SAO//G.U.  黒の剣士と死の恐怖   作:夜仙允鳴

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GGO編、入ります


Fragment J《汝経ル時》

2025年 12月

 

 

 

多くの人々が一週間の貴重な休日を謳歌する日曜日。

つい数日前に12月に入り、そろそろ今年も終わりが見えてきた今日の日を、俺は何処に行くでもなく、家で過ごしている。

とは言え、休日だからとダラけている訳でも、好き好んで家にいる訳でもない。残念ながら歴とした仕事の真っ最中である。

 

「あー……面倒くせぇ。なんで俺はこんなことしてんだ……」

 

朝から作業を始めること数時間。延々とPCのモニタと対面を続けた所為で疲労した目元を揉みながら、背もたれに身体を投げ出した。いい加減に疲れもする。

すると、背後からスッと腕が伸び、湯気の立ったマグカップが手渡された。

 

「はい、コーヒー。勝手に淹れちゃったけど、いいよね?」

 

「ああ、悪い。サンキュな、志乃」

 

礼を言って受け取り、口をつける。

飲み慣れた程よい苦みが口の中に広がり、少しだけ疲れを癒してくれる。

常備してあるインスタントの筈なのに、自分で淹れるのよりも美味く感じるのは気のせいか。

 

「ううん。お昼もそろそろ出来るから、それを伝えるついでにね」

 

そう言って微笑む志乃。何故彼女が我が家にいるのかと言えば、同棲しているだとかそんなことではなく――未だに特定の相手は残念ながらいない――、昨晩トークアプリの会話の中で今日の仕事のことを愚痴ったら、

 

『亮は集中しだすとご飯も食べないでずっとやり続けるだろうから』

 

と、気を利かせて――しかも態々食材まで持って――来てくれたのである。全く以て志乃様様だ。

 

「たまの日曜だってのに……かったるいったらねぇよ、全く」

 

「まぁまぁ、仕方ないよ亮。二年も寝過ごしてたんだから、仕事が有るだけマシだと思わなくちゃ」

 

「そりゃそうなんだけどな」

 

苦笑する志乃に肩を竦めてみせる。そのまま首を回すと、バキバキと関節が鳴った。

随分長いこと同じ姿勢だったで凝り固まっちまったみたいだ。

 

「それにしても……」

 

「んー……ん?」

 

少しでも関節の凝りを取ろうと伸びをしている傍らで、前かがみになってモニタを覗き込んでいた志乃が呟いた。

 

「随分と難しい内容やってるんだね。私にはサッパリだよ」

 

今志乃が見ているもの。つまり俺がやっていた仕事と言うのは、俺の授業を受講している生徒に課した中間考査のレポートだ。件の学校は十年程前から普及し始めたツーセメスター制を取っているとは言え、少々早い時期なのには訳が有る。そんなに大層なものではなく、単に通常科目と選択科目の試験が重ならないように時期をずらしていると言うだけだが。

通常科目、つまり英語やら数学やらと言った普通の中高生がやっているような授業は今月の後半に試験期間をきちんと設けている一方、選択科目にはそれが無い。その代わり、通常授業よりも数週間早いこの時期に授業内容が終了し、授業期間中に試験乃至レポートを貸しているという訳だ。試験期間までに余った数回分は講師の裁量次第になっており、先に進めてしまう講師もいれば、出席だけ取って自習させる講師もいる。

因みに俺はどちらでもなく、完全休講にしている。だって面倒くせぇし。

ついでにどうでもいいことだが、十数年前から学業に関する情報規制が厳しくなった所為で学外でこういった仕事をするのは基本的には禁止なんだそうな。が、そこは特例と言いうかなんというか。実験施設故かあまり厳しく統制されていない。仕事(授業)無いのに職場(学校)に行くのもダリィから俺としては非常に助かるんだが。

 

「まぁ、そもそもが高校で扱う学問じゃねぇし。勿論国定の指導要綱みたいなモンは無ぇから学校からもコッチに殆ど丸投げされたし、ぶっちゃけ大学の講義……っつかゼミの真似事みたいになってるかな」

 

「へぇー……でも」

 

「うん?」

 

「なんだかんだ言いながら、結構しっかり先生してるんだね。一人一人確り読んで添削してコメント書いてるみたいだし。」

 

偉いぞ、亮、と画面をスクロールしながらそう言う志乃の顔は何故かどこか嬉しそうで。

何となく恥ずかしくなり、俺の口は勝手に言い訳の言葉を吐き出していた。

 

「ま、まぁ、仕事だしな。貰ってる金の額くらいは仕事しねぇと一社会人としてどうかと思うっつーか、その……」

 

「ふふ。そんなこと言って。別に照れなくたっていいのに」

 

楽しそうに笑う志乃の言葉に更に追い詰められた。

 

褒められて照れるとかガキじゃあるまいし!

クソッ! 誰でもいい! この窮地(?)を脱するための何かを……!

 

そう求めた俺に待っていたのは――

 

「纏めると、なんだかんだ面倒見のいいハセヲっち先生は、口では色々文句言いながらもちゃっかり真面目に仕事してるツンデレ系優良教師、てことだね」

 

――むしろ止めを刺すべく、乱入者によって齎されたオチであった。

 

「んなっ!? テメッ……!」

 

「あはは、言えてるね。亮、素直じゃないから」

 

「ま、ハセヲっちがツンデレなのは今に始まったことじゃないしねーと、そんな訳でご飯出来たから呼びに来たよ」

 

「……なーにがそんな訳でだこの野郎」

 

「あ、ゴメンね栞里ちゃん。最後全部任せちゃったみたいで」

 

「なんのなんの。ホントに最期チョコっとだけだしね」

 

申し訳なさそうに言う志乃に、にゃははーと笑いながら手をひらひらと振る乱入者。

 

