辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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31話:ラッキーアンドアンラッキー!(中編)

「見たか、あれアタシの彼氏なんですよ」

「うっざ」

「まぁまぁ、辻堂さんの気持ちもわからないでもないし話くらい聞いてあげても」

 

長谷センパイが猫を助けたあとから辻堂センパイがずっとこんな感じである。

もういちいち長谷センパイの自慢してきて鬱陶しい事この上ない。

 

大体、辻堂センパイに言われなくとも長谷センパイが良い人なのはわかりきっているし。

 

「思ったんだけど、今日のヒロ君って本人がついていないというよりは他人の不幸に巻き込まれてる?」

「ああ、それはアタシも思った」

 

何を今更。

所々でみれば長谷センパイに直接被害が向いていることもあった。

それこそ車が突っ込んできたり、鳥のフンを落とされたりと程度の差があるものの何度かあった。

けれど、総合的に見れば長谷センパイの近くにいる他者の不幸に介入して自身に被害が及んでいるほうが多い。

 

迷子の子供を送り届ければ道中に不良に絡まれたり、

信号渡れば前方不注意の車やバイクが毎回他人に突っ込んできたり、

川の近くを通ればどんぶらこと猫や子供が流されていたり。

 

とにかくついていない。

 

しかし、どうやら長谷センパイはめげていないようで、未だ諦めず人のいないところを探し歩いている。

ついていないのだから絶対見つからないとおもうのだけど。

 

「あ、恋奈様だ」

「チッッッッ!」

「舌打ちで空気震えたわよ今」

 

見ればビショビショで弁天橋を歩いている所に、恋奈様が長谷センパイと鉢合わせていた。

 

長谷センパイは気さくに挨拶をする。

 

『こんにちは。さようなら』

『まてや』

『ぐぇっ』

 

ヒットアンドアウェイをするように近づいて挨拶。

そして直様立ち去ろうとする長谷センパイの襟を後ろから掴んで引っ張り倒す恋奈様。

今日もいつも通りワイルドである。

 

『・・・・・・なにするのさ』

『今何をしたのかではなく、今から何をするのかを聞くべきね。

 ほら、行くわよ』

『え、どこに』

 

こっそりと近づいて聞き耳を立てる。

硬派な辻堂センパイも気になるようで、かなり集中して聞いている。

 

『さっきの見てたのよ。ビショビショになっちゃって、そのままじゃ風邪ひくから私のホテル来なさい』

 

瞬間。雷が真横から落ちた。

正確には雷のような音が真横からしたということだけれど。

 

何事かと思い、恐る恐る横目でとなりを見る。

 

「あのアマぁ! 誰のカレシをホテルに誘ってるのかわかってないようだな」

「ちょ、辻堂さん落ち着いて! 恋奈も別に親切心からの誘いであって別にいかがわしい事を誘ってるわけじゃ!」

 

慌てて辻堂センパイを取り押さえるよい子センパイ。

相も変わらず苦労人気質だ。

 

「で、どうするんすか?

 流石にホテルの中入られたら自分らでもバレると思いますけど」

 

自分の問いかけに冷静さを取り戻したらしい、辻堂センパイは思案に暮れる。

考えながらもホテルに向かう二人への追跡をやめないあたり業が深い。

 

あ~、やっぱり長谷センパイに悪いしもう自分は帰ろうかなぁ。

でも、心配だしなぁ。

 

数分歩いて、ふいに辻堂センパイは足を止めた。

そして腕を組み一言。

 

「おい、梓。お前が行け」

「ざけんな」

 

こうなる気はしていた。

何せ自分は恋奈様のホテルに無許可でも入れる事を許されている。

無論既に警備員の人とも顔見知りだし、今更侵入した所で不審がられないだろう。

 

「バレたらどうするんすか。流石に建物の中でストーキングして気づかれないほど変態スキル高くないんですけど」

「やってみなきゃ分かんねぇだろうが。

 アタシはお前を信用してる。それに評価だってしてる。

 だからこんな事をお前に頼んだんだ」

 

こちらの肩をガシっと捕まえて、真っ直ぐな目で見つめてくる。

 

「大丈夫だ、もしバレたときはアタシも一緒に謝ってやる。

 全責任をお前だけに負わすなんて腐った真似をするわけない。

 だから安心して行け」

 

やばい、言っていることは当たり前のことかつ結局犯罪行為にあずを駆り立てているだけなのにちょっと感心した。

辻堂センパイにこんなふうに頼られたり信用されたら、ものすごく力と自信が湧き上がる。

なるほど、これがカリスマ持ちの威光というものなのか。

 

