統合ついでに投稿済みのものとは若干改変があります
2025年 12月
「……はぁ、無事帰還っと」
身体に異常がないことを確認して、被っていたアミュスフィアを外してベッドに放る。
身体を起して横を向けば、視界に入ってきたのは数瞬前の俺と同じようにアミュスフィアを装着してベッドに横たわる亮。ダイブする前と全く変わらない光景だ。
「悪いな、そっちは任せるわ」
本人には聞こえちゃいないだろうけど、そう言って立ち上がって、凝り固まった身体を解すために軽く伸び。
さぁて、これからどうするかねぇ……こっちで出来ることなんて正直たかが知れてるしな
殺人の方法も聞きそびれちまったし――
「ん?」
悠長にそんなことを考えてる暇がないことは判っちゃいるけど、実際問題こちら側でできることはそう簡単に思いつかない。考え始めて早々に行き詰ろうとした矢先、ベッドサイドに置いてあったスマホが鳴った。
上司か部下からの連絡かと思って手に取って番号を確認してみれば、表示されたのは『非通知』の文字。
……この端末に非通知って……誰だよ一体
プライベートで使っている物ならともかく、NABから貸与されているこの端末の番号を知ってる人間は少数だし、そもそも非通知で掛けてくる理由が無い。情報漏洩を防ぐために定期的に端末を変えたりはするが、NABはどこぞの秘密結社でも特殊部隊でもないわけで。足がつかない様に常に非通知で連絡し合うなんていう謎の習慣なんか存在しない。
そんな不信感満載の着信だが、一向に鳴り止む気配がない。むしろさっさと出ろと言わんばかりに着信を鳴り響かせているように感じるのは俺の気のせいなのか。
「……仕方ない」
いたずらで番号間違えて偶々コイツに掛かって来たとかなら説教してやろうか、なんて思いつつ通話ボタンをタップして耳に当てた。
「もしもし?」
名乗らないで応答する。思いの外不機嫌そうというか疑うようなというかそんな声が出たけど気にしない。
仮に上司とか仕事相手とかだったら今度平謝りしよう。
「あ、あの……」
なんて風に考えていた俺の耳に入ってきたのは、聞き覚えのない女の声だった。
声の感じからして随分若い気がする。
……コレはマジでいたずらで間違えたか?
女子高生が友達にドッキリでも仕掛け損なったかと、思いきや。次の言葉でそんな考えは頭の中から吹っ飛んだ。
「クーンさん、ですか?」
「……はい?」
唐突に俺であって俺じゃない名前で呼ばれた所為で、一瞬完全にフリーズした。
「は? え、なに、ちょっと待って、マジでどちらさん? え? 知り合い?」
「あっ、突然すみません! 私、アスナって言うんですけど……」
なるほど、相手の娘はアスナちゃんというらしい。
だが、残念ながらリアル、ゲーム問わず俺の知り合いにアスナちゃんという知り合いはいない訳で……結論。
「……どなた?」
「で、ですよねぇ……」
「ていうか、そもそも何でクーン?」
「あれ? も、もしかして……人違い?」
「いや、クーンと言えばクーンだけどさ……ゲームでは」
「ふぅ、良かった……またからかわれたんじゃないかと……」
ものすっごく安心したような声を出してるところ悪いんだけども、何にも問題は解決してないんだお嬢さんや。
「それで、君は一体何者? この番号どこで知ったわけ?」
「あの、それはなんというか非常に説明が難しいというか、全部欅って人が悪いっていうか……」
「……欅?」
「あぁもうっ、そもそもどうして私が知らない人に電話かけなくちゃいけないのよっ!」
「……えぇー」
やっとこさ知ってる名前が出てきたと思ったら、いきなり向こう側でブチ切れられてもうどうしたらいいのか判らない。俺が悪いのか? いやいやそんな馬鹿な……
それから暫らくがやがやと向こうで何やら話しているのを待つと、今度は聞き知った声がスピーカーから聞こえてきた。
「取り敢えず眼で見てもらうのが一番早いかなと思ったので、テレビ電話にしますね」
そんな言葉に導かれるまま耳に宛がっていた端末を離して画面を見れば、えらくファンタジーな衣装を身に纏った、これまたファンタジーな容姿のキャラクターたちが勢揃い。どう見ても現実の人間じゃあない。しかも何人か見たことある様なのもいるし。
「というわけで、さっきぶりですねクーンさん」
「どうなってんのよこれ……?」
そんなキャラクターたちの中に混じるアルカイックスマイルを浮かべた少年……欅の顔を見て、返事の代わりに頭を抱えた俺は悪くないと思う。
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「……私……その条件に、あてはまる……」
「「え?」」
「……うちのアパート、古い格安物件だから電子ロックは旧型で……一人暮らし。住所も端末で登録してる……」
私の口から出た声は、身体と同じように酷く震えていた。
顔から血の気が引いて蒼褪めているのが自分でも判る。
こんなんじゃダメだ……! 私は強くならなくちゃいけないんだから……っ!!