で、俺のツッコミをナチュラルにスルーして会話に参加してきているこの女だが。

本日我が家にやって来たもう一人の客。鼠のアルゴのリアルこと、皇栞里である。

 

ただコイツ、志乃の様に事前に俺がいることを知って連絡を入れてから来たわけではなく、なんとなく暇だったから押しかけてみたという何ともアレな訪問者だったりする。前にも似たような感じの肉食系女子――食事的な意味で――な来訪者がいた気がするが気にしない。

んで、偶々志乃の訪問時間とかちあった結果、何故か俺が問い詰められた。

数時間前に起こったことを有りの儘に、以下ダイジェストでお送りするぜ。

 

エレベーター前

 

『こんにちわ』

 

『あ、どもども。こんちわっす』

 

『何階ですか?』

 

『十階です』

 

『あら? 同じ階ですね』

 

『そうなんですか? というか、こちらの方で?』

 

『いえ、ちょっと友人の部屋に。今日部屋で仕事するって言ってたんで、ちょっと差し入れに』

 

『あ、なるほど。それでその荷物なわけですか』

 

『ええ。あなたは?』

 

『あー、私は今日暇だったんで、知り合いのトコに押しかけようかなぁって』

 

『押しかけるって……連絡入れてないんですか?』

 

『ええ、サプライズ的な感じで。まぁ居なければ居ないで適当にショッピングでもって思って』

 

十階

 

『では』

 

『どもー』

 

部屋前

 

『『ん?』』

 

『ここ……なんですか?』

 

『そう言うあなたも?』

 

『ええ……』

 

『ってことは……ハセ、じゃない。亮さんの知り合いで?』

 

『はい。あなたも亮と?』

 

『ええ、まぁ……』

 

『『…………』』

 

『とりあえず……』

 

『当人に事情説明を願いましょうか……』

 

チャイムが押され、俺が玄関を開ける

 

『おう、悪ぃな志乃……って栞里? なんでお前も?』

 

『ちょーっと暇でね。でさ、ハセヲっち』

 

『私達、さっきエレベーターで一緒になったんだけど……』

 

『『どちら様(どこのどいつ)か、紹介(説明)してくれる?』』

 

異口同音で発せられた二人の言葉は、何故か俺には変なルビが振ってある様に聞こえたり聞こえなかったり。

両者満面の笑みの筈なのに、目が全く笑ってないように見えたり見えなかったり。

とんでもない真っ黒な……そう、まるでAIDAに感染したかのようなドス黒い威圧感を正面から晒され盛大にドモリながら説明(OHANASHI)すること数分。

そこから先の記憶は曖昧で良く覚えていない。気が付いたらデスクで仕事してた。

何を言っているのか判らねぇと思うが、俺も何をされたのか判らねぇ……。

頭がどうにかなっちまったみてぇだ。

どこぞのグラサンシスコン兄貴だとかオールバックラーメン団長だとか、そんなチャチなモンじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいモンの片鱗を味わったんだと思う。

きっと俺の脳内パンドラボックス(封印指定領域)に情報が有るんだろうが、そんなモンは死ぬまで…………否、死んでも開封厳禁だ。

取り敢えず、恐らくは志乃恐怖withケットシーな感じだったっぽいと思われる、とだけ言っておこう。

 

で、そこから何がどうなってそんなことになったのかは全く以て理解不能な紆余曲折の果てに、どうせなら二人で昼飯を作ろう、ということになった……らしい。

 

 

閑話休題(そういうことで)

 

 

冷めない内に、とそそくさとリビングまで移動し昼食となった訳である。

因みにメニューは中華だ。麻婆豆腐に棒棒鶏、八宝菜、トマトサラダ、中華スープ。

パッと見結構多いが、朝から何も食べてない身としてはありがたいことこの上ない。

適当な会話――主に初対面の二人について――を挟みつつ、着々と食事を進めていく。

最中、ふと思ったことを口に出した。

 

「にしても、会ったばっかだっつのに随分仲良くなったのな」

 

「んあ? んー、まぁね」

 

トマトを食べようとしていた栞里が一旦箸を置いて頷いた。

 

「料理作ってる最中に、とある話題で意気投合しちゃってさ。ね、志乃さん」

 

「うん。それで色々話す内にね」

 

「ふーん」

 

相槌を打つと、何故かジト目で見てくる栞里。

 

「ちょっとハセヲっち。自分で聞いといてその返事はどうなの?」

 

「いや、共通の話題なんか有ったのかと思ってな」

 

ぶっちゃけ性格がかなり違うこの二人の共通の話題と言われて思い浮かぶものが無いんだが。

そんなことを考えていると、顔を見合わせてくすくすと笑う二人。一体なんだっての。

 

「あれー、ハセヲっち。気になるの?」

 

「そらいきなり笑い出したら誰だって気になるに決まってんだろーが。つか、リアルでハセヲ言うなっての」

 

「じゃあ三崎先生って呼ぶ?」

 

「ザケてんのかテメェ……」

 

そのニヤけ面に足りねぇ猫ひげ書き足すぞコラ

 

「まぁまぁ、亮。そんな怒らなくても」

 

「そーそ。短気は損気だよハセヲっち」

 

「……ったく、誰の所為だ誰の」

 

溜息を吐いて、麻婆豆腐と白飯をヤケクソ気味にかきこむ。

やり場に困ったストレスは食欲で発散するのがこの場は吉だ。

 

「……ん。で?」

 

咀嚼した米と麻婆を飲み込み、再度尋ねる。

 

「でって?」

 

「何の話題で盛り上がったんだって聞いてんだよ」

 

「それはー……」

 

言いながら志乃を見る栞里。

その視線を受け取った志乃は、困った様に笑った。

 

「ひみつ……かな。ちょっと恥ずかしいし」

 

「恥ずかしい?」

 

「にゃはは、確かにねー」

 

更に判らなくなったぞオイ。二人の共通する恥ずかしい話題って……なんだ……

 

「ま、乙女の秘密ってことだナ! どうしても知りたいなら、見合ったモノを払ってくれないとネ!」

 

高くつくヨ? とアルゴの時の口調で言う栞里。これは意地でも口割る気ねぇな。

まぁ、言いたくないってんなら無理に聞こうとは思わねぇけど。とはいえ――

 

「乙女って……いい年して乙女って。ククッ、普通言うか?」

 

――と、思ったことをつい口に出してしまった。

 

ハッとした時には、既に時遅し。後の祭り。後悔先に立たず。

意識せずに入った場所は地雷原。ここから先は地獄の一丁目。

 

迂闊だった……さっきも同じ恐怖を味わったばかりだってのに……!!

