昼食を済ませて、真由美は再び達也の腕にすがりつこうとして、小春に遮られた。
「どうかしたの、平河さん?」
「今度は私が……」
今にも消え入りそうな声ではあったが、その瞳に宿る意思は本物であると真由美にも十分伝わった。
「なら、平河さんが左側で、私が右側でどう?」
「真由美さん、少しは自重してください」
「リンちゃん?」
「真由美さんは午前中、一人で司波くんと腕を組んでいましたよね」
「そうよ?」
「でしたら、今度は平河さんが一人で組むのが筋だと思いませんか?」
鈴音の援護射撃に、小春は表情を明るくしたが、その理屈は真由美には通用しなかった。
「でも、私も達也くんと腕を組みたいし」
「それはまたの機会にでもしたらどうでしょう。真由美さんだって司波くんを独占したいという気持ちがあるように、平河さんにもそれがあってもおかしくはないでしょう?」
「うーん……それは否定出来ないわね。仕方ないわ、今回は諦めます」
「何故七草先輩が我慢したみたいな結果になってるんでしょうかね」
「それは私にも分かりません」
真由美が褒めて、と言わんばかりに胸を張ったのを見て、達也と鈴音はそろってため息を吐いた。こういうところが、年上に思えない要素なのだろうと、達也は改めて真由美を見てため息を吐いたのだった。
「達也くん、お姉さんに対してため息ばっかじゃない?」
「七草先輩を見ていると、泉美や香澄の方がしっかりしてるのではないかと思いますよ」
「そんな事ないわよ! 私の方がちゃんとしてるもん」
「そうですか」
まともに取り合うつもりが無い返事に、真由美はますます頬を膨らます。そのしぐさが、表情が子供っぽいというツッコミは、達也も鈴音も呑み込んだのだった。
達也と腕を組みながら歩くだけで、小春の心臓は早鐘を打っていた。一緒にいられるだけで満足だと思っていたが、達也と仲よさそうに腕を組む真由美を見て、出来れば自分もと思ってしまった事に驚いた小春だったが、それ以上に幸せを感じていた。
「そう言えば司波くん」
「何でしょう、小春さん」
「千秋とは仲良くしてるの?」
「CADの開発の相談などに乗ってもらったり、向こうの勉強を教えたりと、そんな感じですかね」
「千秋、魔法理論や組み立てなどは得意だけど、他の教科がね……」
真由美とは違い、達也の隣にいてもそこまで年下には見られない小春を見て、真由美はなんだかおもしろくない感じがしていた。
「リンちゃん、私もあんな感じだったのかな?」
「そうですね、真由美さんは兄に構ってほしい妹の図でしたが」
「何それ!? 私は深雪さんじゃないわよ」
「真由美さんは小柄ですし、ところどころに子供っぽいしぐさが見え隠れしてますので、司波くんの隣にいるとどうしても実年齢より若く見えてしまうのでしょうね」
「それは私の所為じゃなくて、達也くんが大人っぽ過ぎるからじゃないの?」
現状制服ではなく私服姿の達也は、初見では高校生だと見抜けないであろう見た目であると真由美は思っている。また、自分を含む美女三人に囲まれても動じない雰囲気は、更に大人の感じを漂わせる要因になっているのではないかと。
「リンちゃんは達也くんの隣にいても見劣りしないくらいの雰囲気を持ってるから羨ましいわ」
「それは褒められているのか微妙なところですね」
「そう? 私なんて妹よ、妹」
「そこまで根に持つ事じゃないと思うのですが」
よほど腹が立ったのか、真由美は執拗に妹という言葉を使い鈴音にプレッシャーを掛ける。真由美からプレッシャーを掛けられる事など慣れた事なので、鈴音は特に動揺する事は無かったが、真由美が気にしているのだと言う事だけは、十分すぎるくらいに伝わったのだった。
「平河さんも、司波くんより年下のように見えますが、真由美さんほどではないですね」
「どうせ私は妹にしか見えませんよーだ」
「拗ねないでくださいよ……真由美さんには、私や平河さんには無い武器があるじゃないですか」
「他の男の子には有効でも、達也くんにはあまり効かないんだけどね……さっきも、散々押し付けてみたんだけど、動揺するどころか鬱陶しいって感じだったし……」
自分の胸に視線を下ろし、真由美は盛大にため息を吐いた。自分でもそれなりに大きいと思っていたが、達也相手にはあまり効果が無かったことがショックだったのだろう。
「もしかして達也くん、リンちゃんみたいに大人っぽい女性が胸がない事を気にして――」
「それ以上は死期を早めますよ?」
「リンちゃん……ちょっとした冗談よ、冗談……」
「冗談は笑えないと悪口ともとられるので、気を付けた方が良いですよ?」
「はい、気を付けます……」
鈴音の殺気に気付いた達也は、何事かと二人に近づいてきた。
「何かあったのですか?」
「いえ、真由美さんが地雷を踏んだだけですので」
「割と何時も通りの事ですね」
「達也くんの中の私っていったい……」
「それはそうと、小春さんが服を見たいそうなので、お二人も希望などがあれば」
「それじゃあ、達也くんに下着を選んでもらいたいな」
「別にいいですけど、他のお二人が全力で首を横に振ってるのですが」
「別に気にする事じゃないと思うけどね。そこらへん、リンちゃんも小春ちゃんも子供よね」
ある意味達観した考えの持ち主である真由美に、鈴音と小春は言い知れぬ敗北感を味わったのだった。
気にし過ぎは良くないですよね