辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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エピローグ
29話:純愛ロード


桜は咲き、別れの三月は過ぎ、出会いの四月となった。

もう見ることができなくなった顔、新しく馴染みになる顔。

この三月と四月の境界、それは人に様々な感情を引き出させる。

 

 

 

 

 

 

「ヒロー、お姉ちゃんちょっと呼び出しくらったから先いってるわねー!」

「はいはーい、事故らないように気をつけるんだよ」

 

俺はコーヒーを飲みながら慌ただしく身支度し、幾分早い出勤をする姉の姿を見る。

一応朝食も摂ったし、身だしなみも完璧。

後は猫をかぶれば完璧だ。

 

ウチの姉はいちいち隙がない。

 

化粧も薄く決め、鏡で最終チェック。

どうやらノリもいいようで機嫌もいいようだ。

 

「よし完璧! それじゃヒロ、新学期早々遅刻なんてしないようにね」

「こんな早い時間に起きてる俺が遅刻なんてするわけないって」

 

見ればまだ6時半。

まだまだ登校には余裕がある。

取り敢えず俺は今日の新学期学力テストに備え鞄に入れておいた教科書を開く。

 

「まぁ今更やっても変わらないかな」

 

開いてすぐ閉じた。

今日までの間、つまり春休みの間に一応真面目に勉強はしていたし滅多な点数は取らないだろう。

愛さんや乾さんと勉強会も定期的にしているし正直学力は目標の大学合格圏内にいけそうだ。

 

大学といえば、今日はマキさんも進学した大学へ初登校の日である。

しかし大学に制服などない。

故に昨日はマキさんや愛さん、乾さんと片瀬さんの四人はマキさんのスーツ探しに街中を駆け巡ったらしい。

出逢えば融合爆発しそうなのが三人揃っているけれど、乾さんが何だかんだで頑張って取り持ちそれは免れたらしい。

 

俺は少し用事があって行けなかったけど、マキさんのスーツ姿が見れなかったのは正直残念。

 

僅かにある眠気を誤魔化すように瞼を揉む。

 

別に寝不足なわけではないのだが、それでもやはり朝は少し眠い。

 

「何だよ、寝てなかったのか?」

「いえ、少し疲れ目な感じで」

 

・・・・・・いつの間に現れたのか。

俺の対面する席にマキさんの姿。

俺が目を揉んでいる間に侵入したのだろうか。

全く気付かなかった。

 

「おはようございます、マキさん」

「ああ、おはよ」

 

俺は何気なく立ち上がり、事前に用意していたマキさんの分のスクランブルエッグや焼きベーコンなどを温めなおす。

その際、妙にマキさんは何かを含んだような目つきで俺を見つめ

 

「・・・・・・相変わらず私が来るかどうかもわからないのに用意してくれてんだな」

 

マキさんは何か呟いた。

あいにくマキさんの分のコーヒーを淹れてる俺には聞こえなかったが。

 

ふと、ここで気づいた。

そういえばマキさんはコーヒーはそんなに好きではない。

しくじったかと思い、即座に別のカップを取り出そうとする。

 

「なぁダイ。このカップにそのコーヒー移してくれよ」

 

そう言いながらマキさんは手持ちのリュックから少し大きめのマグカップ・・・・・・というか湯呑を取り出してきた。

 

「湯呑にコーヒー、新境地ですね」

「別にいいだろ、飲み物そそげりゃそれで」

 

俺はその湯呑を受け取り、コーヒーを移し替える。

そしてその湯呑を渡す。

 

マキさんはそれをまじまじと見つめ、すんすんと香りを嗅ぐ。

まるで犬のようなその仕草に俺は苦笑した。

マキさんはそんな俺を軽く睨んだあと、少しだけ口をつけた。

 

「にっが。やっぱ好みじゃないわ」

「それは残念。コーラもあるんでそっち飲みます?」

 

やはりマキさんはコーヒーが合わないらしい。

俺は立ち上がって冷蔵庫に向かう。

 

「いや、いいよ。ダイの淹れてくれたコーヒーだ、全部飲む」

 

マキさんはそう言って一気にコーヒーをちびちびと飲み続ける。

子供みたいで可愛いな。

 

俺はテーブルにマキさんの食事を並べた。

ベーコンなどが視界に入るとマキさんは顔を輝かせる。

 

「いたーきます!」

 

俺が箸を渡すと同時に彼女は食事に入る。

ガツガツと豪快に食べ、パンをかじる。

あまりに美味しそうに食べてくれるその姿は作った俺の気持ちを嬉しくさせてくれる。

 

「マキさん、こぼしたりしてそのスーツ汚さないようにね」

「ガキ扱いすんなよな」

 

見ればマキさんは先日買ったらしいスーツを着ていた。

ただ、どうやら彼女はスカートよりもスラックスの方が相にあっていたようで

残念ながら高校生時代のような生足を見ることはできない。

 

それでもスタイルが凄まじいから抑えきれない胸がスーツを仕上げてて苦しそうに見える。

 

「・・・・・・ジロジロみすぎだぞダイ。特に胸」

「これは失敬。

 それにしてもおっぱいでかいですね、サイズ合ってないのでは」

「男らしいなオイ。

 この乳、またデカくなったしもう胸に合うサイズ選んだら今度は裾や袖丈とかがおかしくなるんだよ」

 

まだでかくなってるのか。

凄いな。

 

マキさんはスーツを脱ぎ、シャツ姿になる。

純白のシャツにコーヒーをこぼしたら少し拙い気がするのだが、

マキさんに限ってはいらぬ心配かな。

 

と思った矢先。

 

「あ、こぼした」

「これは拙いですね、ちょっと待ってて」

 

コーヒーを数滴シャツにこぼした。

俺は慌てて布巾に水を浸し、マキさんに駆け寄る。

そのままトントンと布巾で叩き、薄めようと必死になる。

が、流石に取れない。

幾分か薄くはなるが、スーツが白すぎてやはりコーヒーの染みが目立つ。

 

どうしたものかと頭を悩ませていると、不意に上からマキさんの目線を感じた。

 

何故か嬉しそうに俺を見ていた。

 

「なんです?」

「べっつにー」

 

目をそらすマキさん。

どうにも今日のマキさんは考えていることがわからない。

普段から破天荒な人だから読めることの方が珍しいのだが。

 

「あ~、すいませんマキさん。これクリーニング出したほうがいいかも」

「別にいいよ。スーツ着れば見えない所にわざと落としたし」

「・・・・・・わざと?」

「おっと、たまたまだよ、たまたま落としたんだ」

 

マキさんは普段通りに見えてあの喧嘩の日以降、何か雰囲気が変わった。

 

俺を見る目が妙に姉ちゃんと似ているというか、それでいてなんだか悪戯好きな子供っぽいというか。

何にせよ今日までにも今のようなマキさんらしくないミスをしては俺がそのフォローをすることが多くなった。

本人は毎回ミスしたと言っているが、時々明らかに故意にポシャってるような気がする。

あくまでも俺の勘違いかもしれないけれど。

 

「ありがとなダイ。取り敢えずそれだけとれりゃ大丈夫だろ」

 

マキさんはそう言って俺の頭をくしゃっと撫でる。

何だろうな、マキさんが凄く大人っぽく見えた。

 

あの日、喧嘩で愛さんに負けたマキさんはまるで死んだように目を覚まさなかった。

焦った俺は必死に彼女を抱え、自宅に連れ込んで手当をすることになったのだ。

その際、愛さんも手伝ってくれた。

 

喧嘩が終わったあと、辻堂軍団に囲まれて賞賛されていたが、愛さんはそれを蹴散らす。

愛さんいわく

 

『腰越が引いただけだ、勝ったわけじゃねぇ』

 

とのこと。

それでも周りは愛さんを謙虚だといい、一日にして湘南中に愛さんが三大天の頂点に達したことが話題になった。

 

「俺はちょっと暇なんでそろそろ行こうと思いますけど、

 マキさんはどうします?」

 