 

「「ねぇ、亮(ハセヲっち)」」

 

恐る恐る顔を上げると、視界に映ったのは二人の女性のイイエガオ(暗黒微笑)

 

「ゴメンね、亮。私良く聞こえなかったんだけど、もう一度言ってくれるかな?」

 

「どうしたのハセヲっち、そんな汗かいちゃって。暖房の温度はそんなに高くないよ?」

 

オカシイ。12月とは言え、天気の良い昼間だと言うのに辺りは暗く淀んでいる。二人が放つドス黒いオーラが成せる現象だろうか。

まぁ、端的に言えば――

 

あぁ……コレは……死んだな……

 

そして視界が暗転する。生存本能が自動的にこれから行われる事象についての情報受信をシャットアウトしたとも言えるかもしれんが。

 

――それから。十分ほど後に目覚めるまでの記憶は俺には無かった。無いったら無い。絶対無い。本日二度目の“あ…ありのまま(中略)何を言っているのか(ry ”体験なんて無かったんだ。

 

 

脳が再起動して、何事もなかったかのように食事を再開し――案の定少し冷めてたけどな――食べ終え、食後のデザートだと栞里がケーキを出した。一応手土産に買って来たものらしい。

なに? 仕事に戻らなくてもいいのかって?

さっきまでにある程度終わらせたからな。二人が帰った後からでも問題ない。

 

「やっぱり食後には甘いものだよね。んー、おいしっ」

 

「本当においしい。栞里ちゃん、これどこのお店の?」

 

「あ、気に入ったなら今度一緒に行く? このお店イートインも出来る様になってるから」

 

「本当? じゃあ今度、連れてってもらおうかな」

 

「お任せあれってね。ところで志乃さん。それちょっともらってイイ?」

 

「うん、どうぞ。私も栞里ちゃんが食べてるの、一口貰っていいかな?」

 

「もち」

 

「ありがと」

 

女三人寄れば、というが。二人でも十分に姦しくしゃべりながらケーキをつっつく二人の光景――なんで一人で四つずつ食べてんだこの二人――に胸焼けを起しかけ、思わずコーヒーを啜った。無論ブラックだ。

 

「あれ、ハセヲっち、足りなかった?」

 

「私達の分あげようか?」

 

既に自分のベイクドチーズケーキを完食させている俺の視線をどう勘違いしたのか、そんなことを言う女性陣二人。

そんな物欲しそうな目に見えたのかだろうか。ンなつもりは全く無かったんだが。

 

「……いや、大丈夫だ。もう十分食った」

 

何とかそれだけ言葉にして再びコーヒーに口をつける。

見てるだけで口の中が甘くなってきそうだ。女性二人が食べるには結構な量が有った昼飯を――俺が半分近く消化したとは言え――食った後だと言うのに、これだけ甘いモンが入るってのはもはや人体……つか女体の神秘だろ。一応別腹ってのはホントに有って、視覚情報から食べたいものを受け取った脳が胃にスペースを空けるよう信号を出して食えるようにするらしいが…………今見てる光景はもはやその範疇にない気がするのは俺だけなのか?

 

まぁ、贔屓抜きにして見ても容姿が一般水準以上に整ってる女性二人が楽しそうに甘味を食べている姿は絵になり、眼福と言えばそうなんだろうが。

これもおいしい、そっちもおいしいと俺からすれば大量の甘味をノンストップで食べる二人は既に俺の理解の外だ。

というか、そもそも栞里は今日志乃が来ることを知らずにケーキを買ってきている訳で……

 

コイツ、あの量を元々一人で食べるつもりで買ってきたのかよ……

 

いや、まぁアルゴが大量にケーキやらパフェやらを食べる光景は見慣れていると言えば見慣れているが……それを現実(リアル)で見せつけられると結構クるモノが有るな………………胸焼け的な意味で。

 

「にしてもハセヲっち、前から思ってたけど良いトコ住んでるよね」

 

「んだよ、藪から棒に」

 

以前としてケーキをパクついている栞里が不意にそんなことを言い出した。

どうでもいいが俺のコーヒーは三杯目に突入している。加えて杯を重ねる度に濃くなってもいる。

 

「やー、だってさ。この部屋一人で住むにはどう考えたって広くない? 家族がいるなら丁度いいくらいなのかもだけど」

 

「確かに。今年の三月にこっちに引っ越したんだっけ?」

 

「ああ」

 

志乃の言葉に頷くと、栞里が首を傾げた。フォークを口にくわえたままやるもんだからどこか幼く見える。っと、ソッチ(年齢)に関することは考えないようにしよう。迂闊なこと口走るとまた何か不思議なことが起こりかねない。

 

「うん? ここって例の学校からそんなに近くないよね?」

 

「何か理由があったの?」

 

「あー、別に理由って程の事でもねぇよ。てか、志乃には言ってなかったか?」

 

「ううん、ただ引っ越すことになったからってここの住所くらいしか」

 

「そうだったっけか」

 

引っ越した前後の記憶を掘り起こしてみれば、確かに言ってなかったような気もする。取り敢えず前の住所を知ってる連中には一通り新しい住所だけ知らせはした筈だが。

 

「まぁ、確かに無駄に広いわな」

 

