辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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4話:青春な奴ら

「遅いな、片瀬さん」

 

江ノ島へ続く橋の最中に立ち、安物の腕時計を見れば時刻は14時を二十分過ぎていた。

確か約束の待ち合わせ時間は14時丁度のはずだけど。

 

メールを送ろうかと携帯電話を開ければ彼女のアドレスを知らないことに気づく。

ふと一瞬自分は待ち合わせ時間や場所を間違えたのではないかと薄ら寒いものを感じ始める。

 

どうしたものかと首を捻っていると不意に後ろに気配を感じて振り返る。

そこには複雑な顔をしてこっちを睨む片瀬さんがいた。

 

「待たせて悪かったわね」

「いや、今来たところだよ」

 

テンプレートな会話をし、それじゃあ行こうかと本日二度目の江ノ島へ向かった。

 

俺は今日午前中に彼女の拠点へ押しかけ何とか協力させてもらえるようになった。

そのリストをみて気になった事をまさかメンバーの前で相談することもできず、こうして時間を空けてプライベートな時間で聞くことにした。

 

誘った時に片瀬さんがやたら慌てていた気がするがなんだったんだろう。

 

「言えない・・・・・・実は先に来てたのに声をかけれず隠れてたなんて」

 

先に進んでいると横に彼女の姿がない。

振り向いてみると彼女は合流地点から動いていなかった。

 

「どうしたの、忘れ物?」

 

何か俯いてブツブツいっている彼女に若干戸惑いながら声をかけるが片瀬さんはこちらをギロリと睨んだ。

 

「な、なんですか?」

「何でもない。行くわよ」

 

早足で俺の隣まで来た片瀬さんはそのまま俺を通り過ぎて行った。

どうやら今回は彼女が先導してくれるみたいだ。

といっても落ち着いて会話できる場所を目指しているだけだが。

 

そういえば。

 

「片瀬さん片瀬さん」

 

俺の声掛けにイラついたように片瀬さんは反応する。

 

「うっさいわね。一回呼べばわかるわよ」

 

怖いなぁ。

何か俺悪いことしたっけ。

 

「その服オシャレだね。凄く似合ってる」

「う、うっさい! さっさと足を動かせ!」

 

服装を見れば時々街中で出会う片瀬さんのお気に入りらしい服装ではなく、今日は見たことのない物だった。

どちらかというと今日の方が高そうな服に見える。

女の子の服のことはよく知らないけど。

 

「で、どこに行くのかな」

「江ノ島に居たんじゃ誰に聞かれるかもわからないんだから商店街の方いくのよ」

 

そう言ってからこちらから視線を外して再び進んでいく片瀬さん。

 

「ちょっと待ってよ。そんなに早く歩くと疲れるし―――――」

「あいた!」

 

言わんこっちゃない。

慣れない大股歩きをした彼女は盛大に自分の足が引っかかって転ぶ。

頭から行ったけど幸い顔は腕でガードしてた。

 

「く、うぅ・・・・・・いったぁ・・・・・・」

 

そりゃ痛いだろう。コンクリートの上にモロにコケたんだ。

しかも今は冬、風の冷たさが痛みを更に強調する。

片瀬さんはこけた姿勢のまま少しプルプルしていたが

 

「痛くない!」

 

相変わらずのタフさであっさり立ち上がった。

 

「痛くないわけないでしょうに」

 

ため息を吐きつつ彼女の前にたつ。

そしてそのままどこか怪我をしていないか目で確認する。

 

「ほら、少し肘すりむいてる。ちょっとそこのベンチに座って」

「痛くないんだからいいでしょうが、ウザったいわね」

「なんて憎たらしい事を言う口なんでしょうこの子は」

 

少しすりむいた程度なら良いんだが、血も出てる。

これじゃあ綺麗な服を汚すし、何より女性の肌に傷跡を残しかねない。

 

痛くない程度に彼女の手を引っ張ってベンチまで無理やり連れて行く。

抵抗するものかと思ったが、意外にも彼女はそれに素直に従ってくれた。

 

リュックから応急セットを取り出す。

 