愛さんはマキさんを看病する際、何故か今までにない程マキさんに優しかった。

俺は二人の喧嘩を最後しか見れなかったけれど、その喧嘩の途中で二人はわかり合えたものがあったのかもしれない。

もっとも、目が覚めた途端相変わらず喧嘩を始めてたけれど。

何にせよ愛さんとマキさんの壁は残るにしても、確実に薄くなっている。

 

「私も一緒に出るよ。

 流石に外から戸締りできねぇし」

 

もう喧嘩は極力しないと決めたらしいマキさん。

でも俺は知っている。というか見た。

殴りかかってきた不良を一撃で屠るマキさんの姿を。

 

そのシーンを見ていた俺にマキさんはこういっていた。

 

『正当防衛だ』

 

正当防衛なら仕方ない。

まぁ、自分から仕掛けなくなっただけ丸くなったというべきか。

 

「あ、そうだ。これ持っててくださいよ」

「ん、何この鍵?」

「ウチの合鍵です」

 

俺は前から渡そうと思っていた合鍵を渡した。

それを受け取ったマキさんは僅かに驚いている。

 

「私はアパート借りたから普通に今は寝床あるぞ?」

 

へぇ。アパート借りたんだ。

ちょっと意外だった。いや、普通の事なんだろうけど。

 

「それでもです。マキさんなら安心して家任せられますし、いつだって待ってます」

 

既に俺にとって彼女は他人ではない。

未だマキさんとの約束は完全に思い出せない。

しかし少なくとも俺とマキさんは家族になるという約束をしたはずだ。

 

もっとも、その約束にかかわらず俺は思い出す前からマキさんを家族と思っていたわけだが。

 

「・・・・・・いいのかよ、毎晩押しかけるかもしれねぇぞ」

「毎晩来ていただいても結構ですよ」

 

マキさんは鍵を握り締める。

 

「ったく、だったらアパート引き払ってこっちに住み込めばよかったかも」

「それもいいですね。姉ちゃんに相談してみましょうか」

「お前は冗談すら・・・・・・いや、そこがダイの良い所なんだろうな。

 お前はそのままでいてくれ」

 

マキさんは鍵をスーツから出した財布のチェーンに引っ掛ける。

マキさんの財布、初めて見た。

 

「さて、それじゃ行くかな」

「そうですね」

 

俺は食器を水に浸け、鞄を手に玄関へ向かった。

そこには既に革靴を履いたマキさんが立っていた。

 

俺はその姿を見て僅かに言葉を失う。

何というか、凄くスタイルが良く同時に格好いい女性であるマキさんがスーツやスラックス着ていると凄く魅力的だ。

できる大人の女性って感じ。

あと

 

「やっぱりおっぱいでかいですね。あと凄く似合ってます」

「おっぱいのくだり無かったらアリガトって言ってる所なんだけどな」

 

笑って許してくれるマキさん。

今のはセクハラだった、以後気をつけよう。

 

俺も靴を履いて、一緒に外に出る。

その際、戸締りは俺ではなくマキさんが鍵を締めてくれた。

 

「人の家の鍵を閉めるってのも変な気分だ」

「なれて行きましょう」

「そうだな」

 

見れば庭にはマキさんの相棒、単車ゴルゴム君が置かれていた。

バイク通学らしい、スーツ姿のナイスバディな女性がバイク。

凄くいい。

 

「それじゃ、ここでお別れですね」

 

俺はマキさんに別れを告げて登校を始めようとする。

しかし、不意に肩を掴まれた。

 

「乗れよ、送ってくからさ」

 

そう言って前に乗せてもらった時につけたダサいヘルメットを渡される。

流石に学校に大人の女性にバイクで送られるってのはどうかと思うが・・・・・・

まぁ今日はかなり早い登校だから人目は少ないか。

 

「じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」

「ああ、しっかり私に捕まってろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何というか、本当にあっという間だった。

朝早くて道がすいている上にバイクだ。

そりゃ早い。

 

俺とマキさんはエンジン音響かせるバイクに跨り、稲村学園前に僅かな時間で到着した。

 

「ありがとうございました」

「おう、また時々こうやって乗せて行ってやるよ」

「はは、何か噂が立ちそうでドキドキですね」

 

こんな目立つ登校をしょっちゅうしてたら絶対話題になる。

 

俺はバイクから降り、マキさんにヘルメットを渡す。

マキさんはそれを一旦後ろに置き、フルフェイスのヘルメットを外す。

そして首を振り、少し潰れた髪を払う。

その仕草が妙に格好いい。

 

「ダイ、校門通る前にちょっとこっち来い」

「はい?」

 

手招きされる。

俺はなんだろうと思い、素直に近づく。

 

俺がマキさんの目前に着くと、突然彼女は俺の胸ぐらを掴み。

 

「ん」

「んむ!?」

 

思いっきりキスされた。

 

え、嘘でしょう。ここで?

っていうか何故に?

 

キスといっても僅かに触れ合うだけのモノで、すぐに唇は離される。

が、俺は突然の事に惚けてしまった。

そんな俺を赤くした顔で笑いかけるマキさん。

 

「じゃな、また夜行くから」

「あ、は、はい」

 

そのままヘルメットをかぶり直し、発進するマキさん。

俺は呆気にとられてその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からまた別のクラスかぁ・・・・・・」

 

俺は朝早く、まだ先生以外誰も来ていない校舎の中、一人歩いていた。

 

今日から俺は三年生になる。

それはつまりクラス替えというイベントが起こるということで、今の仲間たちとはお別れすることになるのだ。

無論、俺自身はまだ彼らと一緒にいたい。

委員長や、ヴァン。クラスの男友達とはずっと友達のつもりだ。

けれどクラスが変われば相応に話す機会は減る。

 

それはとても寂しいことだ。

 

愛さんだって折角夏から自宅に呼んで素の姿を見せられる友達ができたのだ。

それがお別れなんて辛いだろう。

 

俺は胸に空虚感を抱きつつ、一年お世話になった教室の前にたどり着く。

 

もうこの教室に入ることはないだろう。

進級すれば教室も変わる。

 

何より、俺にとって寂しいことは愛さんと別のクラスになる事だ。

 

正直心配で仕方がない。

愛さんは孤独に慣れていると自分ではいうけれど、それでも一人より仲間がいるほうが楽しそうなのだ。

けれど、またクラスが一新されれば愛さんが一人ぼっちになる可能性は極めて高い。

委員長や烏丸さん、片岡さんの誰かが一緒のクラスになる事を心から祈る。

 

果たして自分は誰と同じクラスになるのだろうか。

まだ来るのが早すぎてクラス分けの表は貼り出されていない。

そのためこうしてブラブラと歩いている。

 

「あれ、ヒロシじゃんか」

「ん?」

 

不意に声をかけられて半ば驚きつつ振り返る。

 

すると、そこにはゴミ袋やバケツを担いだクミちゃんがいた。

見た所、辻堂軍団が占拠してる教室の掃除だろうか。

 

「クミちゃん、今から集会場の掃除かな?」

「まぁな今日は新人も滅茶苦茶くるだろうし、少し気合いれて綺麗にしとかないと愛さん怒っちゃうし」

 

綺麗な不良のたまり場。

正直未だおかしいと思うけれど、清潔なのは良い事だ。

さすが愛さん、素晴らしい規則を作ってると思う。

 

「前の腰越との喧嘩で愛さんは実質湘南のてっぺんとったようなもんだからな。

 多分ヨソの学園からも辻堂軍団に入りたがる奴多いんだぜ」

 

聞いてもいないことを嬉しそうに、誇らしげに語るクミちゃん。

実際かなり嬉しそうだ。

辻堂軍団を誰よりも誇らしく思っている彼女だからこそ愛さんがマキさんを倒したことが何よりも喜ばしい出来事だったのだろう。

 

