辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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プロローグ
1話:冬休みの他愛ない日


 

空が青くて、どこまでも飛行機雲が続いていて、まるで子供のような気持ちを思い出すと彼女は言っていた。

 

「といっても、もうロケット雲消えてるよね」

 

育った過程で空に浮かぶあの長い長い白いモノを飛行機雲とロケット雲と二種類の呼び名が別れる。

さっき愛さんのメールで快晴の空に飛行機雲が浮かんでいると届いていたがどうやらメールに気づいたのが遅すぎてその間に消えたらしい。

残念だ。

 

というより今回のメールで重要なのはこの飛行機雲のことではなく愛さんがどういう目的で俺にメールしたのかである。

最も、そんなことはメールの内容を見た瞬間わかったわけだが。

 

携帯電話を取り出してショートカットに登録している人物に直接電話をかける。

ちなみにこの携帯電話、履歴の大半、その殆ど全てが見る限り全て愛さんで占められている。

つまりは顔を合わせていない日はほぼ確実にどちらかが電話するパターンだ。

そこで心配されるのは電話料だが、やはり俺たちにぬかりはない。

すなわちカップル割引である。

俺が恥ずかしがる愛さんにしつこくねだり続けた結果なんとか電話ショップにてカップル割引を申請した。

あの時の愛さんのテレ具合は可愛いったらなかった。

 

『よ、大。さっきのメールみたか?』

 

2コールで愛さんの声がこちらに届いた。

素晴らしい。

どんなに離れていても距離なんて関係なく彼女の綺麗な声が聞こえるなんて。

やはり携帯電話は素晴らしい、僕らはいつも以心電心、二人の距離つなぐテレパシー。

文明の利器たるものこうでなくては。

 

「ごめんね、ちょっと見るのが遅れたみたい。今空見たけど何もないや」

『そっか、残念』

「でもさ、ロケット雲見れなかったのは残念だけどさ

 今愛さんの声が聞けている俺は果てしなく幸せ者なんじゃないかと思うんだ」

『・・・・・・ふふん。そりゃあ間違いだな』

 

おっと、ここでまさかの反撃。

 

『何故ならアタシは今大の声を聞けて世界で一番幸せな気分だからだ。

 こ、これ以上のものがあってたまるかってんだ』

 

言っている愛さんも少しテレが入ってるんだろう、少し雄雄しさがない。

ならばこれには答えて応えなければなるまい。

生憎と俺は愛さん程硬派でもなければ羞恥心も一般人以下の自信がある。

これは恐らく誇っていいものの筈だ。

長谷先生に語れば多分ご褒美に拳骨の一つはもらえるレベルの俺の誇りだ。

 

「ふふ、それは違うよ愛さん。確かに愛さんは今世界で1番幸せかもしれない。

 だがそれはあくまで世界規模だ、今の俺は宇宙規模で幸せを感じている。

 然るにこの俺こそがベストオブハッピーということになる!」

『ぐぬぬ・・・・・・』

 

勝った。当然の様にビクトリー。

俺が愛さんを好きという感情を勝るものなんてこの世にあるわけがないのである。

まさに何を今更というレベルだ。

林檎を噛めば歯茎から血が出る程度の当然さだ。

 

勝利の喜びと虚しさを感じながら事前に用意しておいたアイスコーヒーを飲む。

苦い、これ失敗してるじゃん。

あれ・・・・・・途中姉ちゃんがドリップしてるところで何かしたのかな?

