辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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21話:ブラックハーテッド乾梓

今回の話は今後の話とはそれ程強い繋がりがない。

けれど決して関係がないということもない。

詰まるところ、なんの変哲もない日常の一ページとなる。

 

だからこそその内容には意味はない。

けれど価値がないわけではない。

 

自分の意思ではないものの辻堂軍団に入った乾梓。

彼女は長谷大のいない時はどのようにしているのか。

 

普段長谷大のまえでは良い子している彼女の違う一面を追っていきたい。

 

 

 

乾梓の華麗なる一日

 

 

 

 

 

 

 

「久々に辻堂集会来たとおもったらなんすかこのダサいジャージ。

 しかもこのご時世にブルマって・・・・・・ありえねー」

「体育の授業っていったらブルマ履いてこそやろうが!」

「意味分かんねぇし」

 

元々別の学園に自分はあまり稲村学園に侵入することはできない。

そのため必然的に辻堂集会に参加する事も少なくなる。

けれど今回は自分に用事があるらしく、事前に長谷センパイからメールが来た。

 

センパイに呼ばれたため飛んできたのだが、そのお姿がない所を考えるに本当にメッセンジャー扱いだったのだろう。

選択は正しい。

長谷センパイか辻堂センパイにでも呼ばれない限りこんなどうでもいい連中とつるむ気もないし。

 

ただ、センパイと会えると思って急いで来たぶん落胆も大きかった。

 

「で、なんすかこれ。

 いきなりこんなの渡されてもワケわかんねーんだけど」

 

今回の辻堂集会で集まったメンバーは長谷センパイと辻堂センパイ以外全員らしい。

長谷センパイがいないのならさっさと切り上げて欲しい所だ。

 

興味のない態度を隠さない自分の態度に周りが少し困った顔をする。

しかしこれだけ不良がいれば中にはイキがいいのもいた。

 

「てめぇ、新参の癖に態度でけぇんじゃねーのか?」

 

さっきから座ってたバカ女が威勢良く立ち上がってこっちに来た。

また面倒なのが絡んできた。

ため息が出る。

 

「知るかよ、こっちだってわざわざ家から遠い所へ来てんだよ。

 だっつーのに来てみれば何だこれ、ふざけてんのか?」

 

人を呼び寄せておいて、中身のないだべりを始めたと思ったらこの体操服である。

はっきりいって全員血祭りにあげてやろうかと思う。

 

「ふざけてんのはテメーだろうが、話くらい最後まできけやタコ」

 

その言葉に僅かに苛立つ。

一瞬ボコボコにしてやろうかと手が動く。

 

「やめたまえ、その手を上げたら我々も相応の対応をする事になる」

 

中には理性的な奴もいるらしい。

手を出す前に言葉で止められた。

 

その言葉に僅かだが頭が冷えた。

シラけたともいうが、何にせよ上げかけた手を下ろす。

 

「ちっ、わかりましたよ。じゃあさっさと本題入って欲しいっすね。

 こっちだって暇じゃないんで」

「そうそう、それが賢い選択やで」

「このボキャーーーー! 最初からそうやって大人しくしとりゃ良いんだよだりゃぁー!」

 

後で最後の奴シメる。

 

 

 

 

 

 

 

「えぇー、これ自分が着るんっすか」

「しゃーないやろ、流石に私服や由比浜の制服でウチの学園入れへんし」

 

まあそうだ。

今回だって柵を越えて細心の注意を払ってここに来た。

だからこそここに来るときはこれを着たらいいという彼らの対応なのだろうけど。

 

「どうみてもこれサイズあってないじゃん」

 

着なくてもわかるほどサイズが合っていない。

身長はそれ程でもないのだが、胸囲が圧倒的に足りない。

まぁ自分の胸は同年代でもトップにでかいから大抵のが合うはずないのだけど。

 

「これ誰のっすか?」

「オレんだよ。文句あっか」

「うえぇー、常識的に考えろよアンタ」

「どういうことだよ!」

 

どういうこともクソもないだろうこれ。

どうすんだよマジで。

こんなの着たら胸の所が張り裂けるんじゃないのか。

 

「センパイ方も普通気づくでしょこのサイズの差。

 どうして止めなかったんすか」

 

攻めるように見ると男どもは全員目をそらす。

対して女性達は全員同情するようにこちらを見た。

つまりこの体操服のサイズミスは男どもの故意だったというわけだ。

 

「アンタら、どういうつもりっすか。

 こんなちんちくりんなサイズのをあずに着せて笑いものにでもするつもりかよ」

「ち、ちんちくりん!? オレちんちくりん体型なの!?」

 

流石に苛立った。

どいつがこんな舐めた事を考えたのか特定しようとするが無理そうだ。

下手すりゃ男ども全員ということも有りうる。

 

・・・・・・全員ぶちのめせばいいのではなだろうか。

一瞬そう考えたがそれをしてしまえば確実に辻堂センパイの逆鱗に触れるし、

長谷センパイにも伝わるだろう。

それは拙い。かなり拙い。

 

「ふふ、焦れているようねあずにゃん」

 

無関心を決め込んでいた女性陣から一人こちらに話しかけて来るのが現れた。

名前は知らないし興味もない。

軍団員Fでいいや。

 

「自分に何か言いたいことでもあるんですか?」

 

実の所今日は機嫌の悪い日だ。

特に何か理由があるわけでもなく、単純にむしゃくしゃする。

だからこそ普段より高圧的な態度になってしまう。

 

だがこの軍団員Fさんはどうやら比較的おとなしいというより冷静らしい

こちらの態度を気に求めず鞄から何かを投げてきた。

 

受け止めたモノを見れば先ほどと同じ体操服。

ただ今回のはサイズが違っていた。

 

「あ、さっきのよりはマシっすね」

「(くちゃくちゃ)それやるから機嫌なおせよ」

 

普段からガムをかんでいる・・・・・・えぇと、軍団員Dさんは自分を宥めてきた。

はて、見たところこの体操服のサイズはまだあずにとっての適正サイズではないものの

他の女性陣が切るにしては少々オーバーサイズだ。

誰のだろうと考える。

 

「あ~、それ愛さんの使ってた奴なのよ」

「え、これ辻堂センパイのお下がりなんっすか?」

「えぇ。ほら、少し破れているでしょう?

 愛さんの所は愛さんもその母親も裁縫ができないから新しいのを最近買ったみたいなの」

 

なるほど。

辻堂センパイの前では口が裂けても言えないけれどまだ胸がキツキツだ。

しかし身長やウエストとヒップは殆ど一緒なためかなりマシである。

 

「こらバカ! それオレの宝物じゃねーか!」

「うわぁ、人が捨てたものを拾って宝物にしてるってまじ無いわね・・・・・・」

「ドン引きやわ」

「うっせー!」

 

軍団員の会話を考えるに、

新しい服を買ったときに交換で捨てられたこの体操着をこのバカ女が拾って大切に持っていたのだろう。

 

まぁ、別に・・・・・・うん。

自分も最近センパイがサイズ合わなくなって捨てようとしたジャージを無理言って頂戴しましたし。

それ毎日寝巻きにしてるからあまりバカにできない。

 

「(くちゃくちゃ)一応ちゃんと胸が入るか見ておいたほうが良くね?」

「そうね。乾さん、着てみてくれるかしら?」

「うぇ、ここでっすか?」

「ここ以外にどこがあるのかしら」

 

いや、流石に長谷センパイ以外の男の前で着替えるなどまっぴらゴメンだ。

 

「ほら男子達、鼻息荒くしてないでさっさとここから出て行きなさい」

 

