辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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24話:インドミタブル片瀬恋奈

先日恋奈とマキが決闘の約束を交わし、その日が来た。

時は夕刻。

まだ春とも言えず、かと言って冬と言えないこの卒業の日。

マキは長谷大の家の前に立っていた。

 

「・・・・・・どうすっかな」

 

学園に思い出や未練、別れを惜しむ友人などマキは持っていない。

その為マキは卒業式が終われば早々に学園を出た。

もとより何かに未練を持つ生き方を避ける性分なのだ、故に卒業式など彼女にとってさして重要なイベントではない。

 

卒業式が終わるとともにマキはその足で極楽院の寺。

つまり実家へ一度帰った。

そこで三大のお婆ちゃんへ卒業したことを告げ、学園に行かせてもらった感謝を伝え、進学の旨を細かく説明した。

 

けれど実家など三大のお婆ちゃんがいなければ僅かでも寄り付きたくない場所である。

マキは必要なことだけ口にすると直様極楽院の寺を後にした。

その後、恋奈との約束の時間までまだ遠い事を確認して大の家へと向かった。

 

「家には・・・・・・うん、いるな。ダイの匂いがする」

 

いつものように窓から入ろうと思うのだけれど、何故か今日はそうはしなかった。

なぜだろうか、マキは一瞬考える。

しかし答えは直ぐにでた。

 

先日の大の記憶のことだ。

大はもうマキとの昔の記憶を思い出しつつある。

だからこそマキは大に会うことを先程までためらい続けている。

 

もし今日何食わぬ顔で大と顔を合わせたとき、もし大が記憶を思い出していたらどうしよう。

その時自分はどういう顔をすればいいのか。

大は自分にどんな事を言うのか。

 

その記憶に関わるすべてが怖くてマキは柄にもなく足踏みしていた。

 

いや、マキが足踏みしているのは恐怖によるものだけではない。

何よりも怖いのは大が記憶を思い出して欲しいと願っている自分の矛盾した心にあるのだ。

その期待と不安がマキの行動を妨げる。

しかしいつまでもこうしてはいられない。

 

マキは自分の両頬を叩いて気合を入れ直す。

 

「っし! それじゃあダイに卒業したと伝えるか!」

 

きっと大ならば何でもないそんな他愛ない事ですら喜んでくれるだろう。

彼は自分にとって母みたいだし、弟みたいだし、それでいて・・・・・・彼氏のようでもある。

そんな彼だからこそ卒業という自分にとって価値の薄いものですら胸を張って伝えてやりたい。

 

長谷家の扉の前に立ち深呼吸する。

 

緊張するな、いつも通りに行け。

いつもの自由人な腰越マキのままでいい。

何も飾らない剥き出しの自分のまま大に接すればいい。

そう言い聞かせる。

 

そしてインターホンを鳴らそうとすると―――――

 

「あれ、マキさん?」

 

二階の窓から大がこちらを覗いてきた。

 

「よ、ようダイ。来たぜ、上がっていいか?」

 

いつも見慣れている彼の顔なのに妙に緊張する。

けれど大のほうは当然そんな事を知るはずもなく、特別不審がる様子もなくマキを見る。

 

「どうぞ。けど珍しいですね、マキさんが玄関から来るなんて」

「別に、今日は姉ちゃんがいるかもっておもっただけだっつーの」

「はは、姉ちゃんは卒業生との送別会で仕事中ですよ」

 

他愛のない会話、それだけの事なのにマキは胸を弾ませて楽しんでいる自分に気づく。

 

「んじゃ、お邪魔するぜ」

 

そんな自分を否定はしない。

楽しいのならそれはそれでいい事だ。

少なくともそれから逃げる必要なんてない。

 

マキは浮いた足取りで玄関へ入った。

 

 

 

 

 

 

 

時刻は七時。

大とマキは二人で夕餉を過ごし、ソファーに座る。

 

「あと二時間ですよね」

「ああ」

 

大も恋奈とマキの決闘の事は忘れていなかった。

けれどその事をこの瞬間まで一度もマキに口にしたことはなかった。

故に今ここで彼がそれを言ったということに意味がある。

 

「やっぱり行くんですよね」

「そうだな」

 

互いにソファーに並んで座ったまま、顔を合わせずに話す。

 

「止めても無駄だぜ。これが恋奈との最後の喧嘩になるんだ、アイツから望んだ喧嘩だ。

 先輩としては応えてやりてぇし何より完成した江乃死魔と本気でやりあうなんて面白そうだからな

 やらない理由がない」

 

敢えて大が嫌いそうな事を言う。

しかし大はその返答にさして反応をしなかった。

大自身既にわかりきっていた答えだったのだ。

 

ただ、大はそれを聞いても何も言わず黙る。

 

「どうした、普段のお前なら喧嘩やめろとか言いそうなもんだけど何か私に言いたいことねェのか」

 

正直、マキは喧嘩を目前にして高ぶっていた。

勿論記憶を戻しつつある大に対して僅かに臆病になってはいるが、それでも気の強い彼女を抑える要因にはなり得ない。

 

マキの挑発的な言葉に大は黙して語らない。

 

マキは一瞬言いすぎたかと心配する。

元々今の大の問いに欠片も悪意はなかった。

だというのに高揚したマキが勝手に邪推して大を挑発したようなものなのだ。

マキはそれを理解して内心慌てる。

 

だが今更前言撤回や言ったことを謝罪するなどプライドの高いマキにできるはずもない。

マキは内心穏やかでなく、ただ大が口を開くことをまった。

 

「・・・・・・マキさん」

「な、なんだ?」

 

大は目を伏せて、何かを心配するように言う。

 

「これから喧嘩、それも八百以上の人数に挑むマキさんに言いたい事があります」

 

マキは大の普段とは違う静かな威圧を纏う雰囲気に戸惑う。

 

「後遺症とか残さないで、ちゃんといつも通りのマキさんでまたここに帰ってきてね」

 

そう言って大は席を立つ。

そしてそのままマキに背を向けてリビングから出ていこうとする。

 

「お、おい。どこ行くんだ」

 

マキは慌てて大に声をかけるも大は振り向かないし立ち止まらない。

ただ、歩きながらマキに声だけかけた。

 

「俺はマキさんの事を家族だと思ってる。

 だからご飯だってつくるし、寝るところだって用意する。

 マキさんが困ってるなら何だって手助けする」

 

ドアノブに手をかけ。

不意に大はマキと目を合わせた。

その大の顔を見た瞬間、マキは先ほど自分が吐いた大への挑発を悔いた。

 

「そんな、そんな大切な家族が自分から危ない事をするのを俺は応援はできない」

 

大は本気でマキを心配しているのだ。

まるで子を心配する親のように、全くの不純さのない真摯な気持ちを持っている。

 

「喧嘩に行くなとはいわないよ。片瀬さんやマキさんが互いに同意した上でのものだ、俺が口出しできることじゃない。

 だからこそ、絶対に怪我をしないで。

 そして終わったらまたいつものマキさんのようにここに帰ってきてくれれば、それでいい。そうじゃないと嫌だ。

 ・・・・・・それじゃ」

「おい! ダイ!」

 

大はそれだけ言ってリビングから出て行った。

マキの静止すら無視し、そのままニ階へと上がっていく気配を感じる。

 

恐らくもう大はマキと顔を合わせるつもりはない。

マキは大の気持ちを汲み取れず、大はマキにその気持ちを強制しなかった。

だからこそマキは喧嘩に向かう事になったし、大はそれを心配した。

 

マキはこの瞬間までそれに気づかなかった事を理解した。

 

時刻は既に八時を過ぎた。

そろそろ約束の場所へ向かう頃だ。

だというのにマキは大が先ほどまで立っていたリビングの扉から目を離せない。

 

「何が・・・・・・何が家族だと思ってるだよッ!」

 

マキは軽く地面を踏みつける。

 

「何が約束だよ! 何が怪我をするなだよ! 何がいつものように帰ってこいだよ!」

 

拳を握り締める。

 

「テメェは私の家族かッ! 親か!?」

 

ニ階の自室にいるであろう大に聞こえるように吐き捨てる。

この声ならば確実に大は聞こえている。

しかし大の方から反応はない。

 

「私の事をなんにも覚えてねェ癖に! 私を放っていった癖に!

