辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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17話:バカップルな奴ら

人間というのものは現金なものである。

初夢に富士山が出たからと喜ぶ、それは縁起がいいからだ。

 

だが、そもそも夢などというものは基本的に目が覚めれば忘れるものである。

だというのに新年が始まって友人同士が集まれば『自分は初夢で何々を見た』

などと会話を弾ませる。

 

何故覚えているのか。

実に胡散臭い。

無論強烈な内容の夢ならば覚えていてもおかしくはない。

しかしまさか夢で富士山がでたからイコール強烈な夢というのも都合が良すぎる。

 

さて、閑話休題。

 

現在、旅行に行ったっきり帰ってこない両親のせいで一人自宅のベッドで寝ている辻堂愛。

 

今回はそんな彼女の優雅なる朝の目覚めから夜の就寝まで。

おはようからお休みまでを追っていきたい。

 

 

 

 

『愛さん、こんな男を誘うような格好をしていけない子だ』

『え? うわっ、なんだこの格好!?』

 

ヨーロッパ貴族みたいな話し方をする大に言われて自分の姿を見れば

何故かアタシは以上にきわどいサンタ服を着ていた。

 

『既に俺には君という過ぎた贈り物があるというのに、まだ愛さんは俺に何かくれるというのかい?』

『ちょ、大! どうしたんだ急にっ?』

 

恐ろしく積極的な大はアタシを流れるように抱きすくめ、

ダンスのターンをするようにアタシを傾けて見つめ合う姿勢をとった。

 

『いや、違うか。プレゼントは愛さん自身だったね。

 こんな男を惑わすいけないサンタはとても子供には見せられない』

 

そのままゆっくりと唇を近づけてくる大。

やばい、やはり大は格好いいなぁ。

きっとこのままあのベッドにアタシは押し倒されるのだろう。

それを拒否するつもりもない。

むしろアタシは―――――

 

 

 

 

「ん、んん~・・・・・・」

 

目が覚める。

何か夢を見たきがする。

それも凄く嬉しい内容だったような。

意識が浮上していく感覚と同時にそれは忘れたけれど。

 

「・・・・・・さみぃ」

 

誰もいない自分の部屋の中でぼそりと呟く。

寒い。

エアコンをタイマーでセットしておくべきだったかと考える。

窓を見れば外気と室温の差でびしょびしょに濡れており全く外が見えない。

 

暖かい布団で二度寝しようか。

 

などと一瞬考えたが、その甘い誘惑をはねのけて勢いよく布団から出る。

そのまま無理やり上げたテンションのまま日課となった自分の机に立てかけた写真を手にとった。

 

「おはよ、大」

 

当然返事はない。

この春休み中に冴子から貰った大の姿が大きく写った写真に向かって言ったのだ。

そりゃ返事なんてあるわけがない。

 

見ればその写真に映る大は穏やかに笑っている。

大の性格がよく現れている良い写真だと思う。

どうやら冴子にとってお気に入りの一枚らしい、渡される時に長々と自慢された。

 

・・・・・・この写真には色々とお世話になっている。

夜に性欲を持て余したときとかに。

 

なんてどうでもいいことは置いておいて、顔を洗いに行こう。

 

親もいないから一日の家事は当然自分がしなくてはならない。

洗濯、掃除、そして自分の分の食事を用意するまで全部自分がすることだ。

それが別に嫌いではなく、むしろ花嫁修業気分で楽しい。

 

「さて、それじゃあ始めっか!」

 

自分に活を入れるように両頬を手で叩く。

当然痛い、しかしそのおかげで気だるい倦怠感も無くなった。

今日も一日頑張りますか。

 

 

 

 

 

 

「それで、ここの公式がこうなって・・・・・・ほら解けました」

「あ、ほんとだ」

 

掃除も洗濯があらかた片付いて、昼まで時間を持て余したとき、自宅に委員長が訪れた。

もっとも、あらかじめ昨日約束していたことなので来るまでに片付くようにしていたのだが。

 

ともあれ、委員長とアタシは昼過ぎ頃まで一緒に春休みの宿題をすることになった。

まぁ委員長の方は春休みの最初に終わらせていたので自分が委員長から教えてもらう形にはなっているが。

 