だが、その話は愛さんの前でしないほうがいい。

俺と愛さんだけは最後の瞬間、マキさんが敢えて反撃や防御をしなかったことを知っている。

無論、他にも見ていて気づいた人はいただろう。

 

何にせよマキさんは故意に愛さんに勝利を譲った。

例え本気を出し続けていてもマキさんが愛さんに勝ったという保証はない。

 

けれど結果だけをみればマキさんが愛さんや俺の気持ちを考え、拳を引いた。

それを愛さんの勝ちと呼ぶのか、マキさんの勝ちととるのか。

少なくとも愛さんは後者を選んでいる。

 

「クミちゃん、あのね―――――」

「丁度いいや、暇だろヒロシ。ちょっと手伝えよ」

「え、ちょっと」

 

盛大にモップやらなんやら様々な掃除用具を投げ渡される。

俺は慌てて受け止めた。

 

「そんじゃ行くぞ」

 

大股で集会場へ向かうクミちゃん。

俺は呆気にとられてしばらく立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だろうな、世の中には決して運だけでは片付けられない事がある。

それこそ誰かの意志力が働いているのではないかと、そういう疑惑を持つ事がある。

 

「っていうか露骨すぎィ!」

「はは、明らかにこれ運命力感じるよね・・・・・・今年こそはタロウと・・・・・・」

「キモイなお前」

「いくらなんでも代わり映えしなさすぎタイ」

 

二年の頃によく釣るんでたズッコケ三人組は俺が教室に入ると既に一つの席に固まって座っていた。

うん。

 

「やばいわー、あたし今日に備えて全然勉強してないわー、まじやばいわー。

 ミィは今日の試験の勉強してきた?」

「・・・・・・なんだろう、マイから裏切りの香りがする」

 

相変わらずな二人である。

うん。

 

「坂東君、いつもサプリメントばかりではそのサプリメントの栄養だけに偏ってしまいますよ」

「別に家では普通の食事をしている。

 それに去年の夏頃から勉強を見ている人にもそれは言われたことだから既に気をつけいてるさ」

 

うん。

 

うん。

 

「おかしくないかな、これ」

 

言わずには居られなかった。

だってそうだろう、僅かに見えなくなった姿と新しい姿はある。

けれど目立っていた人たちは軒並みここにぶち込まれてる気がする。

 

「ホーッホホホホホ! ご機嫌麗しゅうございますわ長谷君」

「うおうびっくりした」

 

突然背後から甲高い高貴なる笑い声が響いて俺は心臓が跳ね上がった。

凄まじいビートを刻むハートを深呼吸で落ち着かせながらゆっくり冷静に振り向く。

するとそこには・・・・・・えぇと、片瀬さんの親戚の・・・・・・えぇと

 

「胡蝶さん、おはようございます」

「えぇ、おはようございます。

 大変礼儀正しい挨拶ですこと、あそこの方々も見習っていただきたいばかりですわ」

「あ、あはは」

 

ちょっと自信なかったけれど胡蝶さんであっていたらしい。

次からは大人しく片瀬さんと呼ぼう。

どうせあっちの片瀬さんとこっちの片瀬さんが俺の前にセットで現れる事なんてないだろうし大丈夫だろう。

 

「えぇと。副会長がどうしてここに?」

 

俺の問いに首をかしげる片瀬さん。

はて、何か変なことでも言ってしまったか?

 

「ああ、長谷君はクラス表を全部は見てなかったのかしら?」

「ええ、実は俺さっきまでとある教室の掃除をしてて大分遅れたので、

 通りがかりにであった姉ちゃ・・・・・・長谷先生に口頭で教えてもらっただけなんだ」

 

その時、姉ちゃんがやたら不機嫌そうだったけど何故なのかはまだわからない。

朝はあんなに機嫌よかったのにな。

 

「朝早くから校内清掃とは・・・・・・やはり長谷君は素晴らしいですわ。

 是非ともこれからもそのまま品行方正でいてくださいまし」

「ははは・・・・・・」

 

言えるわけがない。

不良の巣の清掃をしていましたなど。

笑い話にすらならなさそうだ。

 

「それで、わたくしの事ですが」

 

片瀬さんは柔らかく微笑みながら俺の手を握った。

 

「今年から一年間よろしくお願いしますわ、長谷君」

 

ここでようやく合点がいった。

つまり同クラスになったということか。

いっちゃなんだけど去年より騒がしいクラスになりそうな気がした。

でもまぁ、彼女って良い人だし完全に知らない人よりは一緒のクラスになって嬉しい。

 

「さて、そろそろ時間ですし着席しますわよ」

 

時刻を見ればもうすぐチャイムがなる頃合だ。

 

「・・・・・・あの方はまだ来られてないのですか。

 まったくこれだから」

 

片瀬さんは一つ空いている机を忌々しげににらみつぶやいて、そのまま自分の机へ歩く。

俺は一体この机の主が誰なのかわからなかった。

首をかしげる。

 

『――――ざいます、愛さん!』

『『『おはようございます!!!』』』

 

不意に、外の方から凄まじいボリュームの挨拶が聞こえた。

クラス中の皆が興味本位で窓から顔を出す。

 

「ヒロ、今年も一緒のクラスだな。

 僕としては嬉しい限りだ」

「うん、俺もヴァンとまた一緒で凄く嬉しいよ」

 

俺とヴァンだけはそれを見ず、新学期の挨拶をした。

 

「これで辻堂が一緒のクラスでなければ平和なものなんだがな」

 

そういってヴァンは先ほどの机を見る。

口では毛嫌いするような言い草だが、実際その目は友人を見るものだ。

ヴァンは何だかんだでいい奴だから俺は好きなのだ。

 

っていうか・・・・・・え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラス分けでこんなに喜んだのは初めてかもしれない」

「俺も同じだよ。もはや俺と愛さんは離れられない運命なのかもしれない・・・・・・」

「大・・・・・・」

「愛さん・・・・・・」

「はは、こいつらちょっとウザイな」

「目と耳から殺意を取り込ませてくるタイ」

 

何というか、現実はいつだってアニメや漫画の世界よりも奇的なのだ。

現実にご都合主義なんてないし、当然決められた道筋もない。

 

で、何故ここまで俺にとって良い方向にクラス替えが決まったのか。

詳細はわからないけれど、何にせよ喜ばしい事だった。

 

「ふふ、長谷君や辻堂さんの日頃の行いがいいからですよ」

 

と、委員長は俺の疑問に答えた。

けれど対してヴァンはというと。

 

「ふむ、不良に日頃の行いが良いとは言い得て妙だな」

「うっせーな、こっちだって別に普段から悪い事してるわけじゃないし」

 

相変わらず表ヅラは仲の悪い二人である。

もっとも、別に互いに嫌いあっているわけではない。

愛さんもヴァンも互いをある程度認め合っているから一緒に話し合っているし、

そもそも愛さんの場合本当に嫌いな人には鉄拳制裁をお見舞いするため、嫌いなら嫌いと分かりやすい。

 

「なぁタロウ。もう試験直前なのにいつもみたく直前に詰め込みとかしないの?」

「別に詰め込んでいるわけじゃない。アレはただおさらいをしているだけだ」

 

ヴァンは若干渋い顔をする。

 

「それに進級してクラスメートとの初顔合わせだ、僕としてもおさらいよりはヒロ達と交流する方を優先したい」

「タロウ・・・・・・」

 

ヴァンって男からも惚れられたのか。

なんてどうでもいい事を一瞬考える。

まぁそんな事はどうでもいい。

 

俺は取り敢えず愛さんの方を見る。

 

「辻堂さん、この問題って出るかな?」

「どうだろうな、長谷先生ならこんな面倒くさい上に性格悪そうな公式は出さないんじゃねーの。

 それよりマイがさっきからウザイんだけど」

「・・・・・・あれ絶対勉強してきてるよね」

 

愛さんと烏丸さんは冷めた目で片岡さんを見る。

片岡さんはというとさっきから委員長に勉強してないアピールしている。

実際にあそこまで露骨にアピールしてるひと初めて見た。

 

