辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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乾梓の純愛ロード
2話:江乃死魔の綻び


「委員長どうしよう! 大に怒られる、約束破っちまった!」

『いきなりどうしたんですか辻堂さん。まず状況を説明してください』

「喧嘩するとき絶対怪我をしないっていう約束破っちまった! どうしようどうしよう!

 うあああああああ! これじゃあ大に顔向けできないし下手すりゃ振られるかも・・・・・・うええぇぇぇぇぇん!」

 

しくじった。

今日我那覇と喧嘩したのはいいが、しくじった。

アイツ前やったときより思った以上に上達してて初弾をかわし損ねて頬に軽く擦り傷ができたのだ。

 

喧嘩を終え、頭が冷静になった途端大慌てで頼れる委員長に即座に電話した。

 

「どうしよぉ委員長~。もうだめだぁ、この後大の家に行く約束してるのにこれじゃあ行けない~」

『一応聞きますけど、辻堂さんに傷を負わせる相手って誰だったんですか?』

「我那覇っていう声シブい巨人」

『その我那覇さんってもしかして女の人でした?』

「ああ、スカート履いてるし多分そうだと思う」

 

どうやら委員長は我那覇の名前に心当たりがあるらしい。

 

『ちょっと今日喧嘩することになった過程を教えてもらえますか?』

「いいけどそんな事聞いてどうすんだよ」

『そんな事ではありません、重要なことです』

 

仕方ない。めんどくさいけど最初から話すことにした。

 

 

 

 

 

その後、アタシは委員長から特に助言をもらうことなく家を出た。

どうも委員長は私にはわからない結論に至ったらしく

 

『大丈夫です。長谷君なら多分その怪我見ても怒ることはないです』

 

との事だった。

はっきり言って心配で仕方がないけど委員長がそういうのならきっと大丈夫なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「全く、愛さんの女神のような顔に傷が残ったら人類規模の損害だよ」

「は、恥ずかしいこと言うんじゃねえ」

 

驚いた。

まさか愛さんが不意とはいえ怪我を負わされるとは。

我那覇さんも武闘家として毎日腕を練磨しているということだろう。

何かを頑張ることはいいことだ。

 

「ごめん、大」

「ん、なにが?」

「いや。怪我しない約束だったのに」

「あぁそのことね。気にしなくていいよ」

 

昨日約束した絶対に怪我しない約束を破った負い目があるのだろう。

愛さんはシュンとした顔でうつむく。

 

「別に我那覇さんも愛さんへ悪意をもって付けた傷じゃない。

 単純に自分の腕を確かめたいのと愛さんと手合わせしたいだけだったんでしょ」

 

その結果の怪我は決して恥じるものじゃない。

勲章みたいなものだ。

 

「試合に怪我はつき物だよ。はい、消毒おわり」

「し、試合って。アタシとアイツは喧嘩したのであって」

「それでも俺からしたら二人の喧嘩は決闘とかそういうのにしか思えない。

 現に愛さんも我那覇さんも終わったあとはスッキリしたでしょ?」

「あ、あぁ。勝ったアタシは当然だけど負けたアイツもやたら嬉しそうにしてたな」

 

そりゃ湘南最強の一人の愛さんにカスリ傷を負わせれたんだ。上達を実感できて嬉しかっただろうな。

 

「負けた方もスッキリしてるのならそれは喧嘩じゃないと俺は思う」

「よくわらない」

 

俺が好きじゃないのは悪意のある暴力だ。

人を脅す事を目的としたもの。

だが今回の件は明らかに違う。だったら俺が怒る理由もない。

 

愛さんの頬にできた擦り傷はどうも消毒するくらいで止めたほうが良さそうだ。

絆創膏も必要ない程度の薄皮が切れた程度だし。

簡単な処置だけですまし、応急箱をしまう。

 

「それじゃあ今日はどうしようか。お出かけでもする?」

「ああ。今日は江ノ島の方行ってみないか? ちょっと気になることもあるんだ」

 

気になることっていうのが何なのかわからないが、愛さんが行きたいというのなら断る選択肢もない。

 

「わかった。それじゃあちょっと厚着するかな、今日は風も冷たいし」

 

取り敢えず最近買った比較的厚めかつ自分のサイズより少し大きいジャケットを着る。

これ一着で寒さを殆どカットできるからあとは首周りだけだ。

 

とはいえタートルネックは好みじゃないから首周りを温めるならもうマフラーくらいしか選択肢がない。

ということで既に出しておいた姉ちゃんが編んでくれた落ち着いた色のマフラーを首に巻く。

 

だが愛さんはお気に召さなかったらしく少し怪訝な顔でマフラーを睨む。

 

