辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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22話:フレンズ アゲイン

人生なんてものはなるようにしかならない、そういう考えは甘えだろう。

結果を求めて努力する者と、妥協して現時点での自分に見合う進路を選ぶ者。

 

人の生き方は様々だ。

 

結果として、マキさんは受験に合格した。

俺や愛さんの目指す大学と同じ所だが、そこは難関というほどではないにしろ

それでも勉強しないで受かるほど門ががら空きなわけでもない。

 

全然勉強していなかった3年の夏頃からどうすれば合格できるところまで勉強したのか。

その努力の程を知ることはできないけれど、ある程度察することくらいはできる。

 

「モグモグウマー!」

 

俺は受験も終わり、卒業式まで本格的にすることのなくなった女性。

腰越マキを見る。

 

いつも通りの椅子に座り、俺の用意した少しばかり豪勢な食事を美味しそうに食べている。

その食べ方はワイルドで、無邪気さを感じる。

 

「マキさん、美味しい?」

「あぁ!」

 

本当に美味しいのだろう。

満面の笑みと大きな声がそれを証明している。

その子供のような彼女に俺は母性的なものが刺激されたのかほっこりする。

 

「なぁ大」

「なに、愛さん?」

「その目、何だか父さんみたい」

 

ふむ。

第三者から見てそう見えるというのならそうなのだろう。

俺自身もそんな目をしている自覚はある。

 

愛さんはそんな俺を複雑な表情で見ていた。

 

「嫉妬するべきかどうか、正直迷う」

 

だろうなぁ。

子供を見る目で女の子を見ていて、それに嫉妬するってのも何かおかしい。

けど自分以外の女性を見ていたという行為をしていることには変わりない。

だから愛さんは複雑なのだろう。

 

「ん~・・・・・・」

 

愛さんは顎に指を添えて未だガツガツとワイルドに食事するマキさんを見る。

 

「おかわり!」

「はいはい、ちょっと待っててくださいね」

 

俺はマキさんの突き出す茶碗を受け取って席を立つ。

彼女はもう丸々三合は食べている上に唐揚げやらギョーザやらシーザーサラダやら

ジャンル問わず人気のおかずを片っ端から胃におさめている。

それでもまだまだ入るらしい。

すごいね、人体。

 

「うん、やっぱ嫉妬する所じゃないな」

 

愛さんは愛さんで自己解決したらしい。

そのまま置きっぱなしだった箸を掴んで自分も食事を始めるみたいだ。

 

俺もそろそろご相伴にあずかろうと思う。

マキさんの茶碗に御飯を詰め込んだら俺も食べるとしよう。

 

「コラ辻堂! それ私が次食べようと思ってた奴だぞ!」

「そんなの知るかよ。だったら名前でも書いてろっつーの」

 

二人がいきなり喧嘩を始めた。

慌てて振り返る。

 

愛さんはどうやらマキさんの言葉を無視して竜田揚げを口に運ぼうとする。

 

「させるか」

「んあ?」

 

愛さんの箸からマキさんが器用にも同じく箸で竜田揚げをかっさらう。

口を開けていた愛さんは若干気づくのに遅れた。

 

そのまま愛さんが気づく前にマキさんは竜田揚げを口の中に入れた。

 

「ん~、やっぱリョウの作った飯はうめぇな」

 

リョウ? ああ、よい子さんの事か。

ん? 確かマキさんって良子さんの事もリョウって読んでいたような・・・・・・

 

「テメェ! 舐めた真似してくれるじゃねぇか!」

 

愛さんがブチ切れてマキさんにメンチをきる。

 

「食卓についたらそこは戦場だろうが! 油断したテメェが悪い!」

「むむ・・・・・・」

 

すげぇ。

何やら今日のマキさんは調子がいいのかいつもよりプレッシャーがある。

あの愛さんが気迫で僅かにのまれている。

 

だが俺はマキさんの言葉に頷けない。

 

「そんな事しちゃダメだよマキさん。

 モノを食べるときはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあ」

 

そう言いながらご飯山盛りの茶碗をマキさんの前に置く。

同時に今残っているおかずを確認する。

 

マキさんはどうやら俺の分は残してくれているらしく、どの種類のおかずも必ず一定の個数残っている。

こういう心遣いが俺以外にできないのは困るのだけれど、それでも俺が彼女に特別扱いされている事実に内心喜んでいる部分もある。

 

「はい、愛さんも俺のあげるから機嫌治して」

 

そういって俺の分の竜田揚げを愛さんの受け皿に置く。

だが愛さんは今さっきマキさんに言いくるめられた事を悔しがっているのか、苦い顔をしている。

どうやら俺が愛さんの皿に竜田揚げを置いたことすら気づいていない見たいだ。

 

「愛さん」

「ん、何だよ」

「はい、あーん」

「・・・・・・え、えぇ?」

 

俺が箸で掴んだ竜田揚げを愛さんの口に近づける。

愛さんはその行為を理解はしているものの、戸惑っている。

そりゃそうか、目の前にはマキさんがいるのだからここでイチャつくのも硬派な愛さん的にはNGだろう。

 

だがこの長谷大、常識など彼女とイチャつくためならばかなぐり捨てる事なぞ造作もない。

 

「あーん」

「ちょ、大。ここでそれは流石に」

 

引かぬ。

俺は愛さんの慌てる仕草を愛でながらも箸を下ろさない。

 

「・・・・・・じー」

「こ、腰越。見るんじゃねぇ・・・・・・」

 

マキさんも流石に気づいた様子で、ひたすらあーんを強要しようとする俺と愛さんをジト目で見ていた。

 

「いらねぇのか食べたいのかはっきりしろよ。

 じゃねぇと私が食っちまうぞ」

 

はっきりしない愛さんに業を煮やしたマキさんは少し拗ねたように展開を促す。

愛さんもその言葉に僅かに圧されたのか、覚悟を決めたらしい。

キリっとした顔で俺と目を合わせる。

 

「あ、あーん・・・・・・」

 

小さな口をゆっくりと開けつつ、恥ずかしいのか目は閉じている。

それでいて白くてきめ細やかな肌は照れで赤みがかっていてイッツソゥキュート。

百万人の長谷大がスタンディングオベーション。

 

俺はごくりと唾液を飲み込み、そっと口の中に竜田揚げを進ませる。

 

ここでマキさんがいないのなら不意打ちで愛さんにキスをする所だが、流石に今はダメだ。

 

箸はゆっくりと進み、愛さんの唇に当たる瞬間

 

「いただきっ」

「うおっと!?」

 

横からマキさんにかっさらわれた。

まぁこんな展開になる気はしていた。

 

「んん~、んまいなぁ」

 

舌鼓を打つマキさん。

相変わらず美味しそうに食べてくれるから今みたいな事をされても許せてしまう。

 

「おい、こら・・・・・・腰越ぇぇぇぇ」

 

地獄のそこから響いてきそうな声を出す愛さん。

流石に愛さんは許せなかったそうだ。

 

「わりぃな辻堂。ダイとイチャつきたいのなら私の知らないところでしろ。

 我慢してみたがやっぱり体が勝手に動いたわ」

「知るか! テメェが出ていけばいい話だろうが!