 今更家族面するんじゃねェ!」

 

胸の内を吐露する。

今までくすぶり続けていた感情が堰を切ったように溢れ出る。

 

マキは今までにないほどに激高し、目尻に薄く涙を浮かべて叫ぶ。

 

「何なんだよお前は! 頼んでもないのに親切にしやがって!」

 

望んでもないのに大はマキを親身になって心配し続けていた。

彼女がこの家に来たのならいつでも寝れるように押入れを改造し、

食事の用意をする際は必ずマキの事を考えて作る量やメニューを考える。

 

喧嘩をしたと言えば怪我はないかと確認し、疲れたといえばマッサージをしてくれる。

甘えれば甘えただけそれに応えてくれ、そのくせ何も見返りを求めない。

 

「お前は・・・・・・お前は私の家族かよ!?」

 

叫ぶもやはり大からの反応はない。

けれどマキの問いは正しい。

大は間違いなくマキの事を家族だと思っていた。

マキ自身もその大の気持ちにはもう気づいている。

 

「何にも覚えて無かったくせに、約束だけは守ろうとしやがって・・・・・・」

 

そうだ。

大は約束を覚えてはいない。けれどマキをこの家に招いたその日から大はかつての約束を無意識に果たそうとしていた。

 

『家族になろう』

 

その約束を果たすかのように大はマキを決して蔑ろにしたりはしなかった。

 

つまり、約束を既に果たされようとしていたのだ。

だからこそ、マキは今この瞬間後悔した。

 

恐らく、自分がもっとはやく約束を思い出して、大が辻堂愛に会うよりももっと早く大に合っていれば

そうしていればきっと自分の好意は成就していた。

妻と夫のような家族になれるはずだった。

 

けれど余りにも遅すぎた。

約束を思い出すのも、彼に二度目の好意を持つのも。

だから彼と自分はもうつがいにはなれない。

それは辻堂愛のポジションなのだから。

 

「私が、私がもっと早くダイと会っていれば! もっと早く思い出していたら!」

 

ここが大の家でなければ物に当たりまくっていただろう。

それほどまでに今の気持ちは荒れている。

 

行き場のない怒りは既に胸を張り裂けそうな程ふくらませている。

 

マキは完全に癇癪を起こした子供のように怒る。

何か、何かにこの怒りをぶつけたい。

 

そして見つけた。

 

「江乃死魔・・・・・・」

 

そうだ、もう間もなく片瀬恋奈率いる江乃死魔と最後の喧嘩がある。

マキはその事を思い出し、薄く笑った。

そうだ、獲物は沢山いるんだ。

これならばきっと今自分が蓄えている行き場のないこの怒りの感情を全てぶつけられる。

 

マキは殺意を隠そうともせず、完全に狂犬のような精神状態のまま長谷家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったわね、腰越」

 

約束の時刻より僅かに遅れて私は喧嘩の場所へ付いた。

江乃死魔の全員は既にかなり前から来ていたようで、既に凄まじい人の固まりが弁天橋に背を向けている。

なるほど、確かにこれなら千人近くはいるだろう。

 

「御託はいいからさっさと始めようぜ」

 

拳を鳴らし、一歩前に踏み出る。

早く、直ぐにでも人を殴って気を紛らわせないと胸の痛みに頭がおかしくなる。

 

「マキ」

 

江乃死魔の群衆の中から自分の名を呼びながら一人の女がこちらに近づいてきた。

リョウだ。

 

恐らくアイツもこれが最後の喧嘩だろう。

普段以上に気迫を感じる。

実に美味しそうな獲物だ。

 

「お前、ここに来る前にヒロ君に何かしたのか」

「なに?」

 

リョウがよくわからない事を言ってくる。

 

「俺が家を出る時にヒロ君の家からお前の怒鳴り声が聞こえてな。

 彼に何かあったのかが気になるんだ」

 

なるほど。

心配性で身内を大切にするリョウの性格だ。

あの私の叫び声を聞いて無視できる筈もないだろう。

 

「さぁな。もしかしたら私がキレてダイをぶちのめしたのかもな」

 

敢えて嘘を付く。

リョウがキレれば前の梓との喧嘩の時のように底力をひきだせるかもしれない。

それを意図して挑発する。

 

「それは有り得ん」

 

だがリョウはばっさりと私の思惑を否定する。

 

「お前が彼に手を出す訳がない。

 昔のことを覚えているのだとしたら尚更だ」

 

どいつもこいつも。

昔の事を引っ張ってきやがって。

ダイも姉ちゃんも恋奈もリョウも辻堂の奴もどいつもこいつも

 

「知ったふうな事を言うな。

 私の気持ちも何もしらねぇで昔のことを掘り返すんじゃねェ」

「リョウッ! 速く下がりなさい!」

「なっ、聞く耳持たずか!?」

 

キレた私は拳を握り、大きくリョウに振り抜いた。

勿論こんなのは本気とは程遠いものだ。

だがこれですらそこいら不良じゃ反応すらできない。

 

降った拳がリョウに直撃する瞬間、

 

「ぐ、マキ。一体どうしたんだ・・・・・・ッ?」

「テメェには関係ないことだ」

 

ギリギリの所でリョウは手持ちの木刀で私の拳を受け止めた。

流石に一度は湘南の頂点をとっただけの事はある。

常人の反応速度と比べ圧倒的に上回っている。

 

「くっ、朝と機嫌変わりすぎだろッ! お前ら行け!」

 

恋奈はリョウを助けるように江乃死魔に命令を下す。

そして人の波が全て私に向かって襲いかかってきた。

 

かつて一度も聞いたことないレベルの足音。

体験したことないほどの地響き。

まさに数の暴力を体現したのがこの江乃死魔だろう。

 

この波に襲われれば一塊の不良グループなんぞ蟻のように蹴散らされるに違いない。

 

だが、それでも私や辻堂には意味などない。

 

「ははっ、それじゃあ振るい落しにかけてやるよ。

 行くぜッ!」

 

殺気を全て開放し、最大の威圧をその波に叩きつける。

その瞬間、波が一瞬止まった。

 

同時にザワザワとした声が響き始める。

 

「くそ、相変わらずデタラメな事しやがって」

 

恋奈は悔しそうに吐き捨てる。

 

悔しいのも当然だ。

なぜならこの人睨みで江乃死魔の八百人のうち、半数が気絶したのだから。

 

この相手にプレッシャーをかける技。

正式には気当たりという武術の応用技に近いものなのだが、これが恋奈を悩ませる技だった。

江乃死魔の性質として不良を片っ端から集めただけの数に特化している部分がある。

勿論その江乃死魔内にも極めて強い者もいる。

リョウやでかいのがその最たる例だろう。

 

