辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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冬の終わり、春の嵐
19話:腰越マキの憂鬱


「うわああああああああん!

 助けて欲しいっすセンパアァァァァアイ!」

「うぉっと、どうしたの急に」

 

新学期が始まって最初の金曜日、授業も終わって家で一息ついていると乾さんがやってきた。

今日は帰るときに愛さんに送ってもらったため、そのまま姉ちゃんが帰ってくるまではウチに愛さんが残っている。

その愛さんが長谷家の来客の対応をしてくれたのだが

 

「いつにも増して今日はやたらテンションたけぇな」

 

愛さんが扉を開けると同時に家の中に飛び込んで、真っ直ぐ俺の部屋にダッシュしたらしい乾さん。

俺の顔を見るやいなや即座にベッドに座っている俺に飛びついてきた。

その後ろに愛さんが呆れたような顔をして付いてきている。

 

「やばいっす! このままじゃあ自分ダブりかねないっす!」

 

・・・・・・そりゃあ拙いね。

 

「どうしてダブりそうなの?」

「これです、恥ずかしいけど長谷センパイになら見られてもいいっす」

「な、何を見せる気だテメェ!」

 

何やら如何わしい台詞をいうから少し慌てるが、乾さんは特に変なことはせずに学校指定の鞄に手を入れた。

そのままゴソゴソと漁り、中からA4用紙を数枚だして俺に押し付ける。

 

「なに、これ」

「冬休み明けのテスト結果っす」

「ああ、うちもあったなテスト。

 まだ結果帰ってきてないけど」

 

俺は手がこんなだから受けてないけどね。

一応冬休み中に何とか器用にギプスはめられた腕を使って教科書やノートを読んではいたから問題を見ても大体わかった。

多分実際にテストしていれば順位は上から数えたほうが早いぐらいの出来だったはず。

 

因みに愛さんも今回のテストは結構良かったらしい。

普段から委員長に勉強を見てもらってるから基礎ももう完璧なのだろう。

愛さん記憶力凄くいいし。

 

で、今乾さんに渡された用紙をみる。

会話の流れを読むに多分悪い出来だったんだろう。

 

まず一枚目、英語。

由比浜学園のレベルはあまり知らないけど、流石に一年の問題なら俺も解けるくらいだった。

で、その英語の点数は76点。

用紙には結構な量の丸印があり、ひと目で出来が良いとわかる。

 

「いい点数じゃない、英語でこの点数って凄い事だよ」

「でしょ、あずも今回は英語は自信あったんっすよー」

 

じゃあなんでダブる心配があるのか。

よくわからないまま次の用紙をめくる。

 

次は数学か。

見れば引掛け問題みたいなのが少しあって、結構意地の悪い先生が作ったのだとわかる内容だ。

 

「数学96点・・・・・・乾さんってかなり頭いいんだね」

 

引掛け問題には一つもペケ印がない。

間違えている問題はどれもがケアレスミスしているのが原因だ。

つまりそれさえなければ殆ど百点だっただろう。

 

「ふふん、あずは英語と数学は受験に出そうだから頑張ってるんっす」

「したたかだなぁお前」

 

不良なんてやってるから勉強なんて興味ないと思ってたけど意外とやることはやってるらしい。

 

「こんな良い点数とってるのになんで留年しそうなの?」

 

素朴な疑問である。

だが乾さんは俺の疑問にものすごい渋い顔をして目を逸らした。

多分次をめくれって事だろう。

無駄口を叩かず次のテストを見る。

 

教科は国語。

特に言うことはなし、点数は28点。

・・・・・・うん?

 

誰にでも苦手な教科はあるってことだろう。

特に何も言わず次のテストを見る。

 

教科は科学。

ハロゲンって覚えること多いのにテストにでなさそうでヤダナー。

点数は24点。

あれ?

 

焦る手つきで次をめくる。

教科は歴史。

点数6点。

 

「こりゃダブリ確定だな、諦めろ」

 

横から見てた愛さんがばっさり切り捨てた。

南無三。

 

「諦められないから長谷センパイに相談しにきたんっすよぅ」

「でもこれ酷過ぎだろ、休み明けのテストだからいいもののこれで期末どうすんだよ」

 

由比浜の進級システムはしらないけれど、まさか始業式後のテストだけで進級を決定することはないだろう。

でも流石にこれは酷い。

受験のために数学や英語できても進級できなきゃ意味がない。

 

「センパァイ・・・・・・自分どうしましょう~~」

 

泣きながら訴える乾さん。

その乾さんが見せる事のない弱々しい態度は俺の心を揺さぶるには充分なものだった。

 

「乾さん、勉強見てあげようか?」

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、誰にだって奥の手ってあるじゃないっすか」

「いいからノート開け」

「自分の場合、このエンピツっす。

 回れ鉛筆サイコロ! って具合で」

「いいからノート開け」

 

