空港の出発ロビーに入った途端、達也は横合いから声を掛けられ、三人に抱きつかれた。
「「達也さん!」」
「司波君!」
「ほのか、雫、壬生先輩も」
声を掛けてきたのは、婚約者であるほのかと雫、そして紗耶香の三人だ。達也は三人がこの場にいた事に驚きはしなかった。終業式前に深雪が雫に旅行に誘われた事も、紗耶香たち卒業生たちが沖縄に来ている事も聞いていたので、その行き先と目的が自分たちの任務と重なっていた事も知っていたのだ。
「おはよう。とりあえず離れてくれるか? 動きにくいのだが」
一人二人なら達也も気にすることは無いが、さすがに三人となると多少の動きにくさは感じてしまう。言葉でほのかと雫を、視線で紗耶香を剥がし、達也は奥にいるあずさたちにも挨拶すべく足を進めた。
「中条先輩たちも、おはようございます」
「おはようございます。司波君たちも久米島へ?」
「ええ」
「先日のお彼岸法要会場で招待客の中にいるのを見ましたし、壬生さんが浮かれていたのでどこかで会えるのだろうとは思ってましたけど、偶然ですね」
「自分も先輩たちが久米島へ行かれるというのは聞いていましたので、もしかしたらとは思っていました」
あずさの言葉に相槌を打ち、達也は視線を服部たちに向けた。
「沢木先輩は兎も角、服部先輩たちは災難ですね」
「まぁ、浮かれるなと言っても聞くやつらじゃないのは分かってるが、お前も大概だと思うぞ」
「そうでしょうか?」
「司波さんだけでなく、光井、北山、壬生がこっちを鋭い目つきで睨んでるからな」
服部の言葉を確認するために、達也は振り返る――事はしなかった。目で確認するまでもなく、その視線は達也にも十分感じ取れるのだ。
「普通に挨拶しているだけなのですけどね」
「司波さんは兎も角、光井や北山、壬生は漸く会えたわけだから仕方ないのかもしれないな」
服部の言葉に反応した訳ではないが、深雪は他の先輩たちと挨拶を交わし、雫とほのかは水波と挨拶をかわし始めた。
特に待ち合わせをしたわけではないが、偶然にしては意外過ぎる、という程でもない。達也たちが乗ろうとしている便の到着時間は午前九時。沖縄本島に宿を取って久米島観光をしようとすれば、出発にはちょうどいい時間だ。日付が重なったのは全くの偶然だが、時間が重なったのはある程度必然と言える。
「光井さんたちともお話していたんですけど、深雪さんたちもご一緒しませんか?」
合計十三人で固まって搭乗手続きを待っている最中、あずさがそんなことを言い出した。言うまでもなく、久米島でも一緒に行動しないかという意味だ。
「良いんじゃないか」
深雪が「どういたしましょう?」という表情で達也の顔を見上げたので、達也は頷くだけでなく、あずさにも聞こえる声ではっきりと告げた。深雪は達也に向かって返事をした後、あずさに視線を戻した。
「よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀する深雪。服部や五十里の承諾を得る前に、達也たちの同行が決定したのだった。
久米島に到着した一行はまず、雫が手配したグラスボートで島の周りを一周する事で話がまとまった。一行はレンタサイクルで港へ向かい、少しの待ち時間の後、船に乗り込んだ。
「うわぁ!」
「これは凄いですね……」
船内で花音が歓声を上げ、あずさが感嘆を漏らした。その驚きも大げさではないだろう。雫の為に北山家がチャーターしたグラスボードは、側面にも海中を鑑賞できるのぞき窓がついていた半潜水艇タイプ。ただこの船について「窓」という表現は妥当ではないだろう。喫水下の側面が船首・船尾を除いてほぼ透明になっており。床もほんの一部を除いて透けている。船室から見る景色は、まさに海中パノラマだった。
「何をしているのかしら」
「この船は喫水が深いから、上陸用のゴムボートを組み立てているんじゃないかな」
花音の疑問に五十里が応えたように、船員が甲板でゴムボートを膨らませ、船外機をつけている。ゴムボートは八人乗りが二艘。サイズからしても船外機の出力からしても、小型船舶の免許を持っている船員の同乗が必要なのだが、雫は特に気にした様子もなく達也に問いかけた。
「達也さん、持ってたよね?」
「小型船舶免許か? 持っているぞ」
「あっ、僕も持っているよ」
雫の問いかけに達也が頷き、五十里が手を挙げたので、十三人が一気に無人島へ渡れることになった。ちなみに内訳は、達也が乗り込んだ船には深雪、雫、ほのか、水波、紗耶香、沢木の六人、五十里の方には花音、服部、あずさ、桐原、巴の五人だ。
『わたしと服部君は別に!』
「向こうはなんだか騒がしいな。また中条と服部か?」
「なにかあったのですか?」
沢木の呟きに、達也が相槌程度に反応し、沢木も特に気にした様子もなく答えた。
「向こうの船の内訳を見れば分かると思うが、桐原と三十野、五十里と千代田は付き合っているだろ? だから服部と中条もそうなんじゃないかとからかわれているのだろう」
「そう言えばそんな噂も流れていた時期がありましたね」
無事に無人島に到着した達也たちは、先輩御一行の船に生暖かい視線を向け、白い砂州に上陸したのだった。
「やはり司波君は面白い男だな」
「何ですか、いきなり」
「いや、これだけの女性に囲まれても顔色一つ変えずに運転出来るんだ。さすがだと言えるだろう?」
「どうなんでしょうね」
沢木の賞賛に首を傾げながら、達也は苦笑いを浮かべ深雪たちの側へ移動したのだった。
人数増えたから、小型船で大丈夫なんだろうか……てか、何処までが小型船なのか良く分からないです……