だが、逆に言えば強者以上に平均的な実力者やそれ以下である弱者が多いのも事実。

そういった喧嘩や精神面において未熟なものが今のマキの気当たりで全員気絶したのだ。

この最悪な技をくらって尚戦うことのできる者が多くいなければとてもではないが私に勝てるはずもない。

 

だからこそ恋奈は途中から梓のような強者を求めた。

 

「おいおい、どうした恋奈。半分以上が失神しちまったぞ。

 これじゃあ数の有利ですら意味ねェじゃん」

 

恋奈をあざ笑う。

恋奈自身もそれを言い返す言葉がなく、ただ睨み返すしかない。

 

「俺を忘れるな」

「おっと危ねェ!」

 

先程から至近距離にいた良子が私の気当たりをいち早く振り切って殴りかかる。

だがそれでも遅すぎる。

振り抜いてきた木刀に拳を強めにぶつけた。

瞬間、木が砕ける音が私とリョウの間に響いた。

 

「あちゃ、ワリィな。お前のお気に入りのオモチャ壊しちまったぜ」

「くそっ、やはりお前にこんなものが通用する筈もないか」

 

悪態を付きながらも目は一切の諦めや恐怖の色を感じさせず、むしろ私に更に距離を詰めてきた。

武器を失ったのなら次は拳によるインファイトか。

面白い、乗ってやる。

 

「オラァ!」

 

牽制するように左拳をリョウの顔面狙って振り抜く。

牽制とは言ったが、このジャブだけで大概の不良は反応できずに一撃で沈むレベルだ。

 

「――――おっと、そら!」

 

しかし流石はリョウ。

当たるギリギリの所で首だけで拳を躱し、逆にカウンターのように右拳を合わせてくる。

勢いの乗ったその拳は確実に重い。

喰らえば私といえどもノーダメージで済むレベルじゃない。

が、それでも辻堂の拳と比べれば何段階も格が足りない。

 

「ぐ、うあ!?」

 

リョウが一瞬何をされたのかわからない顔で私の前から吹き飛ぶ。

見れば肩や腹部辺りの制服が破れていた。

 

「ぐ・・・・・・マキ、相変わらず滅茶苦茶な喧嘩を・・・・・・」

「滅茶苦茶? そもそも喧嘩に形式なんて存在しないだろ。

 テメェらが勝手に作ったセオリーに私を当てはめたお前が悪い」

 

リョウは悔しげに顔を歪ませ膝をつく。

 

一瞬で何が起きたのか。

種を明かせば簡単な事だ。

 

私がカウンターを、単純に身体スペックに物を言わせて無理やり体を捻って回避し、

空ぶって隙だらけになったリョウが次のアクションに移る前に再び身体スペックを活かして数発殴った。

つまりただ身体能力を活用しただけだ。

何も小細工などしていない。

 

リョウがワンアクションする間に私は数回行動を起こせる。

それを実行しただけなのだ。

 

その結果を一言で表現するのならこの言葉が一番いい。実力が違う。

 

「そんだけ痛めつけりゃ満足だ、そこで座って休んでろ」

「ぐ、止めはささないのか?」

「・・・・・・お前には勉強見てもらった恩があるし、昔からの付き合いの情もある。

 そっちから来ない限りもう手は出さねぇよ」

 

体を動かす為に駆動する関節部を殆ど殴った。

以前、乾の奴にダイがやられた時に見せた底力でも出さなければもうしばらくは動けまい。

もっとも、あれは自分の意思で出せる部類の実力ではないが。

 

私を依然として睨むリョウから視線を外し、再び江乃死魔の状況を見る。

 

「ちっ、貴重な戦力であるリョウがこんなに早い段階でやられるなんて計算外だわ」

「だったらおれっちがリョウの分までやってやるっての!」

「馬鹿! アンタまでやられたらもうジリ貧だっつぅの!」

 

どうやら残り半数は私の気当たりから自力で立ち直り、体勢を立て直している。

しかし今の私とリョウのタイマンが恋奈からしたら失敗だったようだ。

 

「テメェ! よくもリーダーを!」

「行くぞお前ら! リョウさんの仇とってやる!」

 

恋奈のバカとでかいのが言い争っている間にリョウのチーム『湘南BABY』の奴らが私に殴りかかってくる。

おおよそで確認したところ、五十人殆ど全員が私の気当たりをクリアしたらしい。

なかなかやるじゃないか。

 

思わず喜んでしまう。

 

「マキ! 顔見知りだからって容赦しねぇぜ!」

「そりゃこっちの台詞だっての」

 

この湘南BABYは結成した経緯が特殊であり、その結成場所なども相まって私の顔見知りがそのグループに多い。

だがそれがどうした。

まさか喧嘩にそんな理由で手を止めるわけもない。

 

私は知人の拳を何の感慨も持たず受け止め、何のためらいもなく知人の顔を殴り飛ばす。

 

「グボァ!」

 

哀れ、殴り飛ばされた湘南BABYの一人は勢い余って数メートル吹き飛ぶ。

 

はっきり言えば今の奴もそこいらの不良と比べればかなり強い部類だ。

だがやはりリョウ程でもない限り拳一合で終わる。

 

「お前達! 単独で攻めるな、囲みながら同時に攻めろ!」

「了解です良子さん!」

 

リョウは動けないなりに指示を飛ばして湘南BABYの動きを操作する。

恋奈はカリスマによる統率力に特化しているが、リョウの場合は人情や信頼関係における統率力だ。

故に誰もがリョウの指示に疑問を持たず、言われた通りの動きを完璧にこなす。

これが湘南BABYが一度湘南の頂点をとった一因だろう。

 

私を取り囲む湘南BABY。

なるほど、これは中々にプレッシャーがある。

だが、相手が悪い。

 

「行くぞ!」

『おう!』

 

一人の掛け声をトリガーにして全員が一斉に襲いかかってきた。

まさに袋叩きという展開だ。

問題はその袋の中にはダイナマイトが入っている事だ。

 

「おせぇんだよ」

 

私を中心に突っ込んでくる円陣。

私はそれを立って待つ事はせず、むしろ円陣の一角に突進した。

 

「なっ――――ぶげぇ!?」

 

突っ込んだ先にいた奴らを片っ端から殴り飛ばす。

そして一気に円陣から脱出し、殆ど陣形が崩れた状態の軍勢に今度は私から襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・やっぱりこうなった、か」

「へぇ、こうなることを想像してたんだ」

 

一時間後

江乃死魔は壊滅していた。

まるで自然災害に巻き込まれたかのように所々地面はえぐれ、フェンスは剥がれている。

そして地には総勢八百人の屍累々。

 

片っ端から目に付いた奴らを殴り倒して、踏み潰して、蹴り飛ばして。

途方もない人数を蹴散らしたというのに私は未だ体力の限界がまだ来ない。

それどころか今丁度ヒートアップしてきた所だ。

 

だが、既にこの場に私と相対している人間は恋奈しかいない。

 

別にこいつが最後まで逃げ回っていたわけではない。

むしろ果敢に攻めつづけていただろう。

単純に持ち前のしぶとさで最後まで立っていただけだ。

 

リョウやでかいのですら何度か倒したにもかかわらず数回起き上がってきた。

 

「今日のテメェら江乃死魔は中々面白かったぜ。

 いつもとは違う執念を感じた」

 

だがもう御終いだ。

あとは私と恋奈の消化試合。

既にどちらが勝つかなどわかりきっている。

 

「なに勝った気になってやがる腰越ッ!