「でしょ? 一人暮らしに3LKは無いって普通」

 

「部屋も一つ使ってないみたいだしね」

 

志乃の言う通り、一部屋は完全に空き部屋になっている。二部屋の内一つは私室、もう一つはぶっちゃけ物置だ。仕事部屋? ンなモンは要らん。仕事の資料なんかで使わなそうなもんは物置部屋の方に突っこんでるし、必要なもんは私室に揃ってる。

 

「てゆーか無駄にって、ハセヲっちが選んだんじゃないのココ?」

 

「いや違ぇよ。拓海の奴にここに住むよう言われてな」

 

「火野君が? ていうことは、この部屋って……」

 

「ああ、社宅だよ。俺はもっと普通の一人部屋で良いっつったんだけどな」

 

遡ること十ヶ月ほど。

ALOに閉じ込められていた未帰還者たちの件も片が付き、4月からの講師着任に備えて色々と準備していた頃。例の如くCC社に呼び出しを受けた俺が社長室で拓海に言われたのは、

 

『今日付けで君に新しい住まいを用意したので、君の都合のつく日に越してきてもらいたい。ああ、引っ越しの日程さえ知らせてくれれば今の部屋の引き払いは此方で済ませておこう』

 

だった。突然のことに何を言っているのか理解できずフリーズしている内、気付けば令子さんに引っ張られ車に乗せられほんの数分。ここまで来ていた。

そして部屋を実際に見てこれまたフリーズ。住んで一年近く経った今でこそ慣れたが、当時俺が住んでいた部屋と比べれば雲泥の差であるこの物件に、脳の処理が追いつかなかった。

 

で、やっと思考が平常運転に戻ったところで、間取りだとか家賃だとかについて令子さんを問いただすと、

 

『家賃に関しては心配しなくてもいいわ。ここは貴方個人の賃貸ではなくCC社(ウチ)の社宅扱いで契約しているから、貴方の負担額は一月三万弱ってところかしら。それも月給から自動で天引きされることになってるわ。広さについては社長の裁量ね。今後家庭を持つことを考えれば少々手狭なくらいだろうって。まぁ、この部屋に関してはソードアートオンラインのことについてのお詫びと先日の未帰還者の件の報酬の意味合いもあるから、素直に受け取っておきなさい』

 

と、逆に丸め込まれてしまった。

これが、この部屋に引っ越すことになった一連の理由である。

CC社本社と品川駅の丁度中間辺りに位置するこのマンションの賃貸がそんなに安い訳がないと判り切っているが、本来の金額を見るととてもじゃないが我が物顔で住めなくなりそうだから調べてない。

因みに、今は講師なんて柄にもないことをしている訳だが、体裁としてはCC社からの派遣員という形を取っているために、籍はCC社に置いてるし、給料もCC社から出ている。

 

「……いやはや、前にちょっと聞いたけど、実際にCC社現役社長、火野拓海氏の名前が出てくると、改めてハセヲっちの交友関係とんでもないことが判るね、うん」

 

ALOの件が解決した後、折を見て栞里を始めとして和人や明日奈から俺が事件についてある程度情報を持っていたことその他について問い詰められたときに、三人には諸々複雑な事情や過去をぼかして――というより全く言わず――ことのあらましだけ話していた。つまるところ、以前から交友の有った拓海(CC社社長)から依頼があった、とだけ。

他にも色々聞かれたが、ぶっちゃけそう軽々しく言えるようなことじゃなかった――特にアスナの前に現れたらしい白いハセヲ(アイツ)のこととか――から全部はぐらかした。

何か問題が起こらない限りソレに関しては金輪際話すこともないだろう。

 

「それに、レクトからALOを買い取って運営を続行したのもその火野社長の決定だったんでしょ? 結果的には大成功だったわけだけど、当時の風当たりの中で良くやったよね」

 

「ま、その辺りアイツの先見の明っつーか手腕っつーか……伊達に俺と同い年で社長やってねぇってこったろ」

 

栞里の言う通り、アレだけの事件の舞台となり、運営的に窮地に立たされたALOは、利権からサーバーから全てCC社によってレクトから買収された。

和人がどこぞからか仕入れてきたらしい――出所については口を割ろうとしなかった。何となく想像はついたが――《ザ・シード》という完全権利フリーのVR制御システム――なんでもギルの奴に解析と配布を依頼したんだそうな――によって、VRMMOというジャンル自体が衰退することは免れたとはいえ、悪評の中心であったALOの再運営に乗り出すことは社内でも相当批判が有ったことだろう。

が、《ザ・シード》も含めて、茅場晶彦という男が作ったVRシステムと言うものの根幹に、俺達(碑文の関係者)のみが知るナニカが有るかもしれないからと、その解析やVRそのものの安全性を調査する為に社内の反対意見を押し切ったらしい。

結局、一月掛けた調査でもそのナニカが見つかることは無く、安全性についても問題無しとされ、多数のプレイヤーの希望通りALOは運営を再開された。しかも、かの鉄の城導入や元SAOプレイヤー達の正規データ引継ぎその他様々なオマケつきで。

これらによって、ALOは現在では運営中止前以上の盛り上がりを見せることになり、すわ代表解任もやむなしかと思われた決定は、その評価を完全にひっくり返す大英断であったと証明されることになった。

 

『どうやらまだ、私はこの地位にいてもいいようだ』

 

などと、冗談めかして言っていたが、なんだかんだ言って今後十年はアイツがトップを張り続けることは間違いないだろう。

 

「ふーん。そういうもんかね。あ、ALOといえばさ、志乃さんもALOやってるの?」

 

「うん、昔からの知り合いも何人かやってるから一応。仕事が仕事だから、あんまりインできてないんだけどね」

 

「じゃさ、今度暇なとき一緒に冒険しない?」

 

「うん、その時はぜひ」

 