勉強を見てあげることが決定してから、乾さんは一旦自宅に戻って苦手な教科の教科書とノートを持ってきた。

しかしウチに戻ってきた頃には時刻は18時を回っていたため愛さんが手作り料理を作ってくれた。

そのまま腹を満たして勉強会は始まったのだ。

 

始まったのだが・・・・・・

 

「この部屋暑いっすねぇ。薄着になるんでセンパイの個人授業を・・・・・・」

「いいからノート開け。ぶち殺すぞ」

「ひぃ!?」

 

一向に乾さんは勉強してくれなかった。

それどころかどうにかして逃げようと話題を逸らしたり、俺に色仕掛けしてきたりする。

愛さんがいなければきっと俺は流されていただろう。

 

「乾さん、勉強会をするっていって喜んでたのになんでいざ始まるとそんなに集中しないのさ」

「それはだって、勉強会といえばその・・・・・・合法的にお泊りできそうですし・・・・・・」

「アタシもいるからな?」

 

計算高い子だなぁ。

 

「乾さん、このままじゃきっと留年しちゃうよ。

 いいの? また一年生のまま一年を過ごすことになっても」

「うぅ、それは絶対いやっすぅ」

「だったら勉強しないといけないよ」

 

可哀想だが心を鬼にして強制的に勉強させることにする。

偽善なわけではないが、今は勉強こそが彼女の人生のためになるのだ。

 

乾さんも俺が真剣に心配していることを理解してくれたのだろう、がっくりと項垂れたあと渋々ノートに目を向けた。

 

「それじゃあまずは一番ダメだった歴史から行ってみよう」

「う~、歴史とか知らねぇし興味もないっすよ~」

「乾さんの場合得意な英語数学は既に余裕で合格ラインだから苦手克服に挑むのが効率的なんだよ」

 

英語と数学は普段から家で自習してるのだろう。

だからこそこの勉強会でやる意味は薄い。

 

「お前は得意教科あるだけマシだろうが、

 アタシの時なんて全部駄目だったから全教科片っ端からやる羽目になったんだぞ」

「え、辻堂センパイって勉強できなかったんすか?」

 

乾さんの質問に愛さんは少し恥ずかしげに答える。

 

「去年の夏休みまでは補修の常連だよ、今はもう赤点なんて一つもないけど」

「愛さんほんとに頑張ったもんね」

 

何だかんだで今日だって勉強会に付き合ってくれてるあたり誰かとする勉強に抵抗はなくなったのだろう。

一人の時に勉強しているのかはわからないけど。

 

「へぇ、じゃああず以下だったんっすね」

「あぁ!? 今は普通に勉強できるっつってんだろ! テメェと一緒にすんじゃねえ!」

「ひいいいぃぃ! じょ、冗談っすよぅ!」

「愛さんストップストップ」

 

乾さんの迂闊な一言でブチ切れた愛さんを慌ててなだめる。

どう考えても勉強できる空気になれない。

前途多難だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一時間後、ようやくマシになって気がする。

 

「う~・・・・・・なんで科学って科学なのに計算式がやたら多いんっすかぁ

 大人しくビーカーとかで液体混ぜて爆発してろって感じっす」

 

最初に一番苦手な教科をやろうとしたのが乗り気でない原因と判断し、歴史ではなく科学からする事にした。

そのため歴史をしてた時よりは大分勉強してくれるのだが

 

「回答を見てもなんでこうなるのか理解できない。

 センパーイ、ヘルプお願いします」

「はいはい、どんな問題かな」

 

彼女の詰まった問題はいわゆる液体などの質量の計算だった。

確かにこれは科学で最初に躓く所だ。

 

「これはね、この酢酸の質量を上記の仮定に当てはめてね。

 ほら、そうしたら計算のつじつまがあうでしょ」

「あ、ホントだ。どもっすセンパイ」

 

納得がいったらしい。

よかったと思い俺は自分の資料に再び目を向ける。

 

 

そして数分後。

 

「あうぅ、ぜんっぜんわからねぇっす」

 

再び唸る乾さん。

 

「どれ、どこだよ。見せてみろ」

 

次は愛さんが教える番らしい。

俺は資料に目を通したまま話だけ聞く。

 

「ここっす。何か公式あるっぽいっすけど全然覚えてないし、

 解説もない問題なんでどうしようもないんですよぅ」

「情けねえ声だすなよ、ってあれ」

 

愛さんが乾さんの問題を見た瞬間首をかしげた。

 

「あ~、駄目だ。これアタシじゃわかんねぇ」

 

即効諦めた愛さん。

一体どうしたというのだ。

愛さんの記憶の良さなら一年の問題くらい余裕だと思うのだが。

 

「俺にも見せてくれるかな」

「どぞっす」

 

教科書を見せてくれる乾さん。

それをマジマジとみるが、そこでどうして愛さんが即効さじを投げたか理解した。

 

「これってウチの先生が飛ばした範囲だよね愛さん」

「ああ。習ってないしテストにも出ないからこの範囲は全然勉強してねぇよ」

 

