辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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番外編だよ辻堂さん!
30話:ラッキーアンドアンラッキー!(前編)


曰く、今日の俺の運勢は最悪だという。

 

誰からか聞いたわけではない。

あ、いや、嘘です。格好つけました。

休日の朝、何気なく付けたテレビの中にいる元気なお姉さんがそう言っていました、はい。

 

俺の誕生日、血液型、星座、手相。

チャンネルを変えれば尽く最下位の運勢だということをこれでもかと俺に伝えてくる。

終いには、アンタ死ぬよ? みたいなことを言われた。

冗談ではない。

 

まだ死ぬには未練がありすぎる。

どうせ死ぬのならこう、事故に巻き込まれまだまだ未来に希望がある子供、

もしくは愛さんとか知人を身を挺してかばい、惜しまれて死ぬような、そんなヒーロー的な死に方ならカムオンなんだけど。

 

アホか、小学生並の妄想している場合か。

 

さしあたって、取り敢えず俺は自分の運勢を占うついでに浄化パワーを期待して神社に向かう事にした。

 

その道中、鳥による爆撃を数発喰らいかけるもなんとかかわした。

当たらなければどうということはない。

 

何度か信号無視した車に轢かれかけるも、警戒していたため直撃はまぬがれ続けた。

もうこの段階でテレビで言ってた俺の運勢は正しかったのだと薄々理解してきた。

 

まさか、と思い神社でおみくじを引いてみれば―――――

 

「え~・・・・・・」

 

『ねんぐのおさめどき☆しぬかもね』

と、書かれたおみくじを引いた。

吉とか凶とかそういうのやめたのだろうか。

全部ひらがなとか小学生にも優しすぎる。

始まったな、この神社。未来に生きてやがる。

 

こうして、俺の不運な一日は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~もう。大の奴携帯でねぇ」

 

愚痴りながらアタシは一人商店街を歩いていた。

特に目的地はなく、ただ黙々と歩いている。

 

無論、暇人というわけではない。

目的地はないが探し物はあるのだ。

いや、この場合は探し者という言葉の方が正しいか。

 

先程から握っている携帯電話の画面を見る。

やはり着信はない。

 

「ったく、どこいったんだよ」

 

今日、昼頃にアタシは大と遊びに行こうかと電話をした。

しかし、どうやら大は携帯電話を切っているらしく出なかったのだ。

それを気づかず一時間ほど間を空けつつ何度かコールを繰り返した。

無論当然出ることなかった。

 

当然、前日に約束をしていなかったアタシが悪いことは自覚している、

だが焦れたアタシはそのまま自分の足で大の家へ向かった。

しかし、実際に行ってみるとそこには完全に休日モードのだらけた未来のお姉さんの姿しかなかった。

長谷先生から聞いた話によると、何やら焦燥した様子で行く場所も言わず外出したようだった。

 

一応携帯電話をもっていったか確認してもらったが、どうやら持って行っていたらしい。

という事は電池切れになったか、電波の繋がらないところにいるのだろう。

 

その為アタシは闇雲に大を足で探すこととなった。

腰越のような嗅覚があれば一瞬で見つけれるのだろうが、生憎アタシはそこまで野性味溢れていない。

その為途方にくれる。

あ、『お前警察犬のバイトとかすりゃいいんじゃねぇか?』

とか今度腰越にそう言って挑発してみよう。

 

「あら、辻堂さん」

「ん?」

 

不意に、歩いていると後ろから呼び止められた。

誰かと確認すれば、

 

「あぁ、ども」

「こんにちは、久しぶりね」

 

長谷家行きつけの惣菜店。孝行の看板娘であるよい子がいた。

 

見るにどうやら商店街で買い物帰りらしい。

書店の紙袋を片手に持っている。

・・・・・・アタシが猫の写真集買ってる所と同じだ。

次回から鉢合わせしないように気を付けよう。

 

「今日はヒロ君とデートじゃないのかしら?