「なんでそんなもの常備してんのよ」

「俺の彼女が喧嘩していつ怪我するかわからないからだよ」

 

もっとも、前の我那覇さんの件やマキさん関係以外で愛さんが怪我をしたところなんて見たことはないが。

何にせよ持っておいて損することはない。

 

「へ~、アンタって裁縫もするんだ。主婦みたい」

「人のカバンの中をチェクするのは淑女の行いとは言えません」

「た、たまたま見えたのよ!」

 

中に一緒に入れてたソーイングセットも見られたらしい。

見られて困るものじゃないから別にいいけど。

 

「ほら、腕見せて」

 

そう言うと片瀬さんは少し嫌そうな顔で長袖を捲る。

そこで俺は絶句した。

 

「片瀬さんってさ、ドラゴンの血とか飲んでないよね?」

「レディに失礼だろうが!」

 

見れば怪我なんてどこにもなかった。

あれ~、おっかしいな。さっきまで肘からポタポタ血が滴っていたのに。

 

「まあ取り敢えず傷があったであろうところを消毒だけでもしておくよ」

「勝手にしなさいよ」

 

ブスっとした顔で腕を差し出す片瀬さん。

俺はそれを受け取ってアルコール綿で傷口のあったところや、血で汚れている肌を拭く。

 

「アルコールは周りの熱を奪って揮発する瞬間に一番消毒効果があるから冬にはきつい消毒薬だよねー」

「だったらさっさと済ませなさいよ。実際に寒いんだけど」

 

こりゃ失礼とささっと済ませて道具をしまう。

それを確認した片瀬さんは特に何を言うこともなく再び袖をおろし立ち上がった。

 

「一応礼は言うわ。アリガト」

「どういたしまして」

 

ぶっきらぼうな礼だけど心はこもっている気がした。

片瀬さんらしい感謝のしかただ。

 

「それじゃあ行こうか」

 

俺はそう言って彼女の手を掴む。

 

「ななな何しやがる!?」

 

それに拒否反応を示すように抗議する片瀬さん。

 

「いや、またこけちゃいけないし」

「私はガキか!?」

「いいから行くよ」

「引っ張るなー!」

 

 

 

 

そんな若い二人を遠くから見つめる二人の影があった。

 

「イチャイチャしやがってイチャイチャしやがってイチャイチャしやがって」

 

結構な距離を二人から空けたところには喧嘩狼、辻堂愛の姿があった。

普段通りのラフな格好ではあるが探偵気分を出すためか似合わないサングラスまでつけている。

 

「何で私まで」

 

その嫉妬に狂った愛の横には困り果てた顔でよい子がため息を吐いていた。

 

「あの、辻堂さん? 私これからお母さんの仕事の手伝いもあるし」

「あぁぁ! 大が恋奈の手を握った! 畜生この野郎!」

「聞いていない。辻堂ってこんなキャラだっけか」

 

先日マキに襲われて痛めた首筋をさすりならよい子はヤレヤレと首を振った。

 

「辻堂・・・・・・さん、そんなに殺気を出してたら感づかれるぞ・・・・・・じゃなくて気づかれるわよ?」

「殺気! 出さずにはいられない!」

 

蛇口全開にしたように彼女の周りには殺意の波動が充満していた。

周りを通った人間は片っ端から得体のしれない命の危険を察知してその場から離れるし

彼女の上を通った鳥は即座に気絶して空から地面へ落下しまくる。

 

「あらあら」

 

よい子もこれには笑いを隠せず両手を合わせて軽く笑ってしまう。

言い換えればもう笑ってないとやってられない状況でもあるからだ。

 

見れば先には若々しくデートをしてるように見える大と恋奈

その後ろをついていく血涙を流しながら殺意の波動を垂れ流す愛。

そして彼女が通った先は気絶した鳥の落下場。

 

あまりにも混沌とした風景によい子はもうヤケになりつつあった。

 

「何で俺がこんなこと。でもヒロ君が恋奈と辻堂の修羅場巻き込まれちゃいけないし」

 

