SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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ちょっと時間がかかりましたが比較的短時間で纏まりましたので投下
投下済みだった三本+αなので既読の方は飛ばしてどうぞ


Fragment T《闇蠢ク影》

2025年 12月

 

 

 

「ここか……」

 

足立区の一角にある高級住宅街。

俺の今の給料じゃ逆立ちしても届かない金がかかっているだろう一軒家の前にして、思わず溜息がこぼれた。

NABの給料も決して安いわけじゃないが、法外な額をもらってるってわけでもない。精々いいとこのリーマンよりチョイと同じか下くらいのレベル。国際レベルの機関って言ったって、お上はともかく下っ端の懐事情はそんなモンだ。

 

「俺ら一般市民からしたら、まさに豪邸って感じですね……」

 

「まっ、流石は私立病院の院長様ってとこだろうよ」

 

「その院長様の邸宅に、一般市民の自分らが押し掛けるわけですがね」

 

「そもそもNABの調査員って一般人とはまた違うんじゃないんすかね?」

 

「はっはっは、かもな」

 

伴ってきた部下三人と無駄口を叩きながら新川邸を見やる。

突然かかってきた電話でアスナちゃん達に教えられた死銃こと新川昌一の実家。

SAOから解放された後も、家を出ずに実家暮らしをしているとは欅の言だ。二年間もの間幽閉されていたに等しい息子が社会復帰できるまで追い出さずに面倒を見ている、と言えば真っ当な親心ってところなのかもしれないが。

 

はてさて、子を思う親心か、はたまた落ちこぼれた息子に世間体を気にしたか……

 

「それにしても、いきなりホシが判ったなんてどっから手に入れた情報なんです?」

 

「さっきも言ったろ、協力者だよ」

 

「でも一緒にGGO潜ってた三崎って人とは違うんすよね?」

 

「まぁな。安心しろって、信頼できる情報筋だから」

 

「それはそうでしょう。でなければ緊急令状なんか発行しませんよ普通。下手をすればクビどころでは済みませんし」

 

「前々から思ってましたけど、班長の交友関係謎すぎません? 班長ってもしかして実は超大物だったりする感じっすか?」

 

御覧の通り、三者三様違いはあれど、どいつもこいつも上司に向かって酷い物言いな部下共だ。俺がこんな性格だからか、こいつら以外の奴らも含めて俺の部下は揃いも揃ってこんなんばっか集まってる。

お上からは、俺を含めて問題児ばかりの寄せ集めって思われてるかもしれんが、能力は確かだし、仲間を売るような真似もしない。俺としては、まぁ悪くないチームなんじゃないかと思わないでもない。

 

「バーカ、俺がそんな超大物だったらお前らみたいな問題児じゃなくて、もっとまともな奴が下についてるっての。

そんなことより行くぞ、お仕事の時間だ」

 

切り替えろ、という意味を込めて一つ手を叩く。三人の面構えが仕事モードに入ったのを確認して、備え付けられたインターフォンを鳴らした。

ドア越しに人が出てくる気配はなく、十数秒してからスピーカーから母親と思しき女性の声が発せられる。

 

「どちら様です?」

 

声音は訝し気というか不機嫌というか。アスナちゃん達から事情を聴いた後車を飛ばしてきた今の時刻は21時半を回ろうってところ。宅配でもない限り訪問には非常識もいいところな時間だし、カメラ越しに見ているであろう男は全く見知らぬ他人だ。怪しむのも無理ないっちゃ無理ないが、だからって出直しますとも言えないわけで。

 

「いやぁ、夜分にどうもすみません。私、NAB調査員の香住といいます」

 

そう言って職員証をインターフォンのカメラへ向ける。発足から結構経った今では認知度も高いコイツは世間一般的には警察手帳のような扱いを受けてるってわけだ。

 

「NAB?……あぁ、ネット警察だか何だかって言う? 何の御用か存じませんけど時間が時間ですし、日を改めていただけません?」

 

相も変わらず不機嫌さを隠そうともしない声音だが、こっちもチンタラやってるわけにはいかないんだ。

ド真ん中直球勝負で行かせてもらうとしますかね。

 

「それでは単刀直入に言いますがね。お宅の昌一君に人命に関わる重大なネットワーク犯罪の容疑がかかっていますんで、同行していただきたいんですよ」

 

そういいながらコートの内ポケットから端末を取り出して職員証と同じようにカメラへ向けた。

画面に映っているのは、新川昌一の逮捕令状。

 

緊急令状と呼ばれるこの令状は、行ってしまえば略式令状だ。ネットワーク関連の有事に対して捜査権を持つNABも警察や検察同様、逮捕やらなんやらの諸々の実行に際しては裁判所から発行される令状が必要になる。

とは言え、通常の事件なんかと違ってネットワーク犯罪は現行犯逮捕ってのが非常に難しい。そもそも犯罪の計画から実行まで、その多くが犯人の自宅やネット喫茶で行われるモンだし、Pluto Kiss の様な非常に高度なウィルスはバラ撒かれた段階でアウトな可能性が非常に高い。そんな犯罪の情報を嗅ぎ付けたのが実行の直前だった場合、悠長に令状なんか取ってる場合じゃないが、令状なしに家に乗り込んだんじゃ今度はこっちが犯罪者。

そんな時のための便利アイテムがこの緊急令状ってわけだ。捜査官が通常の令状を発行している時間が無いような状況であると判断した時、その名の通り緊急で発行されるコイツは、なんと捜査官に貸与された専用の端末から即時発行することができる。なんとその所要時間約一分。

そんなカップ麺も真っ青な超高速便利アイテムが、勿論何のデメリットもなく使えるわけもなく。

令状内容の執行後は発行した捜査員及び所属するチーム以外の捜査員と警察、検察で徹底的な再捜査が行われ、冤罪だったと判明したら良くてクビ。下手すりゃそのまま豚箱行きのハイリスクハイリターンな代物だったりする。

そんなわけで、普通はおいそれと発行していいもんじゃないんだが。

 

今使わないで、いつ使うんだって話だよな?

