初めから一人暮らしのため、夕歌は特に慌てて東京の仮住まい先に引っ越す必要は無く、のんびりと新居が完成するのを待つことが出来た。
「一人というのも暇なのよね……何か面白い事でも起こらないかしら」
昨年、ガーディアンであった女性が目の前で亡くなってからというもの、夕歌は誰かを連れて出かける事に抵抗を覚えていた。彼女は自分の使命を全うして亡くなったのだから仕方ないのだが、残された夕歌としては複雑な気持ちになってしまったのだった。
「おかしいわね……あの人はガーディアン、何時かいなくなるって割り切ってたはずなんだけど」
年末に深雪に報告したときは、確かに仕方ないと割り切れていたはずなのに、達也も同じ立場だと思い出させられた時に、チクリと胸が痛んだのだ。それは彼女が亡くなってしまった事への痛みなのか、達也も同じようにいなくなってしまうのかと思った事で痛んだのかは、夕歌にも分かっていなかったのだ。
「何時からこんなにも心が弱くなってしまったのかしら……」
一人は楽でいいと思っていたが、実際に一人で生活してみて、彼女のありがたみが身に染みているのだった。散らかしていても片付けてくれる、多少だらけていてもしっかりと締めてくれる、お茶が欲しくなったら頼めば淹れてくれた、そんな彼女がいなくなったのを、夕歌は日に日に実感しているのだった。
「駄目ね……四葉の人間としてこの心の脆さは……」
辞退するつもりだったとはいえ、夕歌は次期当主候補であったので気丈に振る舞っていた部分があった。その地位から解放され、達也の婚約者となってからというもの、彼女のありがたみを改めて思い知らされているのである。
「達也さんに会いたいな……」
ぽつりと呟いた言葉に、夕歌自身が驚きを覚えてしまった。婚約する前から達也の事を想っていたが、会いたいと思ったことはそれほど多くなかった。幼少期から接触を極端に禁止されていたため、我慢する事には慣れていたはずなのに、会いたいと呟いた自分に夕歌は苦笑いを浮かべたのだ。
「弱くなったわね、私……達也さんとの繋がりが無くなってしまったから?」
自覚していなかったとはいえ、夕歌は達也の本当の実力を封じるために自分の魔力を割いていた。それが繋がりとして本能に刻み込まれていたから、会いたいと思わなかったのかもしれないと今になって思い始めていた。
「達也さんは忙しい身なのだから、私が寂しいって言っても会ってくれないわよね……」
そう割り切っていたはずだったのに、夕歌は涙をこらえながら司波家へと連絡を入れたのだった。
深雪と水波に今すぐ夕歌の家に行ってくれと頼まれた達也は、首を傾げながらも出先から夕歌の家へと向かう。微妙に慌てながらも悔しそうな雰囲気で伝えてきた深雪の態度に、達也は心当たりが全くなかったのだから仕方ないんだろう。
「夕歌さん、達也です」
インターホンを鳴らして到着を告げると、中から普段とは違う速さで駆け寄ってくる気配を掴み、達也はますます首を傾げた。
「達也さん!」
「どうかしたのですか?」
扉を開けるなり飛びついてきた夕歌を、達也は危なげなく抱き留め、普段と違う夕歌を気に掛ける。彼は冷たい人間ではあるが、他人を気に掛けないわけではないのだ。
「ゴメンなさい、いきなり呼びつけて……とりあえず上がって」
達也の体温を感じて少し落ち着いたのか、夕歌は達也を部屋へ招き入れる。少し呆気にとられながらも、達也は招かれるまま部屋へと入っていく。
「ゴメンなさいね、達也さんは忙しいのに」
「いえ、一段落ついていたのでそれは良いのですが、いきなり呼びつけた理由を聞かせていただいても?」
「そうね……とりあえずお茶を用意するから、話はそれからでもいいかしら?」
「お願いします」
誰もいない部屋で一人で生活している夕歌の気持ちは、達也には分からない。寂しいという気持ちが無い達也としては、一人であろうが複数人であろうがあまり関係はないのだ、
「お待たせ」
「ありがとうございます」
夕歌からお茶を受け取り、達也はそれを一口啜り視線を夕歌へと固定した。
「えっと、いきなり呼びつけた理由よね……急に寂しくなっちゃって……」
「どうかしたのですか?」
「私のガーディアンがいなくなったのは知ってるわよね? あの時は何も思わなかったんだけど、最近になって急に胸が締め付けられるの」
達也は相槌を挿むことはせず、大人しく夕歌の言葉を聞いている。何か言うべきではないし、恐らく自分に関係してくるのだろうと理解しているからこその対応である。
「特に達也さんの封印を解いてから……寂しいって思うようになったの。たぶん本能的に達也さんと繋がっていると知っていたんでしょうね……それが無くなってから、妙に一人が寂しくなったのよね……」
「それで、俺に何をしてほしいというのですか?」
黙って聞いていた達也ではあったが、何時までも本題に入らない夕歌の背中を押す為に口を挿む。達也の言葉で決心がついたのか、夕歌は大きく息を吐いてから達也をまっすぐ見つめた。
「私に、達也さんと繋がっているという実感をください。そうすれば一人でも大丈夫だと思うの」
「具体的に何を? キスじゃ満足出来なかったというわけですし」
婚約者の中で、達也とキスした事があるのは深雪と夕歌のみ。それだけでも十分リードし、繋がっていると思えそうなものだが、夕歌はそれじゃあ満足出来なかったのだ。
「達也さんの赤ちゃんが欲しい……たぶん今日なら出来ると思うから……ね?」
「俺は高校生なのですが」
「大丈夫よ。子育ては当分私一人でするし、達也さんは立場的にも早く子供を求められるはずだから」
断れないよう、逃げられないように夕歌は達也を抱きしめ、涙目で迫る。達也もさすがに断れないと観念したのか、優しく夕歌を抱きしめ返したのだった。
女子高生とは違いますね……