辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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26話:夢枕(後編)

「飯タイムが終わると次の飯タイム。今日は最高だぜ!」

「お前は本当に食ってばっかだなオイ」

 

バーベキューが終わると同時に俺達はすぐに旅館へ戻った。

到着した時刻は七時を少し回ったあたり。

女将さんは俺達が帰ってくるのを待っていたらしく、夕餉の事を訊くとニコニコと案内された。

 

「うん、これも中々に美味しいな。

 ほらレオ、この天麩羅も食べろ」

「じゃあ俺のお刺身と交換って事で」

「む、別に交換を催促したわけじゃないんだぞ?」

「わかってるって。でも乙女さんから貰いっぱなしってのも悪いし。

 それに乙女さん、このお刺身凄く気に入ってるんでしょ?」

 

そう言ってレオさんは自分の分のお刺身を半分以上を乙女さんの更に移し、代わりに乙女さんの天ぷらを一つだけ貰う。

 

「・・・・・・全く、可愛いことをする奴だ。生意気だぞ」

 

そう言いながら乙女さんは嬉しそうにレオさんに微笑んでいる。

レオさんは少し照れているのか、目を合わさず貰った天ぷらをもぐもぐと食べていた。

 

「こういう賑やかな食卓ってのもやっぱり良いもんだね」

「直江さんは基本的にあずみさんと二人で食べてるんですか?」

 

俺の問いに直江さんは少し懐かしそうな顔をする。

 

「いや、仕事も忙しくてあずみさんとも一緒に食べれない事は多くてね」

 

それと、と直江さんは言葉を継ぎ足す。

 

「昔学生だった頃に寮の仲間達とよく一緒に食べてたのを思い出すよ。

 本当に、凄く懐かしく感じる」

 

思い出すように呟く。

その顔は凄く昔を懐かしんでいて、少し寂しそうなものだった。

 

「別に今も凄く幸せだけど。大人になってから昔もやっぱり幸せな環境にいたんだってことを最近気づいてね。

 長谷君はまだ若いけど、君も多分俺くらいの年になったらそう思う時がくるんじゃないかな」

 

後十年もすれば俺も直江さんのように過去を懐かしむ日が来るのだろうか。

 

その時の俺は一体どんなことを、どんな風景を懐かしむのだろうか。

全く想像がつかない。

でも、彼の言うとおりに俺も今の生活には幸せを感じている。

ならばきっと同じく俺も直江さんのようなセンチメンタルな気持ちになる日は来るだろう。

 

ふと、今まで存在を忘れていたスマートフォンが気になった。

もしかしたら姉ちゃんや愛さんから連絡が来ているかもしれない。

ポケットからそれを取り出す。

 

「げ、やっぱこんな山奥じゃ圏外か」

 

案の定だった。

これではGPS機能も使えなさそうだ。

 

「その端末、かなり古いね」

「え、そうですか? これ発売されてまだかなり新しいやつなんですけど」

「・・・・・・へぇ」

 

直江さんは何か思うことがあるのか、意味深な様子で顎に指を添える。

 

「ちょっと対馬君、君の携帯端末も見せてもらっていいかな?」

「あ、はい。どうぞ」

 

そう言ってレオさんはポケットから携帯電話を取り出す。

俺はそれを見て驚いた。

 

見たことが無いとかあるとかそういう問題ではない。

 

本当に古いタイプの携帯電話なのだ。

おそらく今はどこも取り扱ってないし、型式も聞いたことのないレベルの古さ。

それを見て直江さんは何か合点がついたらしい。

 

「はは、対馬君、長谷君。どうやら俺達は凄い事になってるみたいだ」

 

心底面白そうに笑う。

だが俺達は何がおかしいのか判らない。

 

「いや、これは説明しないほうが精神衛生上いいかもね。

 本当にやばくなった時に説明するから気にしないで」

 

そう言って直江さんは軽くビールを煽る。

精神衛生上良いとはどういうことなのか。

俺は全くわからない。

 

「因みに直江さんのはどんなのですか?」

「俺のは・・・・・・まぁいいか。これだよ」

 

そう言って直江さんが出したのはレオさんとは逆のベクトルで驚かされる物だった。

 

「それ、本当に携帯電話なんですか?」

 

レオさんが心底驚いたように言う。

実際俺も驚いた。

 

見たことがないデザインだ。

多分、スマートフォンでも携帯電話でもない。

また別の何かである端末。

名前すら知らないし、使い方も全然わからない。

 

「これは最先端の情報端末でね。

 ・・・・・・多分君達にとってオーパーツ的なものだろうね」

 

それだけ言って直江さんはそれをしまった。

あれは一体どこで発売されているものなのか。

不思議な物だった。

 

「ダイ、さっきからどうしたんだよ。

 ここに来てからお前ずっとおかしいぞ?」

「え、あ、いや。なんでもないよ、あはは」

 

ごまかすように笑う。

だが勘のいいマキさんは恐らく俺がずっと落ち着いていないことに気づいている。

 

この旅館に来てから俺はまだ一度だってリラックスしていない。

帰る道は愚か、東西南北どこ見ても山に囲まれているこの場所。

ここからどうやって帰るか、そればかり考えている。

 

「・・・・・・何を考えてるのかは想像つくけど、あんま深く考えんなよ」

 

俺の頭にポンと手をおくマキさん。

 

「悩む事があるなら私に相談しろ。

 お前がそうやって悩んでいると私も落ち着かないからさ」

「うん、有難うマキさん」

「ん、わかったならいいよ」

 

