SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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帰って来たぞォォォォォォォォォォォォォォ!!


Fragment R《翻弄ス骸》

2025年 12月

 

 

「とは言っても、対策らしい対策なんて何一つ出来なかったんだけどね」

 

「そう卑下する必要はありませんよ、たった数時間の間に約一万人の被害者全員の収容場所を確保して、一斉に実行して成功させた手腕はお見事でしたから」

 

「……どうもありがとう、と言っておこうかな一応」

 

態とおどけた口調で当時のことを簡潔に言うと、初めから変わることのないアルカイックスマイルのまま欅がそう返してきた。

純粋にこちらを褒める様な声音であったのにも拘らず、いままでのやり取りの所為か褒められた気がまるでしない。そもそも、コイツの正体やら素性やら、ハセヲ(三崎亮)に関わる人物という以外こちらはまるで判っていないというのが、心理的に酷いディスアドバンテージになっていた。

 

「それで、さっきにも言った通り、僕の素性を諸々判った上でこんな話をするってことは、是非自分を捕まえてくれってことなのかな?」

 

「まぁ僕がしていることは歴とした犯罪行為ですし、可能なのであればそうしていただいて構いませんが……今は、そんなことより先にすることがあるのでは?」

 

そう言って私からギャラリーと化しているこの部屋のプレイヤー達に視線を動かす欅。

こちらの力を過小評価して(知らないで)いるが故の慢心からくる自信なのか、それともこちら(自衛隊)の力を正確に把握した上でなおの絶対的な自信なのか……どちらなのか

判断はつかないが、だ。

 

現状ではこちらに切れるカードが無い以上、最悪の状況を想定しておかざるを得ないか……やれやれ

 

「そんなこと、で済ませていい話じゃないんだけどね。判ったよ、確かに今は彼らの疑問に答える方が先かな。君の正体に関しては今は置いておこう」

 

一先ずこの状況を切り抜けてから、彼について調べるほかあるまい。

そう判断して仕方なく、彼についての問題は先送りにすることにした。

 

「なら、教えて。今GGOで、一体何が起きているのか」

 

そう強い語勢で詰問してきたのは案の定、僕が依頼した桐ヶ谷和人君の恋人(フィアンセ)、結城明日奈嬢。

 

「うん、勿論話すのは構わないんだけど……どこから話したものかな。一から順を追って話すには少々長くてね」

 

「それなら、わたしが代わりに説明します」

 

僕の言葉に応えた声の主は、明日奈君の肩の上に腰かけていたプライベートピクシーのユイ君だ。僕からの了承を得る気は無いようで、説明用に次々とウィンドウを開きながら《死銃事件》について一連の流れと推察を説明していく。短時間で情報を調べ上げ仮説を組み上げたその能力は、どう考えてもゲーム内の一ナビゲーション端末AIが所持していて良いモノではない。

 

こんなところにもイレギュラーがいたってわけだ……頭の痛い話だ

 

決して顔には出さないが、今後計画を進めて行くうえで用心しなければならないことが増えたことに内心溜息を吐かざるを得ない。

 

「……まったくその通り。ユイ君の言う通り、《ゼクシード》と《薄塩たらこ》は《死銃》に撃たれたのと同時刻、現実でも心臓麻痺で死亡している」

 

「テメェっ!? 殺人が起きてるって判ってて、なんでキリトの奴をGGOなんかに送り込みやがったんだ!?」

 

「うぐっ」

 

ことが事実である以上、否定しても意味がないと思って肯定すると、怒りに満ちた表情でクライン氏が掴みかかってきた。避けることも出来たが、このメンバーにはあくまで日常では内勤しかしておらずALO(ゲーム)でも非近接戦闘職と認識されている今、何処からボロが出るか判らないので大人しく襟首を掴みあげられる。

 

「そ、そうは言うけどねクライン氏。この件が殺人だというのなら、犯人の《死銃》はどうやって被害者を殺したっていうんだい? ナーヴギアじゃあるまいし、アミュスフィアに人を殺す……まして心臓麻痺なんて手段での殺害方法なんて存在しないだろう?」

 

「そ、そりゃあそうだけどよ……」

 

「それなら、何でキー坊に調査依頼なんて持ち掛けたのかナ?」

 

