辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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16話:新年を迎えて信念を新たに(後)

「凄い人ごみだなぁ」

「アタシこういうのは好きじゃないな。鬱陶しくて仕方がない」

「あずも流石にここまでのは嫌いっすね。暑苦しいっす」

 

俺たちが着いた頃には既に数多の参拝客が訪れていた。

その人数たるや凄まじく、神社敷地内の地面面積を殆ど人で埋め尽くされているレベル。

正直こんな中に入るのは躊躇われる。

 

「どうしましょうか。これ、並びます?」

 

正直、嫌だなぁ。

もう直ぐ除夜の鐘が鳴るからまだ誰もお賽銭や礼をしていない。

年が明けていないのだから当然だ。

 

つまり鐘がなってからこの列は進みだすというわけで。

 

「多分アタシ達の番が来るまで二時間はかかりそうだな」

「だね」

 

そんなに動かずに並んでいたら風邪をひくだろう。

かといってここまで来て何もせずに帰るってのも付いてきてくれた二人には申し訳ない。

 

さてどうしたものかと首をひねる。

 

「あれ、あずにゃんじゃない」

「ん?」

 

乾さんが誰かに呼ばれたらしく、声のした方を振り向いた。

俺も遅れて誰だろうと見たが知らない女の子だった。

 

多分乾さんの学校の友達なのだろう。

 

「あ、ども。皆も初詣でお参りっすか?」

 

どうやら少し長くなりそうだ。

乾さんは俺と愛さんをチラリと見て申し訳なさそうに手で先に行って欲しいという合図を送ってきた。

 

俺と愛さんはそれをみてその場を少しだけ離れた。

とはいえ正直俺たちももう並ぶ気すらないので乾さんの会話が終わったら場所を移そうかと思っている。

初詣自体は別に今日でなければならない理由もない。

 

「アイツ、学校では結構友達いるんだな」

「乾さんはコミュ力高いみたいだしね」

 

数人の男女の友達に囲まれて笑いながら会話している乾さん。

ただ、俺の勘違いかもしれないけれど乾さんの目は笑っていないきがする。

多分素の自分を出していないからだろう。余り楽しそうには見えない。

まぁ、本当に俺の考えすぎなだけかもしれないけれど。

 

「おいおい、何か男にも囲まれ始めてるぞ」

「乾さん美人だからね」

 

ちょっとギャルっぽいけれど容姿はかなり良い部類だ。

さらに軽い感じの今時の女の子さもあって同年代の男子からもモテているのだろう。

愛さんのいうとおりやたら周囲の男子が乾さんにくっついている気がする。

 

「あ、見ろ大。あの男とか今にも肩に手をかけそうだ」

 

愛さんが軽く指差した所にはコソコソと乾さんの横に近寄って馴れ馴れしくも肩に手を回そうとする男子の姿が。

その男子もなかなかのイケメンで普通にもててそうな感じだ。

そんな真似をするってことは乾さんに気があるんだろうけど。

 

不意打ちのように乾さんの首に手を回そうとした瞬間

 

「あ、弾かれたな」

「弾かれたね」

 

流石乾さん。普通に気づいていたらしい。

男子の手を痛くない程度に払い除け、偶然手がぶつかったみたいに驚いた振りをしている。

 

・・・・・・本当にしたたかな子だなぁ。

 

っていうか俺達は何で乾さんの実況をしているのだろう。

 

「愛さん、寒くない?」

 

見れば愛さんの肩は結構震えていた。

当然だ、寒くないはずがない。

今年は早い段階に雪が降って気温も相応に低い。

更に時刻ももう12時になる頃だ。既に厚着をしていても寒さが辛くなってくるレベルだ。

 

「大丈夫だって。大は心配性だな」

 

いつも通りの爽やかな笑顔で俺に笑いかける愛さん。

だが無茶しているのはわかる。

何せ顔が少し赤らんでいるのだから。

 

「心配もするよ。愛さんは女の子なんだからさ」

 

そう言って俺は手提げに入れた水筒を取り出す。

 

「これは?」

「ホットコーヒーだよ。

 二人が二階を掃除してくれてるあいだに淹れてみた」

 

もっとも一人では無理だったので姉ちゃんの手を結構借りたけれど。

取り敢えず魔法ビンの水筒に入れているからまだかなり熱いだろう。

 

「・・・・・・サンキュ」

 