自分の焦りは無駄だったらしい。

軍団員Fが手際よく野郎どもを部屋の外へ蹴り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはヤバイわね」

「うん、これはちょい拙いね」

 

二人の言う通りヤバイ。

やっぱり胸がパツパツだ。

 

ブラの柄が余裕でわかるくらいに伸びきっており、そのせいで裾が上がってヘソ丸出しになってる。

こんなので校内なんてうろついた日には他校の制服より視線が集まるだろう。

 

「ダメね。あずにゃん

 次回来た時にはちゃんと適したサイズのを用意しておくから今回は手ぶらで帰って頂いても?」

「むしろそうして下さい」

 

そう言って着替え直す。

 

キツキツの上と、適正サイズのブルマを脱いで下着姿になった。

この時に二人の女性から胸に視線が集まる。

 

「何食ったらそこまでデカく成長すんだろうね」

 

知らねーっすよ。

不摂生な食生活しててもどんどんでかくなりましたし。

 

取り敢えず視線は無視して再び着慣れた由比浜の制服を装着。

うん、やはり服は適正なサイズでないと駄目だ。

胸が押し付けられて息苦しいことこの上ない。

 

窮屈さから解放され、脱いだ体操服を畳んで返そうとする。

だが、それを手渡そうとするときに良い事をひらめいた。

 

「すいません、これやっぱ自分に頂けませんか?」

「それはどうしてかしら?」

 

聞いて欲しくはなかった。

ノーブラでこれを来て長谷センパイを悩殺しようと思ったなどと言えるはずもない。

けれど良い嘘も思い浮かばない。

諦めようかと一瞬思う。

 

「まぁ別にいいわよ。理由も聞かないでおいてあげるわ、ただし一つ条件がある」

「一応聞かせてもらうっす」

 

何やら交渉を仕掛けてきた。

内容によっては受けてもいいけれど。

 

「貴女の逃げぐせは正直目に余っているの。

 だから今後、こちらからふっかけたモノ以外の喧嘩からは逃げずに一緒に戦う事。

 それができるならこれを差し上げましょう」

 

ふむ。

少し考える。

 

もしかしてこれ悪くない条件かもしれない。

 

実の所辻堂軍団の方から喧嘩を売ることは多いけれど、逆に辻堂軍団に喧嘩を売る連中は少ない。

基本的に辻堂軍団に喧嘩を売るバカはイコール辻堂センパイに喧嘩を売っているのだ。

 

つまり必然的に辻堂センパイと一緒にする喧嘩になるからむしろかなり安全なのではないだろうか。

 

「乗ったっす」

「オーケー、それじゃあこれをどうぞ」

 

互いに打算があるが、とりあえずは体操着をゲット。

今夜は金曜日でもないただの平日だから長谷センパイの家にいってもすぐ変えることになる。

日を改めて今度、それこそ翌日が休みの日に迫ってみよう。

既成事実ができれば御の字だ。

 

 

 

 

 

「まだやろか、廊下いい加減寒いんやけど」

「だぁっとれい! 口にすると余計寒いやろがい!」

「見える、私にも中が見えるぞララァ」

 

廊下の方では男連中が寒差にこらえて震え上がっていた。

 

「何でオレまで追い出されたの?」

 

久美子は一人寒さとは別の理由で震えて泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別にいいですって、自分持ち合わせには余裕あるっすから」

「遠慮する事はない。我々は紳士なセンパイとして君におごりたいのだから」

「(くちゃくちゃ)要するに格好つけたいだけっしょ」

「男ってのはそういうもんや」

 

辻堂集会はあの後直ぐに終わった。

どうも集会自体の目的が自分にこの体操着を渡すのが主目標だったらしく、

それ以外の内容は最近の江乃死魔といった大きいグループの動きを報告する程度。

特に実のある内容ではなかった。

 

無駄足だったかと来たことを後悔していると、集会終了後に全員で某大規模ハンバーガーチェーン店に行くことに。

さっさと帰りたかった自分は勘弁して欲しかったのだが、親切心でおごると言ってきかない先輩方を立てる羽目に。

全くもって面倒くさい。

 

「でさ、あずにゃんって60秒サービスどう思うよ。

 前に私が行った時とかグシャグシャのテリヤキだされて店員にダブルラリアットしそうになったわ」

 

そんなことをしたら警察署までデリバリーサービスされるだろ。

 

「別に、速さを気にするのは悪いことじゃないんじゃないっすか。

 嫌なら買わなきゃいいだけですし」

「あずにゃん何か興味なさそうやな」

「実際興味ねーっすもん。あそこ友人の付き合い以外で滅多にいきませんし」

 

大体なんでそれだけ文句あるのに今回も行こうとするのか。

反省してないのか、それともぐしゃぐしゃのを出されても食べたいと思うほどジャンキーなのか。

なんにせよ理解に苦しむ。

 

「なんやろな、あずにゃんってさ・・・・・・」

「なんすか、はっきり言ってくださいよ」

 

もったいぶった言い方をするセンパイにイラついた。

普段なら特に何とも思わないのだけれど今日みたいな苛々する日はこういう些細なことすら過剰反応してしまう。

 

「シーヒロや愛さんいない時性格全然違うよねって言いたいんでしょ」

 

いつまでも口を開かない男に苛立っていると横から代弁が。

 

なるほど。

確かにそうかもしれない。

 

「そりゃそうっすよ、だって自分あのお二人と恋奈様は尊敬してますもん」

 

はっきり言えば自分の好きな人間は自分にとって利用しやすく、かつ有能なヤツ。

いわゆる『便利なやつ』だ。

対して嫌いなのは『使えないやつ』。

その例外として損得を超越した所にその三人がいる。

勿論その頂点は長谷センパイだ。

 

「んだよ。じゃあオレ達の事どう思ってんだ?」

 

何やら食いついてきたバカ女。

 

「どうでもいい人達ってとこですね。

 別に好きでも嫌いでもないっすよ」

「それって地味にひどいわね」

 

実際本当にどうでもいい。

江乃死魔にいた頃は周りを油断させたりするためにある程度愛想も振りまいていたが、

本性がバレてしまった以上その必要もない。

 

「と、話してるうちに着いちまったか。

 ほら、入んぞ」

 

いちいちこのバカ女が仕切るのがどうにも気に食わない。

一度シメてやろうか。

あ~、でも長谷センパイがこいつと結構仲いいらしいし、迂闊なことをしたらセンパイにばれそうだ。

どうしてセンパイはこうも不良に懐かれるのか。

自分は甘えさせてくれる所が特に好きなのだけど、辻堂センパイや皆殺しセンパイはまた違う理由だろう。

恋奈様もやっぱり気に入ってるみたいだし、ライバルは多い。

 

「おい、何やってんだよ。さっさと入れって言ってんだろ」

「はいはい聞こえてますよ」

「けっ、可愛げのないヤツ」

「女らしくないアンタに言われたくねーよ」

「ンだとコラ?」

 

自分はどうにもこの女と相性が悪いらしい。

自分がピークに苛々してるのと同じようにこのバカ女もヒートアップしてるだろう。

やっぱ潰すか?

