イリナが派遣されて、優子姉さまが来てから数日後、私やイッセーたちは体育祭の練習や準備で、いつもより帰りが遅くなっていました。
今の時間は午後7時…。みんなは既に下校し誰もいない学校の中。旧校舎にあるオカルト研究部にて、何時もの私とグレモリーメンバー+優子姉さまとレイナーレが集まっていました。
「みんな、聞いてちょうだい。次の対戦相手が決まったわ」
リアスさんの言葉により静まりかえる部室内…。そんな中、私が話を続けた。
「それで、相手は誰でしょうか?」
「次の相手は――ディオドラ・アスタロト」
『――っ!!』
その言葉により、部室内にいる全員が言葉を失った。
時はすぎ二日後、夕方五時を過ぎた頃――。
「皆、集まってくれたわね」
学校から帰ってきていたイッセーたち。アザゼル先生とともに私とレイジ兄さまと優子姉さま、それにレイナーレこと夕奈に黒歌もイッセーの家に来ていました。
ある程度は事前に教えられていたので、準備はしています。
リアスさんは確認すると、記録メディアらしきものを取りだした。
「若手悪魔の試合を記録したものよ。私たちとシトリー眷属のものもあるわ」
この前の非公式ゲームの記録映像。用意していた巨大モニターの前にアザゼル先生が立つ。
「おまえら意外にも若手たちはゲームをした。大王バアル家と魔王アスモデウスのグラシャラボラス家、大公アガレス家と魔王ベルゼブブのアスタロト家、それぞれがおまえらの対決後に試合をした。それを記録した映像だ。ライバルの試合だから、よーく見ておくようにな」
『はい』
アザゼル先生の言葉にイッセーたちグレモリーメンバーが真剣にうなずいた。
「まずはサイラオーグ―――バアル家とグラシャラボラス家の試合よ」
サイラオーグってあの闘気の凄かった悪魔でしたね。
記録映像が開始され、数時間が経過する。私は興味津々に見ていたのですが、横を見るとイッセーたちの顔つきは真剣そのものになり、視線は険しいものになっていました。モニターに映っているのは圧倒的なまでの『力』。あのゼファードルとかいったいけすかないヤンキー悪魔とサイラオーグの一騎打ち。一方的にゼファードルが追い込まれていた。眷属同士の戦いはすでに終わっていました。見た感じではどちらもソコソコに強い者ばかりを眷属を有していました。でも、問題は『王』同士の戦いです。
最後の最後で駒をすべて無くしたゼファードルがサイラオーグを挑発し『サシで勝負しろ』と言っていました。それにサイラオーグは躊躇うことなく乗りました。
ゼファードルが繰り出すあらゆる攻撃がサイラオーグに弾き返されており、まともにヒットしても何事もなかったようにサイラオーグはゼファードルに反撃していました。
自分の攻撃が通じないことで、ゼファードルはしだいに焦りの色を濃くし、冷静さを欠いていっていました。
そこへサイラオーグの拳打が打ち込まれる。
幾重にも張り巡らされた防御術式を紙のごとく打ち破り、サイラオーグの一撃がゼファードルの腹部に鋭く打ちこまれました。
その一撃は、光輝兄さまが半分本気をだした時の威力と同等であると見て取れました。はっきりいってビックリです…。
サイラオーグは最後まで打拳と蹴りしか使っていませんでした。……なるほど。やはり光輝兄さまと同じ肉弾戦オンリーの…それも純潔悪魔でしたか。でも、純血悪魔なのに肉弾戦オンリーっていう情報は本当だったのですね。
「……凶児と呼ばれ、忌み嫌われたグラシャラボラスの新しい次期当主候補がまるで相手になっていない。ここまでのものなのね、サイラオーグ・バアル」
祐斗くんは目を細めていました。その表情は厳しいです。この人はリアスさんの眷属のエースです。この人なりに思うところがあるのでしょう。サイラオーグのスピードも相当なものでした。映像からは祐斗くんと同等かそれ以上でした。目の当たりにしてどう思っているのでしょうか。
「リアスとサイラオーグ、おまえらは『王(キング)』なのにタイマン張りすぎだ。基本、『王(キング)』ってのは動かなくても駒を進軍させて敵を撃破していきゃいいんだからよ。ゲームでは『王(キング)』が取られたら終わりなんだぞ。バアル家の血筋は血気盛んなのかね」
