辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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13話:よからず

冬らしい気温。

外はもうすぐ雪が降るのだろう、曇天で青空はもう見えない。

 

「ほら、リンゴ剥けたわよ」

「ありがとう、片瀬さん」

 

俺以外誰も使用していない殺風景な相部屋には今日の朝から片瀬さんが来ていた。

 

今日の見張りは江乃死魔総長らしい。

なぜかと聞いたら

 

『今日は大きな決闘があるから江乃死魔の奴らはその見学に行かせてるわ』

 

との事だった。

誰が戦うのかは未だわからない。

ただ、片方は確実に乾さんだ。

そしてもう一人がマキさんか愛さん。

 

それを片瀬さんに質問すれば恐らく教えてはくれるだろう。

だが俺は聞こうとは思わなかった。

理由なんてない。単純に興味がないのだ。

 

知り合い同士の決闘。

そんなモノの詳細など知りたくもない。

 

乾さんから聞いた話なら多分乾さんは大怪我をするまで戦い続けるだろう。

だから怪我をしないようになんて祈る事すら意味がない。

 

「片瀬さんは見に行かないの?」

「私まで行ったらアンタ見張る奴いなくなるでしょ」

 

そう言って片瀬さんはフォークを突き立てたリンゴを俺の口元に持ってくる。

まるで看病する彼女のようだと内心照れながらも大人しくそのりんごを齧った。

 

それを丹念に噛み、咀嚼する。

 

「長谷、アンタはどうなるか気にならないの?」

「・・・・・・乾さんが大怪我をする事が前提の喧嘩なんて体が動いても見に行かないよ」

 

見ることより、知ることより、事の顛末を聞く事よりも俺には後ですることがある。

 

「片瀬さんだって俺と同じような理由でしょ?」

 

俺の言葉に片瀬さんはバツの悪そうな顔をする。

 

「別に、梓もその相手も江乃死魔関係ない奴でしょうが。

 そんな奴らの喧嘩なんて興味ないだけよ」

 

相変わらず嘘が下手だ。

 

「そういう片瀬さんのツンデレ好きだな、俺」

「ツンデレいうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー、凄いヤンキーの数っすね」

「どうやら恋奈の馬鹿が湘南中の不良を呼び寄せたらしいな。

 おかげで冬なのにここだけ暑苦しい感じがする」

 

愛と梓は先日決めた喧嘩場所、江ノ島の海岸で顔を合わせた。

しかしそこは既にこの喧嘩を聞きつけた不良共によって一般人が入れるものではなくなっていた。

事前に湘南中にこの喧嘩があることを広めるように恋奈に手回ししてもらったからだ。

その為仕方なく喧嘩前だというのに当の二人は相談し合って別の場所を探した。

 

そうして見つけた二人の場所が、先日梓が楓に相談した場所。

江ノ島へ続く橋の中央部。

 

その中央から数十メートルの地点には二人の姿しかない。

しかしそこから先は橋を挟むようにして凄まじい数の不良が押し詰めていた。

二人が殴り合いを始めるのを今か今かと待ちわびている。

 

「この中にあずをだけならまだしも、長谷センパイに手を出そうとする馬鹿も沢山いるんですよね」

「だろうな」

 

忌々しげに、それこそ嫌悪感を丸出しにして千の数を超える不良の群れを梓は睨んだ。

 

「うぜー」

 

梓は呟く。

 

「うぜぇうぜぇうぜぇ、うぜぇんだよテメェら!」

 

徐々に声の音量を上げて、最後には全員を竦み上がらせる程の殺意を込めて吐き捨てた。

そして射殺すような目つきで辺りを見渡す。

 

「揃いも揃って雑魚ばかり。

 一人じゃあずに勝てないから徒党を組んでお礼参りする、それはまだ許せた。

 自分もテメェらに相応の態度をとったから、だから当然の事だよ」

 

それは誰に言っているのか。

当事者以外はまるで意味のわからない事だ。

だが、数多の不良の群れの中にいる百人以上がその言葉に怯える。

 

「だけどあずに勝てないからって身内狙うようなハンパな真似してんじゃねぇよカス共!

 質でも数でも勝てない雑魚ばかり、そんなカスが最後にとった手段があずの身内に手を出す。

 反吐が出るんだよくそったれ」

 

ずっと自分や大を狙っていた奴らに言いたかった事なのだろう。

その言葉は怒りに満ちている。

 

「次そんな真似してみろ、どんな事しても突き止めてテメェの息の根とめてやるよ」

 

口にした言葉には確かな重さがあった。

実際に今後長谷大に手を出せば今言ったことを実行するだろう。

そうイメージせざるを得ない程にプレッシャーのある言葉だった。

 

それに恐れをなした不良は次々に列の後方へ戻る。

少しでも今の梓から離れたいのだろう。

 

その姿を見た梓は軽くため息を吐いて

 

「・・・・・・なーんて、関係ない方々にはまるで意味わかんないっすよね。

 失礼しました~」

 

と、雰囲気を紛らわせた。

その梓の芝居じみた行為に愛は楽しげに笑う。

 

「良いメンチきるじゃねぇか。もっと軽いチャラけた奴だと思ってたんだがな」

「失礼っすね。自分やる時はビシっと決めるタイプだと思ってるんですよ」

 

