本家から応援が来ると聞かされていた達也たちは、姿を見せた相手に驚愕した。
「叔母様!? 本家からやってくる応援というのは、叔母様なのですか!?」
「私はついでよ。ちゃんと白川さんたちも来てるから」
真夜の背後で恭しく一礼する白川夫妻を確認して、深雪はますます訝しげに真夜の事を眺めてしまった。
「僭越ながらご当主様、応援が白川夫妻であるならば、ご当主様はどのようなご用件でこちらにいらしたのでしょうか? ご当主様のご都合がつかないから、達也さまたちが代理で出席する事になったと記憶しているのですが」
「なんとか都合をつけて、一日ならこちらに来ても問題なくなったので、来ちゃいました」
真夜の言い方が年相応ではなかったのには、誰もツッコミを入れなかった――否、入れられなかった。
「では、打ち合わせには母上が?」
「いえ、それは予定通り深雪さんに行ってもらう事にします。達也さんは、これから国防軍の方との打ち合わせなのですよね?」
「敵艦と思われる不審船を見つけましたので、それを沈める手伝いをしてもらおうと思っています」
「さすがは私の達也さんですね、仕事が早い。では、私は大人しく達也さんの部屋で待っていますので、なるべく早く戻って来てくださいね」
「失礼ですが、叔母様。何故達也様のお部屋なのでしょうか? いくらお忍びとはいえ、叔母様個人で部屋は用意しているのではないのでしょうか」
「本当に強行軍だったから、そこまで手が回らなかったのよね。最悪用意したクルーザーの中で休めばいいかなとは思っていますが、達也さんさえ良ければ、同じ部屋を使わせてもらいたいのですが」
「何もしないのであれば、部屋を使うくらいはかまいません」
「ありがとうございます。では、達也さんも深雪さんも頑張ってください」
そう言い残して、真夜は達也たちが泊まっているホテルに一人で移動を始めた。
「白川さん、よろしいのですか?」
「私にご当主様を止める権限などありません。それは葉山さんであろうが同じです。達也殿もそれは重々ご存じでしょう」
「せめて奥様に監視というか、見張りはお願いできないのですか?」
「私はこれから、深雪様の付き添いとして打ち合わせに参加しなければならないので」
「では、白川さんは」
「私に奥様を監視しろなどと言われましても……」
結局真夜の思い通りになるのかと、達也は内心ため息を吐きながら、独立魔装大隊の面々が使用しているホテルに向かう事にしたのだった。
打ち合わせを早々に済ませて、深雪は水波と白川夫人を引き連れて大急ぎでホテルに戻ってきた。
「深雪様、何をそこまで慌てておいでなのでしょうか?」
「叔母様が達也様が使用している部屋にいるというだけで、慌てるのは当然だと思いますが」
「いくらご当主様とはいえ、その辺りは弁えていると思いますが」
「白川さんは叔母様の箍が外れた時の姿を見た事無いからそんなことが言えるんです! 達也様が着用した衣服すべてに袖を通してみたり、一日中達也様のベッドでゴロゴロしてみたりと、誰かがブレーキをかけないと、叔母様は際限なく達也様の私物を漁り続けるのです」
まさか、とは白川夫人も言えなかった。実際に見たことがあるであろう深雪が、ここまでヒートアップしているのだから、誇張とかではなく事実なのだろうと感じ取れるのだ。その隣では水波も力強く頷いているのを見ると、急いだ方が良いという事は彼女にも理解が出来た。
「ですが、達也様の部屋の鍵は私たちは持っていませんが」
「私たちの部屋から、ベランダ伝いに入れます」
深雪たちの部屋から外に出て、達也の部屋を覗き込む。すると三人が目にしたのは、達也のベッドでぐっすり眠っている真夜の姿だった。
「ご当主様、随分とお疲れの様子でしたから」
「達也様のベッドで寝るなんて……なんて羨ましいのでしょう」
「深雪様、どういたしましょうか」
「まずは叔母様を起こしましょう。そして、休むのでしたら隣のベッドでと進言します」
「起こすんですか? あれほど気持ちよさそうに眠っていらっしゃるご当主様を起こすだなんて、私には出来ません」
白川夫人が先に逃げの一手を打ち、それに続くように水波も首を横に振った。
「私も同じく、ご当主様の眠りを妨げるなどという行為は出来ません」
「仕方ないですね。私が起こします」
深雪がゆっくりと真夜に近づき、そして少し乱暴に身体を揺すった。
「叔母様、起きてください」
「うーん……後五時間」
「そんなに寝たら夜寝られなくなります! ではなく、起きてください!」
「……そんなに大きな声を出さなくても聞こえます。それで、深雪さんは何を怒っているのかしら?」
眠たそうに目を擦りながら深雪の声に反応する真夜に、深雪は一つ咳ばらいをしてから答える。
「叔母様が使われていたベッドは、達也様が使われているベッドです。先ほど達也様は『何もしなければ』という条件で叔母様がこの部屋に滞在する事を許可しました。ですから、叔母様がお休みになられるのでしたら、達也様が使われているベッドではなく、隣のベッドを使うべきだと思います」
「もう少しくらい良いじゃないの」
「良くありません! いくら母子とはいえ、さすがにやり過ぎです!」
「深雪さんは嫉妬深くていけませんね。これでは他の婚約者の方々と上手くやっていけませんよ」
もっともらしい事を言って時間を稼ごうとした真夜ではあったが、深雪の威圧感に負けて、とりあえずベッドは移動したのだった。
もっともらしい事を言っているが、ただの嫉妬……