辻堂さんの冬休み   作:ららばい

32 / 36
32話:ラッキーアンドアンラッキー!(後編)

「拙い、大を完全に見失ったな・・・・・・」

「長谷センパイが自分らに迷惑かけたくないから逃げたんっしょ。

 もう今日はその意思を汲んであげた方がいいんじゃないっすか?」

「そりゃそうだけど、でもそれで大が何かあったらアタシは後悔する。

 だから今日は大の意思は尊重しない。アタシは男にとって都合の良い女じゃないんでな」

 

現在、恋奈のホテルから私達三人は出て闇雲にヒロ君を探すことになっている。

 

どうも辻堂の奴と乾、恋奈が喧嘩をしている時にコソコソと抜け出していたらしい。

私自身も怪我したヒロ君を治療した後、ホテルから借りた救急セットを返していたため誰も気付かなかった。

喧嘩してないで仕事しろこいつら。

 

「うえぇ。そりゃ自分も長谷センパイの事が心配っすけど、でも嫌われたら元も子もないかと」

「だったらお前は帰れ。アタシ一人でもアイツを見つける」

 

なるほど。こういうところで性格がよく現れている。

辻堂はヒロ君が心配だから彼の評価をも顧みず彼自身を警護したい。

対して乾は彼の評価が何より優先だからヒロ君の意思を尊重したい。

万が一の事も特にないと根拠なく思っているのだろう。

 

「おい、アンタはどうするんだ?」

「え、私?」

「ああ。アタシはこのまま大を探すけど」

 

まぁ、この流れだと聞かれるに決まっているだろう。

別に不思議な事ではない。

 

「そうね。私も乾さんに同意してヒロ君の意思を尊重したいかな」

「・・・・・・そうか。じゃあここでアタシ達は別行動だな」

「あ、ちょっと辻堂センパイ!」

 

私の意見を聞くやいなや直様走る速度を上げて追う私や乾を振り切る辻堂。

乾ならばアイツに追随できるだろうが、どうにも追う気はないようだ。

 

辻堂の背中が見えなくなり、一旦私達は足を止めた。

 

「ぐぅ、ちょっとムナクソ悪いっす」

「だろうな。俺としても辻堂の意見に賛成だ」

「は? でも総災天センパイはさっきあずに賛成って言ってたんじゃ」

「バカか。彼に万が一の事があったらどうするんだ」

 

乾を無視して、持ってきていたバッグを漁る。

 

まず取り出すのはロングスカート。

流石に卒業した今、学生服を着る訳にもいかないので似た私服を買っておいた。

無論上着のほうも用意している。

 

さて、問題は着替える所だが・・・・・・

 

「あそこがいいな」

「え、どこへ」

 

近くにあったコンビニへ駆け込む。

店員がいらっしゃいませと丁寧な挨拶をするが、無視して即座にトイレへ。

 

そしてバッグの中身を取り出して、ジーンズやシャツを脱ぎ、ロングスカートと少しブカめの上着を着る。

黒ずくめなため少々怪しいが、まぁ大丈夫だろう。

ともあれ流石に店内でマスクやグローブは拙い。

髪をほどいて、目つきを変えるだけにとどめてトイレから出る。

 

出たとたんガラガラの店内に一人いる店員の視線を感じた。

仕方ないか、入店直後トイレに一直線した挙句、服装や雰囲気が変わってトイレから出てきたらそりゃ不審だ。

まっとうな反応だ。

 

せめてもの迷惑料として、ペットボトルのお茶をレジに持っていく。

 

「あ、ありがとうございましたー・・・・・・」

「邪魔したな」

 

レジを通し、詫びを入れながらコンビニからでる。

出るまで背中に店員の視線を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで変装する必要あるんすか?」

「こっちのほうが多少無茶しても不自然じゃないからだ」

 

今まででも何度かヒロ君が不良に絡まれてバレないように助ける展開になったが、

隣に辻堂がいたため私は手が出せなかった。

まぁ辻堂一人で充分なのだが。

 

取り敢えずそれでも辻堂や乾で対処できない事態になった場合の予防策は必要だ。

私が動けるようにしておく事に越したことはない。

ましてやヒロ君の姿を見失った現状ならなおさらである。

 

「それで、お前はどうするんだ。

 帰るのなら俺は止めないが」

 

別にヒロ君を探すことを強制はさせない。

乾にしても別に面倒とかではなくてヒロ君の意思を尊重したゆえの選択なのだ。

そこに他人がどうこういうのは無粋だろう。

 

「ぐ、総災天センパイは長谷センパイに嫌われてもいいんすか?」

「別に、今の俺が嫌われたところで武考田よい子が嫌われるわけじゃない。

 多少気にはするが、彼の安全を天秤にかければ重きを置くものは考えるまでもない」

「こういう時に表ヅラと本性を使い分けてる人は便利っすねー」

「お前が言うな」

 

否定はしないがコイツに言われると腹が立つ。

 

「何より俺はまだ彼に借りを返していないからな。

 いい機会だ」

「借り? 何かあったんすか?」

「ああ。以前お前から庇ってくれてな、俺の代わりにお前に肋骨をへし折られた時の借りだ」

「・・・・・・」

 

沈黙する乾。

別に嫌味のつもりで言ったわけではないのだが。

それでも本人からしたら皮肉のように聞こえたのだろう。

 

「イヤミか貴様ッッ」

「そんなに叫ぶ元気があるなら開き直る日も近いな」

 

いつまでも乾に構っていられない。

こうやって悠長にしている間にもヒロ君に危険が迫っている恐れがある。

取り敢えずどこを探すべきか。

 