「相変わらず教えるの上手いな、お前」

「辻堂さんの飲み込みがはやいだけですよ」

 

そう謙遜する委員長。

お世辞ではなく事実を言ったのだが。

本当にわかりやすく教えてくれるので先ほどから凄い速度で課題が終わって行っている。

 

「ふふ、ここに長谷君もいたらよかったですね」

「そうだな。でも仕方ねえよ」

 

入院しているんじゃどうしようもない。

それに大は両手がイっているからペンすら持てない。

だから急いで今日中に宿題を終わらせてこれを大の所に持っていきたい。

 

そしてこれを見せて大の宿題も終わらせて安心して新学期を迎える算段だ。

きっと大も真面目に宿題をやったアタシを褒めてくれるはず。

 

それを想像するだけで頬が緩みそうになる。

 

「あらあら、今長谷君の事想像してますね?」

「し、してねぇよ!」

「してました。だって辻堂さん長谷君の事考えてると顔でわかるんですもの」

 

そんなにわかりやすい顔をしていただろうか。

少し気を付けないといけない。

 

「大の奴もまだ宿題終わらせてなさそうだし、これ終わらせて見せたいと思ってたんだよ」

「・・・・・・え?」

 

委員長の頭にクエスチョンマークが出たのが見えた。

何か変な事をいっただろうか。

 

「長谷君なら春休み3日目で宿題終わらせたそうですよ。

 前にお見舞い行った時にそう言ってましたけど」

「え、えぇ~~~~~・・・・・・」

 

一気にやる気が失せた。

流石大だ。真面目にやってたんだな、自慢の彼氏だよ。

畜生。

 

 

「一気にやる気失せたぁ~。休憩しようぜ~」

「さっき休憩したじゃないですか。ほら、あと少しで数学は終わりなんですから頑張ってください」

 

穏やかな笑顔でアタシを宥めようとする委員長。

正直、委員長は大に雰囲気がよく似ていてアタシにとってとても波長の合う相手だったりする。

そのせいか彼女に褒められれば悪い気はしないし、言うことにはできる限り頷いてやりたい。

 

「わかったよ、でもマジでやる気しねぇ・・・・・・」

「文句言いながらもペンを動かす辻堂さん、素敵です」

 

そんなこんなしながらアタシの宿題は殆ど終わった。

委員長、将来は人に何かを教える職業につけば良いのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エマージェンシー! エマージェンシー! 本官只今大ピンチ!」

「暴れても無駄っすよ。自分こういう弱って動けない相手を嬲るシチュエーション好きなんですよ」

「いやぁあああ! サドだ陰湿なドSだ! 本官苦手なのこういう人!

 あ、駄目! それ脱がしちゃこぼれちゃうから!」

 

何だろうか、約束通りの昼14時にお見舞いに来たらよくわからない事になっていた。

まだ部屋の中を見てはいないのだが、廊下にまで中にいる二人の声が響いていて周りの患者達が興味津々にしている。

 

聞いていれば梓が大に襲いかかっているのは間違いないだろう。

逆ならば即座に逮捕ものなのだが、この国は変態行為の場合男よりも女に甘い世の中だ。

変質者の男ならば打ち首ものだが、痴女の場合遠目で眺めるだけで誰も警察を呼ばない。

 

「あ、愛さん! やめッ、俺の操が! 貞操が汚されちゃうの!」

「ふへへ、そう言ってここは正直じゃないっすか」

 

正直この中に入りたくない。

辺りの患者は誰もが中の状態を知りたくて今にも覗こうとしている。

そんな中に入ったらアタシまで変態扱いされかねない。

 

とはいえこのまま放置してたら何か洒落にならない事になりそうだ。

 

仕方ない。

大きくため息をつく。

 

「おーい、入るぞ」

 

ノックを二回して相手の許可なしに入室した。

扉を開いた際に野次馬が覗こうとしたためメンチをきって中を見られないようにする。

 

そのまま入室し、扉を閉めればそこはサバトだった。

 

「何やってんだお前ら」

 

下着一丁の大がベッドに大の字で固定され、その股間部にのしかかっているやはり下着姿の乾梓。

どうみても情事真っ最中である。

 

「あれぇ、辻堂センパイじゃないっすか。ご一緒どうですかぁ?」

「うお、酒くさ」

 