嘆息するアザゼル先生の言葉に、リアスさんは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「そういや、ヤンキー悪魔って、どのぐらい強いんですか?」
イッセーの質問にリアスさんが答える。
「今回の六家限定にしなければ決して弱くはないわ。といっても、前次期当主が事故で亡くなっているから、彼は代理ということで参加しているわけだけれど……」
リアスさんの言葉に朱乃さんが続く。
「若手同士の対決前にゲーム運営委員会が出したランキングでは…一位がバアル、二位がアガレス、三位がグレモリー、四位がアスタロト、五位がシトリー、六位がグラシャラボラスでしたわ。『王(キング)』と眷属を含み平均で比べた強さのランクです。それぞれ、一度手合わせして、一部結果が覆ってしまいましたけれど」
「……となると、問題はサイラオーグだな」
レイジ兄さまの言葉に驚くイッセーたちでしたが、リアスさんは理解しているように言う。
「えぇ、彼は怪物よ。『ゲームに本格参戦すれば短期間で上がってくるのでは?』と言われているわ。逆を言えば彼を倒せば、私たちの名は一気に上がる」
「簡単に言うが、俺が見た感じではアイツの力は光輝に近いぞ? あの筋肉だるまに近いとなると生半可な防御や攻撃は、突破されるか効かんぞ?その事を一番知っているのはお前たちだと思うがな。なぁ、優子に椿」
「えぇ、そうね。映像を見ただけでも彼の『力』はすごく伝わったわ。あの子の『力』は光輝に近いだろうね。少なくとも光輝の部隊の隊員達の中でも上位にいるでしょう。」
「はい。優子姉さまのいう通り私もそう思いました。それに彼が放った最高の一撃は光輝兄さまの半分本気をだした時の『力』と同等だと感じましたね」
『………………』
私達の言葉により静まりかえったグレモリー眷属の皆さん。ですが、それほどまでに巨大なライバルだということをわかって欲しいので、本当の事をつつみ隠さず伝えることにします。
「ま、グラフを見せてやるよ。各勢力に配られているものだ」
みんなが静まりかえった中、アザゼル先生が術を発動して、宙に立体映像的なグラフを展開させました。
そこにはリアスさんやソーナさん、サイラオーグなど、六名の若手悪魔の顔が出現し、その下に各パラメータみたいなものが動き出して、上へ伸びていきました。
丁寧にグラフは日本語でした。グラフはパワー、テクニック、サポート、ウィザード。…ゲームのタイプ別の分類ですね。あと一ケ所に『キング』と表示されています。『王(キング)』としての資質でしょう。リアスさん、ソーナさん、アガレスのシーグヴァイラがそこそこ高めですが、ソーナさんのほうが現時点ではリアスさんより高いです。注目のサイラオーグはかなり高めで、ゼファードルが一番低いようでした。
リアスさんのパラメータはウィザード――魔力が一番伸びて、パワーもそこそこ伸びていました。あとのテクニック、サポートは真ん中よりも少し上の平均的な位置を表していました。
そして…、サイラオーグ。サポートとウィザードは若手の中で一番低い位置にありましたが、パワーが桁外れでした。ぐんぐんとグラフは伸びていき、リビングの天井まで達しました。極端すぎるパワータイプだとよくわかります。
サイラオーグを抜く五名の中で一番パワーの高いゼファードルの数倍はあるだろうと見た感じ思いました。
「ちなみに、そこにいる地球連邦軍の三人を含めて結城家の兄弟姉妹を入れると……」
なぜか私達の顔が映り、すべてのグラフがどんどん伸びていって―――――。
「全員…計測不能だ!」
私も含めた兄さまや姉さま達の全員のすべてのパラメータが、天上に突き刺さってしまいました。
それを見たアザゼル先生がにこやかにしながら、そう言いました。
『それもそうですね』
なぜか皆が声を揃えて言いました。……うぅ、否定できない私が怨めしいです!