思案するもうまく閃かない。

今日のヒロ君の行動パターンは全く読めないのだ。

何か考えて探すより、適当に人の少ないであろう場所をしらみつぶしに探す方が良いか。

 

そうと決まれば早速足を踏み出す。

 

「あ、ちょっと待ってくださいよ。自分も行きますってば!」

「好きにしろ」

 

人探しをするのならバラけて探したほうが効率はいいのだが。

まさかそれに気づかない乾ではないだろう。

何か考えがあって私と同行するのならそれを拒否する理由もない。

 

「あ、総災天センパイ。マスク付けるの忘れてますよ」

「え、嘘ッ・・・・・・忠告感謝する」

 

危ない所だった。

いくら目つきや雰囲気を変えても素顔のままだったら流石にバレる。

こいつが一緒にいてくれて助かった。

本当に。いや、冗談抜きで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いた。いてしまった。

 

「あちゃー、絡まれてますねぇ。どうします?」

「・・・・・・まだ様子見だ」

「りょーかいっす」

 

私には幸いにして、私を慕う元部下がいる。

今現在は全員江之死魔に預けているのだが、私が不良を卒業したとしても彼らの私への対応は変わらなかった。

今回も元部下達にヒロ君の捜索を頼んだ。

そしてかなり速い段階でヒロ君を見つけることに成功。

 

彼らには感謝してもしきれないばかりである。

 

『ねぇ君ィ。ちょっと俺達金に困ってるんだよね。

 少し融資してくれないかなぁ?』

 

またテンプレートな不良に絡まれているようだ。

普段から不良には関わるなと忠告しているのだが、まぁ今回は仕方あるまい。

 

「ん~、ここから殺気飛ばしても効果ないっす」

「俺も流石にここからでは効果が薄いな」

 

辻堂ならば、真の強者は目で殺す! と言わんばかりに数十メートル離れていても視線対象を気絶させることができるのだが。

生憎私や乾ではそこまでの芸当はできない。

さて、どうしたものか。

 

見た所ヒロ君は逃げる隙を伺っているようだが、見事に囲まれてしまって花いちもんめ状態だ。

とてもではないが無理だろう。

 

あまり様子見をしていてももう意味はない。

逆に殴られそうになった時に庇うことが出来ないだろう。

・・・・・・仕方ない。

 

「あ、長谷センパイ助けるんすか?」

「ああ。お前はまた彼が逃げるかもしれないから遠くから見張っててくれ」

「らじゃーっす」

 

いい返事だ。全く信用できない。

乾から視線を外して、真っ直ぐヒロ君の元へ歩く。

 

少し離れてはいるものの、徒歩で二十秒もかからない距離。

私の視線を感じて取り巻きの不良がこちらを睨み始める。

 

「あぁ!? なんだテメェ!?」

「黙ってろ」

「あひん」

 

睨み一つでまず一人を気絶させる。

その展開を残りの三人が見て露骨に警戒を始める。

 

「リョ、リョウさん。どうしてここに」

「偶然だ。それよりこっちに来い」

 

来いと言ったものの、むしろ私の方からヒロ君に歩み寄り、手を引いて背後に隠す。

木刀は流石に持ってきていないが、別段こいつらならば余裕で素手で倒せるだろう。

 

値踏みをするように残る三人が私を見る。

 

「おい、あいつって総災天じゃ・・・・・・」

「いやでも、総災天って不良抜けたはずじゃ」

「でもあのマスクにあのメンチは間違いないって」

 

こういう時に有名なのは助かる。

戦わずして勝てそうだが。

 

・・・・・・いや、戦って勝とう。

こういった輩は一度シメておくに越したことはない。

でなければまたヒロ君に被害が及ばないとも限らないだろう。

 

「どうした、素手の女一人に怖気づいているのか?」

 

挑発する。

そして露骨に反応する不良共。

実に扱いやすい。

 

「取り巻きもいねぇ上に獲物の木刀もない癖に大きくでるじゃねぇか」

「裸にひん剥いてやろうぜ」

 

息を荒くし始めた。

 

「時間の無駄だ。前口上は良いからさっさとかかってこい」

「うるせぇ! 死ねや!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、本当にありがとうございました。

 多分リョウさん来なかったら俺やばかったかも」

「気にするな、偶然居合わせただけだからな」

 

素直に頭を下げて礼を言うヒロ君。

相変わらず礼儀正しくて良い子である。

 

一応喧嘩の最中逃げられてもいいように乾を見張りにおいているがいらぬ心配だったようだ。

 

「いくつになっても手のかかる子なんだから・・・・・・」

「え?」

「あ、いや。なんでもない」

 

口癖のように出てしまった言葉を飲み込む。

どうやらヒロ君も追求はする事もないようで、少し首をかしげる程度だ。

 

「あの。何かお礼をさせてください。

 せめて晩御飯だけでもご馳走したいというか」

 

晩御飯。

ふと思って腕時計を確認してみれば時刻は既に六時を回っていた。

忙しすぎて気付かなかった。

 

「いや、気にすることはない。

 君には乾の件での借りがある。これで帳消しになったとは思わないが。

 取り敢えず俺に恩を感じる必要はない」

 

と、口では言ったものの実際思っていることとは乖離している。

本音としては食事など絶対に一緒出来ない、許してください。である。

 

いや、いくらなんでもヒロ君と二人で食事している時にマスクを外さない訳にもいくまい。

当然素顔を晒す必要があるし、そうしたら何の為に今までこのマスクをしてきたのかもわからなくなる。

だがそんな思惑を表に出さなかった私が悪いのだろう。

 

ヒロ君は真っ直ぐな目でこちらを見てきた。

 

「あの件は俺が勝手にやった事です。それに、今この瞬間の恩と前の借りとかは別物だと思う」

 