という感じで、この後は自然とALOのことに話しが流れて行った。

途中、どうせ部屋余ってるなら使わせろと栞里が言ったりだとか、結局二人が帰ったのが結構遅くでそれまで話込んでた所為で仕事を徹夜でやる羽目になっただとかハプニングが有った訳だが…………まぁ、余談だ。

 

 

 

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『君に調査してもらいたいことがあるんだ』

 

12月5日。都内某所の高級スィーツ店に呼び出された俺が、そう菊岡に頼まれたのは、プレイヤーの不可解な死が発生したVRMMO、《ガンゲイルオンライン》の実地調査だった。

なんでも、件のGGOで名の売れたプレイヤーの数名が、《死銃(デスガン)》なる者の拳銃に撃たれた後、現実で心臓発作を起こして死亡したというのだ。

その調査の為にALOからGGOにアバターをコンバートしてその《死銃》と接触してほしいと、菊岡は依頼してきた。最初は日本のVRMMOで唯一プロがいるゲームであることや、飛び道具に慣れていないことを理由に断ったのだが……思った以上のバイト代の良さに揺さぶられた後、最終的には言葉巧みに言いくるめられてしまった。

 

『行くだけは行ってやる。ただし、上手くいく保証はないからな。その《死銃》とかいう奴に接触できるか判らないし、そもそも俺は銃なんか使ったこともないしな』

 

仕方なしにそう了承した俺はその後、明日奈と約束していた大手門前へと向かい、恋人らしく……とはどうでもいい薀蓄を語ったり話をしたり散歩したりしただけだから、如何せん言い難いかもしれないが、ちょっとした皇居デートを楽しんだ。

 

え? いきなり惚気るんじゃないって? いやいや、別に惚気てなんかいないって。ただ事実を言ってるだけ……って俺は一体誰に言い訳をしてるのか。

 

閑話休題(話しを元に戻そう)

 

で、皇居の一般開放エリアが閉まる五時前、そろそろ帰ろうとしたところで、アスナから今夜ALOで会おうと誘われた。

特に何も予定の無かった俺は即断で頷いたわけだが、同時に菊岡の話を思い出してしまったのだ。それがつい顔に出てしまったのか、明日奈にどうかしたのか尋ねられた俺は、近々GGOにアバターをコンバートする旨を話した。すると明日奈は俺が考えていた以上のショックを受けた様で、潤んだ瞳で

 

『キリト君、ALO辞めちゃうの!?』

 

と詰問され、理由を話さないわけにはいかず、菊岡からの依頼だという事を伝えた。

心配を掛けたくなかったから、事件のことについては一切話さなかったが。

 

更に言及されたら事件のことまで話さなければならなかっただろうが、取り敢えずはそれで明日奈が納得してくれたため、無事秘密にしたままで済んだ。

 

それから明日奈を最寄駅まで送り――本当なら家まで送りたいところだが、父親の彰三氏はともかく、母親が俺のことをあまりよく思っていないそうなので残念ながら駅までなのだ――川越の自宅まで帰ってきた。

 

 

「ごちそうさん、と」「ごちそうさまでした」

 

二人同時にそう言って箸を置く。今日は……というか、今日も母さんは帰ってこない――〆切前だから会社に缶詰――ため、毎度のことながらスグが用意してくれた晩飯を食べ終え、食器を流しまで持っていく。

スグに作ってもらった時は俺が洗い物をする、というのがSAO帰還後からのルールになっている。まぁ、俺が勝手にやりだしたわけだが。

 

「ゴメンねお兄ちゃん。いつも洗い物任せちゃって」

 

「いやいや、飯作ってもらってるんだから、せめてこれくらいはな」

 

「それなら、今度はお兄ちゃんのご飯が食べたいかなぁ」

 

「おいおい、勘弁してくれ」

 

悪戯っぽく笑って言うスグに苦笑で返す。

自慢じゃないが、生まれてこの方、剣ならともかく包丁なんか数えるくらいしか握ったことが無いのだ。家庭科の調理実習の時なんか一緒になった女子はもとより男子にすら『危なっかしくて見てらんないから大人しくしてろ』とまで言われたほどである。

食材を切る段階からそんなモンだから、調理なんて以ての外なわけで。

 

「形の歪な所々血がついてる消し炭なりかけか半生の味が薄かったり濃かったりするぶっちゃけこの世の物とは思えなさそうなナニカなら食わせてやれないこともないだろうけど」

 

「それはもう料理というより人が食べるものですらないと思うよ?」

 

「ごもっとも」

 

嫌そうに言うスグに肩を竦めて頷く。誇張が過ぎる言い方をしたとは思うが、その位には料理というか調理に自信が無いのも事実だ。SAOに閉じ込められる前からずっと料理は母さんかスグに任せてきたし、一人の時はインスタントかパン、コンビニ弁当辺りで済ませている俺が、まともなモンを作れるだろうか、いやない、反語。

 

「てゆーか、野菜ぐらいはまともに切れるんじゃない? お兄ちゃんいつも剣は上手く振り回してるわけだし」

 

「それはスグも一緒だろうに。斬るのと切るのは違うって判るだろ?」

 

「まぁ、そうだけど……でも、アスナさんとかハセヲさんは料理上手じゃない」

 

「うぐっ」

 

スグから出た名前――主に後者――に思わず唸る。明日奈が料理上手なのは良く食べさせてもらってるから良いとして、ハセヲこと亮――リアルの校外で名前を呼ぶときなんて言おうか悩んでいたら堅苦しいのはウザいから呼び捨てで良いと言われた。というより、オフ会でもない限りあまりハセヲと呼ばれるのは嫌なそうな。まぁ、俺も知らない人の前でキリトと呼ばれるのはあまり嬉しくないが――もまたそうだというのは、五月のオフ会の時に本当のことだったと周知の事実となったのである。

