引っ越すに先立ち、愛梨たち三高女子メンバーは四葉が用意してくれた部屋で生活していた。本来なら一ヶ月も滞在しない相手に貸す部屋などないだろうが、そこは四葉の息がかかった物件なのだろう。気前よく貸してくれたのだった。
「さすがは四葉が用意してくれた部屋じゃのう。ワシら四人で使っても部屋が余っておるわい」
「これなら、達也さんを泊まりに誘っても問題なさそう」
「ですが、達也様は現在、沖縄に滞在している様子ですので、こちらに構っている余裕など無いと思われますが」
「同士の話では、今日の飛行機で東京にお戻りになられるそうですので、お出迎えをするのはどうかしら?」
愛梨の提案に、栞と沓子は賛成したが、香蓮が難色を示した。
「香蓮さん、何か問題でも?」
「達也様は些末事と仰るかもしれませんが、沖縄で何らかの任務を終え、東京に戻られてすぐ私たちの相手をするのは、いくら達也様でも大変なのではないでしょうか? ましてや、達也様をお出迎えするという事は、その場に司波深雪がいるわけですから、愛梨と司波深雪がバチバチに睨み合ったらさらに心労を負われてしまうのではないかと思いまして」
「それはありえそうじゃの。愛梨と深雪嬢はライバルじゃからな。空港で魔法大戦でも勃発されたら堪ったものじゃないわい」
沓子がしみじみと呟くと、愛梨はそれに反論しようとして立ち上がったが、いざ深雪と対峙したとき、冷静でいられるかどうか自信が無かったのでそのまま腰を下ろした。
「今日はゆっくりしてもらって、明日第一高校に顔を出してみるというのはどうかしら?」
「第一高校に? いったい何の用で顔を出すというのですか?」
「私たちは四月から第一高校の端末を借りて第三高校のカリキュラムを消化する事になっている。その下見と一応は学友となる相手に顔を見せる、という理由で」
「じゃが、春休みじゃぞ? そんなに生徒がいるとも思えんが」
「あくまで表向きの用件。実際は達也さんに会いに行くため。そして、そのままこの部屋に滞在してもらえるようにするため」
「それは名案ですわね。それでは、今日のところは大人しくしていましょうか」
「それが良いですね。慣れない土地で疲れました」
休むと決まったからには、どこかに出かける用事もないので、四人はそれぞれに割り当てられた部屋に戻るのだった。
翌日、栞の提案通りに第一高校を訪れた四人だったが、校門で止められてしまった。正式にお世話になるのは四月からなので、まだ誰かの案内が無ければ中に入れなかったのだ。
「迂闊でしたね。既に四葉家の方で手を回してくださってると思ってたのですが」
「仕方ありませんわよ。私たちは第三高校の生徒、その事には変わりないのですから」
「じゃが、このまま大人しく帰るのは気分が良いものではないぞ」
「どうにかして中に入れないでしょうか」
どうやって中に入るかを考えていた四人に、背後から声を掛けて来る男子がいた。
「何をしているんだ?」
「達也様! あっ、いえ……四月から第一高校でお世話になるので、その下見と挨拶をと思ったのですが、私たちはまだ中に入れなかったものでして……」
「それならちょうどいい。生徒会長がここにいるんだから、その知り合いとして中に入ればいい」
「達也様がそう仰るのでしたら、四人を『私』の客として校内に案内させていただきます」
あくまでも達也の客ではなく自分の客と強調したのは、自分の傍を離れられないようにさせるためだと、参謀である香蓮だけが気づいた。他の三人はとりあえず校内に入れることに安堵したのか、その事に気付いていない様子だった。
「それでは、四人の事は警備員の方に説明しておきますので、水波ちゃんは四人を生徒会室に案内して差し上げて」
「かしこまりました」
「達也様は、手続きのお手伝いをお願いしたいのですが」
「あぁ、構わないぞ」
頑として達也の傍に四人を置きたくない深雪は、大して手間ではない手続きの手伝いに達也を指名し、四人を生徒会室に追いやることにしたのだった。
「貴女たしか、四葉家のメイドさんでしたね」
「桜井水波と申します。以後お見知りおきを」
「深雪嬢は余程ワシらを達也殿の傍に置きたくないと見える。来客の手続きなど、何処の学校も大して変わらんはずじゃからの」
「校内に入ってしまえばこっちのもの。後は好きに見学すればいいだけ。案内役に達也さんを指名できればパーフェクト」
「残念ですが、その作戦は実行に移す前に失敗に終わっています」
「どういう事かしら?」
香蓮が疲れ切った表情で作戦の失敗を告げると、愛梨が不思議そうに首を傾げながら香蓮に尋ねる。栞も沓子も似たような表情をしているが、水波だけは理解している風だった。
「私たちは『司波深雪の客』として校内に案内されました。ですから『司波深雪の許可』が無ければ自由に校内を歩き回ることも、達也様をお供に指名する事も出来ません」
「なるほど、そうやって深雪嬢はワシらの思惑を阻止したのじゃな」
「だけど、司波深雪は生徒会長。そんなに自由に動き回れるとは思えない。ましてや入学式が近いから、その打ち合わせなどで私たちの案内などしてる暇は無いはず」
「その為の桜井さんなのでしょうね」
香蓮の言葉に、三人はハッとした表情で水波に視線を向ける。三人に見つめられる形になった水波ではあったが、全く動じずに四人を生徒会室まで案内するのだった。
何とかして邪魔をしたい深雪……