全く、本当に俺を元気づけてくれる人だ。

彼女とならどんな場所でだって生きていく事すら簡単なことのように思ってしまう。

 

それにマキさんがいるのなら多分山の中でも寿命まで生きていけそうだ。

だったら考え込んで心の余裕を無くすより、のんびりとマイペースに考える方が良い。

俺はそう決めた。

 

「おい大和、そっちの川神水とってくれ」

「はいはい。あんまり飲んで寝たりしちゃダメだよ?」

「何でだよ、これノンアルコールだし別に飲みすぎても腹の子には・・・・・・」

 

言っている途中であずみさんはハっとした顔をする。

その後、僅かに顔を赤らめさせた。

 

「わ、わかった。じゃあ飲むのはこれ一杯にしとくわ」

「うん。それじゃあ後で一緒に個室風呂行こうね」

 

・・・・・・二人がこの後何するのかわかった俺は心が濁っているだろうか。

いや、というかお腹に子供がいるのにそういう事していいのだろうか。

まぁ夫婦仲良い事はいい事だ。

 

「乙女さんはお酒飲まないの?」

「飲まない。このあと浴場にも行くしな。

 酒に酔った状態での入浴は危険なんだぞ」

「相変わらず健康的な人なんだから」

 

レオさんは苦笑いする。

実に鉄さんらしい、俺まで釣られて笑った。

 

「それに、今日は日付的にあの日だろう?」

「え、でも今日はこんなワケの判らない状況だし・・・・・・」

「む、レオは今日するのは嫌なのか?」

「ははは、むしろ普段とは違うギャップを目一杯楽しもうと思ってたところさ」

 

・・・・・・こっちもか。

お堅い感じな鉄さんだが、あっちの方は結構積極的らしい。

人は見かけや第一印象によらないという事だろう。

 

「・・・・・・」

 

マキさんはそんな二組のカップルをみて顔を赤くしている。

 

「マキさん?」

「え? な、なんだよ」

 

露骨に挙動不審な態度。

多分このあとの彼らを想像してたらしい。

 

「これ食ったら私フロ入ってくるわ。

 ちょっと頭冷やしてくる」

「うん。俺もそうしようと思ったところなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? お前ら付き合ってねーの?」

「そう言えば最初に会った時も長谷の事を弟とか言っていたな」

 

真っ先にメシを食い、自室にあった浴衣とタオルをもって浴場に私は向かった。

そして体を洗い終わった辺りで他二人もついてきやがった。

 

そのまま私は無視して露天でくつろいでいるとこの二人も私についてきた。

大人しく屋内の方を使えばいいのに。

 

「お前ら姉弟なのかよ。その割にゃ全然似てない気がするけどよ」

「別に、血が繋がってないってパターンもあるだろ」

「ああ、私とレオもそんな関係だな。

 もっとも、戸籍も全く違う親戚関係なだけではあるが。

 だから結婚も可能だ」

「訊いてねえよ」

 

こいつは悪気なく私を怒らせるから扱いづらい。

っていうか私にノロケんなや。

 

というか何で私の素性を調べてくるんだよ。

 

「私の事なんてどうでもいいだろ。

 せっかくの絶景なんだ、黙って風景眺めてろよ」

 

私はこいつ等を無視して入浴を楽しむことにした。

 

見渡せばこの位置からは周囲の山を見下ろすことができる。

どうやらこの旅館は途轍もなく高い位置にあるのだ。

その為風景を見る場合、見上げるというよりは見下ろす事になる。

 

「いい景色だな。乱れ咲く夜桜、実に風流だ」

 

鉄はこの風景を眺め、感慨深そうな顔をする。

実際私も多少驚きつつも感動している。

 

この露天の庭、さらにはここから見下ろせる山には凄まじい数の桜が咲いていた。

旅館からもライトを照らしているのか、近くの山ならばその光に照らされ、桜が薄ぼんやりと見える。

 

子供のように内心はしゃぎながら見ていると、突然の突風。

 

「へぇ、中々な桜吹雪だ。隣の大和達も驚いてんだろうな」

 

この目で見える全ての桜から花吹雪が舞う。

まるで桜色の雪が山を覆うように。

その鮮やかで風流な光景は素直に美しく思う。

 

「ダイも見てんのかな・・・・・・」

 

無意識につぶやいていた。

 

「お、何だよ。やっぱアイツ気になってんのか?」

 

耳ざとい奴がまた絡んできた。

 

「うっせーな、その通りだよ、気になってるどころか惚れ抜いてるよダイのこと。

 これで満足か」

 

詮索されるのならむしろカミングアウトしたほうが楽そうだ。

私はあっさりと答える。

 

「ふむ。なら何故お前たちは付き合っていないんだ?

