辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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34話:三つの『あい』でI love 愛(中編)

「長谷、アンタいい加減休みなさいよ。

 辻堂と仲直りしたんならもう無理してバイトする意味もないでしょうに」

「いや、もう少しだから最後までペースはこのままで行くよ。

 それに意味はまだある。少なくとも俺が今バイトしてる理由は仲直りのためだけじゃないからね」

 

シャレにならない程重たい頭と瞼を無理に起こしてカウンターを拭く。

 

俺は愛さんと喧嘩し、口も聞いてもらえなくなった三日目に片瀬さんへと連絡を取った。

なんて事はない、ただの割のいいバイトの斡旋を頼んだのだ。

こういう場合は求人雑誌やサイトを見るよりも大地主の情報網を頼りにしたほうが効率はいい。

 

片瀬さんが紹介するのだから当然人手不足の所である。

そして片瀬さんが紹介したのだから一々面倒な面接なども無い。

無論軽く俺の人間性の把握などをする面接まがいの会話はあったが、それでも形式的な面接ではなかった。

 

「ダイがやりたいって言ってんだからほっとけよ。

 それよりも店員さん川神水おかわり」

「はい、すぐにお持ちいたします」

 

俺が片瀬さんに紹介されたバイト先はいわゆる大人のお店。

バーである。

結構な人気店なのだが、どうにも店長があまり人を雇わないのか年中人数不足らしい。

俺と店長を除けば店員はわずか四名。

しかも一人休んでいて、カツカツの人数だ。

忙しさが半端ではない。

 

救いなのは店自体の面積が狭いため、当然テーブルやカウンターの数も相応に少ない。

故に一度に入れる客もそれほどでもないという所か。

 

「あ、長谷センパーイ。自分にも川神水一つくださーい」

「かしこまりました」

 

急いで、されど音も塵も立てず素早く酒を並べる棚の前に行く。

 

一通り接客マナーを知っている俺は、入って早々に主戦力扱いとなった。

レシピを渡され何故か二日目から厨房にも入れられた。

そして三日目以降は厨房とカウンターの接客の掛け持ちとなった。

 

はっきり言う。

途轍もなく忙しい。だがバイト代が凄い。

なるほど、これは短期で働くには適している。

俺が学生でなければだが。

 

「どうぞ、空のグラスはお下げしてもよろしいでしょうか?」

「・・・・・・本当に馴染んじゃって。もう倒れても知らないわよ」

 

どうやらマキさんは俺をつけていたらしく、数日前に俺がここで働いている途中に客として来た。

その翌日、今度は乾さんもマキさんについてきた。

とはいえ、マキさんは愛さんには俺がバイトしていることは内緒にしてくれているようで安心だ。

 

だが、来るたびに乾さんとマキさんはアルコールなど入っていないのに何故か酔った状態になる川神水をあまり酔わない程度に飲んで帰って行く。

大学生のマキさんはともかく未成年の乾さんが夜遅くまでバーで飲んでいていいものなのだろうか。

それを店長に聞いたら、マキさんという保護者がいるし、飲んでいるのは川神水だ。問題ない。

との事。寛大である。

 

「バイト終了まで後二週間、ようやく折り返しか・・・・・・」

 

マキさんや乾さんのグラスを持って厨房に戻る途中、一人呟く。

 

大丈夫だ。行ける。

少し勉強時間や効率は減ったが、それでもまだ余裕はある。

体力もまだ大丈夫だ。倒れるほどじゃない。

 

「長谷君。そろそろ上がりの時間だ、お疲れ様。

 今日も助かったよ、また明日もよろしくね」

「あ、はい。お疲れ様です」

 

時間を見れば深夜二時。

学生が働いていい時間ではない。

だがそこは片瀬家の力と店長の寛大さでどうにかしてもらっている。

貴重な夜勤手当。これを逃す手はない。

 

俺は軽く息をついて、後片付けなどキリの良い所まで終わらせ、

他のスタッフに一声かけてロッカーへと戻り身支度を終えた後、店裏から出た。

 

そして出た途端、そこにはバイクを吹かすマキさんの姿が。

 

「おつかれさん。それじゃあ帰ろうぜ」

「・・・・・・毎度思うんですけど、川神水飲んでバイクって飲酒運転にならないんですかね?」

「大丈夫だろ。それにふらつかない程度に飲んでるし問題ねぇよ」

 

そう言いながらスーツ姿のマキさんは俺にヘルメットを投げ渡して来た。

 

「そう言えば乾さんと片瀬さんは?」

「今日は乾は恋奈のホテルに泊まるんだってよ。仲のいいことで」

 

俺はヘルメットをかぶり、遠慮なくマキさんの後ろに座った。

 

正直マキさんの送迎は助かっている。

バイトでクタクタになった挙句、ここから俺の家までは結構距離があるのだ。

できれば早く帰って早く寝たい。貴重な睡眠時間を帰宅時間で消費したくはない。

 

「そんじゃ行くぞ、しっかり捕まってな」

「はい」

 