 辻堂さんが一人で歩いてる所なんて始めてみたけれど」

「別に、一人で歩いてちゃわりぃかよ」

「そういうつもりで言ったわけじゃ・・・・・・

 気を悪くしたならこめんなさい」

 

調子が狂う。

相変わらず穏やかで善人気質。

元よりひねくれた返しをした自分のほうが悪いのだ。

 

「いや、ゴメン。謝るのはこっちだ」

 

素直に頭を下げる。

 

「え、あ。頭まで下げなくとも」

 

何やら慌てているようだった。

アタシが頭を下げたことが意外だったのだろうか。

取り敢えず相手を困らせるつもりはないので、すぐに頭をあげる。

 

「で、何でアタシが一人で歩いてるかだっけか」

「別に詮索するわけじゃないから言わなくてもいいのよ」

 

別に隠すつもりもない。

むしろコイツが知っているか期待して訪ねてみるのもいいかもしれない。

 

「大を探してるんだ、携帯もつながらねぇし。

 アンタ大がどこにいるか知らないか?」

「ヒロ君・・・・・・う~ん」

 

顎に指を添えて考えている。

その仕草を見るに知らないけれどどこに行ったか心当たりを探してるといった具合か。

 

「ごめんなさい、ちょっと私はわからないわね。

 力になれなくてごめんなさい」

「二度も謝らなくてもいいって」

 

こういうのを俗に言う良い人というのだろう。

実に裏表なくいい奴だと思う。

はっきり言って友人になれそうだ。

 

しかし残念。

大の居場所について有益な情報は得られなかった。

僅かにため息をついてしまう。

 

「あれ、ヒロ君かしら?」

「え?」

「ほら、そこ」

 

指す方向を視線でなぞる。

すると少し離れた交差点のところには見慣れた彼氏の姿が。

 

「・・・・・・なんかやつれてないか?」

「そうね、何かいつものヒロ君と違って顔色が・・・・・・」

 

一目みてわかるほど。それほど何やら大の様子がおかしかった。

いや、もう全身から疲れている感じが伝わってくる。

疲れているのに気力は漲っているのがさらに違和感を引き立てる。

 

もう見た感じおかしいのだ。

やたら服がボロボロになってるし。

あれか、ワイルドデビュー失敗か。

 

でも、見つかって良かった。

 

早速声をかけることにする。

とはいえここから大のところまで結構距離がある。

まさか商店街のど真ん中で遥か遠くの彼氏に大声で声をかける真似はしない。

そんなことをしたら周りの目がイタすぎる。

 

なので、取り敢えず進むことにした。

大は信号に引っかかっているらしく。

少し目に手を当てて息をついている。

本当になにか参っている様子だ。

 

「ちょっと待って」

「あぁ?」

 

不意に後ろ手を引かれた。

それに釣られて足を止める。

 

何事かと思いよい子を見ると、微妙に青い顔で上を見ている。

なんだろうとアタシも上を見ると――――

 

――――アタシの数歩先に商店街一角にある店の看板が落ちた。

 

それが地面に落ちた際の粉砕音と事態そのものに思考がフリーズ。

 

「やっぱり、これ辻堂さんに会う前からかなり揺れてたからそろそろ落ちる気がしてたの」

 

九死に一生を得たというところだろうか。

マジで危ない所だった。

こんなチャチな看板に潰されたところでアタシなら軽い怪我で済むが、一般人が潰された日には新聞ざただ。

 

「さんきゅ、助かったよ」

 

取り敢えず礼を言って再び大に視線を移す。

この看板の処理や対応は他の奴らに任せておけばいい。

 

どうやら信号は青にかわり、歩行者が全員道路を渡り出した。

 

見た所、大はこっち側に来るらしくこれならばこちらから向かう必要はなさそうだ。

 

少し微笑む。

そうだ、いいことを思いついた。

まだ大はこちらに気づいていないし、これなら突然後ろから驚かすのはどうだろう?

 

そう決めてアタシは良さそうな隠れ場所を探す。

 

「何してるの?」

「何でもねェよ。アンタはこれからどうすんだ?

