今回のお話は結構変わり種仕様になっております
2024年 6月
「ん~……チーズケーキとクリームブリュレ、それから――」
「……」
「ババロアとベリータルト、ミルフィーユにー――」
「…………」
「ショートケーキ、ミミルナのムース、あとモンブラン――」
「………………」
「ロールケーキにティラミス、最後にカラメルマキアートを追加デ」
「……………………オイ」
重ねられた十数枚の皿をわきに置き、未だ残るチョコレートケーキをパクつきながら懲りずに追加の注文をする女。
その様子を見続けて、堪らず俺は声を出してしまった。
「ん? どうかしたか、ハセヲっち?」
「どうもこうも……そんだけ食ってまだ情報料には足らねぇと?」
「ん~そだネ。今の注文でちょうどってとこカナ」
「……はぁ……」
思わずため息。
シリカとキリトの二人とも来たことのあるこの《フローリア》は、街全体に咲き誇る花を年間通して維持するために大きく二つの季候、春と冬しか存在しない。四月から九月までを春、残りを冬とした半年毎のサイクルで動く季候に従い、咲く花も異なってくる。
そういう訳で、六月であっても春の暑すぎず寒すぎない丁度いい、他の階層よりよっぽど過ごし易い気候の中、俺たち二人はカフェテラスでお茶をしている。
では、なんでいきなりこんな状況になっているのか。
それは先の会話の通りだ。
情報屋であるアルゴからの情報を買う料金として、アルゴに飯――主にスイーツだが――を奢っている。
何故こうなったのかは俺にもよく判らない。
出会って間もないころは、普通に
そんなこんなで見慣れた光景ではあるが、毎度見るだけで胸焼けになりそうな量を食べるもんだから未だに慣れない。しかも今日はいつもの五割増しだ。おかげで俺の所持金の五分の一は飛んだ。
「……そんだけ値の張る情報なんだろーから構わねぇけどよ……よくそんだけ甘いもんばっか食えんな。しかも飲んでるもんまで」
「女の子はネ、ハセヲっち。甘いものはいくらでも食べられるもんなんだヨ」
「……あっそう……」
毎回俺が言う似たような言葉に、これまた同じような言葉で返すアルゴ。ある種お決まりの様になりつつあるやり取りだ。
俺も決して甘いものが嫌いなわけではなく、どちらかと言えば好きな部類には入るが、流石にここまではいらない。つーか、ケーキ一切れぐらいで十分だし、合わせて飲むならコーヒー一択だ。
志乃や智香、あと令子さんなんかもそうだったが、洋菓子・和菓子の好みはあるにしろ、知り合いの女性陣も大概甘いものには目がなかった。アルゴの言葉が正しいことの証明に他なるまい。
いいかげん飲んでるブラックコーヒーまで甘く感じてしまいそうな俺を無視して、幸せそうに次々と甘味を消化していくアルゴ。一人で俺が一食のうちに食べる飯以上の量のスイーツを堪能した彼女は、最後の一滴までマキアートをストローで吸ってやっとその手を休めた。
「ん~……はぁ。ご馳走様、ハセヲっち。満足したヨ」
「食いすぎだっつの」
「SAOじゃいくら食べても太りはしないからネ、なーんにも問題ないヨ」
伸びをして礼を言うアルゴに軽く嫌味を言うが、何でもないように返される。
「……まぁいい。それより、今回頼んだ情報について教えろよ」
これまでの経験からこれ以上何を言っても仕方がないと判っているので、さっさと本題に移るように言う。
「ん、おっけーおっけー。強力な大剣についての情報だネ。いつも言ってはいるケド――」
「裏は取れてねぇから、今持ってるモンより強いとは保障できねぇ、だろ? 俺もいつも言ってんだろ、構わねぇって」
情報屋という職が確実性第一だということを重々承知してる彼女は、自分が仕入れたすべての情報に対して、極力可能な限り裏をとるようにしている。が、それが出来ないものも出てくる。誰もクリアしたことがなかったり、危険性が非常に高いものがそれに当たる。命あっての物種だ。自分の命を危険に曝してまで情報を集めはしない。
そして、俺が彼女に依頼する情報は、そういった裏の取れない且つ装備関連のモノだ。そういった類の情報の方が、広く出回っているものよりも大きな期待が持てるからだ。