 今日だって大と久々に二人きりになれると思ったらまた・・・・・・ッ!」

 

確かに最近俺と愛さんが二人きりになれる日は少ない。

どうも乾さんは俺達が二人でデートするのが嫌らしく、毎回置いていかないでと言いながらついてくる。

一度乾さんにはデートする事を教えず、愛さんと二人で出かけたのだが

デートが終わった後家に帰ったら玄関の前で座って俺を待っていて、完全に拗ねていた事がある。

 

機嫌を直してもらうために色々四苦八苦したものだ。

 

「うっせぇな。今日はダイが私に飯を食っていけと言ったんだぞ。

 私が自分からたかりに来たわけじゃない」

「ぐ、ぐぐぅッ」

 

冷静な反論をされてグゥの音しか出ない愛さん。

グゥの音も出ないワケじゃないようだ。

 

「なぁダイ。私にもさっき辻堂にしたことをしてくれよ」

「へ?」

 

言いながらマキさんは俺に顔を寄せてあーんと口を開く。

 

「ほら、ダイ。お前の手で食わせてくれよ」

 

そう言いながら妙に色っぽい雰囲気を出すマキさん。

どうしよう、今少しドキっとした。

 

「大の手で食わすんじゃなくてアタシの手を食らわせてやるよ!」

「おっと危ねぇ! なにしやがる!」

 

愛さんは握りこぶしをマキさんの顔に叩き込もうとするも、間一髪マキさんは俊敏に顔を引いて躱した。

すげぇ、今までボクシングを見たことは何度かあるけれどここまで速いフックも、軽やかなスウェーバックも見たことない。

 

ただ、若干髪がかすったらしく、マキさんの前髪がかすった箇所だけちぎれた。

それをみて最近おとなしいマキさんも眉を上げた。

 

「何しやがるゴラァ!」

 

箸を置いて愛さんの胸ぐらを掴む。

あぁ、やっぱり二人が揃うとこうなるのか。

 

「テメェからふっかけた喧嘩だろうがタコ!」

 

愛さんも引く気はないらしく二人のあいだに一色触発の空気が現れた。

どうしようか、このまま放っておいたら確実に長谷家は崩壊する。

間違いない。

 

「ちょ、二人共落ち着いて」

 

慌てて俺は仲裁に入る。

二人はメンチのきりあいを一旦やめて俺を睨んだ。

 

「ダイ、テメェが私の前で辻堂とイチャつこうとしたからこうなったんだろうが」

「大、こうなるからこの狂犬と手を切れって普段から忠告してたんだぞ」

 

二人が俺にヘイトを向けた。

若干怖いけどこれはいい流れだ。

流石に俺相手に家を崩壊させるほどの暴力は振るってこないだろう。

 

 

 

 

 

『ただいまヒロー。今日のお姉ちゃんはゲティな気分よー!

 それも特盛のルパンゲティー!』

 

ようやく帰ってきたらしい。

姉ちゃんの足音が廊下からこちらに向かってくる。

 

「聞いてんのか大!」

「もちろんでございます」

 

現在俺は愛さんとマキさんに説教されている。

二人共椅子に座っているが、俺は怒られているため二人の足元で正座だ。

 

「じゃあさっき私が言ったことを言ってみろ」

「・・・・・・」

「・・・・・・それが答えだな」

 

マキさんがすごくサドっぽい目で俺を見下ろす。

彼女は時々足を組みかえるのだけど、その度におれの目線だとマキさんのスカートの中が見えそうになるんだよな。

まさかマキさんがその事を気づかないとは思えないんだけれど。

 

「ま、マキさん」

「なんだ。言い訳なら聞いてやらんでもない」

 

また足を組みかえる。

今のは見えてしまった。白だ。

 

「いえ、その。さっきから・・・・・・その、見えちゃいそうなんです」

「あぁ? 何がだよ」

 

とぼけているようだが確実にマキさんは気づいている。

だって、今すげぇ悪い顔してるし。

 

「何いってんだよ大。見えるってなにが・・・・・・」

 

そういって愛さんは俺の隣にすわってマキさんを見る。

だがその瞬間に愛さんは固まった。

 

俺が何を言っていたのか気づいたのだろう。

 

「大ぃッ! お前、お前ッッ!」

「俺のせいじゃないってマジで。ちゃんと目そらしてましたし」

 

胸ぐらを掴まれててガクガクと揺さぶられる。

 

「あら来てたの。やほー、マキちゃんも来てるなんて」

「あ、ども」

 

珍しい。

マキさんが自然な様子で姉ちゃんに会釈した。

初めて見たかもしれない、こんな礼儀正しいマキさん。

 

「聞いたわよ、大学受かったんだって。

 いやぁ私も勉強見てあげた甲斐があったってもんねぇ」

「その事には感謝してるよ、今までありがとな」

「よぅし今日はパーリィよ! ひろ、酒をもてい!」

 

マキさんが合格して心底喜んでるみたいだ。

姉ちゃんは上機嫌で俺に指示を送る。

ただ俺はそれに応える事はできるわけもなく。

 

「腰越! テメェもいちいちアタシの大を誘惑してんじゃねぇぞ!」

「うっせぇ、私がどうしようが勝手だろうが」

 

ヘイトが俺からマキさんに移ったらしい。

俺はそそくさとその場を離れて酒の用意に入る。

流石に姉ちゃんの居る前で殴り合いの喧嘩をはじめるほど二人も命知らずではあるまい。

 

「あら、もう食事始めてたのね」

「大丈夫だよ姉ちゃん。すぐに新しく別の用意するから。

 ルパンゲティが良いんだっけ?」

「うんうん、今日はそんな気分」

 

確認をとって再びパスタを茹でるために鍋に水を入れ沸騰させる。

同時に口が寂しくないように別に取っておいたレバニラや回鍋肉など酒に合う中華料理を用意。

少し冷めているためこちらを温めなおす。

 

「ひーろ」

「はいはいなんでしょう。ちょっと火を使ってるから気をつけてね」

 

後ろから姉ちゃんが抱きついてきた。

姉ちゃんの柔らかい二つの感触が背中にあたって少し意識してしまう。

 

「ん? なんか姉ちゃん酒臭くない?」

「バレては仕方ない、実はお姉ちゃん帰り道に楓ちゃんと少しひっかけてきたのよ」

 

だからか。

妙にテンション高いと思った。

姉ちゃんは更に俺の首に腕を巻きつけてくる。

 

「姉ちゃん、流石に動きづらいって」

 

慌てて火を止める。

 

「んふー、いい具合に酔いながら弟の背中を堪能する。これ以上の贅沢はないわぁ」

「うあ、力つよすぎィ!」

 

ギリギリと俺の首をアームロックしてる。

傍から見たら仲の良すぎる姉弟の図だが水面下では殺人が起ころうとしてる。

俺がタップをするものの姉ちゃんは逆に力を増し続けている。

落ちる、まじで落ちる。

 