仕方ない。

不満もあるし、不服だし、不安だらけだがやってみるか。

 

「うまいこと乗せられたな。俺は手伝わんぞ」

「はなから期待してねーっすよ」

 

こういう時普段から猫かぶってるどころか別人のフリをしている人はお得である。

 

「手伝わんが、応援物資は渡してやる。ヤバくなったらこれを使え。

 少しはごまかせるだろう」

 

そういって辻堂センパイに気づかれないようになにか渡してきた。

なんだろうかと思い、目を向ければ少し驚いた。

 

「随分でかいマスクっすね」

 

流石にいつも使っている黒いマスクではない。

薬局などで売っている大きな白い感染予防用の少し高いマスクだった。

 

なるほど、普段からこういうのを持ち歩いているのか。

この人いつか不審者として捕まるんじゃないのだろうか。

 

「あとはこれだ」

「まだあるんすか」

 

次に手渡されたのは白いリボン。

ふむ。これは時々髪を結んでいるやつだろう。

 

「あとは普段のイメージとは真逆の服装を着て目つきを変えれば完璧だ」

 

ベテランは語る。ついていけない。

とはいえ、偽装手段が増えるのは良い事だ。

あまり自分の髪は長くないけれど、髪を結ってマスクして目つきと雰囲気を変えればパっと見た感じは変えれるか。

 

「何の話してるんだお前ら?」

「なんでもないのよ~」

「そればっかだなお前」

 

この人ってどっちが本性なのだろうか。

などと一瞬疑問に思ったが、それはまた別の話でわかるのだろう。

深くは考えないことにする。

 

取り敢えず、リボンとマスクをポケットにしまいこみ、既にホテル目前についた二人に視線を送る。

 

『やっぱいいよ。俺は近くのコインランドリーいくからさ』

『アホか。コインランドリーで服洗ってる間アンタは全裸でそこにいる気か』

『いや、うん。まぁそうなるよね』

『じゃあいいわ。行きなさいよ、警察呼んであげるから』

『ひどすぎる』

 

半ば強引に恋奈様は長谷センパイをホテルに引っ張り込んでいった。

びしょびしょに濡れている長谷センパイにむしろ積極的にくっついていくあたり、中々本気なようだ。

 

「おい梓、ミッション変更。恋奈を始末してこい」

「ざけんな」

 

今日の辻堂センパイは暴走しすぎである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、乾さん。恋奈様なら先程男の子と戻ってきたところですよ」

「あはは、ども」

 

エントランスの受付のスタッフに声をかけられる。

まさかその二人を尾行しに来ましたなどと言えるわけもないので、愛想笑いを浮かべながら切り抜ける。

 

特に警備員も受付のスタッフも自分に不審な目を向けることはない。

当然だ、何せ自分は恋奈様と懇意にしている人間だ。

こういう時はむしろ堂々としているほうが安全である。

 

二人が使ったらしいエレベーターの前に立ち、上にある現在止まっている階層番号をみる。

 

ふむ。どうやら入浴場らしい。

 

まぁ、まずは服を洗うよりは体を洗う方が先決か。

自分はエレベーターを出た瞬間鉢合わせしないように階段の方から行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほら長谷、背中流したげるからこっちに来なさい』

『いや、そんなの自分でできるってば』

 

うぅむ。

これは、その。

 

取り敢えず携帯を取り出して辻堂センパイに連絡する。

ワンコールで通話状態に移行。

どうやら辻堂センパイはずっとスタンバイしていたようだ。

 

「どうやら長谷センパイと恋奈様は浴場で洗いっこしてるみたいっす」

『殺せ』

 

まじでか。

ストーカーからアサシンに転向かよ。

 

『辻堂さん。注文通りしらすクリーム買ってきたけど、本当にこれでよかったの?』

『ああ、アタシはこれでいいよ。まっずいけど、結構好きだからさコレ』

 

どうやらお二人は外で湘南ライフを満喫しているようだった。

・・・・・・あずが一人ミッションインポッシブルしている間に二人は随分楽しそうで。

何か真面目にやっている自分がバカみたいだ。

 

『はっくしゅん!』

『げぇ! 俺のタオルが!』

『うおわあああああ! しまいなさいよその粗末なエレファントカシマシ!』

『俺のメリッサが粗末ですと!? あ、やばい俺のジョバイロが視線にさらされてサウダージしてきた』

『ちょ、ハネウマライダーしてるっ。長谷アポロがネオメロドラマティックしてるぅっ!』

 

何をやっているのだろう。

凄く気になる。

 

気づかれないようにこっそりと浴場の戸を少しだけ開けて除くことにした。

湯気で少し見づらいものの二人の姿はある程度鮮明に見えた。

 

