劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ラストはもちろんこの人


婚約者IFルート その20

 もう誰にも遠慮する必要は無い。もう自分に嘘を吐く必要も無い。世間からも、親からも、本家からも口を挿まれる心配もない。

 

「深雪様、随分とご機嫌ですね」

 

「分かる?」

 

「それはもちろんです。達也さま以上に、私は深雪様とご一緒に行動していますので」

 

 

 ついに手に入れた達也の婚約者という地位。噂では重婚も認められるかもしれないと聞いていたので、この感動は得られないと思っていたのだが、土壇場で一夫一妻しか認めないと通達がされ、大勢いた候補者の中から自分が「達也に」選ばれたという事実が堪らなくうれしかったのだ。

 

「遂にお兄様のお嫁さんに……永遠に叶わないと思っていた夢が、また一歩現実に近づいたのだから、嬉しさを我慢出来なくなってしまってるのかしら」

 

「慶春会で達也さまが次期当主だと発表され、そこから三ヵ月ですからね。深雪様のお気持ちは、私などでは計り知れないものでしょう」

 

「水波ちゃんには、これからも私とお兄様――達也様の側で働いてもらおうと思っているのだけど、構わないかしら」

 

「もちろんです。この身は深雪様と達也さまの為に造られたもの、最期までお側に仕えさせていただきます」

 

「ありがとう、水波ちゃん。達也様にとって、水波ちゃんの顔はどうしても『あの人』を思い出させてしまうから辛いのではとお聞きしたのだけど、問題ないと仰ってくださったので」

 

「そうでしたか……達也さま、まだ吹っ切れていなかったのですね」

 

「悲しいという感情をほとんど持ち合わせておられないので、辛そうには見えないのだけどね、恐らくまだ、心の中にはあの人がいるのだと思うわ」

 

 

 深雪が唯一、敵わないと思った女性であり、達也の心の中に永遠に生き続けるであろう女性。水波にとって遺伝子上の叔母にあたる桜井穂波の話であることは、水波にも容易に理解出来る。

 

「でも、私はそれでも構わないの。達也様の心の中に誰がいようと、達也様の妻は私なのだから」

 

「達也さまは、深雪様の事を一番に考えてくださると思いますが」

 

「もちろん、達也様はそうおっしゃるでしょうし、それが事実なのも分かります。ですが、亡くなってしまった人は親しい人の心の中でしか生き続けられない。私のお母様がそうであるように、穂波さんもまた、私たちの心の中でしか生き続けられないのよ」

 

「深雪様は……いえ、何でもございません」

 

「そう? 別に嫉妬はしないし、穂波さんには敵わないわよ……」

 

 

 深雪は遠い目をしながらそう呟き、頭を振って達也が帰ってくるまでに支度を済ませるべく手を動かしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝から昔の事を思い出してしまい、一日中深雪は何処か上の空だった。深雪の様子がおかしい事に達也が気づかないわけもないのだが、本人が気丈に振る舞っていたので、特に声は掛けなかった。

 だが、夜になりそれぞれの部屋に分かれた後、すぐに深雪が部屋に訪ねてきたので、達也は深雪が何を思い出して上の空だったのかを尋ねる事にしたのだった。

 

「何か不安な事でもあるのか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「昔の事でも思い出してたのか?」

 

「……達也様には敵わないですね。今朝、水波ちゃんとお話ししていた時に、ふと穂波さんの事を考えてしまったのです」

 

「桜井さんの?」

 

 

 達也は穂波の名前が出ても動揺はせず、何故穂波の事を考えたのかが分からないような表情を浮かべていた。そんな表情を見て、深雪は苦笑いを浮かべる。

 

「『お兄様』は寂しいとか悲しいという感情を余りお持ちでないので気づいていないのかもしれませんが、穂波さんが亡くなられてからずっと、貴方の心の中には穂波さんがいたはずです。そして、今もそれは変わっていないはずです」

 

「確かに、桜井さんの事はたまに思い出していたし、水波がこの家に来てからは彼女の顔を見るたびに、昔のふがいなさを思い出す。だが、それだけだ」

 

「そんなはずはないですよね? 『お兄様』の初恋は穂波さんで、私ではないのですから」

 

「初恋は実らない、そんなことを聞いたことがあるが、別に初恋の相手じゃないからと言って邪険にするつもりもない。まして、俺が深雪を邪険にするはずもないだろ」

 

「では達也様」

 

 

 呼び方が戻り、達也は深雪が自分の立場を強調したいのだと受け取った。お兄様と呼ぶときは前みたいに兄妹関係でもよく、達也様と呼ぶときは婚約者の立場で話をしているのだと、達也はそう解釈していた。実際深雪もそのように使い分けているので、その呼び方に応じて達也も対応を変えてくれているのが彼女にはありがたかった。

 

「達也様の心の中に、深雪は住むことができますか?」

 

「深雪は死なせない。俺が生き続ける限り、心の中になど住まわせない」

 

「では、深雪に恋していただけますか?」

 

「兄妹として過ごした時間が長かったから、すぐには無理だと思うが、この先の人生、その長い時間を一緒に過ごすのは、妹としてではなく婚約者――妻としての深雪だ。恋する事もあれば、愛する事もあるだろう」

 

「そうですか。では、今日は一緒に寝てもよろしいでしょうか、お兄様」

 

「やれやれ、相変わらず甘えん坊だな、深雪は」

 

「今日で最後です。明日からは、しっかりと婚約者としての深雪でいますから」

 

「無理に切り替える必要は無いよ。だが、深雪がそうしたいのであれば、俺は何も言わないよ」

 

 

 甘えてくる深雪に優しい笑みを向け、達也は深雪を自分のベッドに招き入れた。それだけで深雪は天にも昇る気持ちになり、興奮してなかなか寝付けなかったのだった。




なんか難しかったな……

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