辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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36話:ワンデイ!

「ゆうべはおたのしみでしたね」

「・・・・・・えぇと」

「ゆうべはおたのしみでしたね」

「あ、あの」

「おいやめろ梓、長谷先生は今完全に思考停止してるから何言っても無駄だ」

 

長谷センパイと精神的にも肉体的にも結ばれてから一日が経過。

行為のあった翌日に自分と辻堂センパイは再び長谷家にお邪魔した。

 

だが長谷センパイとの約束をしていなかったのが失敗だった。

どうにも長谷センパイは外出中だったらしく、帰るのも遅いらしい。

家についてからお姉さんに長谷センパイがいない事を知らされ、しぶしぶ帰ろうかとなった所で呼び止められた。

 

というより家に引きずり込まれた。

自分だけでなく辻堂センパイもである。

 

「何が無駄じゃ小娘ぇ! 私は冷静そのものじゃろうがいッッ!」

「そうですねー、長谷先生マジ冷静っすねー」

 

適当に宥める。

ずっとこんな調子である。

 

包み隠さず、正直に言えばこうである。

 

長谷センパイとセックスした事がバレてた。

 

そりゃそうだ。

その、昨日は初めてだったためちょっと声が出過ぎた。

長谷センパイもあずを痛がらせないように頑張ってくれたので凄い長谷センパイのが入る前の行為が凄かった。

あと・・・・・・その、凄く気持ちよかった。

 

だから味をしめた訳じゃないけど今日もしたいなぁと思ってきたのだけれど。

 

「あ、自分ちょっと用事思い出したんでそろそろ帰りますね」

「待てこら」

 

立ち上がった瞬間辻堂センパイに手を掴まれた。

逃げれないか。

 

「・・・・・・」

 

ジトっとした目でこちらを見つめてくるお姉さん。

半目で品定めするような感じでちょっと嫌だ。

実際本当に品定めしてるっぽい。

 

「乾さん、貴女はこっち側だと思ってたんだけどね」

 

こっち側とは、つまり長谷センパイに気があるが辻堂センパイの存在で報われない立場という事か。

 

「肉体だけの遊びの関係・・・・・・って訳じゃないわね、ヒロに限って」

「当たり前だろ、大を舐めんな」

「舐める? あ~、そう言えば辻堂さんは昨日大に念入りに舐められてたんですってね。

 下まで聞こえてたわよ」

「はうあ!?」

 

辻堂センパイが本気で慌てている。

顔を一瞬で真っ赤にして両手で頭を抱えた。

長谷センパイ以外に滅多に見せないその表情は同性の自分から見てもちょっと可愛い。

 

「で、どうなの乾さん。一応貴女の口から聞かせて欲しいんだけど」

 

はぐらかす事は無理そうだ。

そもそも隠すつもりもないのだけれど、それでも立場的にお姉さんにだけは言いにくかった。

ならばこれはチャンスなのだろう。

 

「結婚とかはまだわからないけれど、あずが一緒にいたいのならいつまでも一緒にいようと

 そう長谷センパイは言ってくれました」

 

日本の法律で重婚は罪だ。

故にここにいる限り自分と長谷センパイは結婚できない。

まさか辻堂センパイの座を奪おうとも思わない。

 

そもそも、自分と長谷センパイの馴れ初めから最悪なのだ。

夏の間は拉致したり海辺でバカ女ともども半殺しにしようとしたりした記憶がある。

冬に至っては自分が恋奈様裏切っていた事がバレた上に長谷センパイの肋骨を数本へし折った。

その後も散々迷惑かけて自分のとばっちりで不良のリンチを受けたりもした。

 

結婚できないとしたらこれも償いの一つなのだと思う。

ただ、自分がごねれば長谷センパイは重婚できる国に移住するプランを本気で立ててくれそうな気がするけど。

 

「・・・・・・うぅむ。浮気というには辻堂さんの許可あるから成り立たない。

 肉体だけの関係かと思いきやヒロも乾さんも普通にイチャイチャしやがってる」

 

何やら自分と長谷センパイの関係を整理している様子。

このお姉さんのいいところは感情的にならないところだと思う。

 

基本他人の意見を尊重するし、理が通っていればそれを否定することはしない。

 

お姉さん自身が納得できるかどうかは別の話だけれど、感情的に否定するスタンスでないだけありがたい。

 

「あ~、乾さん。教職員からの質問だけどね、ちゃんと避妊した?」

「してなかったっす」

「あのジャリぶち殺す」

 

すいません長谷センパイ。

嘘言っておけばよかったと後悔した。

 

「じ、次回からはちゃんと避妊してね。

 貴女はまだ高校二年生なんだから」

「え、あ。はい」

 

顔を真っ赤にして忠告してきた。

何というか、ソッチの事に対してウブな人の反応だ。

もしかしてお姉さんって処女?