そうは言うもののやはり抱きつくわけには行かず、軽く腰に手を回す程度だ。

 

「ったく、振り落とされても文句言うなよ」

 

マキさんの運転は正直荒い。、

けれど疲れている俺を不器用に気遣ってくれているらしく、この仕事帰り時に限っては比較的安全運転である。

一人で乗っているとき程速度も出さないし、驚く程揺れや緩急の無い運転なのだ。

 

「いつもすいません。本当に助かってます」

 

俺はあまり大きな声を出さず、呟くように行った。

 

エンジンの音にかき消され、しかもマキさんはフルフェイスだ。

恐らく気づいてすらないだろう。

 

そう思っていたのだが

 

「気にすんな。お前は私の弟分だからな、いつだって面倒見てやるさ」

 

マキさんも俺と同じように呟くように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大と仲直りして三週間後。

 

その日、大がバイトの期限が終わったことを理解した。

顔色が先日と雲泥の差なのだ。

 

元々大や周りの人間から大がバイトしていることを聞いたわけではない。

腰越も自分で調べてくれると言っておいて、大が何しているのかわかった途端手のひら返して内緒にしやがった。

だが、それは腰越が大の意思を尊重してのことだ。腹を立てる理由はない。

 

アタシが大のバイトの事を知ったのは一週間前。

軍団の一人がとあるバーで大が働いているのを見て携帯カメラで写真を保存していたからだ。

そいつがアタシに写真を見せてきた事がきっかけでわかってしまった。

 

「辻堂さん。なんだか今日の長谷君はソワソワしていませんか?」

「してるな。ものすごくしてる」

 

二時限目の授業が終わり、休み時間に入った。

ふと目だけで大の姿を追えば、大は挙動不審にソワソワしている。

しきりに鞄を気にしているというか、それでいてやたらアタシを見てくる。

 

その度にしょっちゅう大を見つめているアタシと視線が合い、互いに軽く赤面してしまうのだ。

あ、また目があった。

・・・・・・・・・・・・照れるな。

 

「ふふ、ラブラブですねぇ。とてもいい事です」

「う、うっせぇ。ラブラブって言うな」

 

学園外ならば肯定している所だが、流石に学園内で言われると恥ずかしすぎる。

委員長はアタシと大が仲良くしていると事あるごとに今みたいな事を言うからタチが悪い。

また本人に借りがあるし悪気もないから余計に始末に負えない。

 

「ですが、さっきから落ち着きがありませんねぇ。

 何か辻堂さんに用事でもあるのでは?」

 

多分そうだろう。

しかしここまで挙動不審な大は初めて見た。

さてさて、どうしたものか。

 

時間を見れば休み時間は後三分程度で終わる。

今から大の所に行って話を聞いたところで肝心のところまで話が進むとは思えない。

大自身も十分の休み時間程度で用事が終わるとは思っていないからこちらに来ないのだろう。

とするのなら、何かがあるとすれば昼休みか。

 

「・・・・・・勝負は昼休みか、ワクワクしてきたぜ」

 

大がアタシにどのような用事があるのかは判らないが、取り敢えず大と昼休みに何かが起こる。

多分悪い事は起きないはずだ。

だって大と仲直りしてからというものの、雨の日以外は屋上で毎日一緒にしているのだからこれもその延長線に違いない。

今日だってこのイベントを抜きにしても昼休みを楽しみに登校してきたのだし。

 

「やべぇよ。あの魔王、昼休みに誰か処刑するみたいだぜ・・・・・・」

「しかも凄く楽しそうタイ」

 

何か周囲に変な誤解が広がったようだがまぁ良い。

雑音を無視して昼休みまで期待に胸を膨らませておくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何にも無かったわけっすね。はは、ザマァって感じ」

「お前いっぺんシバかれてみるか?」

 

時は二十時。

梓はアタシの家でくつろいでいた。

 

「ですけどそれなら今日の昼休みは何してたんですか?」

「一緒に屋上でアタシの作った弁当食べた」

「クソったれ、結局イチャついてんじゃん。

 あ~あ、聞いて損した感じっす。時間返してくださいよ」

 

こいつ日に日にアタシに対して口汚くなってる気がする。

だがこれは舐められているというよりは、

仲良くなってアタシに対して気取らず素を見せるようになってきたという感じか。

 

まぁ多少気にはなるがそこは気にしないでおこう。

 

「でもさ、結局大が何に対して挙動不審なのかわからねぇんだよ。

 梓、お前は知らないか?」

「知らねーっすよ。大体長谷センパイのする事を詮索しないんじゃなかったんですか」

 

それを言われると辛い。

 

確かにアタシは大のする事を詮索しないと言った。

しかし、それでもやっぱり気になるのである。

けれどまさか前言撤回などとみっともない真似をするわけにも行かない。

 

仕方ない。

時間に任せるしかないか。

 

「ところで辻堂センパイって指綺麗ですよね。

 男共を殴り倒しまくってる人の手には見えねーっす」

「お、おい」

 