スグと店内に入って、亮がフライパンを振っているのを見た時は、前から聞いていたとは言え驚きを隠せなかった。周りも同じだったようで、元々亮の知り合いだった伊織さんや愛奈さん以外の面々は皆多かれ少なかれ驚いたという。リズこと里香なんかは正に鳩が豆鉄砲な顔をしていたそうで。

色んな意味で戦々恐々としながら食べてみれば、見た目通り美味かった。明日奈なんかは

 

『もしかしたら私よりお料理上手かも……』

 

と割と本気で落ち込んだりもしていた。その他スグも含めその場にいた数名の女性陣も同じように肩を落としていたのある意味カオスだったとしか言えない。愛奈さんだけは

 

『まぁ、あんな見た目ホストか不良かみたいな男に負けたら、女としては悔しいものよね』

 

と苦笑していたが。

本人()曰く“継続は力なり”とのこと。ある意味亮より年上の女性への自覚無き挑発に成りかねなかったが、幸いにも参加者の女性陣は殆どが亮より年下だったために事なきを得た。

 

「料理上手な人が剣も強いんだったら、その逆もあっていいと思うんだけど」

 

「……あー、その、なんだ、うーん……ま、またこんど?」

 

「何で疑問形? でも、言質は取ったよ。楽しみにしてるね」

 

「ま、マジで?」

 

「うん、マジで」

 

満面の笑みで言うスグ。

 

クッ! これはあれか? 何か変なフラグが立っちまった感じだろうか。

それなら全部ハセヲの所為だ。あの似非道路標識野郎め。今度会ったらとっ捕まえて料理教えてくださいお願いします。

いや、スグに作って食べさせるか否かはともかくとして、俺だってせめて食べられるものくらいは作れた方が良いと思うんだ。ほら、明日奈との将来的なことを考えて。今は男が働いて女性が家事と子育てなんて古い習慣なんぞ流行らないわけで。

 

「まぁ、それはそれで置いといて」

 

「出来ればそのまま永遠に置いといてくれると助かるんだけど」

 

「でね、お兄ちゃん。今日この後暇?」

 

俺の言葉を華麗にスルーして笑顔で予定を聞いてくるマイシスター。

強い子に育ったのはお兄ちゃん的にも良い事だけど、話聞いてくれないとお兄ちゃん泣いちゃうよ?

 

などと、軽くシスコンチックなことを考えつつ首を横に振る。この後22時からALOで明日奈と会う約束が有るのだ。それをスグに伝えると、途端に残念そうに肩を落とした。

 

「ええー、今日はお兄ちゃんと冒険しようと思ったのに……」

 

「悪いな、今日は明日奈の方が先約だから」

 

「むぅ……恋人の明日奈さんを優遇するのは仕方ないと思うけど、偶には私も構ってよね」

 

「判った判った。明日なら大丈夫だから。明日、な?」

 

「ホント!? 約束だからね、お兄ちゃん!」

 

可愛らしくむくれるスグの頭を、苦笑しつつ軽く叩くように撫でながら言ってやると、途端に花が咲いたように笑うスグ。

ALOの件以降、スグは二人きりになるとこうやって甘えることが増えた。少々、いや、結構……かなりブラコンの気が過ぎると思わないでもないが、小学生という一番兄貴に甘えたかっただろう時期を疎遠に過ごさせてしまったことも有り、こうして甘えてくれるのを嬉しく思っていたりもする。それに多少今日の様に駄々を捏ねるようなことがあっても本気ではなく、兄妹のじゃれ合いの口実の様なもので無理を言い続けるようなことはしない。

スグの想いには応えてやれなかった俺だが、それでも、スグ(大事な妹)を大切に思う気持ちに偽りはない。それを判ってくれているからか、スグも仲の良い兄妹以上のことを求めてきたりはしない。まぁ、膝の上に乗ってきたり腕に抱き着いてきたりと少々大胆なスキンシップがだいぶ増えた気がしないでもないが……甘えてくる姿も、自分から抱き着いたりしたのに恥ずかしくなって赤くなる表情も非常に可愛いので全く問題は無い。

 

お前もスグのこと言えないレベルでシスコンだって? 妹を大事に思って何が悪い!

兄貴は妹を不埒な輩から守り、甘やかし、愛でると言う義務があるんだ!

それを十年近く怠ってきた俺は、通常の兄貴の倍以上の愛をもってその義務を果たさなければならない! 無論、異論は認めない!

 

だから、別の高校に行ったのにちょくちょくALOやメールで連絡してるらしい長田君(レコン)とやらに、

 

『ウチの妹に手ェ出したらどうなるか、判ってるよなァ?』

 

と、ちょっとばかり牽制(殺気を籠めた脅し)をしたのも仕方のないことだ。

 

「どしたの、お兄ちゃん? なんか笑顔が黒いよ?」

 

「ん? あーいやいや、なんでもない」

 

スグに声を掛けられて逸脱した思考から帰ってきた。

いけないけない、まーた変な電波的な何かを受信しちまったみたいだ。

スグとじゃれ合っていると偶にこんなことになるから注意しないとな。

 

「そう? ならいいんだけど……そしたら私、お風呂入ってくるね」

 

「ん、最近寒いからな。しっかり温まってこい」

 

「うん……ねぇ、お兄ちゃん」

 

「うん?」

 

「一緒に入る?」

 

ちょっと頬を紅く染めつつ小悪魔チックに笑いながらそんなことをおっしゃる直葉サン。

まったく、可愛いったらありゃしない。

 

「バカなこと言ってないで、さっさと入って来い。じゃなきゃ俺が先に入っちまうぞ?」

 

「はーい、ごめんなさーい」

 

軽く頭に手刀を落として言うと、スグはペロッと舌を出して笑いながら洗面所に向かった。

それを見送った俺は、スグが風呂から出るまでの時間を潰すべく、部屋に向かうのだった。

 

 

 

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「キリト君、GGOの内情をリサーチするだけなんて言ってたけど、絶対それだけじゃないと思うんです」

 

「で、俺に電話してきたって訳か」

 

