魔工科の教室を後にした一行は、最も使うであろう場所の一つであるところの食堂にやってきた。
「一高の食堂はこういう風なのですね」
「三高は違うのか?」
「うちはもう少しこじんまりした感じですわね。生徒数が違うってのもそうなのかもしれませんが、普通科と魔法科で食堂が分かれているっていうのもあるのかもしれません」
「そういうことか」
入学したての頃にあった騒動を思い出し、最初からそうしておけばいらぬ衝突も回避できるのかと思ったが、そうなると深雪たちと一緒に食事をすることが出来ないので心の中でその案を却下した。もちろん、達也側の問題ではなく、女子側に問題があるのでだが。
「愛梨たちは自炊したりするのか?」
「最低限はいたしますが、殆ど食堂のお世話になっていましたわ。家の人にキッチンを使うのを極力控えてほしいと言われたのもありますが、自分一人の分を作るのも何だか寂しいと感じてしまったのが原因ですけど」
「ワシも基本的には食堂の世話になっておったの。ウチで作るものは味気なくてしょうがないからの」
「一応神社なんだし、それは仕方ないんじゃない?」
「別に巫女というわけでもないのじゃから、あそこまで味気なくせんでも良いと思うのじゃがの」
「だから学校ではよく食べてたんですね」
「これ香蓮! 達也殿の前でいらんことを言うんではない!」
「沓子も恋する乙女だもんね」
香蓮と栞にからかわれ、沓子は顔を真っ赤にして達也から視線を逸らした。
「一高は一科生も二科生も魔工科生もこの食堂を使うから場所取りなどは結構熾烈だ。一度席を立てば次はいつ取れるか分からないからな。誰か一人が場所取りをして、残りが食券を買いに行くのを勧める」
「ご忠告感謝しますわ」
とりあえず一通り案内を終えた達也は、四人に何処か行ってみたい場所はあるかと尋ね、特に無かったので生徒会室へと戻る事にしたのだった。
達也がいない間、生徒会室には異様な空気が流れていた。ほのかはまだ帰京していないので欠席、深雪は達也がいない事で不機嫌さ全開、泉美はほぼ深雪と二人きりの空間に幸せオーラ全開、その二人に挟まれて水波は多少の居心地の悪さを我慢しながら仕事を進めていた。
「深雪先輩、こちらはいかがいたしましょうか?」
「そうね……それはこちらで処理しておきますので、そこに置いておいてちょうだい」
「わかりました」
深雪の不機嫌オーラなどものともせず、泉美は事あるごとに深雪の側に移り質問を繰り返す。深雪も泉美に八つ当たりするなどという事は無く、その都度泉美の相手を丁寧にしているが、水波はそのたびにしなくても良い緊張をしていたのだった。
「お疲れ様」
「達也さま! お帰りなさいませ」
生徒会室に達也が戻ってきた時、一番彼を歓迎したのは深雪ではなく水波だったのも、その緊張の所為なのかもしれない。
「すまなかったな。作業の方はどうだ? まだ終わっていないなら手伝うが」
「いえ、達也様のお手を煩わせるほどではありません。ですので、もうしばらくお待ちください」
深雪が達也に手伝わせたくないという気持ちから、残りの作業を今まで以上のスピードで片づけていく。そのスピードに愛梨たち三高女子は目を見開いていた。
「終わりました。達也様の方も、案内は終わったのですよね?」
「ああ。一通り見て回ったと思うぞ」
「では、今日はこれで終わりましょう」
深雪の締めの挨拶に、泉美と水波が一礼する。そのまま生徒会室の鍵を閉め、達也を先頭にして校門へと向かう一行だったが、その途中で愛梨が何かを思いだしたかのように手を叩いた。
「そうでした! 達也様、この後お時間よろしいでしょうか?」
「何かあるのか?」
「もしお時間があるのでしたら、私たちの仮住まいにご招待しようかと思いまして」
「そうじゃった! 達也殿、ワシらが精一杯もてなすので、良ければ遊びに来ぬか?」
栞と香蓮も頷いて愛梨と沓子同様達也を誘う。達也は視線だけを深雪に向け、彼女の意思を確認してから答えた。
「あまり長い時間は取れないが、それでもいいならお邪魔しようか」
「是非! 短時間だろうと達也様が来てくださるならそれで十分ですわ!」
そのまま達也は愛梨たちと一緒に仮住まいに向かい、深雪と水波と泉美は最寄り駅まで向かう事になった。
「深雪様、よろしかったのでしょうか?」
「問題ないわ。それに、あまり達也様を独占していたら、またいわれのないクレームを入れられる恐れがあるもの」
「それでは深雪先輩、私たちもどこかに寄っていきませんか?」
「別に構わないけど、何処か行きたい場所でもあるのかしら?」
「深雪先輩とご一緒出来るのなら、私は何処でも構いませんので」
既に歓喜の絶頂とすら思える泉美の態度に、深雪は苦笑いを浮かべながら水波に視線を向ける。
「水波ちゃんは、何処か行きたい場所とかあるかしら?」
「いえ、私は深雪様と泉美さんが行きたい場所で結構ですので」
「困ったわね……それじゃあ、アイネブリーゼにでも寄っていきましょうか」
何時もなら同級生たちと寄る喫茶店に、深雪は泉美と水波を引き連れて寄ることにしたのだった。愛梨たちに達也を明け渡したのは、達也がその場のノリに流される人間ではないと信じているからであり、それくらいの器量を見せておかなければ、自分との同居を解消されてしまうかもしれないという恐怖心からでもあったのだった。
どことなく泉美に好都合な展開になったな……