 

「なっ! た、逮捕ですって!? 」

 

「そういうわけで、入れていただけますか?」

 

「な、何かの間違いです! あの子が、昌一がそんなまさか!?」

 

「すみませんが、こちらも時間が無いんです。これ以上昌一君の罪が重くなる前に、中に入れていただけませんか」

 

「うそ、ウソよ! そんな――」

 

「――代わりなさい」

 

実は結構崖っぷちに進退の賭かってる俺の情況なんていざ知らず、突き付けられた事態にヒステリーを起こしかけた母親の言葉に割って入るように低い男の声が聞こえてきた。こっちはおそらく父親だろう。

 

「……事情は今までのやり取りで凡そ判りました。そちらに参りますので、お待ちください」

 

そう言ってプツリと会話が途切れて、何十秒もしない間に玄関のドアが開いた。現れたのは中年から老年に差し掛かろうかって見た目の、白髪が目立つ男。

 

「……昌一の父の、新川数匡(カズマサ)といいます。この度は、愚息がとんだご迷惑をおかけしたようで……」

 

いかにも堅物でエリート志向の強そうな見た目だが、突然降って湧いた息子に対しての逮捕状にはさすがに堪えたのかどこか意気消沈しているようにも見えた。

 

家族には気の毒かもしれんが、とりあえずこれで解決か……

 

そう安堵したのも束の間。

 

「……危急の事態だということは判っています。どなたかの命がかかっているとも」

 

頭を下げながら発せられた言葉は、緩みかけた俺の心に冷や水をぶっかけてくれやがった。

 

「……ですが昌一は今、この家にはいないのです」

 

父親から告げられた予想外の事実に一瞬思考が止まる。

耳がおかしくなったのかとも思ったが、現実はどうにも俺達に優しくないらしい。

 

「つい数週間前のことです。昌一の奴が突然一人暮らしをしたいと言い出しまして……今は練馬のアパートに住んでいます」

 

「っ!!」

 

思わぬ事態にどこか飛びかけた思考を何とか現世へ呼び戻す。

数匡氏の言葉を嘘だと切って捨てるのは容易いが、とっさについた嘘にしても陳腐すぎる。

流石にこの状況でそんな嘘をつくはずもない。

だが、その事実は今の状況には酷く厳しかった。

 

クソッ、マジかよ! そんなこと聞いてないぞ欅!?

 

「練馬って……」

 

「ここからじゃ高速使っても30分はかかりますね。渋滞してたら目も当てられない」

 

「どうします、班長?」

 

部下達から視線が集まるが、こうなったらやれることをやるしかない。

 

……こんなことなら、亮のバイクを拝借してくるんだったなぁ

 

そんな詮無いことを胸の中で独り言ちて。

 

「……二人はこの家の昌一の部屋を捜索。ターゲットの手掛かりになる物があるかもしれないからな。もう一人は俺と一緒にアパートへ向かう、いいな?」

 

「「「了解」」」

 

即座に指示を出し終えてから、再度数匡氏へと向き直る。

 

「お聞きの通りです。アパートの住所を教えていただけますね?」

 

「……・判りました。幸い今日は次男も友人の家へ外泊しています。家中お探しください。アパートの住所は――」

 

数匡氏から住所を聞き出して、部下の一人とすぐさま車へ戻る。

助手席に乗った部下がシートベルトを着けるのも待たずにアクセルを踏み込んだ。

 

 

今回の件、単に欅が黙ってたっていうならまだいい

けど、もし欅の情報収集力からも逃れるような奴が裏で糸を引いてたとしたら……

 

 

夜の大都会をひた走る中、頭を過ったそんな不安は、目的地への進路を告げた部下の声によって思考の隅に追いやられていった。

 

 

 

 

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「砂漠エリアまではまだあるのか?」

 

「もうすぐのはずよ」

 

遭遇したプレイヤーたちを倒しながら駆け抜けた私たちは、都市エリアと砂漠エリアの境目付近まで辿り着いていた。それもかなり早く。

というのも、回り道をすることなくほぼ一直線に、しかも戦闘中以外はノンストップ全速力で北上してきたからに他ならない。

可能な限り周囲から視認できない物陰を選んで移動して狙撃位置まで向かう。万が一発見されたときは全速力で逃走する。そんなステルス行動が基本である(スナイパー)は互いの、もしくはこちらの姿を一方的に認知されてしまう出会い頭の遭遇戦は苦手な部類に入る。

私一人なら絶対にしない、というかやったところでリタイヤする結末しか見えないような移動方法で来れたのは、悔しいけど間違いなくこの即席トリオの相方二人のお陰だ。

同じ人間かと疑いたくなるような反射神経と、完全に初見殺しもいいところなバトルスキルで出会った端からハック&スラッシュの連続。

アンタ達はアクション映画の主人公か何かかと何度となく思っては飲み込んでツッコミを入れなかった私を褒めて欲しいくらいだ。

 

「洞窟を目指すって言ってたが、場所は把握してんのか?」

 

「ええ……そろそろ時間ね、ちょっと止まって」

 

私のそんなちょっとした葛藤なんて欠片も理解していないであろう化け物コンビの片割れ(ハセヲ)の問いに頷いて、足を止めるよう促した。

 

「いくつかの洞窟の大まかな場所は頭に入ってるけど、詳細な位置はスキャンの序でにマップで確認するわ。ちょうどそろそろ時間だしね」

 

そう言って近くの廃屋を指さす。参加者の大半が現状把握のために戦闘中でもない限り確認するとはいえ、無防備になりやすいスキャン中の襲撃もないわけじゃない。

ただの廃屋とは言え何もない路地のど真ん中や、ましてや走りながらの確認よりは余程マシだ。

 

そうして廃屋で身を潜めていると、「あつ……」とキリトが何か思いついたように声を漏らした。

 

「そういえば、砂漠エリアっていうくらいだから、一面砂まみれなんだろ? もしかして足取られて移動速度下がっ去りとか……」

 

「当然するわよ。岩場だったり比較的地面の固くなってる場所以外は、全力ダッシュは自殺行為ね。転倒した挙句的になるのがオチ」

 

「おいおい、それって下手したら洞窟見つける前に俺達がヤツに見つかっちまうんじゃ……」

 

「……アンタ、気付くの遅くない?」

 

「いやいやいや、遅くないって……」

 

とは言え、キリトの言い分も間違ってはいない。広大な砂丘で構築された砂漠エリアのど真ん中を、ちんたらラクダの如く移動してたんじゃ、スナイパー相手に狙撃してくださいと言っているようなもの。

 