「はい、そうなんです」

 

キリト君と別れてから、数時間。帰宅して晩御飯を摂り、入浴まで済ませた私は、キリト君がGGOにアバターをコンバートすると言っていた時の違和感が拭いきれなかった。

何か隠し事をしているような、そんな違和感。

キリト君と話している時は結局問い詰めるようなことは出来なかったけど、時間が経つにつれて不安になってきてしまった。けれど、何も聞いてない以上今更断ってと言うのも依頼の相手が相手だけに言えそうもない。そこで、ハセヲさんに相談……というかお願いをするため、電話を掛けるに至ったのである。

 

「それに私、あの人のこと、いまいち信用できなくて……ハセヲさん、NABに知り合いの方がいるって言ってましたよね?」

 

「あー、つまりなんだ。俺の知り合いにその菊岡だっけか?」

 

「はい、菊岡誠二郎です。総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室所属だって言ってました」

 

「……よくンなクソ長い課名まで憶えてんな。その菊岡誠二郎について調べるよう頼めと? つか、ハセヲ言うな」

 

「あ、すみません……それで、お願いできないでしょうか? SAOの時も対策室に居たってキリト君から聞いているので、NABの方なら何か知ってるんじゃないかと思ったんですけど」

 

「まぁ、アイツなら調べられねぇこともねぇとは思うけどよ……」

 

「お願いします! ほんの些細な事でもいいんです! でないと不安で……」

 

誠心誠意、電話口に向かって懇願する。キリト君が喋ってくれない以上、宛はハセヲさんしかない。

 

「……はぁ、判った。聞くだけ聞いてみてやるよ。だけど、何も判らなくても知らねぇからな? そもそも断られるかもしれねぇし」

 

「あ、ありがとうございます、ハセヲさん! すみません、我儘言って」

 

溜息の後承諾してくれたハセヲさんにお礼を言いながら、思わずお辞儀をしてしまった。

迷惑を掛けることになってしまうけれど、これで何か判るかもしれないと思うと少し安心できる。

 

「別に礼を言われるようなことじゃねぇよ。俺が調べる訳じゃねぇし、ガキ(生徒)我儘(願い)に応えるのも大人(教師)の仕事だしな。何か判ったら連絡入れる。じゃな」

 

それだけ言って、こちらの返事は待たずに一方的に切られてしまった。

なんだかんだ言いながら、結局願いを聞き入れてくれたハセヲさんは、やっぱりお人よしだと思う。

 

「ハセヲさんはお兄さん……か」

 

既に通話音しかしないスマホを切り、ベッドに倒れこみながらリズがハセヲさんをからかう様に言っていたのを思い出した。

別に本気で行ったわけではないんだろうけど……私やキリト君を始め、リズやシリカちゃんにとっては、確かに兄の様な存在と言えるかもしれない。

私には実際兄がいるし、兄妹仲も良好だとは思うけど……現実に戻ってこれてからは、ハセヲさんの方が本物の兄よりも頼れるお兄さんの様に感じることも有る。今日のことにしても、私は兄さんではなくハセヲさんにまず頼った。そんなにすごく高い地位にいるわけではないとは言え、レクトに所属している兄さんでも何か調べられるかもしれないし、他人のハセヲさんに頼むよりは、家族の兄さんの方が頼みやすかっただろうに。

それだけ、私の中で兄さんよりハセヲさんの方が頼りやすい存在になっているという事だろうか。

 

「不思議な人だよね、ハセヲさん。そう言えば、望さんもハセヲさんのことハセヲ兄ちゃんって呼んでたっけ」

 

私よりも一つ年上の望さんは、ハセヲさんをそう呼んで本物の兄の様に慕っているのがよく判る。何年か前にお兄さんを亡くしているらしい恋人のアイナさん――オフ会の時にちょっと聞いた――も、ハセヲさんのことをだいぶからかってはいたけど、望さんと同じようにもう一人の兄の様に見ている節がある気がする。本人は間違いなく否定するでしょうけど。

色んな人から慕われる、不思議な人。でも、SAOの時の様に、色んな人から疎まれたりもする人。

 

そして、その背中を追いかけているキリト君。SAO(鉄の城)から脱出し、ALO(鳥籠)から私を救い出してくれた今でも、それは変わっていないと思う。

キリト君は、ハセヲさんを強いと言った。力がではなくて、その心が。

きっとそれは、ハセヲさんが色々なことを乗り越えてきたから。

そうして少しずつ、心を強くしていったからだと、そう思う。

キリト君にも、私にも、まだそれだけの強さは無い。

 

「遠いね、キリト君」

 

まだまだ、その背中は遠いかもしれない。

もしかしたら、一人じゃ追いつけないかもしれない。でも――

 

「二人で、いつか追いつこう。二人でなら、きっとできるよ」

 

だってハセヲさんが言ってたじゃない。

私達は、二人で一人だって。

だから、二人で追いつこう。二人で追いついて、二人で追い越してやれば良いんだ。

今はまだ遠い、あの背中を。

 

「……ふふっ、ハセヲ兄さんって、今度呼んでみるのも面白いかもしれないね」

 

そうだ、キリト君に提案してみよう、とアミュスフィアを被りながらそんなことを考えた。

追いつけない代わりにからかってみよう、なんてね。

 

 

 

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「よっ、三崎セーンセ。平日の昼間なのにいいのか? こんな所で油売っててさ」

 

「呼び出した本人がよく言うぜ、ったく」

 

「ははっ、それもそーだ」

 

明日奈との電話を切って直ぐ、俺は智成と連絡を取った。まだ入院している時、色んな奴が見舞いに来た日にSAOでの知り合いの連絡先を調べてもらうよう依頼した時と同じ軽さで承諾の返事を貰ってから六日。金曜の真昼間にCC社近くのカフェへ呼び出された。ギルの店と同じく夜にはバーもやっており、智成や拓海と呑みに来るときは大抵ここだ。