 

「も、申し訳ありませんお客様。

 只今満席となっておりましてお持ち帰りでないとすると少々お待ち頂くことになるのですが・・・・・・」

 

拳を握ったところで、店内から店員の困った声が聞こえる。

昼時でもないのに満員とは珍しいと、自分とバカ女は店内に目を向ける。

するとそこには

 

「よっ、梓。辻堂軍団もここで集会なのかい?」

 

大量のヤンキーの姿が。

その中でも一番目立つ巨漢の女、ティアラさんが気さくに手を挙げて話しかけてくる。

頭が痛くなってきた。

また面倒事か・・・・・・

 

「あら、梓。その雑魚共と一緒の所を見るとそっちも私たちと同じ理由でここに来たって所かしら」

「あぁ!? 誰がザコだこらぁ!」

 

ティアラさんの横に座ってた恋奈様もこちらに来た。

ハナちゃんセンパイもいるかと思ったが、何故か今日はいないようだ。

 

「今日はズルズルタイムじゃなくてこっちの日なんっすね」

「ええ。私はハンバーガーみたいな低俗なジャンクより至高のインスタント、カップ麺の方が好きなんだけど」

 

ちらりと後ろを向く恋奈様。

まぁ事情はわかる。

毎回カップ麺ってのも正直飽きる。

いくら種類があってもインスタントラーメンである以上ラーメンというカテゴリからは逃げられない。

そのため時々間を開けるためにこういう別のジャンクフード店に来たりもしたものだ。

 

江乃死魔にいた頃を思い出して何やら感慨深くなってくる。

恋奈様個人に対して執着はあったけれど江乃死魔自体にはそれ程思い入れはない。

せいぜい金を巻き上げるための便利な組織って感じだったのだけど、抜けて初めてわかる思い入れか。

 

「で、ここは私達の貸切だけどアンタ達はどうするわけ?」

 

挑発的な笑みを浮かべる恋奈様。

相変わらず意地が悪い人だ。人のこと言えないけど。

 

「席が空いてないんじゃしゃーないっす。

 今回は機会が悪いってことで―――――」

「テメェらがさっさと出ていきゃ済む事だろうがクソ恋奈」

 

あぁもう面倒くさい。

また噛み付きグセのあるバカ犬が面倒事を起こした。

 

「嫌よ、私たちはゆっくりと追加注文しまくりながら向こう一時間はここで時間潰すつもりだもの」

「黙れ、さっさと失せろっつってんのがわかんねぇのか」

「・・・・・・聞き分けのないバカはこれだから」

 

呆れたようにため息をつく恋奈様。

自分も出そうだ。

 

「今日は見逃してやるからさっさと消えろって言ってんだよ」

 

総長としての恋奈様が姿を見せた。

これ以上ごねるつもりならタダでは返さないという警告だろう。

けれどそれは辻堂軍団には意味がない。

 

そして案の定、そのあとに辻堂軍団がその言葉に反応し喧嘩に発展した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は18時。

冬の季節の所為で既に空は真っ暗だ。

 

その寒さと暗さの漂う時刻に、

自分達辻堂軍団と有に150人はいる江乃死魔のメンバーは砂浜の上で向かい合っていた。

 

あの後今までのようなグダグダな喧嘩ではなく

ある程度本気でやってやるといった恋奈様は江乃死魔のメンバーをある程度集めた。

150人でもまだ江乃死魔の兵数全体からすれば圧倒的に少ないけれど

辻堂センパイのいない辻堂軍団を潰すのには十分だ。

 

案の定その人数差にさっきまで息巻いてた辻堂軍団のメンバーは少し引き気味になってる。

だから無駄に噛み付くなと言っているのに。

 

「あずにゃん、これどーすんよ」

 

いつも噛んでいるガムを吐き出した軍団員D。

コソコソとこちらに話しかけてきた。

 

「どうするも何も逃げるしかないでしょ、こんな人数差むりっす」

 

嘘である。

はっきり言えばこんな雑魚共100人200人束になったところでどうってことはない。

だが勿論こちらも無傷では済まないだろう。

故にやる気は無し。

 

「けどさ、あんだけタンカきって逃げるってダサくない?」

「だったらやり合えばいいんじゃねーの。

 自分は手を貸しませんけど」

 

自分がした約束はあくまでも辻堂軍団が絡まれる側だったときの助っ人だ。

今回みたいにこっちにも非がある場合の助っ人をする必要はない。

 

さっさと逃げるかと一歩下がる。

 

「待ちなさい梓」

「・・・・・・気づかれてましたか」

 

一応見えにくい位置にいたのだけれど。

恋奈様は自分を注意していたようであっさり逃げる所をばれた。

それどころか逃走経路を見ると既に江乃死魔の奴らが待機して塞いでいる。

 

さて、どうしたものか。

 

「梓、今日こそ落とし前つけさせてもらうわ。

 アンタが江乃死魔を裏切ったこと、ここで後悔させてあげる」

 

あっちは完全にやる気らしい。

むしろこの中で一番ヘイトが高いのは自分みたいだ。

ふむ、ここで恋奈様を瞬殺して江乃死魔を潰すか?

 

「恋奈様、これが前言ってた梓をぶっ倒して無理やり江乃死魔に連れ戻す作戦かい?」

「でぁりゃ!」

「ぶげぇ!?」

 

一瞬で恋奈様に吹き飛ばされるティアラさん。

っていうか、なるほど。そういう魂胆だったのか。

 

「このバカ! 何言ってんのよっ、そんなワケあるか!」

「素直じゃないっすねー恋奈様」

「アンタも勘違いすんなー! 本当に違うんだから!」

「はいはいツンデレツンデレ」

 

どうやら恋奈様は裏切った自分をまだ好いていてくれてるらしい。

・・・・・・さっき考えた恋奈様瞬殺作戦は永久凍結にする。

 

「バカにしやがってー! お前らやれ!」

 

切れた恋奈様の指示で一気に襲いかかってきた江乃死魔150人

それをまともに準備できていない段階の辻堂軍団は迎え撃つ事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっきり言えば自分一人でどうとでもなるレベルだった。

 

「あー、もう面倒くさいなぁ」

 

後ろから襲いかかってきた顔も覚えていない末端兵を振り向きざまに殴り倒す。

同時に正面と左右、計3人の同時攻撃。

完全に逃げ場をなくす形で第二陣の攻撃が来る。

が、遅すぎる。

 

「がっ?」

「んなっ」

「ぐえぇ!?」

 

特に本気も出さず、適当に3人同時に殴り倒す。

実際は高速で順番に一撃で昏倒させているだけなのだが、

くらった相手からすれば同時に3人に攻撃したように見えるだろう。

 

「キリがねーじゃん、ウザイな」

 

イライラする。

それをぶつけるため、八つ当たりのように近くにいる雑魚に人体におけるダメージが響く急所を狙う。

 

「うあ――――ぐぇ」

「ははっ、痛いっすよねぇ。だってめちゃくちゃ痛くなる所狙ったんだもん」

 

少し気が晴れるが、すぐさままた苛々しだす。

殴り倒しても殴り倒しても一向に敵が減る気配がない。

 

そういえば他の連中はどうしているのかと周りを見渡す。

すると意外なことにまだ全員粘っていた。

流石最強校稲村学園。

各々の強さはやはり不良の上の方なのだ。

 

全員がまだ無事なようでほっとした。

 

「・・・・・・ん?」

 

はて、何故自分がこいつ等が無事なくらいでほっとする事があるのか。

 

一瞬足を止めて考える。

 

「積年の恨みいィィィィィ――――あぼぉ!?」

 

隙ありと飛び込んできたバカを蹴り飛ばしつつ更に思考する。

ふむ、考えても釈然としない。

答えが見つからないのだ。

 

もう一度辻堂軍団の奴らを見る。

 

「戦いとはいつも2手3手先を考えておこなうものだ!」

「こいつ・・・・・・小賢しいと思う!」

 