「もし私が死銃だったら絶好の的でしょうね。私はともかくアンタ達はデザート迷彩のローブも持って無いだろうし、目立つことこの上ないわ」

 

「つっても、そこを推して提案したんだ。なんか考えがあんだろ?」

 

「当たり前でしょ」

 

ハセヲの言葉に頷いて見せる。

当然、そこを考えていなかったわけじゃない。それを考慮した上で、可能だと判断したのだ。

 

「砂漠エリアの定石は三つ。一つは初期スポーン地点が砂漠エリアじゃないなら、敵が減って遭遇しなくちゃどうしようもなくなる試合の終盤まで立ち入らないこと」

 

まず人差し指を立てて、それから中指。

 

「二つ目は、立ち入るなら事前にデザート迷彩を装備すること。完全フル迷彩にしてもいいけど、さっきも言った通りローブ一つでもだいぶ変わるから、殆どの参加者はレジストリに入れてきてるでしょうね」

 

「それならそうと先に言ってくれれば用意したのに……」

 

「馬鹿ね、そんな敵に塩を送るようなことするわけないでしょうが」

 

「まぁ確かに……」

 

抗議するようにぶー垂れた馬鹿を、斑岩で睨みつけながら一刀両断切り捨てる。

しょぼんと項垂れるその姿は、女にしか見えない外見(アバター)の所為で、ちょっとかわいく見えないでもない。だからって容赦はしないけど。

 

「ンで、その両方が無理な俺達に残されてる三つ目の手段ってのは?」

 

「三つ目は――」

 

そして最後に親指を立てる。

 

正直、私なら絶対に取らない手段だけど……

 

「――高速移動が可能な足を入手する、よ」

 

こいつ等なら、何とかするでしょ

 

「予選の時もそうだったけど、フィールドには使用可能なオブジェクトがいくつか配置されてる。撃てば爆発するドラム缶だとか、鎖を破壊して落下させる足場とかね」

 

「なんつーか、古き良きガンシューティングの伝統芸って感じのラインナップだなそりゃ……」

 

「まぁ基本と王道を押さえるっていうのも、ゲームとしては大事な要素だろ」

 

何か変な方向に思考が行ってるみたいだけど、とりあえず無視。

そもそも私、GGO以外のガンシューティングなんてやったことないし。

 

「その辺はどうでもいいわよ。それで、そういったオブジェクトの中には運転可能な乗り物の類も含まれてるってわけ。車とか、バイクとかね」

 

「ああ、街にもあったようなやつか……ん? でも、あんな便利なものがある割には、今まで遭遇したプレイヤーは誰も使ってなかったよな?」

 

……私が言ったこと、すっかり忘れてるわねこの女顔……

 

「そりゃ、どういうわけ知らないけどあの化け物バギーを乗りこなせるアンタにとっては便利かもしれないけどね。あのバギーとか、一部の魔改造染みた性能のバイクなんかを抜きにしても、運転操作の難しい乗り物が多いのよ」

 

それに、と付け加えて。

 

「銃撃戦は基本的に先手を取った方が、相手の意識の外から一方的に蹂躙できる分圧倒的に有利なのよ」

 

銃弾を斬り落とすとかいう曲芸紛いのスキルを持つこいつらはその基本が殆ど意味をなさないけど……まぁこれも置いておこう。

 

「だけど、乗り物に乗っちゃうとどうしても相手に接近を気付かれるから、その利点を潰すことになるってわけ。それに、闇雲に撃たれただけでも中り所が悪ければそのままドカンで終わりだしね」

 

とは言え、だ。

 

「けど、それは戦闘に限った場合。今回みたいに砂地での単なる移動手段って割り切るなら、普通に走るよりかよっぽど速いからそう悪手でも無いってわけ。勿論、まともに操縦できるならって条件は付くけどね」

 

そしてハセヲはともかく、キリトはその条件をクリアしてることはグロッケンで確認済み、と。

 

「ここからもう少し行ったところに、ビークルのレンタルショップがあるわ。そこで足を見繕う」

 

「三人で乗れる大きさのもあんのか?」

 

「そこはなんともって感じね。さっきも言ったけど、移動時間が短縮できる分、周りに気づかれ易いからスナイピングとは相性が良くないのよ」

 

「……つまり使った事無ぇから知らんってわけか」

 

「そゆこと」

 

溜息をつくハセヲに肩をすくめてみせる。

流石にそこまでは私も保証しきれないしね。

 

「代案があるなら聞くけど?」

 

「……いや、それでいい。最悪二台に分かれりゃいい話だ」

 

「まぁその通りなんだけど……乗れるの? アンタは見たことないかもしれないけど、想像を絶するわよ?」

 

「あぁ、自分が操縦するって選択肢はないのね……」

 

「悪いけど、あんな暴れ馬を押さえつけられる程STR振ってないのよ。そりゃこの子(へカート)を扱うだけの値はあるから低くはないけど」

 

私のビルドはDEX-STR型。アサルトライフルやサブマシンガンを持って走り回るには圧倒的にAGIが足りないし、ミニガンやライトマシンガンのような重火器を持つにはSTRが低すぎる。大型対物ライフルを扱える最低限のSTRと極振りしたDEXで命中精度を引き上げた、まさにスナイピングに特化したビルドと言える。

へカートのような高火力対物ライフルは重火器に次ぐ重量があるし、反動もアサルトライフルなんか比べ物にならないぐらい大きい。だからAGI特化型のビルドに比べればSTRは多く振ってはいる……けど、それでもあのバギーを抑えられるほどじゃない。

 

重量と加速が半端じゃなさすぎるのよねアレ……

 

一方で、この二人のビルドはSTR-AGI型だと思われる。

ハセヲはバ火力のデザートイーグルをあろうことか二挺持ちして普通に扱えている時点で相当な筋力値だってことは判る。キリトが牽制用に使ってる貫通力重視のFN-57だってハンドガンとは言え、普通そのハンドガンすら片手で反動を無視して撃てるものじゃない。そして何より二人のサーカスを見ているかのような身の熟し。

これでSTR-AGI型じゃないって言うなら、あとはもう全ステータスがとち狂った値で纏まってるバランス(凡庸)型くらいしかないだろう。もしそうなら、凡庸どころか万能型と言うべきだけど。

 