僕の言葉に言い返せず腕の力を弱めるクライン氏に変わって問いを投げかけてきたのはアルゴ君。彼女も中々に謎の多い人物というのが僕の中の認識だ。身辺状況を探ってみればただの女子大生――既に卒業扱いになっているから正確には正しくない訳だが――なのに、彼女が独自に持つ情報網は欅程とは言わないまでも目を見張るものがある。そのほとんどが一応非合法のモノじゃないというのだから驚きだ。

 

「二人の死亡と《死銃》が関係ないモノだと警察と連携を取れる立場にいるキミが判断したなら、公的立場でも何でもないキー坊を使ってまで調べる必要なんて無いダロ?」

 

「……それは……」

 

彼女の問いに答える言葉を、僕は持ち合わせていなかった。

彼女の言う通り、捜査を行った警察関係者や技術的な専門家、そして僕ら政府筋の人間も含めて、公的機関は今回の件に関して《死銃》はシロであるという一応の決定を下していた。

その上で、僕が僕の権限で動かすことのできる人間――勿論キリト君も含めて――を使ってこの件の捜査を続けているのは――

 

「クリスさん。貴方は感じたんじゃないんですか? 理屈なんか抜きに、《死銃》という名のプレイヤーが、その二人の死に何らかの方法で関わってるって。だからこそ、キリト君にGGOの調査を依頼した」

 

――軍人としての勘、とでもいうべき何かに従ったが故なのだから。

 

……こんな若い女の子に見抜かれてるようじゃ僕も……いや、ある意味彼女たちが特別なのか

 

内心を見抜かれて僕の中に生まれたものは、焦りでも驚嘆でもなくて、そんな感想だった。

もしこれが、何の変哲もない平々凡々な普通の女子高生に見抜かれたのだというのなら、相応の驚きを感じたんだろうが、彼女たちは違う。

彼女たち、SAO帰還者の中でも特に《攻略組》と呼ばれていたプレイヤー達は、丸二年間にわたって戦場の最前線に身を置き続けて見事生き残った猛者たちだ。この話を同僚にしたとき、たかがゲームで大げさな、と笑う者が大半だったが、とんでもない。たかがゲーム、例えそれが仮初の身体と力を与えられただけの仮想世界(ヴァーチャル)だったとしても、彼らにとっては間違いなく己の命を懸けた闘いだった筈だ。

 

でなければ、あんな眼をしちゃいない……!

 

キリト君と現実で初めて会ったとき、強い衝撃を受けたのを、今でも確かに覚えている。

SAOクリア時にトップクラスにレベルの高かった数名のプレイヤーの内、最も早くに所在の掴めたキリト君にコンタクトを取って会いに行ったとき、彼は僕にこう言った。

 

『アンタが知りたいこと、聞きたいこと……俺が知ってる範囲ならなんだって話してやるし、協力してやる。その代り、アンタも俺に協力してもらう。ギブアンドテイク、ビジネスライクな関係で行こうぜ?』

 

端から見たら、彼の言動はませた少年が少し背伸びしたような印象を受けるだけだろう。けれど、その瞳に湛えた力は全く違った。自分に必要な情報を、どんな手段を使おうとも引きづり出しやるという、そんな強い覚悟を持った眼力に、僕は一瞬だけだったが気圧されたんだ。

勿論、普段見せる表情は年相応だ。けれど、あの時のキリト君や今のアスナ君の様な、時折見せる覚悟を背負ったような表情は、現役の自衛官に匹敵する力が有るんだ。

 

「そしてきっと、あの二人も……キリト君とハセヲさんも、それを感じたから。だから二人はGGOにコンバートしたんだわ」

 

「……なんだって?」

 

様々な想いを巡らせながら聞いていたアスナ君の言葉。その中に予想だにしない単語が聞こえてきて、思わず聞き返してしまった。

 

《ハセヲ》こと本名《三崎亮》、僕達が目下進めているプロジェクトの被験者としてキリト君と並んで最有力候補の一人として名を連ねてる、SAO帰還者の一人。

まさか彼までもが今回の件に頭を突っこんでいるとは思ってもみなかった。

 

まさか、NAB経由で情報が?

 

事前の調査で判っている通り、彼の知人にはNABの関係者やあのCC社社長まで存在する。その辺りから情報が場がれたとみるのが妥当だろうが……。

 

……どうやら、既に状況は僕の与り知らぬところで随分と進んでしまっているようだ……

 

しかも、更によくない方向に事態が突き進んでいることを、僕はこの直後知ることになる。

 

 

 

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「……なんだって?」

 

私の言葉に、何故か訝しげな声を上げたクリスハイトこと菊岡さん。

別に変なことは言ってない筈だけど……。

 

「おや、ハセヲっちの名前が出たのがそんなに意外だったカ?」

 

なるほど、とアルゴさんの言葉に納得した。確かに、菊岡さんが依頼したのはキリト君だけの筈だし、ハセヲさんまで関わっているのは意外だったのかもしれない。

 

……あれ?