勝利とはかくも苦いものだったか。

 

『ねぇ辻堂さん。これなんてどうかなー?』

『え、あ。ミィちょっと待っててくれ、今電話中なんだ』

 

どうやら彼女の方は烏丸さんと遊んでいたらしい。

確かに少し耳を傾けてみれば他にも委員長や片岡さんの声もする。

 

「ごめん、遊んでたみたいだね。それじゃあそっちの用事の邪魔しちゃ悪いし切るよ」

『ごめんな大。また夜かけ直すからさ』

「うん。楽しみにしてる」

 

そう言って携帯電話から耳を離そうとすると

 

『あ! ちょっと待ってくれ大!』

 

大きな声でお呼びがかかった。

どうしたのかと再び耳を傾ける。

 

『アタシだって大と同じくらいかそれ以上幸せなんだからな!』

 

そしてこちらの返事を待たず切られる電話。

 

・・・・・・言い逃げとは、これは許されんな。

明日の愛さんをとっ捕まえて延々と耳元で愛を囁くプレイをお見舞いしなければなるまい。

それこそ愛さんが余りの恥ずかしさに悶絶して、照れ隠しのアッパーカットを放ってくるまで囁き続けてやろう。

この長谷大、容赦せん。

 

「一緒に遊んでいたハズなのにメール受信した途端存在を忘れられた僕に言うことはないか?」

「ごめん、いやホント申し訳ない」

 

この瞬間までヴァンの存在を完全に忘れていた。

そうだった、さっきまで冬休みの課題を手伝って貰っていたんだ。

 

「まぁ十人並みな個性だったヒロにも目立った個性が現れ始めたという現状を僕は友達として喜ぶべきなんだろうな。

 少し悪い方の個性な気がしなくもないが」

 

こういうヴァンの意外と寛容な所が大好きだ。愛さんの次に。

 

「せっかく手伝ってくれてたのにごめん。じゃ、続きしようか」

「ああ。といっても僕は初日と今日の朝で終わらせているんだがな」

「流石だ、ヴァンらしいね。じゃあ俺は俺のペースでやるから暇になったら本棚の漫画でも読んでてよ」

 

そう言って早速宿題に取り掛かる。

幸い量は少し多いものの問題のレベルはそれほど高くない。

これならば俺も3日くらいで終われそうだ。

 

「ヤンデレ彼女か・・・・・・ふむ」

「あ、それお勧め。ヒロインの設定が愛さんに似ててさー」

「いいからヒロは課題に集中しろ」

「残念。ところで思うんだけどさ、漫画を一々勧めてくる人って正直対応に困るよね。

 こっちは興味なんて欠片も無いものを進められても食指が簡単に動くはずもなし、ありがた迷惑というか。

 でも自分の好きなものを共有したいという気持ちをないがしろにするのもはばかれると言うかうんたらかんたら」

「やかましい」

 

にべもなく黙らされた。

ヴァンは取り敢えずと言った具合で漫画のページを開き流し読みしていく。

 

「ふむ。確かにこの不良、色々と辻堂に似ているな。

 まぁ辻堂はここまでテンションの高い人間ではないが」

 

愛さんは12月現在までで俺とは当然として、ヴァンを含むクラスの全員とある程度仲良くなっている。

きっかけはやはりあの学園祭なんだろう。

あの可愛い格好での参加はもとより俺たちのクラスの企画そのものを身を挺して守ってくれたあの姿にうたれて彼女への認識は大きく変わった。

 

今じゃ彼女が教室に入れば大抵のクラスメイトは挨拶するし、片岡さん、烏丸さんや委員長に至っては彼女の机に集合して昨日のテレビのこととか他愛のない会話をしたりする。

 

以前までは彼女をまるで狂犬のように扱っていたのが、今では最強の番長だけど実は可愛くてちょっぴり照れ屋な女の子を扱う空気に変わったのが俺たちのクラスの現状だ。

ヴァンもまだ愛さんを不良(よからず)と言うものの、その言葉に刺はなくそもそも愛さんの硬派な性分を気に入っている節もある。

 

要はきっかけだったのだろう。

このきっかけを起こしたのが俺だと自惚れるつもりはないけれど、それでももっと愛さんには友達を作って欲しい。

そのきっかけを作れるようにと俺はいつも考えている。

 

「そういやさ、ヴァンのほうは一条さんと何かないの?」

「む、なんだいきなり」

 

恋愛に興味ないと思っていたヴァンも結構前から商店街とかで一条さんと歩いているところ見るようになった。

それが気になってそれとなく関係を聞いてみたらどうやらヴァンは一条さんの事を一目惚れしたらしい。

ヴァンは個性的な人が好きだから正直意外でもないんだけど、それでもやはり驚いた。

 