アタシに気付いた梓は何やら赤ばんだ顔で話しかけてきた。

顔はトロンとしていて艶っぽい、しかも下着姿なため肌色の面積が非常に広いのだが、火照っているのか白いはずの肌が赤い。

 

どうみても酔っている。

 

「愛さん助けて! パンツが! パンツが脱がされそうなの!」

「ふふふ、何か中身のがつっかえて降ろしづらいっすねぇ」

「何でコイツは人の彼氏にセクハラしつつ逆レイプしてやがんだ」

 

普段の梓からは想像しづらい強行した凶行に手も足も出ていない大。

いやまあ縛り付けられてるから当然なんだけど。

 

「そのテーブルにある川神水を乾さんが飲んだらこんな事になったんだよ。

 持ってきた我那覇さんはすぐ帰っちゃって止める人いないんだ助けて!」」

「あふぅ、いい気持ちっすぅ」

 

大分酔っ払っているらしい、さっきからフラフラと頭を左右に振っている。

ちょっとしたきっかけで寝落ちしそうな感じだ。

 

「センパぁイ、あずの処女あげますからセンパイの操をくださいよぉ」

「ンガッ!?」

 

ガシっと大の下着に手をかける梓。

多分このまま一気に引きずり下ろす算段なのだろう。

さて、アタシはどうしたものか。

正直見てて面白い。

 

「パンツ放して!」

「パンツ放さない!」

 

意地でも手放す気がないらしい。

 

「センパイがあずの心を掴んで放さないようにあずもこの手を離すことはできないのです」

「パンツ掴む手と心を掴む手を同じ列に並べるのかよ」

「ええいつべこべうっさいっす! せぁりゃぁ!」

 

大きな掛け声を出して梓は思い切り下着をずり下ろした。

やっちまったな。

もはや逃げられんぞ。

 

「きゃああああああああああああ!」

 

長谷大。顔を真っ赤にして乙女のような絶叫をする。

 

「お、おぉう。自分初見ですけどこれって平均より大きいっすよね辻堂センパイ」

「アタシは大のしか見たことねぇから知らねえよ・・・・・・凄く立派だと思うけど」

「見ないで! 剥き出した獣な俺を見ないで!」

「あぁ、素敵っすセンパイ・・・・・・」

 

それはビッグサーベルかと思うくらい既にそそり立っていた。

一瞬浮気かと思うものの、半裸の女にマウント取られて弄り倒されたのなら仕方ないだろう。

少ししこりがあるものの、それを許す程度の寛容さくらいはあるつもりだ。

 

とはいえ、流石にやりすぎだ。

騒ぎは既に外に伝わってるし、梓が本格的に致し始めたのなら見過ごすつもりもない。

・・・・・・アタシを含めて三人でやるのなら許してやってもいいけれど。

 

まぁそろそろ騒ぎを聞きつけた看護婦が来ても面倒だ。

 

「もう満足だろ、そろそろやめとけ」

「やめません、むしろヒートアップしてきたっす」

「ちょっ、掴まないで!」

 

梓がおもむろに大のアレを握り締めた。

それを見た瞬間、何かプツっと切れた音が頭の中に響いた。

 

「それはアタシだけのものだ! 触んじゃねえ!」

「ふぎゃん!?」

 

殴り倒して気がつく。

どうやら一瞬できれて梓にげんこつをかましたらしい。

 

酔って意識が虚ろだった梓は特に抵抗もなくあっさりと気絶する。

それ程力をいれたわけでもない。

多分アタシが手を出さずとも直に勝手に寝落ちしただろう。

 

「た、助かった。ありがとう愛さん」

「あ、あぁ。それよりもソレ、早くしまって欲しいかも」

「そうおっしゃられても、だって俺両手両足縛られてるもん」

 

そういえばそうだった。

大の字に縛られているせいで身動きが取れない大。

そのためむき出しにされた大の大きなアレが丸見えになっている。

 

「あ、アタシがしまうよ」

「まじっすか!」

「何で嬉しそうなんだよ」

 

何やら喜んでいる大を軽く睨んで、大のずらされた下着を手に持つ。

そして目を閉じて上にあげようとする。

 

