の清算が回ってきているらしい。

 

「子飼いにしてた奴らも一人残らずいなくなった。

 流石のあずももう悪いこと出来ないっすよ」

 

そう言うものの彼女のいうことは今ひとつ信用できない。

 

「まぁ一応まだあずには江乃死魔を潰す手段もあるけど、それも皆殺しセンパイや恋奈様にはバレてるみたいだし」

「暴走王国ってグループかな?」

「やっぱり知ってたか」

 

はぁ、とため息をつく乾さん。

 

「そこのグループのスパイだったの乾さんって?」

「ん~、スパイでもないけどあながち間違いでもないっす・・・・・・」

 

これ以上は言いにくいことなのか、歯切れがわるい。

だったらこれ以上する話でもない。

早々に話を変える事にする。

 

「そろそろ愛さん来るみたいだけどどうする?」

「え゛っ?」

 

今日の朝、愛さんから電話があったので今回の顛末をそのまま話した。

それを聞いた愛さんは凄まじい激怒だった。

このあとを考えると気が重くなるばかりだ。

 

「それ早く言ってくださいよ!

 長谷センパイの骨へし折ったの自分なんだから辻堂センパイにあったらどんな目に合わされるか!」

 

慌てて俺のベッドから離れてカーテンを閉める乾さん。

どうやら着替えて出かけるみたいだ。

 

窓際で着替えているので逆光でカーテンに乾さんのシルエットが浮かぶ。

セクシーである。

 

だが、着替えている途中にふと乾さんの動きが止まる。

 

「・・・・・・ちっ」

 

そして聞こえる舌打ちの音。

影を見た感じ窓の外をみて何かに気づいたからのようだが。

 

しかし動きが止まったのは僅かな間だけで、再び彼女は動き出す。

すぐに着替えが終わり、勢いよくカーテンが開けられた。

 

「・・・・・・そんじゃ辻堂センパイが帰った頃に自分も戻るっす」

「う、うん」

 

少々険しい顔に俺は思わず怯む。

だが、そんな俺を乾さんは気づいたのか

 

「そんなに見られちゃ恥ずかしいっすよ~」

 

なんて軽口を言ってそのまま病室の出口へ歩く。

そのままノブに手をかけて出て行った。

 

 

 

 

 

 

「ん~。やっぱ長谷センパイは結構良いいなぁ」

 

病室から出て、目的地である場所へ歩きながら呟く。

さっきの自分が言いたくないことを察してわざとらしく話題を変えたことも良い判断だ。

 

何だろうか、長谷大の纏うお人好しな雰囲気も好みだし実際の性格もやはり好印象だ。

こう、甘えたくなる感じだ。

 

だからこそ先日のアレは酷かった。

実際自分は長谷大を傷つけるつもりはなかった。

彼に手を出すということはその彼女である辻堂愛は勿論、彼を贔屓している腰越マキにすら挑戦状を叩きつけるようなものだ。

自分はそんなつもりなど毛頭なかったし、これからもするつもりはなかった。

 

そりゃあ恋奈様にチクられた恨みはあるが、先ほど彼に言ったとおりどうせ近いうちに彼に関わらずバレていた事である。

 

とはいえ、その日の昼に彼に向かって本性を見せたのが痛い。

案の定長谷大は自分の事を明らかに好いていない。

毛嫌いこそしないものの余り自分と関わりたくはないようだ。

 

「結構あずは気に入ってるんっすけどねぇ~」

 

はぁ、とため息を吐く。

 

何だろうかこの感じ。

ため息を吐くものの今現在の自分は何か気分が軽い。

 

汚いことをして集めた金を失い、属していたグループを追い出され、その上ボコボコにされて左腕なんてまともに使えない。

そんな失うもののない現状だからこそ気分が良いのか。

 

なぜかはイマイチよくわからないが、まぁ今考えることは目の前の問題か。

 

病院から出て着替える際に目に映った路地裏に入る。

正確には目に映った路地裏というよりは路地裏に入った人間だが。

 