これから血なまぐさい喧嘩が始まるのに二人はまるで日常のように話し合う。

その緊張感の薄い光景に観客の不良たちは戸惑うばかりだった。

 

しかし愛もそのダベりには少し飽きてきたのか、不意に真面目な顔になる。

 

「何で恋奈じゃなくアタシを選んだ?」

 

愛はそれをこの時まで疑問に感じていた。

単純に喧嘩をしたいのなら恋奈を選ぶことこそ梓にとって安牌だったのだ。

 

彼女なら不必要に梓を痛めつけないだろうし、そのまま敗北してもそれをきっかけに江乃死魔に戻ることもできるだろう。

何より梓でも勝てる可能性の高い相手なのだ。

恋奈だけは三大天の中でも異色の立ち位置であり、その強さは喧嘩ではなく組織構成におけるカリスマ性に特化している。

 

だからこそ愛は梓が恋奈を選ぶと思っていた。

しかし現実はそうならず、梓は何故かリスクが高すぎる愛を選んだ。

 

「恋奈様舐めすぎっすよ辻堂センパイ。

 恋奈様のあのタフさはスタミナが無い上に打たれ弱い自分にはむしろ天敵っす」

 

自分の天敵だと言っているのに、恋奈の名を口に出す梓は誇らしげだった。

 

「どうせやりあっても自分がスタミナ切れでジリ貧なのは目に見えてる。

 そんなだったら互いに一撃で仕留め合うハイリスクハイリターンな相手を選んだほうがマシっす」

「へぇ、アタシを一撃で仕留めれるとは大きく出たな」

 

梓の挑発に薄く笑って返答する愛。

徐々に喧嘩が始まるであろう空気が漂い始める。

 

「何より、これ以上恋奈様に歯向かうのもヤですし」

 

ボソリと、愛に気づかれないように呟く。

 

愛はふと思い出したように梓の左腕を指差す。

 

「それ、まだ治らねえのか」

 

梓はその質問に意味深な態度で答える。

 

「皆殺しセンパイやティアラセンパイは2日で骨折治しますけど、

 自分はどうなんでしょうね?

 ギプスはめたままなんで全然わからないです」

 

と言いながら実際はどうなっているのか理解しているのだろう。

右手で彼女に不釣合なほど無骨なギプスをポンポンと叩く。

 

愛はその舐めた態度がカンに触ったのか片眉を上げた。

 

「そんなもの付けたままでアタシに勝つつもりか?」

「そりゃそうでしょ。そうじゃなきゃここにいませんよ」

 

梓がゆっくりと構えをとる。

対して愛は依然としてただ憮然と立つだけ。

その対応に梓は訝しがる。

 

「・・・・・・構えないんすか?」

 

いつでも攻める姿勢を取りながら梓は訪ねた。

 

「舐めた態度をとる奴には相応の扱いをする性分なんでな」

「後で言い訳しても聞く耳もちませんから」

 

ジリジリと、蛇のように地をなぞる摺り足で梓は距離を詰めていく。

愛はそれに何か対応するわけでもなく、ただポケットに両手をしまって彼女が動くのを待った。

 

愛は完全に後の先をとるつもりだと梓は看破する。

恐らく自分が攻めたところで容易くカウンターを入れられるのは目に見えているのだ。

その為僅かでも距離を埋めて反応を間に合わなくさせようとする。

 

だがそれでも一定の距離までしか埋められない。

愛は自分から攻めないとは一言も言っていない。

故に迂闊に距離を詰めすぎると逆に不意を付いた愛に対応できなくなる。

 

梓が最終的に愛との間に置いた距離は三メートル。

これだけあれば互いに瞬きしている間に一撃は余裕で叩き込める。

 

「どうした、間合いはこれだけでいいのか?」

 

愛の試すような言葉に梓は舌打ちをする。

 

「カウンター狙いとか、喧嘩狼にしては随分消極的な喧嘩の仕方じゃないっすか?」

 

軽口を叩いて自分の内心を悟られないようにする。

 

「誰がカウンター狙いなんて言ったよ」

「な――――――うぁ!?」

 

呟いた瞬間愛が一瞬で三メートルの間合いを詰めて、ポケットに手を入れたまま蹴りを繰り出す。

余りにもフェイントのないその動きに戸惑うものの梓はその蹴りを半身で避けた。

 

フォームも適当の、ただ取り敢えず出したのであろうそのいい加減な蹴りは梓に威圧を与えた。

 

避けた瞬間、彼女の耳には鈍い風切り音が聞こえたのだ。

そう、いい加減に繰り出したその蹴りは梓の想像以上に早く、察するに重かった。

あそこで避けずに受け止めたのなら、そのまま吹き飛ばされていたであろうことが想像できる。

 

そのイメージに梓は冷や汗をかく。

 

「ティアラセンパイ以上の馬鹿力なのを忘れてましたよ」

 

まともに殴り合ったら何もできず血祭りにあうのは目に見えている。

ガードという選択肢は片手しか使えない梓には最初からない。

片手では攻撃を止めただけで既に両腕が塞がることになり、相手の二打目に対応ができないのだ。

 

