生徒会室に案内された愛梨たちは、先に待っていた泉美と顔を合わせ、軽く挨拶を交わす事にした。
「お久しぶりですね、泉美さん」
「ご無沙汰しております、愛梨さん。本日はどのようなご用件で一高の生徒会室に?」
「来月からこの学園で課題やら実習などを受けるわけですから、その下見と挨拶をと思いまして」
泉美の質問に、愛梨は何食わぬ顔で建て前を告げる。深雪たちにも使った嘘なので、愛梨はごく自然に嘘を吐いたので、泉美はそれを信じ込んだのだった。
「なるほど。ところで、水波さんが来たという事は深雪先輩たちもいらっしゃったのですよね? お姿が見えませんが、どちらに行かれたのでしょうか?」
「深雪様と達也様は、一色様たちの入校手続きをされてからこちらに参られるので、もうしばらく時間がかかるかと思います。私は先に一色様たちをここに案内するよう仰せつかったので」
「そうだったのですか。ですが、何も今日じゃなくても良かったのではありませんか? この時期は何処の学校も入学式の準備で忙しいはずですが」
「私たちは生徒会とは無関係でしたので、そう言う事を失念していたのです」
「そうですか」
香蓮の用意していた答えに、泉美は不審がる事無く受け入れてしまう。これが達也相手だったら疑われたり、訝しげな視線を向けられただろうが、泉美はそこまで人を疑う事をしないのだ。
「ただいまお茶をご用意しますので、一色様たちはこちらでお待ちください」
「お気遣いなく。桜井さんはお仕事があるでしょうし」
「いえ、深雪様のお客様をもてなさず仕事をしていたなど、メイドとして失格と言われてしまいます」
実際深雪はそんな事でメイド失格の烙印を押したりしないが、そういう事情をよく知らない愛梨たちは水波の鬼気迫る雰囲気に圧され、大人しく腰を下ろしてお茶を待つことにしたのだった。
「生徒会室なぞ縁がないと思っておったが、まさかこのような形で訪れる事になるとはの」
「愛梨が生徒会長になると思ってたけど、結局一条がなったからね」
「仕方ないでしょうが。あちらが主席で、私は次席なのですから」
「それに、もし愛梨が生徒会長になっていたら、こちらの高校で三高の授業を受けるという事が出来なかったでしょうしね。さすがに生徒会長不在となるのは三高としても避けたかったでしょうし」
「そう考えると、次席で良かったかもしれませんわね」
三高女子の話を聞きながら、泉美は出来る範囲で仕事を片付けている。だが、どこかそわそわしているのは、早く深雪に会いたいからだろうと、水波だけが理解していたのだった。
愛梨たちの入校許可書を発行してもらい、それを持って生徒会室に現れた深雪は、泉美の熱烈歓迎にみまわれた。
「お待ちしておりました、深雪先輩」
「い、泉美ちゃん。苦しいわ……」
「はっ! 申し訳ございません! 深雪先輩に会えると思ったら、つい……」
「一色さん、これ入校許可書です。出歩く際にはこれを首から掛けておいてください。四月からはそれが無くても校内に入れるようになるそうです」
「わざわざありがとうございます。では、少し校内を見て回りたいのですが、どなたかに案内をお願いできないでしょうか」
愛梨としては、これで達也を連れていけると思ったのだが、深雪はその思考をしっかりと読んでおり、水波に視線を向けた。
「水波ちゃん。四人を案内して差し上げて」
「彼女は貴女の護衛なのでしょ? でしたら、達也様の方がよろしいのではないのかしら?」
「達也様は生徒会役員としてお願いしたい事がございますので。それに、校内で護衛が必要な状況になるとは思えないのですが?」
「まぁまぁ愛梨、深雪嬢も。ワシらは案内もそうじゃが、達也殿と一緒にいたいのじゃよ。別にくっついたりはせんから、達也殿をお借り出来んじゃろうか?」
「……分かりました。ただし、くっついたりは認めませんからね」
「それで十分じゃ。愛梨や栞、香蓮も。それでよいな?」
沓子が提案した条件ならと、苦渋に満ちた表情で許可を出した深雪に、沓子は人懐っこい笑みを浮かべて一礼し、愛梨たちにもその条件を呑ませた。
「では達也殿、さっそく案内願おうかの」
「まぁ、それくらいなら構わないが」
「達也様。くれぐれも油断なさらないように」
「分かっている」
愛梨たちを相手に警戒する必要は無いだろうと達也は思っているが、深雪が何を警戒しているのかが分からないほど彼も鈍感ではない。
「水波、泉美が過剰に深雪にくっつかないように見張っていてくれ」
「かしこまりました。不純同性交友は認められませんものね」
「私はそこまでアブノーマルじゃありません! ただ、深雪先輩の美しさに惚れているだけです」
「愛の形は人それぞれじゃからの。だが、優秀な家の娘が同性愛者なのはどうかと思うがの」
「沓子、それは偏見。既に四葉家も七草家も優秀な跡取りがいるんだから、これくらいなら許容範囲だと思う」
「ですから、私は同性愛者ではありませんってば!」
旧知の仲であり、年上の沓子たちのからかいに、泉美は顔を真っ赤にして抗議する。実の姉からも疑われているので、彼女はその手のからかいに過剰に反応してしまうのだった。
「栞、沓子、行きますわよ」
「愛梨、なんだか楽しそうじゃの。そんなに一高探検ツアーが嬉しいのか?」
「沓子、分かってて言ってるでしょ?」
「当然じゃ。ワシだって達也殿と一緒にいられるのは嬉しいからの」
生徒会室から出ていく四人と達也の背中を未練がましく見つめていた深雪ではあったが、何かあればすぐに分かるという強みからか、すぐに作業に集中したのだった。
沓子は交渉術にたけてそうですしね