 

「避妊とか以前にエッチな行為を止めはしないのかよ」

「止めたら言うことを聞いてくれるのかしら?」

「……一週間くらいなら」

「……」

 

辻堂センパイダメダメである。

お姉さんも若干呆れたように閉口している。

怒らないだけ優しい方だ。

 

「まぁ、なんにせよ本人同士や彼女である辻堂さんが納得しているのなら何も言わないわ。

 好きになさい」

 

無理やり笑うお姉さん。

実際無理しているのは丸わかりだ、だってこめかみピクピクしているし。

 

「ただ、絶対に学園にバレないようにしてよね。

 これでも私は先生なんだから」

「先生なのに生徒が異性行為してるのを黙認するのは良いのか?」

 

辻堂センパイの鋭い指摘。

けれどお姉さんはその問いに軽く笑う。

いやこういうのはほほ笑むというのだろう。

 

「いいのよ。だって不純ではないんでしょう?」

 

その言葉に辻堂センパイは驚く。

何だろう、自分には言葉通りの意味にしか受け取れないが、辻堂センパイにはそれ以上の意味があるように見える。

 

ともかく辻堂センパイは力強くうなづいた。

それをみて満足そうな顔をするお姉さん。

 

「それに私は先生である前にヒロのお姉ちゃんだしね。

 ヒロが幸せならそれが一番なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の幸せはどこにあるのよ!?」

「私が知るか。そんなことよりもう帰らせてくれぇ~

 お前のその酒臭い息を嗅ぐだけで私まで二日酔いしそうなんだ」

「大体二股かけるのなら乾さんみたいな小娘じゃなくてムチムチで大人の色気溢れたお姉ちゃん選ぶでしょ普通!?

 道理が通らないってのはこういう事をいうのね!」

「ムチムチさならあの不良娘の方が上回っているとは思うし、お前そんなに大人の魅力はないぞ」

「うぃ~! 店員さーんジョッキおかわりまだー!?」

「あーむり私もう帰るわ・・・・・・おいこら手を離せ。

 イタタタタマジ痛い手を離せ離して離してくださいせめて力緩めてくださいお願いしますから!」

「ファックファックファックガッデム!

 飲まずにいられるかこん畜生!」

 

その夜、親友である保険医を連れて夜の酒場で大暴れする冴子の姿があったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長谷センパイ、デートしましょうよぅ」

 

特に何か特別なわけでもない普通の日。

どうやら学園が終わって速攻稲村学園の辻堂軍団集会場に来たらしい。

 

相変わらず稲村学園生徒に偽装するためにウチの体操着を着ている。

ナイスブルマ。

 

正式に乾さんと交際することになった俺としてはここにうなづいてあげたいとは思うのだけれど

今日はちょっと日が悪い。

 

「悪いけどヒロシは俺達の勉強見てもらう事になってんだ、日を改めるんだな」

「黙れ、バカ女に聞いてないんだよ」

「あぁ!?」

 

何というか、俺は現在辻堂軍団のメンバーの勉強を見ていた。

どうやら中間テストがこのままだとやばいらしく、中間テストが原因で夏休みを補習塗れにされそうになっているらしい。

だがクミちゃんや他のメンバーは前から補習上等なところがあったのだが、どうにも愛さんを見習ったとの事。

 

つまり、去年の秋頃から普通に勉強面でも中の上より高い学業成績を手に入れた彼女に憧れたとのこと。

 

向上精神あることは良い事だ。

俺はためらいなく手を貸す事にした。

 

「こらクミ、いきなり喧嘩してんじゃねぇ。さっさと机に戻れ」

「ぐ・・・・・・わかりました愛さん」

 