そう自分に言い聞かせて心を落ち着ける。
そもそも、まだあの死銃とかいう奴が本当にハセヲの言った方法で殺人を行ってるなんて確証は無いし、例え当たってたとしてもその標的に私が含まれてるとも限らない。
「……別に大丈夫よ。条件が揃ってるからって、私がターゲットの一人だって決まった訳じゃないし」
「……いや、だったら奴があの場で俺達を襲撃した理由はなんだ? いくら光学迷彩で姿が隠せるつっても、ペイルライダーの時と違ってこっちは四人だった。もし俺たちの中に殺害対象がいないなら、返り討ちに遭うリスク冒してまで襲撃する理由なんざねぇだろ」
「それは……」
「な、なら、奴はシノンを殺す準備がもうできてるってことじゃ!」
「っ!」
人殺しの犯人が、無防備な現実の私の目の前にいるかもしれない。
その様が脳裏に浮かんで、心の中の臆病な私が悲鳴を上げかけた。
でも……それでも……!
「それが……」
「……シノン?」
キリトが気づかわしげな眼で、うつむく私の顔を覗き込んできた。
絶対に殺してみせると言った相手に、こんな顔をさせているのか私は。
そう思ったら、誌乃じゃない、シノンとしての私のプライドが、許すものかと声を上げていた。
「そんなことが、どうしたって言うのよ」
「っ! そんなことじゃないだろ! 命が狙われてる可能性が高いんだぞ!」
「例えそうであったとしても、私にとってはそんなことよ」
「冷静になってくれシノン! もし仮定が事実なら、意地張ってる場合じゃないんだぞ!?」
「意地張ってちゃ悪い!? そうよ、ただの意地! でもね、私にとって譲れない意地なの! アンタだって、その意地があるから昨日あんなこと言ったんじゃないの!?」
「昨日って……」
「アンタ、言ってたわよね。たかがゲームなんて、自分は言えないって。私にとっても同じなのよ。私にとって、この世界は、この闘いは……たかがゲームで言い表せるものじゃない!!
」
気付けば、外に音が漏れるのも気にせずに叫んでた。
私の覚悟を否定させないために。恐怖になんか負けないくらい、強くなってみせるために。
「それは、命が懸かってもなのか?」
数秒経って、私の勢いに飲まれていた様子だったキリトが、大きく深呼吸してそう言った。
眼を見れば、キリトが本心から私の身を案じて言ってくれてるのは判る。
でも、私にとってこの闘いは譲れない一線なんだ。
「ええ、その通りよ」
キリトと、静観して私たちを見ていたハセヲにしっかりと視線を合わせる。
自分に言い聞かせるように告げた言葉は、自然と体の震えを止めていた。
「はぁ……何言ったって退く気は無ぇんだろ?」
不承不承と言った感じに溜息を吐いて言うハセヲに、頷いて応える。
「当然。そもそも、アイツが態々そんな面倒なことしてるってことは、あのハンドガンで撃たれなければ現実で殺られることは無いってことでしょ?」
「まぁな、そこが野郎なりのルールなんだろうよ」
「だったら、殺られる前に殺るだけよ。どんな奴だろうと、私が全員殺して優勝する」
「だとよ。議論の余地なしだ。俺らが折れるしかねぇよ」
「判ったよ。まぁ一緒に居てくれた方が俺達が守れる分安全って考えるよ」
「は?」
今ちょっと聞き捨てならないこと言わなかった?