 見た所長谷のほうもまんざらではなさそうに見えるが」

 

・・・・・・本当にこいつは私と相性が悪い奴だ。

その邪気のなさが恨めしく思ってくる。

 

「ダイは既に彼女がいるんだよ。

 だから私とは付き合えない。もういいだろこの話題」

「だから姉のポジションに腰を落としてると。

 いじらしい事すんじゃねーの、お前って略奪愛上等な奴だと思ってたんだけど」

 

コイツはコイツで妙に私を構ってくる。

嫌味は言うけど、何か相談すればそれに対して誠実な答えを言ってくれそうだが。

まぁ別に私から相談したいことなんてない。

 

あずみの奴は一人でケラケラと笑う。

 

「その気持ちはわからないこともないわ。

 あたいも十年以上片思いしてた頃あったしな」

「直江さん以外の男性にですか?」

「まぁな。っていうか今は私も直江だから紛らわしいぞその呼び方。

 あずみでいいよ」

 

十年以上も片思いか。

私もそんな風になるのだろうか。

いや、だけどだとしたらあずみは途中にその片思いに区切りをつけて大和を選んだ理由が気になる。

 

「そのツラは私が何で大和に乗り換えたかって聞きたそうな顔だな」

 

私と鉄は黙って頷く。

あずみはそれをみて苦笑いした。

 

「別に、そんな複雑な話でもないんだよ。

 ただ大和の奴が十年以上前に私に惚れてさ、そのまま数ヶ月前まで一途に私を好きでい続けてくれただけだ」

 

少し嬉しそうな、それでいて寂しそうな顔だ。

 

「何度も何度も告白されては断ってんのに、それでも諦めず何年も薔薇の花を枯れる前に送り続けてきやがってな。

 気がついたらもうあたいの方も大和の事を好きになってた」

 

あの大和っての、中々の執念だ。

その諦めなさは学ぶべきものがある。

 

「あたいに似合う男になるためにバカみたいにハードなトレーニングや仕事だってするし、

 そのくせ弱音も吐かない。それに聞いてくれよ、あいつ貞操を付き合ってもいなかったあたいに立てててさ、

 あたいとの初夜、つまり最近まで童貞だったんだぜ。正直笑っちまうよな」

 

口では小馬鹿にしている感じだ。

だが本心は絶対に違う。

そんな抑揚がある。

 

あずみは少し笑ったあと、静かにため息をつく。

 

「ほんと・・・・・・あたいなんかにゃもったいない男だよアイツは。

 もっと若くて可愛い女なんて星の数ほどいただろうに」

 

俺と鉄は正直返答に困る。

大和のそのあずみを手に入れるための執念を馬鹿にできるはずもない。

 

「そんな事はねぇだろ。

 大和はお前に似合う男になるために努力したんだ。

 だったら今のアイツに似合う女がお前って事なんだろ」

 

逆説的な考え方だ。

あいつはあずみに釣り合う男になるために今の強い大和になった。

それはつまり、その大和に釣り合う女もあずみしかいないという事になる。

 

「面白い事いうじゃねーか。あたいをおだてる文句にしちゃよくできてるぜ」

 

相変わらずなやつである。

少しはありがとうとでも言えばいいのに。

 

だが、あずみの話を聞いて私は僅かに影響されたらしい。

十年以上も片思いし続けてそれを成就させた大和。

見習うべきところが多い。

 

「まぁ、お前はまだ若い。

 せいぜい人生悩めや」

 

そう言ってあずみは一人湯船から出る。

 

「そろそろあたいは出るよ、お前らも湯あたりすんじゃねぇぞ」

「ええ、忠告感謝します」

 

硬いやつだ鉄は。

だが私は違う。

 

「この後は大和の奴と個室風呂か?」

「・・・・・・まぁな」

 

意外とあっさり肯定してきた。

もっと慌てるものと思ったのだが。

 

「散々、それこそ十年以上も今まで焦らしてきたんだ。

 だったら結婚した今、その積もったぶんのアイツの気持ちをあたいはどんな形だって受け止めてやりたいしな」

 

何だかんだで甲斐甲斐しい女である。

口は悪いが古き良き女房という感じだ。

幸せそうなことで。

 

「あんま無茶して腹の子驚かすなよ」

「いや、多分今日は前じゃなくて・・・・・・」

「前?」

「あ~、なんでもねーよ。普通のやつは知らなくていいことだ」

 

何かお尻を気にしながらあずみは浴場を出て行った。

『前じゃなくて』とは一体どういう意味だろうか。

よくわからない。

 

「さて、そろそろ私も出るとしよう」

 

鉄もあずみが浴場から出るのと同時に湯船から立つ。

その際、露天から出る前に数秒山を眺めた。

その目は何かを思い出しているのか、センチメンタルなものだった。

 

「桜か、卒業したあの日を思い出すな・・・・・・」

 

卒業とは高校を卒業した日のことだろうか。

残念ながら卒業式自体に何の感慨も持たなかった私には鉄の気持ちを察する事はできない。

 

鉄も一度深く瞼を閉じて意識を切り替える。

 

「そういえば腰越、少し聞きたいことがあるのだが」

「なんだよ」

 

立ち上がってから中々出て行かないやつである。

湯冷めしないうちに浸かり直せばいいのに。

 

「いや、レオが愚痴っていたのだが。携帯電話の電波がつながらない場合どうすればいいのだ?」

「あ? そんなの場合によるだろ」

「場合と言われてもな。私は機械に疎いからどんな場合にどんな事をすれば解決できるのかさっぱりなのだ」

 

ああ、鉄は俗に言うアナログな人間のようだ。

だったら口で説明してやっても理解できるかすら怪しい。

 

「こんな山奥だから携帯とかの電波が届かないとかじゃねーの」

「電波、携帯。ふむ、電波と携帯になんの繋がりがあるんだ?」

「そっからかよ」

 

ダメだこれは。

小学生に英語を一から教えるようなものだ。

まぁ実際こんな所に通信機器の電波なんて来るとも思えない。

ダイの奴もスマートフォンの電波が来ないから辻堂たちに連絡が取れないと愚痴っていたが多分同じ理由だ。

 

「なあ腰越よ。その電波とは街の近くにある山を軽く登った程度で届かなくなるようなものなのか?」

 

街の近く?