「引っかかってこれ以上あがらない」

「そりゃつっかえ棒があるからね」

「うぅ、彼氏が自信満々に変なプレイ強要してる気がする」

 

下着をいかに動かそうとも大の逞しいアレが引っかかって進まない。

 

「愛さん、俺のコレが引っかかってるのなら倒せばいいじゃない」

「・・・・・・わかった」

 

諦めるしかない。

覚悟を決めて大のアレを握り締めた。

 

熱い。

これまで何度も握ってるし、その・・・・・・何度も受け入れたものだけれど

今日はさっきまで寒い外にいた事も相まって余計に熱を感じる。

 

「ほら、これでいいだろ」

 

余計なことを考えず、起立した大のモノを倒して素早く下着の中に入れた。

当然手を離した瞬間下着が大きく盛り上がるが、アレをそのまま外に出しておくよりかはマシだ。

 

正直に言うと・・・・・・アレを見続けていたらアタシの方までその気になってしまう。

今も起立したアレを少し見て握っただけで殆どスイッチが入りかけている。

ここに梓いなくて、病院内でさえなければと思ってしまうあたりで既にギリギリなのだ。

 

「そのさ、大」

「ん? どうしたの愛さん」

 

前から聞いてみたいことがあった。

 

「その、入院生活中って大はどうやってあっちの方を解消してるんだ?」

 

口に出すのが恥ずかしい。

だが本当に興味あったため正直に聞いてみた。

 

「気になる?」

 

大は少し照れたように聞いてきた。

アタシは大人しく頷く。

 

「両手がこの様だからね、前に愛さんとしたっきりだよ。

 正直に言えば今だってすっごいムラムラしてる」

「む、ムラムラ!?」

 

確かに、下着に戻ったはずの大のアレは一向に静まる気配がない。

 

「愛さん、性欲が溜まっている俺としては正直愛さんとイチャイチャしたい所なんだけれども」

 

ここで大が急に影を落とす。

 

「できれば手足の縄ほどいて貰えませんかね」

「あ、あぁ悪い。気づかなくてごめんな」

 

言われた通りに解く。

いや、余りにも固く結ばれてたから半分引きちぎったのだが。

 

「その、大。それ、治まりつかないならアタシが―――――」

「ストップ愛さん」

「なんだよ、アタシじゃ嫌なのか? 

 アタシはいつだって大とそういう事したって良いと思ってるんだぞ」

「俺だって愛さんとならどこでだってTPO弁えず致したいよ。

 けれどそろそろなんだ」

 

なにがそろそろなのだろう。

よく分からず首をかしげる。

 

その瞬間、扉が二度ノックされた。

 

「・・・・・・さて、俺はお説教喰らうけど愛さんはどうする」

 

そういうことか。

今のノックの音だが、明らかに相手は切れているらしくノックというよりは殴ってる感じだ。

これが噂の性格の悪い婦長なのだろう。

大も少し困ったようにしてる。

 

「アタシも一緒に怒られるよ。良い思い出も嫌な思いでも共有しようぜ」

「ありがとう、愛さん愛してる」

「アタシもだよ、大。大好きだ」

 

そういって互いに目を合わせて微笑み合う。

うん、幸せだ。

 

「ただ、一つ文句を言うのなら諸悪の根源たるコイツが寝てるのがムカつくな」

「あはは、酔った勢いだし仕方ないよ」

 

相変わらずアタシ以外の女にも甘い所が気に入らない。

でも、そんな気に入らないと思うところも大好きなのだ。

 

ドンドンと催促のノックが再び響く。

それを大は目で見て、大きくため息。

 

「どうぞ」

 

その後、アタシと大は1時間にわたってイヤミを聞かされ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星空というのは美しく、それは子供の頃から変わらない価値観だ。

見上げれば雲一つない夜空、そこに浮かぶ沢山の星たち。

 

星の色はまばらで青いのや赤いの、黄色っぽいのまでたくさんある。

寒空の下、誰もいない土手でアタシ達は空を見上げていた。

 

「大、ごめんなこんな寒い中外に出して」

「俺は愛さんと一緒にいられるなら北極から南国までどこへだってついていくよ」

「バカ、大げさだって」

 