相変わらず変なところで意気地である。

そこが彼の魅力であるのは理解しているのだけれど、今回は少し厳しい。

本音としては彼を立ててあげたいところなのだが。

 

だが恐らくこちらが引くまで彼も引かないだろう。

仕方ない。妥協案をだそう。

 

「わかった。じゃあ君の恩返しに付き合おう、しかしだ。

 行く場所は俺に決めさせろ。それが最低限の譲歩だ」

「はい!」

 

嬉しそうに喜んでいる。

私がどこを選ぶのか、それを知らないからこそ笑えるのだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・あの。俺、食べ物もご馳走したいんですけど」

「生憎と俺は腹がすいていない。飲み物だけで充分だ」

 

ストローをマスクの隙間に入れてアイスコーヒーを飲む。

飲み物ならばほうじ茶が好きなのだが、別にコーヒーが嫌いなわけでもない。

 

まぁつまりだ。

私が指定した場所とは喫茶店だった。

一応夕食時だけあって僅かに人が混んでいる。

見れば隣の客などはパスタを食べている。

 

それをヒロ君は横目で見てため息をつく。

 

「そういう君だって何も食べていないだろう」

「まぁ、俺も精神的にいっぱいいっぱいで余り腹が減っていないというか」

「だったら尚更だ。何も食べない君の横で一人食事をするほど俺は厚かましくはない」

 

これはいい口実だ。

我ながら上手いまとめ方である。

 

「じゃあ俺何か頼みますからリョウさんも食べましょうよ!」

「・・・・・・」

 

中々に食い下がる。

ならば再び妥協案を出すか。

 

「君がそこまでいうなら仕方ない。だが、俺の分は俺が選ぶぞ?」

「もちろんです!」

 

そして数分後。

 

彼の前で私はポテトをモグモグとマスクの隙間から入れて咀嚼していた。

 

「・・・・・・」

「何かいいたそうな顔だな」

 

凄く彼のジト目が気になる。

こう、横着する子供をどうにかしたいと考える母親の目だ。

別に横着しているわけじゃなくて、単純にマスクを外さなくて済むものを選んでいるのだけれど。

どうやらヒロ君も少しムキになっているようだ。

 

「そんな顔をするな。このコーヒーもポテトもとても美味しい。

 俺としてはこれらを奢ってくれる君には感謝している」

「そ、それは嬉しい限りですけど」

 

私に感謝されて喜ぶヒロ君。

うん。昔からヒロ君は何も変わらない。

素直でお人好しで、それでいてお母さんと一緒にいるかのように落ち着く。

こういうのを相性と呼ぶのだろう。

 

悲しいのは私がこっちの姿なため彼には居心地を悪くさせているであろう点なのだが。

少し笑ってしまう。

 

するとヒロ君は訝しげにこちらを見つめてきた。

 

「な、なんだ?」

「いえ、その目に見覚えがあるんですよね。

 こう、いつも顔を合わせている人とそっくりなような」

「いやまてそれは大きな勘違いだ違うから本当にその人とは無関係だから」

 

慌ててマスクをきちんと付け直し、目つきを戻す。

流石に気を緩めすぎたか。

 

僅かに威嚇するように睨むも、辻堂に慣れたヒロ君に効果はほぼない。

変わらず彼は私の顔を見つめる。

 

「余り女の顔をジロジロと見るものじゃない。そういうのは辻堂にでもしてやれ」

「あ、すいません」

 

余裕を持って注意したように見えるが、内心ハラハラドキドキである。

声でばれる可能性もあるため、いつもよりもよりトーンを落とした。

そのため彼には私が怒ったように感じたのかもしれない。

 

少し気まずげに視線をそらした。

ちょっと悪いことをしたかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御馳走様でした」

「ポテトとコーヒーしか頼んでないですけどね」

「それで充分だろう。別段俺自身が君に大層な事をしたとは思っていないのだから」

 

相変わらずクールな人である。

 

何を考えているのかは今ひとつ掴めない。

けれど、以前の乾さんとの騒動の件から彼女の人となりは理解できてきた。

間違いなくこの人は良い人だ。

それこそ愛さんのように筋を通して、不条理をよしとしない美しさがある。

 

俺としてはしばらくリョウさんと話していたいのだけれど、今日はちょっと拙い。

天気予報では晴れだと言っていたのに今は曇天だ。

もう日も暮れて暗いから雲が今ひとつ把握できないものの、それでも月も星も一切見えないのだからきっと曇ってる。

 

「それじゃあ雨も振りそうですし、そろそろお別れですね」

 

カツアゲから助けてくれた事を感謝し、大きく頭を下げる。

そしてそのまま背中を向けて歩く。

 

そのまま数歩。数分歩いた時、何故か背中に気配を感じた。

なんだろうと思い振り向くと、何食わぬ顔でリョウさんがついてきていた。

 

「帰る道こっちなんですか?」

「いや。そうじゃないが・・・・・・君はこのまま帰るのか?」

 

何か、探るような目で聞いてくる。

 

「いえ、俺はちょっと日付が変わるまでブラブラと人気のないところに行こうかと」

 

家に残って姉ちゃんに迷惑かけるのもあれだし、かといって外出して人通りの多いところにいるのも危ない。

最悪この不運に巻き込まれて車とかが人ごみに突進してこないとも言い切れないのだ。

現に今日は何度も交通事故に巻き込まれた。

 

「そうか、それじゃあ俺も同行しよう」

「なぜに」

 

まるで意図がわからない。

 

「こんなに暗いのに人気のないところに行こうとしているんだ。

 君に借りのある俺としては、この後何かあって怪我でもされたら俺のプライドに関わる。

 俺についてきて欲しくないのなら大人しく家にでも帰るんだな」

 