「アンタ、何当然のように守るとか言ってるわけ?」
「……え?」
「私、アンタ達と一緒に行動するなんて一言も言ってないわよ」
「えぇーー……ここまで来てそれはないんじゃないですかねシノンさん……」
「知らないわよそんなの。なんなら、今ここでアンタ達と殺り合っても構わないけど?」
空気読めよと言わんばかりの目で私を見るキリトが妙に癪に障ったから、担いでいたへカートの銃口をキリトに向けてそう挑発した。
とはいえ、ここで殺り会ったら二人とも殺しきれる可能性は限りなく低い。そんなまず勝ち目はない戦いは避けたいというのが本音だけれど。
「待てっての。そういうことなら取引と行こうぜ」
「取引?」
「ああ。なし崩しでここまで来ちまったけどな。正式に共闘のお誘いだ。期限は死銃を斃すまで。それまでは俺達と一緒に死銃討伐を手伝ってもらう」
「奴を殺した後は?」
「煮るなり焼くなり好きにしろ」
どうしようか数舜悩んだけど、結局頷いた。殺人云々に関わらず、死銃が敵対プレイヤーとして脅威なのは変わりない。一人で挑むよりこの二人と組んだほうがよほどうまくいくのは間違いないだろう。
「いいわ、乗ってやろうじゃない」
「よし、交渉成立だ」
「全く、頑固だなぁ……」
「悪かったわね頑固で」
へカートの銃身で殴りつけてやろうかこの女顔め。
「ま、お前の嫁といい勝負ってとこだな」
「いやぁそんなことは……あるかもなぁ」
「は?」
イラっとした勢いでへカートを振るうか振るうまいか考えていたところで聞こえてきたのはそんな言葉。
今ちょっと凄い言葉を聞いた気がするんだけど?
嫁って言った今? 噓でしょ?
「え、アンタ結婚してんの? 実はすっごく年上?」
多分同年代くらいだろうと勝手に思って話してた相手のまさかの事実に、ネットマナーとか全く気にせず思わず聞いてしまった。
「いや、まぁ確かに恋人はいるし結婚もしたけど実際にはまだ結婚してないというか、そもそも結婚出来る齢じゃないというか……」
「はぁ?」
しどろもどろすぎて何が言いたいのかさっぱり判らない。
結婚出来る齢じゃないとか言ってたから十八未満ってことは確かなんだろうけど。
というか、結局同年代らしいのに嫁とか何なの? これがリア充ってヤツ?
「ま、まぁその辺はおいおい機会があればってことで……」
「……なに自分から色々暴露してんだアホか」
「いや元々はお前の所為だろ!」
「知るか」
「キリトがリア充だってのは判ったからもういいわよ。それより、そろそろ時間じゃない?」
男共がバカな言い合いをはじめそうだったから、時計を指して止めさせた。
そろそろ次のサテライトスキャンが実行される時間だ。全プレイヤーの位置関係を把握してこの後の行動を決めなくちゃいけない。
「ったく……まぁともかくだ。よろしく、トリオ結成だな」
「精々足引っ張らないでよね」
「そこは互いにな」
なんともまぁ、締まらないものね。
「時間だな」
ハセヲの声に合わせてスキャナーを展開した。
光点をクリックして残存プレイヤーの位置を確認していく。
「クーンは……いないみたいだな」
「やられちまったモンは仕方無ぇ。それよりも今後どう動くかだ」
「……そういえば、試合の前に私に私に見覚えのないプレイヤー聞いてきたけど、あれって容疑者を絞るためだったんでしょ? なら……」
「ああ。死銃の手口が判ったからな、プレイヤー自体は絞り込めた」
「ペイルライダーは白だったし、今のスキャンで名前が割れてたのは銃士Xだけ。てことは、残った一人」
「スティーブンが死銃ってわけね……っと時間切れか」
話しているうちにスキャンの時間が終わってしまったらしい。
スキャナーをレジストリに仕舞って二人を見やった。
「で、どうするの? 早く離れないと、三つ巴になってるって勘違いしたプレイヤーにグレネードでも投げ込まれないわよ」
「って言ってもな。死銃の名前が判ったところで、奴の姿が見えないんじゃあ……」
