その後一週間、真夜と深雪の身体は元の姿に戻ることなく、ただただ達也に甘えまくる日々が続き、さすがに達也にも疲れの色が目立ち始めた。
「達也さん、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「マスター、コーヒーをお持ちしました」
疲れている達也に、ピクシーがせめて眠気だけでもと気を利かせて持ってきたコーヒーを啜りながら、達也は生徒会の仕事を片付けていた。
「結局泉美ちゃんも深雪に興奮しっぱなしで役に立たないですし、水波ちゃんも深雪やご当主様の相手で精一杯ですし、達也さんに全部しわ寄せが行っちゃいましたね。私がもう少しお手伝い出来たら良かったのですが」
「いや、ほのかは十分に役に立っているさ。精神的にほのかの献身は助かる」
「本当ですか!」
達也に役に立っていると褒められ、ほのかは思わず大声を出してしまった。その声に反応した深雪が少し泣きそうになったのは、思った以上にほのかの声が大きかったからだろう。
「とにかく、泉美の事は七草先輩に相談して自宅謹慎にしてもらったから、その分はしっかりと俺がやらなければならないだろう。今の深雪に任せられる事ではないし」
「泉美ちゃんも、深雪が絡むと駄目になっちゃいますからね」
「あの子は達也さんではなく深雪さんに興奮するのね。そういう思考の人がいるというのは聞いたことがありましたが、まさかこんな身近にいたとは思いませんでしたわ」
「母上の身近ではないと思いますが」
「でも、たっくんの後輩で、婚約者の妹なら、そう遠くは無いと思うけど」
真夜の言い分に、泉美の友人である水波は複雑な思いを抱く。泉美は決して同性愛者ではない。単純に深雪に憧れ、少し普通とは違う思いを抱いているだけで、恋愛対象として見てはいないのだ。
「とにかく母上、今日の帰りには葉山さんが迎えに来てくださいますので、それまでは大人しくしていてくださいね」
「最後だから達也さんに甘えまくるわよ。さぁ達也さん、膝に座らせてちょうだい」
水波の手を逃れて達也の膝の上に飛び乗る真夜を、ほのかは少し羨ましそうに見つめる。一度だけ真夜に唆されて達也の膝の上に座ったが、あまりにも興奮してしまったためその時の記憶が曖昧で、せめてもう一度くらいと思いながらも、日に日に疲れていく達也を見て切り出せずにいたのだ。
「本当に今日で術が終わるのかしら?」
「師匠がそう言っていましたので、母上も深雪も明日には元の姿に戻れると思いますよ」
実は八雲が自主的に言ったのではなく、達也に軽く締め上げられて白状したのだが、達也はそのような事を一切窺わせない雰囲気で真夜に術の期限を伝えたのだ。
「まぁ、たっくんとお風呂に入ったり一緒に寝たり出来たからよかったけど、もう少し甘えたかったわね」
「十分に甘えたでしょうに……そもそも、四葉家の当主がこのような姿でいるなんて他家に知られたら大変だと思わなかったのですか?」
「大丈夫よ。最強のボディーガードがいるのですし、今の四葉家にちょっかいを出そうなんて考える家はありませんよ」
「とにかく、今後このような事は控えてくださいね」
「じゃあ、定期的にデートしてくれるのなら、このような事はしないと約束しますわ」
「定期的というのは、具体的にどのくらいの期間でしょうか?」
達也の問いかけに、真夜は顎に指をあてて少し考え、具体的な期間を告げた。
「一ヶ月に一回でどうかしら? もちろん、達也さんの都合に合わせますので」
「別に構いませんが、母上が時間を作れるのか疑問なのですが」
「大丈夫よ。私には優秀な腹心がいますから」
真夜の言葉に、達也は葉山に同情したのだった。彼が真夜の代わりに仕事をしているから、今の真夜は司波家で生活出来ているのだ。もし彼に何かしらの不幸が訪れた場合、真夜の自由は極端に減るだろう。
「とりあえず交渉成立ね。ちゃんと音源も採ったのでとぼけても無駄ですからね」
「別にとぼけるつもりはありませんが、その都度深雪の機嫌を取らなければいけないのは大変でしょうね」
「達也さんの心労を減らすためだと割り切ってもらいましょう」
「心労だと分かっているのなら、もう少し自重していただきたいのですがね」
達也の言葉には取り合わず、真夜はほのかに視線を向け、そして微笑んだ。
「貴女は達也さんに対して実に献身的なのね。家系だけじゃなく、心から達也さんの事が好きなのね」
「母上、あまりほのかをからかって遊ばないでください」
「からかってないわよ。エレメンツの家系で、達也さんに依存しているだけかと思っていましたが、ここ数日の献身っぷりから、本当に達也さんの事を想っているのだなと分かりました」
「えっと……ここ数日、私は達也さんに相応しいかどうかチェックされていたのですか?」
「そのような予定はなかったのですが、深雪さんが小さくなってしまい、暇を持て余したものでして」
「つまり母上は、俺に甘える事で深雪が嫉妬する光景を楽しむために小さくなったと?」
「それはあくまでおまけで、本命は達也さんに甘えまくることですよ」
何を当然のことをという雰囲気で言い切った真夜に、達也はかなり苦みの強い笑みを浮かべた。おまけとはいえ深雪をからかおうなどと思うとは、完全に楽しんでいるのだと今更ながらに思い知らされたのだった。
結果オーライ……なのか?