どうやら自分が覗いた頃には長谷センパイが恋奈様からタオルを奪い返したあとらしく、現在進行形で腰にタオルを巻いていた。

因みに恋奈様は水着着用している。

自分のホテルだし、しまっていたものを引き出したのだろう。

 

というか、成長期なのに去年の水着が普通に入っているのか。

恋奈様、哀れな。

 

『ッ!? 曲者!』

「あぶな!?」

 

突然恋奈様がこちらを振り向いて風呂桶をフルスイング。

 

ギリギリ隙間から目を離し、桶をかわす。

先程まで自分のいた箇所に凄まじい速度の風呂桶がシュートされた。

あっぶねぇ。急いで隠れなければ。

 

さしあたって脱衣場のトイレなどいいかもしれない。

 

急いで、かつ物音立てずトイレに隠れる。

 

『・・・・・・気のせいか。今何かムカつく視線を感じたのだけど』

 

恋奈様が桶を取りに脱衣場に着て、そのまま再び浴場に戻っていった。

今のは肝が冷えた。

 

「辻堂センパイ、自分帰っていいすか?」

『ダメだ。敵前逃亡は死罪だ』

「ご無体な」

 

大体長谷センパイに限って辻堂センパイ以外に手を出すとは思えないのだが。

散々アピールしている自分にすらキスまでしか進んでいないし、それもこちらからする側に限定されている。

・・・・・・そろそろ逆レイプしようかと目論んでいるが。

 

まぁ今はそれはどうでもいいことだ。

取り敢えず脱衣場に戻り、再び浴場を覗く。

なんでこんなことを自分がしなければ。

 

視線をさまよわせれば、既に長谷センパイと恋奈様は湯船。

というか露天風呂に使っていた。

 

『ふと思ったんだけどさ、なんで片瀬さんまで一緒に入浴してんのさ』

『アンタの海水まみれの服でビショビショになったからよ』

 

だったら時間ずらせや。

 

『だったら片瀬さんが出るまで俺は待ったのに』

『そんなの時間のムダ。アンタの裸なんか興味ないし、私は水着があるから混浴のリスクもない。

 だったら今現状の選択は間違いじゃないでしょう』

『経営者らしい考え方だね』

『そりゃどうも。褒め言葉ね』

 

何だかんだで楽しそうな二人である。

 

いい空気だなぁ。

自分も混ざりたいなぁ。

 

別に自分は長谷センパイや恋奈様に裸見られてもいいし、このまま偶然を装って乱入しようかな。

 

「って思うんですけど、どうでしょう?」

『だめ』

「あぁん」

 

あれもダメ、これもダメ。

アンタは自分のおふくろか!

と、怒鳴りそうになるもののこらえる。

 

『あれ、タオルどこにおいたかしら』

『タオルね・・・・・・あ、あそこにあるよ』

『ホントだ。よっこいしょ』

 

婆さん臭い掛け声を出しながら恋奈様は湯船から足を出す。

 

『片瀬さん、足元気をつけてね』

『子供扱いすんなや。大体ここは私のホームよ、そんなの心配しなくても―――――』

 

後ろを向いて喋りながら歩く恋奈様。

だが本人は気づいていない。

その進行方向には濡れて滑りが良くなった石鹸が落ちていることに。

 

ベタだなオイ。

 

『うひゃあ!?』

『それ見たことか!』

 

案の定石鹸を踏んで、オーバーヘッドキックをするように回転する恋奈様。

それを素早く反応して駆け寄る長谷センパイ。

 

間に合うかどうか、微妙だが長谷センパイは一切諦めていないらしく、全力疾走。

 

恋奈様の背や後頭部がタイル張りの床に直撃するその瞬間

 

『セェエェェェェフ!』

 

ヘッドスライディングを決めて見事にキャチ。

恋奈様、九死に一生である。

 

だが、まだ長谷センパイの見通しは甘い。

 

『ちょ、長谷ッ! 止まりなさいよ!』

『無理ですわ、地球の慣性舐めたらいかん』

 

勢いつけてスライディングしたのだ。

そりゃ滑るわ。

長谷センパイは腕に恋奈様を抱えたまま、結構な速度でタイルの上をスライディング。

そしてそのまま目前に壁が。

 

『アダダダダ! いたい! 股間がタイルで擦れていたい!

 あ、でも何かに目覚めそう』

『いやあぁぁぁぁ! 目覚めてる場合じゃない!