「おい、お前ら」

 

路地裏でたむろしている不良たちに声をかける。

だがこいつらは自分から声をかけずともしばらくしたらアッチからこちらへ押しかけてきただろう。

 

「おいおい、自分から来たのかよ」

「見てみろよあの腕、やっぱ噂は本当だったのか」

 

見たところ数は5人。

自分をみてニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる奴、警戒するように距離を置くやつ。

様々な反応だ。

何にせよ誰からも自分が危険だと思うような奴はいない。

 

「自分に何か用っすか?」

 

わかりきっている質問をする。

 

「言われなくとも分かってんだろうが!」

「この前のこと忘れたとは言わせねぇぞ!」

 

そんな事を言われても困る。

なんせ自分はこいつ等の顔を知らない。

一々今まで潰した奴のことなんて覚えてられない。

 

「サーセンっす、あんたら誰っすか?」

 

仕方ないので正直にいった。

そして当然の如くブチ切れる不良共。

まぁそりゃそうだ。

 

「どうせ今のあずになら勝てると思って待ち伏せしてたクチっしょ?

 いいよ、今日は暇だし相手してあげる」

 

左腕は使えない上に内臓まで痛めている。動くだけで体が軋むがこんな雑魚共に負ける可能性もない。

逃げるのも面倒な上に、病室まで押しかけられたら自分も長谷センパイもいい迷惑だ。

ここで潰しておくべきだろう。

 

 

 

 

 

「この馬鹿! 無茶するなっていつも言ってんのに!」

「言い訳のしようもないです」

 

愛さんはどうやらお怒りのようだった。

当然である。

彼女が旅行に行ったその日にここぞとばかりに厄介事に首突っ込んでそのまま病院送りだ、そりゃ怒るよ。

俺だって怒る。

 

病室に来た途端まずは俺に笑顔を見せて、その後俺の怪我を見るやいなや激昂。

今現在彼女を宥めることができず、右往左往していた。

 

「で、誰がお前にそんな怪我をする真似をした」

 

不意に真面目な顔をする愛さん。

というより番長の顔だ。

 

「えぇと・・・・・・誰だろうね?」

 

言えば間違いなく愛さんが直々に報復しにいくだろう。

流石に乾さんもマキさんに散々懲らしめられているし、これ以上は可哀想だ。

 

だがこのはぐらかすような答えに愛さんの眉がぴくりと上がる。

 

「もしかして脅されてるのか? 

 くそったれ、だったら尚更許せねぇ」

「いやいやそうではなくて」

 

どれだけ俺を贔屓目してくれるのだろう。

ちょっとムズ痒い。

 

「いやぁ、その人も今は散々な目にあった後だしもう良いんじゃないかな?

 俺も別にこの怪我のことは恨んでないし」

 

というよりこれはリョウさんを庇ってできた怪我だし、乾さんもわざわざ俺を狙ってのことではない。

 

「良くない、教えろ。今すぐにだ」

 

にべもない。

何故ここまで意地になっているのだろうか。

 

「よくも、よくもアタシの冬休みのラブラブプランを・・・・・・生かしてはおけねぇ」

 

どうやら旅行から早く帰ってきたのも俺とデートしたいからだったようだ。

愛されている実感に涙が出そうだ。

 

「別に俺も動けないわけじゃないし、外出許可もあるよ。

 だからデートなんて今日からでも行けるよ俺」

 

元気さをアピールするためにベッドから降りて立ち上がる。

スリッパを履いて直立した瞬間に、筆舌し難い痛みが襲った。

 

「む・・・・・・うぅ。ほら、ね?」

「ほらねじゃねぇよ。ダメダメじゃねえか」

 

流石に誤魔化しきれなかった。

顔は痛みで脂汗まみれだし、この調子だと表情も酷いものだったのだろう。

 

「わかったよ、そこまで言いたくないのならもう答えなくていいよ。

 だから無理せずベッドで横になってろ」

 