前回の優勝者だったゼクシードのSTR-VIT型は、自身の高い耐久値を盾に多少の被弾は無視して高火力を叩きこんでいく前衛攻撃型。

STR-AGI型も攻撃型という意味では同様のコンセプトだけど、その攻撃性はSTR-VIT型の更に上をいく。

遠距離からの命中性も、被弾時のダメージ量も全く度外視した、超攻撃型とでも言うべきビルドがSTR-AGI型だ。

AGI特化型に次ぐ速さと、高火力兵器を難なく使い熟す筋力を十全に活かした、高速接近と瞬間火力の高さによる撃破。これだけ聞くと他のどんなビルドより強そうだし、まさにゲームの主人公にぴったりなビルドのように思えるけど、現実はそんなに甘くない。

 

たとえ遠距離から先に標的を発見できたとしても、DEXが低すぎて狙撃なんてとてもじゃないけど成功しない……どころか、二十から五十メートル程の中短距離で命中率すら怪しいところだからの否が応でも超短距離(クロスレンジ)まで接近しなくちゃいけない。そうして近づけば、自分の有効射程に入るより先に相手の有効射程に入ってしまうから、途中で見つかってしまえば後手に回るのは確実。AGI特化型程高くはない敏捷性じゃ、フルオート射撃に対応しきるのは難易度が高い。縦しんば接近できたとしても、闇雲に放たれた銃弾が一発でも急所に貰おうものなら、心許ないVITじゃ致命傷になりかねない。

 

とまぁ、本領を発揮するのに超えなくちゃいけない壁が多すぎるのだ。

それ故に、このビルドを組み上げるプレイヤーは接近の難易度が更に上がる高ランク帯には殆どいない。

似た構成で、死銃にやられたペイルライダーのようなAGI-STR型で攻撃よりも回避をメインに置いたビルドが多少いる程度のもの。

 

……だっていうのに、その高ランクプレイヤーが揃いも揃ってのルーキー二人に手も足も出ずにやられてるんだから笑えないわね……

 

そもそも弾丸を剣戟で無力化しながら無理やり接近してくるなんていう非常識を敢行したSTR-AGI型なんて今まで一人もいなかったのだから、対処しろというほうが無理なのかもしれないけれど。

 

 

閑話休題(話を操縦に戻しましょうか)

 

 

つまるところ、確実に私よりもSTR値が高いであろうハセヲが操縦するほうが、技能(スキル)もステータスも足らない私が操縦するよりも幾分かマシってこと。

 

「まぁ何とかなんだろ。一応、リアルでもGGO(こっち)でもバイクなら乗ったことあるからよ」

 

「バイクって……リアルはともかく、こっちでってことは態々バイク置いてるレンタルショップでも探したわけ?」

 

私とキリトがバギーを借りたレンタルショップのように、グロッケンにはいくつかビークルのレンタルショップがある。街の各所に点在するそれらはそれぞれ置いてあるビークルの種類が違うのだ。おそらく安全圏内(セーフエリア)である街中で練習するために運営が設置したんだろうけど。普通、始めたばかりのプレイヤーが態々赴くようなものでもない。

 

そのことを疑問に思って問うと、ハセヲは首を横に振った。

 

「いや、昨日マーケットでそいつが弾除けゲームクリアして一儲けしてたろ? それと似たようなモンだ」

 

「それでバイクって……もしかして禿オヤジとレースするやつ?」

 

「ああ、クーンの奴に勧められてな」

 

コンバートしたばっかで金が無くてな、と肩を竦めるハセヲは何でもないように言うけど、そんな簡単じゃなかったはずよねアレ?

 

「なにそれ面白そう」

 

「全然面白くなんてないわよ……アンタがクリアした弾除けと一緒で無理ゲーもいいとこだったはずだし……たしか、相手追い抜くと後ろからショットガン乱射してくるやつでしょ?」

 

「えぇ……なにその鬼畜仕様。もうレースでも何でもないじゃん」

 

興味有り気だった顔を途端に厭そうに歪めるキリトに、アンタが挑んだのも似たようんなモンでしょうがと出かかった言葉を飲み込む。

これで今日何度目だろうか、ツッコミを入れかける自分を押しとどめるのは。

 

いい加減胃に穴が開きそうね……

 

「しかもそれでその装備買ったってことは、結果的に勝ったってことでしょ? いったいどんな手品使ったのよ。弾除けゲームと違って真っ当な攻略法なんかないって話だった気がするけど……イカサマ?」

 

その弾除けゲームのクリア方法だって、私からしたら真っ当とは言い難かったけどね。

 

「サマなんざするわけねぇ、ってかできねぇだろ。それに手品でもねぇよ。特別仕様とかいうマシン選んで、そいつの加速を利用して最後の下りスパイラルをショートカットしただけだ」

 

「ショートカットって……それもう崖から飛び降りてるだけじゃない」

 

「リアルだったら間違いなく単独事故だな、うん」

 

私達の言い草が気に食わなかったのか、僅かに顔を顰めるハセヲ。

でも異常なのはこいつらで私の考えがいたって正常なのだ。私は悪くない、うん悪くない。

 

「はぁ……まぁいいわ。ともかく、そんなスタントマン顔負けの操縦できるなら大丈夫なんじゃない? 心配事が一つ減ったってことにしておく。もう時間だしね」

 

話が一区切りついたところでスキャンの時間になった。

三人同時にスキャン端末を起動していく。試合開始から既に半分以下になっている光点を一つずつ素早くタッチして確認すること暫し。

 

「……やっぱりスティーブンはいないな」

 

前回のスキャンの時同様に、残る光点の中に《Sterben 》の文字は見つからなかった。

 

「野郎もこっちを警戒してるっつうことだろ」

 

「私たちが殺人のトリックに気付いてるって感づかれてるってこと?」

 

「いや、そっちは何とも言えねぇがな」

 

私の問いかけに小さく首を振るハセヲ。

 

「少なくとも、透明マントに関してはこっちにバレてるって認識してんだろうよ」

 

「あぁ、そっちのことか」

 

「さっきの襲撃で奴の手の内を俺達は二回見てるからな。光学迷彩を使ってるっつう推測が、ほぼ確証に変わってるのは奴にも判ってるだろうよ」

 

「なるほど……あの襲撃が失敗した時点で、神出鬼没の謎っていうアイツの最大のアドバンテージが無くなってるってわけか……でも、うぅん……」

 

ハセヲの言葉に何か思うところでもあるのか、腕を組んで首を傾げて唸るキリト。

 