会話が途切れて少し長い間が空いた途端、梓が急にアタシの手を握った。

 

「それに爪もピンク色で傷一つない。

 ネイルアートとかしないんですか?」

「え、やだよ。あれグロイし」

「あはは、まぁあれって男ウケも凄く悪いですしカレシいるなら正直やめたほうがいいっすね」

 

そりゃ悪いだろうよ。

前にマイが凄く気合入れてきたのを見せてきたが、

アタシには凄いという感情と気持ち悪いという評価しか下せなかった。

男子がイモムシみたいだと比喩していたが、なるほど、的を射ている。

 

「そうだ。辻堂センパイってこの指輪つけれます?」

 

梓は思い出したように自分の鞄から綺麗な化粧箱を取り出し、中から洒落た指輪を数個取り出した。

 

「随分沢山持ってんだな」

「あ。これは前のカツアゲで手に入れた金で買ったものじゃないっすよ」

「言わなくてもわかってるよ」

 

取り敢えず目にとまったハートの形をした宝石をはめ込まれたシルバーリングを手にとって指にはめてみる。

だがどうにもサイズが合わなかったらしく指先から下に進まない。

残念だ。結構可愛いデザインなのに。

 

「ありゃ、それじゃあこっちは入りますかね?」

「あ、可愛い」

 

次に梓が取り出したのは兎の模様が掘られたリング。

一々洒落ているデザインを持っているんだなこいつ。

アタシの知り合いは髑髏やら十字架みたいなゴツゴツしたのばかりなのに。

 

取り敢えず受け取ってはめてみる。

 

「ん、入った。サイズも丁度かな」

 

綺麗に入った。

全くスペースが余っている感じもなければ指を締め付けられている窮屈感もない。

ジャストな号だ。

 

「ふふ、辻堂センパイはこういうリング似合いますね」

「そりゃどうも」

 

取り敢えずいつまでも梓の指輪をはめておく訳にもいかない。

愛着がわく前に外して元の箱に戻す。

あとでこのリングを買った店を教えてもらおう。

 

「自分バイトで網引かされたりしてるんで少し荒れてるんですよね。

 見てくださいよ、ここなんてタコできちゃって。おかげでリングが入らないんすよ」

 

そう言いながら指の関節を見せてきた。

確かに、全ての指の関節に小さいタコができている。

 

「もうこんなのダサくて最悪なんですけど、

 前にこれを長谷センパイに見せてたら褒められたんすよね」

「バイト頑張ってるねってか」

「まんまそう言われました」

 

そりゃそうだ。

カツアゲしまくってたコイツが勤労意欲旺盛に頑張っている証拠がこのタコだ。

梓を気にかけている大もソレを見たら安心と共に嬉しくも思うだろう。

 

「へぇ。そりゃオメデト」

「む、何やら興味ないご様子」

 

当たり前だ。

何が悲しくてカレシと他の女の仲良しエピソードを聞かねばならん。

 

アタシの興味ゼロな態度を察した梓は少し苦笑いを浮かべた。

 

「で、長谷センパイの挙動不審な件はどうするんすか?

 自分としては時間に任せるのが一番と思いますけど」

「それでいいよ。アタシも別に気にはなるけど急かす気はないし」

 

いつまでも大が踏みとどまっている筈もない。

近いうちに挙動不審となる理由も解決に向かうだろう。

 

「そっすか。じゃ、自分この後用事あるんでお暇しまっす」

 

そう言って梓は出していた箱をしまい、立ち上がる。

 

「ああ。送ろうか?」

「あはは、本当に辻堂センパイは男前っすね。

 でも遠慮しますよ、別に自分はか弱くないんで」

「そうかい」

 

相変わらずな軽いノリでアタシの部屋から出る梓。

せめて玄関までは見送ろうとその背に続く。

 

階段を降り、すぐ隣の靴置き場で梓は自分のローファーを履く。

 

「そんじゃお邪魔しました~」

「ああ、お休み」

 

軽く手を振ってドアノブに手をかけた彼女を見送る。

その瞬間、梓は半分ドアを開いたところで止まった。

何か忘れ物か?

 

「辻堂センパイ」

「ん? なんだ」

 

僅かに、本当に僅かに顔をこちらに向けた。

 

コチラからでは梓の顔はほとんど見えない。

左目がかすかに見える程度の角度だ。

けれど、それだけしか見えないにもかかわらず――――――

 

「・・・・・・いえ、何でもないっす」

 

異様な殺意を感じた。

 

一瞬だった。一秒足らずの時間だけ、梓が凄まじい殺意をこちらに向けた。

理由はわからない。

だが間違いなく梓の敵意はこちらに向けられた筈。

 

「待て、今のは何だ」

 

まさかこのまま黙って返す訳にもいかない。

 

辻堂家を出た梓の後を追い、問い詰める。

梓はアタシに背を向けて数秒立ち止まる。

 

人気がなく、夜の暗闇に包まれた道の真ん中で佇んでいる。

 