「おい、なにやってんだ! 大の顔が巨峰みたいな色になってる!」

「えぇい! 不届き者めが邪魔するでない!」

「うぉう、すっげぇプレッシャー」

 

気がついた愛さんが驚いて助けに入るが姉ちゃんの一括を受けて足を無意識に止めた。

マキさんも僅かに驚いた様子だ。

 

だがもう何もかも遅い。

俺の頭には十分な血流、及び酸素が届かず間もなく気絶した。

 

「ちょ、大が息してない」

「ウェルカムチャンスッ! 実はお姉ちゃんは弟限定で人工呼吸の達人なの!」

「させるか! それはアタシがする!」

「・・・・・・埒あかねぇな、このままじゃまじで危ねぇぞ」

 

言い争いをする二人を尻目にマキさんが俺の救命行為をしてくれた所まで薄れた意識の中僅かだが理解した。

そしてそのまま俺の意識はブラックアウト。

なんで自宅にいるのに命の危険に晒されねばならないのだろうか。

 

「まぁ、何というか役得って奴かなこれは」

 

唇に柔らかい感触がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、参りました。先輩」

「はいは~い、それじゃ今日の稽古はこれにて終わりっと」

 

そう言って近場においていたスポーツドリンクを一気飲みする。

 

時刻は夜八時。

場所は江ノ島の砂浜だ。

 

「ふう、汗気持ちわりぃ。着替えもってくりゃ良かった」

 

3学期が始まって以来、自分とナハはこうして頻繁に組手をしている。

もっとも組手とは名ばかりで、実際の内容は一定時間自分は回避やガードに専念して

時間切れになったらこちらも攻めるハンデありの内容なのだけれど。

それくらいのハンデがないと一瞬で終わってしまい稽古にならない。

 

今回も今までと同じく、十分程ナハに一方的に攻撃させてこちらは回避をし続けた。

その後こちらも攻撃を開始し、一分でナハが敗北宣言。

 

横目で未だ立ち上がれずうずくまっているナハを見る。

 

「ちょっとキツかったかな。大丈夫っすか?」

「い、いえ・・・・・・自分の未熟故の痛みなので先輩はお気になさらず・・・・・・」

 

そうは言うものの、鳩尾を押さえて息も絶え絶えだ。

かなり痛いらしい。

まぁ本人が気にするなというのなら気にしないことにする。

 

「それにしても何だろうなぁ。妙に最近体が軽いんだよね」

 

軽くステップを踏む。

気分のノリが違うのだろうか、やはり何か体の重さを感じない。

 

「元々先輩は才能に溢れていますし、稽古を重ねれば相応以上に強くなるのも当然では」

「いやいや、確かにそれもあるかもだけどコレは何か違う気がする」

 

メンタル的な要素だろう。

なんだか知らないけれど取り敢えず本当に気分も体も軽い。

それこそ数日まともに寝てなくて、久々に夜10時から翌日の朝10時までぐっすり寝たような。

いや、実際に12時間も寝たら体のコリとかやばいけど。

 

「では、何か良いことでもあったのでは?

 気の持ちようで肉体の性能も変化する事はよくあります」

 

ナハもそういう結論を出した。

 

良い事か。

ふむ。

思い浮かばない。

強いて言うなら前に学校であった歴史の小テストで悪くない点数を取ったことくらいか。

 

「顔色を伺っているようで失礼かもしれませんが、先輩は最近笑顔が多くなった印象が」

「ん? 元々自分結構笑ってると思ってたけど」

「いえ、愛想笑いや作り笑いではなく心から何かを楽しんでいるようだと我は思っています」

 

何かを楽しむ。

あながち間違いじゃない。

はっきり言えば毎日が楽しいってのはある。

 

勿論ストレスだってある。

金は全然足りないし、学校なんてかったるいし、どうでもいい奴らにキャラつくるのも正直面倒くさい。

しかしそのネガティブ要素を払拭してまだ余りある幸せな時もある。

 

ペットボトルを置いて、近くに置いておいた携帯電話を取って開く。

同時に待受画面が目に入る。

 

「・・・・・・嬉しそうですね、先輩」

 

どうやらその待受を見て自分はそういう表情をしていたらしい。

 

まあこの待ち受けは現在自分にとって最高の癒しをもたらす画像だから仕方ない。

因みにこの待ち受け画像は自分と長谷センパイのツーショット写真である。

 

前に辻堂センパイと二人っきりでデートした事を拗ねたフリしてゴネまくった結果、自分と長谷センパイの二人きりでデートする事になった。

その時に撮ったものだ。

特にどうということはない、江ノ島のお店の一角で店員さんに撮ってもらったものだ。

その画像の自分は確かに楽しそうにしている。

 

「ナハも誰かいい人いないの? 好きな人とかできたら案外急成長するかもしれないよ」

「・・・・・・自分にはまだ早いかと」

 

一応ナハはまだ中学生だし確かに色恋沙汰には経験乏しいだろう。

とはいえこのご時勢、小学生ですら性行為していることだってザラにある。

別に中学3年生が恋愛適齢期外ということはない。

 

「あのティアラさんだって夏頃から凄いイケメンのセンパイとよく一緒にいるって噂ありますし

 別にナハだってその気になればいい男見つけれるんじゃないかな」

 

何度かその男の顔を見たことがあるが、本当にイケメンだった。

もっとも別に自分は容姿より相性を優先するため欠片も彼には興味が湧かなかったが。

ともあれ普通の女子だったら絶対に付き合いたいと思うレベルだろう。

 

「我はまだそういう事には興味がありません」

 

にべもない。

この話はこれまでにして欲しいというアクセントがあった。

 

「そっすか、残念。けどさ、そのままじゃ絶対に辻堂センパイに一撃加えるのなんて無理だよ」

 

そう言って自分は持ってきたペットボトルを飲み干して遠くにあるゴミ箱に投げ入れた。

ジャストミート。狙い通りにペットボトルはゴミ箱にホールインワン。

こういう体を動かしたりすることに対してスペックが異常に高い自分に笑いがこみ上げる。

 

「んじゃ、あずはそろそろ用事あるんで失礼するっす」

「はい、稽古に付き合っていただいてありがとうございました」

 

深々と頭を下げるナハ。

 

「毎回やめてよそれ、恥ずかしいじゃん」

 

そもそも自分がもちかけた稽古だ。感謝される理由がない。

だがナハは何度言ってもやめてくれない。

恐らく彼女にとって当然の行為なんだろう、だからこそ改めることができない。

 

「ま、いいや。それじゃ」

 

おいていた手提げを拾い、センパイに貰ったお気に入りのマフラーを首に巻いて次の目的地に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「うっさい、あっちいけバカ」

「ちょ、話くらい最後まできいてくださいよ!」

「うっさいバカ、さっさと帰れアホ」

 

時刻は21時。

場所は江ノ島に続く弁天橋の中央部。

そこに恋奈と梓は立っていた。

 

「も、もうそろそろ江乃死魔は皆殺しセンパイと最後の決着をつけるんっしょ?