「何かあるなら早く言いなさいよ」

 

「いや、それならやっぱりさっきの襲撃は何だったんだろうって思ってさ」

 

気になって水を向けてみれば、人差し指で米神をトントンと悩むように叩きながらそう言った。

全然関係ないけど、組んでいた左手をそのまま土台のようにして右肘を置いてそうしている所為で、悩まし気な表情も相まって妙に艶っぽい絵になってる。

 

「勿論、そのアドバンテージを失っても未だ奴の方が有利な状況にあるのは変わらない。けど、四対一っていう成功率が限りなく低い状況で、そんなリスクを負ってまで奇襲を仕掛ける意味が本当に有ったのかって思ったんだ」

 

「私が標的の一人で、アンタ達と一緒に居ると成功率が下がるからその前に焦って、とかじゃないの?」

 

「あー……うん、改めて言うのもあれだけど、さっき話した通りシノンがターゲットだって言う可能性は高いと思うし、焦ったっていうのも判らないわけじゃない」

 

「別に、気にしてないわよ。言ったでしょ、殺られる前に殺るだけよ」

 

ウソだ。

臆病者で泣き虫な(詩乃)は、未だにその事実に震えてる。

もしあのまま二人と別れていたら、不安で押しつぶされて泣き喚くか気を失って切断するかしていたかもしれない。

けれど、今はそんな不安を仮面(シノン)で覆い隠して気丈に振る舞うことができた。

 

「まぁそれならいいんだけどさ……それでだ。別にあのタイミングで奇襲する必要はヤツにはなかった筈なんだ。四人固まって動いてたってもっと隙のできるタイミングはある。それこそ他のプレイヤーと遭遇して乱戦になってるときに狙うとか。その方が何倍も仕留めやすいだろ?」

 

「確かに、言われてみればそうだけど……」

 

「焦ってたにしても、それこそ俺達から殆ど視認できないような距離から撃てばいい。最大限に装備の特性を活かして隠れてるにしては、どうもあの襲撃の方法はお座なり過ぎると思うんだ」

 

「……宣戦布告……いや、挑発かもな」

 

「はぁ?」

 

ポツリと呟いたハセヲの言葉に思わずそう漏らしてしまった。

だって、それこそ何のためにそんなことをする意味があるというのか。

 

私がそう思う一方で、キリトはハセヲの言い分にどこか納得してる様子だった。

 

「シノンは納得いってなさそうだけど、有り得そうなのが嫌なところだな……」

 

そういうキリトの顔は呆れというよりも嫌悪感が滲み出ていた。

 

ていうか、今『有り得そう』って言ったわよね? それって――

 

「……アンタ達、実は死銃と会ったことでもあるの?」

 

キリトの言葉からふと浮かんだ疑問を口にすれば、二人して何とも言えないような表情に変わった。

 

反応からして、全く見当外れというわけでもないのは判る。

なら、二人が死銃と出会ったのはいったいどこなのか……その答えを私はもう知っているはずだ。

 

「もしかして……死銃もアンタ達と同じSAO帰還者(サバイバー)ってこと?」

 

 

 

 

 

 

グラスの中のワインを舐めるように一口含んで飲み下す。

時間が経ったからと言って温くなるということのないVRでは、現実のように刻一刻と味が変わることなどない。

けれど、ついさっきまで美味しく感じられていたそれも、今はどこか味気なった。

決して酔うことが出来ないということも相まって、酷く滑稽に思えてくる。

 

現実以上に気の持ちようで味が変わる、ということなのかしらね……

 

「さて、クーンさんの方は上手くいくかしら……」

 

関心が失せてしまったグラスをカウンターに置いてそう零す。

アスナとリーファ、それにユイはキリトの現実のキリトの元へ向かうために、クリスハイトは状況確認のためにログアウト。

欅は相変わらずの神出鬼没さで、気づけば忽然と姿を消していた。

騒然としていた先ほどと打って変わって、人も減って沈黙の漂う部屋に私の呟きは厭に響いた。

 

「大丈夫だよ」

 

意図せず不安を煽るような物言いになってしまった私の言葉にそう返したのは、隣に座っている望だった。

優しく微笑みながら私の手に自分の手を重ねる彼。

 

「望……」

 

「きっと全部上手くいくよ」

 

その言葉には、何の根拠もない筈なのに。

絶対上手くいくと、そう信じて欠片も疑っていないことが判る笑み。

 

「やっぱり強いのね、望は」

 

昔からそうだった。見かけの上ではどれだけ気丈に振る舞おうと、私の心はそう強くない。きっと大好きだった、優しかった兄さんが私の為に自信の命すらを犠牲にしたことが、十年近く経った今になっても心のどこかで燻っている所為だろう。

どれだけ信じていても、気が付かないうちに信じていたものが消えてしまう恐怖。

それを未だに、私の心は克服できていない。

 

「そんなことないよ」

 

そして昔から、そんな私よりも望の方がずっと強いのも変わらない。年齢よりも幼く見える彼だけど、その心は年齢以上に強く、優しい。

そんな彼に、いつも私は救われる。

 

「ありがとう、望」

 

彼の笑顔に、私も笑顔で返す。

重ねられた掌から感じられる温もり。それをもっと強く感じたくなって、彼の胸に体を預けた。

伝わってくる望の心音に耳を傾ける。現実の感覚程ではないけれど、全身で感じる望の心音が心地良い。

 

 

あぁ、安心する……

 

 

「――――公衆の面前でナァニ晒とんじゃボケェッ!!」

 

「っ!?」

 

――と、そんな安寧の時も束の間。

割と本気の怒りが籠った罵声と共に額へ襲い掛かった衝撃が、安らぎの一時を木端微塵に打ち砕いた。

受けた衝撃に流されるまま仰け反ってしまった所為で、結果的に望から引き離される。

非道な行いに堪らず、その下手人を睨みつけて恨み節を零した。

 

「何をするのよ朔。せっかくいいところだったのに……」

 

「せっかくいいところだったのに……じゃないわこのアホンダラァ!性に似合わず勝手におセンチしよったと思うたら今度は二人だけの世界作りよって! そうゆうんは家でやれっちゅうねん!! ちったぁ空気読めや!?」

 

ふわふわ浮かびながらピンと指を私に突き付けて怒鳴る朔。

全身を大きく動かして身振り手振りで怒りを表現するその姿は、ピクシーとなった小ささと相まって非常にかわいらしい。

 