「奴の次の候補がシノンだってんなら、誘きだすこと自体はできるがな。襲撃されてから気付くんじゃ遅すぎる」
「……つまり、アイツが来たことが判るような場所で待ち伏せればいいってことよね?」
「まぁそうだけど……そんな都合いいところある?」
「心当たりがあるわ。とりあえず移動しましょう。さっきも言ったけど、いつまでも留まって三人まとめて犬死なんて冗談じゃないわ。走りながら説明する」
「「了解」」
二人が頷くのと同時に建物から出て走り出した。
目指すは廃墟エリアを北に抜けた先。砂漠エリアだ。
砂漠エリアの最大の特徴は、障害物が殆どない開けた場所ってことと、崖や岩以外の地面が砂地だっていうこと。ただ真正面から撃ち合う分には、ダッシュの時に足を取られてバランスを崩さないように注意するってことくらいしかないけど、ポイントはそこじゃない。その砂地には、短時間であればそこを通ったプレイヤーの足跡がくっきりと残ることだ。特に洞窟の中ともなれば、風が吹き込まない分足跡と足音が他のエリアより鮮明に感知できる。
そこで待ち伏せれば、どんなに姿を隠していても侵入してきたことがわかる。
そのことを走りながら二人に伝えて、特に異論のでないまま北を目指した。
とはいえ、勿論何の障害もなく辿り着くのなんて不可能なわけで。
「伏せろ!」
市街を走り抜ける中、突如先頭を走っていたハセヲから発せられた指示に従って身を屈めた。
直後、頭上に無数の予測線が殺到する。方向は進行方向数十メートル先のビル陰。
瞬く間に放たれたアサルトライフルのフルオート斉射。ただつっ立っていたら一瞬でハチの巣にされる数十発の弾幕を前に、誰よりも早く的に気が付いていたはずのハセヲは防御姿勢を取らず、両手に持った儘だった二挺のデザートイーグルから非実体の刀身を起動した。
「っ!」
超音速で迫り来る銃弾の雨を、人間離れした反射神経で尽く斬り落としていく。ミリ単位でも軌道がずれれば身体に致命的な風穴が開く離れ業を、予選中継で見たキリトのように熟していく。
……目の前でやられると、映像で見るの以上にバケモノ染みて感じるわね。やられた方はもっとだろうけど
予選の決戦で同じ目に遭った事を思い出しながら
「スイッチ!」
そんな私や襲撃者――たぶん《夏候惇》という名前の古参プレイヤーの筈――を置いてきぼりに、ハセヲは弾幕を防ぎ切った瞬間そう声を張り上げた。
いきなりなに、と私が思う間もなく、ハセヲの声に反応して光剣を起動させたキリトが猛然と夏候惇に向かって駆け出していた。
咄嗟に正気を取り戻したらしい夏候惇が空になった弾倉を慌ててリロードしてキリトを迎撃するけど、コッチも負けず劣らすバケモノプレイヤーだ。数瞬前の焼きまわしの如く5.56ミリNATO弾の弾群が斬り捨てられていく光景を目の当たりにしている夏候惇の気持ちを考えると気の毒に過ぎる。
そんな彼に追い打ちを掛けるように、三角飛びで五メートルくらい飛び上がっハセヲが両手のデザートイーグルから爆音を大量に響かせた。
いくら魔改造と言える威力設定をされているとはいえ、命中精度までは変わっていないハンドマグナムじゃ、この距離での命中は事故中りでもない限り期待できない。けど、半ば恐慌状態に陥ってる夏候惇にとって狙撃ライフルも斯くやという程のマグナムの炸裂音はそんなことお構いなく効果覿面だったみたいで、『ヒィッ!?』と随分と情けない声を上げながら逃走することも忘れてその場で頭を抱えて蹲った。
勿論そんな夏候惇に慈悲なんか見せることなく、素早く距離を詰めたキリトは蹲る夏候惇を真っ二つに両断。一方的すぎる展開に同情を禁じ得ない。
こんなのに加えてマイクログレネード撒き散らす奴も入れた三人とやり合おうとしてたのか、ちょっと前の私は、と頭を抱えた。悔しいけど、正直見逃されて助かったのは事実だ。
でも、優勝するには最終的にこの二人を相手にして勝つしかない……!