しかし、往々にして難易度や危険度が高い分、詳細を知る者が少なすぎてほとんど拡散しないそれらの情報収集を依頼するには相応の金がかかるのは致し方ないところだ。
「了解。判ってくれてるならいいんダ。それじゃ、調べてきた情報についてだケド、ハセヲっち。五十六層は判るよナ?」
「ああ、火山帯みたいになってる階層だったな確か」
アルゴの言葉に頷きながら、五十六層のことについて思い出す。
数か月前に攻略された階層であり、さっきも俺が言った通り、階層全体が火山帯のようになっている所だ。草原地帯や川や泉などの水源地帯はほとんどなく、岩と溶岩で構成されたフィールドはまさに灼熱地獄と言える。特に、触れただけで多大なダメージを受け、更に延焼と火傷のステータスを引き起こす溶岩やマグマは多くのプレイヤーを危険に追い込み、ボス戦時にも大きな障害となった。
「そう、その五十六層が今回の情報の場所ダ。主街区《クレンゴール》から北東にある村《スレイグ》の村長から討伐依頼を受注できる。そのクエストの報酬が――」
「おそらく強力な大剣ってことか」
「オレっちも実際に行って話を聞いてきたけど、かなり強い武器だと思う。ただ……」
そこで一旦言葉を切って逡巡するアルゴ。その様子から彼女が言わんとすることは判る。
「相応の危険がある、って言いたいんだろ?」
「……オレっちが調べたところ、このクエを受注したことがあるのは全パーティー合わせて二十人もいないくらいダ。勿論クリアしたプレイヤーは一人もいない、ほとんどが途中で断念、破棄してる」
「クリアしてるプレイヤーが一人も無ぇのに、ほとんどってことは……」
「……パーティー、ソロ問わず、何人か失敗してる。かなり危険度の高いクエストだネ」
失敗と、アルゴはそう言葉を濁したが、SAOに於ける討伐クエストでその言葉が示すものは、即ち死だ。パーティーでさえ死者が出ているということは、思っていた以上にヤバいクエストみてぇだなこれは。
「どうする? 報酬はやってみるだけの価値があるとは思うケド……」
「武器欲しさが祟って死ぬのは流石にな。お前はやるだけやってみたのか?」
「うん、まぁネ。デモ、討伐対象に辿り着く前のトラップやらなんやらかなり厄介だったから半分も行かない内に帰ってきたヨ」
「……つまり、その分の労力が今回食った分に入っていると」
「まーそーなるかナー」
しれっと、事も無げに言うアルゴ。
「お前が行けた所まででいいから情報渡せ」
「それは――」
「別料金、とは言わせねぇぞ? あんだけ食ったんだからキリキリ吐きやがれ」
こちとらそれに見合うだけの金は払わされてるんだからな、と思いつつジト目で睨むと、うっ、と呻いて脱力するアルゴ。
「は~、判ったヨ。堪能させてもらったしネ。それくらいはおまけしてあげるヨ」
仕方なそうに肩を竦めるアルゴに敢えて何も言わず――言うとまた面倒なことになりそうだからな――、先を促した。
そして詳細な情報を聞くこと二十分ほど、話が終わるのと同時に俺は立ち上がった。
「ありがとよ。また頼むわ」
「結局いくのカ?」
「あぁ、どっちにしろ、今の大剣じゃきつくなってきてたしな。行くだけ行って、取れそうなら取ってくる。ヤバそうだったら引き返してどっかのショップで買うか、
「ん、そカ。じゃー頑張ってナ。クリアできたら、その情報買うシ、出来なかったら出来なかったで、腕の良い鍛冶士の情報売ってあげるヨ」
「売る分には構わねぇんだがな。今これ以上お前から買うのは考え物だっつの」
「人聞きの悪い言い方は良くないネ、ハセヲっち。オレっちは情報に見合った分しかもらってないヨ」
心外そうに言うアルゴ。無遠慮に食っといて何を言いやがる。
「ハイハイ判ってるって。じゃあな」
「お~、今後ともご贔屓にナー。あ、シュークリーム追加でー」
まだ食うか……、と内心思いつつ、俺を見送りながら追加注文をするアルゴを背に、五十六層を目指すべくゲートへと足を進めた。
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「まったく、レディとお茶してるのに、相変わらず淡白な反応しか見せないんだもんなぁ」