大は口先だけじゃなくて本当にそう思ってるだろうから好きなんだ。

きっとアタシが地球の裏側にいたとしてもアタシが会いたいと言えば来てくれるだろう。

 

「大、その怪我はどのくらいで治りそうなんだ?」

 

四肢を骨折した挙句肋骨すら折れている。

そんな大の怪我はあとどれだけの治療期間が必要なのか。

間違いなく大は日常生活すらまともに送れない。

 

四肢が使えないとはそういう凄まじい不便さを抱えるのだ。

できるなら代わってやりたいし、早く治る方法があるのならどんな事もしてやりたい。

 

「先生が言うにはあと三週間くらいかな。

 普通の骨折なら四週間ちょいくらいかかるらしいけど、俺の回復が思ったより速いみたい」

 

なんて気楽に言いながら微笑む。

その笑顔がアタシにとって何よりも胸に響くものだった。

 

「両腕も両足も使えなくて不便だろ?」

 

こういうのを患者本人に言うのは大変非常識なことだと思う。

だけど聞かずにはいられなかった。

 

「そうだね、食事はまともに食べれないし風呂やトイレだって一人じゃやっぱりできない。

 今はもう慣れつつあるけれど、やっぱり人にいちいちトイレ行きたいなんて言うのは恥ずかしいよ」

 

当然だ。

大はまだ思春期真っ只中の高校生。

ならばそういう生理現象だって人に告げる必要のある事に抵抗を覚えないはずがない。

 

怪我をしてから殆ど毎日大のお見舞いに来ているが、生理現象を告げるときはいつだって申し訳なさそうにしていた。

だというのに、大は一度も口にしてない事がある。

 

「大は辛くないのか? 誰かがムカついたりしないのか?」

 

大は今まで一度も恨み言も弱音も口にしていない。

ただ本当に他人を頼る際に謝るくらいで、一度も情けないような愚痴を言っていないのだ。

 

「大が普通に一人で生きていればそんな怪我をする事はなかった。

 アタシや梓がお前に関わったばかりに、何も悪いことをしていないお前が代わりに怪我をしたんだ」

 

人に無害な筈の大が襲われる原因など他人の不始末以外に有り得ない。

だったら、そんな辛い目にあったのなら恨み言の一つだって口にしてもおかしくない。

 

誰だって口にしたことはあるだろう。

『どうして自分がこんな目にあわなければならないのか』

それをいう資格が大にはあるのだ。

 

「恨みなんてないのにどうして恨み言をいう必要があるのかな?」

 

大は表情を変えず、いつもの穏やかな雰囲気のままいう。

 

「俺は別に今誰かを恨んでもない。俺を襲った連中も愛さんの手で罰を受けたし。

 乾さんや愛さんが俺を悪意を持って傷つけたわけじゃない」

 

だから恨み言はない。

そう言い切った。

なるほど、大らしい。

 

「弱音は、そうだね・・・・・・誰もいない所で呟いてるよ」

「え、そうなのか?」

「恥ずかしいから誰にも言わないでよ」

 

意外だった。

大が弱音を吐いている所なんて今まで見たことがない。

 

「乾さんが寝て誰も聞く人がいない時に言ってるよ。

 痒いよ重いよ~、一人でトイレ行きたい~、ムラムラする~ってね」

「はは、なんだよそれ」

 

思わず笑いが溢れる。

想像しただけで面白い。

 

「愛さん、俺はね。弱音を誰かに聞かせたくないだけなんだ。

 そんなのを聞かせたら皆今以上に俺に気を使ってしまう」

 

空を見上げて呟く。

 

「こんな一見酷いケガをするとね、皆俺の顔色を伺うんだ。

 変な事を言ってしまうと不謹慎な事になるんじゃないかって」

 

そうだろう。

例えば腕がない人に握手を何度も求めようとするなど不謹慎の極みだ。

足がない人にサッカーを誘うなど嫌味以外の何物でもない。

 

ましてや両方使えない大ならば相対した相手も言葉を慎重に選ぶ必要があるのだろう。

それを大は嫌がっていた。

 

「もし俺が人に弱音を吐くのだとしたら、そうだね

 俺の事なんて気にしないでくれ、いつも通りにしてくれと懇願するよ」

 

人のことを気にする大だからこその答えだろう。

自分を気にして他人の発言や行為を縛りたくない。

その意思を大は常に持っている。

 