 

そこでふと、新たな疑問が生まれた。

 

クリスさんとハセヲさんって知り合いだったっけ?

 

ここのいるメンバーは全員多かれ少なかれ――そもそもクリスさんはログイン頻度が少ないんだけど――クリスさんと何度か会ってるけど、不思議とクリスさんとハセヲさんが会ったことは無かった気がする。でも、今の彼の反応は……。

 

知らない人の名前を聞いた時のものだった? 本当に?

 

「あれ? そもそもクリスハイトとハセヲって面識あった?」

 

「確かに、僕の知る限り二人が会ったことってなかったはずだけど……」

 

私と同じ疑問を感じたのかリズがそう口にして、司さんも続いた。

 

「ああ、いや、確かに会ったことは無いよ。でも君達の会話の中に名前だけは出て来てたから、聞き覚えのある名前ではあったけどね。僕はキリト君にしから今回のことを話してないし、違う人の名前が出てきたから驚いただけだよ」

 

皆の視線が集中する中、クリスさんはそう説明した。

何となく釈然としなくて、アルゴさんやアイナさんなんかはあから様に疑いの眼差しを向けてるけど、クリスさんはどこ吹く風。これは追及するだけ無駄かもしれない。

 

「……まぁ、そのことについては今はいいです。それよりも、《死銃》のことが先決ですから」

 

「本当にそれだけなんだけど……まぁいいか。とは言え、その《死銃》と対面している彼等ならともかく、ヤツの正体も判らない以上今僕たちにできることなんて――」

 

「正体なら判っています」

 

「っ!?…………聞かせて、もらっても?」

 

クリスさんの言葉を遮る形でそう言うと、彼は酷く驚いた顔で黙り込んだ後、私にそう促した。

 

「ええ。あの《死銃》ってプレイヤーの正体は、SAOの殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の元メンバー、《ザザ(Xaxa)》よ」

 

「……そう判断した理由は?」

 

「アイツがさっき視聴モニター越しに言ってた“It's show time.”って言葉、アレはラフコフの首領が決め台詞として使ってた言葉ダ。加えて喋り方がオレっちの記憶にある《ザザ》のモノと殆ど同じだった。言っちゃうとソレだけだけど、ラフコフの中でSAOを脱出してからもなんかやらかしそうな気概を持ってたのなんか首領のPohと、二大幹部だったザザとジョニー・ブラックの三人くらいだしナ。ジョニーはコッチ(現実)に戻ってきてないし、Pohの喋り方は流暢だったて言うのを考えると、そう的外れでもないと思うヨ?」

 

「………………」

 

「ま、これを聞いたうえでどう判断するかはキミ次第だけどナ」

 

「……クリスさん。確かに確実な証拠はないし、どうやって現実で殺人を行っているのかも判らないけど、ザザのプレイヤーについて調べてみるのは決して無駄じゃないと思うわ」

 

クリスさんとしっかり目を合わせて、私の意志が伝わる様にそう言った。

けれど、私から逃げる様に視線を逸らしたクリスさんは、目を閉じて首を横に振ることでその答えとした。

 

「……仮想課に存在するSAO帰還者諸君のデータには、本名とプレイヤーネーム、そしてクリア時のレベルしか今は残っていない。以前は年齢や収容先の病院なんかも記録されていたけど、個人情報の関係で随分前にそれらは完全に抹消されてしまったし、既に住居を変えている人も多い」

 

「で、でも、本名が判るんなら、ある程度は調べられるんじゃ……」

 

「今の世の中、同姓同名の人物は山の様にいるんだよ、シリカ君。とてもじゃないけど、その全員を調べきるには時間が掛かりすぎるし、そもそも捜査当局に協力を仰ごうにも、確証の無い根拠じゃあ頷いてくれないさ」

 

「けっ! 肝心な時に役に立たへんヤツやな!」

 

「朔、はしたないわよ。まぁ、私も同感ではあるけど」

 

「ふ、二人とも……クリスさんに悪いよ」

 