煮るなり焼くなり好きにしろって、ハセヲはそう言ったけど、それで自害させて勝ったところで意味なんかない。私自身が強敵であるこの二人を斃さなければ、私にとっての
「片付いたな。また誰かに見つかる前にさっさと……どうした?」
「シノン?」
無慈悲極まりないバケモノコンビの息の合った連係で無残に殺された夏候惇の姿に、先が思いやられると考えていた所為か呆けて見えたらしい。怪訝な様子で私を見る二人にフルフルと首を横に振る。
「なんでもない。奇特な光剣使い二人なんかを同時に相手させられた敵がホントに哀れだなって思っただけよ。そんなことはいいから急ぎましょ」
「……剣使ってるの、そんなに変?」
「SF映画とかでは割と見るけどな、知らん」
「……はぁ」
こんな銃撃戦のセオリーも知らないような奴らが滅茶苦茶に強いとか……理不尽過ぎない?
なんだか無性に腹が立ってきて、顔を見合わせてそんなことを言ってる二人の頭を八つ当たり気味に引っ叩いた。
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「それでは、僕が知る限りのザザ氏の情報をお話ししましょう。と言っても、詳細な個人情報までは必要じゃないでしょうから簡潔に」
そう言って欅はウィンドウを一つ可視状態で出現させた。
「プレイヤー名Xaxaこと本名、新川昌一。年齢は十九歳。都内にある総合病院のオーナー院長の長男で、現在は実家である文京区――――在住です」
ウィンドウにはザザのものらしき顔や、父親の病院の情報が載せられていた。一体どうやってこんな情報を探し出してくるのかすごく気になるところね。
クリスハイトも、もう諦めているのか何も言おうとしない。
「それからGGOでの名前は――」
「《Sterben》、じゃないかしら」
すごくいい発音で、けれど聞き慣れない単語を告げたのは欅ではなくて、未だにBoBの中継を移している画面に目をやっていたアイナさんだった。
「――ええ、その通りです。流石はアイナさんですね」
「むしろ私は判らなくては駄目でしょう。参加プレイヤーの一覧を見た時点で気付くべきだったわ」
「それを言うなら私こそです。こんな簡単なことに気付かないなんてAI……いえ、ママとパパの娘失格です」
軽く肩を竦めてみせるアイナさんと、落ち込んで項垂れてしまったユイちゃん。
気付かないとダメって?
「ユイちゃん、それってどういうこと?」
「ていうか、今なんて言ったの? しゅ、しゅて……?」
「sterbenよ、リズ。判らなくては駄目ねって言ったのは、これがドイツ語だから」
なるほど、そうことね。
アイナさんの言葉に納得して一つ頷いた。でも、ユイちゃんもそんなに気にすることないのに。こんなことで娘失格なんて言われちゃったら、私とキリト君が親として立つ瀬が無くなっちゃう。
「ドイツ語……父親が病院のオーナーだから、ということでしょうか?」
「え、それって関係あることなんですか?」
昴さんの言葉にシリカちゃんが思わずといった風に疑問を口にした。それに素早く答えたのはアルゴさん。
「大昔はドイツが医療先進国で、日本が西洋医学を輸入したのがドイツだったからって話だナ。今でもカルテなんかにドイツ語を使うのはその名残ってことダ。カルテって言葉自体ドイツ語だしナ。まぁ最近はそうでもないらしくて普通に日本語とか英語使う場合も多いらしいケド」
「へぇ……って、すみません。今はこんなこと聞いてる場合じゃありませんよね……」
「知らないことを知りたいと思うのことは決して悪いことではないわ、シリカ。けれどそうね、話を戻しましょうか。名前に関してだけど、昴の言う通りだと思うわ。sterbenは死ぬという動詞ね。医学用語でも患者が亡くなったりしたときに使ったりするわ」
「なるほど、アイナちゃんが判らなくちゃダメだって言ったのはそういう事か。随分と安直な名前付けたモンだな野郎も」
「まぁMMOでつける名前なんてそんなものだけどね」
クラインさんが納得したように頷くと、司さんが何とも言えないような顔で肩を竦める。確かに、ドイツ語が分かる人ならこれは一目瞭然だ。けど――
「そっか、“銃を使う死”だから死銃……デス・ガンなんだね。でもこんなことするならもっと全然関係ない名前の方がいいと思うんだけど……」
――そう。リーファちゃんの言う通り、公開処刑とも言えるようなパフォーマンスをするくらいなら、少しでも発覚のリスクを減らすためにもアカウント名との接点は無くした方が良い筈。なのに、それをしていないのはどうして?
