劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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始まりからエグイ展開……


世界情勢の変化

 そのニュースが日本に届いたのは、二〇九七年四月一日の朝七時の事だった。昨日の内に沖縄から帰宅した達也たちも、朝の食卓でその臨時ニュースを見ていた。

 

「……エイプリルフールのネタではありませんよね?」

 

「悪質なジョークの方が良かったんだがな」

 

 

 恐る恐る、信じたくないという口調で尋ねる深雪に、達也は眉を顰めたままそう答えた。

 

「……どうやら冗談ではないらしい」

 

 

 手許のリモコンを操作しダイニングの中型モニターを四分割し、別々のチャンネルのニュースが字幕表示され、そのすべてが同じ凶報を伝えていた。

 南アメリカ大陸の旧ボリビア、サンタクルス地区、現在時間三月三十一日十七時。三ヵ月にわたり続いていたブラジル軍と独立派武装ゲリラの戦闘において、劣勢にあったブラジル軍が戦略級魔法『シンクロライナー・フュージョン』を使用したのだ。

 

「爆発の規模は推定数キロトンか……問題は魔法が使われた状況だな。山岳部や荒野なら、被害は戦闘員だけに収まっただろうが」

 

「市街地や難民キャンプの近くで使われたとしたら……?」

 

「度々戦場になっている地域だから、住民はそれほどいないはずだが」

 

 

 深雪の問いかけに達也が答えた直後、ニュースはブラジル軍の正式発表を伝えた。

 

「……爆心地はゲリラが拠点としていたゴーストタウンの中央。犠牲者は武装ゲリラ構成員のみで、死者およそ千人か……その程度の人数を相手に、シンクロライナー・フュージョンの封印を解くとは思えない」

 

「……では、実際の犠牲者は」

 

「今の段階では、もっと多いとしか言えない。ただ、死傷者が戦闘員ばかりではないのは確実だろうな」

 

「そんな!?」

 

 

 達也の推測に深雪が悲鳴を上げる。達也は右手を伸ばして向かい側に座る深雪の左手を包み込んだ。深雪は何時ものように陶然となりはしなかったが、動揺はある程度収まっていた。

 

「ゲリラは戦闘員とそうでない者の区別が曖昧だからな。正規軍なら補給部隊も戦闘員だが、ゲリラに対して物資や労役を提供している人々は大抵が非戦闘員に分類される」

 

 

 そういって達也は、深雪の左手に置いていた自分の右手を、彼女の頭に移動させた。

 

「幾ら悩んでも、今の俺たちにはどうしようもない」

 

 

 達也が深雪の髪を掻き乱した。やっている事は少々乱暴だが、彼の手つきは優しい。髪を手櫛で直す深雪は、達也を軽く睨んで見せながらも、嬉しそうだった。深雪が落ち着いたのを見て、達也は再びニュースを映しているモニターへ目を向けた。

 

「それにしてもブラジルは、随分あっさり戦略級魔法の使用を認めたな……」

 

 

 達也が独り言のように呟く。それは単なる疑問の表明でしかなかったが、深雪には何故か「戦略級魔法があっさり使われる時代になる」という不吉な予言に聞こえた。急に背筋を走った寒気に、深雪は小さく身体を震わせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沖縄への任務の為に先延ばしにしていた今年度の新入生総代との顔合わせの為に学校へ向かう深雪たちに、背後から雫が声を掛けてきた。

 

「おはよう、達也さんも深雪も健康そうだね」

 

「どういう意味かしら? ……あら? 今日はほのかと一緒じゃないの?」

 

「ほのか、風邪をひいて寝込んでるんだって」

 

「それで私たちは健康そうだって事なのね」

 

 

 雫の感想の意味に合点がいった深雪は、小さく頷いてから心配そうな表情を浮かべた。

 

「風邪で寝込んでるって、ほのかは一人暮らしよね? 大丈夫なの?」

 

「私も心配だからってウチに誘ったんだけど、大したことないって断られた」

 

「そうなの……達也様、生徒会の業務が終わったら、ほのかのお見舞いに行きませんか?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 恐らく沖縄での攻めが裏目に出て体調を崩したのだろうと、深雪はあの時の事を思い出してちょっぴりほのかに同情した。後で聞いた話では、あの行動の裏にはエイミィやスバルがいたとの事なので、深雪はほのかたちに嫉妬心を向け続ける事はせずに普通に接していたのである。

 

「エイミィやスバルには連絡つかないの?」

 

「反省はしてるみたいだったけど、二人ともお見舞いには来れないって」

 

「そう……ところで、雫は今日どうしてここに? 吉田君の代理は香澄ちゃんだって聞いてるけど」

 

「だから私は香澄の代理。校内の見回りとかは私がすることになった」

 

「雫が吉田君の代理じゃ駄目だったのかしら?」

 

「今年の総代と香澄は面識があるらしいから、私が吉田君の代理を務めるよりもスムーズに事が運ぶ」

 

「なるほど」

 

 

 雫の最もな意見に、深雪もそれ以上疑問を投げかける事はしなかった。

 

「今年の総代は女子なんだよね?」

 

「そうよ。十師族・三矢家の末のお嬢さんで三矢詩奈さん。雫も一応は聞いてるんじゃないの?」

 

「聞いてるけど、もう一度確認しておこうと思って。その子は生徒会に勧誘するんだよね?」

 

「そうね。去年の七宝くんは断ったけど、たぶん三矢さんは断らないと思うから」

 

「風紀委員にも、新入生を勧誘しなきゃいけない」

 

「教員推薦でいい子が入るんじゃないの? 生徒会推薦はもう少し待ってほしいわね」

 

「別に急かさないよ。まだ入学式も済んでないんだし」

 

 

 深雪が冗談めかして雫に待ってほしいと告げると、雫は微かに笑みを浮かべながらそう返した。彼女と付き合いの浅い人間には分からないだろうが、彼女も冗談を言っていたのだと、この場にいる三人には理解出来たのだった。




原作ではお見舞いイベントは無いですけどね

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