 まだ私は負けるなんて欠片も思ってねェんだよ!」

 

私の言葉に切れた恋奈が拳を握って襲いかかってくる。

 

この展開ももう何度繰り返したか分からない。

 

突撃してくる恋奈の懐に一瞬で潜り込み、腹部に肘を叩き込む。

 

「がァ!?」

 

私の攻撃に反応すらできていない。

恋奈はその攻撃のインパクトに耐えきることができず、数メートル吹っ飛ぶ。

私はそれを追撃することはなく、ただ休憩するようにその場に立つ。

 

「ぐ、あ・・・・・・痛くない!」

 

受身すらできず、無様に地に這いつくばって直様立ち上がってくる。

相変わらずの不死身さだ。

 

「諦めろよ。何度繰り返しても無駄だ」

「無駄だって何でテメェが決め付ける!

 私は無駄だと思わないからこうして立ち上がり続けてんだろうが!」

 

いい根性だ。

実に私好みの言葉だ。

だというのに、何故か恋奈の言葉に私は胸を掻きむしりたくなるほどの痛みを感じた。

 

「お前一人じゃ私には勝てない。

 いや、何百人束になったはずなのにお前以外がもう倒れた。

 つまりこれからどう足掻いてもテメェは負ける勝負なんだよ」

 

この現状がそれを示している。

誰の目にも明らかな答えだろう。

先ほど八百人で私に挑んでこのザマなのだ。

残る一人である恋奈がどう足掻いても勝てる理由がない。

 

「勝てないとどうして言い切れる、どうして決めつけられる。

 いいか、私はどんな目にあってもアンタや辻堂を倒すことを諦めない。

 だからこうして何度殴られても立ち上がる」

 

既にスタミナは消費しきっているのだろう。

いくらダメージをなかった事にしてもスタミナまで回復する事はない。

殴り殴られれば相応に疲労は蓄積する。

 

なのに何故こいつは何度も立ち上がるのか。

 

「負けを認めろよ、じゃないと次は二度と立ち上がれないまで殴り続けるぞ」

 

脅しではない。

今こうして言葉を吐き続ける恋奈を私は何故か苛立っている。

 

「やってみろや。私はお前を殴り倒すまで立ち上がり続ける」

 

その無駄な執念。

私はそういうのが大好きだったはずだ。

なのになぜだ。

どうしてここまでその好ましかった筈の執念に苛立ちを覚える?

 

まるでこの喧嘩に楽しみを見出せない。

 

「上等だ、だったら望み通り殴り続けてやる」

 

完全に自分を見失った私は濁りきった心のまま恋奈に突撃する。

恋奈はやはり私の速度に反応すらできていない。

このままマウントをとって殴り続ければ確実に決着はつく。

 

一瞬で恋奈の懐に飛び込む。

同時に腹部に肩をぶちこんで押し倒す。

 

「とったぜ、これで終いだ」

「く、まだよ!」

 

腹の上に乗った私はそのまま拳を撃ち下ろす。

 

「ぐぁ!」

 

渾身の一撃ではないにしろ中々に力を込めた一撃だ。

それを恋奈は腕でブロックし、耐える。

流石の耐久力だ。

本来ならば今のは腕をへし折る威力だったはずだが。

 

再び腕を振り上げる。

それをみて恋奈はしびれた腕で私の顔を殴る。

 

「体重が乗ってねぇんだよ!」

「あう!」

 

マウントを取られた姿勢で放つ拳など何の重みもない。

私は恋奈の攻撃を意に介さず二度目の拳を打ち下ろす。

 

だがそれも恋奈は空いた腕で防いだ。

 

無駄なことを。

既に根性だけではどうにもならない所まできているのに。

 

・・・・・・無駄?

一体何を私は今無駄だといった?

 

「く、いい加減どきやがれ!」

「うおっと」

 

一瞬呆けた私を恋奈は見逃さず、身をよじりマウントポジションから逃れた。

 

いや、そんな事はどうでもいい。

私は一体どうしたんだ。

 

無駄と私は今言った。

何を馬鹿な事をいうのだ。

今恋奈が根性で私に立ち向かい続けることを何故私は否定する?

その勇敢さは褒め称えるべきだし、私はその根性を肯定すべきなのだ。

以前までの私ならそうしたはずなのだ。

 

どこから私はブレた?

何故根性を否定する?

 

自分の事なのに自分がわからない。

 

「く、クソッ! 畜生!」

「が――――ッ」

 

壊れそうになる自分を振り払うように拳を振るう。

やけくそになったその一撃が恋奈に直撃した。

堪らず恋奈は膝から崩れ落ちる。

 

本来ならここで追撃をするべきなのだ。

なのに私は崩れ落ちながらも再び立ち上がろうとする恋奈の姿をみて足を止める。

 

だが恋奈も既に体力の限界なのか、膝をつくものの立ち上がれない。

 

これでようやくケリがついたのか。

私はそう考える。

 

「ぐ、ま・・・・・・まだ私はやれるんだよ!」

 

自分に活を入れるもやはり力が入らないのか立ち上がれない。

 

恋奈は涙をこぼしながらも何度も足に力をいれる。

だが何度繰り返そうと体がそれに応えない。

 

「まだ、まだ私は負けてない。まだ負けたくないのにッ!」

 

なぜだろうか。

私はもう少しで勝ちそうなのに一切嬉しくなかった。

それどころか恋奈のその姿を見て負けつつあるのは自分なのではないかと思い始めている。

 

自分を見失った私が自分を信じ続ける恋奈に勝って良いと思えない。

私は自らの手で恋奈を立ち上がらせようと歩み寄る。

その瞬間―――――

 

「そうっすよ。まだ恋奈様は負けてません」

 

私より速く、乾が恋奈の手を引いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてアンタがこの喧嘩に関わる。

 これは江乃死魔と腰越マキの喧嘩よ。

 辻堂の犬のアンタが割り込んでいいものじゃない」

 

乾の手によって何とか立ち上がった恋奈は感謝の言葉よりも非難の言葉を吐く。

だが乾はその問いをぶつけられる事を予想していたのだろう、

普段通りのおちゃらけた態度で答える。

 

「だって自分恋奈様の親友っすから。

 親友助けるのって当然の事ですし」

 

凍りつく恋奈。

まさかの返答だったらしい。

 

「恋奈様、お願いがあります」

 

固まる恋奈の目をまっすぐ見て乾は真面目な表情で口を開く。

 

「今からの恋奈様の喧嘩は江乃死魔の総長としてではなく、三大天の恋奈様として喧嘩してください。

 だったら自分も辻堂軍団の乾梓でなく恋奈様の親友として力になれます」

 

そうきたか。

確かに江乃死魔にこだわり続けるのなら恋奈は絶対に乾の力を借りられない。

だが、だったら根本的な問題を解決すればいい話だ。

 

つまり江乃死魔にこだわらなければいい。

 

一人の片瀬恋奈としてならば乾の助力を得ても何の問題もない。

 

既に江乃死魔の人間は恋奈を除いて全員が倒れている。

ならばもう恋奈は自分の立場を動かすことができる状況なのだ。

 

「梓、相手は腰越よ?