彼、ハセヲが完全に視界から消えるのを確認してから、普通の口調でぼやく。流石に私も一人のときはあんなふうに喋らない。あれは情報屋としてのロールであって、私自身、
大体、なんとも想っていない
「ホント、《ヘタヲ》の異名は伊達じゃないってことなのかしら」
もう何年も前、初めて情報屋を始めたMMOである《The World》で、興味本位で調べていた《死の恐怖》ハセヲの異名。当時は面識もなかったし、まさかSAOで知り合うことになるとは思ってもみなかった。ここまで鈍感な人だとも。
「こっちの気も知らないでさ」
そう一人ごちて、追加でやって来たシュークリームの攻略に取り掛かった。
あの鈍感で、唐変木で、人一倍素直じゃない…………でも、人一倍誰かが傷つくのを嫌うお人好しの青年。どうしてそんな彼のに惹かれたのかを思い出しながら。
当初、彼、ハセヲに話しかけた理由はそれほど突飛なものではなかった。
単にその名前に覚えがあったから。それだけ《haseo》というPCネームは、The World RE:2をプレイしていた者たちにとっては印象に刻まれているということだ。
もう彼のMMOがサービスを終了してからそれなりの年月が経っている。流行り廃りの波が速いこの業界にとって、それだけ多くの人間の記憶に留められているというだけで、その凄まじさは判ってくれると思う。
公式・非公式問わず囁かれていた《PKK 死の恐怖》の噂。PK百人を相手取り返り討ちにしたという伝説。そして何より、オンラインニュースでも大々的に取り上げられたアリーナの三階級制覇の記事。当時最大級のプレイヤー数を誇るMMOとは言え、あんな風に一プレイヤーについて報道するなんてことは、後にも先にもアレ以外には存在していないだろう。
そういう訳で、最も知名度の高いMMOプレイヤーと同じ名前をした彼に興味を惹かれたというわけだ。そして、第一層のボス攻略会議の時に髪と瞳の色を、私のよく知る《ハセヲ》と同じモノにエディットした彼の姿を見て、The Worldに存在していた《ハセヲ》と、今SAOに存在している《ハセヲ》は同一人物なんだろうと確信した。
とはいえ、だ。
彼の存在を確信した時の私の気持ちは、それがどうした、というものであった。
確かに、実際に知り合うことになるとは夢にも思っていなかったけど、彼は当時最も使い勝手の悪いとされていた《
故に、現実の素性や過去の栄光はどうあれ、今は情報屋《鼠》のアルゴのお得意さん。私にとっては、それ以上でも以下でもなかった。
そんな認識が変わったのは、ある出来事からだった……………………なんてことはなく。
風の噂で、彼が色んなプレイヤーを助けていると聞いてはいたが、私自身がそんな経験をすることはなかった。
危険に遭遇したことがないという訳じゃ決してない。というか、情報屋なんてものをやっている所為で、そういった経験は攻略最前線のプレイヤーたちに次ぐぐらいには多いかもしれない。けれども、長年そんなことをしていたせいか、こと逃走ということであれば滅多に負けることはないと自負できるだけの能力は身に着けていた。
故に、ピンチの所を助けられて、吊り橋効果的に惚れるなんて、そんなそれこそゲームやアニメの様な展開で彼に惹かれたわけではなかった。
普通に接して、普通に話して、普通に互いの人となりを知っていく。
そんなありふれた、普通すぎて、こんな状況の中じゃ逆に珍しいような感じで彼と付き合っていく内に、いつの間にか惹かれていた。
今まで恋愛なんてものにほとんど興味を持たずに、二十数年の年月を生きてきた私が、こんな風にありきたりな、思春期の女子高生の様な恋をするなんて、それこそ思っていなかった。
けれど、現実世界の何倍も、何十倍も濃い一年と数か月という時間で形成されていった私の想いは、気付けば完全に引き返せないところまで来ていた。
彼と話せるだけで気持ちが高揚する。悪ふざけに彼に触れるだけで胸が高鳴る。彼からメッセージを受け取るたびに何度も読み返してしまう。そして、彼が危ない所に行く度に、胸が締め付けられたように痛む。
自分でも呆れるほど重症に、彼に惚れこんでいる。
それだけ判っていて、それでも自分でどうにもできないんだからたちが悪い。
これが恋の病ってやつなのかな?