何だかんだで恋奈のように身内に異常に甘いよい子であった。

 

ちなみによい子が巻き込まれた経緯はこんなんである。

 

『あら辻堂さん。ヒロ君なら今日は江ノ島へ行くって言ってたから家にはいないと思うわよ』

『ごちゃごちゃ言わずに付いて来やがれ!』

『ちょ、どこへ!?』

 

余談だがよい子さんを捕まえた理由は単純につけていたことをバレた時の言い訳要因である。

大はよい子の言葉なら無条件で信用するため、彼女と一緒に行動するだけでリスクが激減する。

恋する愛のパワーは真っ直ぐだが方向性はワケがわからない所に向いているのだ。

 

まぁ実際のところ例え愛が一人で見つかったとしても大は笑って済ませるのだが。

少し空回っているあたりが辻堂愛らしかった。

 

「あんなに大が優しくしてやってんのに何だ恋奈のあの態度!

 くそ、やっぱり今から乱入して台無しにしてやろうか・・・・・・」

「ガキかお前は」

 

既にバグっている愛も愛だが最早性格が安定していないよい子も大概だった。

 

 

 

 

 

 

 

結局いつも行っている喫茶店で俺達は腰を降ろすことにした。

注文するメニューもやはりいつも通り。

 

俺も片瀬さんもコーヒーとサンドイッチなどの軽食だ。

 

「あの~、片瀬さん?」

「・・・・・・」

 

気まずい。

どういうわけか知らないが手を繋いだ所から片瀬さんが全然喋らなくなった。

声をかけようがどうしようが無反応。

時折後ろを気にするように振り向くくらいでそれ以外にアクションがない。

 

「め、メリーゴーランドってあるよね?

 あれって実はmerry go roundの略、つまりメリーゴーラウンドっていうのが本来の呼び方なんだよ?」

 

なんて、さっきからどうでもいい豆意識とかギャグを言っているのだが。

 

「どうでもいいわ」

 

つれない。

 

「お客様、お待たせしました」

「ありがとうございます」

 

片瀬さんのご機嫌取りに右往左往していると店員さんが注文した品を持ってきた。

手馴れた手つきで品物をテーブルに並べ、あっさりとした、けれど丁寧なお辞儀をしてその場を去る。

こういう何気ない動作だけでも店のレベルというのは測れるものだ。

 

などと偉そうな事を思いつつ、出されたコーヒーをブラックのまま俺と片瀬さんは口に付けた。

 

うん。こんなもんだろうな。

別に喫茶店というがコーヒー専門店というわけでもない。

特に不味くも美味くもない平均的な店のコーヒーだ。

 

「・・・・・・苦い、不味い」

 

悲しいことに片瀬さんには合わなかったらしい。

 

「別に俺に合わせてブラックで飲まなくていいから砂糖とミルク入れなよ」

「うっさいわね」

 

そう言いながら適量に味を変えて片瀬さんはもう一度コーヒーを飲むがやはり美味しくはないようだ。

もともとコーヒー党でもないのなら別のメニューにすればよかったのに。

 

「コーヒーは嫌い?」

「別に、嫌いでも好きでもないわ」

 

実に日本人的な回答である。

だがなんとか会話になるようになってきた。

 

「じゃあさ、今度ウチに来ない?」

「なんでそうなるのよ」

「自宅でコーヒーを豆から淹れられる環境作ってるんだ。味はちょっと自信あるよ」

「・・・・・・なんでドヤ顔なのよ」

 

また俺は変な顔をしていたらしい。

どうにもコーヒーを淹れてる時も変な顔してるらしいが語ってる時もとうとうこの悪癖が現れ始めたか。

少し気を付けようなどと反省していると

 

後ろから何か凄まじい殺気に襲われた。

 

「うおおおおお!? な、何だ!?」

 

振り向いても特になにもない。

数人の客がいるだけだ。

 

「辻堂の奴、気づかれてないと思ってるのかしら。バレバレだっつの・・・・・・」

 