 チキンなアンタにとってまともにやりあうのは避けたい相手じゃないのかしら」

「そりゃ避けてーっすよ。けど、自分恋奈様見捨てること出来なさそうですし」

「・・・・・・そう、馬鹿ね」

 

恋奈は僅かに顔を伏せる。

そのせいで表情は伺えない。

けれど私には何となく恋奈の心境がわかる気がした。

 

「三大天の片瀬恋奈が命令するわ。梓、あの皆殺しの腰越マキをぶち殺す手伝いをしなさい!」

「りょうかいっす恋奈様!」

 

互いに笑い合っている。

どうやらこいつらは以前の裏切りの件の遺恨を解決していたらしい。

 

「江乃死魔総長じゃなく三大天としてね。

 そりゃつまり江乃死魔としてのお前は私に負けを認めたって事でいいんだろうな」

 

立場を変えたから前の立場の責任が無くなるなんて都合のいい展開などない。

江乃死魔総長が部外者の力を借りる以上それをはっきりさせなきゃならない。

 

私の問に恋奈は一瞬苦渋に満ちた顔をする。

けれどそれは本当に一瞬だけだ。

僅かにネガティブな空気をだし、僅かな間でそれを自身の意思で消し飛ばした。

 

「ええ、認めるわ。江乃死魔は皆殺しのマキに全滅した。

 誇りなさいよ、アンタは江乃死魔の八百のヤンキーを皆殺しにした」

 

まるでそれは自分に言い聞かせるような言葉の抑揚だ。

 

「だから生き残った私はなんとしてもテメェをぶちのめさなきゃならない。

 江乃死魔を潰された私は総長のケジメを取らなきゃ許されない」

 

目を見開き、私を尚睨みつけてくる。

その諦めの悪さは一体どうしてなのか。

何故諦めることを頑なに拒否し続けるのか。

 

「私はアンタと辻堂の喧嘩を初めて見た時から思った。

 テメェら二人をぶっ倒したいってね」

 

乾の支えすらなければ立ち上がる事すらできなかったのに。

立ち上がれない状態に陥った段階でもこいつは諦めていなかった。

 

「私はその目標を絶対に諦めない。

 無理だと何度も思った。けど無理でも私はそれが心からぶつかりたい目標だった」

 

それを達成する為に江乃死魔を作り上げ、湘南を制圧し、今や八百の数まで集めた。

そしてそれを全て私の手によって消し飛ばされてもまだ諦めない。

 

これは絶対に往生際が悪いとかそういうものじゃない。

ただ、本当にこいつは理想を達成しようと本気なだけなのだ。

その余りのブレなさに私は言葉を失う。

 

「だから私は負けを認めない。勝つまでにどれだけ殴られてくじかれたとしても、食いつき続けてやる」

 

・・・・・・はっきり認めよう。

こいつの執念に感銘を受けた。

 

理想への努力する姿勢。

どんな障害にぶつかっても諦めない不屈さ。

そしてそのタフさに。

 

そんなちっぽけなタフさすら未だ挫けない私はなんなのか。

八つ当たりで江乃死魔を潰した私はなんなのか。

心ここにあらずで人の理想を邪魔し、相手の姿勢を否定しようとする自分は一体何様なのか。

 

未だ過去の約束に縛られて、前に進めない私など今の恋奈の足元にも及ばない。

喧嘩の実力云々ではない。

その不良としてのあり方に私は確実に惨敗している。

 

「恋奈、お前は相変わらず鬱陶しい奴だな」

 

だがその負けに意味はあった。

恋奈の精神を心で理解できた。

 

私は、卒業したこの日。

そしてこの場所でようやく自分の未来の理想が見えた。

 

「けど、そういう青臭いのは嫌いじゃない。

 気に入ったぜ、本気で相手してやる」

 

私は先へ進む。

もう迷わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、やべぇっす。

 何かさっき江乃死魔と喧嘩してた時よりプレッシャーというか凄みが段違いなんすけど」

 

梓が冷や汗を流しながら呟く。

それは自分も感じた。

 

明らかに本気を出すと言った瞬間からこいつのまとう雰囲気が変わった。

いや、もどったと言うべきか。

 

最近腰越はくすぶり続けていた。

そのせいかこいつは妙におとなしくなり凄みが無くなった。

だが今のこいつは違う。

初めて合った時以上に存在感を増している。

 

圧倒的な我の強さ、それを通す腕力。

そして他人を顧みない姿勢。

 

その要素が全て先ほどの腰越とは段違いだ。

 

「れ、恋奈様ぁ。

 やっぱ自分逃げていいっすか?」

「諦めろや、テメェももう私の獲物だ。

 逃げても地の果てまで追いかけてぶん殴ってやる」

「ひいぃ! こんなバイオレンスなストーカーいらねぇっすよ!」

 

いきなりヘタレるなバカタレ。

ていうかマジでどうする。

正直私一人ではどう足掻いてもジリ貧で負けるのは目に見えている。

無論チャンスが来るまで耐える自信はある。

けれど勝つための明確な作戦すら閃かない。

 

けれど今横には私の手足になってくれる梓がいる。

ただ、こいつはテンションによって明らかにやる気が違うし、正直強さの奥も未知数。

アテにしすぎると逆にピンチになりかねない。

 

だったら、私は私なりに自分の事だけを考え動き、梓の動きには干渉しない事がベストか。

 

一歩踏み出す。

瞬間、横から凄まじい風切り音が聞こえた。

 

「おっと、今のをガードするのか」

「いきなりあず狙いかよ。容赦なさすぎっしょ」

 

全く反応できなかった。

腰越は私が動くと同時に梓につっこんだらしい。

そして私が一切反応すら出来なかった突進を梓は看破し、的確に防いだ。

 

それどころか

 

「ちっ、やるじゃんお前」

 

腰越は僅かに眉を寄せて梓から飛び退いた。

その後自分の右手を掴む。

 

見れば右手首が明らかに力なく垂れ下がっている。

つまり、今の一瞬で腰越の攻撃を防いだだけでなくむしろ反撃に成功したのか。

 

腰越は一瞬で自分の手首をはめる。僅かにしびれる痛みは続くだろうが、実質梓の攻撃は今ので無駄になった。

だが無意味ではない。

今ので梓の実力が何となくだが把握した。

 

「前回と前々回はボロクソにやられましたけど、今回は出し惜しみなしで逆に倒してやるよ。

 言っとくけどあずは結構根に持ってるんで」

 

梓は一度腰越に折られた左腕を鳴らす。

 

一度は不意に腰越に襲われ善戦するも左腕を折られ病院送りに。

二度目は江乃死魔を裏切り消そうとした際にメッタ打ちに合い、全身を痛めた。

そしてこの喧嘩が梓と腰越にとって三度目のものとなる。

 

果たして三度目の正直となるのか、それとも二度あることは三度あるという言葉の通りになるのか。

 

腰越はつなげたばかりの腕を軽く振り、ストレッチする。

どうやら既に痺れすらとれたらしい。

 

そして私と梓を交互に見る。

恐らく腰越は梓を重点的に警戒するはず。

私の見た限りでは梓の攻撃力は既に腰越や辻堂に迫るものがある。

だからこそこの状況では確実に警戒するのは梓のハズなのだ。

 

だが、腰越はむしろ梓より私を視線に収め続けた。

 

なぜだ。

例え私が腰越を捕まえて攻撃したとしても大したダメージは与えられない。

腰越からしたら私はただしぶといだけの存在なはず。

ならばここは攻撃力が高くしかし打たれ弱い梓に集中するはずだが。

 