「そうだな。今日の夕方ごろに彼女と合流して勉強を見る予定だ」

「へぇ」

 

確かによく一条さんの勉強を見ていると聞いているが。

 

「下衆い質問かもしれないけど、聞きたいことがあるんだ」

「ヒロは相手を不愉快にするような事は言わないだろう。言うといい」

 

つまり答えてくれるということだろう。

ヴァンの友情を改めて確認できた。

 

「その、一条さんとはどこまでいった?」

「・・・・・・ふむ」

 

予想はしていたが答えは用意していなかった反応だ。

ヴァンは考えるように顎に指を添える。

 

「駅弁、だな」

「あ、タンマ。そのネタはもうすでにやったからいいや」

「なんのことだ?」

 

まあ一々人の恋路に干渉しようとするのも俺のキャラじゃない。

ヴァンや一条さんだってちゃんとペースがあるだろうし本人達が満足していればそれが一番なんだろう。

もちろん相談をされたら全力で手助けするけど。

 

友人の恋路を意識したら自分の彼女が恋しくなった。

早く夜にならないかな。

愛さんとお話がしたい。

 

 

 

 

 

 

「そのさ、声だけじゃ満足できなくて・・・・・・えぇと。

 悪い、こんな時間にアポ無しに来るなんて迷惑だよな・・・・・・」

「迷惑? ははっ、俺と愛さんの間にそんな概念なんて存在しないよ。

 さて甘えん坊な愛さんは俺が余すことなく可愛がってあげないと」

 

夜、電話をまだかまだかと待ちわびてたら電話ではなく愛さん本人がうちに来た。

流石に夜に来るという行為が少々非常識なのは愛さんも理解しているのだろう。

若干入りづらそうだ。

 

「姉ちゃんなら今日は飲みに行ってるからさ、遠慮しないで上がってよ」

「お、おう。おじゃまします」

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、あの堅物とティアラがねぇ。予想外」

「そっかな。俺はお似合いだと思うけど」

 

寒い中わざわざ来てくれた愛さんに淹れたてコーヒーを出して一息ついてもらう。

手も冷えているのだろう、熱いカップをギュっと握る愛さん可愛い。

 

「だってアイツってヤンキー嫌いじゃねぇか。そんなのがあのヤンキーバリバリのティアラとって」

 

言われてみれば一条さんは喧嘩大好きだ。

 

「けど一条さんはカツアゲもしなければ理不尽な暴力も振るわないし、

 性格も一本気で凄くいい人だと思うよ」

 

そういう人じゃないとヴァンは好きにならないだろう。

ヴァンは性格に少し問題があるもののそれでも人を見る目はあると思う。

ということはきっと一条さんのことをヴァンは僕が知っている事以上に知っているんだろう。

 

自己満足的にヴァンの恋愛を応援してると横で愛さんが不機嫌そうにしていた。

 

「どったの愛さん? そんな顔も可愛いよ?」

「ありがと、お世辞でも嬉しいよ。でもさ、彼女の前で他の女を褒められると何か不思議とイラってきて」

 

ふむ。なるほど。

 

「嫉妬した愛さん頂きました。堺さん、星は当然三つですよね!」

「うっせぇ!」

 

本人も一条さんに嫉妬した自覚があるんだろう。

少し凹んだ顔うつむく。

 

「あのね愛さん、俺が好きなのは愛さん一人だけだよ。

 ラブってるのが愛さんだけで、ライクってるのがヴァンや一条さん。

 だから愛さんが心配することは欠片もないわけで」

「わかってるよ、アタシだって大に愛されてる自覚あるし・・・・・・」

 

つまり頭ではわかっているのに何故か嫉妬してしまったわけか。

愛されてるなー俺。

 

だがここでこの問題は放置しない。きちんとこれをフォローしなければあの日、俺と愛さんが別れる原因と同じ物を作ってしまう。

自分が八方美人でいつも愛さんをヤキモキさせているのわかっている。

けれど俺はそれを一生直す事はできないと思う。

だから俺は考えた。互いに歩み寄るだけではなくて、変えることのできない性分があるのならそこはツッパって貫き通そうと。

 