 壁っ、壁と長谷に潰される!』

 

数秒後。

 

『むぎゅ!』

 

恋奈様が潰された音が浴場に響いた。

一瞬で気絶する恋奈様。

見た目からはわからないが、どうやらいつもの不死身さを発揮する前に意識が飛ぶほどの衝撃だったらしい。

 

けれど、まぁ。あのままタイルに後頭部を強打するよりはマシだっただろう。

やれやれである。

 

取り敢えず、長谷センパイは恋奈様をクッションにしたおかげで無事らしい。

お腹が擦り傷だらけではあるが、取り敢えず問題はない。

 

よし、これはチャンスだ。

 

「長谷センパイ、さっきぶりっす」

「え、なんで乾さんがここに」

 

服を素早く脱いで、同時に体に恋奈様が脱衣場に置いていたバスタオルを巻いて乱入。

今恋奈様が意識を失っている、ならばそれはイコールチャンスだ。

幸いにして今この現状で辻堂センパイが乱入する恐れもない。

あの人は今外で悠長にアイス食っている筈。

 

作る。ここで既成事実を。

 

長谷センパイは慌てて腰のタオルを巻き直し、あずを恐れたように後ずさりする。

 

「乾さん、何か怖い」

「ふふ。その怯えた顔、無防備な姿。凄くいいっすよ」

 

時間に余裕はそれほどない。

今回のチャンスはあくまでも誘発的なもの、悠長にしてられる程ではない。

 

長谷センパイが一歩下がった瞬間、一気に間合いを詰める。

 

「ばぁ」

「うわ!?」

 

驚かすように長谷センパイに顔を近づける。

突然こちらの顔が目前に現れて期待通りの反応をする。

いいね、グッド。

 

だがまだだ。

長谷センパイは辻堂センパイ以外には草食系だ。

中途半端な追い詰め方では逃亡されかねない。

 

長谷センパイの背後に回り込み、関節技を決めるように体を密着かつロックする。

腕を完全に決めているため、無理に動こうとすれば激痛と共に腕の関節が外れるだろう。

 

「ちょ、乾さんっ。何を!?」

「何をとは、長谷センパイにしては随分と鈍いっすねぇ」

 

少しだけ決めている腕を動かす。

 

「うぁ! 痛いっイタタタ!」

 

ゾクゾクする。

そうだ、この感触、久しく味わってなかった。

人の体を壊すも生かすも自分次第の状況。

痛がる相手、嬲る自分。

 

たまらない。

興味のない相手を一方的に嬲り殺すのも楽しいけれど、

それが愛おしくて大切な長谷センパイが相手なら格別だ。

それこそ途方もない年月で熟成させ、圧倒的なブランドを得たワインを飲む行為に等しい。

 

積み立てに積み立てた自分と長谷センパイとの信頼関係。

そして好意。それを下地にしたこの状況。

肌が粟立つ程に高揚する。

 

「ふふ、痛いだけじゃないですよね」

 

与えるのは痛みだけではない。

可愛い可愛い長谷センパイだ、そんな彼に痛みだけしか与えない筈がない。

 

「こんなに体を密着させて、それに互いに裸。

 背中、きもちいいっしょ?」

「ぐ、今はそんなことを意識できるような状況じゃ」

 

片手で長谷センパイの腕をロックし、フリーになった右腕を長谷先輩の首に回す。

そして思い切りこちらに体を密着させた。

 

その男性らしい広い背中が先ほどより強烈に密着する。

 

「女の胸は柔らかいだけじゃないんですよ。

 硬いところだってあるんです。ほら、わかりますか?」

「な、なんでタオル巻いていないのさ」

 

タオルなど、長谷センパイの背後に回り込んだ時に脱ぎ捨てた。

 

いつまでもこちらの誘惑に崩れない長谷センパイに喝を入れるように決めた腕を少し動かす。

すると痛みに悶えるセンパイ。

ああ、最高だ。

 

胸を掻きむしりたくなるほど気持ちがいい。

堪らず、長谷センパイの首筋に舌をつけ、ゆっくりと頬まで舐めあげる。

 

「あは、センパイ緊張してますね。汗かいてますよ。

 そのしょっぱい味、癖になっちゃいそう」

 

徐々に青ざめていくセンパイ。

完全にこちらに怯えている様子だ。

 

未だ何故あずがこのような凶行に及んだのか理解できていないのだろう。

 

「センパイ。もしかしてセンパイはあずがそこいらの女みたく普通の恋愛を望んでるとでも思ってました?」

 

イエスともノーとも言わない。

絞められた腕と首に意識が向いてそれどころではないのか。

流石に長谷センパイを必要以上に苦しめるつもりはない、

僅かに力を緩める。

 

そして少し安心したように息をつく長谷センパイの耳を甘噛みする。

 