こっちの奴らも結構強い。

どこかで聞いたことのあるフレーズを口にしながら軍団員Eが結構な数の江乃死魔の不良を蹴散らす。

だがそれももうすぐ止まるだろう。

この数の暴力を覆すほどの強さを持つのはこの湘南でも三人しかいない。

辻堂センパイ、皆殺しセンパイ、そして自分だ。

 

いくら体格に恵まれ喧嘩や武道のキャリアがあるティアラさんやナハといえど単身で150人を相手にはできない。

 

「しゃーねーな、少しだけ本気だしてやるよ」

 

まさか全員を倒す気はない。

だがまだあっちにはティアラさんが控えている上に、こっちが壊滅したら結果的に自分一人で残りを倒さなくてはならなくなる。

ならば今こっちの戦力が生きている内に敵の数を間引いてやったほうが楽に済む。

 

まぁケガをしない程度に手助けしてやるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、あれ!? いつのまに何でオレ達が有利になってんの!?」

「知らねーっすよ、いいから残ってる奴らも始末しろよ」

「何だかしらねーけど今日こそクソ恋奈に一泡吹かせられるぜ!」

「勝利の栄光を君に!」

 

そう言って未だ全員健在の辻堂軍団が残り四十人程の江乃死魔に突っ込んでいく。

どうやらこのように有利な状況になったのは初めてらしい、

何やら最初の時以上にテンションが全員高く、覇気に満ち溢れている。

 

これならば後は放っておいても・・・・・・

 

「「「ぎゃあああああ!?」」」

「無理っすよねー」

 

バカ女や他のメンバー達が突っ込んでいった先で吹っ飛ばされていった。

あんな人間を数メートル吹っ飛ばせる馬鹿げた筋力を持っているのは江乃死魔でも一人しかいないだろう。

 

「あらら、今の本気じゃねーのにズイブン派手にとんでったっての」

 

前回も確か自分とティアラさんが一騎打ちをした記憶がある。

さて、仕方ない。

じゃあ今回もそれに沿うとしますか。

 

自分の周囲にいる雑魚共を数秒で蹴散らして素早くティアラさんの前に出る。

これ以上こちらの戦力を減らされては楽ができない。

 

「お、梓みっけ。おれっちとやるかい?」

「前回あずに痛い目みせられてどうしてまた自分とやろうと思えるんすかね」

 

あまりの単純さに呆れ果てる。

自分を見て怖気づいて逃げてくれるならそれが一番良かったのだが。

 

「なんにせよ今の自分は辻堂軍団の一員っす。

 ティアラさんが下がらないならまた立てなくしてあげますよ」

「上等だっての! 行くぞおら!」

 

まるでラグビーのタックルのように低い前傾姿勢をとるティアラさん。

見たところ今回はスパイクを履いている。

つまりダッシュ速度やブレーキの精度。

そして踏ん張る力などが僅かながら普段より上がっているのだろう。

 

だがまだ遅い。

普通のやつならそのトラックが突っ込んでくるようなプレッシャーにおされて身動きできないまま弾き飛ばされるだろうが

こんな猪戦法が自分に通じると思っているのが酷く腹が立つ。

 

「だぁりゃあああああああ!」

 

5メートルの距離を一気に詰め込んでショルダータックルをしてくる。

流石にこれを真正面から受け止める筋力は自分にはない。

よって回避をせざるをえない。

 

自分にとってはスロー極まりない突進を容易くかわす。

 

「ティアラさんは勘違いしてるんじゃないっすかね」

「うおっと!」

 

空ぶったティアラさんはすぐさまブレーキし、こちらに向き直る。

すれ違いざまに前みたく関節外してもよかったが今回は敢えてしなかった。

 

「攻撃力ってのは確かに筋力から生まれるものっす。

 けど筋力からしか生まれないわけじゃない」

 

それを証明する。

 

「例えばホラ、受け止めてみろよ」

 

次の突進の体勢を立て直している所に一気に肉薄する。

同時に腹部に向かって正拳。

 

「ぐ、お!?」

「あずの細腕でも柔らかい箇所を高速で殴ればそれは必殺になるんだよ」

 

腹筋など意識して力を入れてなければ何の硬さもない。

相手が防御を意識するよりも早く、どこを狙うかすら解らない速度で殴ればどこを当てたとしても必殺の威力になる。

更にそこで人体の急所を狙えば一撃必殺だろう。

 

「ま、まだまだだっての!」

「だからそういうみてて鬱陶しい根性もムダなんだよ」

 

続けざまに二発程腹部に拳を叩き込む。

だが今回は防御に間に合ったらしい。

撃ち抜こうとした拳が硬い腹筋に阻まれる。

 

流石に鍛えているだけあってかなり硬い。

本気を出せば別にこの腹筋であろうともダメージを与えられるが、それをするとこっちの拳も痛い。

痛いのはゴメンだ。

 

「でりゃ!」

「おっと、そんなスローな動きで自分を捕まえられると思ってんのかよ」

 

やけくそのように拳を振るってきた。

だがそんな大振りの攻撃にあたるわけもない。

容易く避ける。

よけながら更に4発再び腹部に叩き込む。

 

「ぐおおおおお、めちゃきくっての!」

「まじかよ、これでも倒れないとか自信なくすんですけど」

 

いくら腹筋を固めてたとは言え、まさかこれを耐えるとは。

想像以上のタフネスだ。

 

呆れた自分を突き飛ばすようにヤクザキックが飛んでくる。

慌てて下がって回避するが、ここで拙いことに気付いた。

 

「隙ありだっての!」

 

下がったあずをそのまま追撃するように突進してきた。

こっちはバックしたばかりで回避できる姿勢ではない。

 

が、やはりティアラさんは猪すぎる。

そんなすっとろい上に直線的な動きでは姿勢を崩しているあずにでも触れることはできない。

一瞬だけ本気をだす。

 

崩れた姿勢を無理矢理に正す。

同時に体を半身に構える。

そのままフェイントも何もない単純なスピードと貫通力のみを込めた掌底を思い切りティアラさんの横顔に叩き込む。

 

タックルの弱点は突き出した肩の真上あたりに頭部があることだ。

つまり相手の突進が見えてかつ冷静に対処できる実力があるのなら

むしろ急所をむき出しにしてこっちに向かってきている自殺行為に近い。

 

「あ、ぐお」

 

たまらず突進が止まる。

だが慣性は残っていて、崩れる姿勢でこちらにそのまま突っ込んでくる。

 

「おっと」

 

その不完全な突進を容易く横にそらす。

そのままティアラさんは大地に倒れ込んで目を回している。

仕方ないだろう、掌底はダメージを与えるというよりは衝撃を内部に打ち込む攻撃だ。

 

つまり頭部に打ち込んだ掌底はそのまま彼女の脳に振動を与えた。

これでしばらくは何もできないはずだ。

 

「ふう、今回もあずの勝ちっすね」

 

倒れているティアラさんから素早く離れて辻堂軍団の様子を見る。

どうやらティアラさんに数人ぶっ飛ばされたが、それ以上に残ったこちら側の方が相手を倒している。

ティアラさんに吹っ飛ばされたのもダメージはそれ程なかったらしく、直ぐに立ち上がっている。

 

見たところ既に人数差は逆転し、辻堂軍団30人に対して江乃死魔は20人。

これならば自分の出る幕はないだろう。

 

いや、あった。

一人だけ絶対に倒させてはならない人がいた。

 

しかもその人が今まさにバカ女と軍団員Eが襲いかかってた。

アイツ等さっきティアラさんにぶっ飛ばされたばかりなのに元気すぎだろ。

 