愛さんも嬉しそうに俺の水筒を受け取ってくれた。

 

コポコポとコップにコーヒーが注がれる音がする。

同時にそのコップから真っ白湯気が立ち上り、コーヒーの香ばしい香りが漂った。

 

愛さんはその湯気で少し顔を温めた後、火傷しないようにゆっくりと口を付ける。

 

「美味しい」

「はは、寒い時に温かい飲み物を飲むと凄く美味しく感じるよね」

「それもあるけど、それを差し引いても大のコーヒーは大好きだ。凄く美味しい」

 

幸せそうにコーヒーを啜る。

見ているこっちも嬉しさが伝染しそうだ。

 

「大は余り寒くなさそうだな」

「うん。さっきも言ったけど厚着してる上に毛布とかかけてるからね」

 

おかげで全然寒くない。

 

「それじゃあこれいらなかったかな・・・・・・」

「ん?」

 

愛さんはつぶやくように自分でもっている手提げの中を見た。

ここらからでは視点の高さもあってまるで見えないのだけれど、何か持ってきているのだろうか。

 

少し、ブラフをかけてみる。

 

「いや、欲しいな。寒くなくても愛さんの持ってきた物は俺は欲しいよ」

 

何を持ってきているのかはわからないが、会話の前後の流れを考えて当たり障りのない事を言ってみる。

 

「そ、そうか?」

 

そういって愛さんは手提げから別の水筒を取り出した。

おや。彼女も持ってきてたのなら俺の水筒はいらなかったかなと一瞬思った。

 

「じゃあ交換するか」

「うん」

 

だが愛さんは互いに持ってきた水筒を交換する事をひらめいたらしい。

持ってきた水筒のフタに中身の液体を注いで俺の膝に置いた。

 

「飲ませようか?」

「いや、自分で飲めるから大丈夫」

 

そう言ってギプスでコップを挟んで中身を見る。

その中の液体は緑と茶色の間の色だった。

香りは嗅ぎなれたものだ。

緑茶だろう。

 

「あったかい」

 

飲めば口の中から胃の中まで緑茶が通った箇所全てが温まる感触が広がる。

相変わらず愛さんらしいかなり渋い味だけれども、その渋さも寒さを吹き飛ばすには丁度いい味の濃さだ。

 

「美味しいよ、愛さん」

「ん、よかった」

 

そっけない反応だけれど内心喜んでくれているのだろう。

ごまかすように俺のコーヒーを飲んでいる。

 

俺も愛さんも一服して大分寒さもマシになってきた。

 

「・・・・・・アイツ、随分長引いてるな」

「まぁ沢山いるし話し込むのもしかたないよ」

 

見れば男女込みで8人程いる。

男子が五人で女子が三人だ。

そこに乾さんが加わって計九人。

 

「あの中にいる女って一緒にいる男と付き合ってるのかな?」

「どうだろうね。でもあの二人は付き合ってるのは確実っぽい」

 

ひと組だけ乾さんと話しながらも男女で手をつないでいるのがいる。

普通に考えればそれは付き合っているのだろう。

 

残りの男子はどうなのか知らないが、全員お洒落をしていて髪も染めている。

いかにも今時の高校生って感じだ。

乾さんも髪を染めてピアスとかしているし同じようなタイプのコミュニティなのだろう。

 

ただ。やはり乾さんはあまり笑顔には見えない。

彼女は想像通り人気者らしく、特に男子が乾さんに話しかけている。

それを若干嫌そうな顔で応対しているみたいだ。

 

「必死に誘ってくる男たちをやんわり断ってるって所か」

 

だろうね。

男子たちが食い下がっているのだろう。

乾さんも困ったような顔をしている。

時折俺たちが待っているのを気にして申し訳なさそうにコチラをチラチラと見ているし。

 

この場合乾さんの視界から消えて、後で電話とかして合流したほうが乾さんにとって心労が減るかもしれない。

なまじ見えている所にいるから余計に焦らせているのかもしれないし。

 

愛さんにこの場を離れようと言おうとする。

 

「おい、何かアイツ等アタシ達見てるぞ」

「え?」

 

不意に愛さんがイラついた声で言う。

 

何だろうと愛さんの言った乾さん達のいる集団を見てみる。

 

「確かに。何かこっちみてるね」

 

しかも笑っている。

明らかにそれは人をバカにしたものだ。

 

「・・・・・・何を話してやがんだ。苛つく」

 