「そこまで考えが回らなかったとかじゃないの?」
「ンー、りっちんの言う通りかもしれないケド、もしかしたら……」
「……ばれることを気にしていない、いや、むしろ自分の仕業であることを見抜かせるため、という可能性もあるね」
黙っていたクリスハイトがアルゴさんが濁した言葉を続ける様にそう言った。
自分であることを見抜かせる?
「クリスさん、それって?」
私の疑問を代弁するように望さんがクリスハイトに問いかける。
「うん、勿論リズベット君が言う様に新川昌一がそこまで考慮に入れていなかった可能性もある。けど、死銃のこれまでの行動を振り返ってみると、犯行を隠すどころかむしろ情報が拡散するようにパフォーマンスをしている節がある。そもそも、対象をただ殺すだけならこんなことをする必要もなかっただろうしね。未だに殺害の方法は判らないけれど、警察が調べても死因が特定できていないんだ。死銃のGGO内でのパフォーマンスさえなければ廃ゲーマーの衰弱死で直ぐに片が付いて、完全犯罪が出来上がる。それをせずにこんな迂遠で派手な方法を執っているってことは、だ」
「おいおい、まさか自分が人を殺してるのを他人様に見せつけて悦に浸ってるってのかよ野郎は!?」
「そうと決まった訳じゃない……ケド、否定も出来ないナ。ラフコフの奴らは自分たちのしたことを隠そうともしなかったダロ? 言っちまえば、殺人という形で自分たちの自己顕示欲を満たしてる連中だからナ、そうであっても不思議じゃないサ」
「カアーッ! アイツらドコまで腐ってやがんだ!?」
アルゴさんの言葉に、クラインさんが苛立ちを発散するように頭を掻き毟る。クラインさんほど露骨じゃないにしても、この場の誰もが嫌悪感を滲ませていた。
私もその例にもず、気付けば爪が掌に食い込むほど強く手を握り込んでいた。現実だったら血が出ていたかもしれない。
「……解放されてから一年以上経ってもまだ、ラフコフの奴らの心はアインクラッドに囚われたまま、ってことなのかしらね」
「そう考えると、なんだかちょっとかわいそうですよね。やってることは、とても許せることじゃないですけど……」
リズとシリカちゃんの言う通りなのかもしれない。
私だって、あの頃の記憶に全く囚われていないと言ったら嘘になる。だけど――
「でも、それも今日までよ」
――同じSAO帰還者として止めなくちゃいけない。今も闘ってる二人が、そうしているように。
「ザザがGGO経由でしか人を殺さないって言うなら、そこから退場させてしまえばいいだけだわ。ザザの現実の所在地も判ってるんだし、今からそこに行って強制的にログアウトさせれば――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! まさか強引に家に押し入ってアミュスフィアを剥ぎ取ろうなんて考えてないだろうね!?」
――新川昌一の凶行を止められる。
そう言おうとした私の言葉は、慌てた様子のクリスハイトに遮られた。
「捜査権も何もない君達が新川宅に行ったところで、家人から門前払いされるのがオチだし、押し入ろうものなら現行犯で逮捕されかねないぞ! そもそも一般人な上に未成年である君達を、フルダイブ中の可能性が高いとはいえ殺人犯がいるかもしれない場所にみすみす行かせられるわけないだろう!?」
彼の大人としての言い分は判らなくもない。けど、
「だからってここで指を咥えて待つなんて出来ないわ! 今も闘ってるキリト君たちの為に出来ることがあるなら、私はなんだってする!」
「私も、お兄ちゃんを助けたい!」
「わ、わたしもです!」
「当然、私もよ!」
「応っ! みんなの言う通りだぜ! こういう時に動いてこそダチってモンだからな! 未成年だけじゃってんなら、俺が一緒に行けば問題無ぇだろ、クリスの旦那?」
私に続くようにリーファちゃんやシリカちゃん、リズ、そしてクラインさんがそう声を上げてくれた。
それでもクリスハイトは一歩も引く様子は無くて、大きく首を横に振った。
「そういう問題じゃない! クライン氏、一般人なのは君だって変わらないだろう!? 友人を助けたいと言う君達の気持ちは判る。だが、ここは決して感情論で動いていい場面じゃない! この件に関しては僕から警察に連絡を入れる。そうすれば、然るべき手段で対処してくれる筈だ」
そう言って指を振るクリスハイト。メニューを開いてログアウトする気だ。
「待って」
直ぐにでも現実に戻って警察へ連絡を入れようとした彼を、凛とした声で制止したのは司さんだった。
「クリスハイトの言い分も尤もだけど、警察も一度は事件性なしって判断を降してるんだろう? 幾ら犯人の目処がついたって言ってもそれは僕らの中での話だし、結局殺人の手段だって判ってない。警察だって組織なんだから、そんな曖昧な情報で一度下した決定は覆せないんじゃないのかい?」
「それにネット関連の政府組織の人間であるクリスハイトさんからの情報という事で仮に説得が成功したとしても、実際に動き出すまでには相応の時間が掛かるのでは?」
「それは……」
私達の様に感情的になるでもなく、司さんと昴さんから冷静に告げられた言葉にクリスハイトは口ごもる。
そのことが司さんの言う通りになる可能性が高いことを如実に表していた。
「もし信じてもらえたとして、その犯人を逮捕するまでにどのくらいかかるんですか?」
「……任意同行には応じないだろうし、容疑者として連行するなら令状の発行手続きが必要だ。けど、現段階じゃ証拠不十分もいいところだからね。裁判所が承認するかは五分だ。強引に進めても、二、三日はかかるかもしれない」
それじゃ遅すぎる!