 だったらあずの手助けがいるんじゃないかと・・・・・・」

「黙れおたんこなす。裏切り者はあっちいけ」

 

先程から梓はひたすらに恋奈にマキと喧嘩をする際自分も混ぜろと提案していた。

しかし恋奈は梓の方を見ることもなく、海を眺めたまま話をぶった切っていく。

まさかここまで話を聞いてくれないと思っていなかった梓は流石に戸惑った。

 

「お、おたんこなすって・・・・・・じゃあ恋奈様は今の江乃死魔で皆殺しセンパイに勝てる見込みあるんすか?

 ないですよね。だからあずは親切心でその日だけ江乃死魔に戻ってあげようかなと言ってるのに」

 

確かに梓のその提案は単純に考えれば江乃死魔にとってはありがたいものだった。

辻堂愛や腰越マキに次ぐ実力者である彼女がいればそれだけで勝てる見込みが生まれる。

ただ、それを考慮して尚恋奈は話を聞くつもりがなかった。

 

「私の下僕でもない奴の手助けなんかいらねーっつってんだよ。

 話はそれだけ? じゃあバイバイ」

「ちょちょちょ、ストップストップ!」

 

慌てて梓は恋奈の腕を掴んで引き止める。

恋奈はその焦る梓の顔を見てため息を吐いた。

 

「なんなのよさっきから。私は腰越落としの準備で忙しいの。

 無駄な時間とらせないで頂戴」

 

その突っぱねるような言葉に梓は返す言葉がない。

 

「恋奈様、もしかして自分の事嫌ってません?」

「嫌わないわけがないでしょう。散々私を悩ませて、足引っ張って、裏切って。

 それでいて最後の最後に逆ギレして江乃死魔消そうとしてきたアンタをどうすりゃ好きなままでいられんのよ」

 

その言葉は本音ではない。

だが全くの嘘というわけでもないのだ。

心から嫌ってはいない。今だって恋奈は梓を自分の部下に戻して昔のように戻りたいと思っている。

けれどそれは何かしら恋奈と梓の間にケジメをつけなければ嫌だと彼女は思っている。

 

だから恋奈は梓を喧嘩で負かすなり服従させるなどして自分が上だという前提をおいてから引き込もうとしている。

間違っても梓の方から仲直りしようと持ちかけられてそれに頷けるほど憎しみや怒りが薄いわけではない。

 

「私が梓の手を借りるのだとしたらアンタが私に服従してる事が前提なのよ。

 勘違いされたら困るから言うけど、私はまだアンタが裏切ったことを許してない」

「う、それは」

 

言い訳などできるはずもない。

確かに今までに自分のした悪事のツケを殆ど清算した。

おかげで自分を恨む者もかなり減ったし、今現在後ろめたいことなんて一切ない。

だがそれでもやはりひとつだけ清算できていないものもある。

それが恋奈との関係だった。

 

「・・・・・・梓、最近長谷の調子はどう?

 あのボンクラのことだからまた余計なことに首突っ込んで怪我とかしてない?」

 

全く脈絡のない話の切り替わりに梓は一瞬戸惑ったが直ぐに返答する。

 

「いえ、自分や辻堂センパイ。皆殺しセンパイが注意してるし怪我もないっす。

 あずや他の不良が負わせた怪我も痕はあるものの殆ど治ってますし」

「そう、良かった」

 

ほっとしたような顔をする恋奈。

明らかにその顔はずっと心配していた様子だ。

 

「長谷センパイが気になるんですか?」

「まぁね。元々アイツが怪我したのは江乃死魔に首を突っ込ませたからだし」

「でも、センパイは危険を承知で首を突っ込んだ自分のせいだって言いそうですよね」

「でしょうね。アイツ絶対人のせいにする事はしないから」

 

何やら長谷大の話になったとたん恋奈は梓の話を普通に聞いてくれるようになった。

それに気づいた梓はそれを利用する事にした。

 

「今回のあずが江乃死魔を手助けをする提案が長谷センパイのお願いだとしたらどうします?」

「・・・・・・」

 

恋奈は梓の言葉を聞いて僅かに目つきを変えた。

 

「受け入れるわ。アイツには借りがあるから」

 

意外な答えに梓は絶句する。

 

「ま、まじっすか。長谷センパイ効果ぱないっす」

 

恋奈に聞こえないように呟いた。

しかし実際入院費やその他もろもろの恋奈の手助けで既に貸し借りなど返済しているし、

何より大自身が貸しを作ったと思っていないため恋奈が気にする必要は全くない。

なのに大の頼みなら受け入れる所を見ると恋奈も大の事を特別扱いしている。

 

「すいません恋奈様、長谷センパイのお願いってのは嘘っす。

 実際は自分が皆殺しセンパイとやり合おうとしてるのすらセンパイは知りません」

 

流石に長谷大の名を勝手に使って恋奈を騙すのは両方に悪い。

二人は梓にとってもう絶対に騙すことはしたくない人物なのだ。

 

「そう、すぐ正直に本当のことを言ったから今のは許してあげる」

 

やさしげに微笑んで梓の手を解く。

そしてそのまま振り返ることなく恋奈は江乃死魔の本拠地へと戻っていった。

その背中を追うことなく、ただただ見送った梓は戸惑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拙い。本気で今の精神状態は拙い。

 

「どうしよう」

 

勿論恋奈様が本心で自分のことを嫌いだと言ったわけではないのはわかってる。

けれど心から好いている人間に正面から好きなわけがないと言われるのは想像以上にきつかった。

 

心の底に鉛以上に重いものが沈み、どんよりとしたネガティブな気分になる。

 

「はい、ホットミルク。まだ熱いから少し冷ましてから飲むといいよ」

「あ、あざっす」

 

自分は恋奈様と別れたあと全速力で走って長谷センパイの家に向かった。

明日は休日だし、まだ寝るには少し早い時間だ。

それでも夜間にお邪魔することが非常識であることには変わりないけれど。

 

なんにせよ、くらい表情をした自分を見て長谷センパイは直ぐに中にあげてくれた。

 

「それで今日はどうしたの? なんか嫌なことでもあったのかな」

「・・・・・・嫌なことというよりは、自分のしたことの重大さを理解したって感じっす」

 

長谷センパイの家にきた理由はなんて事はない、単純に寂しかったからだ。

好いている人に拒絶されて、そこで生まれた虚無感を癒したくてここに来た。

正直ここは一人暮らししている自分のアパートより居心地がいい。

 

「センパイはあずの事好いてくれてますか?」

「うん。俺は乾さんの事好きだよ」

 

二つ返事で答えてくれる。それだけで沈んだ心が暖まる。

普段なら自分が好きかと答えたら言葉を濁すけれど、今日自分が落ち込んでいることを考えて本心を言ってくれたのだろう。

センパイは僅かに照れている。

 

「あずもセンパイの事好いてます。誰よりも何よりも尊敬してますし、ラブってるっすよ」

 