「なぁ大。放課後暇?」

「うん、特に用事はないね。

 だからちょっと辻堂軍団に挨拶しようかなって思ってるんだ」

 

一応新学期最初だし、クミちゃん以外の人達とも挨拶はしておきたい。

 

「あ~。それはやめといたほうがいいかも」

 

愛さんは酷く困った様子でいう。

はて、なぜだろうか。

 

「今日は多分あそこはイキがってる新入生でごったがえすと思うんだ。

 実際去年もそうだったし」

「あぁ、なるほど」

 

つまり不良な新入生が辻堂軍団に入ろうと、集会場に集まるってことか。

確かに、それは俺がいくと危険かもしれない。

俺みたいな平々凡々な男がそんな魔窟に行ったとなると、速攻絡まれるだろう。

 

「一応顔見せだけするよ。やばそうだったらすぐ帰るからさ」

「わかったよ。じゃあ行く時はアタシと一緒だぞ」

「うん」

 

横に愛さんがいるのなら滅多ことも起きないだろう。

まさか愛さんに喧嘩を売るほどイキのいい一年もいないだろうし。

 

ふと、なんか近くから凄い気色悪い視線を感じた。

寒気を感じて周りを確認すると男たちが俺と愛さんを見ている。

 

「・・・・・・イクときは一緒だぞってさ。聞いたかよ?」

「確かに聞いたタイ。けしからん」

「ばっ! そ、そういう意味で言ったんじゃねぇよ!」

 

男達の粘っこい視線とその言葉に愛さんは一瞬で沸騰する。

が、怒っているというよりは照れている感じだ。

 

俺はそんな愛さんの姿を見て微笑ましくなる。

一年前には考えられなかった光景だ。

愛さんがクラスメートとバカやって、それを周りは笑って。

それは普通ならよくある光景なのだけど、愛さんにとっては特別なのだ。

 

俺は一歩下がった位置からクラスを眺める。

 

今年も良い一年になりそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだオメェ、芋癖ぇツラひっさげやがってよ。

 ここがドコだかわかってんの?」

「はぁ」

 

完全にしくじった。

愛さんどこだろう。

 

テストが終わり、いざ辻堂軍団に愛さんと一緒に行こうと思ったら俺は胡蝶さんに生徒会の手伝いを頼まれた。

相変わらず意志の弱い俺はそれを断れず、ジト目で見る愛さんに詫びて手伝いに向かった。

が、終わって教室に戻った時にはそこに愛さんはいなくて、先に行ったのかと思いそのまま急ぎ足で集会場に行った。

 

それが拙かった。

 

「ちょっとお前飛んでみ?」

 

・・・・・・飛んだ所で財布の中のお金が鳴るとは思えないけれど。

 

「マー君の命令にしたがえやタコーーーー!」

「まぁまぁ落ち着けや、ほれ。わしが優しく言っとるあいだにな?」

 

集会場に入った途端凄まじい二人組に絡まれた。

この場には数十人の不良がいるため、誰か見知った人いないかなぁと周りを見渡すも知っている人が一人もいない。

二年生以上の辻堂軍団の人たちはどこへ行ったのだろう。

 

「すいませんけど、カツアゲならお断りです。

 っていうか我が身が可愛いなら俺に絡まないほうが……」

「何言ってんのコイツ?

 今はやりの邪気眼ってやつ? マー君こいつやばいっすよ、メチャうずいてますよ」

 

確かに今の俺の言い方はちょっと変な言い方だった。

だが俺は一切大げさなことを言っていない。

まじで今の俺にカツアゲしている所を辻堂軍団の人の誰かに見られたら確実に愛さんに伝わる。

そうなった場合、多分愛さんは彼らを制裁するだろう。

 

「いいから飛べって、な? チャリンって落としたら財布渡すんでいいから」

 

今年の新入生は凄いな。

色々な意味で。

 

「おいおい、お前ら。彼は見たところカタギだろうが。

 そこまでにしとけ」

「あぁ? なんやお前!?」

 

中には硬派な人もいるらしい。

その人は唾をまき散らすマー君さんを無視して俺の手を引き、自分の方へ俺をよせた。

っていうか、この人女の子なのに男らしいな。

 

「教室間違えたんじゃないのかお前?

 ここは辻堂軍団の集会場だ、お前みたいな一般人が来る場所じゃない」

 

一応彼らから庇ってくれるみたいだ。

が、それでも俺は戦力にならないし、実質一対二。

外野は俺たちを面白がってみているだけ、助勢は期待できない。

 

「おうおう、マー君まじキレちまったよ……屋上いこうぜ……」

「ええかっこしぃがわし一番嫌いやねん、ちょっと残機ゼロになってもらいましょか」

 

どうでもいいがいちいち言い回しが安定しないマー君である。

 

「……あ~、すいません。流石に絡まれたのは俺なんで屋上は自分一人で行きます」

「そうもいかないだろ。こういう手合いを殴りたいから俺はヤンキーになったんだし、

 むしろ望むところって感じだ」

 

格好いいなぁ。

どことなく愛さんと思想が近い。

彼女とは仲良くできそうな気がする。

 

一応二人に因縁つけられても全然動じていないところをみると喧嘩も自信があるのだろう。

彼は二人の背を追って教室から出ようとする。

 

「おいこらクソガキ! おめぇも来るんだよ!」

「はいはい、付いていってますってば」

 

そんな叫ばなくても聞こえているんだけれど。

っていうかクソガキて、相変わらず後輩から見たら俺は威厳がないらしい。

諦めて彼らの後ろに続く。

 

そしてマー君さんが扉に手をかけた瞬間―――――

 

「はい不合格っす。制裁!」

「へ? あべし!」

「マー君!?」

 

マー君さんが開けるよりも早く、廊下側から扉が開かれ、同時に入ってきた女性が目の前のマー君さんを蹴り飛ばした。

 

部屋にいた全員が呆気にとられる。

俺も俺を庇ってくれた人もだ。

とりまきの人だけは即座に吹っ飛ばされたマー君さんにかけよるも、やはり唖然としている。

 

その女性は誰か。

 

「……あれ? 貴女は確か元江乃死魔の」

 

乾さんだった。

一応先生に捕まらないように愛さんの体操服をを着ているが、俺を庇ってくれた人は見おぼえがあったらしい。

 

乾さんは彼女をちらりと見る。

そして数秒だけ値踏みするように顎に手を当てて上から下まで舐めるように見た。

その後、満足したのかにこやかにほほ笑む。

 

「合格。辻堂軍へようこそ~」

「……はぁ?」

 

彼の肩にポンポンと手をあてる乾さん。

 

「センパイを庇いだてしたり、ちゃんと上下関係も理解してる。

 うんうん、やっぱりこういう後輩が一番っすよね長谷センパイ」

「いや、まぁ……」

 

俺に話を振られても全くわからない。

そりゃ彼女は良い人だと思うけれど。

 

「で、アッチの方は不合格」

 

突然目つきが変わる。

今まで見せていたにこやかさは欠片も残らず、まるでゴミを見るような目つきで俺をカツアゲしてきた二人に視線を向けた。

 

乾さんは軽やかな足取りで未だ立ち上がれないマー君さんの目の前まで歩き、

胸倉をつかんで持ち上げる。

あの細腕のどこにそんな怪力があるのか、全員黙ってその光景を見る。

 

「テメェ、誰に口聞いてんのかわかってんのかよ。あの人は最上級生だぞ、言葉遣いに気をつけろ」

「ひ、ひぃぃぃ!」

 

やばい、さっき俺たちに見せた笑顔のせいでわからなかったけれど、何気に乾さんキレてる。

今にも殴りかからんとせん雰囲気だ。

 

「まぁ、改めたところでアンタみたいなのは辻堂軍団に入れたりしないけどね。

 その面目障りだからさっさと消えろ」

 