そのスタンスはアタシにとって輝いて見えた。

 

「早く治るといいな」

「うん、俺もそう思う」

 

でも、多分骨折が治ってもしばらく大は動けないだろう。

人の筋肉というものは使わないとすぐに退化する。

一ヶ月も使わなければきっと自重すら支えれないほどに弱っているかもしれない。

 

「でも治ったあとのリハビリが一番きついっていわれててね。もう頭が痛い限りだよ」

 

大もその事を聞かされていたようだ。

実際に少し気が滅入っているのだろう、少し表情が暗い。

 

冬休みに入って殆ど入院生活なのだ、その心労はアタシが思う以上に違いない。

 

「誰かに弱音を吐けないって言うけどさ、アタシにも吐けないのか?」

 

せめて、せめて大の心の支えになってやりたい。

アタシじゃ大の怪我を治す手伝いなんてできない、だから別のところを支えてやりたかった。

 

「今の愛さんにこそ吐けないよ」

「それは何故?」

 

大は曇った表情を正し、真面目な顔をして横に座るアタシを見つめた。

 

「だって、愛さん優しいからきっと俺の弱音を受け止めちゃうもん」

 

それの何がいけないのか。

アタシは大の言う通り彼が弱音を吐けばそれを聞いてやるだろう。

頑張れと激励を送るだろう。

でも、それを大は嫌がった。

 

「愛さん、俺が今みたいに情けない時は甘やかさないで欲しい。

 番長の愛さんとして俺の弱音を受け取って欲しいんだ」

 

番長としてのアタシ。

一瞬それがどういう意味なのか考えた。

 

十秒ほど思考をして、そこでようやく彼がアタシに何を求めているのか気づく。

なるほど。

 

「大の言いたいことはわかった。

 それを踏まえた上でもう一度言う、アタシに弱音吐いてみてくれ」

 

アタシが答えを見つけたことに気づいたのか、大は少し嬉しそうに笑った。

 

「愛さん、もうこんな入院生活うんざりだ。

 日常生活すらまともにできない、こんな不自由な生活なんてはやく抜け出したいよ」

 

殆ど口先だけの弱音だ。

けれど口に出さないだけで今までずっと思っていた事なのだろう。

 

先ほどまでのアタシなら確実に大を抱きしめて甘やかした。

けど大自身がそれを拒んだ。

ならば彼の望む通りの対応をしてこその彼女だ。

 

「甘えんな、気合でどうにかしろ」

 

大が求めてるのは心地いい堕落じゃない。

 

「大、お前なら不自由なその怪我を抱えた生活やリハビリだって絶対に乗り越えられる。

 アタシは信じてる、だから情けない事を言うな」

 

弱音を許さない。

その冷たさと厳しさこそが彼にとって今一番欲しいものなのだ。

褒めるだけでも、甘やかすだけでも人によっては壁を乗り越えられる。

でも、大はそうじゃない。

 

それを大自信が気づいているからこそ厳しさをアタシに求めた。

 

「うん。ごめん愛さん」

 

大は叱られたというのに嬉しそうに頷いた。

アタシの説教に満足したのだろう。

 

・・・・・・大が満足してもアタシが満足してなかった。

 

甘やかしたりない。

だから二の句を付け足す。

 

「それでも本当に辛かったらいつでもアタシに言えよ。

 辛いことから逃げるのは情けないけど、辛いと訴える事は間違いじゃない」

 

誰にだって限界はある。

それを越えることがスポーツの永遠の課題だろう。

けれどリハビリや怪我の治療はそうじゃない。

 

肉体を虐めることが目的でなく癒すことが目標なのだ。

 

既に壊れた体を抱えて、それを辛いと訴えてはいけない。

そんな馬鹿なことがあるはずがない。

 

「アタシはいつだって大の傍にいる。

 だから支えることなんていつだってできる。

 それを大が遠慮する必要なんてないんだから」

 

疲れたのなら休めばいい。

簡単な事だ。

心が疲れたのならアタシに甘えて欲しい。

厳しさだけが優しさとは到底思えない。

 

「ギリギリまで頑張って、それでもどうしても辛くなって何もかも嫌になったのなら

 その時まで強がる必要は無いんだ」

 