梓はかつてないほどに目を凝らし愛の動きを詳細に感じ取る。

 

蹴りを空ぶった愛に一気に肉薄して右拳をがら空きの腹に叩き込もうとする。

手の形は打ち抜きやすい抜き手。

直撃すれば確実に愛といえども悶絶は免れない筈。

そう思い一気につき出す。

 

「っつぅ!」

 

驚きの声を上げたのはカウンターを入れようとした梓の方だった。

不意に、隙だらけな筈の愛から得体の知れないプレッシャーを感じて横にステップする。

 

その瞬間、梓のいた愛の懐から再び風切り音が鳴った。

 

愛が空ぶった足を空中で止め、その足でそのまま横蹴りに切り替えたのだ。

 

「っは、いい反応だ」

 

馬鹿な、と梓は毒づく。

冗談ではない。

 

こちらは相手の攻撃をくぐってカウンターをだした。

対して愛は一度蹴りを空振りしたにもかかわらず、そのままの姿勢で出した第二打を梓のカウンターより速く出してきたのだ。

つまり少なくとも今の梓が一度攻撃を出すのに愛は最低二発は繰り出せる。

 

速度ですら負けている。

 

「そういや前に読んだ漫画で言ってたな。

 突きを蹴り並みに強くする。

 もしくは蹴りを突き並みに器用にするのが最も強くなる近道って」

 

愛は先ほどと変わらず薄く笑いを浮かべながら姿勢をなおす。

 

「それじゃあアタシはどこまで蹴りが器用に出せるか試してみるか」

 

一度ステップを踏んで、着地した瞬間愛の姿がぶれる。

その姿を梓は見逃さず、同じく距離を詰めてきた愛に対応する。

 

初段はなんの変哲もないローキックだ。

その蹴りに合わせて軸足を刈る狙いで行く。

 

梓は愛の蹴りの射程からギリギリ離れて蹴りを避けようとする。

しかしその蹴りは突如梓の足ではなく横腹に突き刺さりそうになった。

焦って更に後退してそれも躱わす。

 

ローからミドルに、V字を書くように蹴りの軌道を変えた愛。

 

「今のを避けるのか」

 

高い敏捷性を見せる梓に楽しげに声をかける。

だが梓は愛のそんな言葉に反応している余裕がない。

 

「そんじゃもう一度、いくぞ」

 

再び来る。

今度は突き出すような蹴り。

俗に言うヤクザキックだ。

 

これは単純に身を半分横にそらすだけで避けることができる。

だが果たしてそんな避け方をして大丈夫なのか。

愛がコンビネーションを狙っているのは確定している。

だったら

 

「らぁっ!」

 

相手のテンポを崩さない事には防戦一方になるのがわかりきっている。

梓は半身でよけながら愛の蹴りを右腕で挟む。

同時に左足で軸足を蹴りぬこうとやり返すようにローキックを入れた。

 

そう、確かに入れた。

 

だが、蹴り抜かれた筈の愛の軸足は僅かも揺れなかった。

 

拙いと感じた梓は慌てて追撃を入れようとするも、姿勢が悪い。

即座に追撃は諦めて愛の足を放す。

 

「いい蹴りだ。だが、少し重さが足りねぇな」

 

どこがいい蹴りだ。

まるで効いていないではないか。

 

「・・・・・・メチャクチャなステータスしてますね」

 

ティアラ以上の怪力に、不自然なまでの体の安定性。

そして現在片手の使えない自分を大きく上回る速度。

 

明らかに強さの次元が違う。

かろうじて愛の攻撃は見えている。

しかし見えているだけで、これからどこまで捌ききれるかわかったものではない。

 

駄目押しに相手はまだポケットに手をいれているのだ。

それで今のザマ。

勝てる要素がない。

 

「どうした、いい加減そっちから攻めてこいよ」

「簡単に言いやがって・・・・・・」

 

確実に決まったカウンターにダメージは無く、急所を狙った攻撃はコンビネーションで容易く防がれる。

どうしたものか。

 

いや、考えている場合ではない。

いい加減防戦はやめなければならない。

それこそいつまで自分が対応できるかわからないのだ。

 

梓は転じて一気に右拳を愛の顔に振り抜く。

なんの虚実もない素直な右ストレート。

愛はそれをなんて事もない様に首だけで避ける。

 

勿論梓もこんなのが当たるとは思っていない。

互いにわかりきったフェイントだ。

 

即座に出した手を引っ込めて後ろ回し蹴りをする。

 

「へぇ、本格的な回し蹴りだ。何か武術習ってんのか?」

「別に、昔護身術で軽くかじった程度だよ!」

 

余裕でそれすら躱す。

暖簾に腕押しとはこの事だ。

どれだけフェイントを混ぜようが、大技を繰り出そうが当たる気がしない。

まだこの喧嘩が始まって四度しか攻撃をしていない。

だがもう薄々解ってきたことがある。

 

「はは、それでその強さかよ。すげぇなお前」

 

何も武術を習っていないのにそれ以上の強さを誇る愛に言われてもまるで嬉しくない。

 

 

 

 

 

 

そこから、十数分にも及んで延々と同じ展開が繰り返された。

 