そう言ってマー君さんを扉の方へ投げ捨てる。

明らかな格の違いとそのプレッシャーにカツアゲした二人組はおびえすくむ。

可哀そうに、腰が抜けて立つことすらできていない。

 

しかし乾さんは一向に集会場から立ち去らない二人に心底イラついたような顔をした。

 

「あずの言う事きけねーのか。消えないのなら自分がたたき出してやるよ」

「た、助けて!」

「マー君やヴぁい俺たちまじやばい!」

 

二人は怯えすくみながら互いを抱きしめあう。

涙すら浮かべ、拳を鳴らしながら近づいてくる乾さんから逃げようとする。

 

だが誰も外野は彼らを助けようとしない。

当然か、乾さんはどうやら有名人らしく、その実力は周知の事実だ。

だから哀れな二人を庇いだてして乾さんに敵対なんてできるはずもない。

 

「ちょ、ちょっと乾先輩。こいつらは腰が抜けて動けないだけで」

「うっさいなぁ。黙ってろよ」

「――――っ!」

 

お人よしらしい彼女は勇敢にも二人に助け船を出そうとした。

けれど乾さんは聞く耳を持たず一蹴。

その威圧に圧され彼女は黙ってしまう。

 

「「あ、あわわわわわわわわ」」

 

もう恐怖だけで気絶してもおかしくないレベルだ。

これは流石に同情してしまう。

 

「乾さん、見逃してあげてよ」

 

俺は乾さんの威圧に怯える女の子の前に立ち、乾さんにお願いをする。

俺なんか乾さんの足元どころか視界にすらおさまらないレベルで弱いけれど、話を聞いてくれるくらいの信頼はある筈。

 

乾さんは鋭い目つきのまま俺を見つめる。

正直その目つきはかなり怖い。狩人のような、獲物を見る蛇のようなその目を向けられるのは久しぶりだった。

まだ威圧は収めてくれないけれど、考慮してくれているようだ。

そして数秒。

 

「センパイがそういうなら」

 

柔らかくほほ笑んで、拳を下げてくれる乾さん。

俺は心底安心してため息をつく。

 

「あの」

「ん?」

 

胸をおろす俺に後ろから声がかかる。

何だろうと思ったら、さっき俺を助けようとしてくれた子だ。

 

「貴方はもしかして辻堂軍団の三年生の方ですか?」

 

基本礼儀正しい子からしい。

敬語で俺に話しかけるようになった。

こんな子がなぜ不良なんかしているのか。まぁ愛さんに似た理由なのかもしれない。

 

「いや、俺は辻堂軍団に入ってないよ。ただ俺の彼女が入ってるというか……

 まぁうん。とりあえず辻堂軍団の人たちと仲良しなんでよく顔出してるんだ」

「はぁ……そうなんですか」

 

ちょっと含みのある言い方をしてしまったか。

彼女は少し釈然としない顔で下がった。

 

俺はとりあえず今の話題は打ち切りにして、未だ立ち上がれない二人の所へ歩み寄った。

 

「怪我してない?」

「はい! 全然全くしてないです!」

「わしもです! 至って無事であります!」

 

……完全に怯えているようだ。

仕方ないか、今俺に迂闊なことを言ったら乾さんの制裁がくだるのだ、

そりゃびびるわな。

 

だが別に俺は虎の威を借る狐になるつもりもない。

 

「怪我してるじゃない。ちょっと待ってね」

 

見れば乾さんに投げられた時に顔をぶつけたらしい、頬に結構痛々しい擦り傷ができていた。

俺は持ってきたリュックから愛用の救急キットを取り出す。

 

「あの、何を」

「ちょっとしみるから我慢してね」

 

中からアルコール綿を取り出し、傷口を消毒する。

その際かなり沁みたらしく、顔を引きつらせるマー君さん。

見れば血も出ていて、僅かにアルコール綿に血液が染みついている。

とりあえず大きめのカットバンを取り出し、その少し大きめな傷口を覆うように貼った。

 

「うん、これでよし」

 

ちょっと見た目がアレだけど、まぁ怪我したところが化膿するよりはマシなはずだ。

 

「他の所は大丈夫そうだね」

「は、はぁ。ありがとうございました……」

 

マー君さんもやっと落ち着いたらしい。

ゆっくりと立ち上がって俺の貼ったカットバンをなでる。

 

「長谷センパイなにしてるんすか。そいつらセンパイにカツアゲかまそうとしてた連中ですよ」

「乾さんも冬まではよくしてた事じゃない」

「うぐ、そ、それはまぁそうですけど」

 

カツアゲとかそういう人を嫌な気持ちにさせる悪事は俺は嫌いだ。

だけど反省して、二度としないのなら俺は過去をいつまでも引きずるつもりはない。

だから今だって俺は乾さんと打ち解けてる。

 

「長谷、先輩ですか」

「え、あ、うん」

 

何やらマー君さんが俺を熱っぽい目で見ている気がする。

何だろうな、まるで恋する乙女のような。

 

「わ、わし貴方に惚れました! 一生ついていきます!」

「え~」

 

何故そうなる。

やめてよね、俺そういう属性ないんですけど。

でも正面からやめてという度胸は俺にはない。

 

「カツアゲかます上にどうしようもない不良っぽいし、長谷センパイと相性は良かったか……」

 

なにやら乾さんは俺とマー君さんを交互に見てぶつぶつ言っている。

しかし何やら答えを出したのか、微妙な顔で乾さんはマー君さんに近づいてきた。

 

「やっぱ不合格取り消し、合格」

「え」

 

これには驚くマー君さん。

 

「せいぜいこき使ってやるから覚悟しといてくださいよ」

 

そういって乾さんは俺の手を引いてくる。

一体どういう心境の変化なのか。

俺には理解しかねる。

 

「で、さっきから空気でウドの大木なあんたらはどうしましょうかねぇ。

 いちいち審査なんてかったるいし、かといって他の奴らまだ来ないし……」

 

僅かに考える。

が、どうやら答えは出なかったらしい。

 

「まぁいいや。あんたらは他のセンパイがたが来るまでそうやって待ちぼうけくらっといてくださいよ。

 自分らはちょっと用事あるんで、それじゃ」

「え、い、乾さん」

 

俺をグイグイと引っ張って行く乾さん。

俺は戸惑うものの、大人しく抵抗せずついてく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長谷センパイ、今日はちょっと無用心すぎますよ。

 自分来なかったら危なかったし」

「そうだねぇ、でも俺を庇ってくれた子もいたし大丈夫だったかもしれない」

 

あの子にはまた後日礼を言っておこう。

 

「そうかもしれませんけど・・・・・・まぁ、過ぎたことっすね」

 

その通りだ。

もしも話に意味はない。

そんなことよりは俺は彼女に聞きたいことがある。

 

「所でさ、どうして今日稲村学園にいるの?

 由比浜はテストとかなかったのかな」

「ありましたよ。テスト終わったあと見直ししたいんですぐに長谷センパイ迎えにきたんすよ」

 

そう言いながら鞄からテスト用紙を取り出した。

一応問題用紙であって解答用紙ではないので、事前に自分がどう解いたか等を問題用紙にメモしていないと採点のしようがないのだが

見た所そこは抜かりないようだ。

 

「それじゃあ帰りましょうよ。

 明日も学校ありますし、長居できませんから尚更早く行きたいですし」

 

俺の腕に両腕を絡めてくる。

その大きな胸に俺の腕は挟まれ、あまりの感触に生唾を飲む。

 

「ふふぅん、今センパイどきっとしましたね」

 

ものすごい悪い顔で俺を見上げてくる乾さん。

どうやらワザと俺がこうなるように意識してのことらしい。

どうしたものか、ここで言い訳をするのもみっともない。

 

「乾さん、愛さん知らない?」

「おおう、露骨な話題そらしっす。

 清々しすぎて追求もできないレベルの」

 

こういう時はわざとらしいごまかし方がむしろ効果的である。

というか、実際に愛さんの行方が気になっていたのだ。

 