 アタシは大とどっか行くけど」

「あら、ふふ。それじゃあお邪魔虫は退散しようかしら」

 

気遣いのできる女である。

優しげな微笑みを浮かべている。

実の所コイツのこういう所は嫌いじゃない。

 

そう思いながら、よい子に礼を言おうと思い振り返る瞬間。

有り得ない現場を見た。

 

「え?」

 

青信号の歩道をわたっている大。

その前には若い大人の女性とその娘らしい小さくて可愛い少女があるいている。

それ自体はなんて事はない、普通の風景だ。

だが、アブノーマルなのは別にある。

 

その二人にタイミングを合わせるように、減速しないオートバイが車の隙間をすり抜けながら走っている。

オートバイの運転している奴からみて横断歩道は死角だったらしく、誰かが歩いているかの確認ができない。

だというのに既にオートバイは停止線すら超えて、尚減速どころか加速。

明らかに信号無視。

 

「拙い!」

 

全力で走る。

間違いなくこのままではあの二人がオートバイに轢かれる。

そうなれば大怪我は必死だ。

 

死ぬ気で走る。

 

そして一秒走って気づく。

間に合わない。

 

その詰んだイメージに頭が真っ白になる瞬間。

 

『危ない!』

 

そう叫んで二人を突き飛ばし、二人の代わりにオートバイに撥ねられる大がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、死ぬかと思ったね」

「いや、そこは病院送りになってアタシが泣く展開だろ。

 死ななくて本当に、マジで、ありえないほど、これ以上ないくらいに嬉しかったけどよ」

 

大はピンピンしていた。

なんて事はない、どうやら撥ねられる瞬間素早く回避行動をとってカスリ傷程度で済んだ。

とはいえカスっても当たったものは高速で動くバイク。

しばらくは当たった箇所の痛みに耐えていた。

 

「ヒロ君、本当にほかに痛いところはない?

 頭とか、胸とか、本当に痛いところはないの?」

「心配しすぎだってよい子さん」

 

因みにバイクの奴はひき逃げしようと、大を撥ねたあと直様逃げ去ろうとしたので、

即座に追いかけて捕まえた。

今頃は警察のお世話になっているだろう。

アタシも直々にヤキ入れしようかと思ったが、大に止められた。

 

「でも、うん。ヒロ君、よくできました」

 

何やらにこにこと笑いながら大の頭を撫でるよい子。

かつてないほどに上機嫌だ。

 

「現実に誰かを身を挺して助けるような場面なんて殆どないはずだけど、

 でもヒロ君がそういうことをできる人って事がわかってよかった」

 

確かに、アタシも彼女としてかなり鼻が高い。

先程大に助けられた親子も何度も何度も頭を下げては大に感謝していたが、

我が事のように誇り高い気持ちになったのだ。

 

ただ、何やら大はむしろその事に申し訳なさそうな顔をしていたのが気になった。

 

「・・・・・・まぁ、かくいう私も一度ヒロ君に庇われたことあるけれど」

 

ボソっと、聞こえるか聞こえないかのボリュームで囁いた。

大は気づかなかったらしく、別のところを見ているがアタシは聞こえた。

 

「へぇ、そうなんだ。どういう事があったんだ?」

「え、あ。べ、別に大したことじゃないのよ!?」

 

慌てて口ごもる。

何やら言いづらいことらしい。

ならば深く追求はしない。それくらいの気の効かせ方はできる。

 

「さて、痛みもなくなったしそろそろ俺も行くかな」

 

大はゆっくりと公園のベンチから立ち上がり、アタシたちに背を向ける。

 

「ちょっと、どこ行くんだよ」

 

このままアタシとデートをしよう、とまで言う勇気はなかった。

隣によい子がいなければ言えたのだが。

 

「あはは、目的地はないけど今日一日はひとりきりでいたくてさ」

「え、えぇ!? クリティカルショック!」

 

そんな。

まさか一人でいたいなどと、アタシが隣にいる状況で言われるなんて。

なんだろう、もしかしてアタシって大にとってウザイ行為でもしていたのかもしれない。

でも大は優しいからそんなこと絶対ストレートに言えないし、

つまりこれはアタシが嫌われる前兆てきなアワワワワワワワ。

 

「つ、辻堂さん? 何か顔色がロックマンみたいに青いけど大丈夫?」

 

よい子が心配げな顔をしてアタシの顔を覗き込む。

だがアタシはそんな事に構っている暇はない。

 

「ひ、大!」

「うん? どうしたの愛さん」

 

特に含むものもなく、普段通りの様子でこちらを振り向く大。

違うことがあるといえば多少やつれている感じか。

 

「あ、アタシが何か大の気に障る事をしたのなら正直に言ってくれ!