因みに愛さんも相談されたらしく、面倒見のいい彼女も断れなかった。

故にこうして暫く彼らの勉強を俺たち二人は見ることになった。

 

それを梓ちゃんにも説明はしていたのだが、こうして時間を余しては集会場に訪れてくる。

 

「元々普段から勉強してないこいつ等が悪いんだし、それで長谷センパイ達が遊べないのはおかしいっす。

 だーかーらー長谷センパイ、デート行きましょ?」

 

ブルマと薄くて白い体操着を着た梓ちゃんが俺の腕を胸にだく。

制服とかよりもダイレクトに体温や感触が伝わって一瞬息を飲んだ。

 

・・・・・・俺、この下の地肌をダイレクトに触ったんだよな。

いやそれどころか舐めたり揉んだりした。

 

やばい、思い出したら変な精神状態になってきた。

 

彼女も俺が意識したことに気づいたらしく、何やら悪い笑みを浮かべた。

 

「あ~あ、長谷センパイがいいならどこにだって行くのになぁ。

 どこにだって付いて行くし、何だってしていいんすけどねぇ~」

「「「どこでも!?」」」

「「「何だってしても良い!!?」」」

「テメェら集中しろ、アタシ帰るぞ」

 

明らかな誘いに外野が反応した。

それを愛さんは半ばキレ気味に鎮火する。

 

「ダメだ。引き受けたことを中途半端にはできない。

 梓ちゃん、分かってくれないかな?」

 

若干前かがみになっているため格好は悪いが、ともかく約束を守る旨は伝える。

 

一度引き受けた仕事を投げ出すことは男らしくない。

何より信用に関わる。

だから誘惑を跳ね除ける。

 

梓ちゃんは俺のその考えを聞き、少し拗ねたように俺の腕から離れた。

 

「もういいっす。長谷センパイがそういうつれない事をいうなら自分にも考えがあるんで」

「考え?」

 

何を考えているのか分からない。

若干困惑しながら俺は梓ちゃんを観察していると、何やら七浜学園のリュックから自分の教科書とノートを広げだした。

それを空いている机に置き、開ける。

 

「長谷センパイ、あずも勉強します。ので、構ってください」

「そうきたか」

 

悪い手じゃない。

なるほど、むしろこれは上手い。

 

「わかった、分からない所があったら言ってね」

「長谷センセー、自分ここわかんないっす」

「早速か」

 

絶対わざとだろう。

梓ちゃんが指差した問いは絶対に今の彼女なら解けるレベルだ。

実際俺や愛さんと勉強しだしてからの彼女の成績も結構いいらしい。

だからこの問題が解けない筈がない。

 

「ほら、教えてくださいよ」

 

立っている俺を座ったまま上目遣いで見つめてくる。

しかもアングル的に襟のあいだから胸が見えそう。

っていうかこれもわざとに違いない。

 

女性には胸にも目があるという比喩があり、どうにも下心ある視線に敏感らしい。

俺は男だからわからないけれど、多分梓ちゃんほど鋭い子が俺の視線に気づかないとは思えない。

 

「えぇと。ここの公式は」

 

数学の事で質問してきたが、梓ちゃんは数学得意だったハズ。

だから絶対この問いなんて解ける筈。

ともあれそれを言って教えないなんてのも有り得ない訳で、とりあえず梓ちゃんのノートに公式を書いていく。

 

スラスラを書いている途中に梓ちゃんが俺のペンを握る手を掴んだ。

流石に手を掴まれては文字をかけない、意図が判らず彼女の顔を見る。

 

「・・・・・・誰も見てないっすね」

「何の事?」

 

俺の手を握ったままキョロキョロと周りを見渡す。

一体何をしたいのか分からない。

だが、次の瞬間その理由がわかった。

 

「えいっ」

「ッッ!?」

 

俺の手からペンを叩き落とし、空いた手のひらを梓ちゃん自身が自分の胸に鷲掴みにさせた。

つまり、梓ちゃんの手によって俺が彼女の胸を掴む形だ。

 

完全に困惑し、言葉をうしなう。

 