一応俺の問いに答えようとしてくれるのか、乾さんは少し考える。

 

「自分この学園に来て速攻集会場行ったから全然知りませんね。

 メールやコールとかしてないんすか?」

 

ふむ。そういえばまだ今日は一度も携帯をみていない。

思い出したようにポケットから取り出す。

そして画面を確認するも愛さんからの着信履歴はない。

 

今日はもう帰ったのかな。

待って欲しいとも言ってないしそれも仕方ない。

ただ、さっきの集会場の様子を見た所まだ愛さんは集会場にすら顔を出してないみたいだし、

もしかしたらまだどこかで俺を待っているのかもしれない。

 

取り敢えず思い立ったら吉日、愛さんにコールしてみる。

 

鳴り続く呼び出し音、途切れない呼び出し音。

 

愛さんが電話を取るよりも早く、自動受付に転送される。

俺は即座に電話を切る。

 

「ダメだね、マナーにしてるから気づいてないのかも」

「それは残念ですね」

 

俺は僅かに残念に感じ、ネガティブな気持ちのまま携帯をポケットにしまう。

 

「それじゃあ辻堂センパイにメールでも送って自分らは先に帰りましょうよ」

 

嬉々として俺の腕にしがみつく乾さん。

 

「ん~・・・・・・」

 

悩む。

実の所、俺は愛さん探しをしたかった。

今日はまだ愛さんとあまり会話できていない。

そして話すことは沢山ある。

 

クラスの事、テストの事、今日来てた辻堂軍団の事、これから一年間の事。

挙げればキリがない。

 

故にここは乾さんの誘いを断ろうと思うのだが、乾さんの頼みも実の所聞いてあげたい。

 

俺が優柔不断にも答えをだしかねていると

 

「ん? お前は便秘娘の・・・・・・」

「「え?」」

 

後ろから声がかかった。

俺にではなく乾さんにだが。

 

俺達は誰だろうと疑問げに振り向く。

 

振り向いた瞬間、乾さんはフリーズした。

 

「なんでお前がウチの学園の体操着を着ているんだ?

 しかもサイズが合っていないと来た、これは実にけしからん」

「けしからんですよね」

 

俺も思う。

もうおっぱいが張り裂けそうなばかりにコングラッチレーションしている。

サイズが全くあっていない体操着は一種のエロ衣装だろう。

 

「それは秘密です。っていうか自分ちょっと用事思い出したんで・・・・・・」

「ややや、前に弁天橋であった時よりも明らかに肌質が落ちているではないか」

「わぁぁぁぁぁぁ! 恐ろしく目ざとい!」

 

後ろにスライドする乾さん、前に詰め寄る楓先生。

 

「見た所便秘三日といった所か」

「だから何でそんなにピンポイントで当てられるんすか!?」

「それは私がスケベな保険医だからだ!」

 

乾さん、続けて二歩下がる。

楓先生、合わせて五歩進む。

 

涙目な乾さんを尻目に先生はポケットをまさぐり始めた。

一体何を出すのだろうと思った矢先

 

「よぅし、ここは前同様にシンプルイズザベストにイってみるか」

「イかねーっすよ!」

 

針のない注射器。

結構大きめなのを小さいポケットから取り出した。

しかも注射器の中には何やら液が充填済み。

白衣のポケットは四次元に通じるポケットらしい。

 

乾さんは殆ど半泣きで壁際に追い詰められた。

 

「それじゃあ行こうか。

 大丈夫だ、最初の頃よりもきっと楽で痛くないはずだから・・・・・・」

「いやだあああぁぁぁぁぁぁ! 長谷センパイ助けて許して見捨てないで慈悲はないんですかあぁぁぁぁ!」

 

俺は連れ去られていった乾さんを見送った。

このあとに乾さんがどんな事になるのか。

想像はつくけど今後触れないでおこう。

南無。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここにいた」

「・・・・・・ちぇ、やっぱ見つかったか」

 

乾さんが連れ去られてから、しばらく考えた俺はすぐに愛さんのいる場所がわかった。

愛さんは、俺がよく通る通学路。

春と夏の間の時期に一匹の猫が捨てられていた場所にいた。

 

そんな気はしていた。

情緒深い愛さんのことだ。

きっとこういう節目の時期は思い返す事があるのだろう。

 

「ここにラブがいたんだよね」

「あぁ、アイツったらあの時は本当に小さくて可愛かったな。

 今ももちろん可愛いんだけどな」

 

俺達は並んでラブのいた所を眺める。

 

そこにはもう何もなくて、ラブの入っていたダンボールはおろか痕跡すら一切ない。

もうただの道、それこそ百人が見て百人が興味を示すことはない所だ。

 

でも、それでも俺たちにとってその場所は特別だった。

 

「大はここでラブを拾ってるアタシを見て、アタシを好きになってくれたんだよな」

 

愛さんが少し照れくさそうに言う。

 

「ん~、ちょっと違うかも。

 ラブを拾った愛さんの姿はあくまでも俺に踏ん切りをつけさせただけなんだ」

 

一年の学園祭で、硬派で凛々しくて怖がられていて、それでいてどこか優しさを感じる彼女の存在を知った。

二年の春で辻堂愛が本当は怖くなくて、誰よりも優しくて、でも自分を貫き通すために強がってる女の子だということを知った。

二年の夏。俺はそんな彼女を好きになった。

 

「俺は、結構早い段階から愛さんに惹かれてたんだと思う」

 

俺は彼女が気になって仕方がなかったのだ。

 

「そっか、ありがと」

 

何に対してのありがとうなのか。

俺はそれを知ることはできない。

付き合ってまだ俺達は一年も経っていないのだ。

互いの心を以心伝心するにはまだ俺たちには圧倒的に時間が足りない。

 

しばらく、俺達は互いに口を開かずただ時間を過ぎさせる。

しかしその時間に気まずいものはない。

 

その言葉のない瞬間すら百万の言葉を交わすよりも楽しくて、居心地が良い。

 

「あ~あ、一年前のアタシはまさか今こんな事になってるなんて思ってもみなかっただろうな」

「俺だってまさか彼女できるなんて思ってなかったよ。

 それも愛さんみたいな素敵な人を」

「・・・・・・ッ! 恥ずかしいことばっか言うな!」

 

久々に愛さんの硬派メーターが純情メーターを上回ったらしい。

付き合い始めた当初のような事を言われた。

その掛け合いすら懐かしい。

 

互いに照れていると、不意に愛さんが俺の手を取った。

 

「じゃ、帰ろうぜ。今日はどっちの家いく?」

「もちろん俺の家、是非とも是非ともお願い申し上げます」

「・・・・・・明日学校だしエロい事はお預けだぞ?」

「・・・・・・・・・・・・うん!」

「絶対何か企んでるよアタシのカレシ」

 

何ておバカなやり取りをしながら家路につく。

 

相変わらず愛さんの手は柔らかい。

これが男を星のように上空にぶっとばす手だなんて思えない。

 

ゆっくりと歩く。

別に目的地についたからって俺達が別れる事はない。

むしろ家についてゆっくり二人で食事する方が有意義なのかもしれない。

 

しかし、俺達にとってそういった『有意義』という言葉がそもそも成り立たない。

俺は愛さんといれればどこで何しててもそれは価値あるものなのだ。

 

もちろん愛さんがそう思っていると断言はできないけれど

 

ちらりと愛さんを流し目で見ると、

 

愛さんはやたら上機嫌でにこにこ微笑んでいる。

よかった愛さんも楽しそうだ。

これで俺の独りよがりだったら多分俺は自殺するほど自己嫌悪を抱いていた。

 

「今日も梓とか腰越くるのかな」

「マキさんはわからないけど、乾さんは来るかと」

 

返答して気づいた。これやばいヤツや。

地雷踏んだね間違いなく。

 

ギューっと、愛さんの手が万力のように俺の手を握りつぶす。

 

「あだだだだだだだだだ!」

「あのさぁ大」

 

ヤバイヤバイ果汁が出る出る、大果汁100%一番搾りがでるってば。

もう痛すぎて既に手がぐしゃぐしゃになっているのではないかと疑うも、

どうやら折れないギリギリの所で力を緩めているらしい。

 

男なのに涙が止まらないほどいたい。

 

「何かさぁ、最近アタシよりも腰越たちと一緒に居る時間の方が長くない?