 頑張って・・・・・・少し手こずるかもしれねぇけど直すからさ!」

 

大の肩を持って真っ直ぐ訴える。

死んでもアタシは大に振られたくない。

それを防ぐためなら何だってする。

 

「わぁ・・・・・・青春ねぇ」

 

少し嬉しそうにこちらを見学するよい子。

あっちいきやがれ。

 

とにかくコイツを無視して大の反応を見る。

これでもあやふやにごまかされたらアタシは恐らく立ち直れない。

何が悪いのかすらわからないのが一番怖いのだ。

 

だが、大の反応はアタシにとって意外なものだった。

 

「愛さんに直して欲しい所なんてないよ。

 うん、ずっとそのままの愛さんでいて欲しい。それじゃ」

 

柔らかく微笑んでその場を去る大。

 

・・・・・・今のは確実に本心だった。

一切の含みもなく言いよどみもない。

あれが嘘だとしたら人の喋る全ての言葉が嘘に聞こえるだろう。

 

「・・・・・・」

「辻堂さん?」

「はっ!? 精神停止してた!」

 

呆然と大の背中を見つめていたところをよい子に呼ばれ意識を取り戻す。

 

「それで、ヒロ君行っちゃうけど辻堂さんはどうするの?」

「知れたことか! 尾行する!」

「恋する女の子は犯罪行為もいとわないのねぇ」

 

困ったような顔をするよい子。

だがそんなことはどうでもいい。

どうやら大は一人になりたいそうなのでそうしてあげる。

しかし、何故一人になりたいのかは以前として不明なのだ。

その理由を突き止めてやる。

 

断じて浮気ではないと言い切れる。

大はそういう事をごまかすのがきっと下手だし、そもそもアタシを裏切る事なんてするはずない。

死ぬほど大が好きなアタシが大を裏切らないように、きっと大もそう思ってくれているはず。

 

「じゃあ私もついていこうかな」

「え、アンタも来んの? 意外っていうか」

 

こそこそとついていくアタシの後ろに続くよい子。

こういう事にはあまり乗り気ではなさそうなのだが、どういう心境の変化だろうか。

 

「ちょっと今日のヒロ君の様子が気になって。

 何か今日はいつもより顔色悪いし」

「ふぅん」

 

面倒見が良いことで。

別に大とデートするわけでもなし、ついてくるのなら勝手にするといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁもう! なんだよなんだようっざい!」

 

今日は厄日である。

何をしてもうまくいかない。

 

「あずは興味ないっていっつってんだろ!

 いい加減辻堂軍団のことなんかテメェらだけでやれよ!」

 

朝、起きた時にまず寝違えて首を痛めた。

そのままバイトに出れば強烈な津波で全身海水まみれ。

 

バイト終わって自宅でシャワー浴びようとすれば断水。

これは事前にポストの連絡票を確認していなかった自分が悪いのだけれど。

 

そして諦めて恋奈様のお風呂を借りればまさかのティアラさん達やハナちゃんセンパイ方とのブッキング。

二人に会ったことはいいのだが、二人が突然風呂場でバカやりだして散らかした際に気付かなかった石鹸を踏み抜いて転倒。

頭にはでかいタンコブができて今なお痛い。

しかも心配してくれたのは恋奈様だけ。他二人いつかぶっとばす。

 

精神的にも肉体的にも頭が痛いところに辻堂集会の緊急連絡。

もういい。

もういい加減うんざりだ。

 

電話の向こうではバカ女が怒鳴っているが知ったことではない。

 

「どうせ今回も辻堂センパイや長谷センパイこねぇんでしょ!