コイツは一体何を言っているのだ。

ここは見渡す限り山に囲まれている。

近くに街なんてあるわけもない。

 

「なぁ、お前って山に登ってたらここに辿りついたんだよな?」

「ああ、そうだ。ただ私の知る限りこんな深い山岳地帯など私の住んでいた所にはなかった。

 何故山を半分登った程度でこんな山に囲まれた場所についたのか全く理解できないんだ」

 

実際私も気にはなっていた。

いくら夢中で峠を攻めていたからといって、こんな深い山の中まで来る筈もない。

 

「ふむ。その様子を見るとお前達も気がついたらここにいたようだな」

「ああ、多分直江達もだろうな」

 

鉄は腰に手を当てて少し考えている。

だが、何か思いつく事があったのか口を開いた。

 

「まるで神隠しのようだな」

 

神隠し。

確か山や森に行った人間が姿を消す事。

もしくはなんの前触れもなく失踪する事だったか。

 

なるほど。

確かに私達は全員山を移動していてここに迷い込んだ。

私たちを追いかけていた辻堂達が私の視界から消えた瞬間も違和感はあった。

恐らく残されたアイツ等からしたら私達が神隠しに遭ったように見えたはず。

 

「案外その通りかもな」

 

余りにも非現実的で非科学的だが、そのほうが辻褄がある。

 

「さて、だったらどうする?

 私は神隠しにあったこともないため元に戻る方法など心当たりもないが」

「私もないな。しゃーない、私はダイに相談してくるよ」

「では私はレオの意見を聞いてみることにしよう」

 

じゃあどちらが直江夫妻にその事を聞くか考えたとき、

妙に大和の奴が食事の時に何か気づいていたような節があった事を思い出す。

もしかしたらあいつは既に何か考えているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキさんはさ、何で神隠しにあった人が帰ってこないか知ってる?」

「いや、知らない」

 

互いに風呂から上がり、自室の布団の上で鉄と私の話を説明するとダイは少し困ったような顔をした。

その後、言いづらそうに今の質問を私にする。

 

「神隠しってのは基本的に隠し神、つまり天狗や鬼などが隠れんぼしている子供や山を彷徨っている人間を攫う事なんだ。

 だから一部の地域では夕方になったら子供を早く家に帰らせるために迷信で『早く帰らないと子供を攫う鬼が出る』なんて事を言ってる地域もある」

 

なるほど。

つまり山で遭難したために消息不明になった人間の例え話、もしくは子供を怖がらせるためだけに生まれた作り話

これが神隠しの基本的な考え方というわけか。

 

「で、その神隠しを起こす原因となる隠し神ってのが色々種類があってね。

 それこそ地域によって様々な姿なんだ」

「天狗とか鬼って今言ったよな?」

「うん。でもこの鬼にも沢山種類があるんだ。

 隠し婆、油取り、子取りぞ。ピックアップしていけばキリがない」

 

ふむ。

では今私たちが神隠しにあったとして、私たちを隠した神は一体どういう種類の神なのだろうか。

私が疑問げにしているとダイは口を開くかどうか迷っている素振りを見せる。

 

「言いにくいことでもあるのか?」

「・・・・・・実を言うと俺は現状と全く同じケースの伝承を知ってるんだ。当然それを起こす神様も」

 

それを言いたがらないってことはロクな神様ではないのだろう。

私はダイに言うように無言で訴える。

ダイはそれを察し、観念したように口を開いた。

 

「山姥ってのがいてね。この老婆は山を彷徨う人間の前に綺麗な格好をして現れて、宿を貸し食事を与える神なんだ」

「それだけならただの良いヤツだけど・・・・・・それで終わらないんだろ?」

「うん、そんな人にとって都合のいい存在なら俺たちも心配ないんだけどね」

 

随分もったいぶる。

つまりそれだけ言いにくい正体がその山姥にはあるのだろうか。

 

「山姥は持てなした客が夜寝付くとね―――――その客を食い殺すんだ。

 だから山姥に隠された人間は永遠に帰ってこない」

 

・・・・・・随分と恐ろしいババアだ。

 

「見事に私達の現状と一致した伝承だな」

「所詮伝承だよ。証拠もないしそもそも攫われたら帰って来れないのだから伝える人が存在するはずないし」

 

けれど、だからといって笑って流せる話ではなさそうだった。

 

少ししてこの話を推測したダイは真面目な顔をして立ち上がる。

 

「どこ行くんだ?」

「今日は皆一緒に固まっていよう。

 取り越し苦労ならそれでいいし、有り得ないと思うけど今の話が本当なら固まっていたほうが安全だ」

 

ダイは一人でふすまを開け、部屋から出ていく。

私は慌ててダイを追った。

とてもじゃないがダイではそんな妖怪染みた存在とまともにやりあえるとは思えない。

ダイは私が守ってやらないと。

 

 

 

 

 

 

その後、私とダイは二人で鉄達と直江達を探す。

だが山姥ではないかと疑っている女将の姿も他四人の姿も見つからない。

それに他の宿泊客も存在すらしていない。

 

余りの静けさな旅館に僅かに心が冷える。

 

「そう言えば飯食ってる時に大和さんが後で個室風呂行くって言ってたような」

「ああ、そういえば。行ってみようぜ」

「うん」

 