私のその疑問を腰越は察したらしい。

軽く笑う。けれどその笑いは決して私を見下したものではない。

 

「お前は自分を随分過小評価してるようだ。

 私はむしろ恋奈、テメェを警戒してるんだぜ」

 

何故か。

まるで判らない。

けれどこれは良いかもしれない。

私が狙われる分、梓がフリーになるチャンスが多いのならむしろチャンスは多い。

 

「梓、私からは何も指示をださない。好きに動きなさい」

「じゃあ逃げましょうよ。自分恋奈様が負けない限り他の勝敗なんてどうでもいいですし」

「真面目にやれや」

 

どこまで本気なのか判らない奴である。

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

梓は多少やる気をだしたらしい。

一回二回続けてステップを踏む。

そして三回目のステップが終わった瞬間

 

「おっと」

 

ステップの着地と同時に腰越の目前に到達し、殴りかかっていた。

 

まず左手で腰越の目を狙う。

凄まじい速さの貫手が突き刺さらんとする。

 

「はっ、当たれば大怪我必死の箇所を迷いなく狙ってきやがったか」

「当たるわけないから狙ったんすよ」

 

即座に反応した腰越は左手を掴み取る。

 

だが、掴んだその手を梓は空いた右手でつかみ返す。

瞬間、腰越は僅かに顔を歪め梓を蹴り飛ばした。

 

「つぅ!」

 

堪らず梓はしゃがみこむ。

だが腰越は追撃すらせずに先ほど梓に掴まれた自分の手を握った。

 

「いてぇのはこっちだっての」

 

今のワンアクションでどうやら再び関節を外されたらしい。

即座に骨をはめ直し、構える。

 

「次は私のターンだぜ」

「うひゃぁ! まじこえぇっす!」

 

そう言いながらも怒涛の連打を繰り出す腰越の拳をすべて弾き、受け止め、回避し始める。

 

恐らくここからは互角の戦いが始まり膠着が始まる筈。

さて、そろそろ自分もダメージは抜けてきた。

動くとするか。

 

「ははははっ! いいぜ乾、以前より明らかにいい動きしてんじゃん!」

 

暴風雨のようなめちゃくちゃな動きに梓は若干押され始める。

 

「ぐ、流石に・・・・・・きついっす」

 

どんなに強かろうとやはり梓は腰越や辻堂と比べれば格が一つ違う。

タイマンとなれば本気を出した腰越にはまで勝てるほどの実力を持っていない。

 

だからこそ私も動く必要があるのだ。

 

「腰越! 私を忘れんな!」

 

背後から走りより、拳を振り上げる。

本来ならばこんな大振りの攻撃が当たるとは思えない。

けれど攻めに関しては同等の梓が相手をしているのだ、第三者からみれば隙はかなりある。

 

が、今回は私の見通しが甘かった。

 

「ぐぁ――――つぅ・・・・・・恋奈様邪魔っす!」

 

振り抜いた拳は完全にからぶる。

同時に梓は数発殴られたようで崩れ落ちた。

 

「残念だが私は乾以上にテメェを警戒している。

 そんなトロい攻撃があたるかよ」

 

バカじゃないのか。

何で残像残るレベルで私の攻撃を回避する必要がある。

 

一瞬梓ですら反応出来なかった速度で梓の背後に回り込み、かつ数発殴っていた。

 

「まさかと思うけど、アンタさっき江乃死魔とやりあった時より強くなってない?」

「さぁな。けど気分はさっきより最高にいいぜ。

 胸のつっかえもとれてすげぇ体も軽く感じる」

 

つまり強くなってるんじゃないのよ。

どうすんだこの化物。

 

しかし、いつまでも唖然としてられない。

 

あまり時間をかけると先に梓がやられかねない。

今度は自分が梓をリードするように先に私が攻め込む。

 

対してそれを受け止めんとその場に立つ腰越。

 

「恋奈。もしこの喧嘩でお前が負けた場合、お前はどうすんだ」

 

殴りかかる私を真剣な目で見ながら、問いかけてくる。

 

「私がお前とやりあうのはこれが最後だ

 もうチャンスは無い。なのにこれで負けたらお前はどうするんだ」

 

一切の侮辱の意は感じられない。

つまり本心からの質問、

 

「だったらテメェの方からまた私に挑みたくなるくらい強くなってやる!

 辻堂を倒したらテメェだってやる気が出るだろ!」

 

タックルするように突進する。

 

「はは、何だそれ。

 そんな曖昧な根拠でまだ私を追うのかよ」

 

笑いながらも容易く片手でタックルを受け止められる。

まるで鉄柱にでも当たったかのようにビクともしない。

 

「本当に諦めの悪い奴だな、お前」

 

受け止めた手を一瞬離し、流れるように私の腹に回し蹴りが入る。

息すらできない痛みを感じて倒れこむ。

 

不味い、こんな至近距離で座り込んだら

一瞬冷や汗をかく。だが、いくら待っても目前の腰越は攻めてこない。

一体なぜかと思い恐る恐る顔を上げると、

 

「立て、まだ私は満足してない」

「なっ?」

 

私の手を引いて無理やり腰越は私を立たせた。

 

「どういうつもりっすか、皆殺しセンパイ」

 

絶句する私ではなく梓が訊く。

その言葉に腰越は子供のように無邪気な顔で答える。

 

「最後のお前らとの喧嘩だ。

 ギリギリまで味わいたいし、何より私がお前らからまだ知りたいことがある」

 

舐めているのか。

一瞬切れそうになる。だがそんな事は絶対にない。

腰越は喧嘩において容赦する性格じゃない。

つまり今の言葉は濁りない本心。

 

本気で私たちと喧嘩を楽しんで、かつ知りたいことがあるから今私を立ち上がらせた。

 

「ぐ、つぅ・・・・・・」

 

立ち上がりはするものの、洒落にならないレベルで蹴られた箇所が痛む。

立ち直るにはもう少し時間がかかりそうだ。

多分腰越は私が完治するまで待つだろう。

だが、私のプライドはそれを拒否する。

 

ふらつきながらも再び腰越に掴みかかろうとする。

 

「その根性も実に好みだぜ」

 

ふらつく私の手を容易く払い、投げ飛ばす。

視界が一回転して自分が飛んでいる事にようやく気づく。

 

やばいぞこれ。

あまりに頭がふらついてどっちが空でどっちが地面か判らない。

これじゃあ受身すら取れそうにない。

 

ゾっとするものを一瞬感じた瞬間。

 

「おっと、危ない!」

 

地面に叩きつけられる瞬間、ギリギリの所で梓が受け止めてくれた。

 

「大丈夫っすか? やばいようでしたら休んでてください、自分が前出るんで」

「梓、アンタ・・・・・・」

 

やばい、梓の頼もしさに僅かだが嬉しさを感じた。

この子、やる気になればこんなにも頼りがいがあるのか。

 

「じゃあ乾、次はテメェが飛んでみるか」

「うえぇ!? それは勘弁っす! 恋奈様シールド!」

「梓、テメェ!」

 

梓との友情を手に入れました。

荷物がいっぱいです。

他の荷物を捨てますか?