・・・・・・最悪ここで梓とやりあうのか。

そんな想像すらしてしまう緊張感だった。

それ程までに先ほどの梓の威圧は凄まじかった。

 

梓は僅かな間を置いた後、ゆっくりとこちらを向いた。

 

いつでも梓の攻撃に対応できるように警戒しつつ、その顔を見る。

 

「何だって、何の事っすか?」

 

いつも通りの飄々としたものだった。

表ヅラのいい、見るものに親しみを与えるなつっこい笑顔。

それが完全な作り物である事はアタシや大にはわかっている。

 

「何のこと、だと。しらばっくれるなよ」

「・・・・・・」

 

アタシの問いに梓は笑顔のまま表情を固める。

その不気味さは計り知れない。

全く思考も読めない。

 

警戒するアタシを見て梓はぼそりと口を開いた。

 

「ゴチャゴチャとうっせーんだよ、この幸せ者」

 

薄く目を開いて、能面のように薄気味悪い笑顔のままそう呟いた。

 

「なんだと?」

 

再び梓から向けられる殺意。

腰越に勝るとも劣らない明確な敵意に真っ向からぶつかる。

 

「いいですよねぇ辻堂センパイは。どんな事があっても長谷センパイの一番。

 あ~あ、本当に羨ましいっす――――――殺したくらいに」

「―――――っ!」

 

梓が一瞬でアタシとの距離を詰め、ゼロ距離で顔を向け合う形になった。

不意ではない。事前に梓はアタシに敵意を向けていた。

故にこれは起こるべくして起こった展開だ。

 

そしてアタシは今、梓の動きを完全には見きれなかった。

 

こいつ、確実に冬の喧嘩の時よりも強くなっている。

 

梓は至近距離でアタシにメンチを切るだけて手は出してこない。

アタシもそれをにらみ返すのみで手は出さなかった。

 

それをどれだけ続けただろうか。

不意に誰か一般人が近づく気配をアタシと梓は察し、距離を置いた。

 

「なーんて、冗談っすよ。マジになんないでくださいよ」

 

梓はそれだけ言って再びこちらに背を向け帰路につく。

 

「どこまでが冗談だ」

 

それだけは確認したい。

 

梓は一瞬だけ足を止めた。

 

「はは、全部っすよ。そんじゃ今度こそマジで失礼しまっす~」

 

軽く手を振ってそのまま振り返らず歩いて離れていく梓。

アタシはその背中を姿が消えるまでにらみ続けた。

 

「全て冗談ってところが嘘なんだろうが」

 

何故、この日に梓に大のことで嫉妬されたのかはわからない。

けれど、今日の梓は明らかにアタシに対して殺意すら抱くほど嫉妬していた。

 

釈然としないものをしながらアタシは梓の背中が見えなくなってから同じく帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていう訳で、辻堂センパイの指の号を調べてきましたよ」

「・・・・・・え?」

 

頼んだ記憶がないのだけれど。

確かに俺は指輪を買おうと思いバイトに明け暮れた。

今では自分の体を度外視して働き続けたおかげで何と二十五万円程手元にある。

これはサラリーマン初任給より同じか少し上くらいだろうか。

 

ともかく、これで愛さんに指輪をプレゼントし、喧嘩の仲直りのきっかけにしよう。

と、先日まで画策していたのだが。

何だかんだで普通に仲直りしてしまった。

良い事だ、良い事なのだが俺の描いたドラマチックな指輪を渡すシーンは粉砕された。

 

しかも指輪を買う以前に俺は愛さんの指のサイズを知らなかった。

抜かりまくりである。

 

「大体あずの指と同じくらいっす。ほら、お店行った時にこれと同じサイズのを頼めば間違いないですよ」

 

そう言って乾さんはポケットから綺麗な兎模様のシルバーリングを取り出した。

 

「それ、辻堂センパイの指にぴったりサイズなんで。

 採寸合わせが終わるまでセンパイが持っててください」

 

そう言ってニコニコと笑いながら彼女は俺のベッドに座った。

 

・・・・・・今日の彼女は何かおかしい。

別段鋭いわけじゃない俺だけれど、それだけは何だか理解できた。

 

笑顔がぎこちないというか、どこか内心傷ついているような感じだ。

その無理して笑っている乾さんに俺は対応を考える。

 

「どうして俺が愛さんに指輪を買おうとしている事を知っているのかな?」

 

対応するにはまず相手が何故傷ついているかを理解することからだ。

俺は少しづつ核心に迫る事にした。

 

「ん~、恋奈様が酒に酔ってた時にぼやいてました。

 つってもはっきり言ってたわけじゃないっすけど」

 

口が軽いわけではないし、俺が口止めもしてなかったからだろう。

俺はバイトを紹介してもらうために、バイトをする理由を誠意として伝えた。

故に片瀬さんだけは俺のバイトする理由を知っていたのだが。

 

「連日片瀬さんの家に泊まってたのはそれを聞き出すためだったんだね」

「・・・・・・さぁ?」

 