今乾さんが詰まっている所はウチの学園では覚えなくていい範囲として省略された範囲だった。

そのため俺や愛さんもそこを復習することなくわからないままだ。

ヴァンや委員長ならそれでも勉強してて覚えてそうだけど、少なくとも俺らじゃわからない。

 

「えぇ~、じゃあ解ける人いないんじゃないっすか」

「うちの姉ちゃんなら解けるだろうけど、まだ学園だしなぁ」

 

姉ちゃんなら酒あおりながら余裕でわかりやすく教えてくれそうだ。

だがこの場にいないためこの問題を解ける人物はいない。

どうしたものやら。

 

「なっさけねーなお前ら。で、どこの問題が解けないんだよ」

「ここっすよぅ。もう何が何やらって感じっす」

「ふーん、これはここをこうすりゃ解けるんじゃねえの」

「え、あ。ホントだ凄いっすね皆殺しセンパイ・・・・・・あれ?」

 

突然俺の部屋にマキさんが現れた。

それも最上級生らしく乾さんに勉強を教えながら格好よく登場だ。

 

「よ、ダイ。久しぶりじゃん。元気にしてたって・・・・・・そんな風には見えねぇな」

「久しぶりマキさん。しばらく見なかったけどどうしてたんですか」

 

俺が最後にマキさんを見たのはこのケガをする前日までだ。

そこから今日まで一度も彼女の顔を見てなかった。

あまりに不自然に来なくなったから心配してたんだけれど

 

「年末年始はばあちゃんが帰ってこいってうるさくってさ。

 実家は死ぬほど嫌いだけど仕方なく戻ってたんだよ」

 

へぇ。

マキさんの実家がどこなのかは知らないけどウチに寄れないくらい遠い所みたいだ。

何はともあれ心配していたマキさんの顔を見れて安心する。

 

「何だダイ。もしかして私の心配してたのか?」

「うん。だって何も言わず急に来なくなるんだから心配するに決まってるよ」

「ははっ、可愛いこというじゃんかお前」

 

何やら嬉しそうに俺の頭をガシガシと撫でるマキさん。

 

「で、何しに来たんだよ腰越」

 

愛さんが心底鬱陶しそうに呟く。

最近はマキさんの方は愛さんに絡んだりすることはあまりしなくなった。

しかし逆に愛さんの方はというとやたらマキさんに喧嘩をふっかける所が目に付く。

 

「皆殺しセンパイ、ここはどうやって解くんすかー?」

「あぁ? あぁ、ここはこの酢酸の濃度をだな――――」

 

俺と愛さんはその二人の姿を見て沈黙する。

愛さんは何やらマキさんに言いたいことがあるようだ。

いや、何が言いたいかは俺もわかるんだけど

 

「腰越、お前って普通に勉強できんだな」

「失礼な奴だなお前」

「いや、でもお前って普通に勉強嫌いだと思ってたんだけど」

「・・・・・・今でも嫌いだっつぅの」

 

意味深にマキさんは言葉を濁す。

だがその表情はどうもいつものマキさんらしくない。

 

「去年の夏までは私もそこのお前・・・・・・えぇと、誰だっけ」

「乾梓っす。あずにゃんでいいっすよ」

「あぁ、乾みたいに全然できなかったぜ」

「まじっすか、ってかあずにゃんって呼んでくださいよぅ」

「やだよ気持ちわりぃ」

 

それがこの半年で著しく学力アップしたと。

まじでか。どういう勉強したらここまで頭良くなるんだろう。

 

「因みにこの問題とか解けます?」

「ん、見せてみ」

 

とびっきり難しい数学の問題を出す。

ぶっちゃけ俺が解けないのでダメ元で聞いてみた。

 

だがマキさんは少し首を傾けたあと、スラスラと俺のノートに式を書いて、ものの二分で回答をだした。

 

「ほれ、回答してみろよ」

 

ノートを突き出してきたマキさん。

それを受け取って回答のページを見て答え合わせをしてみる。

 

「か、完璧だ・・・・・・」

 

文句のつけようのない回答だった。

 

「腰越、テメェそんなキャラじゃねえだろ」

「どういう意味だゴラァ」

「あぁ? やんのかオラァ!」

「うっさいっすねぇ」

 

馬鹿な。

マキさんを馬鹿にするわけじゃないけどこんなのマキさんのキャラじゃない。

こんな優等生みたいなマキさんなんて。

 

「マキさん、この半年でどういう勉強の仕方したの?」

 

俺の疑問にマキさんは少し嫌そうな顔をする。

 

「お前気づいてなかったの?」

「え、何がですか?」

「・・・・・・呆れた」

 

何か俺はバカみたいな事を言ったのか。

だが覚えがない。

 

「お前の姉ちゃんとかリョウに時々勉強見てもらってたんだよ」

 