ただただ沈黙の中、心臓マッサージのテンポでもみもみと梓ちゃんが俺の手を握る。

俺の手が握られればイコール俺の手が彼女の胸を握る。

おっぱいやわっけー。

 

「・・・・・・長谷センパイ、なんか反応してくださいよ。

 やってるこっちが恥ずかしいじゃないっすか」

 

そんなこと言われても。

顔は反応してなくとも体は正直なもので、少しづつ中腰になりつつある。

 

「やめなさい梓ちゃん。女の子がそういう事しちゃいけないよ」

 

極めて紳士に、それもとびきりの冷静さを装って彼女の胸から手を離す。

本当に惜しい、正直何時間でも揉みしだきたいのだけれど今はその時ではない。

実際もう辛抱たまらん。

が、いくらなんでもここで欲情してしまっては危ない。

 

実際彼女の狙いは俺の性欲を煽って、このまま俺とどこか行こうとすることだろう。

 

乗らんぞ、その手には。

この長谷大、本能ではなく理性の人なのだ。

 

「ぶー、長谷センパイそっけないっす。

 もしかして自分魅力ない?」

「それはない、断じてない」

「う、即答。しかも凄く本心からの言葉っぽいっす」

 

本心からの言葉である。

 

所で本当に梓ちゃんをどうしたものか。

やっぱりここで勉強する気ないのは明らかだ。

困ったものだ。

 

そう頭を捻っていると、何やら後ろから気配が。

それもとびきり濃度が濃い。

こう、純粋クリアな水の中に墨汁ぶち込んだように後ろから目に見える黒い瘴気が漂ってくる。

 

梓ちゃんも気づいたようで、俺と一緒に壊れたブリキ人形のごとくギリギリと首を回す。

 

そこにはいた。

般若が。

 

「気づかれないとでも思ったのか?」

 

マジギレしていた、愛さんが。

どうやら俺にヘイトは向いていないらしく、殺気などは一切俺は感じない。

けれど隣の梓ちゃんにはやはり殺気が向けられているらしい。

ガタガタと半泣きで震えだした。

 

「一度抱かれたくらいで時と場所を選ばず盛りやがって」

「違うんです。ほら、こんなのいつも通りのスキンシップじゃないっすか・・・・・・なぁんて?」

「遺言はそれだけか」

「わああああ! 撤退撤退!」

 

右拳を振り上げ、チョッピングライトの姿勢を取った愛さんを見てかつてない速度で逃げる梓ちゃん。

俺なんかには目で追えないレベルの速度だ。

愛さんにとっても想像以上の速度だったらしく、梓ちゃんの服に手を伸ばすもののその手は空を切った。

 

「ははッ、ついに魔王から逃げられたっす!

 そんじゃ失礼しますね長谷センパイ、今夜楽しみにしてるんで」

 

最後に何やら色っぽい顔をしつつ投げキッスを俺にぶつけ、集会場から脱出した梓ちゃん。

っていうか、今夜来るのか・・・・・・

 

「チッ! あのバカ梓、ここでヤキ入れ逃げたことを後悔させてやる」

 

愛さんは結構悔しかったらしく、心底忌々しげに舌打ち。

 

そしてそれ以外の俺を含めた教室にいる連中は唖然としていた。

 

「集中できねぇ」

「・・・・・・ごめん」

 

誰かの嘆きに俺は心から謝罪した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピンク色の生活を送ってんのね、どうでもいいけど」

「お前が私生活だらしなくなって堕落するのは勝手だが、彼まで道連れにするのなら見過ごせないな」

 

昨日、ついに長谷センパイと結ばれたことを恋奈様に自慢しに行ったらこの返答である。

 

場所は江之死魔拠点。

元々本日は集会予定はなかったらしく、ここには恋奈様と部下が数人くらい。

 

因みに総災天センパイがここにいる理由だが、彼女は卒業した後も以前として江之死魔に残る元部下の様子が気になるらしく

ちょくちょく様子を見に来てたりする。

全く面倒見のいい人だ、どことなくその本質が長谷センパイに似ていて好印象ではあるが。

 

ともかく、本日はその顔出しの日に当たったようだ。

 

「堕落なんて、エッチぃ事で堕落するのなら辻堂センパイと付き合い始めてからなってるはずっしょ。

 今更自分とそういうことしたからといって―――――」

「辻堂とお前を一緒にするな。アイツは安心して長谷大を任せられるが、

 お前の場合妙に不安がつきまとう」

 