「また俺のせいで愛さんを寂しくさせたみたいだね。ごめん」

「謝るなよ大、これはアタシの心が狭かっただけでお前が謝る必要なんて」

「それでも謝るよ。どんな理由だあるにしても結果として愛さんを悲しませた。

 それは良くない。そして愛さんを悲しませた原因もわかってる。

 だからこそ謝るんだ」

 

謝るだけじゃ何も解決しない。

だけど誠意を込めて謝れば少なくともその気持ちが本気であることは伝わる仲なはず。

 

「いつもいつも愛さん以外の人にまで良い顔してごめん。でもこの性格は一生直せないと思う。

 だから、本当にごめん愛さん」

 

彼女は前に言った。

俺の一番好きな部分を将来愛せる自信がないと。

その言葉は復縁した今でも俺の心に残っている。

 

「でも愛さんにはこんな俺を愛して欲しい。わがままかもしれないけど」

 

自分を変えることは簡単じゃない。ましてや俺のこの部分は変えようがない部分だと思う。

だからこそ俺は直すとは言わずただ謝る。

愛さんはコーヒーカップをテーブルに置いて真っ直ぐ俺の瞳を見る。

俺はそれを真正面から受け止めた。

 

「許さない」

「・・・・・・え?」

 

真剣な顔で見ていた愛さんの顔が突然として意地の悪い笑みを浮かべたものに変わる。

一体何をされるのかと身構えたとたんいきなり愛さんに押し倒された。

 

「んむっ!」

 

そしてそのまま唇を奪われてしまった。

一瞬わけがわからなくなるものの、10秒もあれば落ち着くもので

彼女が息継ぎのために一旦唇を離す頃には大分整理がついていた。

 

「今のはアタシを嫉妬させた罰だ。次からもアタシを嫉妬させるたびに同じことするからな」

 

つまり、今回の件を許してくれたということだろう。

 

「まいったな。そんなこと言ったら愛さんにキスして欲しいがために他の女の子を褒めてしまっちゃうじゃないか」

「う、確かに・・・・・・」

「いけない子だ。もう俺は愛さんに身も心も独占状態だというのに」

 

もはや最近は人目すらはばからずこのバカップル状態を超えたバカ状態をするのに抵抗が無くなってきた。

でもまあいいやとそのまま愛さんを押し倒そうとすると。

 

「ダイー! ちょっと風呂貸してー!」

 

想定外の乱入者が。

 

「・・・・・・どうぞ」

 

俺を押し倒していた愛さんをぐるりとひっくり返して俺が押し倒したタイミングで窓からマキさんが入場。

 

「やっぱ恋奈とやるとロクなことにならねぇわ。ほれ見てみ、制服も顔も血まみれになっちまった。

 あ~、これ洗って取れんのかな。ったく面倒クセェ」

 

そう言って胸元を広げるマキさん。

谷間が強調されて超セクシー。

あの、彼女の前でそういうのやめてください。

 

「ん? あぁ悪い。お楽しみ中だったか」

 

特に俺たちの姿を見ても動じず軽くちら見する程度で部屋から出ていくマキさん。

だがドアノブに手をかけた瞬間俺の下にいる愛さんの雰囲気がかわった。

 

「腰越コラ、タココラ。待てやコラボケ」

「あぁ? なんだよいきなり。ってか口汚すぎんだろ」

 

俺をそっと優しく押しのけて立ち上がるやいなや背中を向けるマキさんに詰め寄る愛さん。

その愛さんに恒例行事と言わんばかりに凄まじいメンチを切るマキさん。

間違いなく一触即発の空気だ。

 

「テメェの事だ。この部屋に入る前に今アタシがここにいる事ぐらいわかってただろうが。

 知ってて入ったな?」

「文句あるかよ? 私は別にお前なんかどうでもよくて用があったのはダイと風呂だけだ。

 私がお前に遠慮して用事を曲げるタマだと思ってんのか?」

「はっきり言わなきゃわかんねぇか。事あるごとにここに来んな!」

 