リーファちゃんへの答えに、私の中で燻っていた気持ちが瞬く間に再熱した。
「それなら!」
「ダメですよアスナさん。司さんも言った通り、クリスハイトさんの言葉だって正しいです。最悪の場合こちらが警察のお世話になって、犯行を阻止できなくなる可能性だってあります」
「で、でも、警察もダメなら私達が動くしかないじゃないですか!」
「落ち着きなさい、アスナ。今は私達で言い争っていうる場合じゃないわ」
昴さんに諭されて思わず語気を荒くすると、アイナさんに諌められてハッとした。
こんなの、ただの八つ当たりじゃない……
「すみません、昴さん……」
「気にしないでください。大切な人が苦しんでいるかもしれない時に、自分は何もできない不安というのはよく判りますから」
そう優しく微笑む昴さんに、尚更さっきまでのヒステリックが恥ずかしくなる。
「とは言え、結局どうするカナ。警察に頼るのは確実性に欠けるケド、かといってオレっち達が動くんじゃあ下手すりゃお縄。これじゃ二人が死銃を止めるのを待つしかないゾ」
アルゴさんの言葉に、誰しもが黙ってしまった。
私も打開策が浮かばない。
結局、このままキリト君たちがどうにかしてくれるのを期待して待つしかないの……?
「……確認なんだけど、捜査権を持ってて個人レベルで動ける人がいれば解決ってことだよね?」
そんな沈黙の中、一番初めに口を開いたのは今まで殆ど口を出すことなく事態を見守っていた望さんだった。
「その通りではあるが……残念だがそんな都合の良い人物いないだろう?」
「……いいえ、一人だけ心当たりがあるわ」
そう言ったアイナさんにみんなの視線が集まった。
望さんも同じ人のことを考えていたのか、首を縦に振る。
「ほ、本当ですかアイナさん!?」
「ええ。たぶんこの件にも関わってるから説明も手間じゃないわ。というか、貴女もちょっと関係してるんじゃないかしら?」
「え? それって…」
「欅さん、クーンさんと連絡って取れますか?」
「ええもちろん可能ですよ。丁度あちらも手が空いたところみたいですしね」
みんながアイナさんの言葉に首を傾げている間にも、望さんが欅さんにそのクーンという人へ取り次ぐよう話していた。
相変わらずのアルカイックスマイルで快諾した欅さんは、何かを弄る様な動作を数十秒。そうかと思えば、小さなウィンドウを一つ私の目の前へ移動させた。
「え?」
「もしもし?」
そんな“Sound Only”とだけ表示されたウィンドウから、突如不機嫌そうな男の人の声が聞こえてくる。
突然展開に付いて行けずに欅さんに顔を向けると、やっぱりそこにあるのは欠片も崩れることのない張り付けたような微笑みで。
「ご要望の通り、クーンさんのスマートフォンに発信しました。もう繋がってるので、後はご自由にどうぞ」
なんで繋がってから渡すのとか、そもそもなんで知り合いらしいアイナさんじゃなくて私なのかとか、相手の声すっごく機嫌悪そうなんだけどとか、その笑顔を愛用のレイピアでハチの巣にしたいとか。咄嗟に思ったことは色々あるけれど。
「あ、あの……クーンさん、ですか?」
通話中に思わず堪忍袋が切れてしまった私は悪くないと思う。
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アスナとクーンさんが話し始め直後に、ちょっとした一悶着があった後。
「どうなってんのよこれ……?」
ついさっきまで“Sound Only”と表示されていたウィンドウが大きくなると、画面いっぱいに映し出された現実の男性――香住智成さんが、顔一面に困惑の色を張り付けてそう呟いた。