納得はできるはずもないだろう、少しすねた顔だが俺に休むことを命令する。

俺も想像以上に結構辛かったため素直にベッドに戻る。

ふう、と一息。

 

「隠し事してごめん」

「いいよ、恋奈か腰越あたりに聞けばあっさり言いそうだし」

 

だよねぇ。

片瀬さんは身内の恥だから言わないだろうけどマキさんなら普通に言いそうだ。

 

「でも、誰かわかった後でも暴力はやめてね。お願いだから」

 

本気でお願いする。

愛さんも俺が冗談で言っているわけではないと察してくれたのか、真面目な顔で目を合わせる。

そして僅かな逡巡を見せた後大きくため息を就く。

 

「わかったよ。大のお願いならアタシが断る事は無い」

 

いつか俺が言ったセリフだ。

 

「だけど、マジでもう無茶はするなよ。アタシが今どんな気持ちか分かってるだろ」

「うん、分かってる。もう絶対に愛さんに心配させるような事はしないから」

 

ちょっと目を離した隙に大怪我をしたのだ、そりゃもう心配で仕方ないのだろう。

俺だって一日間を空けただけでその間に愛さんが病院送りになってたら冷静でいられる自信がない。

 

 

 

 

 

 

「ふぅん。自分のこと庇うんだ」

 

少し早く帰りすぎた自分は取り敢えず病室に戻る前に扉に耳をつける。

そして案の定まだ辻堂先輩はいた。

 

しかし、どうしたものか。

長谷大ならば恋人の辻堂愛にあっさりばらしても仕方がないと思っていただけに驚いた。

 

「ん~、お人好しっすねぇ」

 

どうしてあれ程彼と相容れないような会話をしたり、喧嘩に巻き込んで骨折させた自分を責めないのか。

長谷大ならば自分に辻堂愛や腰越マキをけしかける事なんてわけない。

だから自分は彼の敵意を薄れさせるためにひたすら今日は誑かしていたのだけど。

 

どうやら自分は長谷大のお人好しっぷりを侮っていたようだ。

 

嫌いじゃ無かった。

 

何時までもここにいるわけにはいかない。

恐らくそろそろ辻堂愛も帰るだろう、その時に自分がここにいたんじゃ出てきた彼女と鉢合わせするだろう。

それは流石に不自然だし、拙い。

さっさと退散することにした。

 

そうだ、さっきの奴らから奪った金で長谷先輩に何かお土産でも買おうか。

少しワクワクしたもの感じながら足は商店街のほうへ向かった。

 

 

 

 

 

 

「やああぁぁぁだあああぁぁぁぁ! アタシ今日は大とずっと一緒にいる!」

「聞き分けのないこと言ってんじゃないわよ辻堂さん!」

 

時すでに面会終了時間。

途中姉ちゃんも見舞いに来てくれて三人で仲良く談笑していたのだが。

面会終了時間を過ぎても帰らないどころか止まる宣言した愛さんを姉ちゃんが引っ張る。

 

「そりゃ私だってヒロのお世話は一日中してあげたいわよ!

 下の世話だってやってあげる覚悟はあるわ!」

「いや、そんな事絶対に頼まないし」

「だけど諦める。お姉ちゃんは社会のルールを厳守するお姉ちゃんなの!」

 

当たり前の事だろう。

何言ってんのこの姉。

 

「うっさい! アタシは彼女だ! そんなルール知るか!」

「このクソガキ・・・・・・いい加減にしなさい!」

 

問答無用で愛さんの首根っこを掴む姉ちゃん。

珍しく聞き分けのない愛さんに俺は微笑ましい気持ちになるが、病院の規則を破ってるのは良くない。

心を鬼にして愛さんを今日のところは突き放すしかあるまい。

 

「愛さん、俺も一日と言わず死ぬまで一緒にいたいけど、今日の所は・・・・・・ね?」

「大・・・・・・うん、わかった」

 