「それって長谷先生が編んだやつだよな?」

「そうだね」

 

マフラーもセーターも簡単に作っちゃう器用な姉ちゃん。自慢の家族である。

 

「・・・・・・アタシもやってみようかな、編み物」

 

意外な言葉が出た。

さて、ここはどう答えるべきか。

愛さんは正直不器用だからとても編み物に向いているとは言えない。

 

「愛さん。編み物は凄く根気がいるし、時間もかかるよ?」

「知ってるよそんな事。でも彼氏が別の女の編んだマフラーをお気に入りにしてるのが不満」

「他の女って、姉ちゃんは家族だよ?」

「その家族が大をただの家族として見てるなら良いんだけどな」

 

どうも愛さんは思うところがあるらしい。

 

「まあ今年は我慢する。どうせ今から編んだって今年の冬は終わっちゃいそうだし」

 

愛さんも俺と同じ結論に至ったらしく取り敢えずはお流れとなった。

今度からは愛さんの前ではこのマフラーは避けたほうが良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

「愛さん、もしかして愛さんって暑い時に鍋食って寒い時に滝にうたれたがる面倒くさい人?」

「そんなマゾっ気アタシにはねぇよ」

「だったらなんでこんな」

 

こんなクソ寒い日にいつもの所でシラスアイスなんて季節外れなものを。

 

「うっさい。嫌なら食わなくていい」

 

愛さんは拗ねたような顔をしながら生臭いアイスを食べ進める。

だがやっぱり寒いのだろう、プルプル震えているしこれは良くない。

そもそも何でこんな冬真っ只中なのにこの店はアイスなんて置いているのか。

 

仕方ないと俺はアイスを一気に食ってから座ってアイスを食べる愛さんの後ろに回り込んで一緒にジャケットをかぶる。

こういう事をしたいがためにサイズにあっていないのを選んだのだ。

 

密着するようになった愛さんは少し照れが入った顔をしながら少し恨みがましそうに俺を見る。

 

「食べづらいだろ」

「ゆっくり食べればいいよ。それにしても愛さん冷えすぎ、風邪ひいちゃうよ」

「そりゃこんな寒い日にアイス食べたらそうなるだろ」

「なんで愛さんはそんなにそのアイス好きなの? コレ正直あまり美味しいとは思えないんだけど」

 

そう言うと愛さんは更にブスっとした顔でこっちを見てくれなくなった。

 

「どんなに不味くても、これはアタシにとって思い出の味なんだよ」

 

それだけ言って喋らなくなった。

だがこれだけいってもらってようやく俺も合点が言った。

そういうことか。

 

「初デートの時を思い出だすから?」

「知るかバカ」

 

恐らくこれが答えだろう。

確かに思い出してみれば愛さんは江ノ島に来るたびにこのアイスを食べたがる。

でも愛さんもこのアイスを美味しいとは思ってないだろう。

つまりはアイスを食べるのは味覚以外の何かを求めるからだと思ったのだが。

 

「愛さんロマンチスト」

「うっさいアホ」

 

まさかここまで初デートのあの日を大切に思っていてくれてるとは思いもしなかった。

 

愛おしくなった俺はジャケット越しに愛さんを抱きしめる。

愛さんも満更ではないのか抵抗はせず、でもこちらを見ることもなく黙々とアイスを食べ続けた。

 

シラスソフトは初恋の味。

ふむ、甘いハズなのにその味を細かく理解しようとすると途端に青い味が鼻につく。

初恋もそんなものなのだろうか。

きっと今が幸せだからこそ現状では甘味しか理解できない。

 

「愛さん、アイスたべたらどうしようか」

「・・・・・・」

 

愛さん、どうやら拗ねちゃってる。

無視を決め込むつもりらしい。

 

「愛さん?」

「・・・・・・ぶー」

 

困ったな、拗ねている愛さんも可愛いが流石に愛さんを不機嫌にするつもりはなかった。

仕方あるまい。

今日1日かけて彼女のご機嫌をとるしかない。

これもカップルの醍醐味というやつか。

 

 

 

 

 

 

吹きすさぶ風に顔をしかめながら俺達は海辺を歩いていた。

 

「大。最近この江の島や他のところでやたらヤンキーが目につくと思わないか?」

 

二人並んで歩いていると愛さんは何の脈絡もなく聞いてきた。

 

「そうだね。確かに今年の秋頃からカツアゲされたって話をよく聞くようになった」

 

このカツアゲが明らかに例年より件数が増えているらしく、ウチの学園でも冬休み前に注意するように生徒に促した。

俺は幸いにしてまだヤンキーに絡まれてはいないもののウチのクラスでも数人既にカツアゲされているらしい。

 