視線をたどれば多分全員愛さんを見ていない。

俺だけを見て笑っているのだろう。

はて、何か俺は笑われる所があっただろうか。

 

あるな。

こんな車椅子乗ってれば軽そうな彼らからすれば笑える存在にもなるのだろう。

 

はっきりといえば不愉快だ。

抗議してもいいレベルだろう。

 

だが、現状ではそれは良くない。

彼らは乾さんの友達だ。

ここで俺が彼らに文句を言っては彼女の交友関係にヒビが入る恐れもある。

乾さんには俺とは他人のフリをしてもらえばそれで問題は解決するのだが、まさかそんな事を伝える手段もない。

 

「行こう、愛さん」

 

結果、俺が出した答えは相手の侮辱を耐えて視界から消えることだった。

余りにも負け犬の立ち回りで自分も内心憤りがある。

だが、やはり乾さんには迷惑をかけたくない。

 

「嫌だ。アイツ等殴ってくる」

「ちょ、愛さん!?」

 

愛さんは俺とは別の答えを出したようで、真っ直ぐに集団へと向かおうとする。

俺は慌てて両手に付いたギプスで愛さんの片手を挟み込んで引っ張った。

 

「こんなところで喧嘩なんてしちゃまずいよ。

 それに乾さんの交友関係にも響くだろうし」

 

俺の意思を伝える。

愛さんならこれで引いてくれると思うのだが。

 

「知ったことじゃない。

 アイツ等今大の事をバカにしてたんだ、絶対に許さねぇ」

 

愛さんは彼らの会話が聞こえたのか、ものすごい怒気を含んだ声で言う。

やはり俺は彼らに馬鹿にされていたのだろう。

それにやはり腹が立つものを感じる。

けれど場所が場所だ、ここで喧嘩だけはだめだ。

間違いなく人目について騒ぎになる。

 

「俺のことはいいから、頼むからここでは喧嘩しないで」

「・・・・・・大の言うことは聞いてやりたい。

 でもコレはだめだ。大を侮辱された事は見過ごせない」

 

まずい。

時々ある俺の意見も全く聞く耳持たない状態だ。

焦りながら必死に愛さんの腕を引っ張る。

 

焦った頭でどうするか考えているとき、不意に集団の方から凄まじい打撃音が響いた。

その音に引かれて、俺たちを含めた周囲の人間の視線がそこに集まる。

 

「テメェ、あずの彼氏を侮辱してただで済むと思ってんのかよ?」

 

見ればそこには俺たちを見ていた男たちを全員殴り倒している乾さんの姿があった。

男たちは何が起こったのかも分からず、ただ唖然として豹変した乾さんを見上げる。

 

「いちいちウザったいんっすよね。あずがあの人に惚れているっつってんだから大人しく引き下がれよ。

 何度も何度も同じ説明させた挙句、終いにはセンパイを侮辱しやがって。

 あぁもう、腹が立つ。このまま新年迎える前にアンタら全員半殺しにして病院送りにやろうか」

 

完全に切れている。

手を鳴らしながら倒れた男の鳩尾を踏みつけて痛めつけ始めた。

そして響く絶叫。

 

普段の乾さんからは想像もつかない余りの暴力的な姿だ。

 

「ほらほら、さっきみたいにあずにナンパかましてみてくださいよ。

 じゃないともっと力いれますよ」

「あ、が!」

「ありゃ。これだけで気絶したんっすか?

 どんだけ根性ないんだよコイツ」

 

やりすぎだ。

さっきまで談笑していた筈の仲間にする行動じゃない。

 

「あ~あ。コイツはもういいや、じゃあ次アンタ」

「ひ、ひぃ!」

 

気絶した男子を踏み捨てて、次の男子を狙う。

まずい、周りもざわつき始めた。

多分まもなく警備員や警官が来るだろう。

 

乾さんが次のターゲットに足をかける瞬間

 

「やりすぎだ。もういいだろ、こっちこい」

「・・・・・・止めないでくださいよ辻堂センパイ」

 

何時の間にか俺の手を抜けた愛さんが乾さんを取り押さえていた。

 

乾さんは未だ気が晴れないのだろう、忌々しげに殴り倒した男たちを睨む。

 

「こいつ等、長谷センパイをバカにしたんっすよ?