俺の精一杯の突き放しが通じたのか、愛さんも素直に頷いてくれた。

 

「ね、ねえヒロ?」

「ん? どうしたの姉ちゃん」

「私にも今みたいなこと言って欲しいなって」

 

ふむ。

 

「姉ちゃん、ちゃんと帰ったら歯を磨いて寝るんだよ」

「くそったれーーーーーーーー!」

 

何故か号泣しながらダッシュで病室から走り去る姉ちゃん。

勿論愛さんを忘れることなく片手で引きずっていった。

 

そしてそれから数分後、入れ替わるように乾さんが帰ってくる。

 

「お帰りんこ」

「ただいまん・・・・・・何言わせるんっすか。ていうか、どんだけあの二人いすわってるんっすか」

 

結構待ったらしい、疲れた顔でそのまま自分のベッドに荷物をおいてそのまま俺のベッドに座る。

・・・・・・何で俺のベッドに座る。

 

「廊下まで辻堂先輩の声聞こえてたっすよ。明日婦長さんに怒られないといいですけどね」

 

ここの婦長さんはやたら説教臭い。

乾さんの言ったことを想像して明日が怖くなってきた。

 

 

「買い物してきたんだね」

「はい。見てくださいよこのパジャマ、可愛くないっすか?」

 

そういって自分のベッドの袋を漁って中からセンスのいいパジャマが出てくる。

まあ入院中は外出する時以外パジャマや患者着しか着ないし、だからこそパジャマを買ってきたのだろう。

 

「女の子の服のことはよく知らないけど、それは乾さんによく似合いそうだね」

 

当たり障りのない回答をする。

 

「そ、そっすか? と、当然っすよー・・・・・・」

 

何か引っかかる反応が帰ってきた。

何故か乾さんは困ったように俯いて頬をポリポリとかく。

どうも落ち着きがない感じだ。

 

少し空気が気まずくなってきた。

とはいえ俺から彼女に対して話すような話題はないし、黙って彼女が何か言うまで待つしかないのだが。

 

「それより長谷センパイ、何かお腹すいてないっすか!?」

 

急に話が変わって少し思考する。

晩飯なら先刻病院食を食べたばかりだが、さらに言えば愛さんと姉ちゃんの持ってきた弁当も食べて腹が痛い。

 

「空いているといえば、空いてるかな・・・・・・」

 

こういう時は何か食べて欲しいものがあるのだろう。

取り敢えず嘘を言ってみた。

別になかったらなかったらでそれはそれでいい。

 

なんて希望的考えはあっさり打ち砕かれ、俺の言葉に乾さんはすぐ反応して再びベッドの上で荷物を漁り出した。

 

「じゃーん。これ、食べませんか?」

「それは、メロン?」

「イグザクトリーっす」

 

でっかいメロンがやたら大きかったビニール袋から出てきた。

何やら目を凝らすと派手なラベルも貼られている。

あれもしかしたらやたら高価なものなのかも。

 

「いや、俺はいいよ」

「な、なぜに!?」

 

いや、だって流石にそんなお高いものは頂けない。

それにお腹もいっぱいだし。

 

「食べてくださいよ~、こんな大きなの流石にあず一人じゃ食べきれないっすよ」

「ん~、仕方ないね」

 

そう言って彼女の持つメロンを預かって簡易的に備え付けられた手洗い場へ向かう。

相変わらず胸は痛いけれど我慢は出来るレベルだ。

無論大きい動きをすると洒落にならない痛みがあるけど。

 

取り敢えず包丁で均等に切り分け、皿に並べてラップをかける。

 

「ほら、食べなよ。余った分はまた明日でも食べればいいし」

 

1日2日で食べきれる量ではなさそうだけど、まあ持つだろう。

冷蔵庫もあるし。

 

「そうじゃなくて、先輩にも食べて欲しいんすよ!」

 

やけに食い下がるな。

 

「俺はいいって」

 

手を洗って洗った包丁を拭ったあとベッドに戻る。

そしてメロンを乗せた皿を乾さんに渡すと、乾さんの反応が無かった。

どうしたのかと伺うと、

 

「・・・・・・やっぱり」

 

沈んだような顔をしていた。

 

「気づいてるんすよね。他の不良から巻き上げた金で買ったって」

「は?」

 

え、いや。

もしかしてこれさっき乾さんが外出した際に他のヤンキー襲って手に入れた金で買ったものなのか?