そんな自分の気持ちを再確認して、手についたクリームの残りを舐めとる。
「頑張って生きて帰ってきてよ。じゃないと、お茶の相手がいなくなっちゃうんだから」
それに――
「君はお得意様だからナ、ハセヲっち」
内心の、皇栞里としての不満を隠すように、敢えてアルゴの口調でそう言葉にした。
でないと、次彼と会うとき、アルゴではなく
そんな、《アルゴ》らしくない私を、《皇栞里》を彼に見せるのは、なんとなく悔しくて、それ以上に恥ずかしいから。
「今はまだ、ね」
そう、誰に言うでもなく呟いて。長いこと物思いに耽っていたせいか、既にカフェテラスからほとんど人がいなくなったのをいいことに、食後の微睡へと身を任せて、テーブルに突っ伏した。
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「…………疲れた」
五十六層から帰還し、再び四十七層のゲートへと戻ってきた俺は、思わずそう零した。
アルゴの話を聞き、それなりの覚悟をもってクエストに挑んだのだが……甘かった。
話に聞いていた以上にとんでもないクエストだった。
クエストについてのあらましはこうだった。
アルゴからの情報通り、スレイグ村の村長に話しかけると、今村に降りかかっている災難について話された。曰く、村からさらに北にある山脈地帯、《シヴの山》から時折盗賊が現れ村を荒らしていくのだという。その盗賊の頭目というのがアインクラッド中にその名が知れ渡るほどの重罪人であったらしく、かつて数十年前に捕えられ第一層《はじまりの街》の牢獄、《黒鉄宮》に閉じ込められていたのが近年多くの冒険者が街に現れた時に脱走し、その山に住み着いたというのだ。つまるところ、クエストの内容はその頭目を討伐し、討伐の証拠として頭目の武器である大剣を持ってこいというものだった。
おおよそアルゴから聞いていたのと同じであることを確認して、俺はその《シヴの山》へと乗り込んだ。山への道も険しくはあったが、この階層の特殊環境下における戦闘は、階層攻略の時既に経験していたのでそこまで苦ではなかった。問題は盗賊団のアジトに入ってから。予めトラップが無数に張り巡らされていることは、村長の説明にも、アルゴからの情報にも有ったので心構えはあった…………が、まさに異常とまで言えるトラップの量に唖然とした。アルゴや他のプレイヤーが途中で断念するのも頷けた。ミミックやモンスター部屋の様な通常の迷宮区にある様なトラップはもちろん、坂道での落石、床や壁から飛び出す槍、天井の崩落、煙幕による視界がかなり制限された状況での奇襲、果ては突然消える床等々。古典を引っ張り出してきたようなものから筆舌しがたいようなえげつないものまで取りそろえたトラップのオンパレード。何度も、これは死んだか……、と転移結晶を握りしめながら思った。アルゴの話によれば本当に何人か死んでるんだから笑い事じゃない。まさにやってられるかと言いたくなる罠地獄を三割実力、二割意地、五割悪運で乗り切り、満身創痍、やっとの思いで頭目の部屋までたどり着いた。
赤ゲージに差し掛かりかけていたHPバーを回復させるために回復薬を飲んでから部屋に入ると、中にいたのは盗賊というよりも戦士然とした出で立ちをした骸骨だった。そのHPバーの上に表示された名前は《バンデッドスレイヤー》。大罪人と言いつつも獣であろう姿を想像していた俺は一瞬面食らったが、即座に意識を切り替えて戦闘を開始した。