 だったらいかねーっつぅの! そんじゃバイバイ!」

 

一方的に切る。

 

今日は辻堂軍団でバカやる気分じゃない。

そもそも辻堂軍団は基本稲村学園の生徒しかはいれないのだ。

なのに例外として入れられた自分が気がつけば中核になりつつあった。

 

喧嘩になれば何故か自分が庇うシチュエーションが多々有り、結局新人の入団吟味だって自分が大抵見る羽目になった。

アホかじゃないのか。

自分は辻堂センパイや長谷センパイが卒業すれば同じく不良卒業する。

そんな自分を頼るなどと。

 

・・・・・・面倒くさいけどちょっとどこか嬉しかったりしない事もない。

が、はやり面倒。ごめん被る。

 

「はぁ、もう何やってもロクなことがなさそう。

 大人しく家に篭ってようかなぁ」

 

今日はどうにもロクなことがなさそうだ。

 

せめて気分を変えようと真新しい財布を買ってみたが、どうにも失敗した。

別に財布自体のデザインとかは満足しているのだが、いざ今までの財布とチェンジするとなると躊躇したのだ。

思いのほか前の財布の方にも愛着というのがあったのだろう。

 

買ったばかりの中身の入っていない空財布を見る。

結局これは買っただけで御蔵入りとなりそうだ。

だったらもう少しお金を貯めてピアス買えば良かったか。

 

ふぅ、とため息を吐く。

 

「いただき!」

「・・・・・・?」

 

目を閉じてため息を吐いていると、背後から通りすがりに見知らぬ男が財布を奪っていった。

 

その背中を呆然と見送る。

いや、あれ中身空なのだけれど。

それにどうせ使う予定もないし、別にパクられても

 

「良いワケねぇっすよねぇ、ぶっ殺してやる」

 

生憎とああいったバカはムカつく。

 

あの手際を見る限りここいらを縄張りにしている盗人だろう。

ここは一つヤキ入れをしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すすすすすすいませんでしたぁ!」

「あぁ別に謝る必要はないっすよ」

 

バイクや車ならまだしも自足による逃亡ならば話にならなかった。

大した手間もなく、あっけなく追いついてひっとらえたわけだ。

無論ここからはちょっと子供に見せられない事をしようと思うので、路地裏まで引きずったけれど。

 

「取り敢えずこれ、返してもらいますねー。

 げ、手汗ベットリ・・・・・・きったねぇ」

 

握りしめていた自分の財布を取り上げるも、緊張しきっているのか汚らしい手汗でびしょびしょになっていた。

ダメだこれ、もう価値ないわ。

 

「ちょっと、どうすんだよこれ」

 

潔癖症なわけではないが、買ったばかりの真新しい財布を気に入らない男に鷲掴みにされ続けて、

その挙句汗まで付けられるなどたまったものではない。

実際この財布を触っていた時間はコイツの方が長いくらいだろう。

 

ふと、ここで思いついた。

 

「ねぇ、財布盗んだの許してあげるからこの財布買い取ってくれません?」

「え、あ、はい!」

 

拒否権はない。

頷かないのならば肉体的に痛めつけて無理矢理でも押し付ける。

それを速くも理解しているあたり中々どうして、やりやすい。

 

「ど、どうぞ!」

「いや、財布そのまんま渡されても」

 

これではカツアゲしているみたいではないか。

幸いにして周りに人の目がないからいいものの。

 

「じゃ、財布代だけもらっとくから」

 

いきがったヤンキーが好みそうなゴツくて高そうな財布の中身を見る。

すると思った以上に入っていた。

諭吉が七人程いる。

金随分まとめて持ち歩いてるんだなぁコイツ。

カツアゲしてた時代の自分が見れば美味しい獲物だろう。

 

確か買った財布は二万だから、二人ほどこちらの財布に旅立ってもらおう。

そしてその万札二枚をこいつの財布から引き抜いた瞬間。

 

「乾さん?」

「・・・・・・え?」

 

―――――ついていない。それがここに極まった。

声のした方向に視線を向ければ、そこには長谷センパイの姿があった。

 