「うお!?」

 

びくりと震えている。

 

「自分だって独占欲はあります。自分だって長谷センパイの特別になりたいっす。

 だからこそ、今回みたく恋奈様と二人きりで入浴なんてしてて自分が嫉妬しないわけがないじゃないっすか」

「それでも、別に下心はなかったよ」

「下心があろうがなかろうが、その行為が嫉妬を抱かせるのに充分なんですよ」

 

少しだけ締める腕の力を増す。

それに応じて苦悶の声をあげるセンパイ。

 

「でもあずは長谷センパイを束縛する気はないっすよ。

 だって、自分長谷センパイの彼女じゃないですし」

 

再び口を開かないセンパイ。

だが今言ったことは事実である。

 

「だから、自分と長谷センパイの間に彼氏彼女のテンプレートな進展は必要ないですよね」

 

付き合って、デートして、キスをして。

そしてムードを作って、最後にセックスをする。

そんなことは最初から期待していない。

 

「ねぇセンパイ。背中、きもちいいでしょ?」

 

胸を彼の背中に押し付ける。

 

「ぐ、乾さん。これ以上は――――うあっ」

「やめません、それに今聞きたい事はそんな事じゃない」

 

相変わらず唐変木なセンパイである。

更に力を強める。

 

「センパイならこのカラダを正面から見てもいいんですよ?」

 

耳元で囁く。

 

「それだけじゃありません。

 好きに触って、弄って、舐めて。センパイの好きなようにしても良いっすよ?」

 

そう言って、一気に腕の力を強める。

今までの誘惑の後押として、強烈な痛みも与える。

この痛みから逃れるために頷きたくもなるだろう。

 

飴はいつでも与えるし、鞭だって飴を食べたいのならすぐにやめてあげる。

これが自分のアメとムチだが。

 

「・・・・・・乾さん。やめるんだ」

「へぇ、まだ抵抗するんだ」

 

大人しくあずを抱けばいいというのに。

 

「いや、俺もその誘いは嬉しいけれど今は拙い。

 そこまでにしておかないと本当に拙い」

 

何がまずいというのか。

よくわからないが、取り敢えず周囲を見てみる。

 

あ。

 

「梓。どうやらテメェはアタシに謀反を起こしたようだなぁ・・・・・・」

 

詰んだ。

 

ここは露天風呂である。

そして、その外壁には辻堂センパイが座ってこちらを見ていた。

 

「どうやってここまで来たんすか」

「腰越みたいに外から駆け上ったんだよ」

「人間やめやがって畜生」

 

くそっ、くそっ。

あとちょっとで既成事実ができたのに。

ドロドロの肉体関係まであと一歩まで来たのに。

 

だがこうなったら仕方がない。

敵前逃亡は死罪だが、謀反は更に罪が重い。

多分ゲンコツで済むとはおもえない。

ここは―――――

 

「さんじゅうろっけーってあれ――――あぶっ!?」

 

即座に長谷センパイが転ばないように優しく絞め技を外し、逃亡を図る。

が、一歩踏み出した瞬間、何かに足を掴まれて思い切り転倒。

 

何事かと思い、足を掴んだ何かを確認すると――――

 

「ああぁぁぁぁずうぅぅぅぅううさあぁぁぁぁあ!」

「ぎょえぇぇぇぇえ!?」

 

先程気絶した筈の恋奈様がリスポーンしていた。

復活早いなこの人。

というよりも鬼気迫るその顔が恐ろしい。近寄るんじゃない。

 

「テメェ、人の浴場をヤリ部屋扱いしようとしやがって・・・・・・この不審者が、ぶっ殺してやる」

「く、一面敵だらけ。こうなったら仕方ねぇっす。トランザム!」

「残念、魔王からは逃げられない」

「またこのパターンすか!?」

 

恋奈様の手を払って、本気で逃げようとした瞬間、それ以上のスピードで辻堂センパイに回り込まれた。

ダメだこれ。

飲み会の時の取り敢えず生中で、みたいな雰囲気を出しながら振り下ろされるゲンコツを見つめながら覚悟することにした。

 

「ヒロ君、擦り傷まみれじゃない。ほら、手当するからこっち来て」

「え、あ、うん」

 

ぶん殴られる瞬間、ちゃっかり美味しいポジションをゲットしたよい子センパイの姿が視界に映った。

あれはいいのかよと訴える間もなく、とんでもない痛みが頭頂部に響いた。

 

なるほど、自分で蒔いた種とはいえ、今日の長谷センパイに関わると不幸な目に会うことは間違いなさそうである。

 

 

 

 

 

 


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