「ま、そんなところで話を戻すが……ゼファードルとのタイマンでもサイラオーグは本気を出しやしなかった」
パワーだけを見れば、魔王さま方と並んでもおかしくはないんですけどね。
「やっぱ、天才なんスかね、このサイラオーグさんも」
イッセーがそう訊くと、アザゼル先生は首を横に振って否定する。
「いや、サイラオーグはバアル家始まって以来の才能が無かった純血悪魔だ。バアル家に伝わる特色のひとつ、滅びの力を得られなかった。滅びの力を強く手に入れたのは従兄弟のグレモリー兄妹だったのさ」
その言葉にイッセーが驚く。でも、その情報を知っている私たち結城家の人達は驚きもしなかった。
「でも、若手悪魔最強なんでしょう?」
「家の才能を引き継ぐ純血悪魔が本来しないものをしてな、天才どもを追い抜いたのさ」
「本来しないもの?」
アザゼル先生は真剣な面持ちでイッセーに言いました。
「凄まじいまでの修行だよ。サイラオーグは、尋常じゃない修練の果てに力を得た稀有な純血悪魔だ。あいつには己の体しかなかった。それを愚直なまでに鍛え上げたのさ。どこぞの筋肉バカの様にな」
そう言いアザゼル先生が此方を見てきました。
「あはは…。家の長男が申し訳ありません」
皆の視線が集まる中、私達は苦笑いになり、私は謝りました。そんな中、私は今までしてきた仕事や修行を思い返していました。
「俺も光輝と一緒に修行をしてきたり、一人でしたりとしてきたが、サイラオーグに比べれば小さなものだな。あいつの修行は地獄そのものだったと思うぞ俺は」
そう自重気味にいうレイジ兄さま。確かに、私もレイジ兄さまや光輝兄さまも含め私達結城家の者はみな才能に恵まれていました。それに、嫁いだヴェネラナ夫人の娘のリアスさんも才能に恵まれていました。ですが逆にバアル本家のサイラオーグは才能に恵まれることはなかったのです。でも、才能のあるリアスよりサイラオーグのほうが何故強いのかは……、努力してきた賜物だからです。私なんか、転生する際に貰った力を開花させただけ……ただそれだけなのですよ。
かといって、光輝兄さまも魔力はイッセー並みで能力も超戦闘専用の能力でしたので、血へどをはくくらい体を…己の肉体を超人的に鍛えいじめぬいてきて、今の光輝兄さまができました。昔なんてレイジ兄さまと変わらない体格でしたのに…、今となっては筋肉バカがつくほどのムキムキの巨体になってしまわれて……。昔はレイジ兄さまに負けないくらいイケメンでカッコ良かったですのに…。今なんて、エッチでスケベな変態筋肉バカの戦闘狂といったダメお兄様ですのにね……。本当どうしてこうなってしまわれたのでしょうか?不思議ですね~…。
私がそんな事を思っている中、アザゼル先生は続けていました、全員に語りかけるように。
「奴は生まれたときから何度も何度も勝負の度に打倒され、敗北し続けた。華やかに彩られた上級悪魔、純血種のなかで、泥臭いまでに血まみれの世界を歩んでいる野郎なんだよ」
そう…、だからこそサイラオーグは自身の力に自信をもてるのでしょう。
「才能の無い者が次期当主に選出される。それがどれほどの偉業か。……敗北の屈辱と勝利の喜び、地の底と天上の差を知っている者は例外なく本物だな。まぁ、サイラオーグの場合それ以外にも強さの秘密はあるんだろうがな」
アザゼル先生の言葉にレイジ兄さまも続けて言った。
「そうだな。逆に才能があろうと落ちこぼれる奴もいる。自分を知ることも、世界を知ることもない者がそうなる」
ちょうどその時、試合の映像が終わってしまいました。
結果は、サイラオーグ―――バアル家の勝利。
最終的にゼファードルが物陰に隠れ、怯えた様子で自らの敗北を意味する『投了(リザイン)』を宣言することで戦いに幕が下ろされました。
映像が終わり、静まりかえった室内で私は言葉をはっした。
「いま見て分かるように、どんなに才能があろうと無かろうと、努力の次第で結果が代わります。才能が無くても努力を怠らず諦めずに修行を積み重ねる事によって才能がある者を圧勝する事も可能なのです。それほどまでに“努力”というものは大切なのですよ。才能が有っても無くても、決して努力は怠らない事! こんな私だって全ての能力を完璧に扱えるかと言われたら答えはNO.です。どんなに才能があっても使えなければ宝の持ち腐れ。そんな事があってはいけない…だからこそ私はいまも努力をして修行や鍛練を積み重ねて『力』を蓄えているのです。そうやってコツコツと日々の努力が自分の糧となります。だからこそ忘れないでください。どんなに才能があっても…どんなに才能が無くても…。努力は怠らず諦めずに最後までやりきること、そして天狗になって調子に乗らないこと。努力の次第で全てが変わる。だからこそ努力と言うのは大切なのですよ?