 おかしいよなぁ、だってアタシってカノジョなんだぜ?」

「あうあうあうあうあうああぁぁぁぁぁ!」

 

愛さんの怒りは治まることを知らず、生かさず殺さずな力加減で手を握りしめてくれる。

この強さが愛の深さなのだろうと現実逃避をするものの、やはり痛みから目をそらせるほど悟ってはいない。

 

「折角これから久々に大と二人っきりになれると思ったのに・・・・・・」

「も、もしかしてやっぱエロい事期待してたり?」

「っ! うっさいバカ!」

「あ、それ以上いけない!」

 

図星をついてしまったらしい。

更に握り締める手が強くなる。

なんだ、やっぱり期待していたのか。

 

凄くもったいないことをしたきがする。

 

「・・・・・・わかった。今日の夜、もしマキさんや乾さんが来たらはっきり言うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? やだ」

「皆殺しセンパイに同じっすー」

 

あんまりだ。

俺ってここまで発言力低かったのか。

軽くショックだ。

 

「家主の大が言ってんのにヤダってお前ら・・・・・・」

 

愛さんも呆れているのか、額に手を当てて困っている。

 

「だってここ私の家だし。ほら、今日の朝ダイにこれもらったんだ」

 

そう言ってマキさんは俺が渡した家の合鍵を取り出した。

作ったばかりで真新しいその合鍵は綺麗で、

マキさんは宝石を見るかのように僅かにまぶしそうにそれを眺める。

 

「何でテメェがソレをもらってんだよ!

 おい大、説明しやがれ!」

「そないなこと言われても」

 

ウチ、人権ないし。

 

マキさんって俺にとって家族だし、家族になら合鍵持ってて欲しいし。

でもこれどう見ても言い訳になってるし。

もう何言っても俺愛さんに怒られるよね。

 

「あーもー・・・・・・私の居場所に余計なお邪魔虫が!

 大っ、キンチョール持って来い!」

「自分ら害虫扱いっすか」

「ひっでぇの」

 

滅茶苦茶である。

 

「愛さん落ち着いて、割と人体にキンチョールはマジでやばいから」

 

火傷とか皮膚のダメージとか色々怖いのだ。

伊達に生命力の凄まじい虫を殺すスプレーを名乗ってはいない。

 

「っていうか皆殺しセンパイと辻堂センパイだけに合鍵あげるなんて酷いっすよぅ。

 あずにはくれないんですか? もしかしてあずって信用ない?」

「え、いや。そんな事は絶対にないけど」

 

うるうるとした目でこちらを上目遣いしてくる。

明らかにわざと媚びている感じだが、男のサガでそれを跳ね除けるなんて俺にはできない。

というか元より乾さんの分の合鍵も作ってはいるのだ。

まだ渡してないだけで。

 

今渡したら多分俺愛さんに何されるんだろうか。

 

「・・・・・・合鍵はアタシのオンリーワンだったのに、

 出回り始めてワンオブゼムになった」

 

これはまた面白いことを言う愛さん。

 

「自分だけのけ者なんて寂しいっすよ、長谷センパぁイ」

 

甘え声で擦り寄ってくる。

やばい、マキさんほどではないにしても、それでも高校生の平均を容易く上回るダイナマイトバディー

俺の理性を溶かすにはオーバーキルレベル。

 

口が『仕方ないなぁ』と援助交際中に女子高生にプレゼントねだられるおっさんみたいな事を言うように促してくる。

アホか。

 

「し、しかた――――」

「大・・・・・・?」

 

危ない。

実に危ないところだった。

見れば愛さんの顔は笑顔で固まっている。

が、その下に途轍もなく途方もない殺意をたぎらせる修羅が見える。

 

「い、乾さん。鍵はもうちょっとまってね?

 今切らしてるんだ」

「ちょっとしか待ちませんよ?

 これでもあずはチャンスは逃さないハンターなんで」

「どちらかというと肉食獣だろうが」

 

マキさんが吐き捨てる。

乾さんはちょっとムッとした顔をするものの、一応自覚はあるらしくそれに口答えはしない。

 

「なんにせよダイにくっつきすぎだ。

 そこは・・・・・・」

「え、ちょっと何するんすか」

 

マキさんは子供を咥えて持ち上げる猫のように乾さんの首根っこを掴んで、ぽいっと俺のベッドに投げ捨てる。

そしてマキさんは座っている俺の太ももに頭をおいて寝転がった。

 

「私の指定席だ」

 

うぅむ。野郎の膝枕など気持ちがいいとは思えないのだが。

 

「ゴルァ! テメェのじゃなくてそこはアタシんだ!」

「んが!?」

 

愛さんが激怒して俺を引っ張る。

その際太ももの上にいたマキさんは滑って地面に頭をしこたま強く打ち付けた。

結構痛かったらしく、数秒悶絶したあと涙目で愛さんに食いかかった。

 

「やってくれんじゃねぇか辻堂・・・・・・」

「やってやったぜ極楽院さんちのセンパイよぉ・・・・・・」

 

やばいって。

どっちもマジギレしてるし。

 

「あれあれ、そう言えば皆殺しセンパイって喧嘩やめたんじゃ?」

「売られた喧嘩まで逃げるほどプライド捨てちゃいねぇよ」

 

つまり気に入らないから取り敢えず殴る等等、拳による解決をしなくなっただけで

護身や相手からの挑発を受けた場合は普通に対応するということだ。

まぁ、それでもマキさんからしたら大きな変化だと思う。

 

っていうかやばいやばい、これ今日は長谷家を無料で更地にしていただけるお客様感謝デーだったのかもしれない。

まっぴらゴメンである。

 

あたふたとしていると、不意に俺の袖が引っ張られた。

なんだろうと思い姿を確認すると乾さんだった。

どうやらこっそり俺に近づいてきたらしい。

 

「今がチャンス。失礼しまーす」

 

そう言って乾さんは俺の膝に頭を置いた。

愛さんとマキさんは罵詈雑言をぶつけ合っていてこちらに気づいていない。

 

「ふふ、やっぱ枕より硬いっすね」

「そりゃね、鍛えてるわけじゃないけどそれでも男の太ももなんてこんなもんだよ」

「でもダイレクトに長谷センパイの匂いとか感触がある、これはクセになるかも」

 

頭をグリグリと動かす。

そのこそばゆさに少し驚く。

 

ふと、二人はどうしてるのだろうと思い目線を向けると。

 

「死ぬにはいい日だ・・・・・・」

「テメェの罪を数えろや・・・・・・」

 

胸ぐらを互いに掴んで拳を握っていた。

あ、これマジで殺し合う二秒前ですわ。

 

「ダメ! 俺の住む家がなくなっちゃう!」

「ふぎゃん!?」

 

慌てて二人に駆け寄った際、思いっきり乾さんの頭を地面に落とした。

 

「うわわわわゴメン乾さん!」

 

慌てて乾さんに駆け寄る。もう行ったり来たりでしっちゃかめっちゃか。

自分でも何がしたいのかわからなくなってきた。

 

「うぅ、いったぁ」

 

マキさんの時と同じく頭をさすりながら起き上がる。

即座に謝ろうとするが、なんでしょうか。

目がマジで怖い。

 

「アンタ等、いい加減ウザイ。暴れんならヨソでやれよ」

「あぁ!?」

「はは、言うじゃん」

 

切れたらしい乾さんは自分が痛い目みたのをどうやら二人のせいと決めたらしい。

いつかみたボス的な風格を醸し出しながら二人に詰め寄った。

いやいや、余計にこじれたし。

どうすんのよこれ、俺はもう大人しく長谷家崩壊を黙って見てるしかいないの?