余裕を持って圧倒する愛にひたすら防戦を繰り返す梓。

これがただの不良による喧嘩ならば観衆はいずれ飽きて帰っていただろう。

 

「・・・・・・すげぇ」

 

だれが呟いたのか、彼の言葉に周りの人間は無意識にただ生唾を飲んで頷く。

 

愛はまるで本気を出していない。

にもかかわらず喧嘩なれした不良にとって、彼女のその一挙一動が既に自分を遥かに超えた超人的な身のこなしなのだ。

大振りの蹴りなはずなのに規格外の速度と体勢の立て直しの素早さ。

そして直撃すれば一撃で受けた箇所の骨が砕けることが想像できる威力。

 

彼女の初弾の蹴りだけで殆どの不良が反応すらできず、一撃で屠られるレベルなのだ。

 

その蹴りを延々と躱し続ける梓も同時に並みの不良を容易く凌駕する実力である。

観客には全く見えない蹴りを異常な動体視力とフットワークで躱し続け、躱した際には堅実にカウンターを入れ続ける。

無論それが未だ一撃も当たることはない。

しかし、そもそも愛に反撃をできるだけで異常なのだ。

 

だが、それもそろそろ限界が見え始めた。

 

尋常ではない集中力で愛の一撃必殺の蹴りを躱し続けたのだ。

既に精神面は摩耗が始まって蹴りに反応するのが遅れ始めることも多くなった。

対して愛は未だ無傷かつ体力もまるで消耗していない。

その無尽蔵なスタミナの片鱗を感じて梓は焦燥する。

 

持久戦もだめか。

 

喧嘩における重要なステータス全てに置いて負けている。

このままではどうあがいても勝てない。

 

いや、そもそもこの喧嘩は自分は勝つ必要のないものなのだ。

単純に今自分が戦っているのは自分の強さを観客に誇示するため。

そして愛のその圧倒的強さを見せて大に手を出す事のリスクを教えるためなのだ。

 

だったらそろそろ、負けても良いのではないか?

 

一瞬そういった疑問。否、甘えが梓の脳裏によぎる。

 

「――――――冗談じゃない」

 

その甘えを即座に叩き潰す。

勝ち負けではない。

この喧嘩には自分のプライドがかかっている。

 

先日の答えがなければこのまま愛にある程度攻撃をくらって倒されるのもアリだったのかもしれない。

だが自分は昨日、自分の人生を決めた。

 

自分はもう不良をやめられないのだ。

他人の気持ちを蔑ろにして、自分のしたい事を貫き通す。その生き方を選んだ。

ひたすらに大を愛する。

その結果迷惑を被るのは愛や大だろう。だがそんなのは知ったことではない。

 

他人を気にして自分の気持ちを抑える事なんて出来るはずがない。

そんな顧みる行為は結果として自分の恋を諦めて、虚しさに耐える道に他ならない。

嫌だ、そんな結末は嫌だ。

 

どんな形でもいい。歪な関係でもいい。

不誠実な愛でもいい。

それがどれほど結果として自分を惨めにする考え方だったとしても、

ただひたすらに大に愛されたい。

 

この喧嘩も同じことだ。

この決闘が目指す結末は自分が叩きのめされる事だ。

そしてその結果は自分がどう足掻いても変えられないだろう。

 

ならばその結果に到達する前にする事がある。

手を抜いて妥協した敗北よりも、全力を尽くして力及ばず負ける。

結果が変わらないから、それに逃げていい加減な気持ちで望む事なんてもうできない。

 

「もういいよ、飽きた」

 

愛の蹴りを何度も避け続けてわかったことがある。

こんな事を何度繰り返しても無駄だ。

何も伝えられないし何も伝わらない。

 

愛の大振りの蹴りを避けて一気に距離を置く。

幸いにして愛はその開けた間隔を埋めて来ることはなかった。

 

「何度も何度も」

 

くだらない。

こんな舐めたとかそういう不良の体面を気遣った喧嘩などどうでもいい。

 

「何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 同じ事ばかり、もう飽き飽きなんだよ」

 

愛が片手の自分を舐めて両手を使わないのではない。

両手を使ってしまうと一瞬で喧嘩が終わってしまうから使わないのだ。

そんなことは最初からわかっていた。

 

愛に不便させる選択をさせた自分を恥じ入る。

 

「テメェがあずを舐めるのならそのままでいいよ、くそったれ」

 

もう手段を選んでいる場合ではない。

愛に本気を出してもらわねば自分の気がすまない。

 

左手を真っ直ぐに前に伸ばす。

 

伸ばしたその腕を――――いっきに地面に叩き付けた。

コンクリート同士がぶつかる音が耳をつんざく。

 

自分の腕にまとわりついていた無骨な重りだったギプスは一撃でヒビが入った。

そのヒビにめがけて次は自分の膝を叩き込む。

再び響く粉砕音。

 

辺りの不良は梓の自虐的な行為に目を丸くする。

ただ、愛だけはその行為を注意して見ていた。

 

「ふぅ、久々に自分の左手みましたよ」

 

粉々になったギプスをなんの感慨もなく捨て去って左手をプラプラと振る。

 

痛みはない。

若干しびれる感じはするが喧嘩には支障がない程度だ。

 

大胆な行動をした梓を愛は邪魔することなくただ見る。

 

「・・・・・・良いのか?」

 

その質問は一体どういう意味を込めているのか。

見物人は誰一人として理解できない。

恐らく殆どの者が折れた腕を治すギプスを壊していいのかと聴いているようにしか聞こえないだろう。

ただ、梓だけはその言葉の真意を把握した。

 

本気で相手して大丈夫なのか?