「死ねやクソ恋奈あぁぁぁぁぁあああ!」

「見せて貰おうか、江乃死魔の総長の実力とやらを!」

 

流石に恋奈様も並以上の連中二人がかりだときついらしい。

まともに二人の拳が顔や胸に直撃する。

それに堪らずたたらを踏む恋奈様。

 

けれど怯んだのは一瞬、

 

「痛くない!」

 

すぐさま姿勢を立て直し軍団員Eに詰め寄って胸ぐらを掴む。

まさか女の細腕で掴んでくるとは思わなかったらしく軍団員Eは何の抵抗もできない。

 

「オラァ!」

「ぐぼぉ!?」

 

恋奈様の凄まじい音をだす頭突きが突き刺さった。

軍団員Eは一度は耐えたが、そのまま二度三度続けて頭をぶつけられて直ぐに体から力が抜ける。

 

相変わらず馬鹿げたタフネスに物を言わせた喧嘩の仕方だ。

 

「ふぅ、江乃死魔総長の名はテメェらごとき雑魚が地に落とせる安いものじゃねぇんだよ!」

「けっ、ただしぶといだけの奴が偉そうに」

「だったらアンタもやってみる?

 こいつみたいに頭を和蘭獅子頭みたく頭でっかちにしてやるわ」

「お、オランダシ・・・・・・なんだって?」

「ちっ、これだから学のないバカの相手は面倒なのよ」

 

正確にはオランダシシガシラだろう。

確か異常に頭部のコブがでかい金魚だった気がする。

 

見ればさっき倒された軍団員Eの額がその金魚見たく少し膨れ上がっている。

その見た目にくすりと笑ってしまう。

バカ女もそれを見たらしく、微妙に青ざめている。

流石に女としてはこんな目にあいたくはないだろう。

 

「ほら、かかってきなさいよ。

 いい加減目障りな雑魚を潰せる良い機会だわ」

「上等じゃねえか、テメェのツラを・・・・・・えっと?」

「例えが思い浮かばないのなら無理して真似すんなよバカ」

「バカじゃねえよ!」

 

何をやっているのやら。

というかこの展開は美味しくない。

 

慌てて間に入る。

 

「はいそこまで。恋奈様に手を出すのは自分が許さないっす」

 

恋奈様に背を向けてバカ女に対峙する。

 

「何だと、まさかテメェ裏切る気か!?」

 

まあそう思われても仕方がないだろう。

 

「どういうつもりかしら、私も理解できないんだけど」

 

背中に恋奈様の疑わしげな視線が突き刺さる。

襲ってくることはなさそうでとりあえずは安心だ。

 

「自分は恋奈様に裏切りの件で借りがありますからね。

 今回だけは見逃してあげますよ。勿論他の奴らはここで痛い目見てもらいますけど」

 

口ではそういったが、実際のところは恋奈様が他の三大天以外の奴に負けるところを見たくないだけである。

 

「恋奈様もまさかこの状況で勝てると思ってないでしょう?」

「そうね、まさかアンタがここまで辻堂軍団に手を貸すのは想定外だったわ。

 てっきり全滅するまで見捨てるものとばかり思ってたのだけど」

 

・・・・・・怪しいな。

何故ここまで追い詰められて余裕ぶっていられるのか。

 

恋奈様から目を離さず、辺りの気配を探る。

 

「ここまでの展開、記憶にないかしら梓?」

「そうですね、前回恋奈様が稲村学園に攻め込んだ時と全く同じ流れっすね」

「じゃあそうやってコソコソと警戒しなくていいんじゃないの?

 何せこの後どうなるかなんてわかりきっているのだから」

 

やはりか。

恋奈様から視線を外して周りを伺うが誰も見えない。

しかし、いる。

 

海辺の砂浜だけあって土地としては低地にいる。

その為周りは砂浜と海と道路に続く塀しか見えない。

だが、その塀の上から大群の気配がする。

 

「いつから呼び寄せてたんですか」

「知りたい? アンタ達と遭遇した時からよ」

 

つまり最初からか。

どうやら恋奈様はここで自分達を叩き潰すつもりらしい。

 

「呼んでいる数は三百。今の江乃死魔の6割ってとこかしらね。

 これじゃあ腰越や辻堂を相手するには心もとないけれど、梓。アンタはどうかしらね」

 

不敵に笑う恋奈様。

 

さて、どうするか。

逃げに徹すれば人数など問題ではない。

誰も自分の足についてこれる奴などいないのだから。

 

「因みに、アンタが逃げた場合コイツらには容赦しないわ。

 二度と私達に歯向かおうと思わないように徹底的に調教する」

「・・・・・・人質のつもりっすか」

 

後ろを見る。

そこには先程までの威勢の良さは消え失せ、見えない大群に怯える辻堂軍団。

無理もない、たかが30人程度ではどうしようもない人数差なのだ。

 

「そうよ、けど梓には特別にチャンスをやるわ」

 

何がチャンスか。

どうせロクでもない取引に決まっていいる。

 

「今すぐ心から私に服従しなさい。そうすれば今いる奴らに手を出さず引いてあげるわ」

「まぁそんなことだろうと思ったよくそったれ」

 

つまりもう一度江乃死魔に戻れという事か。

 

「何でそんなにあずに拘るんすか」

 

勿論理由はわかっている。

おそらくは

 

「腰越に勝つためよ」

 

やはりか。

 

「正直なところ数だけ集めたところでアイツの人睨みで半数以上が気絶して意味がない。

 だからこそアンタみたいな本物の奴が今必要なのよ」

「こんな裏切り者を再勧誘するあたり相当焦ってるみたいっすね」

「ええ、焦ってるわ。何せもう2ヶ月もなく腰越は卒業するんだから」

 

自分を誘うのはある意味正しいだろう。

自分の見積もりでも万が一くらいしか今の状態の江乃死魔では皆殺しセンパイに勝てる見込みがない。

所詮雑魚をいくら集めてもあの人のような別次元の強さの前では意味をなさないのだ。

 

だからこそ数では無く質も求め始めた。

 

「もし断ると言ったら?」

「アンタもその後ろの奴らも全員袋叩きにして無理やり従わせるわ」

 

つまりいつも通りの江乃死魔スタイルというわけか。

 

もう一度辻堂軍団全員の顔を見る。

相変わらず誰もがその人数差に怯え、竦んでいる。

ただ、誰一人としてその目にあずを責める質は無かった。

つまり全てあずに託すという事だろう。

 

ふむ。

こうなっては仕方がない。

 

「自分が降参すれば・・・・・・あずが恋奈様に従えば、

 ほ、本当にそうすれば痛い目に合わずに済むんですか?」

「・・・・・・」

 

僅かに驚いたようだが、直ぐに勝ち誇った嬉しそうな笑みを浮かべる恋奈様。

 

「ええ、約束するわ。アンタ達の無事と引き換えのギブアンドテイクよ。

 さぁ跪きなさい。早く」

 

この瞬間を待っていた。

 

「だが断る」

「何ぃ!?」

「この乾梓が最も好きなことの一つは、自分で強いと思っているやつにノーと言ってやることっす!」

 

これが一度でいいからやりたかった!