「まーじでリアルとテレビ通話までしよったでコイツ……」
望の肩の上に座っている朔が呆れたように欅にジト目を向ける。勿論そんな視線を受けても彼の笑顔は寸分も崩れない。全くイイ性格をしているものね。
でもVR空間から現実の携帯に発信して通話するなんて本当にどうやっているのかしら。個人レベルで開発して良いものえはないと思うのだけど。
「ん? 今の声は朔か? 悪い、コッチの画面じゃ小さくて見えないん――」
「クーンおのれ今ウチのことチビ言うたか!? 言うたな! 言うたやろ!!」
「――だ、って、そこまでキレることないだろ……」
なんて益体も無いことを考えている内に、智成さんの一言に過剰に反応した朔が暴れだしていた。まったく、このままじゃ埒が明かないわね。
「ほぉら朔、貴女の所為で話が進まないじゃない。文句は今度好きなだけ言わせてあげるから今は静かにしてて」
「ちょっ、まだ話は――」
朔を掴んで望に預けると、今度は自分が画面に映る様に、アスナに断って前に出た。
「お久しぶりクーンさん、アイナです」
「あぁ、やっぱりアイナちゃんか。見覚えのあるアバターだったからそうじゃないかと……というか、コレは一体どういう状況なわけ?」
「ごめんなさいクーンさん。本当なら一から説明したい所だけど、あまり時間も無いの。だから単刀直入に聞くわ。今GGOで起きてる死銃の件、クーンさんも関わってるのよね?」
「――っ!」
私の言葉に目を見開くと、画面の中の智成さんは目を少しばかり見開かせて、次いで諦めた様に溜息を零した。
「あー、さっき欅が云々って言ってたけど、もしかしてアイツがバラしたのか?」
「当らずも遠からず、と言ったところね。それに関しては今は置いておきましょう。率直に言わせてもらうわね。実は、死銃のプレイヤーを特定したの」
「な、なんだって!? いや、ちょっと待ってくれ、プレイヤーを特定したって一体どうやって!」
「欅さんから聞き出したの。彼、犯人の情報を既に掴んでいたようだったから」
「はあっ!?」
悲鳴の様に驚嘆の声を上げると、智成さんは眉間に皺を寄せ、キッと目を吊り上げた。
「おい欅、それならそうとなんで――!」
当然の如く、怒りの矛先は情報を黙っていた欅さんに向けられるけど、今はその時間も惜しい。
智成さんには悪いけど話を勧めさせてもらいましょう。
「クーンさん、悪いけど欅さんを責めるのは今度にして。貴方も判ってる通り時間が惜しいわ」
「――はぁ……そうだな。どうせ聞かれなかったからとか、そんな理由だろうし。欅の性格を考慮してなかった俺と亮が悪い。それで、態々俺に連絡を取った理由は? 何かあるんだろう?」
流石はNABの捜査員。直ぐに冷静さを取り戻すと、直ぐ様現状を把握して展開を読んでくれる。少々ノリが軽くて熱血な所を抜かせば、彼がすごく優秀な人なのは間違いない。
「ええ。犯人は判っても、所詮一般人の私達じゃ手出しできないの。だから――」
「なるほど、俺の出番ってわけだな」
「その通り。話が早くて助かります。犯人の名前は新川昌一。現住所は――」
さあ、まずこれでチェック。
このままチェックメイトまで行ければいいけれど……そう簡単にいくかしら。
というわけで皆さんお久しぶりです。
とっくの昔に明けてましたおめでとうございました作者です。
ゲームしたり人リ修復したりパソコンぶっ壊れたりスランプだったりでモチベが思いのほか上がらず長らく止まっていましたが、先日オーディナルスケールを観たおかげでモチベが復活しました。
とはいえ相変わらずの亀更新だと思いますので次回も気長にお待ちください……