センパイは目を見開いてこちらを見ている。

それも仕方ない。

だって明らかに今自分がしていることはカツアゲ現場に等しい状況なのだから。

 

「ち、違うんです! あずはカツアゲなんてしてたわけじゃ!」

 

お金も男も放り捨てて長谷センパイに駆け寄る。

違う、自分は別にそういうことをしていたわけじゃない。

 

だがうまく弁明が思い浮かばない。

ただ単純に買ったばかりの財布を汚されたから買い取ってもらっていると、

そう伝えればいいのにそんな簡単な言葉すら口から出ない。

そもそもそれを伝えれたところで過去の行いを振り返ればとても信用できる話だとは自分でも思えない。

 

「だ、だから! 自分は! えぇと、あの!」

「・・・・・・ふむ」

 

まともに言葉を発せない自分とは違い、長谷センパイは顎に指を添えて周りを見る。

そして何か理解したのか、一度軽く頷いた。

 

「察するに」

「へ?」

「買ったばかりの財布を盗まれて、一応取り返したものの汚されたから弁償してもらってたとか

 そんな感じだったり?」

 

・・・・・・おぉう。

 

なんだろうか。

キュンと来た。

 

センパイの冷静な態度に自分も感化されて落ち着いてきた。

 

「自分で言うのもなんですけど、これ、カツアゲしてるようには見えません?」

「見えるか見えないかと言えば見えるけど、乾さんはしないと思うし。

 何より、漁船のバイトで頑張ってる乾さんが今更そういう事するとは思えない」

 

こういうのを信頼というのだろうか。

見ている光景をそのまま受け取らず、そこから考察してその光景の詳細を考える。

これは簡単なようで難しいことだと思う。

 

やっててよかった漁船バイト。

魚くさくなった甲斐があったというものである。

 

あ、これ進研ゼミでやった!

とかテスト中叫んでいる子供もこんな気分なのかもしれない。

 

「カツアゲしてたの?」

「してねーっすよ! っていうか今の長谷センパイの言ったことがそのままの状況でした!」

 

ついてないとか言ってた数分前の自分が途端に小さく見えてきた。

むしろ長谷センパイの信頼を感じられた素晴らしい日だった。

 

「それじゃ、邪魔してごめんね。俺はこれで失礼。

 あ、あんまり暴力は推奨しないよ」

「え、ちょっと待ってくださいよ」

 

折角ノーアポイントメントで会えたのだ。

だったらこのまま今日は一緒にいたいところなのだけれど。

長谷センパイはこちらを振り向くことなく歩いていく。

 

拙い、意外と歩くの早い。

すぐに追いつこうとしないと見失いそうだ。

 

「そんじゃ財布はやるから金もらってくぞ」

「あ、は、はい」

 

もうスリなんぞどうでもいい。

金だけ拝借して汚された空の財布を投げつけながらその場をあとにする。

 

「・・・・・・ぐ、いない。

 見失ったか」

 

無念。

気配を探るもこんな人ごみあふれるショッピングモールじゃ見つけられるわけもない。

 

余りの無念さに僅かに地を睨む。

むぅ。

長谷センパイに信用されていることを理解できて嬉しかったが、それでも今日デートできなくて残念。

 

「おいおい、梓。テメェ大と何話してたんだ?」

「・・・・・・何でこんな所にいるんすか」

 

落ち込んでいると、背後から辻堂センパイが声をかけてきた。

どうやら自分と長谷センパイが話していたことを知っているようだが、内容までは聞こえなかったらしい。

 

「大追ってんだよ」

「犯罪っすね。ストカー見つけたり」

「黙れ、なんと言われようがアタシは引き続き大追いかける。

 誰にも邪魔はさせねぇ」

 

つまり今日一日辻堂センパイは長谷センパイのストーキングをしていると。

こえぇ。かなり病んでる。

それに意外なことにこういう事にかかわらないだろう人の姿もあった。

 

「総災天センパイなにやってんすか」

 

辻堂センパイに聞こえないようにギリギリまでトーンを落として尋ねる。

彼女は自分と同じく比較的常識派だったはずなのだが。

高校と一緒に常識も卒業したのだろうか。

 