気づかなかった。

そう言えば時々姉ちゃんの部屋で姉ちゃんが何か話してるなーとか、

誰か別の女性の声がするなーとは思っていたが、まさかマキさんだったとは。

 

二人がそもそも一緒にいるところが想像できないから全く気づかなかった。

 

「何で腰越が勉強見てもらうんだよ、受験でもすんのか?」

「わりぃか、その通りだよ」

「似合わないっすねぇ。皆殺しセンパイなら卒業したら旅とかしそうなイメージあったっす」

 

マキさんが受験。

全くイメージと合わない。

 

「因みにどこの大学受けるんですか?」

「・・・・・・ここだよ」

 

そういって俺の本棚を指差す。

その指差した方向には俺の第一志望である大学の赤本が。

 

「へぇ、何でここに選んだんですか?」

「え、あ~」

 

またもや言葉を濁す。

何か言いにくいことでもあるのだろうか。

 

「うん、内緒だ。教えねーよ」

 

結局秘密になったらしい。

俺も愛さんも余計に気になる。

だが本人が教えてくれないならいくら聞いたところで意味がないし、失礼だろう。

 

「でも偶然ですね。

 まさか俺の第一志望の所と同じ所を受験するなんて」

 

もしかしたら再来年は俺と愛さんとマキさんが同じキャンパスで勉強をするかもしれない。

それを考えると凄く楽しそうだ。

 

「偶然なワケあるかっつーの・・・・・・」

「ん、何か言いました?」

「いーや別に」

 

プイっとそっぽを向く。

どうやら少しヘソを曲げたようだ。

マキさんの機嫌を損ねたのは困ったが、それでも俺は嬉しかった。

 

「マキさんが卒業しても、俺達が受かればまた会うことができるんですね」

「は?」

 

俺の本音を聞いてマキさんは少し困惑している。

 

「だって、俺はマキさんの実家も本当の苗字もしらない。

 マキさんがここに来なければ俺の方からマキさんと顔を合わせる手段がないんです」

 

だからこそ、マキさんとの縁は殆ど綱渡りなのだ。

 

「だからマキさんが俺と同じ大学を受けるって聞いて凄く嬉しいです」

「アタシは最悪だけどな」

「ちょ、愛さん!」

 

流石に怒った俺は愛さんを叱る。

愛さんも悪いと思ったのか、少し申し訳なさそうな顔をして顔を伏せる。

それでもマキさんに謝らないあたり本当に仲が悪いのだろう。

 

「ごめんマキさん。愛さんも別に悪気があって言ったわけじゃ――――」

 

無理のある言い訳をしようとした瞬間、言葉を飲んだ。

理由は単純だ。

マキさんが今まで見たことないほど弱々しい顔をしていたからだ。

 

「マ、マキさん?」

「・・・・・・」

 

声をかけても返事がない。

何か考え事をしているのか、目を伏せてこちらを見てくれない。

 

「なぁダイ」

 

目を合わせないままマキさんはつぶやくように俺を呼ぶ。

 

「お前はまだ、私とダイの本当の縁を思い出せないのか?」

「え?」

 

聞き逃してはいない。

ただその言葉の意味が抽象的すぎて理解できないのだ。

俺とマキさんの本当の縁。

なんのことだ?

 

「いや、何でもない。

 悪いな、変な事いってよ」

 

何故か俺の方が謝るべきな気がする。

明らかに彼女のさっきの言葉を軽く受け止めてはいけない、そんな気がしてならない。

 

「さっきもリョウのところで勉強してきたから眠いんだよな、

 ダイ、ちょっとベッド借りるぞ」

 

そう言ってマキさんは俺のベッドに仰向けで転がって、そのまま数秒で眠りについた。

一分後にはマキさんの安らかな寝息が聞こえてくる。

 

「マジで寝ちまったのかよ」

「皆殺しセンパイのこんな無防備なところ初めて見たっす。

 長谷センパイにだけ態度違うって噂マジだったんっすね」

 

乾さんがペンを片手に興味深そうにしている。

因みにノートを見れば結構真面目に勉強してたらしく、丁寧に公式などを書き写していた。

 

「でも、マキさんのさっき言ってた事ってどういうことだろう」

 

考える。

けれども当然のように答えは出ない。

完全に八方塞がりだ。

 

だけど、この事は絶対に思い出さないといけない気がしてならない。

 

「・・・・・・なぁ大」

 

一人で考えていると、控えめな感じで愛さんが口を開いた。

 

「お前ってアルバムとか持ってないの?」

「アルバム、そう言えば姉ちゃんが持ってたような」

 

最近の写真とかは俺も持っているけど、まだ俺の苗字が長谷出なかった頃の写真は持ってない。

けれど姉ちゃんは持っている筈。

前によい子さんや俺と一緒に写っている写真を懐かしげに見ていた記憶がある。

 

「縁とか語るくらいなんだから昔にあってるとかあるかもな。

 アルバム見たらもしかして一緒に映ってるのがあるんじゃないのか」

 