 

「課題の添削も終わってるしな。冬休み明けまでもう授業(仕事)も無ぇよ」

 

「でなきゃ来れないわな。ま、それが判ってたから呼び出したんだけどさ」

 

「だろーよ。で、なんで態々顔つき合わせる必要が有ったんだ。別に電話でも構わねぇって言ったはずだぜ?」

 

前置きを終わらせて本題を聞く。

今日智成が俺を呼び出したのは、言わずもがな明日奈から頼まれた件についてだ。

この件について、俺は電話で依頼した際に詳細はメール乃至電話で良いと言ったのだ。

だが、つい昨日連絡を寄越してきた智成は、判ったことに関しては直接話すと言ってきた。ハッキリ言って、嫌な(面倒事の)予感しかしない。

 

「何が出てきたんだ?」

 

「まぁ、お察しの通りだよ。藪を突いたら蛇が出たってことさ。もしかしたら、蛇どころかアナコンダか、下手したら恐竜辺りかも知れないけどな」

 

「おいおい……」

 

いきなり雲行きが怪しくなってきやがったよ。

思わず天を仰いだ。まぁ、見えるのは天じゃなくて店の天井なわけだが。

 

「まず、お前から……というか、結城明日奈ちゃんからか。調べてくれって言われたあの菊岡って男な。確かに、総務省の総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室、長いから身内や俺ら(NAB)からは《仮想課》って呼ばれてる部署の人間だ。俺もSAO事件の時に会ったよ。明日奈ちゃんの言う通り、左遷された人畜無害のエリート官僚って見た目だが、何か隠していそうな……つまるとこ何となく信用ならない男だったからな。名前はともかく顔は覚えてた」

 

「そらまた……女の感って奴はスゲェな」

 

「そりゃ、女性は誰でも超能力者みたいなもんだからな。そんで、お前から名前を聞いたときに思い出してな。確信が無かったから、電話では言わなかったんだが。この際だから、一回きちんとウチ(NAB)で調べておこうと思ったら……」

 

「蛇どころか恐竜が出てきたと」

 

「まだそうと決まった訳じゃないがな。今の部署に就任するまでの経歴に改竄の形跡が見られたんだ。しかもかなり巧妙にな」

 

「怪しさ満点もいい所じゃねぇかよオイ。決まった訳じゃないってのは?」

 

「データの改竄痕が綺麗すぎて、以前の経歴が割り出せてない」

 

お前ら(NAB)が調べてんのにか?」

 

「そう、俺ら(NAB)が調べてるのに、だ」

 

敢えて俺の言葉を繰り返す様に言った智成の眼は、軽い口調ながらどこまでも真剣そのものだ。冗談抜きで情報が割れていないという事だろう。

 

「次いでにな」

 

「まだ何かあんのかよ?」

 

「残念ながらな。菊岡に関しては今の所これ以上のことは判ってない。現在鋭意調査中だ。今度は、桐ヶ谷和人クンとやらが菊岡に頼まれてコンバートすることになったGGOについてだ」

 

ああ、この展開には覚えがある。

 

「コイツはまだ一般には公開されてないことなんだがな」

 

丁度一年ぐらい前と同じ展開だ。

 

「GGOのプレイヤーが二人、先週死体で発見された。判っているのは、死因が心臓発作ってことと死亡の直前ゲーム内で、《死銃》というプレイヤーに撃たれたという事だけ。現在俺達が追ってる事案の一つだ」

 

拓海から、まだ未帰還者がいると知らされた時と。

 

「この件を管轄して情報を持ってるのは、俺達NABの調査員と、警察そして……」

 

つまりは……

 

「菊岡の所属する総務省《仮想課》」

 

「……ったくよ。アイツも俺も、厄介ごとに好かれてんな、ホント」

 

予想通りで嫌になる。いや、死人が出てるんじゃあ予想よりも猶悪い。

しかも仮想世界(ゲーム)で撃たれて現実(リアル)で心臓発作とか。昔人気だった漫画の死神ノートかよって感じだ。

 

「あぁ、よく似てると思うぜ? 昔のお前にな。自分から厄介ごとに首を突っこむ辺りとか特に、っと。これは今も変わってなかったな?」

 

「ハッ! 言ってろ」

 

「菊岡の素性は兎も角、桐ヶ谷にGGOの調査を依頼したのは、その事件の為と見て間違いないだろうな」

 

「アイツが明日奈に何も言えねぇわけだ」

 

「可愛い恋人を心配させる訳にゃあいかないだろうからな。男としては合格だよ」

 

「はぁ……ったくよ」

 

「で、どうする?」

 

何をとは言わず、ただそれだけ問うてくる智成。それだけで、何が言いたいかは判る。

コイツも俺がどう答えるか判ってて聞いてるんだろうが。

 

「決まってんだろ、ンなこと」

 

やることは決まってる。いつも……と言えるくらいには慣れちまってることにいい気分ではないが、いつもと同じだ。

あの時も。SAOの時も。ALOの時も。そして今回も。

 

「行くぞGGO」

 

「そう言うと思ったよ」

 

一度関わったことには、最後まで関わりぬく。それだけだ




今回はきっちり一月以内に出せた今回、いかがだったでしょうか
とゆーわけでやってきましたGGO編。残念ながらスナイパーな彼女はまだ出てきませんが

なんか途中二人ほど軽くキャラ崩壊してるけど後悔はしていない。反省はしてます。なんか書いてたらこんなことになってたよ……
それとアスナさんのハセヲ君に対する評価なんかも入れてみました。恋人が割と真剣に色々考えてるときに何やってんのかねキリト君(お前が言うな

何か色々と事情説明を突っこんだ為に割と長くなった今回です。次回もこのくらいの速度で出したいなと思いつつこの辺で、では

毎度ながら感想・意見等は常時お待ちしておりますので、宜しければ振ってお送りください

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