皆さんも決して忘れないでくださいね♪」
『はい!ツバキ先生!』
私が喋り終えたのを気にアザゼル先生は言う。 ……ってツバキ先生って何ですか…まったくもぉ~
「先に言っておくがおまえら、ディオドラと戦ったら、その次はサイラオーグだぞ」
「――っ、マジっすか!」
イッセーが驚きながら聞くが、アザゼル先生はただうなずくだけ。
リアスさんも怪訝そうにアザゼル先生に訊@G。
「少し早いのではなくて?グラシャラボラスのゼファードルと先にやるものだと思っていたわ」
「奴はもうダメだ」
アザゼル先生の言葉にリアスさんたちメンバーが訝しげな表情になる。
その話に入ってきたの黒歌でした。
「あの私のツバキを襲おうとしたヤンキーなクソ悪魔……たしかゼファードルだっけ?ゼファードルはサイラオーグとの試合で完璧に潰れたにゃん。いまの戦いで心身に恐怖を刻み込まれたのよ。気も尋常じゃない乱れ方をしてたにゃ。」
「黒歌のいう通りです。彼の顔は恐怖に染まっていました。もう二度と復帰する事はないでしょう。それほどまでに彼の心に恐怖と言う名のトラウマを植え付けました」
黒歌の言葉に続き私も答える。
「あぁ、奴はもう戦えん。ツバキのいう通りサイラオーグはゼファードルの心――精神まで断ってしまったのさ。だから、残りのメンバーで戦うことになる。若手同士のゲーム、グラシャラボラス家はここまでだ」
余程の精神力がない限り、畏怖、恐怖を植えつけられて復帰する事は難しいのです。弱き精神力を持つ人は必然的に恐怖や畏怖を植え付けられると耐えられず壊れます。そして最後には、自己崩壊を引き起す…ゼファードルのようにね。
「おまえらも十分に気をつけておけ。あいつは対戦者の精神をも断つほどの気迫で向かってくるぞ。あいつは本気で魔王になろうとしているからな。そこに一切の妥協も躊躇もない」
アザゼル先生の忠言をメンバーの皆が真剣に訊いている。
リアスさんは深呼吸をひとつしたあと、改めて言う
「まずは目先の試合ね。今度戦うアスタロトの映像も研究のためにこのあと見るわよ。――対戦相手の大公家の次期当主シーグヴァイラ・アガレスを倒したって話しだもの」
『大公が負けた?』
イッセーたち数人が驚いている。
「私たちを苦しめたソーナ達は金星、先ほど朱乃が話したランクで二位のアガレスを打ち破ったアスタロトは大金星という結果ね。悔しいけれど、所詮対決前のランキングはデータから算出した予想にすぎないわ。いざ、ゲームが始まれば何が起こるかわからない。それがレーティングゲーム」
と、リアスさんが言う。
確かに、モノはやってみなければわからない。いくら強くても負けることはあります。
「けれど、アガレスが負けるなんてね」
そう言いながらリアスさんが次の記録映像を再生させようとしたときでした。
パァァァァッ――。
リビングの片隅で人一人分の転移魔法陣が展開しました。
確か、この紋様は……。
「――アスタロト」
私がつぶやく。そして、一瞬の閃光のあと、部室の片隅に現れたのは爽やかな笑顔を浮かべる青年だった。
その青年は開口一番に言う。
「ごきげんよう、ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いにきました」