酷い言われようだ。

とはいえ確かに自分に辻堂センパイのような貫禄もなければ信用もないのは確かだ。

一度人を裏切った代償は信用に大きなダメージを与えた。

そのため自業自得ではある故に、それを指摘されても反抗心は沸かない。

 

「よくもまぁ辻堂がアンタとの二股を許したものね。

 どういう心境の変化かしら」

「心境の変化なんてないっすよ。

 元々辻堂センパイは冬に自分とやりあった時からあずの気持ちを汲み取ってくれてました」

 

だから冬から現在まで長谷センパイとベタベタしても直接的な妨害はしてこない。

 

本当に辻堂センパイには一生分の恩があるレベルだ。

一生彼女のパシリでも構わないとすら自分でも思う。

それほど自分は寛大な辻堂センパイに感謝している。

 

「ふはは、正直羨ましいっしょ? ん? ん?」

「ぶっ殺すぞ」

「死んでしまえ」

 

奥歯を砕けそうなレベルで噛み締めながら一般人が見たら失禁して逃げるレベルのメンチを切ってくる二人。

一般人ではない自分も僅かに恐怖を覚えた。

図に乗りすぎた。

 

「梓テメェ、自慢話ならヨソでやれや」

 

こちらの胸ぐらを掴みながら今にも殴らんとばかりの威圧を出す恋奈様。

というかやはり羨ましいのか。

でなければ普段冷静な恋奈様がここまで切れるわけないし。

 

「そうだな、マキあたりに今のようなテンションで言ってみたらどうだ?

 ああそれがいい、今からマキを呼んできてやろう」

「やめてください死んでしまいます」

 

冗談じゃなくてマジで許してください。

あの人のことだけが本当に気がかりなのだ。

今の自分と長谷センパイとの関係を知られたらどういう事になるのか、まったく想像つかない。

 

殺されるイメージだけが付いて回る。

 

「ケッ、大体あのボンクラのどこが良いのか私には理解しかねるわね」

 

吐き捨てるように言う恋奈様。

その言葉にムっと来る。

 

しかしそう思ったのは自分だけではないようで。

 

「彼はボンクラなどではない。訂正してもらおうか」

 

結構マジになった総災天センパイが半ギレで恋奈様に食いかかる。

 

実際彼女は立場が立場なので長谷センパイをエコ贔屓している。

本人は長谷センパイの事を可愛い弟分だと言うが、自分にはそうは見えない。

総災天センパイの長谷センパイを見る目は好みの男性を見る女の目を見るものに似ているとは思うのだけれど。

 

閑話休題。

 

ともかく総災天センパイに詰め寄られた恋奈様は僅かに気圧された。

 

「・・・・・・本心じゃないわよ。気に障ったなら謝罪するわ」

 

そんな事は知っている。

恋奈様も長谷センパイの事を憎からず思っているのはわかりきっているし、

なんて言ったってツンデレな人なのだ、今のも不器用な憎まれ口という所か。

 

だから自分は喰いかからなかった。

 

「いや・・・・・・俺も殺気立っていたようだ、すまない」

 

総災天センパイも凄まじい冷静さで、恋奈様の言葉を聞くと何の後腐れもなく引く。

 

「ほらほらぁ、やっぱり総災天センパイも嫉妬してたんじゃないっすかぁ~」

「お前死にたいんだってな」

 

気まずい空気を消すためにあえてバカの振りをしたら想像以上の憎しみが帰ってきた。

こんな純粋な殺意をぶつけられたのはいつ以来か、

っていうか自分の思っていた以上にダメージがあったのか、本気できれつつある。

選ぶ会話を間違えたか。

 

「じょ、冗談っすよ。それに長谷センパイ前に言ってましたよ

 最近総災天センパイに会えなくて寂しいなぁって」

 

嘘ではない。

というか事実だ。

寂しいとまで言ってないけれど、

時々素顔の方の総災天センパイを見ると別れ際にしょっちゅうこっちの総災天センパイを思い出して、元気にしているか気にしている。

 