何やら片瀬さんがムスっとした顔で何か呟いていたがよく聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

「何ナチュラルに家に誘ってんだよ大の馬鹿っ

 既に腰越だけで手一杯なのに余計なことを!」

「あらあら、ヒロ君らしいわね~」

 

二人の死角になるテーブルには愛とよい子が座っていた。

幸い二人のテーブルから距離は殆ど空いてなく、同時に店内はそれほど騒がしくないため耳をすませば大たちの声は普通に聞こえるのだ。

 

愛はギリギリとマグカップを握り締めながら歯噛みをする。

それを面白がりながらよい子は暖かいグリーンティーを飲む。

 

「まっず。やっぱ大のが一番だな」

「店内でそういうことはいわないの」

 

失言を漏らす愛をたしなめるよい子。

まさにやんちゃな妹としっかりした姉の様子だ。

 

 

 

 

 

コーヒーを半分ほど飲んで歩いた分の体力も回復した頃、ようやく俺達は本題に入ることにした。

 

「ひとつだけ、質問いいかな」

 

とは言っても聞くことは正直一つだけだ。

 

「乾さん、今どうしてるの?」

 

既に片瀬さんは誰が首謀者か特定している。

無論確証がないから今まで踏み出せなかったのだろうけど。

 

片瀬さんは肩肘をついて窓の外を見る。

言おうか迷っているのだろう。

だがそれも数秒だけの事だった。

 

「長谷大。私は本当にアンタを信用していいのかしら?」

 

最後の確認をするように片瀬さんはこちらを見る。

本当に江乃死魔の問題に踏み入る覚悟があるのか。

そして本当に自分を裏切らないのか。

 

なるほど、この確認は俺に対して安全を心配したものか。

これに頷けば俺は恐らく俺の身に危険が迫るかもしれないのだろう。

だからここで引き返す選択肢を片瀬さんは俺に与えた。

 

鈍ければそれすら気づかなかっただろうけど俺はなんとか気づけた。

 

だが、それは無用な心配だ。

 

「ああ。絶対に片瀬さんを裏切らないよ」

 

胸を張って答える。

その選択に迷いはない。無論得体のしれないものを敵に回す恐怖心はある。

けれどそれ以上に自分の心には何があっても折れない覚悟があった。

 

その答えを聞いた片瀬さんはクスっと笑う。

今日初めて見せてくれた笑顔だ。

 

「そう。馬鹿ね、わざわざ危険なことにばかり首突っ込んで」

「そんな性格だから愛さんと付き合えるようになったんだ」

「この雰囲気でノロケ混ぜてくんなや」

 

ようやく俺達らしいノリになってきた。

 

「それで、梓の事だったかしら」

 

話してくれるらしい。

俺は余計なことを言わず頷く。

 

「梓は腰越にやられてティアラと一緒に入院中よ」

 

何と。確かに今日江乃死魔行った時に姿は見えなかったから心当たりはあったんだが。

だが毎回愛さんやマキさんと戦う状況になったら真っ先に逃げて、しかも逃げ切る彼女がやられたのは意外だった。

 

「ちなみに怪我の程度は?」

「左腕の骨折と軽い打ち身」

 

以前、夏のテスト週間の頃に久美さんと帰っていた際、一度若干本気になった乾さんに襲われたことがあった。

その実力は手刀でぶっとい木材をまるで紙切れのように叩き切るレベルだ。

だけどあれでもまだ全然本気を出してなかったんだと俺は思う。

 

その底知れない強さに俺は引っかかっていた。

 

けど俺が気になっていた所はこれでおしまいだ。

後は自分の足で情報を集めることにする。

 

その日、別れる時間になるまで俺達はあえて江乃死魔の話をせず他愛ない日常的な会話を楽しんだ。

俺はその間の時間はとても楽しかったし、片瀬さんも心から笑ってたと思う。

 

 

 

 

そして片瀬さんを現在宿泊しているらしい江ノ島のホテル前へ送り届け別れるとき

彼女は背を向ける俺を呼び止めた。

 

「長谷、アンタ何でそんなに私に関わるわけ?」

 

