ほのかの部屋で寛いでいたエリカは、不意に何かを思いついたかのように達也へ視線を向けた。
「達也君、今日は深雪も水波もいないんだったよね?」
「あぁ、帰りは明日になるだろう」
「ならさ、今日はほのかの部屋に泊まったら?」
「はぁ!? ちょっとエリカ、何を言いだすの!」
「だって、この部屋ならあたしたちが泊っても問題なさそうだし」
「……えっ?」
てっきり達也一人が泊まるのだと思っていたほのかは、エリカたちも泊まると聞かされて呆気に取られてしまった。
「だって、雫は何度かこの部屋に泊まった事あるでしょ?」
「着替えもある」
「あたしは一日二日帰らなくたって心配されないし、雫もほのかの家なら問題ないだろうしね」
「わ、私はそろそろ帰らないと……」
「何言ってるのよ! お泊り会なんだから、美月も一緒よ」
「で、でもぉ……」
すがるような目で訴えるが相手にされず、美月も泊まることが決定した。
「それにしても、ほのかは何を想像して慌てたのかしらね? ちょっと聞かせてくれないかしら」
「な、なんにも思ってない! みんながいきなり泊まるって言いだしたから驚いただけ!」
「まぁ、誰か一人は達也君と一緒に寝れるわけだし」
「俺は普通に帰ってもいいんだが」
「駄目よ。せっかく面白く――じゃなかった、楽しく過ごせるかもしれないのに」
「あまり変わってないぞ?」
「細かい事は気にしないの。まぁほのかは家主だから自分の部屋を使ってもらうとして、空き部屋が二つ」
「わ、私は一人で……」
婚約者ではない美月と達也が同部屋になったら場合は、別の意味で問題になるだろうからと思いそう言い出したのだが、それじゃあ面白くないとエリカが却下した。
「公平にくじを引きましょう。一人がほのかの部屋で、もう一人がこの部屋、そして残りが二人部屋ね」
「公平を期すため、達也さんは最後に引いて」
「それは構わないが、公平なのか?」
「だって達也さん、透視くらい出来そうだし」
実際出来なくはないので、一番最初に引いて一人部屋を勝ち取るつもりだった達也としては、雫に思惑を外された形となってしまった。
「あっ、私は一人部屋です」
「なーんだ、つまらないのー」
「エリカちゃん……」
美月が一人部屋を引き当てたことにより、達也は三人の内誰かと同じ部屋で一晩を過ごさなければならなくなってしまった。
「こういう時、受け身のほのかとくじを引くあたしたち、どっちが楽なのかしらね」
「さぁ? とりあえずエリカも引いて」
雫が引き、そしてエリカが引いた後、残ったくじを達也へ手渡す。本来ならここで一斉にくじを確認する予定だったのだが、美月が早々に確認し、しかも一人部屋だという事を言ってしまったためにドキドキは半減していた。
「あたしは二人部屋だ」
「私も」
「じゃ、じゃあ!」
「俺はほのかの部屋だな」
達也がくじを四人に見せ、間違いなくほのかの部屋であることを確認させ、エリカと雫は少しつまらなそうだが、何処か楽しそうな表情を浮かべた。
「ほのか、抜け駆けは駄目だからね」
「まぁ、達也君から求めるなんてことはないでしょうけど、一応言っておかないと」
「な、なに言ってるのよ!」
一人部屋を引き当ててホッとしていた美月が、いきなり騒がしくなった三人を見て首を傾げていたが、深く追求することは無く部屋に入っていったのだった。
「あっ、美月は一応親に連絡しておいた方が良いんじゃない?」
「当然だよ。いきなりお泊りなんて言ったら驚かれちゃうかな」
「ミキの家に泊まってるって事にしたら? 帰ったらお赤飯かお説教のどっちかになるかもだけど」
「エリカちゃん!」
からかい過ぎたと反省した――のかどうかは分からないが、エリカはとりあえず美月に頭を下げ、自分たちも部屋に入っていったのだった。
「えっと……達也さんベッド使います?」
「ほのかが使ってるんだろ? 俺は床で構わない」
「で、でも! 達也さんを床で寝かせて私がベッドを使うなんて出来ません!」
達也の地位を知って、ほのかは前以上に達也に依存し始め、そして深雪並に達也をあがめるようになった。別にベッドを使ったからといって自分が上という事にはならないのだが、それでもほのかは頑なにベッドを使おうとはしなかった。
「じゃあ、私も床で寝ます!」
「自分の家なんだから、そこまで気にすることは無いと思うんだが」
「駄目です! 私は、達也さんより下じゃなきゃ!」
ほのかの発言に頭痛を覚えたが、指摘したところで焼け石に水というか、火に油を注ぐ行為になりかねないと考えてため息で堪えたのだった。
「それじゃあ、二人とも床で寝るという事でいいんだな?」
「二人とも床で……二人一緒に……」
「ほのか?」
興奮が収まったと思ったら今度は黙りこくってしまい、さすがの達也もほのかの事を心配し顔を覗き込む。夢想の世界に旅立っていたほのかが現実に復帰すると、目の前に達也の顔がある事に漸く気が付いた。
「た、たちゅやしゃん!?」
「落ち着け……熱は無さそうだな」
「は、はひぃ……」
過度の緊張と興奮を繰り返したほのかは、その場にへたり込んでしまった。それを見た達也は、一日中エリカに振り回されて疲れてしまったのだろうと思っていたのだが、その勘違いを正す人はこの部屋にはいなかった。
ほのかは妄想族だな……