恐らく乾さんがそれを聞き出すために敢えて酔わせたのだろう。

 

これで俺の動機を知っている理由はわかった。

では次の問題だ。

 

「何故乾さんがわざわざ愛さんの指輪の採寸を?」

 

俺は実の所バイト期間が終了する前から指輪を調べていた。

それを乾さんもデザインの方面で相談に乗っていて貰っていたのだが、

愛さんの指のサイズで相談したことは一度もない。

 

何故俺が悩んでいるという状態から愛さんの指のサイズのことに行き着いたのかは敢えて聞かない。

計算高く頭の回転のいい乾さんの事だ、相談した時の最初からわかっていたとしてもおかしくないからだ。

問題は何故頼んでもいないのにその採寸を手伝ってくれたのかというこなのだけれど。

 

「別に、長谷センパイが困ってたから手を貸しただけっす」

「乾さん」

 

嘘ではないだろう。

しかし本当のことを全て言っていない。

 

俺の少し問い詰める声色に乾さんは若干圧された。

そしてバツの悪そうに顔をそらして呟くようにいった。

 

「だって、辻堂センパイの事ばっかりで最近まともにあずの事かまってくれませんし。

 だったら不服ですけどお二人の事を橋渡ししてさっさとこんな状態終わらせたいなって・・・・・・」

 

確かに、俺は愛さんと喧嘩してからは愛さんの事ばかり考えていたし、

愛さんのプレゼントのためにバイトし続けた。

 

「・・・・・・ふむ」

 

なるほど。

ここに来て自分の失態に気がついた。

 

「乾さん。この指輪は後一ヶ月と半くらい借りてていいかな?」

「え、何でそんなに」

「ちょっとね。まだ暫く愛さんへの指輪は買わないよ。

 それと同じくらい大切な用事思い出したからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、結局大がバイトしてた理由って何だったんだろうな」

「知りませんよ」

「なぁ、何でようやくバイト終わったと思ったらまた大の奴バイト始めてんの?」

「だから知らねーっすよ」

 

センパイの部屋で辻堂センパイのサイズにフィットする指輪を渡してから、

あの日の翌日からまた長谷センパイはバイトを始めた。

勿論場所はコネのある前に働いたバーだ。

 

「デートの時間がァ・・・・・・」

「・・・・・・久しぶりの勉強会、楽しみにしてたのになぁ」

 

自分と辻堂センパイ、ふたりして愚痴る。

 

因みに辻堂センパイが何故ここを知っているかだが、長谷センパイが自ら打ち明けたらしい。

働いている理由までは言っていないようだけど。

 

「二人共、川神水どうぞ」

「あ、どもっす」

「ああ、さんきゅ」

 

俯いて落ち込んでいると、カウンターの方からバイト服であるスーツを来た長谷センパイが注文の品を持ってきた。

 

「あれ? おい、大このカクテルは頼んでないけど」

 

川神水とは別に長谷センパイはこちらのテーブルに何やら綺麗なピンク色をしたカクテルを置いた。

それに気づいた辻堂センパイは厨房に戻ろうとする長谷センパイを呼び止める。

 

「それは俺からのおごりだよ。店長も毎日来てくれるからサービスしていいってさ」

「つってもアタシら未成年だし」

 

意外とまじめな辻堂センパイ。

だが自分は知ったことではないので取り敢えずストローで吸ってみる。

 

その綺麗な液体を口に含んだときノンアルコールである事がわかった。

まぁ当然か、長谷センパイもここの店長もそういう法律的ルールは守る。

時々隙間を縫ってかわそうとはするものの、ブチ破ることはしない。

今回もその例というわけだ。

 

「辻堂センパイ、これノンアルコールっすよ」

「そういう事、それじゃごゆっくり」

 

軽く微笑んでその場を去るセンパイ。

しかし数歩歩いた後、言い忘れたことがあったのか再び振り向いた。

 

「二人共、明日は学校もあるんだし早めに帰るんだよ」

「お前はアタシの母さんか」

 

辻堂センパイの言葉を聞いて少し笑いながら長谷センパイは今度こそ厨房に戻った。

その背中を見送った自分らは特に喋ることもなく奢りのカクテルを飲む。

 

ノンアルコールのカクテルってただのフルーツドリンクと同じじゃないのかな。

などと地味な疑問を抱きつつ、ただ静かに飲む。

 

「あのさ、明日学校あるとかアイツ言ってるけどアイツは何時に今日バイト終わるんだ?」

 

何時だったか。

金曜日と土曜日はかきいれ時だから確か朝まで仕事ってパターンが多いけれど、翌日が学校ある日は確か・・・・・・

 

「二時か三時くらいだったような」

「アホか」

 

じゃあいつ休んでいるのか。

確か週に一度休み貰ってるというか入れてるとは聞いたが、そんな日は見たことがない。

 