 辻堂センパイだって許せないでしょう。

 そうだ、一緒にコイツらシメません?」

 

嬉々として言いながら、倒れている男の胸ぐらを掴んで無理やり起こす乾さん。

 

「やめろ。お前の他のツレが怯えているぞ」

 

愛さんに言われて思い出したように他の友人に目を向ける。

今立っているのは俺を悪く言わなかった人たちなのだろう。

乾さんは立っている女子三人と男子一人を見て少しバツの悪そうな顔をする。

 

「大がお前の交友関係を傷つけないために見て見ぬ振りしようとしてたのに、台無しにしやがって」

 

そういう愛さんも台無しにしようとしていたのだが、今回は口を挟まない。

 

「長谷センパイを侮辱するようなバカなんて友達ですらないっす」

 

そう言いながら掴んでいた男を離して地面に落とす。

男は息が出来なかっちゃのだろうか、ゲェゲェ言いながら地面でのたうち回った。

 

「・・・・・・ったく、行くぞ」

 

愛さんは未だ納得していない乾さんの手を取ってこちらに歩いてくる。

その際、乾さんは殴り倒した男子たちに振り向いた。

 

「アンタら、また同じ目に会いたくなければ二度とあずに話しかけないでくださいね」

 

その刺々しい視線と言葉に男子たちは怯えて返す言葉も無かった。

 

 

 

 

 

 

「センパイ、嫌な思いさせてすいませんでした」

 

警備員が来る前に俺達は走って神社を後にした。

 

そして一息つける海岸沿いに来ると乾さんは真っ先にそう言った。

俺の前に来て丁寧に頭を下げる。

明らかに落ち込んでいるのだろう、その顔はいつものような飄々とした感じではない。

 

「いや、俺のことはいいんだ。

 それより問題は乾さんのことだよ」

 

あんな事をしたら新学期が始まる頃には噂になっているだろう。

 

「それは大丈夫です。あずは人気者ですからあんな奴らがどうこう言ったってさして問題ないっす」

 

自信満々に応える乾さん。

確かに彼女の普段の人柄ならば学園でも友人は多いだろう。

 

「でも、俺のせいで君の友達が減るのは良くない。

 誰のせいだったら良いとか、そういう事を言うつもりじゃないけど

 それでも友人はもっと大切にすべきだよ」

「・・・・・・」

 

俺の言葉に乾さんは表情を消した。

その感情の読めない表情に俺は言葉につまる。

 

もしかして俺は何か余計なことを言ったのかもしれない。

 

「・・・・・・おい、どうした」

 

愛さんも少し気になったのだろう、俺と乾さんを遮る形で立つ。

それを見た乾さんはやはり感情を見せない表情で俺を見た。

 

「センパイ」

「な、何かな」

 

声すら抑揚がない。

まるで機械が出したのかと思うほど起伏のない声質だ。

 

「いい加減にしてくださいよ。もう我慢の限界っす」

 

途端に苛立ったように大股で俺に歩み寄る乾さん。

もしかすれば殴られるかもしれないと愛さんは考えたのだろう

通り過ぎようとする乾さんの腕を掴む。

 

「おいコラ、何する気だ」

「放せよ、うざったいっすね」

「・・・・・・なに?」

 

その言葉に腹が立ったのか、片眉を上げる。

だが乾さんは殺気を出し始めた愛さんから視線をはずして俺を睨んだ。

愛さんすら眼中になくなるほど頭にきたというのか。

 

「前から言いたかったことがあります。

 センパイ、あずの事を気にして自分のプライド傷つけるのやめてください」

 

真っ直ぐに俺の目をみて言った。

 

「あずがセンパイの事を気にして何か嫌な目に合うのなら構いません。

 でも逆は絶対に許せない」

 

逆、とは俺が彼女のために俺自身が良くない目に合うことだろう。

だがそれはどうしてなのか。

 

「センパイはあずにとって大切な人です。尊敬だってしています。

 だからこそ、そんなセンパイがそこらのカスに侮辱されるのは嫌なんです」

 

驚いた。

俺が思っている以上に彼女は俺の事を好いていてくれていて

 

「センパイを馬鹿にする奴はあずが黙らせます。

 センパイに危害を加える奴はあずが潰します。

 だからこそセンパイの他人のために自分を蔑ろにする所が嫌いです」

 

俺が思っている以上に歪んでいた。

未だ乾さんの手を掴んで警戒している愛さんすら僅かに驚いた顔をしている。

 