どうしようか。

まさかここまでターゲッティングされては不意をついて逃げることも難しそうだ。

そもそもどうして俺にここまで構うのか。

乾さんの件だけが理由ではない気がしてならない。

 

なんにせよ、だ。

今日は辻堂さん達に迷惑をかけない為に逃げ回ってきたが、考え方を改めたほうがいいかもしれない。

もし俺がまた病院送りにでもなったら恐らく愛さんは悲しんでしまうだろう。

だったらむしろここはリョウさんの力を借りて日をまたぐまで護衛してもらったほうが確実なのではなかろうか。

 

「リョウさん。今日の俺は本当についてないです、マジで危ないかもしれないですよ」

「そんなことは知っている」

「え、なんで知ってるんですか?」

「・・・・・・あ、いや。そうだ、少し前に君が独り言でついてないなぁとかボヤいていたからだ」

 

そんなことを言った記憶はないのだけれど。

でもリョウさんがそういうのならきっとそうだろう。

納得である。

 

「そうだったんですか。独り言聞かれてたとかちょっと恥ずかしいなぁ」

 

それこそ夜一人で散歩してる時、人気がない所で小さな声で歌って歩いている所を不意に通行人に見られたような気恥かしさだ。

あれは恥ずかしい。

咳払いとかしたら余計にみっともないし、だからといってそのまま歌うなんて選択肢も有り得ない。

もう夜風にあたって爽快だった最高のテンションが一気に自殺したくなるほどのネガティブテンションに変わる。

そもそも夏とかになると家なんて基本窓開けているのだから、人に直接遭遇せずとも家の中にいる人間に聞こえている可能性も高いのだ。

だから気を付けよう。誰に気を付けようと言っているのかはどうでもいい。

とにかく、外を歩くのなら鼻歌程度にしておこう。

まぁそんなことはどうでもよくて、結局俺が言いたいことは・・・・・・えぇと、なんだっけ? 何の話してたっけ?

 

「相変わらず人の言うことに素直なんだから・・・・・・」

「はい?」

「何でもない。いや、何でもあるか」

 

少しリョウさんっぽくない口調だったから驚いたが、俺が聞き返したらいつもどおりに戻った。

 

「君は少し無用心すぎる。辻堂や乾、マキなどの湘南でも最強に近い奴らと普段から接しているから麻痺しているのかもしれないが

 少しは人を疑って、自分の身を一番に考えるべきだ。

 不良は君が思っている程スジが通っている奴は少ない」

 

真剣に、忠告するようにリョウさんは俺に言った。

その表情やトーンに一切の冗談の色はない。

間違いなく真面目な話である。

 

「でも、リョウさんだって愛さんみたいに硬派な人ですよね」

「俺は既に不良は卒業している。というか話を逸らすんじゃない」

 

この話は正直俺にとって何度も自問自答を繰り返した内容だ。

故にもう答えなどとうに出ている。

 

「それでも、不良の中には愛さんやリョウさんみたいに一般人の俺から見ても格好いいと思うような人もいる。

 勿論リョウさんの言う通り、殆どの不良は良くない事ばかりする部類だろう。

 けど、それでもリョウさんがそんな人だとは思えない。だから俺は自分も大事にするし、

 以前の乾さんとの件みたくリョウさんの力にだってなりたい」

 

自分を一番に思えているかは自分でも定かではない。

しかし、リョウさんを俺は大切な人だと思っている。

それほど関わりがあったわけではない。

会話した事なんかほとんどない。

だというのに何故か彼女をかけがえのない人間だと俺は思っていた。

・・・・・・こういうのを相性とでもいうのだろうか?

 

そう考えながら、再びリョウさんを見ると複雑そうな顔をしていた。

 

「・・・・・・もういい、だったら好きにしろ。

 それで怪我した所で俺はしらんぞ」

 

口では突っぱねるような事を言っているものの、その表情がまた可愛かった。

何かに喜んでいるような、けれど困っているような。

しかし俺が言うことを聞かないから怒っているし、どこか拗ねている色もある。

 

マスク越しで表情を掴みづらいと思ったが、目だけでもそれがわかるくらいだった。

 

「とにかく、今日だけは俺が面倒みてやる。次からはこんなことがあると――――危ない」

「え、うお!」

 

咄嗟にリョウさんが俺を突き飛ばしながら覆いかぶさった。

いきなりの事態に何が起きたのか理解できない。

けれど、一秒後その答えはでた。

 

響く粉砕音。

それが俺の先程までいた位置で起きた。

 

慌ててそこに視線を向ける。

するとそこにはお店の看板が落ちていた。

また看板か。今日だけで何度目だよ。

 

リョウさんが助けてくれなかったら間違いなく直撃していた。

 

「ありがとうございます。今のはやばかった」

「いや、怪我がないのなら――――あ、こっちを見るんじゃない!」

「え、なぜに」

「理由はいいからこっちを見るな! 頼む!」

 

俺を押し倒したまま、俺の胸元に顔をおいているリョウさん。

目だけ下に向けると理由がわかった。

ああ、マスクずれたんだ。

この角度だと目と鼻しか見えない。

 

もう少しでリョウさんの素顔がわかりそうなんだけど。

・・・・・・見て欲しくないようなのでこれ以上はよしておこう。

 

「あわわわわわ、マスクの紐ちぎれてるし。

 こんなことなら乾にマスクあげるんじゃなかったぁ~」

 

本気でテンパっておられる様子。

 