 

その確認なのだ。

梓は真剣な愛に、頷く。

 

「わかった、いい加減アタシも同じ事ばかり飽きてきたところだ。

 そろそろテメェのツラをこの手で殴りたくなってきた」

 

一度瞼を閉じて、その後圧倒的なプレッシャーを出しながらポケットから両手を出す。

そしてその手を握り、ようやく愛がファイティングポーズをとる。

つまりもう手加減はしないという意思表示なのだ。

 

「冗談でしょ、殴るのはあずで殴られるのはテメェなんだよ」

 

 

 

 

 

 

互いに本気を出した喧嘩は壮絶だった。

 

梓は打撃主体だった先ほどの動きから一変、完全な急所狙い。

一撃でも当たれば文字通り致死レベルの攻撃をし続ける。

 

愛の台風のような攻撃を全て弾き、躱し、すり抜け何度も関節技も決めた。

 

「つぅ・・・・・・陰湿な喧嘩しやがる」

「嗜虐的な喧嘩の仕方と言ってくださいよ」

 

愛の突き出した手を避けつつその手を掴む。

そしてゼロコンマ2秒で前腕と手首の関節を分離させる。

 

電撃が走るような痛みが愛の右腕に伝わって即座に手を引っ込める。

 

愛は梓の明らかな人体を破壊することに長けたその喧嘩の仕方に楽しさを覚えた。

やった事のないタイプだ。

胸の高鳴りがおさまらない。

 

喧嘩なんて退屈なばかりと思っていたが、どうやら梓は自分のお眼鏡に適う相手だ。

 

堪えきれない喜びを噛み締めながら外された関節をつなぐ。

 

愛が何度も現時点で腕や足の関節を外されたように、梓自身も無傷ではない。

例え両手が使えたとしても、何一つとして愛に勝るステータスはないのだ。

故に一度関節を外すたびにカウンターで攻撃をもらう。

 

梓の顔や胸には既に十発以上拳や蹴りが叩き込まれている。

 

一撃必殺の威力である愛の攻撃をくらっているにもかかわらず梓は依然として立っていた。

 

だがそれでもノーダメージなわけではない。

先ほどから目眩はするし、足はガクガクと震えている。

次もらったらもう立てないかもしれない。

 

それを九回繰り返しただけなのだ。

 

ひたすらに梓の突出した身体能力で攻撃を喰らいこそすれ、直撃はまぬがれ続けた。

だからまだ立っていられる。

まともに喰らえば恐らく一撃で気絶するだろう。

 

そんなリスクを背負って梓も攻撃を繰り返しているのに関節技こそ決まるが、急所狙いの攻撃は一度も届かない。

骨を外すのでなく、破壊する関節技も決まらない。

つまり、最初と変わらずやはりジリ貧なのだ。

 

既に自分は本気でやっている。

両手は使い、持てる実力を惜しみなく出している。

だというのに最初と変わらず勝てるイメージが一切湧かない。

 

考えながらも何度も愛に攻める。

水月の部分を狙って抜き手を放つ。

だが、それが命中する前に愛の拳が自分の横腹に突き刺さる。

 

後出しにもかかわらず自分の抜き手より速い愛の拳に不条理さを感じながらも、意識は手放さずめり込んだ拳を繋ぐ愛の腕を掴んだ。

そのまま一気に肘の関節を外す。

 

「ぐぅ!!」

「・・・・・・てぇな」

 

こんなの痛み分けにすらならない。

愛は自分で腕を繋げられるが、自分はダメージがなかったことにはできない

しかも今のはかなり直撃に近かった。

愛は関節をつなぐために距離を置くが、自分は追う事すらできずその場に崩れ落ちた。

 

ヤバイ、息ができない。

 

見れば愛はもう腕をつないでいる。

だというのに自分は立てる気すらしないほど足にも意思にも力が入らない。

 

「おいおい。まさかこんな呆気なく終わるのか?」

 

そうだ、余りにも呆気なさすぎる。

あれだけ凌いできたのに、良いのを一撃貰っただけで立ち上がれなくなるのか。

そんな馬鹿な話があるか。

 

梓は必死で腕や足に力を入れる。

しかし意思に反して立ち上がれない。

愛はそんな梓を見下しながら彼女の前に立つ。

 

「立て、こんなんじゃテメェも気がすまないんだろうが」

 

梓の胸ぐらを掴んで一気に持ち上げる。

余りの衝撃に一瞬気が飛びかけるがなんとか踏みとどまった。

 

ふと、その際に常用している制服のボタンが千切とんだ。

当然か、梓の全体重がそのボタンを繋ぐ糸にかかったのだ。

 

弾け飛んだボタンは軽い音を響かせながら冷たいコンクリートの上を転がる。

それを見た瞬間、梓の頭が真っ白になった。

あのボタンは―――――

 

「――――離せ」

「あぁ?」

 