「だったら嫌いなままでいい。ずっと君とわかり合えないままでいい」

 

俺は乾さんに思いをぶつけられたのだろう。

ならば誠実に俺自身の偽りのない答えを返す必要がある。

 

「俺は知っての通り他人の顔色ばかりを伺う小心者だよ。

 俺のせいで誰かが傷つくのは嫌だし、そもそも俺自身がやっぱり痛い目見るのなんてゴメンだ」

 

誰だってそうだろう。

他人の評価を気にしない人間、誰かが自分のせいで痛い目にあっていたとしても何とも思わない人間、

自分が嫌な思いをしても構わないと思う人間。

これに当てはまる人間なんてごく少数だ。

当てはまる人がいるのだとしたら、その人は確実に歪んでいる。

 

「乾さんは俺にとってもう大切な存在だ。

 だからこそ俺は君のことを考えて行動する。

 俺のせいで君が嫌な目をに合うくらいなら俺自身が泥をかぶったっていい」

 

当てはまらない人間が沢山いても、否応なくそうせざるを得ない状況が人生にはあるだろう。

自分のせいで誰かが嫌な思いをした時、自分は悪くないと切り捨てた人間の評価を諦める。

 

他人の評価を気にするあまり、嫌なことをするハメになるなんてよくある話だ。

 

「俺のその性格を許せないのなら、それは俺と君が決定的に合わないという事だ」

 

無論相性が合わないからといって俺が乾さんを嫌いになることはもうない。

でも、友好関係は片道通行ではない。

乾さんが俺を嫌うのならいくら俺が好いたところで意味がない。

 

「乾さん、俺はこれからも愛さんや君のためなら嫌な思いしたっていいと考えている。

 俺、前に君に言ったよね。仲間って何か」

 

俺にとっての仲間は――――――

 

「体を張れる人・・・・・・ですか」

「そう。それが仲間だ」

 

俺が乾さんを仲間だと思う以上、俺は一方通行の関係だろうと彼女のために嫌な思いをする事も辞さない。

 

俺のその言葉に乾さんは目を伏せた。

明らかに納得できていないのだろう。

そりゃそうだ。俺は彼女の言い分を真っ向から拒否したのだ。

納得できるわけがない。

 

「そんなこと言わないでください」

 

何かに怯えたように、僅かに必死さが伺える表情で乾さんは呟いた。

 

「合わないなんて、そんな事言わないでください」

 

慌てたように乾さんは力の緩んでいる愛さんの手を振りほどいて俺に走り寄った。

そして泣きそうな顔をして俺に真正面からしがみつく。

 

「あずは、あずはセンパイの事好きっす。

 でも、あずのせいでセンパイが嫌な目にあうのが嫌だからっ」

「うん。わかってる」

 

子供のように癇癪を起こしたのだろう。

でもそれは俺の事を思って怒ってくれたのだ。

俺はそのことを感謝して、目の前にある乾さんの頭をギプス越しではあるが優しく撫でた。

 

「あずの我侭でセンパイが怒ったのなら謝りますから

 だから許してください」

「怒ってないって」

 

余程怖かったのだろう。

俺にしがみつくその手が僅かだが震えている。

 

「乾さん。ありがとう、それだけ俺を想ってくれていて。嬉しいよ」

「せ、センパぁイ・・・・・・」

 

俺達はしばらくの間、熱い抱擁を交わした。

 

「・・・・・・え、あれ? 真面目な話してるから黙ってたのにいつの間にイチャイチャしだしてんだこいつ等!?」

 

寒空下、愛さんの怒鳴り声が耳に残った。

 

 

 

 

 

ゴーンという青銅が木材によって叩かれる音が海辺に響く。

 

「・・・・・・一年が終わったね」

「違う、一年が始まったんだよ」

「おお、あずは辻堂センパイのほうを押すっす」

 

湘南に響く除夜の鐘。

今、この音をこの街中の人が同時に耳にした。

その一体感のようなものを意識する。

 

「こんな事ならウチで年越しソバ食べてれば良かったかな」

 

結局神社では並べなかったというか、並ぶ気すらしなかった。

目的は達成されず、それどころか今俺たちがいるのは寒風吹きすさぶ海岸沿い。

お正月に何をしているのやらとため息が出る。

 

「そうでもねえよ」

 

愛さんは朗らかに言う。

 