 

いいえ。

 

「あぁ! 恋奈様がまた飛んだ!」

「いいから受け止めに行ってやれよ」

 

投げ飛ばした本人と盾にした本人が他人事のように話している。

 

何だろう、真面目にやろうとしてる自分が酷くバカらしく思えてきた。

 

そんな事を考えながら、飛んでいる私の下を潜って、着陸地点に再び梓が先回りするのを確認。

 

「オーライ、オーライ。ナイスキャッチっす!」

 

私はボールか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果として、この最後になるであろう恋奈と乾との喧嘩はかなり楽しいものだった。

 

乾の攻撃は私をひやひやさせるほど鋭いし、恋奈はその気迫や根性が実に好みだ。

殴りあえば殴り合うほど互いに高みに登る感覚。

いつまでもこうしてやりあっていたい。

 

だが、そろそろ時間だ。

もうそう余裕がない。

 

先に殴り倒していた江乃死魔の奴らが起き上がってしまう。

そうなれば恋奈や乾が戦うにしてもしこりが生まれる。

 

既に恋奈は江乃死魔総長としてではなく三大天として私に挑み、乾と手を組んでいる。

 

だから江乃死魔が再び動き始めれば恋奈は乾か江乃死魔のどちらかを切り捨てなければならなくなる。

 

恋奈はまだその事に気づいていない。

乾もそうだろう。

二人共確実に頭がハイになっている。

気づくほどの冷静さなどあるはずもない。

 

仕方がない。

センパイとして、この喧嘩を満足する終わり方にさせてやるか。

 

こいつら二人の土俵に敢えて入り、それを正面から叩き潰す。

 

「腰越ェ!」

「いい気迫だ、だがお前はちょっと寝てろ」

「な、ぐぁ!」

 

襲いかかってきた恋奈の拳を軽く躱し、腹にしばらく動けない程の一撃を加える。

同時に崩れる恋奈をつかみ、必要以上に怪我をさせないようにネットに向かって投げ飛ばした。

 

「恋奈様ッ」

 

恋奈の元へ駆け寄ろうとする乾の前に立ちふさがる。

 

「おっと。乾、お前はもうここで決着を付ける」

「くっ、上等だよ!」

 

仕切り直すように向かい合う。

 

こいつは確か自分の速度に絶対の自信があった筈。

つまり私はそれを上回って正面から勝つ。

 

乾は一瞬足を踏み出した後、私の懐に飛び込もうとする。

いい速度だ、けど私の方が早い。

 

乾と同時に私は踏み出し、乾の反応速度すら越えて逆に私が乾の懐に潜り込んだ。

 

「んなッ!?」

 

走ってる最中突然私が懐に現れたため、梓は急ブレーキをかける。

 

「隙だらけだぜ」

 

ゆっくりと乾の胸ぐらをつかもうとする。

だが

 

「まだっすよ!」

 

とてつもない速さの拳が私に雨のように降りかかる。

この喧嘩で一番はやい連打ではなかろうか。

完全に本気を出したようだ。

 

「乾。お前は恋奈とは逆で根性がなさすぎる。

 課題としてダイがいなくても本気になれるようになっとけ。

 それができりゃまたやりやってやる」

 

全ての貫手や正拳を真正面から叩き落とす。

 

「それじゃあまた今度な」

 

一撃程鳩尾に拳を叩き込む。

同時に一気に体をくっつけて背負投げに移る。

 

「・・・・・・ちぇ、今回も負けましたか」

「でも今までの二回よりは楽しめたぜ」

「そっすか。ああ、そうだ一つ言い忘れてたことが」

 

既に腕をつかみ、体を腰に乗せられ間もなく投げ飛ばされる。

その僅かな瞬間に私たちは互いに言葉を投げ合う。

 

「卒業おめでとうございます」

「ああ。ありがとな」

 

その言葉に感謝し、私は乾を海に投げ飛ばした。

僅かな間が空いた後、海に人が叩き落ちた音が響いた。

 

「・・・・・・次は恋奈、テメェだ」

 

乾との喧嘩の余韻に浸りながらも次の相手を睨みつける。

 

「上等だ!」

 

既に回復は終わっているらしい。

喧嘩をし始めた時と同じように気迫に満ちた顔で私に詰め寄る。

だが私は今回はそれを止めない。

迎撃もしない。

 

ただ、私は目前に恋奈が来るまで立ち止まる。

 

「腰越、アンタ・・・・・・」

 

私の真意に気づいた恋奈は私の目の前で足を止めた。

 

「わかってくれたようで何よりだ、それじゃあやるか」

「・・・・・・わかったわ、吠え面かかせてやる」

 

互いに胸ぐらをつかみ合う。

時間がなく、同時に恋奈が自分の耐久力に絶対の自信があるのならこれが一番なのだ。

 

「「せーのっ!」」

 

互いに頭を引いて――――相手の額に自分の額を叩きつける。

そして響く爆砕音。

 

「ぐぉ・・・・・・」

「づぁ・・・・・・」

 

一瞬意識がとびかける。

だがまだまだだ。

恋奈の奴はまだ私の袖を離していない。

 

「もういっちょだな、やるか?」

「ぐぅ。と、当然よ」

 

再び同じアクションをし、響く音。

 

「く・・・・・・うぁ」

 

恋奈がたたらを踏む。

が、まだ私の袖を放さない。

 

「ぶつける威力が違うからな。そりゃこうなるか」

 

そうは言うものの、私自身も結構キツイ。

実際目が回りそうになる。

 

「ま、まだまだ!」

「それでこそだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

何度繰り返しただろう。

途中から何度か意識が飛びかけ、数なんて数える余裕などない。

 

ただ、最後までたっていたのは私だった。

 

「ぐ、くそ。まだ、まだやれるわ・・・・・・」

 

既に私の襟を離し、立ち上がることすらできなくなっている。

そのザマでも尚私を倒すことを諦めない。

 

「そうだ、お前はそのままでいい」

 

倒れる恋奈をつかみあげる。

 

「お前のおかげで私は目が覚めた。

 お前はいつまでもそんな暑苦しい根性を持っていてくれ」

 

喧嘩は終わりだ。

見ればもうリョウやでかいのは立ち上がっている。

ただ、私と恋奈の決着の行方を見てどうするかを考えるのだろう。

 

「く、腰越。腰越ぇ・・・・・・」

 

涙を流しながら、私をにらみ続ける。

いい目だ。諦めることをしらないその青臭さ。

本当に、実に私の好きなものだ。

 

「いい喧嘩だったぜ。ありがとよ」

 

それだけを告げる。

その言葉を聞いた恋奈は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

だが、自分の気持ちに区切りをつけたのだろう。

 

「・・・・・・わかった、今回は私の負けよ」

 

ようやく認めた。

だが、その顔は決して悔いや怒りなどのネガティブなものはない。

全てを出し切って、完全に満足した奴の顔だ。

 

「でも勘違いしないでね。絶対に私はアンタを倒してみせる」

 

相変わらずなやつだ。

 

「そ、それと」

 

まだ何かあるのか。

よく喋る。

 

「そ、卒業おめでとう。先輩」

 

怒りではなく、照れによるもので顔を真っ赤にする恋奈。

ちゃんと礼儀も弁えているじゃないか。

 

「ああ」

 

多くを語る気もない。

ただ、恋奈の気持ちを受け取っておく。

 

「それじゃ、お前も乾同様海に落ちてもらうか」

「・・・・・・はぁ!?」

 

私がそう言うと恋奈は突然暴れだした。

そりゃそうだ、確かこいつは泳げなかった筈。

だがまあ大丈夫だろう、海には既に乾がいるしリョウ達も起きている。

助けに入る人間なんて沢山いる。

 

私は持ち上げていた恋奈を投げ飛ばすための姿勢にして構える。

 

「や、やっぱ前言撤回!