実際のところセンパイは自分のことをラブとライクの間くらいの感情で好いているだろう。

それでも自分のことを好いていることには変わりない。

それだけで満足だ。

 

「センパイ、自分どうやったら恋奈様に――――――」

 

ピンポーンと呼び鈴が鳴る。

自分の言葉をかぶせられて一瞬イラッとくるが、仕方がない。

 

「俺ちょっと出てくるね」

「はい、自分は待ってますから」

 

そう言ってセンパイが立ち上がって部屋を出た。

 

その背中を見送って、僅かな寂しさを感じた自分は程よく冷めたホットミルクを手に取る。

 

「ん、あったかい」

 

温かいカップを両手で包みこみ、手を温める。

同時に口をつけて飲む。

 

甘い、どうやらセンパイはホットミルクに砂糖を入れたらしい。

結構あまったるいけれど好みの味だ。

 

不意に階段の方から音がする。

どうやら客人とセンパイがこちらに来るようだ。

誰だろうか、皆殺しセンパイは基本窓から来るし辻堂センパイは今日はもう帰った後だそうだ。

ならそれ以外。

イマイチわからない。

 

そうだ、いいことを思いついた。

 

立ち上がってセンパイのクローゼットを開く。

このクローゼットは少々特別で、皆殺しセンパイが頻繁に寝ている場所だ。

そのためか長谷センパイは皆殺しセンパイが寝やすいように布団等を敷いている。

自分はそこに隠れることにした。

 

知らない人物が来たらこのまま寝落ちしてもいいし、知ってる人が来たらドッキリを仕掛ければいい。

 

そう思いながらドキドキしながら隠れた。

 

足音はそのまま扉の前まできた。

そのままノブが回され扉が開く。

 

そして入ってきた人物を僅かな隙間から覗いてみる。

 

絶句した。

 

「相変わらずよく片付けてるのね」

「うん。今みたいに来客もよくあるからね、片付けるクセがついちゃったよ」

「来客ね、誰かは想像がつくけど」

 

何故恋奈様がここに来る?

どうやらさっき自分と別れたあと恋奈様もあずと同じようにその足でセンパイの家に来たらしい。

 

いや、違うか。

恋奈様の来ている服が普段なら絶対に着ないやたら女の子している服装だ。

それこそデートとかの日に着るような勝負服に近い。

つまり一回家に戻っておめかししたから自分より大分遅れて来たのか。

 

「座っていいかしら?」

「どうぞ・・・・・・あれ、どこいったんだろ。トイレかな?」

「ん? 何か言った?」

「いや、なんでもないよ」

 

センパイが部屋を見渡す。

どうやらあずがどこに行ったか気にしてるようだ。

少し子供じみた楽しさを覚えながら一緒に持ってきたホットミルクを飲む。

 

「それで今日はどうしたの?

 片瀬さんがこんな時間に来るなんて珍しいよね」

「まあ、そうね。ちょっとアンタに用事というか、聞きたいことというか・・・・・・」

 

はっきり言わない恋奈様。

長谷センパイも普段と違う恋奈様の様子に気づいたのか、急く様子はない。

 

「別に明日は休みだし急いで言う必要はないよ。

 俺はコーヒーでも淹れてくるから少しくつろいでいてよ」

「う、うん。わかった」

 

大人しくうなづく。

それをみて優しげに微笑んだあと長谷センパイは一階へ降りていった。

そして残される恋奈様。

 

「・・・・・・」

 

落ち着かないらしい。すごくわかりやすくソワソワしてる。

正座していた足を崩してセンパイの部屋をキョロキョロして見回している。

 

何周か視線を移したあと、恋奈様は何か気になるものを見つけたらしい、それを手にするために立ち上がる。

 

その物を手にして呟く恋奈様

 

「このリュックは由比浜の・・・・・・間違いなく梓のね。

 このキーホールダーとか見覚えがあるし」

 

しまった。

持ってくるべきものはミルクではなくリュックだった。

 

恐らく恋奈様はこの家に自分がいるか、もしくはさっきまで居たのかを考えているだろう。

 

恋奈様は僅かに考えるような顔をした後、ゆっくりとリュックを下ろした。

 

「ったく、随分汚しちゃって。砂とかついてんじゃないの」

 

そう言いながら恋奈様はポケットからハンカチを出し、あずのリュックの汚れを拭き取った。

今の恋奈様の顔はどこか優しげだ。

それこそセンパイがあずを見る目と同じ質の。

 

・・・・・・本当に自分は馬鹿なことをした。

ここまで自分を好いてくれている人を裏切り続けていたなどと。

今過去の自分に会えるなら迷わず鉄拳制裁をくれてやりたい。

 

「れ、恋奈さ―――――」

「お待たせ片瀬さん。ほら、ミルクと砂糖たっぷりのお子様コーヒーだよ。

 もうミルク入れすぎて実質カフェオレだよこれ、はは」

「アンタもしかして私バカにしてるでしょ」

「そのような事があろうはずがございません」

 

慇懃無礼にかしこまり、長谷センパイは丁寧な手つきでテーブルにカフェオレをおいた。

一応自分の分も持ってきているらしい、長谷センパイは自分の分のコーヒーを口にする。

 

恋奈様もそれを見たあとカフェオレを口にした。

 

「美味しい・・・・・・」

「それはよかった」

 

嬉しそうに笑う。

それを見て恋奈様は僅かに照れたように頬を赤らめて目を逸らした。

 

「か、カフェオレなんて誰だって作れるんだから調子に乗らないでよね!」

「せやな」

 

せやろか?

 

「そこは言い返しなさいよ! いつもみたいにはいはいツンデレとか!」

「え、今のフリだったの。いつも通りのツンデレで面白いなぁって思ってたんだけど」

「いつもはツンデレしてないわよ!

 大体美味しいカフェオレが誰にでも作れるわけないでしょうが!」

「自分で自分の発言撤回しちゃったよ」

 

どうやら長谷センパイの空気に恋奈様はペースを乱されているようだ。

自分や辻堂センパイ、皆殺しセンパイは長谷センパイと一緒にいるとやたらお色気な空気になることが多いが、恋奈様はやたらコメディー。

まぁ恋奈様は本質的にはヤンキーでないから長谷センパイのフェロモンにひっかからずそういう空気になりにくいのだろう。

 

その後も長谷センパイと恋奈様は漫才のようなテンションを維持したままバカ話を繰り広げ続けた。

懐かしいなぁ、この空気。

江乃死魔にいた頃はこんなふうに自分やティアラさん。ハナちゃんセンパイとこんな風に笑ってた。

けれど今その江乃死魔の中に自分の姿はない。

 

壊したのは自分だ。自分がその居場所の大切さを蔑ろにして壊した。

だからこそ、失って始めてあの頃の楽しさを思い知った。

 

「ったく、アンタと話してると毎回毎回本当に疲れるわ」

 

恋奈様は疲れたように大きくため息を吐く。

 

「俺は片瀬さんと話してると楽しいけどね。

 こうやってバカ話できるのは姉ちゃん以外に片瀬さんだけな気がする」

 