 

だがまぁ、言われた恋奈様もこのフレーズに聞き覚えがあったらしく

理解した瞬間湯沸かし器のごとく頭から煙が出る。

おお、マジギレしてる。

やっぱり恋奈様をおちょくるのは面白い。

 

「そう、あくまで歯向かうのね。

 じゃあ言うことを聞かない駄犬には少しキツイお仕置きをしてあげる」

 

そう言って片手をあげる。

それが周囲の奴らを動かす合図らしい。

一気に凄まじい足音が響く。

 

「おいお前ら! 逃げるぞ!」

 

バカ女は素早く逃亡を指示する。

賢明な判断だ。最早なりふり構ってられない。

こんな馬鹿げた人数差など相手するだけ無駄だ。

 

「せ、せやけどこんな囲まれてたらどないしようも・・・・・・」

 

確かに、自分たちを囲むように陣形を作ろうとしている。

これでは逃げ場がない。

 

だったら仕方がない。

 

「じゃあ壁際に全員固まれ、あずが先頭でやるからお前らは全員あずの取り残しを狙え」

「「はぁ?」」

 

全員がわけがわからないような顔をする。

ここまで説明してやっても気づかないのか。

 

「あずが本気だすからテメーらは自分の身だけ守ってろって言ってんだよ!」

 

時間に猶予はない。

鈍い奴らを無視して高い塀のところへ走りより、そこに背中を向ける。

これで相手は横と正面しかせめて来れない。

十分だ。死角となる背後に危険がないだけで圧倒的に楽になる。

 

「オ、オレ達も行くぞ!」

 

バカ女の号令で全員があずの後ろに回る。

それでいい。

全員が自分の手の届く距離にいるだけでかなり守りやすい。

 

「流石に三百人はいくらあずでもスタミナ的にキツイ。

 ある程度数を減らしたら逃げるチャンスを伺っていくぞ」

「お、おう」

 

バカ女も流石に勝てるとは思ってないらしい。

こちらの提案を大人しく受け入れた。

普段からこのくらい従順なら可愛いのだけど。

 

「あわわわわ、まじで人の波がこっちてるし!」

「アンタ等は倒すことよりも身を守る事に専念しろ。

 どうしてもヤバいならあずが手助けするから絶対に離れんなよ」

「あずにゃんカッコイー!」

 

完璧な体調での喧嘩は退院以来実の所今日が初めてだ。

どこまで動けるのか興味ある。

ただ、まさかここまで危険なリハビリになるとは思わなかったけれど。

 

「雑魚が百人、二百人集まろうがあずの敵じゃねーんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ・・・・・・ふぅ」

 

息切れがする。

喉は乾ききっており、まともに息すらできない。

空気を吸えば乾いたのどを焼き、呼吸しなければ意識が遠のくほど酸素が足りない。

 

「マジパネェっすあずにゃん」

 

それほどでもある。

 

何せ今現在、誰一人倒れさせず相手を150人程倒した。

ひとりなら余裕だったのだが、流石に守る対象がいると数倍疲れる。

 

「でも、足がふらついてるじゃんかよ」

 

返す言葉が出ない。

しゃべる暇があったら大きく息をしたいのだ。

 

何とか折り返しの人数だ。

既に砂浜には150人の倒れた姿とそれに怯える150人。

僅かに所々最初に倒した奴が起き上がって来ているが、こいつらはダメージが残っていては何の驚異もない。

 

まさかあずがここまで粘ると思ってなかっただろう。

してやったりだ。

 

「怯むな! 梓は明らかに疲弊してる、相手の体力を減らすように攻めろ!」

 

後衛に控える恋奈様が前線にいる兵隊に指示を飛ばす。

なるほど。それはいい作戦だ。

 

けれどこれは自分たちにとって願ったりな作戦だった。

 

「おい、今からゆっくりあそこまでスライドしながら立ち回るぞ」

「オッケーあずにゃん」

「お、そろそろかいな」

 

今の台詞だけで通じたらしい。

行った自分が驚いた。

 

自分の作戦とはつまり逃げることにある。

だが流石に全員を無事逃がす前提となると極端に難しい。

そのため壁を背にする一箇所に集めてあずが守る方向で喧嘩をしている。

 

だが、だからといって逃げることを諦めたわけではない。

 

今ぐらいに相手が半分以下になった段階ならばそれこそチャンスが所々に見え始めているのだ。

 

まず自分がすることは変わらず後ろの辻堂軍団の奴らの盾となること。

それをしつつ、横にスライドしていき大通りに続く階段まで行くことだ。

 

その階段に到達すればしめたもの。

階段は一度に登る人数が当然制限される、そのため数が多かろうが意味がない。

 

恋奈様があずたちは徹底抗戦していると思っている今こそチャンス。

 

「雑魚があずに噛み付こうとしてんじゃねーよ!」

 

自分を奮い立たせるように叫ぶ。

 

「そんなしょぼい実力であずにマジで勝てると思ってんのか!?

 大人しくビビって縮こまってれば痛い目見ずに済むのにバカじゃねーの!」

 

正直疲労が濃くて笑ってられないのだが、無理やり笑う。

この状況ならばこちらの虚勢も相手からすれば恐怖だろう。

 

そうしつつ周りの雑魚を蹴散らしながら牛歩のごとくスピードでじわじわと違和感を感じさせない程度に横に陣形を動かしていく。

 

「びびんなお前ら! どう見ても息切れしてるだろうがっ、ただの強がりよ!」

 

余計なことを言う。

 

「あずにゃん、ヤバイなら無理しなくてワイら援護しなくていいんやで」

「そうそう、アタシらそろそろ自分の身守るくらいならできそうなレベルになってきたし」

 

ふむ。

さて、それが嘘か本当か調べる術はない。

これが嘘でひとりでもやられたら自分の頑張りは無意味なんだけど。

 

「駄目っす。アンタ等は責任を持って全員逃がすので最後まであずにくっついてろ」

 

調べる術がないなら手間をかけても確実な方を選ぶ。

 

「そして長谷センパイにあずがどれだけ頑張ったかを盛大に美化してセンパイに語れ」

「「はぁ?」」

 

全員が絶句している。

それ程変な事を言った覚えはないのだけど。

 

「もしかしてワイらを助けてくれるのってそれが理由?」

「それ以外に何があるんっすか」

 

まさか友情やら仲間意識から助けてるとでも思っているのだろうか。

そりゃ見捨てたら後味が悪いけれど、だからといって今みたくこんな面倒な手間を踏むくらいなら見捨てる。

 

けれどこんなピンチな状況はそうない。

だからこそだ。

これほどのピンチから助けたとなればセンパイもきっとあずを褒めてくれるだろう。

それが狙いだ。

 

まぁ実の所もう一つ助けてやってる理由はあるけれど、それは本命ではない。

 

「そろそろ無駄口叩かず行きますよ。いい加減しんどくて限界近いっすから」

 

そう言って、押し寄せる不良の群れに再び身構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃあああああ! オレら逃げ切ったぜ!」

「しかも誰一人やられずに!」

「最強じゃん俺ら! パネェ!」

「誰の・・・・・・おかげだと・・・・・・ふぅ、思ってんすか」

 

 

息を切らせる。

何とか目的通りにことは進んで無事逃げ切ることができた。

 

全員が階段を登りきったのを確認するまで自分が殿を努めたが、

やはり一人の方が圧倒的に動きやすく、むしろこのまま全滅させようかと思ったぐらいだ。

無駄な体力を使いたくないから相手せずに自分も逃げたけれど。

 

「あのクソ恋奈の驚いた顔ったら今思い出しても最高に笑えるぜ!」

 

全員無事を喜んでテンションが高いが、中でもバカ女が一番楽しそうだった。

 

「(くちゃくちゃ)それにしてもあれ程の数を相手にして誰もやられてないとはね。

 さすが愛さんとあれだけやりあえるだけの事はあるよ」

 

全員が座り込んで息を切らせている自分を見る。

反応しようと思ったが、一度休憩を挟んだため一気に疲れが来た。

足がガクガクして立てる気がしない。

 

「・・・・・・そのさ、梓」

「な、なんすか」

 

いきなり名前で呼んでくるとは気持ち悪いな。

 

「お前のおかげでオレ達は助かったよ。

 ありがとな。辻堂軍団を代表して礼を言わせてくれ」

 

・・・・・・はて。

 

「や、やめてくださいよ気持ち悪いっす」

「き、気持ち悪い!?」

 

ショックを受けたらしい。

固まるバカ女。

 

「別にこの後か後日アンタ等が今日のあずの頑張りを長谷センパイにそれとなく語ればそれで良いっす」

 

息も大体整ってきた。

言葉がようやくまともに出せる。

 

「さっきも思ったんだけどさ、それマジで言ってんの?