「仕方ないだろう、辻堂の真似ってわけじゃないが今日の彼は少し様子がおかしい。

 だったら万が一の時に備えて近くにいてやらないと」

「だったら最初から一緒に長谷センパイと行動すりゃいいじゃねーっすか。

 なんでこんな犯罪まがいな事」

 

相変わらず卒業しても猫かぶっているようだ。

表情は長谷センパイの前で作っている笑顔だが、喋り方はヤンキー時代のものである。

そのギャップがシュール。

 

「それは俺も辻堂も思ったが、どうにも彼は今日は一人になりたがっててな。

 理由は知らんが、彼の意思を尊重しているわけだ」

 

いや、尊重しているのならストーキングやめてやれよ。

 

「何の話してんだお前ら?」

「なんでもないのよ~」

「猫かかぶるのはやッ」

「黙れ」

 

この人疲れないのだろうか。

 

ともあれ、どうしたものかと思考する。

今しがた長谷センパイの信頼を得ていたことに大喜びした。

その次にいきなり長谷センパイのストーキングってありえない気がする。

 

駄菓子菓子。違う、だがしかしだ。

二人の言う長谷センパイの様子がおかしいというのに引っかかった。

 

「自分もついていくっす」

 

辻堂センパイなら多分一度長谷センパイを見つけたら見逃す事もないだろう。

今だって辻堂センパイの視線の先には長谷センパイの姿があった。

高いステータスをこういう犯罪行為に使うのはどうかと思うが。

 

何にせよ、品行方正の長谷センパイの様子がおかしいのは気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・なんかさ、おかしくないか?」

「そうねぇ」

 

長谷センパイの尾行を開始して数時間。

少しづつだが何がおかしいのか理解し始めた。

 

「長谷センパイとその周囲にいる人、やたら何か危ないイベント巻き込まれてません?」

 

長谷センパイが人ごみに入れば何故か色々トラブルが発生する。

それこそひったくりが現れたり、いきなり歩道に車が突撃したりと程度は差があるが。

ともあれ、アクションすれば必ず何かしらトラブルが起きている。

 

しかも、長谷センパイは何度か裏路地などの人気のない所にいくと必ずそこにはヤバげな人間がいたりする。

どうやら自分の時もこのパターンだったようだ。

 

つまり、意図して人気のないところに行きたがっているようだけれど。

毎回先客がいるというわけだ。

 

「尋常じゃなく今日のヒロ君はついてないわね」

「そういうレベルかこれ?」

 

確かに長谷センパイの今日のついてなさはやばい。

何かに呪われているかのように必ず災難に巻き込まれる。

 

ただ、それでも長谷センパイやその周囲の人間に目立った怪我などは一度も負うことはなかった。

これは持ち前の長谷センパイの運の良さによるものか。

 

なるほど、その日その日の運勢は落差が激しいが、持って生まれた運勢がそれをカバーするという話を思い出した。

因みに持って生まれた運勢が極端に悪い人間はまず生まれてくることがない。

故に強烈に幸運な人間はいても、強烈に不運な人間はいないらしい。

 

また事故死などはその日の運勢が強烈に悪く、持って生まれた運気ですらカバーしきれなかった場合に起きる。

よって『間が悪い』という意味になるのだろう。

今までは眉唾物な仮定だったが、少し信ぴょう性があるような気がしてきた。

 

「読めた! 今日は運が悪いから一人になろうとするけど、運が悪いから一人になれず

 延々と彷徨ってるって展開かこれ!