「ねぇ朔?」

 

「あぁん?」

 

まぁ端的に言えば……

 

「そんなに可愛く怒られても、怖くないわよ?」

 

「っだぁぁぁぁぁぁ! こぉんの色ボケ女がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ガシガシと頭を掻きむしって絶叫する朔を眺めながら、朔の言う通り流石に空気読まな過ぎたかなと少し反省。

けど――

 

 

「あらあら……ほら朔さん、落ち着きましょう?」

 

「アイナも、あんまり朔を煽っちゃだめだよ?」

 

「……スゲェな。あの環境でナチュラルにイチャつけるアイナちゃんと望には尊敬するぜ」

 

「や、そこは尊敬しなくていいでしょうが……それに、居ても立ってもいられなくなって眠れる王子様の元へ駆けつけるお姫様も似たようなモンでしょ」

 

「あー……確かになぁ。我らがパーティーの誇る二大バカップルにとっちゃ今更だな」

 

「こ、これが平常運転っていうのも、それはそれでどうかと思うんですけど……」

 

 

――空気はちょっと良くなったし……結果オーライかしら?

 

空中で器用にジタバタと暴れまわる朔を宥める昴さんと、苦笑しながらもしっかりと私に釘を刺す司さん。

私と望のことを横目で見ながら何やらこそこそと話し合っているSAO帰還者の三人組。

 

少しばかり明るくなった皆を眺めながら、そう胸の内で独り言ちる。

ふと、あと一人足りないなと思えば、最後の一人のアルゴさんが望とは反対側の私の隣へスッとやってきた。

 

「やるナ、あいちー。まさか得意の惚けで場の空気を改善するとはイヤハヤ……まさか、狙ったのカ?」

 

コテン、と首を傾げて聞いてくるアルゴさんに軽く肩を竦めて答える。

 

「それこそまさか。狙っていたなら、最初にもっと空気を悪くするようなこと言いませんよ。強いて言えば、私と望の愛のなせる業ね」

 

「にゃはははは! 愛ときたカ!」

 

普段通りの表情でカラカラと可笑しそうに笑うアルゴさん。

けれど、無理をして笑っているのは一目瞭然だ。

 

「……やっぱり、彼がザザとやらと戦うというのは不安?」

 

「っ!」

 

小声で呟いた私の言葉に、意表を突かれたように小さく目を見開く彼女。

すぐに驚きの表情を消した彼女は、それから少しばかり肩を落として苦笑した。

 

「あー、やっぱり判っちゃう?」

 

「私も恋する女ですもの。同類は見れば判るわ」

 

「なーる。それはナットクだわ。アイツもそれくらい勘が良ければいいんだけどねぇ……」

 

普段のロール口調とは打って変わって普通に話すアルゴさん。

道化の様に演じるキャラクター(アルゴ)とは一転、素の彼女(皇栞里)の哀愁を帯びた表情はまるで別人だ。

 

「ん? どうかした?」

 

普段と今とのギャップに思わず黙り込んで見入ってしまった私の目を覗き込んで、アルゴさんがそう問うた。

ハッとした私はゆっくり小さく首を振って何でもないと答える。

 

「それにしても、否定しないのね、彼のこと」

 

口調や表情には触れずに、気持ちについて聞けば、まぁねと軽く答える彼女。

 

「惚れた腫れたを恥ずかしがるような歳でもないし」

 

「その割には、本人は隠してるみたいだけれど?」

 

「これでもアプローチはしてるのよ? 当の本人は全く気付いちゃいないけどね」

 

「でしょうね」

 

それで気付くならとっくに誰かとくっついてるわ、と出かかった言葉は胸に仕舞っておく。

まぁ、彼女も敵が多いことには気づいているでしょうけど。

さっきも言ったけれど、恋する女は同類には敏感なのだから。

 

「彼がそう簡単に負けるような人じゃない、というのは貴女もよく判っていると思うけけれど?」

 

飲み込んだ言葉の代わりにそう言うと、彼女は小さく息を吐いて肩を竦めた。

 

「うん、それは重々承知なんだけどさ……あいつ、一度私にうそついたの」

 

「嘘?」

 

突然何を、とも思ったけれど、気にせず先を促す。

 

「そう、うそ。SAOにいた時。結果的に最後になったボス戦に向かうときにさ、約束したんだ。私は待ってるって言って、ハセヲは帰って来るって言った。けど、あいつは結局帰ってこなかった」

 

「あぁ……あれはそういうことだったのね」

 

「うん、そゆことだったのよ」

 

当時のことを思い出してるのか、遠くを見つめるように目を細めるアルゴさん。

そんな彼女を横目に思い出すのは私と彼女が初めて会った時……延いてはALOで彼と彼女が再会した時のこと。

そういえばあの時も彼女は最初ロール口調じゃなかったな、と改めて思い返した。

同時に、なぜ彼女がこの話をし始めたのかも理解した。

 

「で、何が言いたいかって言うとさ」

 

あぁ、つまり――

 

「そのうそが、なんだかんだトラウマになっちゃってるみたいなんだよねぇ……」

 

――この人も私と同じ恐怖を抱えているのね

 

私は彼女に同類と言ったけれど、まさかそんなところまで同じとは。

事実は小説よりも奇なりとは良く言ったものね。

 

「それにしても、また随分罪作りなことをしたものね彼も」

 

「ホントにね」

 

にゃはは、と猫のように笑って彼女は頷いた。

 

気付いてるのかしら、アルゴさんは

 

もしかしたら、鋭い彼女は私が彼女と同じであることを見抜いているのかもしれない。

そう思いもするけれど、あえて触れなかった。

 

その不安を消してあげられるのは、私ではないものね

 

 

 

 

 

 

「な、なんでそれを……?」

 

目を見開いたキリトは思わずといった様子でそう零した。

私の言葉は、それほどキリトにとっては予想外だったらしい。

 

「初めは、アンタの言動から何となくそうかなって思っただけよ。確信したのは、本戦の前にハセヲと話したとき鎌をかけてみたから」

 

ブンッと音でもなりそうな勢いで首を振ってハセヲを見るキリト。

当のハセヲは若干ばつが悪そうに息を漏らした。

 

「……悪かったわね。今するような話でも、無暗に聞いていいような話でもなかったわ、忘れて」

 