 それだけのためにアタシ等を守ってくれたってわけ?」

「八割はそうっすよ。

 あずの行動の動機は一にセンパイの為、二にあずの為なんですから」

「じゃあ残り二割はどうなんだよ?」

 

答えるべきか迷う。

いや、恥ずかしくて正直に言えるわけがない。

 

「それはアンタ等が―――――いや、やっぱ言いません。

 この話はこれで終わりっす」

「おいこら、もったいぶんなよ」

「うっさいなぁ。ほっとけっての」

「んだとこら。人が恩を感じて優しくしてりゃつけあがりやがって」

「あぁ? 恩人によくもまぁそんな態度が取れるもんですねぇ」

 

あの時、恋奈様に江乃死魔に戻れば兵を引くと言われた時だ。

あずがそれに従えば自分たちは何の危険もなかったのに

辻堂軍団の奴らは誰ひとりとしてあずを売り渡そうとする目をしている奴がいなかった。

 

勿論決定はあずにあるから売り渡そうとする奴がいたところで結果は変わらない。

しかしまさか全員があずの選択を責める奴がいないとは思わなかった。

 

だからこそ今回だけは助けてやった。

 

「ねぇアンタ等」

「なんだよ」

「何で恋奈様に自分売り渡そうとしなかったんすか?

 あずが江乃死魔に戻ればこんな危険な目に合わずに済んだのに」

 

もしかすれば、この辻堂軍団は自分にとって江乃死魔とは違う何かを得る場所になるかもしれない。

 

全員はあずの問いにキョトンとした顔をする。

まるで何言ってるのかわからないといった感じだ。

 

「何って、お前も辻堂軍団の仲間だからだろ。

 ダチをあんなバカ恋奈のところに売れるかよ」

 

仲間、か。

まさか長谷センパイ以外にこのフレーズを使ってくるとは思わなかった。

 

自分を傷つけてでも力になりたいと思う人。

なるほど、どうやら僅かだが自分もこいつ等を仲間だと思ってしまっていたらしい。

 

「・・・・・・そっすか」

「お、何か照れてるぞコイツ」

「(くちゃくちゃ)あずにゃんの照れ顔まじ可愛いんですけど」

 

助けてやるんじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長谷センパーイ」

「はいはい、どうしたのって・・・・・・え?」

 

後日の金曜日。

毎週の恒例となった勉強会で自分はトイレに行くと嘘をつき、即座に廊下で着替えた。

そして素早く部屋に入る。

 

あずのその格好に長谷センパイは目を丸くして驚いている。

 

「何でウチの体操着持ってるの?」

「前に辻堂集会に参加しやすいようにこれで偽装して学園に入れとバカ女達に言われたので」

「なるほど」

 

頷きながら長谷センパイは食い入るようにじーっとあずの胸を見ている。

 

「何でこんなにサイズの合わないのを着てるのさ?

 ワガママボディが凄い我侭いってるよ」

「これが一番でかいサイズだったんっすよぅ」

 

パツパツの体操着なため体のラインがくっきりと浮かび上がっている。

まさに色物的な格好だが、男を魅了するにはいいアイテムだ。

 

「何でブラつけてないの?」

「ふふ、そっちのほうがセンパイ的に嬉しいんじゃないっすか?」

 

ゆっくりとセンパイに詰め寄る。

 

「な、何で偽装目的のその服をここで来てるのかな?」

「センパぁイ・・・・・・あずにそれを言わせるんですか?」

 

座ったまま後ずさりするセンパイに跨り、胸を強調する姿勢でセンパイと同じ目の高さになる。

同時に両手をセンパイの頬に添え、目を合わせる。

トッピングとして目をできる限りトロンとしたものにする。

 

これで男はイチコロだ。

 

「あ、う・・・・・・い、乾さん。今日は勉強会の予定では?」

「勿論しますよ。けど、勉強は勉強でも保健体育っすけど」

 

よし、もうひと押しだ。

見た所長谷センパイはまんざらでもなさそうだし、誘惑に負けつつあってあずを押しのける事もしない。

これならば今日こそ。

 

「ほほぅ、保健体育か」

「えぇ、いつもは教えてもらってばかりっすけど今日はあずの方が色々教えてあげ・・・・・・へ?」

 

何か今目の前じゃなくて背後から聞こえた気が。

ゆっくりと声のした方向を向く。

 

するとそこには鬼がいた。

 

「にゃー! 辻堂センパイ何でいるんすかぁ!?」

「逆に何でアタシがここに来ないと思ったのかが不思議なんだけど」

「メーデーメーデー! 戦略的撤退に移るっす!」

「残念! 魔王からは逃げられない!」

 

逃げようとするものの、一瞬で捕まった。

流石にこんな密室ではあの辻堂センパイから逃げる手段はなかった。

無念。

 

その後、長々とありがたいお説教。

残念ですけど話は一切聞いていません、南無。

 

大方言いたいことが済んだのか、少し落ち着いた様子の辻堂センパイは何やらあずの体操服の細かいところに気付いた。

 

「それってアタシの前使ってたヤツじゃんか」

「え、えぇ。バカ女・・・・・・じゃなくてクミセンパイが宝物として持ってたのをあずがいただきました」

「え、アタシはこれゴミ箱に捨てたはずなんだけど」

 

あのバカ女こえぇ。

普通に犯罪行為してやがる。

人のこと言えないけど。

 

「まぁいい。で、どういうつもりだ」

「ど、どういうつもりとは?」

 

何を怒っているのかわからない。

どうやら辻堂センパイの体操着をもらったこと自体には怒っていないみたいだけど。

 

あずのそのよくわかっていない顔に切れたらしい辻堂センパイ。

 

「アタシの体操着来てそんなにパッツパツにしやがって! 嫌味かキサマッッ!」

「にゃー! 乳首はだめ! 乳首はだめー!」

 

ちぎれそうな力で両乳首を思いきり摘まれる。

めちゃくちゃ痛い。

しかも解こうと暴れると余計に引っ張られて死ぬほど痛い。

 

「愛さん、流石にそれは可哀想じゃ」

「流されそうになった大は黙ってろ」

「はい」

 

ヒーローは魔王に倒されてしまった。

おお勇者よ死んでしまうとはなさけない。

 

「梓、大とそういう事したいなら必ずアタシがいる時にしろって言っただろうが」

「で、でも流石に初めてはノーマルに二人だけでしたいっすよぅ」

「あー・・・・・・気持ちはわからんでもないけど」

 

揺れる辻堂センパイ。

あずの気持ちを理解してくれるあたり結構話が通じる人だ。

 

「考えておいてやる」

 

という事は殆ど許しが出たようなものだ。

やった。

 

「俺って見えてる?」

 

大丈夫っす。むしろセンパイしか見えてません。

 

