言い争いを続けていた深雪とリーナは、キッチンから漂ってくる良い匂いに意識を割かれ、言い争いを中断したのだった。
だが、自分だけが意識を取られたわけではないと言い訳をすまないと気が済まないらしく、互いに相手が意識を取られたことを指摘し、再び言い争いになった。
「リーナったら、お料理の匂いに意識を取られるだなんて、よっぽどお腹がすいているのね」
「そういうミユキだって、さっきから視線がキッチンに向けられてるわよ? ワタシよりミユキの方がお腹がすいているんじゃないの?」
「私は貴女と言い争っていた所為で、晩御飯の用意を水波ちゃんに押し付けちゃったのが申し訳ないだけよ。貴女みたいに、暗黒物質を作り出すようなヘマはしないもの」
「ワタシだって、練習して少しはまともに作れるようになったんだから!」
「あらそうなの。ですけど、そんなわずかな成長程度で達也様に食べていただこうだなんて考えは捨てる事ね。そもそも、貴女が作った料理だなんて、危険すぎて達也様にお出しする事なんて出来ないわよ」
深雪の言葉に言い返そうとして、リーナは自分の料理の腕がそこまでではない事を思い出して口を噤んだ。ここで反論出来るほどの腕が無いのはリーナも自覚している事であり、それを認められない程子供ではなかった。
「あら、何も言い返せないのかしら?」
「……確かにワタシの料理を達也に食べてもらおうだなんて思わないわよ。まだまだ成長過程なんだからね」
「貴女の料理は一生達也様に食べていただく機会などないと思いますけどね。もうじき完成する新居で生活を始めたとしても、基本的には水波ちゃんが家事を担当するわけですし、時間があれば私や、七草先輩たちなどが持ち回りで担当するでしょうから、貴女は精々洗濯か買い出しのどちらかしか任されないでしょうしね」
「深雪、そこまでにしておけ。リーナも、喰ってかかったところで深雪に敵うはずもないだろ」
ヒートアップした二人を宥めたのは、いつの間にか二人の間に立っていた達也だった。
「タツヤ、何時の間に……」
「完成したはいいが、どうやって声を掛けて良いのか分からないって顔で二人が見てるぞ」
キッチンに目を向けると、水波とミアが困ったような表情でこちらを眺めていた。その視線に恥ずかしさを覚えたのか、深雪とリーナはそろって二人から視線を逸らし、一時休戦する事でこの場は大人しくすることにしたのだった。
「互いに意識し合うのは良い事だが、話し合いを聞いた限りでは子供の喧嘩みたいだったぞ」
「お兄様! いえ、達也様。子供の喧嘩ではありません。先ほどのは、私とリーナにとっても重要な事なのですから」
「そうよ、タツヤ! ワタシだって成長してるのに、ミユキがそれを認めようとしないんだから!」
「達也様に危険が及ばないようにしてるだけよ! 貴女が作ったものなんて、危な過ぎて達也様に食べさせることなんて出来ないんだから!」
「別に何も混ぜないわよ!」
「……私はそんなつもりで『危ない』って言ったわけではないのだけど。リーナ、貴女何か混ぜるつもりだったとでもいうの?」
急に素に戻った深雪の態度に、リーナは必要以上に慌てて反論を繰り出す。
「そんなつもりないわよ! そもそも、ワタシにタツヤをどうかしようだなんて意思は無いもの!」
「つまり、貴女以外の思惑が関与してるということ? やはりUSNAに――」
「そんなことはないわよ! もうワタシとUSNA軍にはなんのつながりも――」
何もないと言い切ろうとして、リーナはふと同僚の顔を思い出して言い淀んでしまった。それが深雪には怪しく感じられ、訝しむ視線を強めたのだった。
「とにかく、争うのは魔法技能だけにしてくれ。もちろん、周りに危害が及ばない程度で頼みたいがな」
「私にはリーナと争う意思などございません。ですが、余りにもリーナに不審な動きが見えた場合のみ、全力で叩き潰す所存です」
「だから、ワタシにタツヤをどうにかしようだなんて気持ちは無いわよ! むしろミユキの方が危険な思想の持ち主なんじゃないの?」
「私の何処が危険だっていうのよ!」
「だって、実の兄だと思っていたタツヤに恋心を――」
「それ以上言うならリーナ、貴女の精神を凍り付かせるわよ」
深雪が纏っている空気が変わった事に気付けないほど、リーナは落ちぶれていない。全身が凍り付くようなプレッシャーを浴びて、リーナはそれ以上言葉を発する事が出来なくなってしまった。
「深雪」
「っ! 申し訳ありません、達也様」
「いや、冷静さを取り戻したのならそれでいい」
「このような事で意識を掻き乱されてしまうなど、深雪は未熟です」
「そこまで落ち込む必要は無い。リーナも、これ以上言い争うのなら強制的に家から出て行ってもらうぞ」
「ゴメンなさい、タツヤ……ミユキも、悪かったわね」
「いえ、私の方こそ」
達也に宥められる形にはなったが、深雪とリーナの争いはとりあえず終息を迎えた。その光景を見守ることしか出来なかった水波とミアは、必要以上に二人を刺激しないように心掛けながら、給仕を再開したのだった。
「水波ちゃん、任せちゃって悪かったわね」
「いえ、これが私の仕事ですから」
「ミアさんも、ありがとうございます」
「いえ……お気になさらないでください」
深雪に声を掛けられ、水波はいつも通りに、ミアは少し緊張した雰囲気で答えた。二人の態度に達也は少し気にし過ぎだと感じたが、それを指摘する事はしなかったのだった。
達也に止められたら、大人しくするしかないな……