昔にマキさんに会っている・・・・・・

はて、前にも愛さんに言ったけどマキさんほど濃い人なら忘れる筈がないんだけど。

それでも姉ちゃんが帰ってきたら見てみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辻堂、お前ダイの姉ちゃんのアルバムにこれと同じのがあるって知ってて話したろ」

 

大と梓が夜食を買いに近くのコンビニへ向かったとき、今まで寝ていたはずのマキがベッドから起きた。

愛はマキが狸寝入りしている事に気付いていたのか、特になんでもないように視線すら送らない。

 

「知ってて教えた。悪いか?」

 

逆に問い詰めるようにマキに言う。

 

愛は気づいていたのだ。

以前冴子に写真を貰うと気に愛はそのアルバムを一通り見た。

そのアルバムには確かにあった、以前マキが江ノ島へ続く橋で見ていたあの写真と同じものが。

冴子、大、よい子。そしてマキが映っているソレが。

 

「どういうつもりだ、こんなのを見せたところで誰の特にもならない。

 むしろダイを悩ませるしお前にも都合の悪いものだろうが」

 

そういってポケットから一枚の写真を撮り出す。

その四人が写っている集合写真だ。

 

「気に食わねぇんだよ」

 

愛はその写真を忌々しげに睨みつけて吐き捨てる。

 

「テメェはアタシより先に大と出会っていた。

 それぐらいでアタシや大の絆にヒビが入ると思ってんのか?」

 

愛のその見当違いな言葉にマキは全てを知られていないことに安堵する。

だが、だからこそ安堵と同時に愛に苛立ちも湧いた。

 

「辻堂、お前は子供の頃に誰かと交わした約束って覚えてるか?」

 

マキのその問いに愛は首をかしげる。

 

「少しは覚えてる、けどそれがどうした」

 

記憶力のいい愛だからこそ一部だけだとしても約束事を覚えているのもある。

勿論大半はもう忘れたけれど。

 

「もしお前が本当に好きな奴が子供の頃に違う女と将来の約束をしているとしたらどうする?」

「・・・・・・なに?」

 

明らかに大の事だった。

愛はその言葉の意味を理解し、けれど信じられないのか聞き返す。

 

「・・・・・・」

 

マキはそれ以上何も語らない。

本人もあまり言いたくないのだ。

だが愛はそうはいかない。

 

「腰越、まさかガキの頃に大と?」

 

好き合っていたのか? と聞くことは出来なかった。

そうだとしたら愛にとって何よりも辛い事なのだ。

 

順風満帆な大との交際の中に落ちた爆弾。

今更過去の恋人、もしくは将来を約束した相手

そんなのが現れるとは思わなかった。

 

「安心しな、別に私から約束を思い出させることはしないし

 約束を盾に今更ダイやお前に割り込む気なんてねーよ。みっともないし」

 

それだけ言ってもう一度ベッドに寝転がる。

今度こそ寝る気なのだろう。

 

「ダイの隣には辻堂、お前がいる。

 だったらこの勝負は私の負けだったって事だ」

 

らしくなく。

本当にらしくなくマキは諦めていた。

 

「それでいいのか」

 

愛はそのマキに食いかかる。

 

「そんな事で諦められる気持ちなのか?」

 

愛は問いかける。

しかしマキは愛に背中を向けたまま何も反応をしない。

 

「今日いた梓の事をお前はどこまで知ってる?

 アイツがどれほど悩んで、どんな過程を踏んで今ここで大の隣に居ようとしてるのかわかってるのか」

 

マキは梓のことを何も知らない。

実際に気にはなっていたのだ。

自分が実家に帰っているうちに大は再び大怪我をしていた。

そして大と波長の合うハズのなかった梓が明らかに大になついているその姿。

 

「今のお前は梓より遥か下だ。

 アイツは乗り遅れたにもかかわらず自分の気持ちを貫いた」

 

既に自分が隣にいるのにそれでも構わないと言い切り、その気持ちを貫いている。

 

「アタシからすれば今のテメェは間違いなく梓より格下だ」

 

愛がそう言った瞬間、マキは僅かに身をよじらせて上を向いた。

そして横目で愛の顔を見て、小さくため息を吐いた。

 

「だから悩んでるんだろうが、諦めきれてたら受験なんて面倒な事するかよ」

 

何時までも大への気持ちが褪せないからこそ受験という進路を選んだ。

大は言った、マキと縁が切れないで良かったと。

けれど実質マキが大とつながりを残すために故意にそうしたのだ。

 

愛はそれに気づいて黙る。

 

「今度こそ寝るぞ、次起こすような真似したらこの家で大暴れするからな」

 

愛はマキの真意を確かめられない、

当然だ。マキ自身も自分の気持ちを把握できていないのだから。

 

結局、大と梓が帰ってくるまで愛は勉強が進まなかったしマキも寝付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~、知恵熱でたっぽいっす」

 