ブチギレた愛さんが自分より少し背の高いマキさんの胸ぐらを掴む。

だがマキさんは対して動じる事もなく不意に笑った。

 

「あ~、そういうことね。

 悪いな辻堂。せっかくお楽しみだったのに水を差しちゃってさ」

 

マキさんの言葉に愛さんは一気に顔を赤くした。

 

「だがなぁ。流石の私でもそういうえっちぃ事してるのは気配や鼻じゃわかんねえぜ。

 そりゃダイが栗の花の匂いでも出してりゃわかるけどさ」

 

結構マジな顔でマキさんが愛さんを諭す。

っていうかやめて。女の子同士で下ネタ話すような展開は男として苦手なの。

俺はまだ女の子にロマンを感じていたい年頃なの。

 

「そ、そうじゃねえ! 大を一々頼るのをやめろって言いたいんだよアタシは!」

「あぁ、そっちね」

 

愛さんも真顔でそんなことを言われたからかアタフタしながらマキさんを怒る。

とはいえさっきまであった威圧感はなくて、むしろ和やかな感じ。

 

マキさんは愛さんの言葉を受けて少し考えた後。

 

「やだ」

 

そう言ってペシっと愛さんの手を払い除けて風呂に向かっていった。

フリーダムな人だ。

 

「・・・・・・」

 

愛さんはその流れに一瞬唖然とした後、正気に戻った。

 

「ま、待てやゴラァ!」

「あ、愛さん!?」

 

そのままマキさんを追って彼女まで風呂に向かっていった。

 

『おわぁ! もう脱いでんのかよ!』

『なんだついて来たのかお前。丁度いいや、私の背中流せ』

『はぁ!? ざけんな何でアタシがそんな事を!』

『いいじゃねえか、先輩命令だ。ほれ脱げ脱げ。洗いっこしようぜ~。じゃないとダイを襲っちまうぞ?』

『おわああああああ! 脱がすなバカ! あ、やめろマジで!』

『へぇ、恋奈の馬鹿よりやわっこくてデカいじゃん。良い感触だぜ』

『あふぅっ! や、やめてくれお願いだから!』

 

・・・・・・最近は愛さんとマキさんも妙に仲がいいんだよな。

流石に一緒にお風呂なんてのは今回が初めてだけど。

 

『ダイー、お前も一緒に入るかー?』

『来るな! 来るんじゃねえぞ大!』

 

行きませんよ。

・・・・・・めちゃくちゃ行きたいですけども。

 

何気ない冬休みの二日目はこんな感じで過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度喧嘩して別れてから俺が愛さんに八方美人な点を受け止めてもらったこと以外に変わったことがある。

 

「せっかくのデート邪魔すんなボケェ!」

「ぎゃーーーーーーー!」

 

消し飛んで星になったヤンキー(江ノ島産)に黙祷。

 

「ったく、それじゃあ行くか大」

「待った。それよりもいつもの確認」

 

変わったこと。それは辻堂さんが喧嘩をしても俺自身あまり辻堂さんを責める気がなくなった事だ。

いや、当然といえば当然である。

俺自身直せなくて彼女に受け入れてもらったものが八方美人な性格。

だからこそ俺も彼女のヤンキーな部分を受け止めるようになった。

 

そう決めたら単純なもので、別にデート中でも軽い喧嘩程度なら受け止めれるようになった。

まあ流石にいい気はしないけど。

 

「怪我なんてしてねぇよ。ほら」

 

俺が愛さんのヤンキーな部分を受け入れる際にひとつだけ約束したことがある。

それは絶対に怪我をしないで欲しいということだ。

 

「うん、喧嘩前と変わらない綺麗で細い手だね。

 じゃあこのまま手をつないで行こうか」

「うん」

 