「でも何で今年はこんなに件数が目に見えて増えているんだろう」

 

少し考える。

だが答えに近いヒントのようなものが直ぐに見つかった。

去年と比べてヤンキーの情勢が変わるほど影響のある存在。

 

「江乃死魔だろうな」

 

どうやら愛さんもその答えに至ったようだ。

 

マキさんや愛さんもその気になれば情勢なんて好きに変えられほどの影響力をもつ。

けれど二人はカツアゲを良しとはしない。

たとえその部下がやったとしてもマキさんは一匹狼だし愛さんの舎弟である稲村の方々は愛さんの言いつけをやぶるとは思えない。

 

片瀬さんがカツアゲを扇動してるとは思えないけど・・・・・・

 

「恋奈の奴、無闇に数だけ舎弟を増やすから御しきれなくなってる」

 

今年の湘南の秋は何も起きなかった。

たまにカツアゲの現場を押さえたマキさんがキレて江乃死魔の数を一気に間引くことはあるものの大きな抗争は一度もなかったらしい。

だからこそ江乃死魔のメンバーは着々と増え続け、今や700人の大台へ突入したと愛さんは言っていた。

 

そしてカツアゲの被害はそのメンバーの増員と比例して増えている。

 

「今日アタシがここに来た目的は江乃死魔の動きを確認するためでもある」

 

うちの学園の番長は何だかんだで面倒見がかなりいい。

稲村の生徒が被害に遭っているのが琴線に触れたのだろう、今回の件を結構重く受け止めているみたいだ。

 

「具体的にはどうするの?」

「そうだな・・・・・・ん~」

 

愛さんも細かい事は考えてなかったらしい。

少し思案を巡らせる表情を作る。

その時

 

「・・・・・・ん? 愛さん」

「どうした?」

 

今いる海辺から少し離れた今は閉じている海の家のところに4人の人影があった。

それだけなら気に求める必要はなかったんだけど

 

「あれって片岡さんと烏丸さんだよね」

「ああ。間違いない」

 

明らかにガラの悪い、つまりヤンキーな二人に連れられていた。

正直あまり想像したくないが

 

「明らかにカツアゲ、最悪レイプかもな」

 

愛さんは意外なほど冷静な声質で四人が入っていた海の家を見ていた。

 

「助けないと」

 

いくらなんでもクラスメイトが暴行されるのを無視するほど馬鹿じゃない。

焦って走ろうとする。

 

「待て、ここはアタシが行く」

 

すると愛さんは俺の肩を掴んで一歩前にでた。

正直ここで彼女に任せるのは男らしくないとは思うが状況が状況だ。

おとなしく俺は下がる。

 

「恋奈の馬鹿が・・・・・・どう落とし前つけさせようか」

 

友人二人が被害に遭ってるのを見て間違いなく愛さんは切れている。

声は冷静なもののその眼光は絶対に俺に向ける類のものじゃない。

 

「ごめんな大、ちょっと待っててくれ」

「うん。二人をお願い、愛さん」

「ああ」

 

俺に優しくほほ笑みかけてそのまま凄まじい速度で海の家へ走っていった。

そして数秒後、ヤンキーの叫び声が海辺に響く。

 

 

 

 

 

「昨日は腰越、今日は辻堂。まさか二日続けて三大天の二人がくるとは思わなかったわ」

 

愛が江乃死魔本拠地に単身で乗り込むと奥にいた恋奈は堂々とした態度で迎え入れた。

だが彼女の周りには護衛のように体格のいい江乃死魔の精鋭が控えている。

その姿に欠片も臆することのない愛は手にしていたものを彼女の足元に思い切り投げつけた。

 

「腰越のつもりじゃねぇけどよ。今日はお前ら江乃死魔を潰そうかと思う」

「そう・・・・・・」

 

愛さんの完全に切れている様子をみて恋奈は目を伏せる。

 

「この馬鹿二人もやっぱりかしら?」

 

足元に投げつけられたものは先ほど片岡、烏丸の二人を襲おうとした暴漢である。

事件自体は愛に未然に防がれ、二人は顔の形が変わるほどボコボコにされている。

だが愛はそれでも気がすまないらしく殺意を含んだ視線でその二人を睨む。

 

「その馬鹿共がアタシのダチを襲おうとした。そしてコイツ等はお前の舎弟だ。

 だったらこの落とし前は誰に付けてもらえばいい」

 

場が凍りつくほどの声色で恋奈を言及する愛。

取り巻きも完全に怯え竦みもはやここが誰の本拠地なのかわかったものではない。

だが恋奈はそれに怯むこともなく真っ直ぐ愛の目を見る。

 