何故今またこんな過酷なバイト生活を再開したのか。

一度目は辻堂センパイの指輪の為だったのだが、今バイトしている理由はよくわからない。

まさか辻堂センパイへ贈ろうと思った指輪が想定以上に高かったなんてこともないとは思うけれど。

 

「お、お前ら来てたのか」

「あぁ?」

 

突然後ろから聞きなれた声がして振り向く。

相変わらずな辻堂センパイは目つきを鋭くして背後の人を睨みつけた。

 

「どもっす。皆殺しセンパイ」

「ああ、隣座るぜ」

 

辻堂センパイではなく自分の隣に座ることに特に理由はないだろう。

別にこちらのほうが近かったからとかだと思う。

 

「今日もっすか?」

「今日もだ。だがまぁ、明日は講義もねぇし問題はないな」

「毎度ご苦労さまです」

「別に苦労と思っちゃいねーよ」

 

今日も長谷センパイを送るという事だ。

長谷センパイが帰る時間は遅いし、寝不足の頭では正直危険がある。

その事を考えた皆殺しセンパイはできる限り自宅に送ることを決めていたらしい。

 

自分としても大学生で時間調整しやすい彼女がそうしてくれると心強い。

もっとも、これは辻堂センパイには知らせてないし教えるつもりもないけれど。

 

何気なく時計を見れば時刻は既に九時を回っていた。

流石にこれ以上いると店長に追い出されかねない。

仕方なく辻堂センパイを言い聞かせようとする。

 

「それにしても働いている大もいいなぁ。

 あんな働き者な旦那、そういないよな・・・・・・」

「・・・・・・もう時間ですから帰りますよ!」

「ちょ、何だよ。何で怒ってんだ?」

「怒ってねーっすよ」

 

相変わらずな辻堂センパイの腕を引っ張って会計を済ませる。

 

おしゃれな扉を開いて店を後にしようとする瞬間、何気なく振り向いて長谷センパイの姿を目に止めた。

 

その姿は一生懸命で。

一切の仕事への手抜きがなく、勤労とはこうあるべきだという見本に出来そうな働き振りだった。

ただ、やはり働きすぎだ。

目には隈がまたできているし、一般人は気づかないレベルだが足取りが少しふらついている。

こんなのをまた一ヶ月近くやってたら今度こそ倒れるんじゃないかという一抹の不安を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一ヶ月後。

 

 

「で、入院したと。馬鹿かアンタは」

「言い訳のしようもありません」

 

やっと二度目バイトの期日が終わり、翌日買い物をしての帰り道に突然俺は倒れたらしい。

幸いにして人通りの多い街中で倒れたおかげですぐに病院に運ばれた。

おかげで大事はない。

 

「過労ね。それ以外にありえないわ」

「ですよね。俺も思う」

 

店長も少しは休めと何度も言ってくれたのだが、それを聞かなかった俺が全て悪かった。

自分としてはもう少し行けると思ったのだが、思いのほかこの体は普通すぎたらしい。

 

点滴を打たれている自分の腕を見る。

 

「ほら、林檎。食欲があるようなら食べなさい」

「あ、ありがとう。頂きます」

 

目が覚めてまず聞かされたのは自分の体調ではなく姉ちゃんの説教だった。

一応バイトしている理由は全て話していて、尚且つ納得してくれていたのだが、流石に倒れたのはいけなかった。

泣きながら怒られてしまい、不謹慎かもしれないが姉ちゃんが俺を大切に思ってくれていることが改めて分かって嬉しかった。

 

そして姉ちゃんが帰った後、入れ違いに片瀬さんが来た。

 

彼女はどこから聞いたのか俺が入院したことを知っていて、果物カゴを手にお見舞いに来てくれた。

 

「アンタのお姉さんから聞いたけど、今日の夜には退院できるみたいね。

 何はともあれしぶといその体に産んでくれた親に感謝しなさい」

 

親に感謝か。

その親の顔すらもう覚えていないのだけれど。

 

「う、うん。そうだね」

「・・・・・・あ」

 

片瀬さんはどうやら俺の反応を見たあとに俺自身の生い立ちを思い出したらしい。

かなり申し訳なさそうな顔をする。

別に悪気があって言ったわけでなく、話の流れでつい言ってしまったことなのだから罪悪感を感じる必要はないのだけれど。

 

「ごめん。無神経だったわ、謝らせて」

「いや、気にしないで」

 

こういう時に片瀬さんは偉いなぁと思う。

組織のトップをやっているからだろうか、自分の過ちは素直に受け止めて遺恨を残さないように素直に謝るその姿勢

俺が彼女に学ぶ事は多いと思う。

 

ともあれ、こうして見舞いに来てくれた彼女に頭を下げられるのは正直勘弁して欲しい。

 

「それで、何で辻堂の指輪代を稼いだあとにわざわざまたバイト始めたのよ。

 私にも説明ないし、正直心当たりもないのだけれど」

 

俺が困っていることを察したのか、話題を変えてきた。

 

さて、これは言っていいことなのか?