「ヒ、ヒロ君ったらいくつになっても甘えん坊なんだから・・・・・・」

「ちょろすぎんだろ」

「ちょろすぎっすね」

 

マスクをしていても満面の笑みを浮かべている事がわかるぐらい喜んでいる。

やっぱりブラコンとかそういうのとは違うよなこの反応。

 

恋奈様も自分と同じ事を思ったらしく、微妙そうな表情をしている。

 

ともあれ、なんとか恋奈様と総災天センパイの気まずい空気は一切無くなった。

我ながら中々の空気の読め方である。

真の空気の読める人間とは、場合によってあえて空気を読まない行為をする人間だ。

 

総災天センパイは自分と恋奈様の視線に気づいて咳払いをする。

自分の世界に僅かに浸っていた事を自覚し、若干頬が赤い。

 

「まぁアンタと長谷の事はもう良いわ。ムナクソ悪いし」

「そうだな。忌々しいしここいらで話を変えたほうがいいだろう」

「なんて言い草だ!」

 

なんなのだこの人達は。

もっとノロケとか自慢とか聞いてくれてもいいではないか。

 

「それで恋奈。もうすぐ夏が始まるが、何かしら目標はあるのか?」

 

話を本当に変えるらしい。

 

恋奈様は総災天センパイの問いに片膝をテーブルについたまま気だるげに答える。

 

「辻堂落とし。これだけよ」

「それが何よりも難しいっすけどね」

 

辻堂センパイを倒す。

明確でシンプルだ、これ以上ない程に。

 

だが困難だ、これ以上ない程に。

 

「腰越には勝ち逃げされたし、まさか不良でもなくなった奴をいつまでも狙うわけにはいかない。

 だったら不良の頂点を目指すには辻堂を倒す以外にもう選択肢はないでしょうが」

 

皆殺しセンパイは春の江之死魔との決闘でしがらみに決着がついた。

 

江之死魔総員で皆殺しセンパイ一人に挑み、壊滅。

その後、一人残った恋奈様に自分が協力し、第二ラウンドといったが結果的に圧倒的な実力差でやはりこちらが敗れた。

言い訳のしようもなく、真っ向から敗れた。

 

だから恋奈様も自分も皆殺しセンパイに遺恨はない。

自分はまだまだあの人には勝てるとは思えないし、喧嘩する理由もないから今後再戦する気もない。

対して恋奈様といえば、やはり自分と同じく再戦は考えていない。

 

元々恋奈様の目的は湘南の不良の頂点に立つことだ。

その分かりやすい行為として辻堂センパイや皆殺しセンパイを倒すことなのだ。

故に不良を抜けた皆殺しセンパイを追っていても意味はない。

恋奈様はそこを履き違えはしなかった。

 

「それで、辻堂を倒す算段はついたのか?

 辻堂も今年から三年生、時間の猶予はあと僅かだぞ」

「・・・・・・そんなの言われなくともわかってるってば」

 

ため息をつく恋奈様。

どうやら本気で辻堂センパイの攻略法が閃かない様子。

 

「はっきり言って去年より最悪よ。

 腰越が不良抜けたせいで辻堂との潰し合いによる利用もできなくなったし」

 

最強格に最強格をぶつけ、その漁夫の利を狙う。

兵法における常識だ。

それも今年は期待できない。

 

「さらに万能なリョウは卒業して、梓は結局私にとっての切り札になり得たことにすら気づかず脱退」

 

ギロリとこちらを睨む恋奈様。

 

まぁ、確かに江之死魔を裏切り謀反をしたあの日。

正直掘り返したくない長谷センパイを病院送りにしたあの日まで自分は本気の実力を恋奈様には見せていなかった。

 

辻堂センパイや皆殺しセンパイを倒せるタイミングまで誰にも自分の実力を隠したかったのだ。

だが結局そのチャンスは来ないまま恋奈様にそれをぶつける形でバレてしまった。

つまり前の皆殺しセンパイとの決着を除いて、一度も恋奈様の為に本気を出したことはなかった。

 

「ただ脱退するだけならまだしも、よりによって辻堂軍団に入りやがって。

 辻堂だけでも厄介過ぎるのに、本気のアンタまで相手取るとかどんだけ手間なのよ・・・・・・」

 

本当に悩んでいるらしく、顔色が優れない。

 