この約束をした日から愛さんは無闇に恋奈さんを煽らなくなったし、マキさんにもよほどのことがない限り自分から殴りかかることはなくなった。

相手が強かったりやたらしぶとかったら怪我のリスクが上がるからだろう。

だがそうやって少しづつ喧嘩を回避していたら今となっては殆ど喧嘩しなくなっていた。

 

まあ今日みたいに俺が絡まれて殴られそうになったら愛さんは問答無用で星にするけど。

俺がかかわらない喧嘩だと基本メンチで相手を気絶させて、それでも迫ってくる相手には必要以上に手間をかけずあっさりと倒すようになった。

 

結局俺たちの関係は付き合って変わったけど。

俺たちの悪い点は付き合う前と何も変わってないことになる。

それでも少しづつ、ゆっくり俺たちの気持ちは近づいて行っているのなら無理して変える必要もないのかもしれない。

 

「そういやさ、大」

「ん? 何かな」

 

繋いだ手の温度を堪能していると横に並ぶ愛さんがふとこちらをみて声をかけてきた。

 

「明日さ、前からずっと勝負しろって五月蝿い奴と喧嘩する約束があるんだ」

「それって我那覇さん?」

「ああ」

 

特に驚くことはない。

どうも一度愛さんにボロ負けした我那覇さんはそれでもへこたれず、強くなるたびに腕試し感覚で愛さんに挑んでくるらしい。

けれど挑み方は始めの頃のように強いる感じではなくどちらかというと決闘の申し込みのような堂々としたものだったりする。

 

「いいんじゃない。愛さんが我那覇さんと喧嘩したいなら俺が止める理由もない」

「そ、そうか・・・・・・じゃあ明日予定通りアイツと喧嘩する」

 

と、俺の了承を得たものの愛さんは俺が不機嫌になってないかとチラチラと顔色を伺ってくる。

挙動不審な愛さんも可愛いな。

だが流石にデート中に彼女をいつまでも不安がらせるのはベストじゃない。

この件は今すぐ解決しておいたほうがいいか。

 

「愛さん。知ってると思うけど俺は不条理な暴力が嫌いです」

 

だがそもそも彼女の喧嘩はイコール暴力となるのか?

 

「でも愛さんは理不尽な暴力なんて絶対にしないし、何より今回の件は俺からしたら喧嘩とは思えない」

「喧嘩じゃなかったらなんなんだよ?」

「そうだね、決闘とか稽古とか腕試しって感じだと思う」

 

明らかに我那覇さんは愛さんに喧嘩を売っていない。

喧嘩を売るってことは明らかな敵意のある人間が行うことだ。

けれど我那覇さんは愛さんにそんな感情を向けてはいないし、愛さんも我那覇さんに悪意や敵意があるとは思ってないだろう。

二人の間にある感情はもっと爽やかなものだ。

 

「ん~・・・・・・確かに喧嘩って感じじゃないかも」

 

愛さんも合点がいったのか難しい顔をする。

だがすぐに考えがまとまったらしく、笑顔で口を開いた。

 

「まあ難しい事は考えずいつも通りさっさとアイツをぶっ飛ばせばいいんだろ。同じことだよ」

 

身も蓋もない。

 

「結果的には、まぁそうなるね」

 

喧嘩も決闘もやってることは同じ暴力だ。

だが決闘は喧嘩と違い単純に自分の実力を試す行為。

俺はそれが喧嘩と同じものだとはどうしても思わない。

 

「とりあえず明日頑張ってね。応援してるよ」

「おう。大の応援があれば恋奈のとこの雑魚狩りだってハイスピードスコア叩き出すぜ」

「過度の暴力は推奨しません」

「じょ、冗談だよ。そんな怖い顔しないでくれよ」

 

愛さん自身はまだ決闘と喧嘩の違いを見出していない。

けれど彼女は無意識に喧嘩を減らして決闘する頻度が増えてきている。

喜ばしいことだ。

 

「でもさ、絶対怪我だけはしないでね」

「ああ。約束は守るよ、絶対に」

 

お互いの信頼を確認しながら俺達は再びデートの続きを始めた。

湘南の冬は去年より心も手も暖かかった。

 

 

 

 


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