おそらく設定上元々はれっきとした人間であったのだろうその骸骨――一般的なゲームで言うのであればスケルトンの部類に入る。捕まったのが数十年前だという設定にも無駄に説得力があるように思えてしまった――は、今にも折れてしまいそうなその骨の腕とは裏腹に、ワインレッド――見ようによっては乾いた血のようにも見える色――の大剣を豪快に振り回して反撃してきた。随分と長生き(?)という設定が生きているのか、豪快であっても決して大雑把ではない攻撃やソードスキルの所為で中々に攻めあぐねた。初めは手数で攻めようと双剣で戦っていたのだが、中々近づきづらい状況を作り出されたのでこちらも大剣を換装、迎え撃った。見た目に反した攻撃の割には、耐久値に関しては骸骨という見た目通りなのか、衝撃に思いのほか脆く、双剣の時よりも格段に戦いやすくなった。それから無事勝利すると、骸骨自体は跡形もなくポリゴンとなって砕け散り、使っていた大剣だけが残った。《血染めの大剣》と名付けられたそれがおそらく討伐の証拠なのだろうと推測し、ストレージに放り込んで村へと戻った。
余談ではあるが、頭目であるあの骸骨を倒した後もアジト内の罠は健在だったようなので、やむ追えず転移結晶で村まで戻った。あのトラップ群をもう一度切り抜ける自信はなかったからな。
そして村長へと報告すると、それなりの報酬金とともに、この剣は村には必要ないからと証拠として持ってきた大剣をそのままこちらに差し出しクエストクリアと相成った。
受け取った大剣は名前が《血染めの大剣》から《フェロン》に変わっていた。重罪人として捕まっていたあの骸骨が使っていた大剣の名前が《
ちなみに、わざわざこの四十七層に帰ってきたのには理由がある。アルゴから情報を聞いて現地に向かった後は俺が情報を売るために、奢った場所で集合するのが落ち合うのが習慣になっているからだ。
だが、トラップ攻略にかなりの時間を費やしたせいで、周囲は既に夜の帳が下りている。
「……流石にもういねぇか」
そう一人ごちながら、一応あのカフェテラスへ向かってみる、と。
「……オイオイ。マジかよ、いたよ……」
予想に反して、アルゴはまだいた。いる、っつーよりも寝ているが正しいが。
「オイ……オイ、起きろアルゴ。起きろっての」
「……うゃ?」
揺さぶって起こそうとすると、何やらよく判らない声を出して反目を開けるアルゴ。
全く堪ったもんじゃない。寝たいのはこっちだっつーの。
「何変な声出してんだよ。さっさと目ぇ覚ませっての」
「ん~? んぅー…………はっ! え!? は、ハセヲ!? な、何で!? てゆーか周り暗っ!!」
「やっと起きたか」
寝ぼけた声を上げながら俺を見つめること数秒。アルゴはようやく目を覚まし、盛大に慌てふためいた。慌てすぎてキャラがいつもと違う。かなり新鮮だ。
それからさらに数十秒。やっと状況が呑み込めたのか、妙なテンションで取り繕ってる感が半端ないものの、ほとんどいつもと変わらないアルゴに戻っていた。
「い、いやぁ~、お帰りハセヲっち! なんか気づいたらわた……じゃない、オレっち寝ちまってたみたいだナ! そ、それに無事帰ってきて何よりだヨ!」
「まぁな。そこそこいいモンも手に入ったし。にしても、圏内とは言え熟睡とか危険すぎんだろ。気をつけろよ」
「そ、そうよ……じゃないって。そうだナ! オレっちとしたことが、ちょっと油断してたみたいダ」
「ま、いいんだけどよ。お前に何にもなかったんならな」
「え? それってどういう……」
「あん? なんか言ったか?」
「な、なんでもない、なんでもない! それよりハセヲっち。その様子じゃちゃんとクリアしてきたんダロ? 話してくれたら高く買うヨ?」