私はダイから絶対に離れないように手をつなぐ。

これで安心だ。

 

 

 

そして間もなく個室風呂の前に到着。

見た目としては屋外にたくさんの小屋があって、その中に風呂があるような構造なのだろう。

つまり小さいかわりに沢山ある露天風呂って感じだ。

 

「マキさん、中に誰かいるかな?」

「温泉の臭いのせいで鼻はアテにならねぇな。

 仕方ない、耳を使ってみるか」

 

神経を集中し、耳を研ぎ澄ます。

そして近くにいる人間の声を聞き取ろうとする。

すると少し遠い所にある個室風呂から声が。

 

『や、大和。お前尻ばっか触りすぎだっつーの』

『そう言ってあずみさんもこっち結構好きだよね』

『あ、う。このバカ! 入れるなら入れるって先に言えや!』

 

・・・・・・さっきあずみが言ってた前とか後ろってこういうことかよ。

大人になるってこういう事なのだろうか?

大人って怖いな。

 

「マキさん、大和さん達いました?」

「ああ。ちょっと楽しんでるみたいだからしばらくここにいてアイツ等から出るのを待とうぜ」

 

ついでに鉄もいないか探る。

 

『あ、こらレオ。洗うのは背中だけって約束だろう』

『でもやるならとことんやれって乙女さんも普段から言ってるじゃない』

『それは確かに言ったが・・・・・・あぅ、こらどこを洗ってるスケベ!』

『でも乙女さん全然抵抗しないじゃん。

 それはつまり許可してくれてるって事だよね?』

『あ、う。それは・・・・・・』

 

・・・・・・もういいや。

どうせこいつらも時待たずして直江達みたいな事始めそうだ。

 

「なあダイ。お前って辻堂の奴とするときどのくらい時間かけてんの?」

「大体1時間位の時もあれば丸一日の時も・・・・・・何でそんな事を聞くんですか?」

「べっつにー」

 

まる一日かよ。

確かにそんだけやってりゃ山姥も襲ってこなさそうだ。

私は付き合ってられないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな大人数で寝室を共にするなんて久しぶりだな。

 高校の頃の部活の合宿を思い出す」

「良いから自分の布団に戻れよ。

 何対馬の布団に向かってんだ」

「レオは根性なしだからな。こんな得体の知れない場所では安心して寝れるとは思えん。

 だから私が傍にいてやっても構わんだろう?」

「いや乙女さん、俺の事をどんだけヘタレだと思ってるの」

 

ふと思ったが、対馬がシスコンなのは明らかだが鉄はそれと同じかそれ以上のブラコンな気がする。

私の手をギリギリと引き離そうとするそのパワー、ダイの姉ちゃんに通じるものがある。

 

「あずみさん、あずみさんは俺が護るから安心して寝ててよ。

 あんまり夜更かしすると胎教やあずみさん自身の美容にも悪いしさ」

「舐めんな、自分の身くらい守れるっての。

 ていうかこんな気色悪い状況で全部お前任せにできるわけねーっつうの。

 お前に何かあったりしたらあたいも後追って死ぬぞ、いいのか?」

「・・・・・・よくありませんです、はい」

 

こいつ等夫妻は相変わらずおしどり夫婦なのか最初からくっついている。

 

実際のところあずみも鉄も自分のパートナーが心配で仕方ないのだろう。

かくいう私もちゃっかりダイの傍に布団を敷いているし。

今夜は一睡もしない覚悟もある。

 

別にこれで神隠しの件が徒労ならそれでいい。

 

「所でさ、風呂から変えたら各々の部屋に布団が敷かれてたけどこれって女将さん一人でやったのかな」

 

ダイが疑問げに言う。

 

「何度か旅館の中で気配を調べたけど私たち以外には誰の気配も匂いもしなかったぜ。

 一番気色悪いのは女将の気配も完全になかったことだけどな」

 

私の言葉に対馬とダイは僅かに気押されたような顔をする。

だが直江の方は修羅場に慣れているのかそれほど動じていない。

ただ、黙ってあずみを胸に引き入れた。

 

「だろうね。俺も一応色々探ってみたけどあの女将さんだけは自分から姿を現した時以外は姿が見えないんだ」

「大和さん。それはいつから気づいていたのですか?」

「え、皆に合う前からだけど?」

 

そんな最初からこの旅館を疑っていたらしい。

 

「だって、どう考えてもこんな旅館にたどり着く道筋辿ってなかったしね。

 そりゃ色々と警戒だってするさ。

 大切な人が傍にいるなら尚更ね」

 

要領というか手回しや準備の良い人である。

こういう人が一人でもいるだけで安心感が違う。

 

「で、どうすんだこれから。お前らは寝るのかよ」

「お前らはという事は腰越、お前は寝ないという事なのだろうな」

「まぁな」

 

私がそう言うと鉄は小さくため息を吐く。

何か私は変なことでも行ったのだろうか。

 

「別にお前らは寝てていいぜ、私に気を使う必要もない」

「気を使いますよ。こういう時は肉体面であまり役に立たなさそうな俺が起きてるもんでしょ」

 

レオがそう言うと全員が少し困った顔をする。

そりゃそうだ。

このままでは全員が遠慮して寝ずにいそうだ。

だったら何のために旅館に泊まっているのかすらわからなくなる。

休んでこその宿泊なのだから。

 

「・・・・・・じゃあさ、いっそトラップ仕掛けて全員寝ちゃうのはどうでしょう」

 

ダイが手を挙げて提案する。

トラップか。そういう罠の心得は持っていないのだが。

 

「おう、それでいいんじゃねーか?