自分を持ち上げる愛の腕を両手で握る。

 

「離せって言ってんだよ!」

 

浮かばされたまま、愛のその腕にに膝を叩き込んだ。

体重が乗っていない上に不自然な姿勢で放ったその蹴りに威力は期待できない。

だがそれでも愛の握力を緩める事はできたらしく、愛はたまらず手を離した。

 

梓はそのまま愛に目もくれず、転がっていたボタンの元へ走りより、両手で掴む。

 

「・・・・・・よかった」

 

そのボタンを大切そうに手で包んで胸に寄せる。

 

「そのボタンがそんなに大事なのか」

 

愛は隙だらけである梓を敢えて襲わず、ただ彼女が再び立ち上がるのを待つ。

その顔を見た瞬間、梓は頭が沸騰した。

 

せっかく大切な人が自分のために縫い付けてくれたボタンを、よくも。

 

殺意にも似た感情で一切の防御をやめて愛に襲いかかる。

 

「っと! いきなり何だ!」

「くたばりやがれ! クソックソォッ!」

 

決してその動きはヤケクソではない。

振りは大振りで隙があるものの、これまでのどの攻撃よりも速度があり、同時に的確に急所を狙っている。

 

「っち、調子に乗んな!」

「あぐッ!」

 

圧倒的な速度の連打を全てギリギリ避けながらも愛は的確にカウンターを間に入れる。

その攻撃は十分な力があり、梓の腹に直撃する。

先程までと同じ彼女ならばこの攻撃で再び崩れただろう。

 

だが、その重いインパクトで僅かに後ずさるものの一瞬で再び愛に肉薄する。

 

「ウザイんだよ! 目障りなんだよ!」

 

ダメージを受けていないのか、獣のような鋭くも大胆な攻撃を尚継続する。

 

「アンタが! アンタさえいなければ!」

「くぅ、流石にやべぇ」

 

愛は梓の言葉の真意を考えながらも全て冷静に迫り来る拳を弾き落とす。

だが突如としてまるで反撃を恐れなくなった梓の動きに愛は追いつけなくなった。

防御など度外視したその玉砕にも似たその攻撃は余りにも速さがある。

 

既に速度のみに置いては愛と同等かそれ以上のものなのだ。

 

「さっきから、お前は何を言っているんだ!?」

 

何よりも愛が対処しきれないのは攻撃ではなく梓のその叫びだった。

ただの恨み言ではない。

その言葉には明らかな愛への憎悪の意が入っている。

 

「先に出会ったから、先に惚れられたから・・・・・・そんな事で諦めきれるか」

 

尋常ではない速度と重さをもった蹴りが愛に迫る。

躱しきれないと判断した愛は防御姿勢をとる。

 

「気がつけば好きになってた、気がつけば自分の身を傷つけてでも良いくらいに愛していた」

 

構えた腕に梓の蹴りが直撃する。

カウンターを狙おうとするものの、そんな余裕はない。

想像以上の蹴りの重さに愛はたたらを踏む。

 

「欲が出た、自分が好きなように相手にも自分を好いて欲しいと思うようになった」

 

愛がひるんだ隙を付くようにマシンガンのような連打を放つ。

愛ですらその攻撃の全てが見切ることができない。

 

「なのに、どうして。どうして――――――」

 

蹴りを防いだ腕に更に拳の雨が降る。

ガードしているはずなのにその腕越しにダメージがくる。

 

「何でその気持ちを諦めないといけない!?」

「ぐうぅぅ!」

 

叫び続けながら愛を殴り続ける。

 

「好きな人の隣には既に相手がいたから。

 そんな理由で納得できるほど半端な気持ちじゃない!」

「テメェ、言いたいことばかり言いやがって!」

 

何時までも押される愛ではない。

 

ワンパターン化してきた梓の拳を間一髪のタイミングで避け、やり返すように拳を振り抜く。

その拳は確かに梓に届いた。

 

「つぅっ」

 

ノーガードでまともに愛の拳を喰らう。

その隙を付くように愛が更にもう一度殴りかかる。

しかしその攻撃が再び梓に届くことはなく、寸での所で凄まじい風切り音を上げながらも空を切る。

 

「大は、アタシの男だ! 大がアタシに惚れた、アタシが大を愛した!」

 

空振りした拳をすぐに引っ込めて回避行動から戻っていない梓に蹴りの連撃を打ち込む。

その攻撃を梓はほぼ避けきるも、僅かに一撃だけ貰った。

衝撃を殺しきれず梓は二メートルほど飛び、背中から落ちる。

 

「そこに他の奴が入る隙間はねぇ、テメェの恋はもう終わってんだよ!」

「黙れッ、初恋が実ったアンタに何がわかる!?」

 

転げ落ちながらも受身をとった梓はダメージを意に介さず一気に攻める。

 

「惨めで、虚しくて、きっと報われないのに・・・・・・

 それでも好きで、なのにどうしようもないこの気持ちがわかってたまるか!」

 

徐々に、徐々にだが梓の攻撃が愛に直撃する頻度が増えてくる。

 

「どれだけみっともない愛の形でもいい! 皆に迷惑しかかけない恋でもいい!」

 