「今日のおかげで来年に果たす約束ができた。

 それだけで外に出た意味がある」

「あずもマフラーもらいましたし、センパイに抱きしめられましたし良い事づくめっす」

「・・・・・・お前は少し自重しろ」

 

どれだけ年月が過ぎようが、季節が移ろうが海の奏でる波の音は変わらない。

夏だろうが秋だろうが同じさざ波の音が俺たちの耳に響く。

 

もしかすれば来年もまたこんなかんじで正月を迎えるのだろうか。

 

「大、アタシ達が初めて手をつないだ日っていつか知っているか?」

 

少しセンチメンタルな気持ちになっていると、愛さんが懐かしむように言った。

初めて手をつないだ日。

それはいつだろう?

愛さんと不良から一緒に逃げた日?

初めてデートをした日?

 

そんな真新しいものじゃない。

俺達はそれより少し前にも手をつないでいる。

 

「一年の頃の学園祭、キャンプファイヤーの時でしょ?」

 

あの時、まだ俺達は互いに意識なんてしていなかった。

俺にとって彼女はまだ怖い稲村学園の番長。

彼女にとっても俺なんてそこいらにいる十人並みの男程度の存在だっただろう。

 

「覚えてたんだな」

 

愛さんは嬉しそうに笑った。

 

「うん。あの時は楽しかったよ、途中ちょっとずれたりしてたけど最後は気持ちよく決まったし」

「ああ、大のリードのおかげだよ」

「そんなことない、愛さんが俺に合わせてくれたらあれ程綺麗に決めれたんだ」

 

俺達はあの時のことを思い出して互いに賞賛し合う。

そうだ、まだそんなに昔のことじゃない。

だというのにあれ程楽しかったダンスの事だってもう細かくは思い出せない。

 

色鮮やかな筈の思い出は時間を経てばセピア色となる。

でも色褪せた思い出でも鮮烈に感じた箇所はまだ覚えている。

これは一生覚えていられる。

 

「お二人は付き合う前の年から思い出があるんっすね」

「まぁな。でも、アタシ達が惹かれあったのは去年からだけど」

 

あのキャンプファイヤーでは俺たちが互いに分かり合うことはなかった。

しかし付き合った今だからこそそれまでは意味のなかった思い出も輝き始めた。

 

振り返ればあの頃は楽しかったと思う事もあるだろう。

思い出なんてそんなものだ。

生きていれば今も未来も手に入る。

けれど過去はどんな事をしたって変えれない。

だからこそ誰も手を加えることのできない過去の方が輝いて見える。

 

輝いているのに色は褪せて思い出せない事もある。

 

「大。お前と一緒にいた今までの事をアタシは全部覚えてる。

 どれもが綺麗な思い出ばかりだ」

 

愛さんは真っ直ぐに俺を見た。

 

「中には辛い思い出もある。別れた日なんて思い出すだけでまた心が痛くなる」

 

自分で思い出しているのだろう。

胸に手を当てて、感情から言葉を出しているかのように俺の耳に愛さんの言葉が届く。

 

「でも、それでも全部アタシにとって大切で何よりも綺麗な思い出なんだ。

 大といるこの一瞬すらアタシにとっては掛け替えのない宝物だ」

 

俺はその真っ直ぐな好意に応えられたのだろうか。

そんなわけがない。

俺は愛さんをしょっちゅうヤキモチさせている自覚がある。

絶対に応えられているはずがない。

 

「大、嫉妬深いアタシはきっとこれからもお前に嫌な思いをさせると思う。

 それでも、アタシは大の事を愛してる、愛し続ける」

「・・・・・・うん」

 

愛さんは俺のギプスに包まれた手を取る。

 

「アタシ達の関係はまず一年目が過ぎた。そしてこれから二年目だ。

 その繰り返しを死ぬまで続けていたい。

 それを叶えてくれ、大」

 

きっと彼女といる未来は暖かいだろう。

俺は十人並みな人生を送るだろう。

 

それでもそれは幸せなことではないのだろうか。

 

暖かい家庭を築き上げ、俺を愛してくれる妻がいる。

未来には可愛らしい息子か娘を手に入れるだろう。

それはなんという眩しいことか。

 

そんな十人並みな人生でも、十人並みじゃない彼女が隣にいればそれは何て刺激的なことか。

 

「喜んで」

 

愛さんの目を真っ直ぐ見て返答する。

俺の人生は彼女と共にあって欲しい。

だからこそ愛さんのそのお願いは願っても見ないものだ。

 