梓は一人長谷家の庭で背伸びする。

時刻は深夜二時。

既に愛や大は勉強疲れでコタツの中で寝落ちしている。

 

ただ、途中まで寝ていたマキだけは起きるとともに何処かへ出て行ったため所在がわからない。

 

「ん~~~」

 

大きく背伸びする。

外気は凄まじい寒さだけれども、火照った頭には丁度いい。

 

久々にここまで集中して勉強した気がする。

始める前や取り掛かった序盤は全く乗り気ではなかったのだが、

一度集中し始めると中々実のある勉強が出来た。

 

このペースで毎週金曜日、土曜日、日曜日に大の家に入り浸ったら普通にいい点が取れそうな気すらする。

 

「おい、お前」

「はい?」

 

一人かと思ったらどうやら先客がいたらしい。

梓の死角となっている所にはマキの姿があった。

どうやら先にここで休んでいたらしい。

 

「あ、サーセンっす。お邪魔でしたらどっか行きましょうか?」

「別にいいよ。それよりお前に聞きたいことがある」

 

マキは相変わらずのぶっきらぼうな顔で梓に近づく。

流石に腕をへし折ったり散々痛めつけられた相手に梓は若干気圧されが、マキはそんなのは素知らぬ顔だ。

 

「ダイに告白したんだってな」

「は?」

 

言葉に詰まる。

まさかそんな事を聞かれるとは思わなかった。

 

「え、えぇ。そうっすけど」

「そうか。で、ダイの答えはどうだったんだ」

「そんな事を何で皆殺しセンパイに言う必要があるんっすか?」

 

別に隠す気はないが、はっきり言えば梓にとってマキは好きな相手ではない。

ケガを負わされた相手というのもあるけれど、単純に恋敵でもあるのだ。

愛とは殴り合って本音をぶつけ合って今では驚く程打ち解けている。

けれどマキとは分かり合える気がしない。

 

マキはその刺々しい梓の返答に僅かに片眉を上げる。

 

マキは触れれば爆発するような性格というのが周りの評価だ。

梓は切れさせたかと慌てて身構える。

だがマキは別に梓に襲いかかることはせず、困ったように腕を組んだ。

 

「別に言いたくなきゃ言わなくていいよ」

 

そのマキらしくない物分りのいい対応に梓は更に違和感を感じる。

明らかに以前までのマキじゃない。

 

「だけどさ、ダイの隣にはもう辻堂がいるんだ。

 テメェの居場所なんてないのに何で告白したんだ?」

 

今度は梓の片眉が上がった。

 

「うっせぇんだよ。あずはセンパイが好きだから告白したんっすよ。

 隣に辻堂センパイがいようがいまいが関係ないでしょう」

 

マキの問いは梓にとって最も触れて欲しくない部分に触れた。

そんなことは百も承知なのだ。

けれど割り切れない部分である。

だからこそそこを指摘されると過敏に反応してしまう。

 

「ふーん、いいじゃん。尊敬するぜお前」

「はぁ?」

 

今度こそマキが切れるかと梓は思ったが、やはり爆発しない。

それどころか初めて梓を認めたような事を口にする。

 

それに梓は驚いて言葉も出ない。

 

「そうやって自分のしたい事を貫いてるお前は嫌いじゃない」

 

マキはそう言って梓に背を向けて長谷家の玄関に向かいノブに手をかける。

 

「少なくとも前までカツアゲみてーな腐った真似してた頃より百倍格好いいんじゃねーの」

 

マキはそのまま長谷家の扉をくぐり、再び中に入っていった。

残された梓は結局驚かされたばかりでしばらく立ち尽くした。

 

「あれって、本当に皆殺しセンパイっすか?」

 

おかしい。

違和感がある。

あの目を合わせれば問答無用で殴り殺されると言われる程狂犬の腰越マキがどうしてこうもおとなしいのか。

何度挑発しても乗らないし、それどころか挑発する自分が子供に思えてしまうほど大人な対応をされる。

 

あれは本当に皆殺しのマキの姿なのだろうか。

梓は釈然としないものを感じながら考え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、何かだるい」

 

大きく背伸びをする。

どうやら眠っていたようだ。

コタツの中で寝たものだから体中がこってる上に妙にしんどい。

 

さて、みんなはどうしているのかと見回す。

 

まず目に付いたのは愛さん。

どうやら俺と同じくこたつで寝落ちしたらしい。

俺と反対側の位置で横向きに寝ていた。

その普段の凛々しい顔つきとは違う無防備な穏やかな寝顔に微笑ましいものを感じた。

 

次に目に入ったのは乾さん。

彼女は俺のベッドで丸くなって寝ていた。

うん、こたつで寝るより余程健康的で素晴らしい。

 

「あれ、マキさんは?」

 

そういえばマキさんの姿だけ見えない。

どこへ行ったのかすら想像できない。

 