心が折れるまで強がる必要なんて無い。

 

「アタシは大の好きなアタシでいたい。

 大が突き放して欲しいなら突き放す、甘えたいなら全力で甘やかす」

 

それがアタシなりの彼女としての在り方だ。

 

「だから本当に辛くなって、甘えたくなったときは絶対に言え。

 本気で大がドン引きするくらいに可愛がってやるから」

 

胸を張っていう。

甘えた言葉を突き放して欲しがった大。

けれどアタシは突き放すだけが正しい事だとは思ってない。

 

「・・・・・・うん」

 

大はアタシの啖呵に何を感じたのだろう。

それを知る術はない。

けれど、間違いなく言いたいことは伝わったはず。

それだけ気持ちが通じ合っている自信がある。

 

「何ていうか、愛さんって付き合うまではクールなイメージあったんだよね」

「何を今更」

「そうだね。でも、やっぱり愛さんは誰よりも情熱家だよ。

 俺の知ってる誰よりも真っ直ぐで、誰よりも愛が深い」

 

自分自身のことをそう言われるとむずかゆいものがある。

 

「愛さん、ありがとう。元気出たよ」

「そりゃ良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

アタシたちのデートは病院の門限の近づきによって終わりを告げた。

まだ幾分か時間の余裕はあるけれど、それでも何かトラブルが起きることを考慮して早めに大を病院へ送る。

 

「そういえばさ、そろそろ俺退院できるみたいなんだ」

「へぇ、前はそう言って退院した二日辺りでまた病院送りだったよな」

「・・・・・・その事は本当に反省してます」

 

本当に反省しているのだろう、心底申し訳なさそうに頭を下げる大。

正直まだ迂闊な行動をした大を怒ってはいるもの、それでも元はといえばアタシや梓が撒いた種である。

アタシに大を攻める資格は実の所無い。

 

「反省してるならいいよ。それよりも年も越してもうすぐ三学期だ。

 登校とかどうするんだ?」

 

両腕が使えないため自分で車椅子を動かすこともできない。

必然的に誰かが大の介護につくはずだが。

 

「あ~、うん。姉ちゃんが治るまで来るまで送ってくれるって」

 

こういう時に家族が登校している学校の教員であることがメリットになる。

大の姉ならばきっと学校生活でも色々と大が不自由しないように色々と手回ししてくれるだろう。

あの人はそういう人だ。

 

「なんだ、やけにテンション低いじゃんか」

 

退院が決まったというのにまるで嬉しそうじゃない。

それどころかむしろ落ち込んでいる素振りすらある。

 

アタシが顔色を気にしているのに気づいたのだろうか、大は少し自嘲気味に笑った。

 

「愛さん、今から俺は愛さんを傷つける事を言うかもしれない。

 怒らないで聞いて欲しいとは言わない、むしろ怒って欲しい」

 

何を言うつもりなのか。

アタシには皆目見当もつかない。

 

「新学期が始まって俺のこと、邪魔だと思う人はきっといると思う。

 だって、何をするにも俺は人の手を借りないといけないんだから」

 

その言葉に僅かながら憤りを感じた。

 

「俺自身はもう学園では何もするつもりはない。

 誰も俺に頼みごとなんてしないだろうし、俺自身何か行動しようとして人の手をわずらわせる気はない」

 

他人に迷惑をかけることを何よりも嫌う大の事だ。

そんな大だからこそ出した答えだろう。

 

「・・・・・・自惚れてるかもしれないけど、愛さんはきっと俺に色々世話を焼いてくれると思う。

 でも、ちょっとでも俺を重石に感じたのなら正直に言って欲しい。

 そんな事を思った程度で愛さんの事を嫌いになんてならないから」

 

その正直にな大の言葉に怒りが湧き上がる。

 

「大、お前何か勘違いしてるんじゃねぇか?」

 

吹き上がった激情は鎮る事もなく、怒りの感情で表に出る。

感情の赴くままに歩みを止めて大の胸ぐらを掴む。

 

「アタシが大の世話を焼く事をずっと不純な理由があってしてる事だと思ったのか」

 

大はそんな事を微塵も思っていないのだろう。

目をそらさず真っ直ぐにアタシの目を見つめた。

 