確かに、辻堂センパイとは恋人のような空気。

自分や皆殺しセンパイとはアットホームな感じか色っぽい空気。

対して恋奈様はそうではなく内心をぶつけ合う仲な空気がある。

 

「・・・・・・まぁ、アンタと話してると私も本音や本性丸出しにしてる気がするけど」

 

気がするのではなく実際に丸出しである。

 

そこでふと、恋奈様はあずのリュックを見た。

それを寂しげに見つめ、何か物憂げにする。

 

「長谷、今日来た理由だけど。

 実はアンタに相談したいことがあるの」

「ふむ、本日二度目の相談か・・・・・・」

 

長谷センパイがぼそりと呟く。

あまりに声が小さすぎて多分恋奈様には聞こえていない。

自分もセンパイの唇の動きがわかる角度だからこそ唇の動きからわかった。

 

「うん、ほかでもない片瀬さんの相談だ。

 受けない理由がない、俺でよければ力になるよ」

 

満面の笑みで答え、応える。

その言葉を選ぶことに一切の迷いもないようだ。

相変わらずお人好しな人で笑ってしまう。

だから好きになった。

 

恋奈様もその言葉に嬉しさを感じたのだろう。

僅かにはにかむ。

 

「そ、それじゃあさっさと本題に入るわ」

 

コホンと咳払いをし、スイッチを切り替える恋奈様。

 

「あのさ、その・・・・・・私仲直りしたい奴がいるんだけど、そいつの前に立つと素直になれないのよ。

 これってどうすればいいと思う?」

「ツンデレやめりゃいいんじゃないかな」

 

ですね。

 

「真面目にきけや!」

「痛いです!」

 

脳天にゲンコツを落とされたらしい。

頭をおさえてうずくまる姿が痛々しい。

 

「で、でもさ。それって片瀬さんの心の持ちようしか解決手段無いじゃん。

 俺がどうこうしようたって・・・・・・ん?」

 

不意に言葉を止める。

何か思いついたことがあるらしい。

真剣に考える長谷センパイの顔も素敵っす。

 

「片瀬さんってつまり乾さんと仲直りしたいんだよね?」

「う゛。ま、まぁ否定はしないけど、せっかく濁して言ったのに台無しじゃない」

 

・・・・・・恋奈様も可愛いなぁ。

仲直りしたいのに自分の前だと素直になれずつっけんどんな態度とってしまうとか。

 

「そう。じゃあちょっと幾つか質問するけど構わないかな?」

「えぇ。答えれることなら答えてあげるわ」

「それじゃあ一つ目の質問。

 もう乾さんが江乃死魔裏切ってた事を気にしてないの?」

「気にしてるに決まってるじゃない」

 

何を言っているのかという様な口ぶりである。

 

「江乃死魔結成当初から居て、私があれだけ信頼してて、最後まで信用してたのよ。

 それなのにあのバカは・・・・・・っ!」

 

右手を握る。

今にもテーブルに拳を叩き落としそうな激怒具合だ。

 

「江乃死魔の部下共の7割以上を私に無断で子飼いにしてカツアゲ三昧。

 喧嘩になれば辻堂とまともにやりあえる実力を持ちながら最後まで爪を隠してた。

 挙げ句の果てには罪をばらされて逆ギレして江乃死魔を潰そうとした。

 こんなマネされて気にしないわけないでしょうが!」

 

激怒した恋奈様は右手を振りかぶる。

だがそれを叩き落とすにもここは長谷センパイの家だ。

まさか器物破損するわけにもいかない。

恋奈様は歯がゆそうにゆっくり手をおろした。

 

「ごめん、アンタは何も悪くないのに怒鳴ったりして。

 むしろ私の手助けになってくれたっていうのに・・・・・・」

「いや、いいよ。溜まってるものがあるならむしろここで吐き出して欲しい」

 

そう言って長谷センパイは恋奈様に笑いかける。

恋奈様も長谷センパイのその反応に毒気をぬかれたような顔をする。

 

「それじゃあ次の質問だ。

 それだけ憎んでるのになんで仲直りしようと思えるの?」

 

言いにくいことを平然と質問する。

 

「それでも、それでも梓は私にとって大切な友人であり味方だからよ」

 

憮然として、一切の迷いなく答えを返す。

 

「片瀬さんを裏切って、騙し続けてきた乾さんが味方なの?」

「そうよ。あんな大馬鹿だけど、けど私は梓がいないと落ち着かないの。

 今日だってそう、いつもの江乃死魔の集会だって別に梓一人消えたところで何も変わらず通常運転。

 けど私にはいつも通りには思えない」

 

恋奈様の言葉を聞いて歯を食いしばる。

自分のした事を誰が責め立てているわけではない。

なのに恋奈様の独白は馬鹿な自分の胸を強くかき乱す。

 

「ティアラ達とバカやって、笑い合って、いつも通り喧嘩しててもそこに梓の姿がない。

 私にはそれが何よりも落ち着かないの。だから私はあの子を連れ戻したい。

 何よりも梓が辻堂軍団の奴らと一緒にいるのが頭にくる。

 この気持ちは味方意識じゃないの?」

 

饒舌に語る恋奈様に長谷センパイは少し困っている。

 

「片瀬さん、はっきり言っていいかな?」

「なによ」

「難しく考えすぎ」

 

コーヒーを少し飲み、不意に真面目な顔をして恋奈様の目を真っ直ぐみるセンパイ。

 

「仲間意識とか友人とか。そういう事を気にする必要はないと思う。

 ただ単純にシンプルな答えがあるじゃない。片瀬さんは乾さんの事が好きだっていう」

「私が梓のことを好き?」

 

首をかしげる恋奈様。

 

「うん。例えばさ、愛の形には色々なものがあるよね。

 親愛、友愛、自愛、情愛、溺愛・・・・・・だそうと思えばまだまだある」

 

恋奈様は口を挟まず黙って聞く。

 

「でもそれは総じて愛情からくるものだ。起源が一緒なら一々別けて考えるような面倒くさい真似をする必要はないんだ。

 親が子を愛する、即ち愛情。俺が親友を愛する、それも愛情、俺が愛さんを愛する、これも愛情だ」

「回りくどい言い方しないで、はっきり結論を言って」

「わかった。じゃあはっきり言う。

 乾さんと仲直りしたいというのなら一々建前を作らなくていいんだと俺は言いたい」

 

その言葉を聞いて恋奈様は片眉を上げた。

 

「昔の関係に戻りたいから、寂しいから、仲間だったから、友達だったから。

 そんな建前を作るから素直になれないんだ。

 はっきり言えばいいじゃないか、乾さんに好きだって」

「す、好きってアンタ・・・・・・」

 

顔を赤らめている。

恋奈様はどうやらあまりにもストレートすぎるセンパイの言葉に逆に照れたようだ。

 

「次の質問だ。好きなんでしょ、乾さんのこと?」

「う、うぅ」

 

言いよどむ恋奈様。

明らかに恥ずかしがっている。

 

「どうなの、好きじゃないの?」

「ううぅぅぅぅぅう~~~」

 

頭を抱えて唸る。

いつまでたっても肯定も否定もしない恋奈様に長谷センパイは催促する。

 

「ハリーハリーハリー! 時は金なり!