明け透けに罵倒する朔ちゃんとアイナさんを宥めようとする望さんも、クリスさんへ向ける瞳に落胆の色を隠せてない。

 

「……それでも」

 

誰もが沈黙したその中、不意にリーファちゃんがそう呟いた。

 

「それでも、お兄ちゃんたちはソイツをなんとか止めようって、今も闘ってる。多分、お兄ちゃんは知ってたんだと思います。《死銃》がそのラフコフのメンバーだって。お兄ちゃん、昨日帰ってきた時すごく真剣な顔してたから」

 

リーファちゃんの言葉は、ストンと私の中で腑に落ちた。

あのラフコフ討伐戦。私にとってもキリト君にとっても、あの時のことは未だに心のしこりになっているから。

 

……だから、自分の手で何とかしようって思ったんだね、君は。あの背中に追いつくために……けど言ったじゃない、二人で追いつこうって! なんで一人で行っちゃうのよ……!

 

遣る瀬無い思いが込み上げてきて、堪えるようにユイちゃんを胸に抱いた。

そうしないと叫びだしちゃいそうだったから。

 

「だぁー! チクショウ! キリトもハセヲもいっつも一人で突っ走って行きやがってよ! アイツらこんな時までソロじゃなくていいじゃねぇかよ!?」

 

叫んで頭を掻き毟るクラインさん。きっと団長との戦いのときのことを思い出してるんだと思う。この場であの時のことを知ってるのは、私以外にはクラインさんだけだ。

 

「もう少し、こちらの気持ちも考えてほしいものですね、本当に……」

 

「僕たちに類が及ぶのを避けたんだろうね、きっと。彼らは自分以外の人間に危険が迫るのを、良しとしないから」

 

溜息交じりに口にした昴さんの肩を抱いて言う司さんは、苦笑の中にちょっとだけ怒りの感情が見て取れた。

 

「馬鹿よねぇホント。何でもかんでも、自分で抱えてなんとかすればいいってもんでもないでしょうに」

 

「そうですね……でも、そんな人たちですから、あの二人は」

 

呆れたように言うリズに、泣き笑いの表情で頷くシリカちゃん。

 

「まぁバカは死ぬまで治らんっちゅうしな」

 

「そうね。そんな馬鹿な男を許してあげるのも女の甲斐性、なのかしらね。私の望はそんなこと無いから安心だけど」

 

「あははは……うん。でもやっぱり、もう少し頼ってほしいよね、ぼく達のことも」

 

いつも二人にはキツめの朔ちゃんとアイナさんはやっぱり辛辣で、望さんも寂しげな笑みを浮かべた。

 

「……女の甲斐性、か……だったら、そんな男共の手伝いをするためにも、最終手段使ってみちゃおうカナ?」

 

「アルゴさん?」

 

みんなが一様に意気消沈している中、そう立ち上がったのはアルゴさん。

周りの雰囲気と裏腹に、どこか清々しいというか……悪戯を思いついた様なそんな顔に揃いも揃ってみんなが首を傾げた。

 

「最終手段って、なんなんです?」

 

「んー? ほら、合法的な手段じゃどうにもならないっていうなら、非合法なアレコレならどうにかなっちゃったりするかも、ってことだヨ。ねー、けーくん?」

 

そう言ってアルゴさんが目を向けたのは、周りの空気なんてお構いなしにいきなり現れた時からずっと感情を読み取らせない様な笑みを浮かべている少年、欅。

 

「おや、アルゴさんは、僕なら何とかできると?」

 

「うん、まぁネ。というか、実はその辺の情報粗方調べ終わってたりするんじゃいカナ?」

 

「なぜそのようにお考えに?」

 

「いやー、初めっからオカシイなぁと思ってサ。あのタイミングでクリス君連れてきたってことは、この部屋モニタリングしてたってことダロ? そもそも、今回の件に全く絡んでないならそんなことする必要もないしネ。そもそもハセヲっちの古い知り合いって時点で、関わってますって言ってるようなものじゃないカ?」

 

「なるほど」

 

アルゴさんの言葉にそう頷くと、ニッコリと笑みを深くして頷く欅。

 

「ええ、アルゴさんの言う通り、ザザ氏の現住所等については既に調べがついています」

 

「「「「「はいっ!?」」」」」

 

異口同音、全員じゃないけど殆どが驚愕する中、酷く楽しそうに微笑む欅に、なんだか怒りが込み上げてくる。

 

い、一体どうやって……いいえ、それよりも……!!