 罠とかなら私や大和が用意してないこともないしよ」

 

持ってるのかよ。

こいつら一体何の仕事をしてる奴らなんだろうか。

 

ともあれ、大和とあずみは自分のバッグを引っ張り出してゴソゴソと中身を探る。

そして数秒後。

 

「テレレッテレー! 万能地雷クレイモアー!」

「待ってください、なんでそんなものを持ち歩いているんですか?」

 

見れば只という字のような形をした反応型地雷を取り出した大和。

慌ててダイが突っ込む。

 

「別にこれに殺傷力はないさ。

 これの射程範囲に入った瞬間凄まじい数の小さいペイント弾が炸裂するだけだから。

 ペイント弾自体が結構硬いから当たると死ぬほど痛いけど」

 

だからといってこんなものを常備するってどんなだよ。

 

ふと、あずみは何を探しているのかまだ鞄の中から手を抜かない。

だが、少ししてようやくお目当てのモノが見つかったらしく、自慢げにそれを取り出した。

 

「ラップトップガンみっけ」

「過激すぎる」

 

レオが真顔で言う。

レオはこのラップトップガンが何なのか知っているみたいだが、鉄や私とダイは疑問げな顔をした。

初めて聞く名称だ。

 

「なんですかそれは、なんかデカいカメラに見えるけど」

「おう、これはこうやって組み立ててな・・・・・・」

 

手馴れた様子でカメラや周辺機器を組み立てていくあずみ。

完成したそれはスタンドで固定したカメラのような見栄えだ。

 

「カメラ・・・・・・じゃねぇな。何かヤバげな臭いがする

 っていうか銃口が思いっきりついてるしな」

「これライフルだしな」

 

自慢げに言うが、バカじゃないのか。

なんでこの日本でそんなライフルを旅行に持っていく。

 

「因みにこの設置型機銃はカメラに写りこんだ不審者を自動的に射殺するぜ」

「危なすぎる」

 

ダイが呟く。

 

「まぁ安心しな。中に入れてる弾はただのBB弾だ。

 一応銃自体を魔改造してるから実弾並みにあたると痛いけどよ」

「じゃあこれを設置して皆寝ようか」

 

・・・・・・なんだか江乃死魔のトラップを思い出した。

あそこもそういや変な地雷やら機銃を仕掛けていたな。

ここもそんな感じになるとは思わなかった。

 

「随分手馴れた様子で設置するのですね」

 

鉄が傍観しながら口を開いた。

それを残されたメンバー全員が頷く。

出入り口は勿論、誰かが入れそうな隙間すら逃さないレベルで設置箇所を決める夫婦。

戦争でもする気なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言おう。

何も起こらなかった。

 

寝ている最中に爆裂音や銃声など一度も聞こえず、寝室で聞こえた音はレオが鉄に抱きしめられて絞り出されたうめき声。

あとは雀や虫の音。寝息くらいなものだ。

 

「うん、何も起こらなかったのならそれが一番ですね」

「つまんねーの。妖怪の類と一度殴り合ってみたかったんだけどな」

「私も少々興味はあったが、それでもレオ達が危険に晒されなかった事を喜ぶべきだろうな」

 

どうやら私の気にしすぎだったようだ。

朝日が登っても一度も誰かの気配すらこの部屋に現れず、本当に静かな夜だった。

山姥なるものをぶちのめしてみた気持ちはあったが、鉄同様にダイが無事に日を跨げたようで一安心。

 

「――――お客様、朝食の用意が済みました」

『・・・・・・』

 

全員が固まる。

一人残らず笑顔を浮かべていたはずの空気が一変、完全にそのまま凍りつく。

 

「場所は先日夕食を摂った場所になります。

 お早めにどうぞ。ほっほっほ」

 

いつの間に現れたのか。

声を出したときには既にこの部屋のふすまを開けて入口に鎮座していた。

大和の地雷すら射程内なのに反応せず、あずみの設置中もカメラに写っているはずなのに銃を発射しない。

 

女将は柔かに笑いながら一礼し、この部屋から出た。

その際、私たちがこの部屋に固まって泊まっていた事は一切触れなかった。

むしろ元々知っていたかのようだった。

 

「このトラップ故障してるのかな?」

 

対馬がゆっくりとカメラの前に手をかざす。

瞬間

 

「わぎゃあぁぁぁぁぁああぁぁぁ!?」

「!? レオ!」

 

凄まじい連射力でBB弾が発射される。

しかも銃口はわざわざレオに向けて方向移動する精密さ。

 

数発くらって悶絶する対馬の前に素早く躍り出る鉄。

 

「はぁ!」

 

そして気を放出し、一撃で設置中を粉砕。南無三。

 

「おいコラ! あたいのお気に入りぶっ壊してんじゃねえよ!」

「機械とレオの安全なら比べるでもありません。

 ですがあずみさんの銃の弁償はさせていただきます。申し訳ありません」

「・・・・・・ぐ、素直すぎてもう何もいえねぇ」

 

丁寧に頭を下げる鉄に気圧されるあずみ。

 

「ちっ、弁償とかいいよ。それよりどうすんだこのボロ雑巾」

「助けて大和先生! レオさんが息してないの!」

「何!? だったらとりあえず座薬をぶち込もう! 外傷だろうが風邪だろうが虫歯だろうがとりあえずぶち込もう!