 

「そうだったのか」

「え。あれ?」

 

だとしたら

 

「だったら尚更俺はこれを食べられない」

 

早く受け取るように押し付ける。

申し訳ないがそんなお金で買ったものは俺には必要ない。

 

「気づいてなかったんですか?」

「ああ、今君が言って始めて知った」

「あちゃー・・・・・・」

 

先走ったかとボヤく乾さん。

 

「俺はカツアゲなんて大嫌いだし、そういう方法で手に入れた金やそれで買ったものなんていらないよ。

 さっきも言ったけどやっぱりこのメロンは乾さん一人で食べて」

 

それだけ言って自分のベッドからこちらをみる乾さんに背を向けて横になる。

自分でも驚くぐらいに今の自分は不機嫌な顔をしているだろう。

とても人に見せられるものじゃない。

 

「怒ってます?」

「少なくともいい気はしてないね」

 

もともと彼女はそういう人種なのだ。

今更俺が言ったところでカツアゲをする事をやめないだろうし、俺ももう止める気はない。

勿論俺の知り合いが彼女の被害にあれば絶対に許さないけれど。

 

ただ、もう彼女に歩み寄る事は諦めている。

 

「実はこれ自分がちゃんとバイトしたお金で買ったやつ・・・・・・なんて今更通じるわけもないっすよね」

 

明らかに落ち込んだような声だ。

少し露骨に態度に出しすぎたかと後悔する。

 

「もういいよ。それじゃああず一人で食べますよ」

 

ラップを開いてスプーンでひと切れ救って食べる。

そのままモグモグと咀嚼するような音が静かな病室に響く。

 

「・・・・・・い、今食べたいと正直に言ったら分けてあげなくも」

「いりません」

「ですよね~、うぅ」

 

更に落ち込んだテンションになる。

 

「じゃあどうしろってんですか!? どうやったら食べてくれるんっすか!」

「逆ギレ!?」

 

いきなり逆上した彼女が俺のベッドにのしかかる。

 

そして目を合わせるために俺の頭をがしっと掴み、顔を合わせた。

突然の事に慌てるも、取り敢えず彼女の問には答える。

 

「そんな人のお金で買ったものは俺には必要のないものだよ。

 そりゃ乾さんの自分のお金で買ったものなら喜んでいただくけど」

「ぬ、ぐぬぬ・・・・・・」

 

悔しそうに唸る。

何故か彼女がそこまで引っかかるのか知らないが俺は常識的なことを言っているはずだ。

そして彼女自身もそれを理解しているから言い返せない。

 

「汚いお金で買ったものには心がないものだよ。俺はそんなのは好きじゃない」

 

勿論ただ欲しいという欲求を満たすだけなら金の質なんてどうだっていいだろう。

だけど俺はそうじゃない。

なるほど、ここでも俺と乾さんの違いは目に付いた。

彼女は単純に金や物が欲しくて、俺は欲しいものに意味や価値を求めている

 

「もういいかな? それじゃあもう俺は寝るね。お休み」

 

そしてどちらとも喋ることはなくなり、暖房の音だけが部屋に響く。

それが何分続いただろう。

 

俺が半ば眠りについた頃、乾さんの独り言のような声が聞こえた。

 

「・・・・・・どうせこれ以上失うものもないし、悪い事はもうやめ時っすかねぇ」

 

彼女の真剣な声がほぼ眠りに落ちた頭でもやけに透き通って聞こえた。

 


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