「別に自分は辻堂センパイの命令がなければ恋奈様とやりあったりしませんって」

「でもアンタ、確か辻堂軍団が襲われた場合に限り喧嘩から逃げないって約束あったわよね」

 

案の定知られていた。

まぁ恋奈様の情報網なら当然バレることか。

 

「なるほど、状況は本当に去年より酷いようだな」

「ええ。まだ有望株なルーキーの情報も少ないし、このままじゃ正直やばいわ」

「へぇ、因みにその恋奈様を悩ませる理由の自分が一人でここにいますけどチャンスじゃないんすか?」

 

敢えてカマをかけてみる。

敵情視察のつもりはない、単純に恋奈様の反応を伺いたいだけだ。

 

恋奈様は一度ジロリとこちらを睨む。

だが一瞬だけで、すぐに目をそらした。

 

「江之死魔総員がいりゃチャンスだったわね。

 アンタ、今日は舎弟共がいないのを確認してからここに来たんでしょうが」

「気づかれてましたか」

 

やはり看破されていた。

流石恋奈様だ、それでこそ一度は付いていこうと思っていた人である。

 

「因みに今自分が一生ついていきたい人は長谷センパイなわけで」

「殺すわよ」

 

心の声がどうやら表に出てしまったようだ。

本気で殺意を込めた視線と声がぶつけられた。

自重しよう。

 

「まぁアンタや辻堂を無力化しようと思えば手段はあるけれど」

「へぇ、それは気になるっすね」

「俺も聞いては見たいが、まさか敵であるお前に言うわけもないだろう」

 

興味深い。

一応聞くことにする。

 

「知りたい? じゃあ教えてあげる。どうせ使わない手段だから知られても何の問題もないし」

 

こちらから目をそらしたまま、少し険しい顔で恋奈様は次の言葉を吐き捨てる。

 

「長谷大を人質にするのよ。ほら、アンタが江之死魔にいた頃に何度か試みたじゃない」

 

ああなるほど。確かに使い古した作戦だ。

しかも時間が経ち、長谷センパイと絆をさらに深めた辻堂センパイや、生涯傍にいることを決めた自分には強力な作戦だ。

これを遂行されたら自分も辻堂センパイもたまったものではない。

 

「――――やってみろよ」

 

先程自分は恋奈様にチャンスといったが、それはこちらも同じことだ。

ほぼ単独で江之死魔総長の恋奈様がすぐ傍にいる。

ここでこの人を潰せばそんな真似すら未然に防ぐ事ができるだろう。

 

ここでやるか?

 

「やめろ」

 

拳を作った瞬間、横から手を抑えられた。

総災天センパイだ。

彼女が目ざとく自分の動きに気づき、行為に移る前に止めてきた。

 

「事前に言っただろう。長谷大を人質にするという策は初めから使う気はないと」

 

言われて頭が冷える。

 

どうやら自分は長谷センパイと人質というワードに過剰反応したようだ。

 

「サーセンっす。どうも冬に長谷センパイが不良にリンチされた件がトラウマになってて・・・・・・」

 

あの騒動のせいで自分の中で長谷センパイの保護欲が異常なまでに高まってしまった。

事前に恋奈様自身が使わない手段だと言っていた事すら意識から消えるくらいに盲目的らしい。

 

「だが恋奈。お前がその手段を取らなくとも、お前の部下が独断でしないとも限らない。

 注意はしておけ。彼に何かあれば引退した俺は元より腰越も黙ってはいないぞ」

「言われなくとも既に警戒してるわよ」

 

結局恋奈様はむしろ長谷センパイを守る側に立っているらしい。

 

「長谷は辻堂やアンタにとって弱みであると同時に逆鱗でもある。

 しくじった際のリスクを考えれば触ろうとは思わないわよ」

 

懸命だ。

そうしてくれると実に助かる。

 

「それに、私自身もアイツには借りがあるし・・・・・・

 アイツの信頼を裏切るのもどうかと思うし・・・・・・」

 

そっちが本心か。

顔を赤くしてごにょごにょとドモる恋奈様。

傍から見てると恋する乙女そのものである。

 

これには自分も総災天センパイも呆れる。

 

