劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あまりパーティーシーンは無いですけどね……


中座

 パーティー会場に戻った達也は、一見「有名企業社長秘書」といった印象の控えめなドレス姿の美女に声を掛けられた。

 

「先輩は先に戻っていてください」

 

「分かった」

 

 

 その美女に見覚えがあった五十里は、特に詮索もせずに花音たちが固まっているテーブルへ戻っていった。

 

「あれが五十里家のご長男? 可愛い男の子ね。ドレスの方が似合いそう」

 

「本人には言わないでくださいよ。たぶん、気にしているので」

 

「言わないわよ。そんな無神経に見える?」

 

「いえ、念の為です」

 

 

 意地悪な笑みを浮かべる響子を、達也は軽くあしらった。そして、完全に世間話の口調で尋ねた。

 

「来ましたか?」

 

「ええ。あと五分で防衛ラインに接触するわ」

 

 

 二人の周りには、響子が誰にも気づかれないように張った盗聴防止の「結界」が張られている。現代魔法の遮音フィールドではなく、藤林家伝承の古式魔法だ。効力が強い現代魔法より、センサーに感知されにくい古式魔法の方がこういう場には向いている。

 

「では、浮上して来るまでおよそ十分というところですか」

 

「もう少し早いかもね」

 

「了解です。俺も出撃準備に掛かります」

 

「了解よ。隊長にはそう伝えます」

 

 

 達也は歩きだしかけて、響子が何か言いたげな視線を向けている事に気付き立ち止まった。

 

「なにか?」

 

「達也くんは……惑わないのね」

 

「何のことでしょうか」

 

 

 達也は恍けているわけではなく、響子の物言いが漠然とし過ぎて、彼にも何を指しているのか分からなかったのだ。

 

「五年前、達也くんも大切な人を亡くしてしまったと聞いているわ」

 

「事実です。それで?」

 

「同じ地で、同じ敵を前にして、何時もとまったく同じ。……私もそんな風に強くなれればいいのに」

 

 

 響子のセリフは、達也に対するものではなく自分自身に対するもののように思われた。

 

「完全に同じではありませんよ。あの時とは敵の性質も状況も違います。それに、響子さんはそのままでいいと思いますよ。俺は、悲しいと思い続ける事が出来ないだけですから」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝る必要はありませんよ。それでは、準備がありますので」

 

 

 響子を慰めるようなことを言い残し、達也も響子の傍を離れ、深雪たちが固まっているテーブルへと歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルへ戻ってきた達也に、物問いたげな視線が集まる。実際に桐原や服部は口を開きかけた。だが達也が先に口を開いた。

 

「すみません。家の方からの連絡で、所用が出来てしまいました」

 

 

 去年まで達也は「家」の事を秘密にするために色々と気を配っていたが、今はこうして四葉家の身内であることを口実にすることが出来る。四葉家の用事であることをほのめかせば、その悪名故に余計な詮索を受けずに済む。実を言えば達也はその都度「これは便利だ」と不謹慎かもしれないことを感じていた。

 

「しばらく中座します。深雪、パーティーが終わるまでには戻ってくる」

 

「はい、達也様。お待ちしております」

 

 

 達也は頷き、北山潮の方へ歩き出した。同じように中座の挨拶をするのだろう。

 

「達也様って呼んでいるんですね」

 

 

 その背中を見送っていた深雪に、あずさが話しかける。

 

「はい『達也さん』ではなんとなくしっくり来ないものですから」

 

 

 唐突で今更な話題だったにも拘わらず、深雪は慌てず騒がず、余裕たっぷりの笑みでそのセリフに応じる。ここまで堂々とされると、あずさも笑う以外に反応出来ない。

 

「はぁ~、いやまぁ、なんというか……司波さんには確かに似合ってるけど……あたしには無理そう」

 

「花音は今のままでいいよ。その方が僕も嬉しい」

 

「えへへ……そう?」

 

 

 フォローを入れた五十里に、花音がすり寄っていく。

 

「あーあ、ここでも二人の世界かよ。まったく、大和撫子の慎みは何処に行きやがったんだ」

 

 

 桐原が甘い空気を振りまき始めた五十里と花音から目を逸らしてぼやく。

 

「お前だって彼女同伴だろうに」

 

「桐原君は慎み深い女の子が好きなのね? じゃあ、私も少し控える事にするわ」

 

「お、おいっ」

 

 

 服部のツッコミには動じなかった桐原だが、巴の意地悪には動揺を隠せなかった。

 卒業生組が自分たちの世界を創っていた五十里と花音と一緒に笑っている傍らで、ほのかと雫が声を潜めて深雪に話しかける。

 

「深雪は行かなくていいの?」

 

「私たちにも何かお手伝い出来ないかな?」

 

「私たちは大人しくしているのが一番のお手伝いだと思うわ。下手に手伝おうとして、邪魔をしてしまうのも失礼だし」

 

「そう…だね……達也さんの邪魔をするのは避けた方が良いもんね」

 

「ええ。だから私も、達也様に言われた通り大人しくここで待っているの」

 

 

 この回答は深雪の本音ではない。気持ちだけではなく、作戦上も深雪は最終局面で重要な役目を果たすことになっている。

 しかし、今は大人しくしておくべきだ。それは嘘ではなかった。深雪の答えは民間人の未成年という点から見れば正論で、ほのかと雫はそれで一応納得したようだった。だが、それでは引き下がらない者もいた。荒事の予感に、最初から自重するつもりなど無い者たちが。

 達也は――深雪もだが――OBの血の熱さを少々甘く見ていた。

 

「ちょっとトイレに行ってくるわ」

 

「あぁ、俺も行こう」

 

「悪い中条、俺もちょっと行ってくる」

 

「三人そろってですか? 何だか仲が良いんですね」

 

 

 三人の嘘を信じ、あずさは会場から出ていく三人を笑って見送ったのだった。




もちろん、トイレではない……

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