ハセヲには試合の前にも話題にしていたから今更ではあるけれど、流石に無神経過ぎたと思ってそう謝罪する。

あの時は自分(シノン)で自分《詩乃》に言い聞かせる意味も込めてああ言ったけれど、多くのSAO帰還者にとって当時の記憶はあまり触れられたくない話題だろうというのは想像に難くない。

私にも同じように、他人に触れられたくない忌まわしい記憶があるのと同様に。

仮に二人が例外だったとしても、最低限のマナーとしてリアルに関わるような話をするべきじゃない。

 

「長々と話してる時間もないし、もう行くわよ。幸い近くには他のプレイヤーもいないみたいだしね。急げば誰とも遭遇せずにレンタルショップまで辿りつける筈よ」

 

そう言って、二人の返事を待たずに屋外へ出た。

暫く固まったままだったキリトも、頭を小突いて出てきたハセヲを追いかける形で飛び出してくる。

少しだけ振り返ってそれを確認した私は、今度こそ前だけ見て走り出した。

 

 

 

それから数分。

開始直後は夕焼けだった空も既に日が沈みかける中、三人無言のままに走り続けて予想通り誰とも遭遇することなく『Rent a Vehicle』と古めかしいネオンが掲げられたレンタルショップへたどり着いた。

 

「ここか」

 

「無事到着だな。それでどうする?」

 

「色々有るみたいだけど……三人で一気に乗れそうなのは無いわね」

 

野晒しのまま停められている乗り物をざっと見まわしてそう答える。

私とキリトがグロッケンで立ち寄ったレンタルショップの似た装いだけど、バギーだけじゃなくて機械仕掛けのロボットホースやバイク、車なんかも並んではいる。しかしながら、その多くは破損していて、三人で乗れそうなもので無事なものは残っていなかった。

 

「バギーにバイク、それから馬っぽいのくらいか」

 

「その馬は駄目ね。早いは早いけど二人乗りできるように作られてないし、操作が難し過ぎるわ」

 

「それならバギーとバイクが無難か」

 

「あれ、でもハセヲ前に馬乗れてたよな?」

 

キリトの言う前というのは他のSAOかもしくは他のVRMMOのことだろうと当たりをつけて、どうなのかとハセヲに視線を送ると、ハセヲは首を横に振った。

 

「あの時にみてぇに他に選択肢が無ぇならともかく、選べるなら乗りなれた方選ぶっての」

 

「それが無難でしょうね。前に乗れてた馬とやらがどの程度なのかは知らないけど試し乗りしてる時間もないし、いざ乗ってみてダメでしたじゃお話にならない」

 

「それもそうか。そうと決まれば、シノンはどうする? 経験値的に俺がバギーで、ハセヲがバイクになりそうだけど」

 

「別にどっちでも――」

 

――いいわよ

 

 

と、そう続けようとした瞬間だった。

 

 

「……え?」

 

 

日が落ちて、月明りと壊れかけのネオンだけが照らす闇の向こう。

そこから放たれた一発の弾丸が、私の胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「あー、首都高は駄目っすね。一時間前に事故渋滞起こしてやがる。こりゃあ下走った方がまだ早い」

 

「クソッ、こういう時に限って!」

 

新川邸を飛び出して数分。

首都高に乗るために飯田橋インターチェンジからを目指していた進路を下道に変える。

 

「間が悪いにも程が有るっての!」

 

「班長、なんかに憑かれてるんじゃないっすか? この件片付いたらお祓いにでも行ってきたらどうっすか」

 

「お前、それ俺の事疫病神だって言ってるようなもんだぞ」

 

「いやいや、そんな滅相もない。上司を案ずる部下からの心配の言葉っすよ」

 

「そりゃあ御忠告痛み入るね」

 

緊急時でもこの調子な部下の言葉に相槌を打ちながら、そういえば一昨日の昼にも似たようなことを亮と話したなと思いだす。

 

厄介事に好かれてるか……そいつに関しては、アイツらだけじゃなくて俺も当てはまるのかもな

 

高校の時に未帰還者になって、フリーター時代には碑文使いになって。そしてNABの調査員になってからはこの三年間で三件のVR事件を追っかけて。

 

亮も大概だけど、俺の人生も波乱万丈過ぎやしないか?

 

半ば自分から首を突っ込んでいる案件も多いとはいえ、普通とは言い難い自分の遍歴にちょっとばかり不安が募る。まさか今後一生厄介事に関わり続けるんじゃなかろうなと。いやNABに所属してる時点で厄介事が舞い込んでくるのは当たり前っちゃ当たり前かもしれんが。

 

憑かれてるってのも、強ち間違いじゃないかもなぁ

 

舞とThe Worldをプレイしている最中に喰らったスケィスのデータドレイン。勧誘されて碑文使いになったのも、今NABにいるのも、人生最初の厄介事だったそれが切欠となっているのは確かだ。そういう意味では、データドレインを喰らったあの時から、何かしらに憑りつかれてると言えるかもしれない。

 

憑いてるのは悪魔(モルガナ)女神(アウラ)か、はたまた死神(スケィス)か……いや、死神はないな

アレが憑いてるとしたら亮だろ、うん

 

それなら女神の方がいいなと益体もない考えをしていると、意識を現実に引き戻すように端末が着信を知らせた。

 

「誰だってのこんな時に!」

 

パトカーよろしくサイレンを鳴らしているとはいえ、無線ならともかく運転中に電話に出るわけにもいかず、端末をコートから引っ張り出して助手席に座る部下に放り投げる。

 

「代わりに出といてくれ」

 

「代わりって……いやっすよ俺、班長の代わりにお上にどやされんの……ん?」

 

「どうした?」

 

言葉通り億劫そうに画面を見ると、困惑した様子で首を捻っている。

 

「いや、なんか相手非通知みたいで」

 

「非通知?」

 

「ええ……もしもし? はい……は? いや、アンタ一体何言って――」

 

「――すいませんが、時間が惜しいのでこちらでスピーカーに切り替えさせてもらいます。聞こえますか、クーンさん」

 

怪訝な顔で電話に出ていた部下の言葉を遮る形で端末のスピーカーから聞こえてきたのは、ついさっきも聞いた声だった。

 

「うおっ!?」

 

「欅ぃ!?」

 

「よかった、聞こえてるようですね」

 