 長谷君、クランケのパンツを降ろしなさい」

「合点承知、一気にズボっといきませう」

 

ノリノリで対馬に固定するダイとリュックから自前の座薬を取り出す直江。

こいつ等のこのチームワークは中々のものだ。

 

「こらお前らなにしてる! レオから離れろ!」

「わー! 妖怪ブラコン女が出たぞー、ブラコニアに連れて行かれるぞー!」

「撤退! 総員撤退ー!」

 

先程までの緊張感はどこへやら。

私達らしいといえばらしいのだが、話の解決へつながらない。

 

でも例え話が一向に進まなくてもこいつ等となら笑って解決できる気がする。

 

「ガラじゃねーかな」

 

誰かと群れるつもりなど毛頭ない。

強いやつは常に一人でいい。それが私の信条だった。

けれどダイと関わって僅かだがそれが崩れた。

 

強い奴こそ大切なやつを守らなければならない。

だから私はこの得体の知れない山からダイと脱出してみせる。

それだけを考えていた。

 

だが、余裕があるならこいつらも一緒に出られるようにしてやろう。

そう思う程度に私は丸くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を終え、別れは突然にきた。

 

女将が現れこう言ったのだ。

 

「お時間がきました。

 会計の準備が出来ましたら受付まで来てください」

 

その言葉で俺達は何かが終わる。そう思った。

 

「皆、お金は持ち合わせてる?」

 

大和さんが自分の財布をみんなに見せる。

俺や対馬さんもポケットに手を入れて取り出す。

 

俺はもともと遠出する予定だったのでまとまった金をおろしていた。

その為多分金は足りる。

 

対馬さん達もちゃんと持ち合わせがあったみたいで安心だ。

 

「はは、別に足りなくてもその分は俺が出すから大丈夫。

 こう見えても浪費グセは俺達ないから金は余裕あるんだ」

「年下にいいカッコしてんなよ」

 

大和さんの頼りになる言葉にツッコミをいれるあずみさん。

 

「じゃあ行こうか」

 

全員が頷く。

果たして、どうすればこの山から出られるのか。

結局わからないまま日を超えた。

ここから歩き続ければいつか戻れるのならいい。

だが神隠しにあったとしたのならどう考えても自分の足で戻れるはずがない。

 

俺は一抹の不安を抱えながら部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿な。

 

全員がそう思った筈。

 

「・・・・・・ここはどこだ?」

 

あずみさんが訝しげに見渡す。

だが答えは見つからない。

 

そうだ。俺達は自室からでて階段を降り、ロビーに向かった。

その途中旅館の姿が消えた。

いや、単純に消えたわけではない。

むしろ俺達が別の場所にワープしたと言ったほうが正しい。

 

そして気がつけば俺達は森の中にいた。

しかしここはただの森ではない。

異常なのだ。

 

「随分大きな桜の木だな」

「こんなデカい桜の木なんて存在するのかよ」

 

鉄さんとマキさんが警戒する。

 

イメージするのなら、樹海に生えている木が全て満開の桜というのが正しい。

一面全て桜色。

そして正面にそびえ立つ一際巨大な桜の木。

 

こんなに大きな桜の木など存在するはずがない。

それほどまでの大木だ。

 

「ほっほっほ。揃いましたね、それではお会計を始めましょう」

 

不意に正面から声がした。

 

「この声は、桜からか」

 

あずみさんが巨大な桜を睨む。

 

「どうやら対価はお金ではないようですね」

 

大和さんが俺とレオさんの前にかばうように出る。

そして手袋をはめ、その手袋から何か糸のようなものが見えた。

 

「ええ。お金など必要ありません。

 この『夢枕』での宿泊費とはつまりお客様の思い出、すなわち繋がり。

 お客様のつながりを断った際の気持ちをいただきます」

 

どういうことだ。

繋がりを断った際の感情。

理解できない。

 

「この旅館での一日、貴方様達は大変楽しまれました。

 僅かな期間でしたが、確かにそこに心の繋がりがあったはず」

 

風が大きく吹く。

一斉に周囲の桜の花が散り、桜吹雪が起こる。

 

「これより貴方達を元の場所へ戻させていただきます」

 

風はどんどん強くなる。

それに応じて更に舞う桜。

もはや視界すら遮られる程の猛吹雪。

 

「それがどうして繋がりを経つ事に繋がるんですか」

 

レオさんが聞く。

俺もわからない。

俺たちを元の世界に戻したところで何も悲しむことはない。

また会うことなんて簡単なことなのだから。

 

「いや、俺達は元の世界に戻ったら確かにお別れになる」

 

大和さんが僅かに寂しげに言った。

 

「どういうことですか?」

 

その俺の問いに大和さんは自分の携帯端末をや財布を取り出した。

 

「俺達三組は確実に生きている時間軸が違うんだ。

 君たちの携帯電話は明らかに俺の時代では過去に存在していた古い機器だ。

 対馬君、君のを見れば恐らく君達二人が本来年長者なんだろうね」

 

思い出す。

確かにレオさんの携帯電話は異常に古いデザインだった。

俺からすれば古い機器を使い続けているのか思っていた。

けれど、全く見たことのない程の技術を使っている大和さんからすればそれは不自然だったのだろう。

 

「そして次に君達の財布の中のお金だ。

 これも対馬君、君だけ俺の時代にはない札が入っている」

 

五千円を取り出す大和さんと対馬さん。

確かに二人の札は明らかに載っている人物が違う。

 