 あんまりウダウダグジグジしてると乾さんと仲直りするタイミングが逃れるかもしれないよ!」

「うっさいバカ! 好きよ! 大好きよ!

 あのチャラい癖に私を恋奈様と呼び慕ってくるところとか、単純に見た目だって可愛いし!

 アイツが裏切ったあとだって全然嫌いになれないくらい好きよ!」

「だってさ乾さん!」

 

固まる自分と恋奈様。

 

「「はいぃ!?」」

 

びっくりした。

長谷センパイが明らかにこちらを向いて叫んだ。

いつから気付いていたのか。

 

「押し入れに隠れてるんでしょ。

 盗み聞きしたことは怒らないから大人しく出てきなさい」

「・・・・・・はい」

 

バレている上にセンパイの命令じゃ逆らえる筈もない。

居心地の悪い空気を感じながらも押入れから出る。

 

そしてそのまま恐る恐る恋奈様と対面する形でセンパイの横に座る。

 

「あ、あわわわわわわわわわわ」

 

恋奈様が目に見えてテンパっている。

顔を真っ赤にして、目はぐるぐるだ。

このままブッ倒れてもおかしくない程。

 

「乾さんはさ、片瀬さんの事好き?」

「はい。大好きっす」

 

迷いなく断言する。

 

「ちょ、梓」

「恋奈様、自分は江乃死魔抜けたあと色々考えました。

 自分のしたこと、恋奈様の事、今後のこと」

 

長谷センパイはもう自分の役目は終えたとばかりに口を閉ざした。

そのままあず達に全てを任せるようにコーヒーを飲んでいる。

 

「カツアゲしてた頃の後始末は辻堂センパイとの喧嘩で全部償った気になってました。

 辻堂センパイに散々殴られて、あとは晴れて何の憂いもない生活になるって。

 でも、そんな事はなかったっす」

 

目を伏せる。

 

「辻堂センパイの舎弟になって、長谷センパイ達と笑い合って。

 楽しい毎日なはずなのにどこか物足りなくて寂しかった」

 

その原因はもうわかりきっている。

 

「自分は江乃死魔抜けても恋奈様と一緒にいたいっす。

 またティアラさんやハナちゃんセンパイ達とバカやりたいっす」

 

自分は結局あの喧嘩のあとでも強欲なのは変わらなかったらしい。

今だって最高に幸せなはずなのに、それでもまだ何かを求めている。

 

「梓、それは江乃死魔に戻りたいって事?」

 

恋奈様は僅かな希望を込めた目であずを見る。

 

「それは違います。自分が辻堂軍団抜けるときは不良やめる時っす。

 もうあずが江乃死魔に戻る事はありません」

「・・・・・・そう」

 

はっきりと言う。

その言葉に恋奈様は目に見えて落ち込む。

 

「でも、それでもあずは恋奈様達が好きっす。

 昔のように江乃死魔でバカやることはもうできなくとも、それでもあずは恋奈様達とまた遊んだりしたいです」

 

これが本心だ。

 

「梓、ひとつだけ訊いていい?」

「はい」

 

何か、思いつめるような顔をしてる恋奈様。

果たして何を悩んでいるのか。

 

「梓、アンタは江乃死魔を抜けたこと。私を裏切ったことを後悔してる?」

「してます。今までの何よりも後悔してます」

 

即答する。

あずのその答えを恋奈様は反芻する。

そして瞳をとじ一分ほど恋奈様は考え込んだ。

 

「梓、明日暇かしら?」

「え?」

「聞こえなかった? 明日予定は空いているかって訊いてるの」

 

一体いきなり何を言い出すのか。

訳が分からず戸惑う。

 

「あ、明日はセンパイと――――」

「確か乾さん明日は暇だってぼやいてたよね」

 

言い切る前にセンパイが横から割り込んだ。

何を言うのか。

明日は一週間前から決めていたあずと辻堂センパイとあずがショッピングに行く日ではないか。

 

「そ、じゃあ梓。明日は私の用事に付き合いなさい」

「うえぇ!? ちょ、用事ってなんすか!?」

「・・・・・・買い物よ」

 

プイっと目をそらして呟く。

え、つまりそれって一緒に遊びましょう的な?

 

恋奈様可愛い。

 

「行きます。絶対行きます」

「そう、それじゃあ予定でも決めましょうか」

「・・・・・・一応聞いておくけどどこで予定決める気なの片瀬さん」

「ここで、ついでにアンタも明日は荷物持ちで強制的に行くことになってるから」

「なぜに」

 

相変わらず二人が会話をすれば妙に面白い。

 

何だろう。

長谷センパイと一緒にいるといつも思うことがある。

彼と関わってからの自分の人生が妙に調子よく進んでいるんじゃないかと。

 

あやふやだった将来像も、不満だらけだった今現在も何もかもが満たされていく。

 

「センパイ、初めからあずが覗いてるのわかってて恋奈様に質問攻めしたんすか?」

 

恋奈様に気づかれないように耳打ちする。

それを聞いたセンパイは黙って軽くうなづいた。

 

「しょっちゅう俺の気づかないうちにマキさんが寝てたりするからね。

 押入れ限定で気配に敏感になってるんだ。

 一回マキさんいるの気づかずアレし始めて見られてた事があってから特に気をつけてるんだ・・・・・・」

 

哀愁ただよう男の背中だった。

その時のことを想像するだけで哀れすぎる。

 

「何にせよ、二人の仲も取り持てて良かった。

 ところでさ、乾さんの相談ってなんだったの?」

 

今更すぎるその質問に笑ってしまう。

 

「もう解決しました。ありがとうございます長谷センパイ」

 

そういって長谷センパイの肩を掴んで引き寄せる。

 

「え、なにを」

 

慌てる長谷センパイを抱きしめて、横顔にキスをした。

その後、慌てるセンパイとあずの行為に嫉妬した恋奈様とでひと悶着あったが、それすら楽しかった。

また自分は恋奈様と一緒にいられる。

これほど嬉しいことはそうない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくのデートが」

「ごめんね愛さん。本当にごめん」

 

当日、結局俺と愛さんのデートはめちゃくちゃになった。

 

「これも恋奈様によく似合うんじゃないっすかね。

 う、胸のサイズが合ってない・・・・・・主に胸囲的に」

「ぶち殺すぞ」

 

見ればおしゃれな服屋で買い物を楽しんでいる乾さんと片瀬さん。

愛さんはブスっとした顔で俺と一緒に店の中がよく見えるベンチに座っている。

 

「なあ大、アイツ等放って二人でどっか行こうぜ」

 

愛さんが希望に満ちた顔で提案してくる。

が、駄目。

 

「こんなに荷物押し付けられてるからね、流石にこれ置いて行けないよ」

「・・・・・・せっかくのデートが」

 