「アタシは大が好きだから、お前といると幸せだから傍にいるんだ。

 大の為に何かしてやりたいっていつだって考えてる」

 

胸を張って言える。

 

「お前が怪我をして、他人に頼ることを躊躇うのはわかる。

 でもアタシには躊躇う必要なんてねぇよ、だって」

 

大の車椅子を握っている瞬間だってアタシは間違いなく幸せを感じている。

 

「お前の為になにか出来ていると実感出来ることがアタシにとって何より嬉しい事だからだ」

 

別に献身的な行為が好きなわけじゃない。

『大に』献身的なことをできるのが嬉しいだけだ。

対象の問題なんだ。

 

「そっか、こんなに俺を好いてくれてる彼女がいるって凄い幸せなことなんだろうね」

 

大は少し照れたように目を逸らした。

そりゃこんなに真っ直ぐに好意をぶつけられりゃ恥ずかしくもなる。

言ってるアタシだって今凄く恥ずかしい。

 

「アタシと大はもう他人なんかじゃない。

 もしアタシが怪我をして一生まともに日常生活すらできなくなったらどうする?」

「人生をかけて愛さんを看病する」

 

即答してくれた。

かなり嬉しい。

 

「アタシだってそうだ。今大が日常生活まともに送れないのなら何だってしてやる。

 大がアタシにしてくれる事と同じように、アタシも大の為に何かする事を嫌だなんて感じるわけねぇよ」

 

それを知って欲しかった。

体の不便は心の不安を呼び起こす。

そんな事を前に病院で聞かされた。

 

その言葉は間違いなく今の大に当てはまっていたのだ。

 

だかこそアタシは伝えた。

その心の負担が僅かでも減るようにと。

 

「愛さん、ごめんね。手間のかかる彼氏で」

「次ごめんっていったら二度と口きかない」

 

もちろん嘘だが、大は慌てて言い直す。

 

「ありがとう愛さん、これから三週間くらいお世話になると思います」

「うん、任せろ」

 

大は新学期を嫌がっていた。

だがアタシはむしろ早く時間が進めばいいと思う。

 

一ヶ月後にまた大と手をつないでデートだってしたい。

二人で屋上行ってアタシの作った弁当を大に食べて欲しい。

・・・・・・夜だって強く抱きしめて欲しい。

 

やりたことは山ほどある。

だからはやく怪我を治して欲しい。

 

だからといって今怪我をした大が嫌なわけがない。

こんな弱気な大だってやはり愛おしい。

力になってやらなくてはと思ってしまう。

 

ようは大と一緒にいられればそれでいいのだ。

 

「それじゃ、道草食ったし急いで帰ろうか」

「うん」

 

既に大にはもうネガティブな感情など消え去ったらしい。

入院する前と同様に穏やかな、人を安心させてくれる声で頷いてくれた。

 

「大、今アタシすっげぇ幸せかも」

「奇遇だね、俺も凄く幸せを感じてるんだ」

 

互いに胸の内を明かした。

その結果お互いにあったわだかまりは完全に消え、今アタシたちの上にある空のように透き通ってる。

 

もちろん空がいずれ曇るようにアタシ達もまた何かをきっかけにネガティブになったりするだろう。

けど、少なくとも今この瞬間のクリアな気持ちは何にも代え難い、かけがえのない気持ちだ。

 

流石大だ。

一緒にいるといつだってアタシを幸せにしてくれる。

 

 

冬休みはもう直ぐ終わる。

新学期も大と一緒なら例年よりも圧倒的に楽しく過ごせそうだ。

 




どうも、数話ぶりの後書きです。
次回の話は今回の話の梓視点となります。
それが終わってからマキさんパートにはいる流れで行こうと思います。
もちろんメインヒロインは以前として愛さん、そこに梓やマキが絡んでいく展開になって行く予定ですね。

それでは、まだこの章は終わっていませんが先に感謝の丈を伝えたいと思います。
連載初めて結構立ちましたけどまだまだ私のSSを読んでくれている方々、本当にありがとうございます。
評価及び感想をしていただいた方、感謝してもしきれません。
私のSSを見ている方々、今後も拙い文章かもしれませんが少しでも楽しんで読んでいただけると嬉しいです。
それでは。

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