考えるまでもない。俺と片瀬さんは互いに信頼関係を重視する仲だ。

例え言わなくとも俺たちの関係に亀裂は生まれない、しかし俺は片瀬さんを信頼しきっている。

ならば彼女の問いに対してお茶を濁す真似はしたくない。

 

「乾さんの分も稼ぎたいな、と思ってさ」

「はぁ?」

 

想定内の反応である。

 

だが片瀬さんからしたら想定外らしい。

呆気にとられた顔だ。

 

「前に乾さんと愛さんの指輪の会話した時なんだけどね、

 その時の乾さんの表情が俺にとって何だか凄く辛くてさ、だから乾さんにもプレゼントしようかなって」

 

あの時、無理して笑って俺を気遣った乾さんの表情は何故か俺の心を揺さぶった。

 

日頃から俺に真っ直ぐ好きだと伝えてきて、俺についてまわる乾さん。

愛さんには申し訳ないけれど、彼女をないがしろにする事は俺には無理だ。

 

「呆れた。でも長谷らしいといえばそれまでね」

「俺らしいってなんなのさ」

「アンタが気にすることはないわ、アンタはそのままでいなさい」

 

抽象的すぎてわからん。

 

「で、二人に渡すプレゼントは用意しできてるわけ?」

「ああ、これなんだ」

 

俺はベッドの隣の棚に置かれた自分のリュックを手に取り、中身を漁る。

そのリュックの中には二つのこじんまりとした、けれどデザインの良い箱が二つあった。

 

その箱を二つ自分の膝に乗せ、蓋を開ける。

 

「・・・・・・へぇ、悪くないわね」

 

愛さんに渡す為の指輪。

これは一ヶ月かけてどれが愛さんに似合うか考えた。

そして行き着いた答えが、シルバーリングにセンスの良い絵柄で猫の姿が掘られた簡素なもの。

 

だが決して安物ではないし安っぽくもない。

現に片瀬さんがその指輪を見て中々の評価を下してくれた。

それだけで自信が出る。

 

「その指輪には触らないわ。最初にその指輪を手に取る女は辻堂であることがスジだしね。

 そっちのが梓の?」

 

片瀬さんは指輪を触らず、箱の上から見るだけにした。

 

「うん。こっちは指輪じゃなくてピアスなんだけど」

 

何をプレゼントするかかなり迷ったのだ。

実の所乾さんはアクセサリーなど沢山持っているしセンスもいい。

これで大金かけてセンスのないプレゼントなどした暁には情けないことこの上ない。

 

取り敢えずこちらも箱を開けて片瀬さんに中を見せる。

 

「ふぅん。悪くないんじゃない?

 ちょっと梓の好みとズレてる気がしない事もないけれど」

「え」

 

驚いた。しかし不思議な事ではない。

というより俺自身正直なところそんな気はしていた。

 

「とはいえデザインは悪くないわ、大丈夫。それなら梓も喜ぶわよ」

 

俺の動揺を見抜いた片瀬さんは優しく肯定してくれた。

こういう時に口先だけの励ましを送る彼女ではない、つまり本当に乾さんが喜んでくれると考えての言葉にちがいない。

 

「でも梓って確かピアス穴一つじゃなかった?」

 

そうなのだ。

この用意したプラチナダイヤで出来たシンプルなピアス。

ちゃんと左右付けるため計一セット分、つまり二個ある。

 

そして乾さんは片方の耳にしかピアス穴を空けていない。

どうしたものか。

 

「ん~、こういう時に私が受け取る側だった場合―――――あ」

 

考察していた片瀬さんが不意に声を出す。

なんだろう。

 

「いや、いいわ。そのままプレゼントしてあげなさい。

 多分梓なら新しいピアス穴は空けずに・・・・・・」

 

空けずになんなのだ。肝心なところを言ってくれない。

 

俺の疑問げな顔をみた片瀬さんは苦笑いを浮かべた。

 

「いいから心配しないでこれらをプレゼントしてあげなさい。

 どっちもアンタらしい地味さだけどきっと喜ぶと思うから」

 

地味とは失敬な。

否定はできないが言われると地味に傷つく。

地味な人が地味に傷つく・・・・・・しょうもない。

 

「それじゃ、そろそろ時間だし私は失礼するわ。

 せいぜい渡すときに修羅場にならないように気をつけるのね」

「忠告ありがとう、絶対楽しんでるよね?」

「気のせいよ」

 

互いに笑顔を向け合う、帰り支度をする片瀬さんを見送る。

 

片瀬さんは制服のままこちらに来たらしく、七里のセーラー服だ。

そして身支度を終え、俺の病室のドアに手をかけた。

 

「長谷。ちゃんと梓の手綱を握りなさいよ、あの子は本当に危ないんだから」

 

それだけ言って片瀬さんは病室から出て行った。

 

片瀬さんの最後の言葉。

俺には心当たりがある。

 

乾さんは確かに危うい所がある。

 