急に耳元でスピーカに切り替えられた所為で驚きの声を上げる部下を無視して俺の声に反応する欅。

 

「この端末のGPSを追跡させてもらっているんですが、進路を見るにやはり新川昌一は実家にはいなかったようですね」

 

時間が惜しいと言っていた言葉道理に、いきなり本題に入る欅。

どんな時でも余裕そうにどうでもいい話題を挟みながら会話をする欅にしては非常に珍しいことだ。

それだけに、事の重大さも伺える。

 

「諸々説明するので、取り敢えず車を止めてください。新川昌一は彼のアパートにはいません」

 

「なんだって!?」

 

突然そんなこと言われてもと思いつつ、仕方なしに車を路肩に止めた。

助手席からえらく疑わし気な視線を感じるが、引き続きスルーさせてもらう。

欅の言うことが事実なら、完全に無駄足だしな。

 

「その様子じゃ、知ってて黙ってたって訳じゃあなさそうだな?」

 

「ええ、流石の僕もこの状況でそんな重要事項を隠すほど性格は歪んでいませんよ」

 

「だったらどういうわけだ?」

 

「……遺憾ながら、少しばかり油断した隙を突かれたようです」

 

これまた欅にしては珍しく、悔しさを滲ませた声でそういった。

 

嫌な予感ほどよく当たるってか? 嬉しくなさすぎるな……

 

半ば予想通りの答だからと言って、ああやっぱりねと容易く受け入れられるような事態じゃ決してない。

俺の知る限り最高峰の情報取集スキルを持つ欅の網からすり抜けるなんて、正直あまり信じたくないというのが俺の本音だ。

 

そんな俺の胸中を知ってか知らずか、こちらの反応を待つこともなく欅は続けた。

 

「今回の件、僕は情報を集める際死銃を名乗る者が単独犯であれ複数犯であれ、それが一般レベルの集団であると断定して操作を行いました」

 

「……ちょっと待ってくれ、その言い方じゃまるで――」

 

「ええ、どうやら違ったようです」

 

死銃という幻影の影には、間違いなく組織だった存在がいます。

そう、欅は一切の迷いなく断定した。

 

「組織って……そこまで言い切る根拠は何だ。お前を一回でも躱した時点で相当なのは判るけど、だからって組織とまで言い切るには判断材料が少なすぎるだろ?」

 

考えたくもないが、欅に匹敵するレベルのウィザードがいるっていう方がまだ判らなくもない。

勿論、相手にしたいかと言われれば首を横に振るが。

 

「そう小難しい理由はありません。単純に彼らの行動規模が大きすぎるんです」

 

「……どういうことだ?」

 

欅の言わんとしていることが上手く掴めず、より詳しく説明するよう先を促す。

 

「クーンさんと話した後、GGOに接続している新川昌一のアミュスフィアの現在位置を再度割り出してみたんです。そうしたら、かなり精巧なダミーが新川邸から発信されていた。最初に確認を行った際、注意を怠った所為で僕はこれを見落としました」

 

「ダミー? 別の場所から新川邸のIPを経由させてるってことか?」

 

「その程度なら見落としたりしません。とはいえ、僕も最初はその程度の偽装しか推測していなかったんですが」

 

ハッキングに際して、世界中の複数のIPを経由して大本を辿らせないという方法がある。ALTIMET以前の旧OSから変わらない最もオーソドックスな手法の一つで、欅が一蹴したのがこれだ。この場合、消されている痕跡も含めて全ての経由地点を辿っていけば、最終的に本丸を見つけだすことが出来る。

一般人ならそこまでできれば大したものだが、確かに専門家たる俺達NABやウィザードクラスの欅に言わせればその程度と言わざるを得ないのは確かだ。それ故に、対象を一般人と仮定するのであればそれ以上の警戒をしないというのもまた確か。その心理的な穴を見事に突かれたのだと欅は言った。

 

「今回用いられているダミーは複数の場所を経由させているんじゃなく、複数の場所からダイレクトに全く同じデータ、つまり新川邸からアミュスフィアを接続しているとするデータをGGOのサーバーに送ることで、居場所を特定させないようにしているんです」

 

「「は?」」

 

続けられた欅の言葉に理解が追いつかず、俺の口から出たのはそんな阿呆のような音。

自分の上司と謎の人物の間で突然始まった会話に怪訝そうにしながらも空気を読んで黙ったいた助手席に座るの部下も同様に。

 

そんな俺達の状態を知ってか知らずか、構うことなく欅は続ける。

 

「しかもデータの接続元はざっと数えて数十地点、しかも新川邸のものを除いた全てが現在も移動中です」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!それってつまり、車かなんかで移動してる数十のPCが全部相互にローカルネットワークを構築しながらGGOに接続してて、それら全部を纏めてたった一つの接続だってGGOサーバーに誤認させてるってことか!?」

 

追い打ちをかけるように告げられた言葉で何とか正気を取り戻して、理解したとてもじゃないが信じがたい内容を口にする。

冗談ですよ、と言ってほしかった欅からの答えは肯定。

 

「なんてこった……」

 

 

あまりのことに頭を抱える。

それだけ大規模で手間のかかることをしておきながら、俺の対峙した死銃の動きにラグがある様には感じなかった。勿論、そのことを含めて技術的には全く以て不可能じゃない。そもそも、その程度できなければ万単位で同時接続することもあるVRMMOなぞ成立しない。とは言え、それもアーガスやレクト、CC社といった大企業レベルの資本と人員、技術があればという但し書きが当然有ればだ。

大なり小なりその分野に精通していようと、そこらの一般人が何人か集まったところで成功するような話じゃ絶対にない。

 

「こんなの殺人犯とかってレベルの話じゃないぞ!?」

 

ならば、一体何だというのか。

それは既に欅が口にしていた通り。組織だった存在……つまり、有体に言ってしまえばテロ集団とでも呼ぶべき存在が関わっているということ。

 

一度は鳴りを潜めた不安の影が、今度は実体を以て鎌首を擡げた気がした。

 

 

 

 

 

 

 




そんなこんなでGGO編もそろそろクライマックス?な感じです。
次話で終わらせたいなぁと思うもののどうなることやら……

直書きではなくワードから引っ張ってきている都合上、以前指摘してただいた誤字脱字も残っている可能性大なので、再度ご指摘や感想等ありましたらお気軽にお願いします

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