「だ、だがまだスペアはある。

 あっ、まだこっちをみるんじゃないぞ」

「わかってますって。それより早くしないと今ので人が集まりますよ」

「うぅ、こういう惨めなのは俺のキャラじゃないのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・自分なにやってんだろ。もう帰ろっかなぁ」

 

何でこんな事になったのか。

 

自分は総災天センパイが変装してからずっと後ろからコソコソと二人の背中をつけていた。

いや、本当に何で自分はこんな虚しいことをしなければならないのか。

 

「はっはっは」

「・・・・・・」

「あっはっはっはっはー」

「あ、あの・・・・・・?」

 

ここ数時間、ずっと横で辻堂センパイが事あるごとに笑っている。

いや、笑っているとは言うもののこれは本当に笑っているのか。

目には光がなく、声は乾ききって感情が伺えない。

 

辻堂センパイは総災天センパイと長谷センパイが合流してから間もなくあずと遭遇した。

どうやら長谷センパイの気配を感じたと本人は言っているがどうにも胡散臭い。

 

「可笑しいよなぁ梓。何で目を離した隙に大はあの女とデートしてんだろうなぁ。

 可笑しい可笑しい。余りに可笑しすぎて可笑しな事をしてやりたくなるよ」

「おわぁぁぁぁ! ちょっとなんか体からスモークでてますってば!」

 

最近の辻堂センパイはバージョンアップしたのかスチーム機能が付いたらしい。

体から黒い煙、いや霧? 蒸気?

取り敢えずそんなのがもくもくと立ち上る。

あ、これ瘴気ですわ。

 

何か見ているだけでこちらまで落ち込みそうなので再び長谷センパイの様子を見ることにした。

聞き耳をたてて内容を聞いたのだが、どうやら二人はこのまま日付が変わるまで行動を共にするらしい。

正直面倒くさい。

 

さて、取り敢えず二人はどこへ向かっているのか。

辻堂センパイの暴走を抑えながらついてまわる。

 

その後、二人が付いた場所は別段意外でもなんでもない場所であった。

 

「何でこんな季節外れな場所に?」

「人気がないからだろ・・・・・・人気がないからだろうが!」

「二度も言わなくても」

 

二人は夏になれば目障りなほど人があふれる場所。つまり砂浜へきていた。

まぁ、長谷センパイからしたらここは安全地帯かもしれない。

人気もなければ車などの通りもない。

しかも上に遮るものがない代わりに設置された物もない。

つまり落下物がないということを考えればここ程いい場所はそうないかもしれない。

 

『うわああああ! 津波が押し寄せてくるー!』

『ヒロ君!? わた―――じゃない俺の手に掴まれ! 逃げるぞ!』

 

自分と辻堂センパイも速攻逃げた。

 

「手をつないだ。許せない」

 

 

 

 

 

 

 

事なきを得た二人が次にきた場所は、稲村学園だった。

ほほう。確かに日の暮れたこの時間ならばもう生徒の姿はない。

悪くない身の置き場所だといえる。

 

『お○んちんびろーん!』

『うひゃああああ! 変なおっさんがが装備全部外してこっち来たあぁぁぁぁ!』

『汚いものを見せるな! 消え失せろ!』

 

マジかよ。

ここ学園だぞ。

何でストリーキングがここで裸の王様してんだよ。

っていうか長谷センパイが露出魔にびびって、総災天センパイが長谷センパイを胸に抱いて変態をぶっとばした。

普通逆ではないのだろうか。乙女か。

 

「大を抱きしめた。許せない」

 

 

 

 

 

 

変態を学園につきだした二人は続いて別の場所へ向かった。

次なる場所はここ。ナクドマルド。

二十四時間営業で財布に最近優しくないほど値段が上がって、

ぶっちゃけスモバーガーでいいよねって話になるのはご愛嬌。

二人は疲れた顔で入店。

 

自分たちも気づかれないように死角となる席に座った。

 

「このくそったれがああああ! なんだこのジャンクフードは!?

 文字通りジャンクなフードなんざ食えるか!?」

「お、お客様。申し訳ありませんすぐに作り直しますのでどうか」

 

なんだろうと思いカウンターを見たら不良がぐしゃぐしゃなハンバーガーを渡されて切れていた。

ああ、時々あるんだよな。やたらパンと野菜と肉が全て見事にずれてぐしゃぐしゃになってるの。

 

「あーマジあたしむかつくんですけどー。

 ちょっとケンちゃんどうするよこれー」

「こりゃ店長呼んでもらないときがすまねーわ。マジで」

 

あらら、どうやら調子に乗ったカップルらしい。

一番悪いのはぐしゃぐしゃにしたハンバーガーを渡した店員だが、だからといってこれは見ていて鬱陶しい。

正面に座る辻堂センパイが見逃せる訳もなく立ち上がりかける。

 

「あ~、すいません。あそこのハンバーガーと同じのをください」

「あ、はいかしこまりました」

 

気づかないうちにもめている所とは違う隣のレジに長谷センパイがいて、追加注文をしていた。

どうやらぐしゃぐしゃになったハンバーガーと同じのを注文したようだ。

 

そして一分後。

注文したものがトレーに乗って来る。

長谷センパイはそれに料金を払い、店員に軽く礼をしたあと、未だもめているカップルの前に立った。

 

「これ、どうぞ」

「あぁ? なんだオメェ?」

 

長谷センパイは笑顔でそのハンバーガーを渡す。

だが相手は訝しげにそれを見て、受け取らない。

 

「おふたりの文句はもっともです。

 ですけど流石にこれ以上ここでもめても他のお客さんの迷惑ですから、

 これで取り敢えずお茶を濁すなんてのはどうでしょう?」

「テメェケンちゃん舐めてんの?」

「お茶を濁せなかったか」

 