 

「そ、そうならなんでそうだって言ってくれなかったんですか!?」

 

「聞かれなかったですし……そもそも、僕はあくまで第三者ですからね。皆さんがそうであることに気付いてこそ意味がある、そう思いませんか?」

 

「はぐらかさないでっ! だいたい――」

 

「ストップやアスナ」

 

頭に血が上って詰め寄ろうとした私の前に飛んできて、朔ちゃんはその小さな手でペシと私の額に手を当てた。思いがけず気勢を削がれてしまって、それ以上前に出られなかった。

 

「さっきも言うたやろ、コイツはデリカシーの欠片も無い性悪野郎やって。どうせ問い詰めたところで納得する答えなんて返って来ぃひん。そんなんに怒鳴り散らしても正直体力の無駄やで」

 

「ママ、たしかにあの人は怪しさの塊ではありますが、今は一刻も早くパパたちの安全を図るためにも、情報を聞き出すのが先決です」

 

朔ちゃんだけじゃなくて、ユイちゃんにまでそう諌められてしまっては、私にこれ以上彼を追求することなんてできない。

 

「……すぅ……はぁ」

 

深呼吸して、意識を切り替える。

 

「うん、ユイちゃんの言う通りだね。ありがと、私ちょっと目的見失ってた」

 

「いえいえ、パパやママの暴走を止めるのも、娘の私の役目ですから」

 

ぼ、暴走って……

 

小さな体で精一杯胸を張って言うその姿はすごくかわいいけど、暴走って直球で言われたことにちょっと心が痛みました。

さっきも思ったけど、ユイちゃんの言動が最近辛辣になってるのは一体誰のせいなのだろうか。

 

キリト君が帰ってきたら家族会議ね……

 

そんなことを想いつつ、欅のへ再び視線を向ける。

キリト君たちに随分出遅れちゃったけど、ここから私達も闘い始めるんだ。

 

「教えて、ザザのこと」

 

 

 

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「判ったぞ、奴のやってることが」

 

「「「え?」」」

 

唐突に発せられたハセヲの言葉に、三人して首を傾げた。

 

「判ったって、《死銃》の殺害方法が、か?」

 

「ああ。けど取り敢えずまずは移動だな。いつまでもここにいる訳にも――」

 

「っ!? ハセヲ!」

 

ハセヲの言葉を遮って、唐突にクーンがハセヲを突き飛ばした。

そして次の瞬間、爆発音と共にクーンの左腕が轟音と共に吹き飛んで、爆散していた。

 

「な、なに!?」

 

狙撃!? 何処から!?

 

「くっそ!」

 

あまりにも突然のことに思考が追いつかず呆然としていると、地面を転げていたクーンが体勢を立て直して残った右腕でオートアサルトを脇に抱えてそのまま連射。

一瞬の内に放たれた無数のFrag12が少し大きめの岩を瞬時に粉砕した。

 

なんでそんなところに……!?

 

そう思っていたのも束の間、岩壁が完全に崩壊する前にその物陰からボロマントに包まれた人影が姿を現したのだ。

 

「《死銃》!?」

 

私がそう声を上げる間にも、障害物を盾にして逃走を図る死銃を追って、器用に片手で弾倉を交換したクーンが駆け出していた。

 

「ハセヲ! 二人を連れてここから離れろ! 俺が可能な限り追跡して引き離す!」

 

「チッ! 仕方ねぇ、クーン任せたぞ!」

 

去り際に叫んだクーンにハセヲはそう返して、クーンとは逆の方向に私とキリトの腕を引いて走り出す。

 

「は、ハセヲ!?」

 

「ちょ、ちょっと!? アイツ一人に任せちゃっていいの!?」

 

「俺の推測が正しいなら、俺とクーンがアイツに殺される心配はねぇ! それより走れ! ヤツが光学迷彩を持ってる以上、視認距離から離れねぇと何時までも振り切れねぇ! 今はアイツが時間を稼いでる間に少しでも奴から距離を取るのが先だ!」

 

「っ! 判った、後でちゃんと説明しろよ!」

 

殺されるって……まさか本当に?

