劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ゆっくり出来ない人もいる……


ご褒美IFルート その2

 四葉家からの仕事が終わったとはいえ、達也と深雪がのんびりと出来る時間はそう多くない。主である二人が沖縄から帰るなり忙しなく学校へ行くのを、護衛である水波が黙って見送るはずもなく、彼女も当然学校へと同行する事になる。

 

「水波ちゃんは休んでていいわよ? 私と達也様が行けば大丈夫だから」

 

「そのような事は出来ません。私は深雪様のガーディアンとして、常に深雪様の側にいるという使命がございますので」

 

「達也様がいてくだされば大丈夫よ。それに、あの場所で襲われるとも思えないしね」

 

 

 深雪としては、沖縄であまり達也と二人きりになれなかったので、キャビネット内だけでも二人きりになりたいという気持ちから水波に待機を命じたいのだが、彼女が言っている事は最もであり、何とか絞り出した言いわけも、水波を納得させるには至らなかった。

 

「深雪、そろそろ出ないと泉美が待つことになるぞ」

 

「そうですね……打ち合わせ自体は私と泉美ちゃんで大丈夫ですので、達也様と水波ちゃんはその間休んでいてください」

 

 

 本来なら深雪一人が行けば済む事なのだが、彼女が一人で行動出来る機会はかなり限られてくる。達也は当然の事として、水波も深雪を一人にしようとはしないから仕方のない事ではあるのだが、既に自分は次期当主候補ではなく、次期当主の婚約者なのだからガーディアンは必要なのではというのが、深雪の偽らざぬ気持ちである。

 

「まぁ、大まかな流れは去年、一昨年と変わらないからな。祝辞の必要がない俺たちは後で深雪に流れを確認するだけで問題はないだろうしな」

 

「ですが、深雪様をお一人にするのは危険なのでは?」

 

「それほど離れるわけではないし、例え離れたとしても深雪のことは視ているから問題ない」

 

「分かりました……」

 

 

 護衛としての経験は、自分とは比べ物にならない程積んでいる達也がそう言うのであれば、水波に異論は無かった。だが彼女は、達也と二人きりになる事を想像して、少し歯切れの悪い返事をしたのであった。

 

「水波ちゃん、何か不安な事でもあるの?」

 

「強いてあげるとすれば、泉美さんは盲目的に深雪様を神聖視していますので、二人きりという空間に耐えられるかどうか」

 

「たぶん大丈夫だと思うけど……」

 

 

 水波の不安は咄嗟に吐いた嘘だったのだが、深雪はどうやら本気で心配になってしまったようで、少し考え込む仕草をしてみせる。

 

「何かあれば日を改めれば大丈夫だと思うし、さすがに泉美ちゃんも時間がないという事は理解してるでしょうから平気よ、きっと……」

 

 

 深雪も歯切れの悪い感じにはなってしまったが、とりあえずは大丈夫だろうと結論付け、三人は学校へ向かう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室まで深雪を送り、一時間程度の余裕が出来た達也と水波は、余り離れすぎるのも良くないだろうという事で食堂で一息つくことにしたのだった。

 

「達也様、この度は大変お疲れ様でございます」

 

「別に畏まる必要は無いんだがな」

 

「いえ、私は従者として、次期ご当主様に無礼を働くわけには……」

 

 

 水波は達也が正式に次期当主に決まる前から、深雪より達也に礼を払っていた。多少恋心があったとはいえ、水波の中では深雪よりも達也の方が主に相応しいと思わせる程、達也の方が冷静な判断を出来ると思っているのだ。

 

「今はそれほど力を入れる場面ではない。楽にしろ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 楽にしろと言われて「ではお言葉に甘えて」と言える程水波は無神経ではない。主の目の前でだらしない姿を見せられないと、余計に肩に力が入ったように達也には見受けられた。

 

「まぁいいか……水波も今回はご苦労だったな。お前がいてくれたから、俺はある程度自由に動くことが出来た」

 

「お役に立てたのでしたら、これ以上ない幸せでございます」

 

「大袈裟だな。母上からもお前の働きは評価するに値するという言葉を貰っている。それに伴い、何か褒美を与えたいのだが、何か欲しいものはあるか?」

 

「滅相もございません! 今でさえ十分すぎる程の報酬をいただいているのです。その上褒美など、私には受け取る資格はございません」

 

「現当主がその資格を認めているというのに、お前は断るというのか?」

 

 

 達也の声は、特に大きかったわけでも、力強かったわけでもない。だが、水波の反論を止めるだけの威力を持ったものであった。

 

「いえ……決してそのような事は……」

 

「なら、何か欲しいものを言ってみろ。可能な限り叶えると約束しよう」

 

「欲しいもの…ですか……」

 

 

 普段から物欲の無い水波は、いざ欲しいものを言えと言われても答えるのに時間がかかってしまう。必死に考えている水波を見ながら、達也はただ黙ってコーヒーを啜る。

 

「でしたら、私のCADを達也様に一から作っていただきたいのですが」

 

「さすがにハードを一人で、は難しい」

 

「存じております。その辺りは第三課の牛山様の協力の許で構いません。ですが、ソフトは達也様に全てお願いしたいのですが」

 

「それくらいなら構わない。牛山さんには連絡しておこう。測定は今夜の内にでも済ませれば、数日で完成するだろうしな」

 

「よろしくお願いします」

 

「だけど、そんなのでいいのか? 今も調整は俺が担当しているんだが」

 

「ええ、構いません」

 

 

 にこっりと笑みを浮かべる水波に、達也はとりあえず納得して牛山に連絡を入れたのだった。




水波にとってはかなりのご褒美なのだろうな

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