まぁ仕方ないだろう。

 

ため息を吐くセンパイ。

しかしこれでお流れにはならなかった。

不良の男のほうが標的を店員から長谷センパイに変えたらしい。

胸ぐらをつかみだした。

 

「あの野郎、誰の男にあんなマネを・・・・・・ッ!」

「辻堂センパイストップっす」

「あぁ?」

「ほらあれ」

 

完全に因縁を付けられている長谷センパイにゆっくりと近づく影。

総災天センパイだ。

 

「まったく。突然席を外すから何かと思えば、また君は厄介事に首を突っ込んで・・・・・・」

「な、なんだテメェ!?」

「あぁ。俺のツレがお前達の邪魔をしたようだな。悪かった」

 

纏う風格で只者ではないことに気づいたのだろう。

カップルは僅かに後ずさりする。

 

突き飛ばすように手を離された長谷センパイは僅かにつまずき、後ろに転びかける。

それを総災天センパイは素早く察知し、後ろに回り込み抱きとめた。

 

「すいませんリョウさん。巻き込むつもりはなかったんですけど」

「気にするな。君が行かなかったら俺が代わりに行っていた」

 

長谷センパイの頭を優しく撫で、彼を後ろに置き自身は前に出た。

 

拳を鳴らす。

目つきを鋭くする。

それだけで相手は失禁せんばかりに怯え竦んだ。

 

「お前らが悪いことをしたわけじゃない。だから俺はお前らを殴らない。

 しかしだ、お前らは・・・・・・そうだな――――目障りだ、消えろ」

「ひいぃぃぃぃ!」

「あ、ケンちゃん待ってよおいてかないで!」

 

その一喝で不良二人は必死で逃げた。

買ったハンバーガーすら投げ出して必死の形相でその場を後にしたのだ。

 

・・・・・・すごいなぁ。

ああいう殺気の使い方を自分はできない。

どうにも相手を怯えさせる事はできても目や雰囲気だけで相手を倒す技術はないのだ。

 

「あ、あの・・・・・・お客様」

「御馳走様でした、それじゃあリョウさん行きましょう」

「あぁ。騒ぎを起こして悪かったな」

 

騒ぎを収めた二人はそそくさと店内から出て行った。

仕方あるまい。

二人は既に店内の客やスタッフに注視されていた。

逃げたくもなるだろう。

 

自分たちも二人の後を追って店内を後にした。

 

「大に頼られた。許せない

 許せない許せない許せない・・・・・・ゆ゛る゛さ゛ん゛」

「あ、何か辻堂センパイの大切な何かがちぎれた音がしたっす。

 決定的な何かが」

 

血の涙を流しながら親指の爪をガジガジと噛み続ける辻堂センパイ。

そこまでか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は一日ありがとうございました。

 本当に、何度も助けてくれて何てお礼を言ったらいいか」

「気にするなと何度も言っているだろう。

 乾の件の借りを返しただけだ、感謝される理由はない」

 

日付はあと十分で変わる。

俺達はもう何も起きないことを祈りながら、二人で公園のブランコに座っていた。

 

俺はつい子供心をくすぐられ、大きくブランコを揺らす。

思ったよりも昔と勝手が違っていて視点の高さや揺れが少し怖い。

子供は恐れ知らずと言うが、なるほど。

子供が恐れ知らずなのではなく大人が臆病すぎるのかもしれない。

 

対してリョウさんは相変わらずのクールさで、ブランコに座りはするもののただそれだけだ。

 

「そういえば、今日思ったんですけどリョウさんって俺のお姉さんみたいな人と同じ匂いがするんですよね」

 

・・・・・・言って思った。

女性に匂いの話なんて引かれるってレベルじゃないだろう。

迂闊だった。

 

「お姉さん? ああ、確か君はお姉さんと二人暮らしをしていたな」

「あ、いや。そっちの姉ちゃんではなくて。というかそっちの姉ちゃんは全然姉らしくないんで。

 いや勿論誰にも自慢できる姉なんですけど、でも姉らしいかといわれれば首を傾げます」

「辛口だな。本人が聞いたら発狂しそうだ」

 

よかった。

どうやら余り今の話題に拒否感を持たれなかったようだ。

最後の最後に微妙な空気になったらどうしようかと。

 

「小さい頃から近所で一緒に育った惣菜店の一人娘がいてですね。

 その人とリョウさんがさっき抱きとめられたとき同じ匂いがしたんですよ」

「おい待てやめろ」

 

何が気のせいなのかはわからないけれど怖い顔で凄まれた。

 

「ん? 惣菜店? 総災天?

 あれ? 何かひっかかるぞ。ん~・・・・・・んん?」

「ひぃ! まてバカ考えるのをすぐにやめろ!」

 

何やら焦ったように思考を中断させられた。

はて、何か答えが出そうなんだがなんだったのか。

朝目が覚めたら夢を忘れる感じで、今でかけた答えが引っ込んだ。

出そうで出ないくしゃみのようで妙にしっくりこない。

 

「べ、別に使っている洗剤が同じなだけだろう。

 それは珍しい事かもしれないが、不思議なことじゃない」

 

洗剤とかそういうのじゃなくて、よい子さん特有のものなのだが。

こう、料理の匂いというか。決して油臭いわけではなく母の香りのような。

いや、実の母の香りなど覚えていないしそもそも嗅がせてもらえてすらなかったけれど。

 

ともかく、何かよい子さんは普通の若い女性が持つ香りとは違う独特の香りがあるのだ。

それと同じ匂いがした事が引っかかった。

 

「リョウさんって卒業したあと何してるんですか?」

「秘密だ」

「あ、もしかして進学ですか?