 

ハセヲの言葉の中に引っ掛かるものを感じたけど、それっきり私たちの手を離して全力で走り始めたから、落ち着いて考えてる暇はなかった。

 

「あーもうっ!」

 

 

 

そのまま暫らく走って歳廃墟エリアの境まで来た私達は、目についた建物の中に入って、息を整えながら次のスキャンを待っていた。

 

「はぁ、はぁ……まったく、ここまで誰にも遭遇しなかったのは正直奇跡ね……」

 

「はぁ……ふぅ……確かにな。それはそうとハセヲ、さっきのこと、納得できる説明をしてくれるんだろうな」

 

「……フゥッ……ああ。取り敢えず次のスキャンの後また移動するから手短にな」

 

そう言って腕時計に目をやるハセヲ。私も自分の時計を確認すると、次のスキャンまでは約五分。

 

「それで、さっき言ってた判ったってのはどういう事なんだ?」

 

残り時間が判った所でキリトがそう切り出す。

それにハセヲがゆっくりと頷いて話し始めた。

 

「奴が使ってる光学迷彩、多分コイツが奴が現実でプレイヤーを殺害する上での肝だ」

 

「……どういうことだ?」

 

「一から説明するぞ。まず――」

 

「待って」

 

ハセヲの言葉を遮ると、時間もあまりないせいか不機嫌そうに眉を顰められた。

けど、これだけは聞いとかなくちゃいけない。

 

「さっきは聞きそびれたけど……ペイルライダーは、どうなったの?」

 

「……ペイルライダーがやられたときの表示、見えたか?」

 

「DISCONNECTION……接続切断だったけど、まさか……」

 

「そのまさかだ。現実でも殺されてる可能性が高い」

 

一瞬の躊躇いも無く発せられた真剣な声は、やっぱり嘘や冗談を言っているようには聞こえなくて。

それでも、未だに現実で人が殺されてるなんて話を、私は信じたくなかった。

 

「それなら、アンタがさっき言ってたことは本当だったって言いたいの?」

 

「ハセヲ、シノンに話してたのか?」

 

「まぁな。まだ信じられねぇってんなら、今からする俺の仮説を聞いてからにしろ」

 

「……わかった」

 

「よし。まず前提条件だ。俺達は死銃が何らかの方法でGGOを通して現実(リアル)で殺人を行ってると考えてたが、そもそもコイツが間違いだ」

 

「圏内事件の時にも聞いた様な話だな。それで?」

 

圏内事件って何?

 

そう聞きたかったけど、時間が無いし話の腰を折るのもなんだから黙って先を促す。

 

「アミュスフィアにナーヴギアみてぇな殺人機構が無い以上、現実で人を殺すのは現実でしかできねぇなら答えは一つだ」

 

「まさか……死銃は二人いるってことか!?」

 

「あんまりにもインパクトのデケェ話だし、ナーヴギアっつう前例が有った所為で俺達はその可能性を最初(はな)っから考慮してなかったけどな。そう考えるのがむしろ自然だろ。奴はペイルライダーを殺ったとき十字を切る動きをしてたが、アレが現実の死亡時間とリンクさせるために時計を見る動作のカモフラージュだってんならその意味も分かる」

 

「確かにそうかもしれないけど……共犯者が現実で殺したんだとして、死んだ二人は家で見つかったんでしょ? どうやって場所を知ったのよ?」

 

「死んだ二人はGGOでも有名なプレイヤーだったって聞いてる。ってことは、結構ガンマニアでもあったってことじゃねぇか?」

 

「え、ええ。ゼクシードのほうは知らないけど、薄塩たらことはちょっと話したことが有って、確かにそんな感じだったけど……前回のBoBの商品もモデルガン貰うっていってたし」

 

「ソイツが答えだ」

 

「え?」

 

ハセヲの言葉に首を傾げると、キリトがハッとしたように手を叩いた。

 

「そうか、総督府の参加登録!」

 

「まさか!? 遠近エフェクトが掛かってるからちょっとでも離れれば画面なんて見えないし、そんなに近くに人がいたら誰だって気付くじゃない!」

 

「いや、別のVRMMOの話しだけど、遠近エフェクトが掛かったボタンが鏡越しに見えたってことがあった。GGOもザ・シード規格である以上その辺は同じはずだから、何かしらのアイテム……望遠鏡とかスコープなんかを使えば遠近エフェクトを無効化できる可能性が高い」

 

「で、でも、仮にソレが可能だったとして、あんな場所でそんなもの使ってたら目立つに……あっ」

 

自分で言っていて気付いた。そうだハセヲが最初に言ってたじゃない、そんなことをしていても目立たない方法。

 