愛さんがまたもや不貞腐れた。

口を尖らせてブーたれる。

 

「センパーイ、こんなのあずに似合うと思います?」

 

乾さんが凄いエロイ下着を見せてきた。

似合うと思う、スタイルも見た目もいい乾さんならきっと着こなせるだろう。

 

「・・・・・・ど、どうかな」

 

流石に愛さんの横で肯定する勇気は俺にはなかった。

目をそらして答える。

それを見て乾さんは俺の本心を見抜いたようだ。

 

「じゃあ今度これ着て夜這いかけますね」

「いい加減にしろ!」

 

愛さんがついにブチ切れて立ち上がる。

だが乾さんは動じることもなく、むしろ悪そうな顔をして愛さんに詰め寄る。

 

「辻堂センパイに似合いそうなのも見繕ってますよ。

 きっとあれを着れば長谷センパイももっとケダモノになるんじゃないかってくらいっす」

「まじか」

 

俺に聞こえないように愛さんに耳打ちしてる。

だが普通に聞こえた。

 

愛さんはその言葉に怒りを収めてむしろソワソワし始める。

 

「ひ、大。アタシもちょっと見てくる」

「うん。ごゆっくり」

 

そう言って愛さんは乾さんと一緒に店の奥に向かっていった。

何を買うのかは想像つくけど深くは考えないことにする。

きっと何を買ったかはその・・・・・・近いうちに夜わかることになりそうだし。

 

そのまま誰も横にいなくなり退屈する。

 

「隣、いいかしら?」

「ん、どうぞ」

 

先ほど愛さんがいた所に片瀬さんが座る。

 

「居心地悪そうね」

「だってここ女性服に力入れすぎて男物少ないからなぁ」

 

早々に見るものがなくなった。

 

「そう、それじゃあ次は長谷が向かう場所を決めなさいよ。

 そこに付き合ってあげる」

「いや、それはいいよ。今日は乾さんと片瀬さんが行きたい場所を決めるといい。

 愛さんには悪いけど俺はそれに付き合うよ」

 

愛さんには後日埋め合わせをしてあげなければ。

見れば今だって乾さんと何やら楽しそうに下着選んでるけど。

 

「あ、あのさ長谷」

 

やけに上擦った声で俺に話しかけてくる。

俺はそれを黙って聞く。

 

「昨日の事、ありがとね」

 

そう言って片瀬さんは俺に持ってきてた手提げを渡した。

その手提げを持って俺は首をかしげる。

 

「これは?」

「中を直接みなさいよ」

 

言われた通りにする。

俺は手提げを広げて中を確認。

パッと見たところ、白くてでかい上着的なものが入っている。

 

何だろうと丁寧にたたまれたソレを色々調べると、気になる刺繍を見つけた。

 

「これって江乃死魔の特攻服じゃ」

 

服の背中の部分に大きく『江乃死魔』の文字が縫われていた。

 

「ええ、そうよ。これをアンタに受け取って欲しいの」

 

何故特攻服なのか。

その意図を汲み取れず俺は戸惑う。

 

「別に長谷に江乃死魔入れって勧誘してるわけじゃないから安心して。

 これは単純に私の気持ちの問題なの」

「気持ちの問題?」

 

どういう事なのだろう。

その鈍い俺に片瀬さんは僅かに苦笑する。

 

「アンタは前にも、昨日だって私の力になってくれた。

 私にとって長谷大という男はもう他人じゃない、仲間なの。

 だからこれを受け取って欲しい」

 

つまりこの特攻服は片瀬さんの気持ちを形にしたものという事か。

片瀬さん個人が友達に、仲間になってほしいという。

 

俺はその言葉と気持ちに頷いて、手提げを膝の上に置く。

 

「ありがとう片瀬さん。ありがたく頂くよ」

 

きっとこの特攻服を着ることはないだろう。

けれどこれを大切にしようと思う。

紛れもなくこの服は俺たちの気持ちとイコールの存在なのだから。

 

片瀬さんは俺の言葉を聞くやいなや、パァっと顔を輝かせる。

 

「ねぇ、長谷。もう一度聞くけど江乃死魔入らない?

 勿論喧嘩なんてしなくていいし私の手伝いしてくれるだけでいいからさ」

 

恒例行事となった勧誘だ。

 

「ごめんね。ちょっとそれは無理かな」

「そ、残念」

 

本当に残念そうにする。

 

けど片瀬さんは直ぐに表情を変えて俺を再び見た。

 

「長谷、以前私が言ったことを訂正させて」

「訂正って何をさ?」

「ヤンキーですらないツッパるものすら持たないアンタに何がわかるって前に言ったわよね、私。

 あの事を訂正させて欲しいの」

 

ああ、そう言えば乾さんの件で俺が首を突っ込む際に片瀬さんに言われた記憶がある。

片瀬さんはその言葉をずっと気にしていたのか、申し訳なさそうにしている。

 

「アンタはアンタなりに芯がある。長谷大という男と一緒に居るたびにその事がわかった。

 だからあの時の言葉は間違っていたの」

 

そういって片瀬さんは真っ直ぐ、何の迷いもない表情で俺を見た。

 

「芯があるから他人が寄りかかってもアンタは支えてあげられる。

 梓や腰越、辻堂や私。どれもが生半可な芯じゃ支えきれる筈がないの」

 

芯がある。

そう言われたのは初めてだ。

 

「だから言い直すわ。私の力になってくれてありがとう。

 アンタの頼みなら何だって力を貸してあげたい程に私はアンタに感謝してる」

 

その言葉に俺は言葉を返せない。

まさかここまで濁りのない感謝の気持ちを渡されるとは思わなかった。

想定外の言葉だったため上手く言葉を返せない。

 

どうやって彼女に言葉を返そうか頭を回転させていると

 

「何長谷センパイといい雰囲気になってんすか恋奈様」

「ちっ、お邪魔虫が」

「ひどっ。せっかく仲直りしたのにそりゃないっすよ」

 

半泣きで片瀬さんに泣きつく乾さん。

相変わらずな二人で笑いがこみ上げる。

 

「えぇいもうもう少しだったのに・・・・・・長谷っ、こっち向きなさい!」

 

いきなりの呼び出しで驚きながらもその声に応えた。

 

片瀬さんの方を振り向いた瞬間、俺はその片瀬さん本人に両頬を掴まれる。

 

「え、ちょ」

「黙ってなさい」

 

そのまま先日、乾さんがキスした頬に軽くキスをされた。

その時間はとてつもなく短く、殆ど一瞬のことだった。

 

唇を俺の頬から放すと片瀬さんは顔を真っ赤にして俺を挑戦的に睨みつける。

 

「い、今のは感謝の気持ちだから! 別に他の含みはないから!」

「あ、片瀬さん待って」

 

言うだけ言って逃げていった。

 

「ツンデレっすねー」

 

横でしみじみした顔で呟く乾さんがいた。

 

その日から、妙に片瀬さんは俺の家にカフェオレを飲みに来るようになった。

 

 


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