 

 

 

 

「悪いな、梓」

「何がっすか?」

 

俺たちの将来の意思を明らかにさせた後、愛さんは申し訳なさそうに乾さんに頭を下げた。

 

「曖昧なのは好きじゃねぇからハッキリ言っとく。

 アタシと大はいずれ近い将来に結婚する」

 

何も後腐れがないように、一切の言葉濁しをせずそう言った。

俺は若干冷や汗をかきながら乾さんを見た。

だが、とうの乾さんは全く動じていなかった。

それどころか何を今更といったような顔だ。

 

「そんな事っすか。どうぞどうぞ、今更辻堂センパイから長谷センパイを取れるとは思ってません」

「へ?」

 

愛さんは訳が分からないように戸惑う。

 

「自分は愛人でいいっす。妻なんて欲張ったことは言いませんよ」

「あ、愛人!?」

 

今度は俺が驚く。

どういうことだよ愛人って。

 

「そしてあずも先輩との間に子供を作って・・・・・・あぁ、未来はバラ色っす」

「待てこら。一生ついてくる気かお前?」

「モチっす」

 

まじっすか。

思春期の暴走ってレベルじゃねえぞ。

 

「なんすかっ、自分だけ幸せになろうって思ってたんすか!?

 そんな甘えた事は許しませんよ!」

「うわああああああっ、助けて大! 変なのに人生単位でストーカーされることが決まってる!」

 

どうすんのこの子。

俺愛人なんて作る気ないんですけど。

でも本人は目をキラキラさせて未来を見てるし、それを粉砕するのも気が引ける。

どうするのよマジで。

 

「センパイ、養育費とかそういうのは気にしないでください。

 センパイに迷惑かけないように子供も育てますから」

 

いや、この子怖い。

悪意がないのに恐ろしい未来を描いているから余計に怖い。

 

 

 

俺の人生って将来どうなっているのだろうか。

愛さんと結婚しているのはきっと確実だ。

でもまだ、それ以外の未来像はない。

 

どんな仕事についているのか、どんな人間関係を築いているのか。

もしかすれば俺は将来湘南にすらいないかもしれない。

 

そんなあやふやな未来なのに何故か、そこに乾さんの姿はあった。

きっと俺達三人は大人になっても馬鹿な事を言っているのだろう。

 

三人で旅行に行ったり食卓を囲んだりするだろう。

だって俺はもう乾さんのことも好きなのだから。

 

もしかすれば乾さんのいない、俺と愛さん二人だけの未来もあったのかもしれない。

けれど、きっとこの冬休みはきっとターニングポイントだったのだ。

そこから俺の未来に乾さんの姿も加わった。

 

「おっと、あずとした事が少々先走りましたね」

 

乾さんは少し照れたようにコホンと咳をする。

 

「この鐘の音を聞いたのなら言わないといけないことがありますよね」

「ああ、確かにそうだな」

 

そうだ、確かにまだ俺達はその言わないといけない事を口にしていなかった。

結婚後の将来なんてまだ俺達には早い。

それよりも考えることは目下、始まったばかりの今年のことだ。

 

「明けましておめでとうございます。センパイ方、今年もよろしくっす」

「同じく、明けましておめでとう。また今年もよろしく頼む」

 

二人は笑い合いながら言った。

俺だけ乗り遅れた。

 

・・・・・・将来の事なんて分からない。

結局俺は愛さんと乾さんの三角関係すらどうするのか収拾つける方法も思いつかない。

だけど、少なくとも今が嫌じゃないのならもしかすれば未来もそうなのかもしれない。

 

三人で今みたいに笑い合って、何度も同じような正月を迎えられるのならそれはきっと素敵なことなのだろう。

 

「明けましておめでとう。こんな俺だけど今年もよろしくお願いします」

 

俺は鐘の音を聞きながら、二人が今年幸せに過ごせますようにと願った。

そして、そうあるために俺自身努力する事を誓った。

 

「それじゃあ、帰ってお雑煮でも作ろうか」

「ああ、大が指示してくれ。アタシが大の手になるよ」

「じゃああずはセンパイの足になります」

 

そういって乾さんは俺の車椅子を握って長谷家へ進路を向けた。

 

・・・・・・他愛のない日常かもしれないけれど。

俺は今、間違いなく幸せだった。


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