「……メタマテリアル光歪曲迷彩」

 

「そう、奴が使ってたあの迷彩。もしあれがタウン内でも使えるモンなら、そんな無理も可能になっちまう」

 

ゾクッと、背筋が凍った。

たった一時間ほど前に聞かされた時は信じられなかった言葉。

それが、今まで見てきたピースが当て嵌められた、たった数分の会話の中で急速に現実味を帯びてきた。その事実が、私の心を絞めつける。

 

「じゃ、じゃあ忍び込んだ方法は? それに死因も! 二人は自分の家で、心不全で死んでたんでしょ?」

 

「二人はどっちも古いアパートに一人暮らしだった。初期型の電子ロックはセキュリティが甘いし、フルダイブ中に外の音になんか気づくわけがない。侵入は容易だよ」

 

「死因にしても、何か痕跡を残しにくい薬品でも使ったんだろう。今時廃ゲーマーが長時間連続フルダイブの果てに栄養失調で心不全なんてのは珍しくねぇし、発見時死体は相当腐敗が進行してたらしいしな」

 

つまりだ、とハセヲは続けて。

 

「BoB参加登録時に住居情報まで載せてて、初期型電子ロックしかない家に一人暮らしをしているプレイヤー。それが、ヤツの殺しのターゲットである可能性が高い」

 

そう纏めたハセヲの言葉に、私は一瞬思考が止まった。

 

待って、待ってよ……

 

「そうか、じゃあさっきお前とクーンなら問題ないって言ってたのは……」

 

「あぁ、俺達は今個人宅からダイブしてねぇからな。そもそも俺は住居情報入れてねぇし」

 

……うちの電子ロックって、確か……

 

「なら俺も平気だな。病院からダイブしてるし」

 

「なら……おい、シノン?」

 

そんな、まさか……

 

「……私……その条件に、あてはまる……」

 

そんなはずない、そんなはず……

 

何度、そう自分に言い聞かせても、震えだした私の身体は止まらなくて。

ギュッと、自分の身体を抱きしめた。

 

 

 

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「……さぁて、どうしたもんかね……」

 

ハリウッド映画かなんかなら、ここで煙草の一つも吹かすんだろうなぁ……

 

俺の背の半分ほどしかない岩陰に、半ば寝そべる様に背を預けて、そんな益体も無いことを考える。

あのままじゃいずれ全員あの透明マントを使って狙撃されてアウトだと判断して、ハセヲに二人を任せて死銃を追って来たはいいものの。暫く追っかけてるうちに他のプレイヤーにまで見つかって三つ巴状態。透明マントで逃げられるわけにもいかないから死銃から目を離せないっつーのになんとも苦しい状況に陥った。

 

奴さんの透明マントの起動・継続条件は、多分数秒から十数秒その場から動かないことと、跳んだり走ったり急なモーションをしないこと。だから撃ち続けてどうにか動かし続けるのがベストなんだがなぁ……

 

最初死銃が隠れていた岩をFragの連射でぶっ飛ばした時にマントを使わずに出てきたことからそう判断して、ここまでどうにかやってきたんだけれども。

死銃の隠れた先へ打ち込もうと岩から腕を出した矢先他の場所からアサルトライフルの斉射が飛んでくるなんてことになっちまったら死銃を追いかけ続けるなんて無理なわけで。

そうして全く打開策が浮かばずに状況が硬直すること数分。

とうとう俺は死銃の姿を見失っていた。

 

参ったねこりゃ……あちらさんも奴さんのこと見失って俺一人に的絞っちまったみたいだし

 

既に死銃への攻撃を諦めて――若しくは逃げたものと判断して――交戦対象を俺だけにしたらしく執拗に撃ち込んでくる敵を相手しながら考える。

 

無理やり距離詰めちまえばオートアサルト(コイツ)で強引に捻じ伏せるのも出来なかないいけど……そうは問屋が卸しちゃくれないだろうしなぁ

いや、そもそもマジでもうこの場から離脱しちまってハセヲ達を追ってるって線も無くは無いか……?