ずっと引っかかっていた疑問なんだろう。

似たような質問は既に今日の朝にもされた。

けれど、それでも納得がいってなかったのだろう。

 

「何でだろうね」

「・・・・・・はぁ?」

 

今年の夏からの付き合いだ。

時間としては短いのかもしれないけど、それでもその短い時間の中で彼女の人となりは理解している。

身内に甘くて、見栄っ張りで、根性がある女の子。

もちろんヤンキーをやってて権力を傘にして悪どい事もするけど、そのマイナス面を帳消しにするほど彼女の性格を俺は気に入っていた。

 

「俺は片瀬さんみたいな人は好きだ。だから力になりたいだけ?」

「いや、疑問形で言われても」

 

いまいちしっくり来る言葉が見つからない。

片瀬さんも満足できた答えじゃなかったらしく渋い顔だ。

 

「まあ良いわ。今日でアンタの性格は完全に理解できた」

 

そう言って俺の目の前に立つ。

 

「私は長谷の事嫌いだけどね」

「そう、残念」

 

互いに笑い合う。

 

「私にビビらないし、憎たらしいし。何より気持ち悪いくらい偽善者だし」

 

酷い言いようだ。

 

「でも、何で辻堂がアンタを好きになったのかはようやくわかった。

 悔しいけど辻堂の目は確かだったのかもね」

 

愛さんを褒められるのはこの上なく俺にとって嬉しい事だ。

思わず目の前にいる片瀬さんの頭を撫でてしまう。

 

「馴れ馴れしいっつの」

 

撫でる手はあっさり取り除かれたが、別段彼女は不快に思っていなかったようだ。

 

「それじゃあ今日はこれまでね」

 

そう言って片瀬さんは俺に背を向けた。

どうやら今日はこれまでのようだ。

時間も既に19時を切っている。

 

「またね、片瀬さん」

 

返事は無い。

仕方ないかと笑い、俺もその場をあとにしようとする。

 

「今日は色々な意味で嬉しかった、ありがとう長谷」

 

驚いて振り向くと片瀬さんはこちらを向いていた。

 

「じゃあね!」

 

だが俺が振り向いて目があった途端に片瀬さんは顔を真っ赤にして一気にホテルの中へ走り去ってしまった。

・・・・・・可愛いと思ってしまったことは愛さんには内緒にしておかねば。

 

 

 

 

 

 

住み慣れた我が家に帰るとそこは地獄だった。

いや。風景はいつもと変わらない。

別に物が壊されていたり、人が倒れているわけでもない。

ただ、恐ろしい殺意が充満していた。

 

発生源はどこだと考えるが、直様気づく。

これ、俺の部屋だ。

 

今日はリビングで寝ようかなと思ったが、放置してしまうと更に悲惨な事態をおびき出しかねない。

諦めて階段を上がり、自分の部屋に入る。

 

「おかえり、大」

「・・・・・・」

 

帰って自室に入ったら愛する彼女がいた。

それだけ見れば最高のシチュエーションなのに全く嬉しくなかった。

 

小便ちびりそう。

 

「どうだった、今日のデート。楽しかった?」

 

何も答えられない。

正確にはデートではなく片瀬さんと二人で楽しくお茶しただけなんだが。

あ、デートだわこれ。

 

「ごめんなさい」

 

余計なことは言わずただ謝る。

もちろん立ったままなんて恐れ多い事はしない。

できる限り伏せて、更に人体におけるもっとも重要な頭部は直接地につける誠意を見せる。

なるほど、土下座とはこうも謝罪を表す表現として完成された行為だったというわけだ。

 

「・・・・・・」

 

愛さんは俺のこの近代稀に見る美しさの土下座を見ても何も言わない。

 

ふと、足音が俺の方へ向かっている。

前は見えないから愛さんがどんな顔をしているのかはわからない。

このまま踏み潰されるのかと考えるが。

 

「大、起きろ」

「うん」

 

俺の両肩を持って愛さんが起き上がらせた。

 

そこでようやく見れた愛さんの顔は

 

「アタシを抱きしめろ、出来る限り情熱的にだ」

 