彼女の本質はやはり不良なのだ。

楽な方へ転がりたい、好きなことをしていたい。

そして異様なまでの加虐趣味。

少し人よりも強い好きなものを手に入れたがる当然の欲求願望。

 

それが俺と関わり始めて大分オブラートに包まれた。

しかし治っているわけじゃない。

あくまでも程度が弱くなっただけだ。

 

もし、もし俺と彼女がもっと早く。

それこそ愛さんより早く出会っていて、関わり続けていれば乾さんはまた別の進み方をしていたのかもしれない。

 

本当の意味で彼女はその歪さを克服する道もあっただろう。

俺が彼女に骨を折られることなく、愛さんに負ける勝負をしかけ、

今のように中途半端な不良となっている現状とは違う未来になっていたかもしれない。

しかし今は変えられない。

 

彼女の歪さは依然として残り、されど俺がそれを抑えている事になっている。

 

俺は愛さんへ渡す指輪、そして乾さんに渡すピアスを手に取る。

どちらもくすみ無い輝きがある。

高校生が買うにはとてつもない値段の高さだった。

だが、さて。これを私た時、彼女たちはどう思うだろうか?

 

「・・・・・・喜んでくれれば嬉しいけど」

 

俺は喜んで欲しい。贈り物とはそういうものだろう。

しかし、選んだものは俺の主観にまみれたセンスによるものだ。

それが二人の趣味に合うとは限らない。

 

若干の不安がある。

だが片瀬さんは言った。

きっとどちらも喜んで貰えると。

 

無論不安は消えない。

しかし、それでも片瀬さんのその言葉が俺の心を遥かに軽くした。

 

今日の夜。

これを二人に渡そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長谷の体に大事なく良かった。

アイツの病室からでて思ったことはそれだった。

 

なんて事はない。

私がアイツにあのハードなバイトを推薦したのだ、ならば最後までアイツが働き終わるまで様子を把握しておくことは当然だ。

そのくらいの責任無くして仕事を回すことなどできない。

 

ただ、アイツの働き振りは常軌を逸していた。

まさかあそこまで休まず働き続けるとは思いもしなかったのだ。

 

店長や正規スタッフもその働き振りを見て、休めと警告していたことは知っている。

あそこの店はハードだがスタッフに過労はさせない。

だから安心して長谷を預けたのだが。

 

「ったく、アイツ。どれだけ梓と辻堂に惚れてるのやら」

 

見た感じ長谷が抱く想いの強さでは辻堂が大きく上回っているが、梓に対する気持ちも張り合える程度に強いようだ。

でなければあんな馬鹿な働き方をしてプレゼント代を稼ごうとは思わないだろう。

 

倒れるまで働いて、見れば随分とやつれてしまっていたが。

それでも目つきは相変わらず意思の強さを感じられた。

だったら大丈夫だ。

 

長谷は私の想像以上に私の紹介したバイトで働いてくれた。

おかげで私の信用はより確固たるものになった。

長谷は私の紹介したハードな代わりにワリの良いバイトで目的分の資金を得た。

素晴らしいギブアンドテイクだ。

流石長谷、ちゃんと信用を守ってくれた。

 

だが――――――

 

「あ~あ、嫉妬しちゃうわね」

 

そんな打算が達成した満足感を塗りつぶすほど、胸にどす黒い嫉妬心があった。

長谷が汗を流しながら働くその姿を見るたびに胸が痛かった。

 

あの二人に、長谷にあれほど強く想われている二人に強烈な嫉妬心があった。

 

私も長谷も互いに硬い信頼感情を抱いている。

だが、信頼感情とは別に私はどうにも恋愛感情まで抱いてしまったようで。

 

もし私も梓と同じポジションにいたら長谷は私のために死ぬ気でバイトしてくれただろうか。

想像しただけで頬が緩む。

だが、そんな妄想を一喝。

 

有り得ないわけじゃない。けど、そんなのはゴメンである。

私のために体を壊されるのは好きじゃない。

好きな相手にそんなことをされるのは好きではないのだ。

勿論羨ましくは思うけれど。

 

「・・・・・・ともかく、頑張りなさい長谷。応援はしてやれないけど味方ならいつだってしてあげる」

 

独り言だ。

自分のスタンスを自分に言い聞かせているだけだ。

 

好きな相手の恋路の対象が自分でないのなら応援なんてしてやれない。

でも、アイツが困っているのを放ってはおけない。

力が足りなくて、アイツが挫折しそうならいつだって手を貸してやる。

 

ただ。

ありえないとは思うけれど。

 

もし次辻堂と長谷が別れたのなら私はどうするのだろう?

 

自分でもわからない感情を抱きながら、私は病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。

何だかんだで辻堂さんのバージンロード発売日まで近くなってきましたね。
熱もまだ冷めやらぬ感じで実に楽しみです。
少々というか大分更新速度は落ちていますが、行方不明になるにしても区切り良い所までは絶対に書いてからにします。
発売日まであと何話までかけるかわかりませんが、まだ連載は続けますので宜しければお付き合いお願いいたします。

それでは失礼します。

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