「俺達の実際の年齢はそう離れていない。

 けれど、元の世界に戻ったとき君達の世界にいる俺はこの世界の記憶をまだ持っていないだろうね」

 

そうだ。

大和さんだけは二九歳。

つまり俺が元の世界にもどった時点ではまだ大学生位の年齢なはずなのだ。

よってまだこの旅館には訪れていない。

 

「だったら俺に考えがあります」

 

レオさんは財布から数枚のレシートを取り出し、何かを記入し、俺と大和さんに渡す。

俺達は何を書いているのか確認し、そこで彼の意図に気づく。

 

ここに書かれているのはレオさんのアドレスだった。

 

「大和さん。元の世界に帰った時にここにメールをください。

 その時まで俺はこのアドレスを使い続けます、どんな事があっても」

「・・・・・・わかった。きっと連絡するよ。

 それじゃあ俺達のアドレスを交換しようか」

 

俺達はそれに頷き、紙に自分のアドレスを書き二人に渡す。

これで俺達三人のアドレスは交換できた。

 

『準備はできましたかね?』

 

桜の木が囁く。

 

「いえ、待ってください。

 最後に一枚だけ残したいものがります」

 

慌てて俺はスマートフォンを立ち上げ、カメラの画面にする

同時に皆から離れたところにダッシュし、丁度いい高さの岩場に立てかける。 

タイマーをセットし、再び元の位置に戻った。

 

「皆固まって! 最後に写真をとりますから!」

「んだよ、別に人生単位の別れってわけでもないのに」

「あずみさん、ここは長谷君の言葉に従って」

 

互いのペアを引っ張り全員が固まる。

 

そして、僅かな間で鳴るシャッター音。

恐らくこれで撮れたはずだ。

 

『・・・・・・ほっほっほ、良い思い出を作れたようで何よりです。

 それでは元の世界へお戻り願います』

 

桜舞い散る中、俺達は互いに笑い合う。

 

「あずみさん。子供が生まれたら是非大和さんにレオへ連絡するように言ってくださいね」

「覚えてたらな」

 

相変わらずあずみさんはそっけない。

けれど彼女はきっと覚えている。そして忘れない筈。

そういう人なのは短い時間でわかった。

 

「腰越、お前も何かないのか?」

「別に、ねぇよ」

 

その無関心な態度に全員は動じない。

全員もわかっているのだ。

彼女が多少なりとも別れを惜しんでいることに。

 

その証拠に何かを言おうとしてはためらってる。

だが互いの姿が桜吹雪の中で薄れていくにつれてマキさんは口を開いた。

 

「まぁ、また顔を合わせたなら

 そしたらまた旅行でも行こうぜ」

 

全員が笑う。

その不器用な子供のような言い方に微笑ましさを感じたのだ。

 

もう時間はない。

間もなく俺達は一時の別れが来る。

 

「皆さん、お元気で」

 

俺はそう言って世界が変わる瞬間を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ん~・・・・・・」

 

薄れた意識が覚醒する。

同時に重たかった瞼をゆっくりと開いていく。

 

「よ、起きたか」

「マキさん、先に目が覚めてたんだ」

 

目の前には俺を心配するように覗き込むマキさんがいた。

 

「・・・・・・鉄さん達はいないですよね」

「ああ。影も形もない」

 

生まれた時代も育った場所も違うからこそ、それを知った時の別れはより悲しくなる。

あの隠し神はだからこそ別の時代の相性の良い三組を選んだのだろう。

結果、その通りに俺達は仲良くなり、互のことをあまり知らぬまま別れることになった。

 

本来ならばもっと彼らのことを知りたかった。

その後悔の念すら隠し神にとって最高の報酬なのだろう。

 

ふと、俺は思い出したように財布を取り出し、中を見る。

 

「それ、対馬のアドレスだっけか?」

「うん、間違いない」

 

良かった。

あの時に渡しあったものは消えていない。

 

「そこに連絡するのか?

 多分対馬の奴なら私達を覚えてるだろうし」

 

大和さんの推測では対馬さんが一番の年長者だった。

つまり元の世界に戻った際、一番古い年に行くのは対馬さん達という事になる。

よって俺が今ここで連絡をした時、対馬さんは俺を知っているハズなのだ。

 

「・・・・・・いや、やめとくよ」

「そっか」

 

俺達が次会うのは直江さんから連絡が来たときだ。

これから何年先になるのかはわからない。

けれど、きっと、俺達はまた会える。

そんな気がした。

 

「ほれ。お前が置きっぱなしにしてた携帯、私が回収しといたぞ」

 

いつのまに。

写真を撮ったあと、どうやらマキさんは俺の知らないうちにカメラを回収していたのか。

 

「ありがとう」

「さっきとった写真見てみようぜ」

 

俺はそれに頷き、写真を開く。

 

満開の桜。

満面の笑み。

 

俺達はこの春に、心に残る出会いと別れを経験した。

 

 

 

 

 




あとがきとなります。
この夢枕で私がしたかったのは単純に他の作品のキャラとかも出して色々バカな事をやらせたかっただけですね。
前編後編ともに山も谷もありません、終わり方も唐突でした。
ただ、書いてる側は楽しかったので初めての7日以内に2話投稿ができてたり。

次回からはまた普通の内容に戻ります。
そろそろ愛さんとマキの話を完結させ、エピローグに移りたいと思います。
それでは、また次回も読んでいただけると何よりも嬉しいです。

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