同時に、愛の攻撃も梓に直撃する回数が増え続ける。

どちらも半端ではない攻撃の重さだ。

全てが一撃必殺の威力にも関わらず、それをくらって尚倒れることなく二人は殴り合いを続ける。

 

「ただ、長谷センパイに好いてもらいたい! その気持ちが全てなんだよ!」

 

ここに来て、梓の本気で放った抜き手が愛の鳩尾に直撃する。

明らかな必殺の一撃。

 

「・・・・・・がっ」

 

梓はその確かな手応えを感じる。

愛もその一撃に吐血する。

明らかに以前梓が良子に打ち込んだ攻撃を上回る威力だ。

 

だが、それを食らっても愛は地に膝をつかなかった。

それどころか、未だ自分の急所にめり込んだその手を掴む。

 

「―――――良い啖呵だ、半端じゃない覚悟だ」

「なっ!?」

 

梓の手を掴んだまま、一気にその顔を殴り飛ばす。

当然手を掴まれたままではガードも回避もできるはずがなく、まともに喰らう。

 

「そうだ、その半端じゃない気持ち。アタシにも覚えがある」

 

気絶しかねないほどのダメージを貰った梓は慌てて自分に喝を入れて立ち上がる。

その姿に愛はかつてない程に喧嘩の楽しみを見出した。

 

「一度はアタシも諦めた」

 

ダメージで足が動かない梓に攻めることはせず。

構えすら捨て去った、ただ立っているだけの姿勢で梓に語りかける。

 

「不良だから、いっぱい迷惑かけるから。

 だから無理だと思った。間違いだと思った」

 

梓の欠片も揺ぎのないその感情に愛は内から感じるものがあった。

 

「それでも好きだった。迷惑をかけるのをわかっていてまだ嫌いになれない」

 

その他人にも相手にも迷惑しかかけれない不良の良くない恋は果たして間違ったものなのか。

そんな事は絶対にない。

 

「この先何年経っても、何度喧嘩しても。世界一相性が悪くたって――――」

 

良くない恋だから、だから諦める必要なんてないのだ。

 

「アタシは大とずっと一緒にいたい。アタシは大にそう願った」

 

この気持ちはもう今後一生揺らぐことのない感情だろう。

そしてその感情を同じく持つ女がいる。

 

「乾梓、お前はどうなんだ?」

 

どんなだって敵に回す覚悟はあるのか。

長谷大に恋心を抱くのならば今後も自分を敵に回し続ける事と同義だ。

既に自分と大は恋仲だ。

将来の約束だってしている。

そんな勝敗のわかりきった喧嘩と同じような恋を今後も抱き続けるのか。

 

その覚悟を愛は知りたかった。

 

梓はその愛の真意を曲がりなく感じ取る。

 

「わからないですよ」

 

梓は本心を吐き出す。

 

「だって、こんな気持ちになったのは初めてなんですから。

 ただ、あずはずっと、報われなくてもいいからずっと・・・・・・」

 

ポケットに閉まったボタンを右手で包む。

 

「長谷センパイの近くにいたい。

 あの暖かさに触れていたいんです!」

 

まるで父親や母親に近い母性的なものを大には感じていた。

迷惑をかけたって許してくれる。でも、本当に悪いことをしたら叱ってくれる。

危ないことをしたら心配してくれる。

安全を守るために庇ってくれる。

ご飯を作ってくれて、服を縫ってくれて。

言葉にすれば数え切れない程彼の好きなところが思い浮かぶ。

 

あの優しさにずっと包まれていたい。

その中毒的な暖かさに浸かっていたい。

 

愛は梓のその答えとも言えない答えに頷く。

 

「そうか」

 

それだけ言って愛は再び構えた。

梓もそれに応じる様に構える。

 

互いにすでに限界が来ている。

無論ダメージは圧倒的に梓の方が上だ。

だがそんなのはもうどうでもいい。

 

勝つとか負けるとか。

そんなのは最初からどうでもいいのだ。

確実に梓は負けるだろう。

予想通りの結果だ。

 

しかし、負け方は本当は負けるべき梓が選ぶものではない。

全力を尽くして、気持ちを吐き出して。

それでもう何も出すものが無くなった。

その時にこそ負けるべきなのだ。

 

途中諦めて手を抜いて負けるのでは言い訳しか残らない。

しかし今、ここで愛に負けるのならそれは恐らく、

悔しさと誇りが得られるのだろう。

 

ようやく見えた喧嘩の終わりに梓は笑った。

 

少なくとも、悪い気分じゃない。

恋敵に自分の全てをぶつけた。恨み言を吐ききった。

そこまでに一切の妥協はなかったし、出し惜しみもなかった。

 

「それじゃあ、そろそろ終わらせるか」

「はい、辻堂センパイ」

 

二人は互いに笑い合いながら、決着をつけるべく踏み出した。

 

 

 

 

 

 

結果として、最後に地についたのは乾梓だった。

何度もいい攻撃をもらったはずの愛はダメージを一切感じさせない佇まいでうつ伏せで倒れる梓を見下ろす。

梓はそんな愛を笑って見上げる。

 

全身は愛に殴られてボロボロな上に、限界を越えた動きに自分の体力は一切残っていない。

未だ熱意は冷めぬものの、それでも体が完全に限界だった。

 