ここまで不器用な好意を持って生まれた恋奈様を哀れとみるかキュートと見るか。

自分には可愛らしく映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁてと、江之死魔視察も終わったし長谷センパイの所に向かいますか」

 

江之死魔アジトを後にし、夜の弁天橋で一人大きく背伸びする。

 

夏も近くなり、海を見に来る人が増えたのだろうカップルが目立ってきた。

去年の夏までの自分ならばどうでもいい存在だった。自分の歩く道に二人セットで並びやがってウザったいと思うくらいか。

 

去年の冬から昨日までの自分だったら羨望、もしくは妬みの存在だった。

幸せそうに愛を語らいやがって、死んでしまえと思っていた。

けれどここ数日の自分はもう違う。

 

羨みもしないし、目障りだとも思わない。

本当に風景の一部くらいにしか見えない。

 

見るとどうにも長谷センパイが恋しくなる。そんな風景だ。

 

こうしてはいられない。

明日は休みだ。だったらこんな所で時間を潰しているなどもったいない。

今日は夜通し長谷センパイに可愛がってもらおう。

そう決めて早速歩み始めた。

だが一歩足を踏み出した瞬間、正面には意外な人物が。

 

「や、梓ちゃん。こんばんわ」

 

学園帰りらしく鞄を片手に持ったまま制服姿の長谷センパイがいた。

 

「どうしてここに?」

 

家はこっちとは全く方向が違う。

そもそも江ノ島にでも用事がない限りこの橋に用はないはずだが。

 

「ん~、梓ちゃんならここにいると思ってね。

 ほら、梓ちゃんって何だかんだで辻堂軍団大切にしてるからしょっちゅう他の不良チームの視察とかしてるし」

 

自分の行動パターンを覚えられていたらしい。

それだけ自分を見ていてくれている事がわかって嬉しいと思う反面、少し恥ずかしい。

 

「よしてくださいよ、あいつらなんてどうでもいいってば」

 

実際長谷センパイや辻堂センパイ、恋奈様と比べればアイツ等の事などどうでもいい。

ただ、アイツ等に何かあると長谷センパイや辻堂センパイが悲しんだり怒るから力を貸しているだけ。

心底お人好しなセンパイはそういう自分の腹黒い面をむしろ美化して見ている気がする。

 

そんな長谷センパイだから自分は好きになったのだろう。

 

「そんな事より何で自分を探してたんですか?」

「え? だって梓ちゃんデートしたがっていたじゃない。

 そんな可愛い彼女を迎えに行くのは彼氏の甲斐性じゃないの?」

 

質問を質問で返された。

 

しかしこの質問返しに不快感は一切ない。

むしろ長谷センパイが自分を彼女と見てくれている。

その事がわかる最高の質問だった。

 

「流石長谷センパイ、それじゃあ落ち合ったところでこれからデートっすね」

「そうだね。どこ行こうか、明日は休みだしバイト代の残りも結構ある。

 行ける所は沢山ある」

 

長谷センパイは手を差し出し、自分はそれを握り締めた。

そして自分達は背景の一部となった。

 

そうだ、夜は長い。

まだお楽しみは後にとっておこう。

今はまだ彼氏彼女という関係を楽しむ時間だ、男と女の関係を楽しむのはまだ早い。

 

「じゃああそこの展望台行きましょうよ。自分長谷センパイが高所恐怖症なの知ってるんすよ?」

「・・・・・・君はサディスティックだなぁ」

 

いきなり顔を青くする長谷センパイ。

その顔に笑い、より体をくっつけて腕を絡めた。

長谷センパイもそれに驚くこともなく、合わせるように腕を絡めてくれた。

 

「いいじゃないっすか。後でセンパイはあずを好きなだけ泣かせられるんですから」

「泣かせるというよりは鳴かせるという方が正しい気がしなくもない」

「ふふ、どちらにせよソレは後の楽しみ。今はあずとこの空気を楽しみましょうよ」

「それもそうだ。それじゃあ行こうか梓ちゃん」

「はい、行きましょう長谷センパイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完全にオチなし山なし意味なしの話ですね。
でもこういう平凡な一日を書いている時が一番楽しかったり。

さて、更新も終わったしそれではマジ恋A-2をやるぞぅ!

それでは。

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