 リョウさんって勉強できそうですしね」

「勝手に話を進めるな。内緒だと言っているだろう」

 

ブランコを大きく漕いで空を見る。

決して首を上に向けたわけではない。

体が大きく空を仰ぐくらいにブランコを揺らしたのだ。

 

空には大きな満月が見えた。どうやら雨は降らず、むしろ晴れたようだ。

中々にツキが戻ってきたようだ。

 

しかし不思議なものでちっとも眠くない。

明日は学校で、この調子だと多分明日は寝不足だろう。

そもそも疲れ凄まじく蓄積していて、今寝たところで取れるとは思えない。

 

でも、不思議と気分は澄み切っていた。

 

「リョウさんと一緒にいると安心するんですよね。

 最初は怖くて緊張してましたけど、知れば知るほどリョウさんと一緒の時間が楽しく感じる」

「そ、そうか」

 

初見は目つきや雰囲気が怖いお姉さんだなと思っていた。

けれど実際に話を繰り返していれば内面はその外見と違っていた。

 

俺の知る限り、彼女程冷静で理知的で頼りになる人はそういない。

それにどことなく彼女自身に包容力も感じていた。

 

「今日だって借りを返すとか言ってましたけど、仕方なくというよりは率先して俺を助けてくれましたよね」

 

俺が危なくなれば何のためらいもなく体を張って助けてくれた。

そのせいで何度かリョウさんの方が危険な目にあったが、災難が過ぎ去ったあとにまず確認することは俺の怪我だった。

自分が怪我をしようがそれを意に介さず俺の事ばかり気にかけてくれたのだ。

 

「何度も言わせる気だ。借りを返しているだけだ、他意はない」

 

それを言われると困る。

正直俺としては貸し借り以上の感情をリョウさんから感じたし、俺自身もそれをリョウさんに抱いている。

 

「それじゃあ次は俺が借りを返す番ですね」

「どうしてそうなる」

「だって、どう考えてもリョウさんは借りたもの以上のものを俺に返してくれました。

 これは利子を付けて返さないと俺の気が収まらない」

 

正直に言えばこれは建前である。

どうやらリョウさんはどうあっても理由をつけないと気がすまないらしい。

だから貸し借り煩いし、それを本音の隠れ蓑にしている。

だったらむしろそれを利用してやろう。

 

「いらん。そこまで大したことをしたつもりはない」

「大した事かどうかは俺が決めることです。

 実際に俺がリョウさんを乾さんから庇ったのだって俺にとって大した事ではないです。

 ただ勝手に体が動いて、勝手に俺が自滅した。俺にとってあの出来事はそれだけなんです」

 

だから俺だって借りがどうとか言われても困るのだ。

 

「今日、俺はリョウさんに凄いでっかい借りを感じました。

 おおどうしたことだろう、これはこれは余りにも大きすぎる借りだ」

 

わざとらしい芝居がかった言い回しをする。

ある程度まくし立てる話の流れにしないと逃げられそうだからだ。

 

「だからリョウさん、また会えますよね。

 借りは返すものなんでしょう?」

「・・・・・・それを聞きたかったのか」

 

聞かずには居られなかった。

俺はリョウさんの私情を何にも知らない。

知ら無さ過ぎる。

だから俺の方からリョウさんの姿を見つける事はほぼ不可能なのだ。

既に江之死魔どころか不良を卒業した彼女の姿はもう探す手段が無い。

 

「リョウさんの素性を探ろうとも思わない。

 私情を探索しようとも考えてない。ただ、また会えるか。

 それだけを知りたいです」

 

彼女は間違いなくいい人だ。

限りなく愛さんに近いタイプの不良だ。

だからかわからないけれど、異様に親密な感情を抱いてしまう。

まるで小さい頃から一緒に育ったかのような親近感すらある。

 

そんな人ともう二度と会えないなど、そんな寂しいことはない。

 

リョウさんはブランコを降りた。

そして、ゆっくりと漕ぎ続ける俺の近くに寄った。

巻き込む事を恐れた俺は直様漕ぐことをやめ、徐々に減速し、最後には同じくブランコから降りた。

 

「不良なんてろくなものじゃない。君は以前、乾を恨んだ奴らに病院送りにされた。

 まだ反省していないのか」

 

責めるような語気に俺は一瞬息を飲んだ。

 

「はっきり言うぞ。俺は君と辻堂の恋路も応援などしていない。

 君はもっと普通の人間と付き合うべきだ」

 

台詞だけ聞き取れば間違いなく俺を責める性質のものだ。

でも声の抑揚、そして彼女の目は一切俺を責めるものではない。

むしろそれは親が、姉が子や弟を心から心配しているような。

身に覚えのあるソレだった。

 

「長谷大。お前の相手に不良は似合わない」

 

その言葉はいつか聞いた。

愛さんに同じ事を言われた。

 

「無論俺がお前たちの恋路を邪魔するつもりもない。

 あの辻堂と今なお付き合っているし、既に不良の暴力の被害にもあった君だ。

 俺が言ったところで改めようとも思うまい」

 

リョウさんは視線をわずかにずらした。

 

「だが危険は極力避けろ。俺は不良を抜けたが、未だ俺を恨む奴は多い。

 自分から地雷を踏むこともないだろう」

 

それは本当に本心なのか。

知るすべは俺にはない。

だったら、俺は知らないのだから自分の我が儘を通させてもらう。

 

「何言ってるんですか。今更地雷の一つや二つ増えたところで何が変わるんです。

 俺はもう愛さんや江之死魔、マキさんや乾さんなんて湘南屈指の悪い子達と関わりを持ってます。

 それで今更自分の危険がましたところで気にしません」

 