「お前ら、下がりなさい。私は辻堂と二人になって話すことがある」

 

恋奈の一声で取り巻きが逃げるように基地から出始める。

全員愛の横を通り過ぎる際、誰ひとりとして彼女の目を見れる猛者はいなかった。

誰もが牙をむく狼に触れたくないのである。

 

 

 

 

「腰越に何か聞いたのかしら?」

「あぁ、昨日忠告された。アイツらしくもない」

 

昨夜、マキと風呂を共にした際に愛はマキに忠告をされた。

最近の江乃死魔が全く統率が取れていない事。

それによる身内の被害を気にするようにと。

 

実際マキが気にしろといったのは大の事だけだろう。

彼女にとって大以外の人間はどうなろうが知ったことではなく、助ける義理もない。

大を守りたいがためにらしくなく愛に忠告をしたのである。

 

「そう。それじゃあ話は早いわ」

 

恋奈は堂々とした態度で椅子から立ち上がり愛の前へと進む。

 

「さっきのメンバーは見たでしょ? それで江乃死魔の現状はどんなものか把握できると思うけど」

「そうだな。いつものデカイのや総裁天、お前の主戦力が根こそぎいなかった」

 

彼女を取り囲んでいたものはどれもが江乃死魔における二軍的な戦力ばかりだった。

しかもその戦力すら殆どの者が頭や体に包帯をまいており散々たる有様である。

 

「アンタの考えている通りよ。昨日腰越にやられたわ。

 原因は今日と同じ、私の設けたルールを無視して恐喝をしてる所を腰越に捕まったみたい

 全く、身内の不祥事ほど迷惑なものは無いわ。」

 

そしてそのままマキは江乃死魔に乗り込み恋奈達を襲った。

主戦力はほぼ全て病院送りにされ残るのは人外な耐久力を誇る恋奈と前線で戦わなかった腑抜けだけ。

 

恋奈は自嘲するように笑い愛に声をかける。

 

「アンタはどうするのかしら。ここで腰越のように大暴れしてみる?

 正直私はどっちでもいいわ」

「やけに自暴自棄じゃねえか」

 

恋奈の余りに投げやりな態度に愛も拍子抜けする。

事前に舎弟に被害が出ないように散らしたのがせめてもの抵抗だったのか。

 

「はっきり言うわ。むしろアンタや腰越に一度江乃死魔を潰してもらったほうがいいとすら思ってる」

 

本気なのだろう。

愛は口を開かず次の言葉を促す。

 

「江乃死魔のリーダー格の中に一人裏切り者がいる。それが誰だか突き止めてはいないけれど。

 そいつを炙りだすにはもう一度壊滅するくらいの打撃を受けてあえて誘導するしかない」

 

自分の身を削って腐った部分を切り落とす。既にそうせざるを得ない現状を恋奈は自覚している。

 

「どうする辻堂。判断はアンタに委ねるわ、江乃死魔を潰すか泳がすか」

 

恋奈自身も考え抜いて出した答えである。

それほどまでに江乃死魔の組織系統は腐り始めてきているのだ。

 

「・・・・・・今江乃死魔を潰したとして。次に今の戦力に戻るのはどのくらいだ?」

 

愛の質問も予想していたのだろう。

恋奈は少しだけ考えて答えをだす。

 

「どれだけ甘く見積もっても二ヶ月はかかるわ」

 

一度壊滅した組織に求心力はない。

更に最初からやり直すとして彼女についてくるであろうメンバーはハナとティアラくらいだろう。

それだけのリスクを抱えて再びマキと戦える戦力を揃えるまでの過程は並大抵じゃない。

 

「間違いなく腰越の卒業までには間に合わない」

 

愛の言いたいことを理解している恋奈は嘘偽りない答えを吐く。

 

「でも仕方ないわ。今回は私の力不足によるもの。

 こんな足並み揃えることすらできない江乃死魔じゃ何人揃えたところでアンタや腰越を相手できるともおもえない」

 

だからここで止めをさされるのも仕方ない。

 

だが愛は余りにもいさぎが良すぎる恋奈の態度に舌打ちする。

 

「白けた。テメェの尻拭いくらいテメェ自身がしやがれ」

 

愛は恋奈から視線を外してそのまま拠点の出口へ歩き始める。

 

「・・・・・・それができれば苦労しないわよ」

 

本気で悩んでいるのだろう。

恋奈は今にも泣きそうな顔でうつむく。

だが愛が面倒をみる義理もない。

そのまま拠点を去る。

 

「仲間を疑うなんて、そんなことするくらいなら潰された方がまだ・・・・・・」

 

恋奈はまるで子供のように涙を溜めてその場に立ち尽くした。

 

 

 

 


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