 アタシってば名推理! ドヤッ!」

「はい」

「はいじゃないが」

 

テンション高い辻堂センパイを肯定したら横からえぇと・・・・・・よい子センパイからのつっこみが。

大概面倒くさいなこの人の扱いも。

 

なんだかんだで長谷センパイには悪いと思うけれど三人での尾行も楽しくなってきた。

おうちに帰りたい。

でもセンパイが事故にあわないかは心配だし。

 

実の所、裏路地で長谷センパイは何度かタチの悪いヤンキーに絡まれたが

その度に辻堂センパイや自分たちが殺気をぶつけて気絶させたり、

長谷センパイに気づかれないように逃げるセンパイを追うヤンキーを闇討ちしたりしている。

 

「おい、とうとう大が弁天橋渡るぞ。

 次は何が起こると思う?」

「地震が起きて橋が折れるとかに一票っす」

「二人共、そんな会話はヒロ君に悪いでしょう」

 

相変わらずお堅い人である。

 

でも仕方あるまい。

必ずなにかすればトラブルが起きて、しかし被害は殆どないのだ。

もはや歩くイベントである。

 

今回は何が起こるのか。

ちょっとワクワクしながら橋の外側から眺めていると。

 

不意に橋のしたの海に妙な箱が浮かんでいた。

しかし残念ながらこの位置からだと中身が見えない。

 

「辻堂センパイ、あの箱に何が入ってるかわかります?」

「あ? どこだよ」

「ほら、あれです」

 

指差すと辻堂センパイも見つけたようだ。

 

集中して目つきを鋭くしている。

 

「・・・・・・ッ!」

「え、辻堂さんどうしたの」

 

中身がなにかわかったらしい。

辻堂センパイは慌てたようにその場を走り去る。

取り残された自分とよい子センパイは呆気にとられた。

 

どうしたものかと長谷センパイに目を向けると、これまた意味不明な展開がひろがっていた。

 

「あ、飛び込んだ」

「飛び込みましたね」

 

長谷センパイが危機迫った顔で着の身のまま海に飛び込んだ。

何事かと食い入るように見ると、長谷センパイも辻堂センパイもあの箱に向かっていたのだ。

 

辻堂センパイは長谷センパイが海に飛び込んで箱を回収し、陸に向かって泳ぐセンパイを見て直様姿を隠す。

 

こちらからは丸見えだけど、まぁあれなら長谷センパイからは見えないだろう。

 

しかし、一体あそこまでして何であの箱を引き上げたのか。

僅かに考察する。

しかしその答えはすぐに理解できた。

 

『なぁ~ご』

『うん、濡れてないね。良かった』

 

長谷センパイが箱から一匹の猫を抱き上げた。

なるほど。

捨て猫が流されていたということか。

 

・・・・・・これ、長谷センパイか辻堂センパイが助けないと結構えげつないことになってたな。

 

子猫は抱かれたまま抵抗せず、むしろ擦り寄る。

猫が人に恩を感じるとは思えないけれど、中々人馴れした猫である。

 

「ヒロ君ったら、あんなに水浸しになって。

 帰ったら冴子さんに怒られちゃうわよ」

「そういいながら凄い嬉しそうな顔してますね」 

 

口では小うるさい事を言うものの、顔はもうデレデレである。

それこそ運動会で一等賞をとった我が子をみるような、

取り敢えずもう褒めたくて仕方がないような雰囲気を出すよい子センパイ。

この人も中々長谷センパイにヤられてるんじゃないだろうか。

 

ともかく猫はどうするのだろうと、そう思うと、子猫は不意に長谷センパイの胸元から飛び退いた。

そしてそのまま長谷センパイから離れていく。

何事かと思ったが、子猫の進行方向を見て理解した。

 

『なんだ、お前野良だったのか』

『ナァ~』

 

子猫の隣にその親猫が現れた。

ふむ、どういう経緯かは知らないが取り敢えず捨て猫ではなかったようだ。

長谷センパイも追うことなく、ゆっくりと歩き去る子猫と親猫を眺める。

 

さて。

今回も長谷センパイは結果として全身海水まみれとなった。

しかも猫は野良で恩返しをすることもない。

結果として単純についていなかったということだ。

 

さすがにへこたれるかと思い、ちらりと長谷センパイの顔色を伺う。

だが意外なことに長谷センパイの顔色は爽やかなものだった。

一応今日一日のハプニングによる疲労の色はあるものの、気力の方はむしろ今までより満ちているように見える。

 

不思議な人だなぁ。

 

ただ、やはり目を離すのは心配すぎる。

引き続き監視を続けよう。

 


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