目をそらしたままのリョウさんを真っ直ぐ見つめ、真面目に言う。

 

「何より地雷なんてもう何度も踏んでいます。おかげで冬休み中だけで二度も入院しました」

 

あれだけ酷い目にあったとしても、それでも俺は一向に懲りない。

ただのバカなのだろう。

だが、バカはバカなりに矜持というものがある。

 

「それを理解していることを踏まえてもう一度言わせてください。

 また、会えますよね? 今日の借りを返さないことには俺の気が済みません」

 

ここで、ようやくリョウさんは俺の目を見た。

何かに戸惑い、何かに怯え。

それでもやはり俺の意思を尊重してくれるような包容力がその瞳にはある。

 

それからリョウさんは数十秒ほど考え、大きく息をついた。

 

「本当に、頑固な子なんだから・・・・・・もう」

「リョウさん?」

「何でもない。気にするな」

 

マスクのせいで何か呟いた気がするのだが詳細が聞こえなかった。

しかし僅かに聞こえたその声質はどこかで聞いた声だったような。

 

リョウさんは一度瞳をとじ、再びあけた。

 

「俺の素性も私情も探索しないと言ったな?」

「はい」

 

そうか、とリョウさんは言う。

 

「じゃあ俺の家も携帯番号も今どういう風な日常生活なのかも素顔も当然何もかも教える必要はないな」

「そんな、そんなのズルです! おい誰かレフェリー呼べ!」

 

ありえんだろうこの話の流れで。

どれだけ鬼なんだこの人は。

 

「だがまぁ。気が向いたら君の前に現れよう。

 勿論いつ会えるかなど一々連絡もしないが」

 

うん?

 

「それはつまり気が向いたら俺に会ってくれると?」

「そういう事になるな。

 余り期待されても困るが、まぁあくまでも気が向いたらだ」

 

おお。

熱意が通じた。

俺の相手の気持ちを度外視した自己中極まりない説得にリョウさんが折れた。

 

「っしゃ!」

「そこまで喜ぶことか」

「喜ばいでか!」

 

もう会えないと半ば諦めていた人なのだ。

そりゃ喜ぶさ。

 

リョウさんは目を白黒させて驚いている。

俺はそんなリョウさんに微笑ましさを感じながらある事に気づいた。

 

「あと一分で今日が終わりますね」

「あ、ああ。そうだな」

 

このまま何事もなければいいのだが。

 

そう思った瞬間。

 

神風が吹いた。

いや、台風レベルの強風が一瞬だけ吹いた。

 

そしてめくり上がるリョウさんの布。いやさスカート。

盛大にめくり上がり、中身を丸見えにしている。

 

「見えた! 白! あざっす!」

 

勝ち誇ったように宣言をする。

 

この長谷大は人の下着を見ておいて、『大丈夫見えてないから』

とほざくほど嘘つきではないのだ。

男はいつだって正直者でなければならない。

男。その名をノンデリカシーと言う。

これを前に愛さんに言ったらコークスクリューブローを貰ったが反省も後悔もない。

 

なるほど。

今日は俺自身だけではなく、俺の近くにいる人も悪運に巻き込まれるが、どうやら最後の最後にやってくれたようだ。

あ、ちがうちがう。やらかしてくれたようだ。

 

「・・・・・・」

 

リョウさんは普段通りの涼しい顔をしたまま固まっている。

クールな彼女だからこそ慌てていないが、それでも恥ずかしかったのだろう。

 

「あ、あの。リョウさん?」

 

声をかけるも反応なし。

フリーズしているようだ。

 

しかしそれから数十秒後。

突然動き出した。

 

「もう日付は変わったな。

 俺の役割は終わった、それではな」

「え、ちょっと」

「明日は学校があるんだろう。無駄に時間を使って睡眠時間を削る事もない。

 さっさと帰って寝ろ。おやすみ」

「あ、はい。おやすみなさい」

 

僅かに顔を赤くして歩いて去るリョウさん。

やっぱり恥ずかしかったみたいだ。

クールだなぁ。

 

俺はその背中に手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リョウさんの姿も見えなくなって、さあ俺も帰ろうかと歩き始める。

その瞬間、背後から何か、得体の知れない気配を感じた。

 

これは間違いなく殺気だ。

 

命の危険を――――感じるっ。

 

「こんばんは、大」

「こんばんは愛さん。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

待って欲しい。

俺のお休みと今突然背後から現れた愛さんのお休みではイントネーションが違う。

 

まるで俺自身ではなく、俺の命そのものにおやすみなさいと言っているかのようなその言葉に俺はちびる。

いや、俺のプライドの為に言っておくが実際にはちびってなどいないぞ。

これはただの比喩でありマジでちびってなんかいないぞ。本当なんだから。

 

「このスケコマシが!」

「あひん」

 

その今まで見たことがないほどのむき出しの殺意が俺の意識を刈り取った。

愛さんは俺には威圧が効かないなんて言っていたけど嘘じゃないか。

そして俺の意識はブラックアウト。

 

「長谷センパイが死んだ! この人でなし!」

「殺しちゃいねぇよ。あぁ楽しみだなぁ。

 今日の学園でどういたぶってやろうか・・・・・・」

 

なるほど。

俺のアンラッキーデーはどうやら延長戦らしい。

 

ただ何だろうな。

振り返ってみれば俺にとってこの日は決して不運な日ではなかった気がする。

不幸の中に幸運があったからだろうか、むしろ普段より幸せを感じれた日だった。

 

とりあえずはリョウさんと縁が切れたわけではない。

それがわかっただけ良い日だったのだと自分は納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
ファンディスクのよい子さんルート楽しみだなぁ。おわり。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。