 

一瞬考える。

そこで俺はとあるスーパーマンを思い出した。

 

大急ぎで立ち上がり、部屋から脱出。

同時に隣の部屋をノックして応答待たずにこじ開ける。

 

「姉ちゃん! お願いします!」

「うぉう!? 何ヒロッ、もしかして辻堂さんじゃ我慢できないからやっぱりお姉ちゃんに鞍替え!?

 ようし、何か釈然としない上に微妙にプライド傷つくけどそれでもお姉ちゃん寛大だから許しちゃう!

 ジュッテームヒロ!」

 

何かよくわからない事を行っているけれど全て聞き流す。

そして俺は今この瞬間、我ら姉弟の安息の地が三匹の魔物に粉砕されそうな事を包み隠さず伝えた。

 

「なんと! お姉ちゃんがテスト採点に追われているあいだにそんな事が!

 任せなさい! 長谷家の平和はこのお姉ちゃんが守ってあげますとも!」

「ひゅーひゅー」

 

はやし立てる。

乗り気になった賢くもおばかな姉は意気揚々と隣の俺の部屋にダッシュ。

敢えて俺はそれについていかず待った。

 

数秒後。

 

長谷家を震わす程の巨大なゲンコツの音が三つ聞こた。

 

『いったぁ・・・・・・ごめんなさーい、もうしませーん』

『うぅ、痛いっすぅ。さーせんっしたぁ』

『悪かったよ、だからその拳下ろせっていやホント反省してるから』

 

三者三様の珍しい謝罪の言葉が聞こえた。

全員全く反省してないみたいだけどまぁ何とか最悪の事態は去ったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付の変わる数分前。

俺の部屋ではマキさんと乾さんが俺のベッドを占領して寝静まっていた。

姉ちゃんは自室で採点に戻り、時間がきたため愛さんはそろそろ帰るといった。

 

俺は帰る愛さんに送ると言い、今現在愛さんと一緒に夜道を歩いている。

 

その道筋を通りながら俺は特に愛さんと会話をすることもなく、一人考えていた。

 

結局のところ新学期を迎えて俺は変わったのだろうか?

 

いや、その考え自体が激しく愚かな事は理解している。

何も変わっちゃいない。

だってそうだろう、三月最後の日と四月最初の日の間に人が変わるほどの影響力はない。

もちろんそれでも環境は変わる。

学生ならばクラスや学年が大きく変わる。

社会人ならば何かしら区切りがつき、方針が変わったり新人が入ったりする。

 

でもそれはあくまでもその場で個人の生き方を変えるわけではない。

変わった環境により将来が変わるなどはあり得るけれど。

 

閑話休題。

 

結局新学期を迎えてもクラスメイトは殆ど変わらず、マキさんや乾さん達との関係も変わらない。

愛さんとだって未だ幸せに過ごせている。

 

・・・・・・でも、長期的な目で見た場合は大きく変わっているのだ。

一年前の俺は愛さん、マキさん、乾さんや片瀬さんたちと全く接点がなかった。

ならば俺は昨年、つまり高校二年生の間で人生が大きく変わったのだろう。

 

一日一日の変化はどんな事があっても死んだりしない限りは小さい変化しか起きない。

けれどその変化を積み重ね続ければ一生を歪ませるほどに変質をもたらす。

 

俺はそれを考え、物思いにふけった。

 

「愛さん。愛さんはさ、今幸せ?」

「なんだよいきなり」

 

俺個人の人生が変わったのなら、それは俺に関わり続けた人間の道筋も変わった可能性が高い。

愛さんに至っては俺の方から関わろうとしたのだ。

それこそ俺と同じくらい人生が変わっただろう。

 

ただ、俺にとって願うことは、俺のせいで不幸せになって欲しくないという事だ。

 

「・・・・・・真面目な質問みたいだな」

 

愛さんは俺の表情を見てとったのか、合わせるように真面目な顔になる。

 

果たしてどのような答えが帰ってくるのだろうか。

 

饒舌に返してくれるのか、シンプルに返してくれるのか。

それともネガティブに、アクティブに、クリエイティブに

いくらでも返し方なんてある。

 

愛さんはコホンと一度咳払いする。

そして、赤ら顔で俺を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「幸せだよ」

 

それは余計な装飾もなく、至って無骨で単色な物だった。

けれど何よりも温かく、柔らかく輝く言葉だったのだ。

 

「大のおかげでアタシにはダチができた。

 本当のアタシを理解してくれる人ができた。

 そして何より―――――」

 

愛さんは先程からつないだままの俺の手を両手で包んで、目を合わせて微笑んだ。

 

「大、お前みたいなカレシができた。

 幸せじゃないわけないだろ」

 

言葉を失う。

 

そのストレートな好意。

不純物のない心。

それはとても俺には眩しい。

 

「ありがとう」

 

俺は心から愛さんに感謝した。

俺なんかを好きになってくれてありがとう。

これからもよろしくお願いします。

そういった思いを込めて口にした。

 

愛さんはその言葉の意味を理解してくれたらしく、小さくうなづいた。

 

「これからもよろしくね、愛さん」

「あぁ。これからも・・・・・・死ぬまでずっとよろしくな、大」

 

俺達は両手を握り締め笑い合う。

 

空は一面の星空、春を迎え気温はもう寒くない。

長い人生だ、いつか俺たちには辛いことも待っているだろう。

大切な人が病床に伏せ、別れるような。そういった色々な苦難もあるだろう。

 

いつか俺か愛さんのどちらかが死ぬ事も必ず訪れる。

生涯の別れを俺達は経験するだろう。

 

人生は有限だ。

故に人生は劇的でなければならない。それは誰の言葉だったか。

少なくとも俺の人生はまだ悲劇的ではない。

けれどそれはまだ俺の人生は序章に過ぎないからだ。

 

きっといつか悲しいことは訪れる。

 

だから俺は今を大切にしたい。

愛さんと一緒にいる時間は何よりもあっという間に過ぎ去っていく。

あっという間に終わってしまうからもう少し、もっと長くと欲張ってしまう。

そうこうしているうちにあっという間に人生は進んでしまうに違いない。

 

好きな人に愛していると告げ、困っている人に手を差し伸べ、家族友人を大切にする。

それは行動に移す事は簡単だけど、続けることは容易じゃない。

 

でも俺はそれをし続けよう。

 

さしあたって、今俺にできる事は

 

「愛さん、大好きだ」

 

目前の彼女にそう告げる事。

これを死ぬまで続けよう。

簡単な事だ。俺は生涯彼女を愛し続ける。

これほど簡単なことはない。

だって、死ぬほど好きなんだから、死ぬまで愛する事ができない道理がないのだ。

 

一年で俺の周りは大きく変わった。

人生を大きく変えた人だっているだろう。

だから俺は決めた。

 

いつまでも俺は変わらないでいよう。

変えてしまった人のためにも、俺は俺らしく在り続けようと。

 

「アタシも大好きだ。大、お前はずっとそのままでいてくれ」

 

未来はどこまでも眩しくて。

あまりに眩しくて先はおろか詳細も見えない。

 

でも、それは確かに輝いていた。

 

「アタシとずっと一緒にいてくれ、大」

「うん、愛さん」

 

この人とどこまでも一緒にいよう。

きっと彼女となら未来は幸せで、俺達らしく在れる。

 

「これからもよろしくお願いします」

 

俺達は、その言葉を口にして笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お疲れ様でした。あとがきとなります。
これが辻堂さんの冬休みの形式的な最終話となります。
誤字、脱字、表現の矛盾など色々な雑が目立つ私のssでしたがここまで読んで頂き誠にありがとうございました。

次回からは以前感想にてリクエストをもらったシチュ等を後日談的な短編で使わせていただき
不定期更新で行きたいと思います。

それではもう一度。
本当に読んでいただきありがとうございました。
また、私のssを読んでいただけると光栄です。
では。

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