まぁアウトローな人だからもしかしたら俺達が寝ているのを見てまた一人でどこか別の所に行ったのかもしれない。

探すのを諦めた。

その時

 

「わっ!」

「うおわ!?」

 

いきなり炬燵の中からマキさんが俺にかぶさるように出てきた。

完全に油断していた俺は派手にびびって後ろにのけぞる。

 

そんな俺を見て作戦成功したのだろうマキさんは楽しそうに笑った。

 

「・・・・・・もしかして俺が起きるまでずっとコタツの中に隠れてたの?」

「んなワケねぇだろ。お前が起きたのを見計らってから隠れたんだっつぅの」

「そんな子供みたいな」

 

いや、元々マキさんは子供っぽい人ではあるけど。

 

「ところでマキさん、近いです」

 

殆どマキさんが俺のマウントをとっている感じだ。

ここで愛さんがおきたら間違いなくマキさんが俺を押し倒していると思うだろう。

実際そうなんだけど。

恐る恐る愛さんの姿を確認する。

 

「ん~・・・・・・大ぃ・・・・・・」

 

見れば今のでは起きずに、まだ寝ている。

愛さん、夢の中まで俺の事を。

嬉しい。

 

「落とし前つけろやボケェ・・・・・・」

 

どんな夢みてるんだろうね。

 

「相変わらずお前の匂いってイイよな、落ち着くっていうか」

「ちょ、マキさん」

 

身動きの取れない俺にかぶさったマキさんはそのまま胸に顔を押し当ててクンクンと犬のように匂いを嗅ぐ。

くすぐったいものを感じながら、俺の意識は別のところに集中した。

 

マキさんのふたご山が俺のマイサンにあたっている。

 

「やめ、これヤバイって」

「何がだよ?」

 

マキさんは本当に気づいていないらしく俺の胸から上目遣いでこちらをみる。

その端整な顔と強烈なスタイルに頭がクラクラする。

拙い、寝起きでこんな事をされたら俺はもう。

 

「・・・・・・おいダイ、何かあたってるぞ」

「あててんのよ」

「うわぁ、ドン引きだ」

 

当てさせた本人が何を言うか。

 

「ほら、そろそろ離れないと俺だって男なんですから狼になっちゃいますよ」

 

下の起立した愚直なマイサンを既に隠す気もない俺はマキさんに告げる。

離れてくれと言って離れないなら逆に北風と太陽方式に変更だ。

だがマキさんは俺のその言葉を聞いても離れてくれず、むしろ大きな胸を余計に押し付けてきた。

 

ちょ、まじやばいって。

 

「ダイが狼ってタマかよ。どちらかというと食われる側の羊だろうが」

「ひどい」

 

男の矜持をスレッジハンマーでフルスイング破壊されたような感じだ。

盛大に傷つく。

 

「それに、そんな怪我じゃそんなこと出来ねーだろ」

 

まあそうなんだけど。

今の俺なら幼稚園児にすら一方的に叩きのめされる自信がある。

 

マキさんは穏やかに笑って、しばらく俺の胸に顔をうずめ続けた。

しかしそれも長くはなく、数分くらいだ。

 

「なぁダイ」

「はいなんでしょう」

「私を元気にしてみろ」

 

いきなりな無茶振りだ。

どうしたものかと考える。

 

「そういえばマキさん昨日今日は元気なかったですよね」

 

最初にウチに来て乾さんに勉強を教えた時からずっと思っていたことだ。

何があったのかはわからないけど気にはなっていた。

 

「やっぱそう思うか?」

「はい、いつものマキさんらしくないっていうか」

「いつもの私ってどんなだよ」

 

そうだなぁ。

 

「気に入らない奴は鉄拳制裁、お前のものは俺のもので俺のものも俺のもの。

 天上天下唯我独尊の世紀末覇者ってかんじで」

「何で私がジャイアニズム唱えてるんだよ」

 

それでいて

 

「でもどこかマキさんは常識的な所もあって、一緒にいて安心するというか頼りがいがあるというか」

「随分私の事を見てんだな」

「そりゃマキさんって俺の中で強烈な存在ですし」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

実際褒め言葉のつもりで言ったのだけど。

若干悪いニュアンスも混じってしまったようだ。

けれど俺がマキさんを好意的に見ているのは確実だ。

 

「マキさんは他人には思えないんです。

 だからいつだって何かしてあげたいし、何かあれば心配します」

 

この感情をなんと言えばいいのか語録の少ない自分には言葉にできないけれど。

 

「俺にとってマキさんは大切な人ですよ、それは確かです」

 

相変わらず胸に顔をおいているマキさんの目を見てそう言う。

それをマキさんは同じくまっすぐの目で受け止めた。

 

「そっか」

 

納得してくれたのだろう、何やら嬉しそうな顔をして俺の胸から僅かに離れた。

そして顔の位置を俺の胸側から俺の顔の方に移動。

目の前にマキさんの顔が来た。

 

「ありがとよ、おかげで元気になった」

「どういたしまして」

 