今日は流石にもうセンパイとそういう事をする空気ではなくなった。

けれど次回なら、辻堂センパイの許可がでている事を考えれば次こそいけそうな気がする。

 

「そういえば乾さん」

 

何か思い出したように長谷センパイが話題を変える。

 

「聞いたよクミちゃんから。

 江乃死魔の人達に絡まれてる辻堂軍団の人たちを一人残らず助けてくれたんだって」

 

意外だった。

まさかあのバカ女が長谷センパイにあのことを伝えていたとは。

あれも半ば冗談のようなものだったのだけど。

 

「あぁ、アタシもそれ聞いたわ。

 悪かったな乾、ウチの奴らがお前の世話になったみたいでさ」

「い、いえ。自分も一応辻堂軍団員なんで」

 

何だろう。

この感じ、すごく初めてなような気がする。

 

「辻堂軍団の人達は俺の友達なんだ。

 その人達を助けてくれた乾さんには感謝してる。

 改めて礼を言わせて欲しい、ありがとう乾さん」

 

いつもより幾分増した優しげな雰囲気。

その穏やかな空気をだす長谷センパイは僅かに顔を綻ばせて礼を言って頭を下げる。

 

「やめてくださいよ、別に礼を言われるような事なんてしてねーっすから」

 

人生で誰かに心からの礼を言われたことは何度かある。

けれどなんだろう、今回のは訳が違った。

 

自分が頑張って、誰かにはそれを喜んで貰え、そして心から一切の濁りのない感謝をされる。

そんなことは今までの人生で何度体験できているだろうか。

少なくとも記憶にはなかった。

 

「確かに、してることは喧嘩だしその行い自体は褒められない事かもしれない。

 実際に辻堂軍団の皆は無事でも江乃死魔の人達は大怪我をしたんだろうし」

 

頭を上げて真っ直ぐセンパイはあずの目を見る。

 

「だけど君達は終始逃げる事を考えてた、対して江乃死魔は数で君達を叩き潰そうとしてたんでしょ?」

 

その問に大人しくうなづく。

それをみた長谷センパイは嬉しそうな顔をする。

 

「俺は乾さんのそういう所が好きだな」

 

どういう所だろうか。

よくわからないため反応に困る。

 

「俺は知っての通り理不尽な暴力なんて嫌いだ。。

 けどそれ以上に大切な人がケガをするんなんて一番嫌なことだ。

 だからこそ、喧嘩でまずその危険性を考えて危ない相手から逃げる君の性格が好きだな」

 

そんなこと言われたのは初めてだ。

 

「まぁ仲間を見捨てるのはどうかと思うけどね」

「それにこいつは無傷で勝てそうなヤツにはスゲェ痛めつけるぞ」

「ちょ、余計な事言わないでくださいよぅ」

 

三人で笑い合う。

 

何だろうなこの感じ。本当に不思議だ。

すごく心地よくて、胸が満たされて。

 

そうだ、まるで本当の家族みたいだ。

 

「梓。お前がいつまでウチの所にいるかはわからないけど、アタシは長く居て欲しいと思ってる。 

 アタシにとってもお前はその・・・・・・結構好きだし、何より一緒にいて面白い」

 

辻堂センパイが照れながら言う。

その真っ直ぐな好意に言われたこちらも赤面する。

 

「そのさ、梓。お前はアタシの事をどう思ってるか知らないけど、

 アタシはお前の事をダチだと思ってるんだ」

 

長谷センパイが何故辻堂センパイに惚れ抜いているのか、その片鱗を垣間見た。

 

なるほど。これは強烈ですわ。

普段の凛々しさや頼り甲斐のある辻堂センパイではなく、

穏やかな女性らしさと可愛らしい少女らしさ。そしてなによりも自分にはない純粋さ。

それらを合わせ持つ彼女の姿に同性ながらキュンときた。

 

「自分も辻堂センパイの事は尊敬してますよ。

 だからこそ今だって辻堂軍団抜けてないし、アイツ等だって助けたんです」

 

勿論長谷センパイに褒められたい、アイツ等があずを一切疑ってなかったなど、

理由は沢山あった。

けどその理由の中に悪意なんてものは一つもない自信がある。

 

そんな自信をもった今だからこそ純真な辻堂センパイの好意に応えられた。

 

だからこそ後悔することもあった。

正直に言えば今日恋奈様に再勧誘されたとき僅かに心揺らいだのだ。

 

自分は恋奈様を裏切ったことを辻堂センパイとやりあったあの日から後悔し続けている。

ティアラさんやハナちゃんセンパイだって自分のことを未だ嫌っていない。

間違いなく自分はあの江乃死魔の中でも居場所があったのだ。

 

それを自らの手で叩き壊し、あまつさえ恋奈様を思いつめさせた事を後悔する。

 

長谷センパイ達と一緒にいるとそういうことをよく考えるようになった。

この胸の内は決して悪いものじゃないのだろう。

目の前の二人ならきっと肯定してくれる。

 

・・・・・・恋奈様は今日自分の力が必要だと言った。

卒業を控えた皆殺しセンパイを倒すための力をあずに求めた。

 

自分は江乃死魔に戻るつもりはもうない。

この辻堂軍団を抜ける時がヤンキーを辞める時だからだ。

だからもう恋奈様の力になる事はできない。

 

――――いや、本当にそうなのだろうか。

 

「辻堂センパイ、自分は辻堂軍団に入ってるけど恋奈様のお手伝いとかしちゃ拙いっすかね」

 

答えが出ないからこそ聞く。

辻堂センパイや長谷センパイは必ず自分にとっていい結果をだす答えを言ってくれるのだ。

 

辻堂センパイはその疑問に僅かに首をかしげる。

 

「お前が手伝いたいなら自由だろ。

 辻堂軍団の規則はアタシの気分を害しない事だ、それが守れれば後は好きにしたらいい」

 

何を当たり前のことをというように辻堂センパイは答えた。

 

そうだ。

辻堂センパイはこういう男前な人だ。

憎たらしいほどに格好いい。

長谷センパイが惚れてしまうのもわかる。

 

「やっぱ辻堂センパイは格好いいなぁ。

 もし辻堂センパイが男なら長谷センパイと二股かける所っすよ」

「「それは嫌だなぁ・・・・・・」」

 

ハモる二人のセンパイ。

再び三人で笑う。

 

誰かの力になるってのは面倒だ。

今日はそれを痛いほどわかった。

けれど、自分でも誰かの力になれる事もわかった。

 

「長谷センパイ、辻堂センパイ。

 自分、二人には一生ついていきます」

「うん。よろしくね」

 

そういって微笑む長谷センパイ。

 

「まぁ、アタシは諦めてるから何もいわねーよ」

 

諦めたようなことを言っているが、明らかに笑顔だ。

 

今日、あずは一つわかったことがある。

今まで答えを出せずにいた仲間というフレーズ。

その意味をようやく理解した。

 

「長谷センパイ、やっと自分の中での仲間の意味を見つけました」

「そう、それはどんなかな?」

「あずを疑わない奴らです」

 

裏切った自分だからこそ、辻堂軍団の奴らのあの反応は心に響いた。

裏切った自分を尚信じようとして恋奈様は自分を求めた。

そして今目の前に一切の損得を超えた関係の二人がいる。

 

「うん、乾さんらしいね」

「そうだな、腹黒いお前らしいよ」

 

少なくとも目の前の二人とは一生仲間でいたい。

まだまだ自分には理解できない事があるけれど、それも二人と一緒にいれば解決していけそうだ。

 

長谷センパイを好きになって本当によかった。

未来はこんなにも明るく見える。


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