 テメェなんかダブればよかったんだよ!」

「可愛い後輩だよ全く」

 

そのままフルスイングしてぶん投げた。

 

 

 

 

腰越マキと片瀬恋奈の最後の喧嘩は、私にとって最高の後輩からのプレゼントだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、流石に疲れた」

 

体はやたら重たいし、頭なんて恋奈とのパチキ合戦でズキズキフラフラする。

はっきり言って完全に疲労困憊だ。

 

実際江乃死魔八百の不良とやりあうよりも恋奈と梓を相手取った時の方が手こずった。

多分、あいつらなら次のシーズンが始まって新しいルーキーが入ってもやっていけるだろう。

 

さて。

気持ちを切り替えよう。

 

自分は今長谷家の前にいる。

 

ここで私には二つの選択肢を選ぶことができるのだが。

窓から入るか、扉から入るか。

・・・・・・まぁ、あんな喧嘩した後だしここは礼儀正しく扉からにするか。

 

門を越え、そのままインターホンを鳴らす。

 

だが、時間が過ぎても誰も出てこない。

そこでふと思った。

今何時だ?

 

そういえば喧嘩終わってからスグ来たのはいいが時間は一切確認していない。

 

喧嘩始めた時間を考えるにもしかして今って深夜なのかもしれない。

 

仕方がないと思い、空を見て月の角度を確認する。

 

「うげ、深夜二時くらいかよ」

 

そりゃもう寝てるわ。

出てくるわけもない。

仕方ない、窓から失礼するか。

 

そう思い、ダイの窓を見上げる。

いざ飛び移ろうと構えた時、タイミングよく扉が開かれる。

 

中からはダイが出てきた。

ダイは私の顔を見て一瞬顔に影を落とす。

多分、沢山怪我をしているからだろう。

 

けれど、すぐに表情を変え笑顔を向けてきた。

 

「お帰りなさい、マキさん」

 

お帰り、か。

その言葉に私は返す言葉を用意をしていた。

なのにそれを口にする勇気がない。

 

「外はまだ寒いし中に入ってくださいよ」

「あ、あぁ」

 

そして中に戻っていくダイ。

・・・・・・もしかしてずっと起きて待っていたのだろうか。

その背中を見て私は無性にムズ痒いものがあった。

 

「た、ただいま」

 

私がダイの背中にそうつぶやくと、ダイは僅かに驚いたようにこちらを振り返った。

そして僅かに目が合う。

恐らく私は赤い顔をしているだろう。

 

だが、そんな私を見て朗らかに笑う。

 

「うん」

 

その嬉しそうな笑顔に私は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

「はい、手当て終わり」

「ん、さんきゅ」

 

顔や体はダイの手によって包帯まみれにされた。

ミイラ男のようだ。

 

「ところでさ、何でお前まだ起きてんだよ。

 流石に夜遅いし、もしかしたら私が帰ってこないと思ったりしなかったのか?」

 

時計を見れば僅かに私の勘はずれていたらしく、3時を回った所だった。

だというのにダイが寝ていた形跡はなく、ただコーヒーを飲んでリビングで待ち続けていたようだ。

 

だが、どうして赤の他人である私をこんなふうに待ち続けることができるのか。

 

・・・・・・いや、いい加減素直になろう。

答えなどもうわかっているのだ。

ダイは私の事を家族だと思っている。

それは決して口だけの例え話などではなく、本心からの言葉なのだ。

 

「マキさんは俺にとって大切な家族だからね。

 寝なかったわけじゃなく心配で寝られなかっただけ」

「・・・・・・そうかよ」

 

ダイは、約束を覚えていなくても約束を守ってくれていた。

昔交わした『家族になる』という約束を果たそうとし続けていた。

 

それを私は思い出す前も後も気づかず、ただただ男女の関係としての家族を意識し続けていた。

それがいけなかった。

だから私は前に進めなかった。

 

「ダイ、あのさ。私もう江乃死魔とか他の奴との喧嘩するのはもうやめるわ。

 気に入らない奴がいてももう拳で解決しようとしないよ」

 

だけど、恋奈の心を理解した今は違う。

どんな事があっても諦めないあの姿勢。

私はそれを学んだ。いや、思い出したというべきか。

 

今までの私は既に辻堂の物になったダイへの好意を捨てきれず、けれど貫く勇気もなかった。

ただ宙ぶらりんな感情のまま、ダイにベタベタしたり、けれど踏み出せなかったり。

そしてダイが辻堂と仲良くしてると嫉妬に駆られた。

 

そんなのはもうヤメだ。

そんなのは私じゃない。

曖昧な気持ちで曖昧な未来像を描くなんて気持ち悪い。

 

「それはどうして?」

 

私には私だけの立場がある。

ならばその立場からダイに執着してやる。

辻堂やダイの気持ちなんて知ったことではない。

他人の顔を伺って生きるそんな小さい生き方を嫌ったから私はアウトローな生き方を選んだのだ。

 

なのに、それをいつからブレさせてしまった?

 

私は先に進む。

私が私であることをやめない。

 

「前の梓の件みたく私が恨み買ってお前が危険にさらされるかもしれねーしな。

 何より、私はもうすぐ大学生だ。

 これで暴力沙汰で進学取り消しになっちゃ洒落にならない」

「はは、確かに進学が関わっちゃしかたないですね」

 

何よりそして何よりも。

 

「それに、ダイが心配するしな」

 

そう言って私は正面からダイを抱きしめた。

 

「ま、マキさん?」

「黙ってろ。姉貴命令だ」

 

ダイが私を家族としてみるならそれでいい。

それが私たちの約束なのだ。

ダイは何も約束を違えていない。

 

ならばその立ち位置で私は私らしくダイを手に入れてみせる。

それが勝てない勝負だとしても、それでもそれを貫いてやる。

 

「私がダイの家族ってんなら年齢的に私はお姉ちゃんだろうが。

 ほら、お姉ちゃんって言ってみ」

「う、それはちょっと恥ずかしいような」

 

ダイの姉ちゃんの気持ちがわかる気がした。

なるほど、弟ってのも可愛いものだ。

 

「まぁ追々慣れればいいさ。

 それよりさ、明日・・・・・・じゃねぇな。

 今日の昼からお出かけしようぜ。バイクだすからさ」

「随分急ですね」

 

手始めにまずはダイと少しづつ思い出を作っていこう。

 

「姉ちゃん命令だ。拒否するなら不条理な暴力に訴えてやる。

 これも姉貴だからこそ許される」

「理不尽すぎる」

「でもそれが通る。なぜなら―――――」

 

幸い時間は沢山ある。

例え喧嘩をやめて、進学したとしても家族とならいつまでも一緒にいられる。

ダイが傷つくようなことがあっても直ぐに気づいてやれる事ができる。

なぜなら私は

 

「――――家族だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、あとがきとなります。

辻堂さんの冬休みも多分あと3話ほどで終わりそうですね。
当初予定より随分長引いた気がしますが、毎回1万文字以上書いてるからむしろ早く終わるのかな?
ともあれ、何とか途中下車はせず完結できそうなのでお付き合いしていただけると何よりも嬉しいです。

それでは、また次の話でお会いできれば光栄です。

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