なにやら面と向かって礼を言われるとムズ痒い。

それがマキさんとなると更に増す。

 

「それじゃあご褒美をやろう」

 

俺の頭をガシっと掴む。

あれ、この流れってまさか。

 

「ちょ、それは駄目です」

「うっせぇ、私がしたいんだから駄目じゃない」

「そんな」

 

抵抗できない俺に向かって唇を徐々に近づける。

やばい、まじでチューする五秒前だ。

 

「お、俺まだ起きて歯を磨いてません!」

「私は気にしない」

「ああん男らしい!」

 

これはもうダメかもわからんね。

殆ど諦める。

 

「それじゃあダイ・・・・・・」

「あ、う・・・・・・」

 

マキさんの綺麗なピンク色の唇が俺の唇と合わさるその瞬間

 

「何をやってんだ」

「ん?」

「ちっ、起きやがったか。空気読めない奴だな」

 

俺の対面側から声がかかった。

マキさんは舌打ちをして起き上がる。

 

「腰越テメェ、今大にキスしようとしてたな。殺されてぇのか」

「知るかボケ、殺せるもんならやってみろよ」

 

凄まじい殺意を出しながら立ち上がる愛さん。

それに同等の殺気で相殺するマキさん。

なんだろう、何か今のマキさんは以前の姿と同じものだった。

昨日今日の元気ないマキさんじゃない。

 

「表出ろ、今日こそテメェのその傲慢な態度を文字通り打ち砕いてやる」

「はっ、言うじゃん。吠え面のかかし甲斐があるってもんだ」

 

互いに至近距離でメンチ切りながら外に出て行った。

どこで喧嘩する気なんだろう。

うちの庭でやられると近所迷惑な上に長谷家が崩壊する恐れがあるんだけど。

 

「行っちゃったっすね、お二人共」

「起きてたんだ」

 

愛さんとマキさんが出て行ったのと同じタイミングで乾さんが起きた。

 

「ええ、皆殺しセンパイが長谷センパイを驚かしたあたりから」

「最初からなんだね」

「長谷センパイが押しに弱いってのは良くわかったす」

 

若干乾さんも怒ってるらしい。

少しすねた顔でベッドから起きて今で寝転がっている俺の隣にすわる。

そしてそのままマキさんと同じように俺の顔を掴んで。

 

「んむ」

「んん~!?」

 

流れるような動作でキスされた。

 

「ふふ、朝のキスってのもいいっすねー」

「・・・・・・」

 

唇に指を当てながらうっとりとした顔で呟く。

まじで愛さんがいたら俺も乾さんも殺されていたと思う。

 

「で、センパイ。さすがっすね」

「何がかな?」

「何がって、皆殺しセンパイっすよ」

 

何を言っているのかよくわからない。

 

「まさかあんなに簡単に元気出させるなんて、センパイ凄いっす」

 

ああ、そのことか。

 

「たまたま相性が良いからね。一緒にいると俺もマキさんに元気づけられる事多いし」

「相性っすか」

 

そう相性だ。

一緒にいると妙に気があって精神が休まる感じ。

マキさんと一緒にいるときは沈黙になっても空気は嫌なものにはならないし、

意見が合わなかったとしてもそれが原因で衝突することもない。

 

ウマが合うってのはこのことだと思う。

 

「何にせよマキさんに元気が出てよかった」

 

落ち込んでいるマキさんなんて滅多に見ないけれど、見たいものじゃない。

力になれてよかった。

 

「じ、自分と長谷センパイの相性はどうなんでしょう――――」

『うおらあああああぁぁぁぁぁぁあ!』

『せぁりゃあああああああああああ!』

 

乾さんが何か言おうとしていたけど外から聞こえる声に消し飛ばされた。

しかも爆音が街中に響く。

今ので絶対に近所の人飛び起きただろうな。

後で謝って回らないと。

 

「乾さん、二人を止められる?」

「無理っす、また病院送りにはなりたくないです」

「だよね、じゃあ諦めよう」

 

きっと二人ならこの家を壊すことはないだろうし、何より今は眠い。

二度寝したいのだ。

 

「じゃあ俺は二度寝するね」

 

それだけ言って乾さんがさっきまで寝ていた俺のベッドに横になる。

乾さんの甘酸っぱい香りが残っているが、眠気に支配された頭ではそれに意識する余裕はない。

俺はそのまま眠りについた。

 

 

 

余談だが、俺が寝たあと乾さんが再び俺のベッドに潜り込み

喧嘩が終わったあとの二人はそれを見て一悶着起こって一戦やらかしたらしい。

 

俺が次目覚めたあとは三人ともボロボロになっていた。

乾さんに至っては酷い目にあったらしくワンワン泣いていた。

女性三人揃うと姦しいとはよく聞くが、まさかここまでとは思ってもみなかったよ。

 

ただ、それでもこの賑やかさは俺にとって心地のいいものだった。

 

 

 

 


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