 

「そうならここを突っ切っちまうのもアリなんだけど……」

 

相手を視認できないという決定的なディスアドバンテージは、殊の外強く俺の意思決定を妨げてくれてやがる。厄介ここに極まれりだ。

そんな風に思考を巡らせている間も迫る相手はご丁寧に待ってくれる訳も無く、コッチが消極的な防衛しかしないのを良い事に、絶妙な距離感を維持して俺が身を隠している障害物を壊しにかかってくる。慢心して近づいて来てくれれば何とかならないこともないが、慎重にコッチの様子を窺いながらジワジワと攻めてくる相手にソレを期待するのも無理な話なわけで。

 

……どっちにしても、ここで立ち止まってちゃその内やられちまうのは変わらないか

 

「だったら、一か八かに――ん?」

 

いい加減このまま硬直した状態に身を置いていても事態は好転しないと判断して、一発逆転に掛けて飛び出そうとしたまさその時、俺の視界が異物を捉えた。

 

あれは……ヤバい!?

 

その異物……俺と相手の丁度中間点辺りに突如出現した閃光手榴弾(フラッシュバン)に気付いて防御姿勢を取ろうとしたものの、時すでに遅く。

本来なら一定距離から投げ込まれて数秒後に爆破するはずの閃光手榴弾は、何の前触れも無くいきなりそこに現れた様に視界に入ってから一瞬の内に空中で炸裂して、強烈な光と音が俺と相手の視覚と聴覚、平衡感覚を瞬時に奪った。

 

死銃(アイツ)やっぱりまだ近くに居たのかよ!?

 

どう考えても有り得ないタイミングでの閃光手榴弾の出現と起爆にそう判断を下すことは出来ても、感覚器官の大部分を奪われた状態じゃどうすることも出来ない。

 

そしてその数秒後、胸を貫く衝撃と共にクーン()が殺されたことを知覚した。

アバターとの感覚接続が解除されて急速に回復していく視覚と聴覚が捉えたのは、無骨な鋼鉄の髑髏と、その仮面越しに漏れるくつくつとした笑いだった。

 

 

死銃に(キル)されても、現実でも死ぬっていう恐怖は無かった。なんだかんだ身内には甘ちゃんのハセヲが死銃の殺人方法を判った上で片腕の無い俺を一人きりで送り出した時点で、俺に死銃の魔の手が伸びる可能性は限りなく低いと理解できたから。

 

悪いハセヲ、GGO(こっち)の後は任せた

 

だからこそ。信頼できる弟分に、届くはずもない言葉を投げかけて。

俺は現実への帰還を、欠片も疑わず実行した。

 

こうなっちまったら、現実(あっち)で出来る限りのことをしねぇとな!

 

そうして俺の意識は、思った通り無事現実の世界へと浮上していった。




親愛なる読者の皆さま方、大変ご無沙汰しておりました、作者です。

いやぁ、気付けば半年以上放置していたのにその間にもパラパラと感想を書いてくださったり、復帰報告をした直後に変身をくださった方々が居たりと、なんともうれしい限りです。

皆様のご厚意の下、先日上げた復帰報告の通り、短めな上に色んなところで寸止め投げっぱではあるもののこうして続きを上げられました。
取り敢えずある程度は納得のいく(?)形で例の活動を終わらせることが出来たんで、今後半年ほどはガッツリペースを上げて更新していきたいと思っております。

あとちょっとしたアンケートというかなんというかなんですが、実は目次にも書いている通り、新しく執筆が出来ていなかった間、本作を加筆修正したものを他サイトに上げております。
既投稿分全てを加筆修正し終わった訳ではないんですが、読み直してみて「どう考えてもここの展開ムリあんだろオイ」とか「オイオイこれ殆ど原作まんまじゃねぇかアカンわ」とか「書き方拙いとかってレベルじゃねぇぞ」と思ったところを、大まかな話の流れが変わらない程度に修正していくつもりです。
それでなんですが、その辺の修正した奴をコッチではどうしようかなぁ……というのがお聞きしたいところです。作者的には現状ハーメルンに投下してある分も、修正完了次第随時差し替えて行こうかなと思っているんですが、どうでしょうか。特に要望のお声が無い限りはそうしていくつもりですので、「アホかテメェ、一回上げたモンに手ぇつけるとか舐めてんのかア゛ァ?」とか「あんなにオカシな展開のままにしておいて恥ずかしくないんですかハセヲさん?」等々作者めに言っておきたいことがございましたら活動報告かメッセージまで送りつけていただければと。

復帰早々本文短いくせにクソ長い後書きにお付き合いいただき恐縮でござましたですハイ。

以前同様、誤字脱字報告、感想、批評諸々随時受付中ですので、気軽に声をかけるような感じでしていただければと思います。
それでは、また近いうちに

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