「やっぱ勝てませんでしたね。残念っす」

「当然だ。大の為にも、お前の為にも負けられねえよ」

 

その男よりも漢らしい言葉に梓は笑ってしまう。

これで愛が男だったら本当に惚れてしまいそうだ。

 

「雪、降ってきましたね」

 

うつ伏せの体を無理に動かして仰向けになる。

広くて、大きくて。それでいて重たい曇天だった空からは純白の粒が降り出す。

 

愛も梓もそれを何も言わずしばらく見つめ続けた。

 

「何ででしょうね、初めから負ける喧嘩とわかって挑んだのに

 案の定負けたのに、この上なく悔しいんですよ」

 

愛は梓の顔を見る。

その瞳には大粒の雫が伝っていた。

 

「悔しいと思うなら、その悔しさの分だけ本気だったんだろ」

 

ポケットから愛用のハンカチを取り出して梓の瞼を拭う。

だが、拭いても途端にまた彼女の瞳は濡れる。

それは雪のせいなのか、彼女の涙のせいなのか。

 

「アタシは一生大から離れるつもりはねぇ」

 

嗚咽を漏らす梓を優しく撫でながら愛は言う。

 

「ただ、それでもアタシ達についてくる馬鹿を追い払う気もない。

 お前はお前のしたいようにしろ、アタシがお前の気持ちにとやかくいう資格はない」

 

少なくとも梓のその気持ちは本気だ。

その本気の気持ちを愛は知っているからこそ彼女を責めれない。

やめろという事もできない。

 

愛おしい彼氏に別の女の影がちらつくのは決して嬉しくない。

それでも、その女が本気なのならば話は別だ。

 

彼氏を魅了しようとするのならするといい、自分はそれを上塗りするほど愛してやる。

そう心に決めて、愛は梓から離れて立ち上がった。

 

「本日をもって、この乾梓は辻堂愛の舎弟となった!」

「・・・・・・え?」

 

突然の愛の宣言に周りは当然として、梓も反応する。

 

「今後、アタシの男は当然としてコイツにも手を出すな!」

 

声高らかに叫ぶ。

 

「もしそれを守れないのなら、喧嘩狼に喧嘩を売ったものとみなしタダじゃおかねえ!

 覚えておけ!」

 

こうして、乾梓が引き起こした恐喝騒動やそれに関わる問題は終わりを迎えた。

この件で梓は結局全てを失っただけだった。

金を失い、仲間を失い、信用を失い。

それでいて何も得たものはなかった。

 

しかしそれでも、得たものは無かったとしても一つの夢は見えた。

自分の将来なんて漠然としたものだ。

それこそ明日のことだって何が起こるかわからない。

しかし、何が起こるかわからなかったとしても、何をするかは選ぶことができる。

 

明日はどうしたい。明後日はどこへ行きたい。

そういった願望に『長谷大と』を繋げる程に彼女の心境は大きく変わった。

その変化は彼女にとって大きな成長へ繋がるものだろう。

 

 

 

 

 

その夜、長谷大の病室には一人の医者が訪れた。

どうやら医者はこの相部屋に同居人が入ることの報告に来たらしい。

 

しかもその同居人は既に扉の向こう側にいるらしく、先生も突然のことで申し訳なさそうだ。

 

人のいい長谷大は断ることもなく同意した。

 

その返答に安心したのか、先生はそのまま扉の前にいく。

どうやらそのまま紹介をするらしい。

先生の呼びかけに外で待っていた人物は大きく返事して部屋に入ってくる。

 

「どうも! この部屋にご一緒することになった乾梓っす!」

 

そんな気はしていた。

 

「お帰り、またよろしくね」

 

帰ってきたのなら暖かく迎える。

俺にとってもう彼女は家族同然なのだから。

 

大のその言葉に彼女は何を思ったのか、凄く嬉しそうな顔をしながら先生から離れて俺に詰め寄った。

 

「ただいま、センパイ」

 

その笑顔を見て大は次に彼女に会った時にいう予定だった言葉を口にする。

 

「もう、危ないことはしちゃ駄目だよ」

 

悪さばかりして、怪我もするようになって。

それでも愛嬌があって憎みきれない彼女。

乾梓は既に大にとって家族同様だった。

 

見れば酷いケガだ。

顔を含めて色々なところに包帯を巻いている。

そんな姿を見て心を傷めずにはいられない。

 

しかし梓はそんな怪我に意も介さず動けない大に抱きついた。

 

「センパイ、大好きっす!」

 

その声は今まで大が聞いたことのない程澄み切っていて。

それでいて決意ある音だった。

 

 

 

 




どうも、初めてのあとがきです。今回で区切りのいいところまで来たのでこの場で失礼させていただきます。
やっと梓パート終わりました、以降は梓デレ期で冬休みにあるであろうイベントを愛と梓と大のトリオ日常パートで数話書こうと思います。
まだマキの話とかが残っていますが、まぁそこはまた間を開けて目前冬休みイベントへレッツゴー。

感想を書いてくれる方やお気に入りに入れてくれた方、評価をしてくださる方
なにより私のSSを読んでくれる方々
心よりありがとうございます。そして今後もよろしくお願いします。

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