俺の良心を酷く傷つけるに足りる物だった。

 

できる限り俺の愛情が伝わるように強く。

けれど愛さんが痛がらないように加減して抱きしめた。

 

愛さんは俺に腕を巻きつけて首筋に顔を押し付ける。

愛さんの髪のくすぐったさに俺は少しこそばゆい気持ちになるが、それでも愛さんを抱きしめ続けた。

 

それを数分続けた後、

 

「あむ」

 

何の前触れもなく凄まじい激痛が俺を襲った。

 

「痛い!」

 

慌てて愛さんを引き剥がす。

痛みの発生源は俺の首筋。

つまりさっきまで愛さんが顔をつけていたところだ。

 

っていうか何が起きたのかなんて考えるまでもない。

ガブリと結構な力で噛まれたのだ。なんでや。

 

疑問を浮かべた顔で愛さんを見ると、してやったりみたいな顔をしている。

 

「大。アタシは大には何か足りない物が一つあると常に疑問に感じていたんだ」

 

胸を張って語りだす愛さん。

 

「速さ? それなら既に乾さんに言われた後だけど」

「話のコシ折るなよなー」

 

これは失敬と首をすくめる。

 

愛さんは仕切り直すようにコホンと咳払いをするともう一度胸を張る。

 

「大に足りない物、それは私の所有権をアピールするものだ!」

 

だから俺の首筋に歯型をつけたのだろうか。

現在の痛みを鑑みるに歯型どころか肉を噛みちぎられたかのような痛みだったんだが。

 

首筋をさするとニチャっとしたような僅かに粘性のある液体の感触が。

出とるがな、血。

 

「・・・・・・やりすぎた、ごめん」

「あ、いえ。俺の方こそすいませんでした」

 

互いに謝罪。

一応片瀬さんとの事で愛さんを寂しい思いさせたのは事実だ。

その事には本気で申し訳ない。

 

取り敢えず首筋の血を拭ってもう一度愛さんを俺の方から抱きしめた。

愛さんもそれに抵抗はせず、抱きしめ返してくれた。

 

「ごめんね愛さん」

「寂しかったんだぞ、馬鹿大」

 

まるで子供のような事を言う愛さんに暖かい気持ちが沸く。

 

「アタシだけを見て欲しいって前言っただろ」

「うん」

 

俺達が一度喧嘩別れをする時に言った言葉だ。よく覚えてる。

 

「あんな我侭を真面目に受け止めろとは言わない。

 けど、それでもアレは本気だったんだぞ」

 

あの時の愛さんは今までの冷静な態度を完全に捨てて生の言葉を吐いた。

けれどあの時の返事を俺は未だに返していなかった。

 

丁度いいかもしれない。だったら今ここで返事をしよう。

 

「俺はね、愛さん。

 正直そのお願いは聞けない」

 

無理だ。

愛さんが自分の喧嘩好きを変えれなかったように俺はこの性格を変えれない。

今回みたく片瀬さんを見てしまう事だって今後あるだろう。

 

「でも、どんな事があっても俺は愛さんの味方だし。

 何よりいつか近い将来に愛さんと結婚したいと思ってる」

 

俺の一生は愛さんと共に有りたい。

愛さんのいない将来なんて想像できないししたくもない。

愛さんもそうであって欲しいと思うのはエゴかもしれないけど、そう思うほど俺は愛さんに心底惚れ込んでいる。

 

「こんな所で結婚の約束かよ」

 

そういって愛さんはクスリと笑う。

 

「ムードもあったもんじゃなかったね」

 

本心だったが、少し気が早すぎた言葉だったかもしれない。

言ったあとに恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。

 

これは恥ずかしい。

 

「アタシもちゃんと返事しないとな」

 

何を? と愛さんを見ると優しく笑いながら愛さんはこちらを真っ直ぐ見ていた。

 

「そういつか遠くない将来、こんな私でよければ結婚してください」

 

そういって俺と同じように顔を真っ赤にする愛さん。

今夜は互いに恥ずかしさを分けあって、互いに将来を決めた夜だった。

 

 


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