なにやら呟くように言われた気がしたので聞き返してみたが、否定されて、そのまま誤魔化すように話題を変えられた。まぁ、詮索されたくねぇならなにも言わないが。
「ん、そだな。その前に晩飯でも食いに行こうぜ? 食いながら話すんでいいだろ」
「奢りかナ?」
「んなわけあるかっ」
「冗談だっテ」
やっと調子を取り戻してアルゴとともに、そんな掛け合いをしながらカフェテラスを出るのだった。
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「はぁ~」
「んだよ、ため息なんてついて」
「んーん、何でもないヨ」
夕食を食べ終え、情報の売買にもケリがついたその帰り。
ハセヲの言葉に口ではそう言いながら、内心もう一度ため息をついた。
油断した。完全に油断してた。まさかあのまま熟睡しちゃうなんて。
挙句、寝起きに彼の顔が目の前にあったせいで余計テンパって、ロールも何もあったもんじゃない感じになってしまった。それこそ寝落ちする前に気を付けようと思ってたことなんてどこかへ吹っ飛んでしまったくらいに。
何とか取り繕いはしたけれど、とても不自然だったのは明らかだ。
「はぁ~」
もう一度、今度は実際にため息が出てしまう。
それに見かねたのか、ハセヲは気分を変えるように話しかけてきた。
「そういえばよ」
「ん?」
「さっきのお前」
「っ!」
その言葉に、テンパってた時のことを言ってるんだと即座に分かった。
あれだけ盛大にテンパったのだ。もしかしたら馬鹿にされるのかもしれないと、呆れられてるかもしれないと、戦々恐々としながら、言葉の続きを待った。
たとえ馬鹿にするのだとしても、呆れたように何かを言うのだとしても、きっとそれは彼なりの気遣いだろう。でも、今の私、恥ずかしながらも彼に恋焦がれている私には、それでさえ悲しくなってしまいそうだった。
でも、続いて放たれた言葉は私が予想していたものとは違って。
「テンパってたからだとは思うけどよ。いつもと違って新鮮で……そう、女性らしいっつーのか? まぁ、結構よかったぜ?」
なんて気障ったらしセリフを、でもそっぽを向きながら言う彼。
ズルい、と。そんな不意打ちはズルい、と。
それしか、私の頭は考えられなかった。
嬉しくて 嬉しくて! 嬉しくて!!
「……なにいってんだヨ、ハセヲっち! それとも、オレっちに惚れちまったのかナ?」
「んなっ!? バーカ! んなわけあるかっての!」
「アハハハハハ!」
早鐘を打つ心臓の音が、耳まで赤くなった顔が、なにより思わずニヤけてしまいそうになる、いやきっとニヤけてしまっている顔が彼に見られないように。私はいつものように、冗談を言うように、《アルゴ》を演じる。
そしてきっと、これからも演じ続けるのだ。
彼にこの気持ちを伝えられるようになる、皇栞里としての自分を彼に見せられるようになる、その日までは。
はい、とゆーわけでアルゴさんの回でした。
一応タグに《恋愛?》をつけてるので、それらしいものを書いてみたつもりでしたがどうだったでしょうか。こういうのを書くのは初なので不安で仕方がありません ガタブル
アルゴさんについては情報が少なすぎるため、ぶっちゃけ半オリキャラ化してる感が否めなくなってしまいましたが…………汗
ちなみに、彼女の本名は、アニメ版のアルゴの声優さんの名前を参考にさせてもらった次第です。
そんでもって次回はやっとこさ本編の方を進める……つもりです。番外編の方になってしまったら許してくださいorz
でわでわ、また再来週。
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